ゆっくりと、フィールドに到達する。息を吐きながらメンタルもフィジカルも、最高のコンディションにある事を確認し、広いフィールドの向こう側、マント姿の男の姿を捉える。そこに立っているのは今、この地方で公式的に最強の称号を与えられている存在であり、全てのポケモントレーナーが目指すべき、”模範”とも呼べる、最強の姿だ。事実、ポケモンの育成、統率、信頼、強さ、全てにおいて尊敬の出来るトレーナーになっている。真に最強は誰か、と話しあえば間違いなく持ちあがるであろう人物の一人。それが、
―――チャンピオン・ワタル。
『……ついにここまで来てしまいました。興奮しつつも、どこか、寂しくも感じます。ついに、ついに挑戦者が、オニキス選手がここへと、最強の座―――ポケモンマスターの座を掴める、その段階へとやって来ました。そこに立ちはだかる最強の守護者、現チャンピオン・ワタル氏を倒さないとオニキス選手に先はありません。これから行われるバトルは間違いなく歴史に残る一戦でしょう―――ですが、同時に寂しさもあります。ここまで続いて来た激戦、誰もが憧れる様な戦いが、ついに、これで最後に、シーズンがこれで終わってしまうのですから……』
腰のボールに触れる。そこには六個のボールがちゃんと装着されてある。この試合に参加する六体、或いは六人が中に入っている。そう、六体。それが戦闘に出る事の出来る面子の数。控えは専用エリアから観戦のみを許される。それでも、そこにいるというだけで心を支えてくれる。そう、独りで戦っているのではない。一人じゃないのだ。ポケモンバトルは一人でやる競技ではないのだ。指示を出し、統率し、育成するトレーナーが。戦い、成長し、そして勝利を掴むポケモンが。それを見届け、そして祈ってくれる仲間が、観客が、皆がいる。そうやって始めて成立する競技だ。
目を瞑れば解る。
マチスが、キョウが、ナツメが、エヴァが、グリーンが、マツバが、オーキドが、ブルーが、ゴールドが、シルバーが―――赤帽子が―――ボスが見ている。この瞬間を。これから繰り広げられる戦いを。頂点に立つ存在を決める、それを競い合う戦いを、皆が見ている。このカントー・ジョウトでこの戦いを見ないトレーナーなんて存在しない。特別な理由もなしにこの戦いを見ない者は、もはやトレーナー失格だと言っても良い。それだけ、この戦いは注目されており、待ち望まれている。
公式における最強のトレーナーの称号、ポケモンマスターを決定する為の戦いなのだから。
「待っていた。この時を」
ワタルは静かにそう言った。実況も解説も黙り、全てのマイクがワタルの声を拾っていた。故に、スタジアムにはワタルの声が響いている。
「予感はしていた。お前は絶対に勝ち上がってくる。お前とはどこかで戦う事になると。そして、それは現実となった。今、俺達はこのカントーとジョウトにおける、最強の二人として、この二つの地方を代表するトレーナーとして立っている。踏み越えてきた屍、踏みにじってきた願い、その全てが我々の足元にある―――」
だが、
「―――そんなものはどうでもいい。そう、戦えば敗者が生まれるのは当たり前の話だ。だから一々気にしたって仕方がない。”ポケモントレーナー”なのだ。敗北したら踏みにじられる事を承知で戦っている馬鹿なのだから。そう、俺達は、トレーナーは馬鹿だ。そして頂点にいる我らは―――」
「―――極まった馬鹿、か」
その言葉にワタルは笑みを浮かべ、頷く。馬鹿な話だが、それには納得できる。ここまで本気で、命を捧げているこの競技に打ち込む自分達を、馬鹿以外、どうやって表現すればいいのだろうか。だけどいい、ただの馬鹿でいいのだ。特別な事じゃない。限界を目指して、バトルをする。それだけなのだから。
