目指せポケモンマスター   作:てんぞー

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コミュニケーションクイーン

 ―――才能が残酷なものだと気付いたのは何時からだろう。

 

 生まれた時から彼女とは一緒だった。卵から同時期に生まれ、そして育った。同じコミュニティに生まれたから姉妹同然の存在だった。だから昔から、彼女とはずっと一緒で、そして仲が良かった。お互いにキバゴとして生まれたのだから。最初から姉妹の様に仲良しだった。いや、ずっと仲良しだった。友情を感じていたし、本当に心の底から家族の様に愛情を向けていたのも事実だ。たとえ彼女の色が他の皆や、自分とは違っていても、そんな事は気にする事がなかった。そう、彼女はキバゴの色違いとしてこの世に生を受けたのだ。それは種族の中でも特に選ばれたという事を現す事であり、

 

 事実、彼女は恵まれていた。

 

 自分が属していた群れにも”色違い”に関するジンクスはあった。その群れは栄える。それだけだ。だが実際、それは正しいだろう。なぜなら色違いとは天賦には匹敵しないが、それでも色違いは優秀な種としての証だった。産んでくれた両親だけではなく、群れ全体が彼女の生を祝福した。それは勿論自分もだった。家族の様な彼女の存在がみんなに喜ばれているのだから、喜ばない理由がない。だからそうやって、彼女と一緒に育った。色違いだからと言ってやる事は変わらない。一緒に遊び、育ち、そして学んだ。

 

 自然の中で走り回って肌で大地を、風を、森を感じ、駆けまわりながら遊び、戦い、そして成長した。

 

 キバゴからオノンドへと成長する頃には段々と最初は見えなかったことが見えてきた。それは自分が賢くなってきたという意味でもあったが、おかげで理解してしまう事があった。彼女は色違いなだけではなく、天賦であった。愛されていた。全ての存在ではなく、天そのものに。色違いと天賦の才を両方持つ、間違いなく群れだけではなく種族全体を通してみても、最強のオノンドだった。彼女がオノノクスへと進化すれば、過去最強のオノノクスになるだろう。きっと、彼女は彼女を使役する、最高のトレーナーと出会い、そしてその名を世界に轟かせる。それはもはや約束されていた。考える必要もない。彼女を見れば解る。

 

 おそらく、その時初めて嫉妬に芽生えた。

 

 色違いだけであるならまだ許容できた。だが駄目だ、天賦の才も同時に与えられたとなると、それは醜い嫉妬の心へと変わった。将来の新たな指導者に群れは喜んでいた。だが一緒に育ち、そして彼女の成長を共に経験した自分は、それを喜べなかった。彼女はドンドンおいて行くように成長し、そして此方がオノンドである間にあっさりとオノノクスへと進化した。もはや彼女の足元にすら及ばない。それが自分と彼女の関係だった。そして、何よりも、屈辱的だったのが、

 

 彼女は賢かった。

 

 此方の嫉妬を理解していた。

 

 そしてそれに配慮していた。

 

 だからだろうか、まだ嫉妬の炎で身を焦がさなかったのは。危ないけど、安定したバランスで心は壊れずに済んでいたのだ。一生追いつかない、絶対に並ぶ事は出来ない、そして戻ってくる事のない、永遠の過去がそこに存在すると理解させられ、だけど諦める事もできなかった。偶に聞く人間の、トレーナーの行っているトレーニングと言う事を参考に自分を鍛える事を始めた。原生種よりも亜人種の方が需要が高く、そしてトレーナーとしては育てやすいという話を聞いて、亜人種のオノノクスへと進化する事を決意し、もはや理屈ではなく、執念で自分を鍛えた。

 

 そしてその結果、見事亜人種のオノノクスへと進化する事が出来た。

 

 だからと言って現実は変わらなかった。

 

 彼女は色違いで、天賦で、そして自分はただのオノノクス。努力してもしても、それでもまたしても、それでも追いつけなかった。ただただ置いて行かれるのは嫌だという気持ちで自分を鍛えて、群れの誰よりも強くなって―――それでも彼女にだけは何をしても勝てなかった。そしてその時理解してしまった。この世は理不尽であると。空も、大地も、全ては恩恵を受ける事の出来る者にのみ、その恩恵を与えるのだ。無条件で全ての生物を祝福するのは嘘だ。祝福はされるべき存在にのみ成されているのだ。

 

 彼女は祝福された。

 

 自分はそうじゃなかった。

 

 世の中は理不尽だ。それを理解し、それでも心が折れなかったのは、心が強すぎたからかもしれない。諦める事が出来れば楽なのに。そんな事を思いながら、次第に考えは変わって行く。強くなるのじゃ駄目だと。勝つ様にならなくてはならない。そう、自分よりも強い相手はいる。相性の悪い相手、良い相手は多く存在するのだ。重要なのはそう言う連中相手にどう勝負し、そして確実に殺すか、だ。奇しくもそれはポケモンではなく、

 

 ―――トレーナーの考え方であると、後から教わる。

 

 だけどその時、考える事を始めたのだ。

 

 ”天賦”の殺し方を。

 

 どうすれば殺せる? 最大限のスペックを発揮する? ハメで封殺する? 相性差を使って進める? 違う、色違いも天賦も覚えていなくてはいけないのは、あの存在が”理不尽”である事なのだ。あの連中にはハメも必殺もクソもない。そこから理解しなくてはいけない。天才は僅かなヒントから解決する為の答えを導き出す。困ったらその場で覚醒して解決方法を見つけ出すに違いない。少なくとも限界まで育成されているトレーナーのポケモンならばともかく、野生の状態のポケモンは、自由に覚える事の出来る脳の領域がたくさん存在する。状況を打破する為にその才能で必要な物を生み出して行くだろう。そんな理不尽な存在には戦術も実力も意味はない。

 

 持っている全てを、天賦を殺す為に捧げないといけない。

 

 それで漸く、殺せる。

 

 気が付けば家族同然だった彼女をどう殺そうか、冷静に考えていた。そこにはもはや嫉妬も殺意もなく、純粋に興味と好奇心があった。どうすればあの完璧な姉妹を殺せるのだろうか? 可能だろうか? だとしたらどうやって? そう模索している間に、自分は気付いたのだ。この世で誰よりも