「これ以上の言葉は不要か」
「トレーナーであれば、言葉以上に流暢に語ってくれるもんがあるからな」
先発のモンスターボールを手に取れば、ワタルも同じようにモンスターボールを片手に笑みを浮かべている。言葉よりも、多くのものを一回のバトルが伝えてくれる。それがトレーナーという生き物だ。だから必要なのは言葉ではなく、ポケモンだ。これを通して、相手に魂をぶつけるのだ。そうやって、言葉以上に語り合うのだ。
「トキワの森のオニキス―――」
そう、そこが自分の出発点だ。もはや地球でも日本でもない。自分は、オニキスになったのだ。この世界の、誰もが知るポケモントレーナーに。トレーナーとして生まれ直し、この世界で骨を埋める覚悟は出来た。
絶望した事のある心はもう絶望できない。
後は前へと進むのみ。
「―――現カントー・ジョウトリーグチャンピオンのワタルにポケモンマスターの称号を賭けて! 勝負を挑む!!」
「挑戦を受け入れよう! 全身全霊でかかって来い!」
魂を込める。動作の一つ一つに、体力を、精神力を、心血の全てを注ぎ込む。ワタルもそれは同じだ。あの男は決して此方を舐める事はない。本気で来る。いや、気迫で解る。殺す気だ。それだけの気迫を突き刺す様に向けてくる。あぁ、だから此方も殺す気で相対する。そう、そうやって意気込み、ボールを前へと向け、素早く開閉ボタンを押して中からポケモンを繰り出す。
「黒尾、行くぞォ―――!!」
「最高の敵だ、滅ぼすぞキングドラァ―――!!」
広いフィールドに黒尾と十メートルサイズの原生種キングドラが繰りだされる。黒尾がフィールドに出た事によって夕陽が美しくオレンジ色に染め上げる世界を闇の色が一色に全てを染め上げる。それと同時にキングドラの特性か、雨雲が発生し、それが天を覆いながら雨を降らし始める。此方の様に集中的な豪雨、視界を制限する程ではないが、それでも水技を強化するには十分すぎる勢いの雨だった。
黒尾とキングドラが相対する。十メートルというサイズを誇るワタルのキングドラの姿は圧巻の一言に尽きる。その上で天賦の才を保有するポケモン、その場にいるだけで凄まじいプレッシャーを黒尾へと押し付けてくる。が、黒尾も修羅場には慣れている。一か月間の間に手持ちのポケモン全てが伝説と戦ったりするトレーニングを繰り返しており、プレッシャーや伝説の波動、殺意に対する精神的耐性を保有してある―――この程度で怯む様なポケモンはいない。相性は不利、それでもやるしかない。
「アクアジェット!」
「守れ……!」
水を爆裂させながら一瞬で接近してきたキングドラのアクアジェットを守って回避し、攻撃から身を守る。そのまま流される様に影の中へと黒尾が身を潜ませる。素早く流れる水流に身を任せてキングドラが泳ぎ、ワタルのボールの中へと戻って行く。当たり前の様にバトン効果を仕込んでいたのは―――此方を参考にしたからだろう。侮れない相手だ。そう思いつつ、キングドラと入れ替わるように出現するのは、
巨大な姿のカイリューだった。
場に出るのと同時に、バリアを張り、カイリューが身を守る。その直後にシャドーダイブからの奇襲がある程度の防御力を貫通してカイリューに襲いかかる。それでもカイリューの体力は全く減る様には見えない。水の上に着地した黒尾が闇に紛れ、バトン効果でボールの中へと戻って行きながら呟いてくる。
「マルチスケイルにバリア、かなりの硬さを持っています。あのカイリューを経由してポケモンを安全にフィールドに出すのが役割―――ウチで言う”ナイト”に似たものを感じます。ただ、洗練さでは此方の方が上です。相手の種族値を、あの防御力をどうにかして突破したい所ですね―――」
ボールの中へと黒尾を回収する。そこから繰り出すポケモンに迷いはない。何時も通りボールをハンドリングで切り替え、それを次のポケモンへと、天候を掻き乱す為の相手を選び、繰り出す。ボールをスナップさせる様に動かし、開閉ボタンを滑らせる事で素早くポケモンをフィールドへと繰り出す。降り注いでいた雨がその登場によって踏み潰される。代わりに砂嵐が発生し、闇にそのシルエットが降臨する。咆哮しながら出現した蛮がカイリューを睨む。
「が、それでは届かないぞ!」
カイリューがボールの中へと戻って行く。やっぱりあのカイリューの役割は安全に次のポケモンを降臨させるための中継ぎだ。カイリューがボールの中へと戻って行き、その代わりに再びキングドラが降臨され、そして砂嵐が雨によって掻き消され、上書きされる。だが、
「―――それはどうかな?」
蛮が白い光に包まれる。
首元のペンダントが―――まるでDNAの文様を描いたかの様なそれが輝き、蛮に持たせた宝石と共鳴し、反応する蛮の姿はもっと凶悪で、そしてとげとげしい姿へと変貌―――進化する。そう、進化。戦闘中に行える進化。圧倒的な攻撃と防御の種族値を誇り、そこから極悪とも表現できる破壊を生み出す事の出来るバンギラスの”メガ種”、
「メガシンカ―――メガバンギラス……!」
「実用化されていたのか!!」
メガシンカが完了し、メガバンギラスとなった瞬間、再び砂嵐が発生し、雨を枯らし、環境を変質させ始める。雨で濡れていた大地を砂で埋め、乾燥させ、そして一気に変質させる。一瞬でデフォルト状態のフィールドで砂漠に似た環境へと変質し、砂嵐がキングドラの体力を奪い始める。ここでステルスロックを浮かべたい所だが、まず間違いなく設置技は破壊されて突破されるだろうから、設置するだけこっちの手番の無駄だ。重要なのは、
「種族値の暴力、こっちからも行くぞ……!」
「ふ、ふふふ……フハハハハハ! いいぞ! 来い! 迎え撃てキングドラ!!」
キングドラのハイドロカノンが放たれる。反応するメガバンギラスとなった蛮が大地を踏みこみ、ストーンエッジ用の大地を隆起させ、それを盾にハイドロカノンを一瞬だけ防ぎ、その直後、爆発的に成長した能力を使って一気にキングドラへと踏み込む。巨体でありながら凄まじい反応を見せるキングドラは自分の五分の一程度のサイズしかない蛮を捉え、超反応でターンステップを取りながらその正面に蛮を捉える。だが種族値が爆発的に成長した蛮がキングドラの攻撃よりも早くその懐へと飛び込む。ストーンエッジを手に取った蛮がそれを全力で振るい、キングドラの体へと叩きつける。叩きつけられたキングドラは動きを固め、
―――そして吹き飛ばされた。
身長一.九メートル程のメガバンギラスが、十メートル級のキングドラを吹き飛ばすのは、あのクレベースの時を思い出させる。だが今回はそんな無理はない。純然たる種族としての能力値、それを爆発させているだけに過ぎない。
だがキングドラもまた怪物、一撃喰らった程度で落ちる訳がない。吹き飛ばされた体勢から一瞬で姿を立て直すと、カウンターのハイドロカノンが放たれる。それを蛮が砂嵐によって強化された防御能力で受け流しつつ、砂嵐に身を隠してボールの中へと戻って行く。ボールをスナップさせ、交代させて行く。ここから繰り出すポケモンは、
「クイーン!」
クイーンが砂嵐を解除し、地面タイプの力をハルバードに集め、それを放ちながら登場する。砂の斬撃はキングドラの体に斬撃を刻み、容赦なくその体力を奪って行く。また同時に、その特性を破壊する。クイーンが歪な笑みを浮かべながら登場し、成程、とワタルが呟きながらキングドラに指示を出す。
「ここで引いたら落とされるな―――」
「チ……」
流石チャンピオン、解っているらしい。此方の目的は第一にカイリューを落とす事だ。あの中継ぎを落とさない限りは、カイリューによって安全なポケモンの降臨を許してしまうのだ。だから真っ先にカイリューを潰せば、相手のサイクルを破壊する事が出来る。だからこそキングドラを倒さず、中途半端にダメージを与えた所で交代したのだ。その方がカイリューを誘いやすいから。だがそれが出来ないとなると、
「クイーン!」
「解っていますわ」
クイーンが真っ直ぐキングドラへと向かう。一瞬で接近したクイーンの行動に対してキングドラが反応し、迎撃のドラゴンテールを放ってくる。しかしそれを理解していたクイーンがドラゴンテールに乗り、ハルバードを滑らせるように握り直しながら、そのまま交差させるようにドラゴンダイブを放ち、横へとキングドラの姿を弾き飛ばす。その反動を利用してキングドラのタイプ耐性を削り取り、クイーンがボールの中へと戻って行く。クイーンの入ったボールを入れ替えつつ、再び蛮をフィールドへと出し、砂嵐を呼び起こさせる。
「相対すれば解るな―――厄介だよ、その戦術は!」
「これだけやってもまだ沈んでねぇお前のポケモンは化け物か!」
どれだけ攻撃を叩き込んでいると思っているのだ。全てのポケモンがこのペースで攻撃しなければ沈まないのであれば、凄まじく辛い、というか此方が先にバテて果てる。それを回避する為にも、もっとバトンを回して能力を上げ、そして攻撃力を上げないとならない。そうしないと話が始まらないのだ。
蛮とキングドラが相対する。だがそれも一瞬、次の瞬間には蛮が守り、キングドラがハイドロカノンを放っていた。守り、それを回避した蛮がバトン効果でボールの中へと戻って行き、そしてクイーンと交代する。出現したクイーンが砂嵐を解除しながら大地の斬撃を喰らわせ、キングドラを今度こそ完全に沈める事に成功する。バトン効果でクイーンをボールの中へと戻しつつ、再び蛮をフィールドに繰り出す。それに合わせる様に、ワタルも新たなポケモンを繰り出してくる。
「行け、サザンドラ!」
三つ首の悪竜、十メートル級のサザンドラが出現する。その巨体と三つ首を合わせ、凄まじい威圧感が、威嚇とプレッシャーが同時に放たれる。が、それに揺らぐほど弱い心を持っていない蛮は正面からそれを打ち砕いた。一瞬だけ睨みあった蛮とサザンドラ、次の瞬間にはサザンドラが流星群を呼び出す。
三倍の流星群が降り注ぎ始める。逃げ場はない。
故に迷う事無く蛮が前へと飛び込んだ。降り注ぐ流星群をその体で受け止めながら、体力を超えるダメージを無視して無理矢理戦闘を続行する。ばかぢからを解放し、全力を超えた一撃をサザンドラへと叩き込み、一撃でその体力の大半を奪い、追撃を喰らわせてサザンドラを更に殴り飛ばす。サザンドラが吹き飛んだところで、蛮の体力が限界を超えて、その姿が倒れる。
だがサザンドラは倒れない。
「お疲れ蛮―――さあ、その怨念と復讐心を纏って殺意を心臓に突き立てろ―――」
蛮をボールの中へと戻す。蛮が落ちるのは想定の範囲内だ。だから次にサイクル破壊能力の高いポケモンを繰り出す。蛮からの”死に出し”をするのは―――災花だ。砂嵐が未だに吹き荒れる中、登場した災花は倒れた蛮の怨念を背負い、その上昇を引き継ぐ。そしてそのまま、胸のペンダント―――キーストーンがアブソルという種族に反応し、輝く。同時に災花も白い光に包まれ、闇の中でもしっかりと見える程の輝きに包まれ、その姿が変化して行く。もっと大人な姿へ、服装はジャケットから白い上半身を覆うポンチョの様な格好へ、髪は更に長く、片目を覆う様に下がっている。片手にはまるで角から作りだされたような、黒いダガーが握られている。
「メガアブソル……これが正真正銘の俺の奥の手、切り札、最後の最後だ、詰めて行くぞ―――!」
本当ならここに、ホロンヴェールを仕込みたかった。ホロンヴェールでタイプを悪からフェアリーへと変化させ、タイプ一致弱点”じゃれつく”をメガアブソルの圧倒的な攻撃の種族値から繰り出す。それは恐らく、ワタルに対する最強の攻撃手段になったのだろう。だが生憎と、ホロンヴェールまで仕込んでいる時間はこの一ヶ月にはなかった。グリーン、オーキド博士の協力を得てキーストーン、そしてバンギラスナイト、アブソルナイトを入手し、メガシンカさせるだけで限界だった。いや、それでさえ十分に凄いのだろう、だがそれで満足していては倒しきれない。
幸い、じゃれつくは仕込めた、
「災花、じゃれつく―――!」
フェアリータイプの大技がサザンドラへと襲いかかる。瞬間的に翼を動かして加速したサザンドラが逃げの体勢へと入り、直撃を回避しつつ二つの首で火炎放射を吐き出してくる。それに反応して災花が回避に入った瞬間、サザンドラがバトン効果でボールの中へと戻って行く。流星群の後にバトン効果を発動させるという事は、下降をリセットさせる方法か、或いは下降効果を受け付けない様にサザンドラが育成されているのかもしれない。そう思いながら視線をワタルの方へと向ければ、
予想通りカイリューが出現して来る。
迷う事無くじゃれつくをメガアブソルの驚異的な攻撃力で叩き込む。一回目の攻撃の影響でマルチスケイルは機能していない筈だ。故に真っ直ぐ叩き込まれたフェアリータイプの攻撃は弱点を穿ち―――カイリューは沈まない。その場で羽を休め始め、体力を回復させ、そしてバトン効果でボールの中へと戻って行く。それに合わせる様に舌打ちしつつ、此方もバトン効果を発動させて災花をボールの中へと戻して行く。
「行け、ボーマンダ!」
「落とせ、黒尾!」
ボーマンダが出現し、黒尾へとポケモンが切り替わる。だが同時に命令する攻撃は置き土産―――黒尾の体力が即座に0となり、瀕死状態になり、ボーマンダの能力を引きずり落とすのと同時にみちづれにすべく影の触手がボーマンダを捉え貫き、そして倒れた黒尾と同じ領域へと引きずり落とす。たとえ天賦でさえ、抗えない技が幾つかある―――これもその一つだ。
ボーマンダが落ち、そして黒尾が落ちる。お疲れ、と黒尾に言いながらボールの中へと戻し、メガアブソルへと進化している災花を迷う事無く繰り出した。メガアブソルとなったことで更に進化したその特性や能力は敏感に場に残った仲間の怨念を嗅ぎ取り、朽ちた黒尾の上昇能力を引き継ぐ。
「状況は4:4で中盤戦だ―――気を引き締めろ……!」
黒尾と蛮が落ちていることを自覚しつつ、災花がワタルが新たに繰り出したポケモンを―――サザンドラを睨む。だがその直後、ワタルがポケモンを入れ替えてくる。じゃれつくを放った災花の攻撃を受け止める様に入れ替わったのは―――またもやカイリューだった。
―――完全に受けサイクルを完成させているなぁ……!
災花の攻撃を代わりに受け止めたカイリューがマルチスケイルでダメージを減らしつつ、そのまま攻撃の勢いに乗ってボールの中へと戻って行く。そんなカイリューに導かれる様に出てきたポケモンは、
―――オノノクスだった。
直後、無理矢理災花がボールの中へと戻されて行き、超反応と呼べるスピードでクイーンがボールの中から放たれる。殺意を逆鱗に突き立てながら登場したクイーンは殺すべき存在をその両目で捉え、そして逃がさないように殺意の瞳で後退と交代を禁じる。始末すべき不倶戴天の敵の追跡を完了させたクイーンが災花からのバトンを受け取りつつ、前へと踏み出す。
「オノノクスの天賦はこの世に二人といらないの……!」
「守れオノノクス!!」
オノノクスがワタルの指示に従って守りに入った―――が、直後接近したクイーンの一撃は守りを貫通してオノノクスに突き刺さり、そのタイプ相性と防御能力を削り取りながら破壊し、特性を殺す。血走った目で敵を捉えたクイーンの連撃がそのまま決まり、オノノクスの体力を奪って行く。反応した動いたオノノクスが体勢を整えようと動くのをクイーンが察知し、その動きに食い込む様にハルバードを振るい、回り込みながら着実にオノノクスの体力を瀕死に追い込んだ。
「―――雑魚ね。天賦の才だなんて笑わせるわ。あの子の足元にも及ばない」
オノノクスがボールの中へと戻って行き、そして再びサザンドラが繰りだされる。サザンドラの体力は限界に近い。それを理解し、出てきたサザンドラに追撃する様にクイーンに指示を繰り出す。宿敵―――或いは絶対に認めたくはない、天賦のオノノクスという存在を滅ぼし、クイーンの殺意が薄れてはいるが、それでも天賦キラーである事に変わりはない。サザンドラの動きを完全に予測し、理解しきった天賦殺しの刃がサザンドラの視界から外れながら襲いかかる。
ドラゴンダイブがサザンドラに突き刺さり、サザンドラから悲鳴が上がる。が、同時に気合でダメージを我慢し、持ち直す。二本の首で攻撃直後のクイーンを掴んでから三倍流星群がクイーンへと向かって放たれる。避ける事も出来ず、クイーンとサザンドラを巻き込む様に流星群が絶え間なく降り注ぎ始める。
降り注ぐ。
降り注ぎ続ける。
まるで土砂降りの様に天を満たす流星群がサザンドラとクイーンの体を爆撃し、無差別に流星群を叩きつける。ドラゴンタイプの至高の奥義が弱点とタイプと一致し、問答無用で殺しに来るように襲いかかる。
「―――」
そして漸く、サザンドラが倒れる頃にはクイーンも同時に倒れる。
「―――天賦にして色違い殺し、どこかで絶対に引きずり落とす必要があった。良くやったサザンドラ、大金星だ―――!」
「クソがっ……!」
クイーンをボールの中へと戻しながら、思考を加速させる。
冷静に、頭が冷えて行く。思考が超加速する世界の中で、魂で繋がったポケモン達の声に耳を傾けながら考える。状況は3:2になったが、相手の受けループ要員であるカイリューは生き残って、そしてサイクル破壊担当であるクイーンが落ちてしまった。次点で破壊能力が高いのは確定急所を呼び出す事のできる災花だ。災花のタイプとは一致しないが、弱点攻撃であるじゃれつくでの攻撃は非常に破壊能力が高い。いや、それでもまずは災花を出さないと意味がない。クイーンが落ちた今、死に出しから上昇効果の受け継ぎが出来る災花じゃないと、またドラゴン相手にループで上昇を溜めて行く作業を始めないといけない。
天候は砂嵐、これを利用しなくてはならない。
『
ナイトの言葉は正しい。だが同時にこのドラゴンたちを相手に真正面から攻撃受けて耐えきれるのはおそらくナイトと、最後の一人、
『―――私だけね。キングシールドで受け流しながら私なら攻撃を打ち出せるわ。それにナイトには”たくすねがい”での能力上昇という役割もあるわ。となると安易に癒しの願いをクイーンの蘇生に使うのも考え物ね』
最後の一人は―――サザラだ。土壇場で選んだ選択肢は”一番信用できる手札を使う”事だった。
『だが同時に忘れてはならないのが”色違い天賦ガブリアスがまだ出ていない”という事ね。正直私やサザラが一対一で戦って勝てる気がしないわよ』
此方の残ったポケモンはナイト、災花、サザラ、
ワタルの残ったポケモンは天賦受けカイリュー、そして天賦色違い”エース”ガブリアスだ。受けポケを終盤まで残してしまったのは完全に此方の失態だ。俺だったら間違いなくカイリューでりゅうのまいかつるぎのまいを2積み―――いや、3積みはする。カイリューの道具がオボンだとすれば、それぐらいはいけるだろう。そしてそこからバトンでガブリアスへと交代、もはやそこまで強化されるとなるとガブリアスは止めようがなくなってくる。
不味い、非常に不味い。数は此方が今はリードしているが、恐らくすぐに2タテされる可能性が高い。
『……大丈夫よ、安心して私に回しなさい。鍛えた年月は裏切らない。積み重ねてきた努力は裏切らない。感じた愛は裏切れない―――最強のエースである事を私が証明するわ。だから安心して全部私へと回しなさい』
サザラの頼もしい言葉に、自分の最強のエースの言葉を―――信じる事にした。作戦は決まった。だから何時も通り、今まで行ってきた準備が、育成が、それが間違っていないことを信じて前へと進むのだ。ポケモンにこの命を預けて。
思考が通常の速度を取り戻す。世界がゆっくりと本来の形を取り戻す。それに合わせて再び腰からボールを取りだす。災花の入ったボールだ。ワタルが次のポケモン繰りだすのと同時に、災花を繰り出す。メガシンカによってその姿を変えた災花がフィールドに出現し、同時にワタルが繰りだしたのはカイリューの姿だった。出現と同時バリアを張るその姿に、一瞬で災花が接近する。
運命、そして”乱数”を弄る。
「今ならロイヤルストレートフラッシュも引けそうね」
じゃれつく―――という言葉に語弊があるかもしれないが、激しい斬撃が連続で黒いダガーから放たれる。カイリューを五連続で急所への攻撃が穿つが、その間につるぎのまいが1積みされ、追撃のじゃれつくが放たれて更に1積みされる。次々放たれる一撃がカイリューの急所を抉り、その姿を大きく吹き飛ばすが、更に1積みされる。カイリューの体力は限界だ、瀕死に近いといっても良い。だが、それでも、気合で耐え抜いた。
バトン効果でボールの中へとカイリューが戻って行く。
それに合わせる様にバトン効果を発動させ、災花をボールの中へと戻して行き、
「繋げるぞナイト!!」
「決めろガブリアス―――!!」
真っ黒な色のガブリアス―――”黒龍”ガブリアスがフィールドに出現する。サイズは他のドラゴンとは違って五メートル程しかない。だが、それでも凄まじい威圧感を保有している。今までのドラゴン以上の、凄まじいまでのプレッシャーを放っている。それを正面から受け流し、ナイトが指示を受け取り、自身の体力を全て消費させる。
「
ナイトが瀕死になり、受け取った上昇能力、そして発生した上昇能力、それを全て次のポケモンへと託す。託した。だからナイトをボールの中へと戻しつつ、次のポケモンへと繋げる。モンスターボールを指で弾き、上へと飛ばし、掴み、そして、弾ける竜のオーラを纏う。過去最大、最高出力のそれは右腕を保護するグローブを一瞬で吹き飛ばしながらモンスターボールに亀裂を生む。そのまま、全力でモンスターボールを投擲する。ナイトが、災花が、そしてみんなが繋げたサイクルを通して溜まった上昇能力の全てが、弾けるオーラと共にサザラに纏われ、
モンスターボールを木端微塵に粉砕しながら放たれる。
「■■■■■、ァ―――!!」
「―――!!」
サザラが出現し、ガブリアスと睨み合う事もなく、お互いに一瞬で接近する。一瞬で接近した両者、ガブリアスがげきりんを放ち、サザラがそれをキングシールドで受け流しなら竜の咆哮を響かせる。舞っていた砂嵐は一瞬で消滅し、その代わりに星天が顔を見せる。闇の中に星の光を浮かべ、天候が移り変わる。その中で、げきりんを受け流した所からカウンターとして高速でギルガルドの刀身が煌めく。斬撃が竜殺しの属性と弾けるオーラを纏い、あらゆる防御能力を無効化しながら貫く為に振るわれる。
それに超反応した黒龍が宙を回転する様に回避する。まるで歴戦の兵の様にキングシールドとギルガルドを操るサザラがその動きによるドラゴンテールを的確に受け流し、そして前へと踏み込む。大地を踏みながら漏れる声はもはや人のそれではなく、完全に竜のそれであり、殺意を込めて放たれる咆哮がフィールドへと響き渡り、黒龍の心臓を穿つ。
「これで決めろ、ガブリアスゥ!!」
「たえろ! そして貫けサザラぁ―――!!」
星天が夜の闇と共に消失する。それに合わせてガブリアスが神速でサザラの背後へと回り込み、そして必殺のドラゴンクローを放つ。確定された急所の一撃はサザラに突き刺さるのと同時に、その体力をほぼすべて奪って行く。それに指示通り、サザラが食いしばって耐え―――キングシールドを投げ捨てながら両手持ちに切り替え、そしてきょっこうのつるぎを放った。七色の斬撃が夕暮れの空に軌跡を描く。斬撃が全てガブリアスへと向かい、
「ガァァァァァァ―――!!」
斬撃を三つ喰らい、四つ目からを無理矢理体を捻って回避する。そしてその口の中に光が満ちる。放たれようとする破壊の閃光の瞬間、
「避けろガブリアス!」
頭上から落ちてくる流星群、それを見切ったワタルが指示をとばし、ガブリアスが回避に入る。
その刹那を―――サザラが見逃さない。
「殺った」
言葉の通り、ガブリアスの回避先を見切ったサザラが魂を込める。竜殺しの奥義をギルガルドに乗せ、それを正面から、回避動作が終了したばかりで肉体が硬直したガブリアスの体へと叩き込み、斬り飛ばした。凄まじい勢いで斬り飛ばされたガブリアスは空中で体勢を整え、吠えながら戦闘を続行する。奥義を放って硬直したサザラへと向かって神速で突進し、そのままドラゴンテールを放つ。
「かはっ」
「ぐるぅぁ……」
そして同時に倒れた。
「災花ァァァァァ―――!!」
「カイリュゥゥゥ―――!!」
吠えながらお互い、最後のモンスターボールを取る。右腕が痛い。災花の入ったボールを握る手が血に濡れている。息が荒い。それでも、動きは止まらない。左手でスペアのボールを抜き、そこにサザラを収納しつつ、ぼろぼろの右腕で災花のボールを前へと突き立て、開閉ボタンを素早く押して、災花を出す。
「ほんと―――」
災花とカイリューが場に出る。災花がじゃれつくを、カイリューがドラゴンテールを放とうと接近する。だが、その速度は、
「―――メガシンカしていなかったら確実に負けていたわね」
災花の方が早い。
アブソルとカイリューではカイリューが、
しかし、カイリューとメガアブソルではメガアブソルの方が、早い。
故に、カイリューよりも先に到達し、準備を完了させた災花がじゃれつくを放ち、カイリューを弾き飛ばし、
残り少なかったその体力を完全に粉砕させる。
なおも忠誠心を、信頼を見せるカイリューが限界を超えて動こうとするが、それをワタルが止める。
「待てカイリュー……それ以上動けば選手としての寿命を縮める。そこまでして得られる勝利に価値はない」
そう言い、言葉を聞き遂げたカイリューは悔しそうな表情を浮かべながら―――大地に倒れた。荒い息を吐きながら、フィールドを見る。もう、そこに立って残っているのは災花の姿だけだった。息を吐きながらゴーグルを外し、そしてぼろぼろの、モンスターボールを握った右手を天に掲げる。
「おめでとう、挑戦者―――」
口を開く。涙が目の端から溢れ出す。
「―――これでお前が正真正銘の最強のトレーナー―――ポケモンマスターだ」
涙を流しながら咆哮を口から吐きだす。そして同時に、歓声が爆裂する様にスタジアムに響く。
この時、
この瞬間、
俺、トキワの森のオニキスは―――その名を永遠にポケモンの歴史に刻んだ。
最後の秘策はメガシンカ。アッシュで成功していたからここら辺読めていた人もいたかな? って感じで。今回は何か色々語ってもアレなので、
次回へ。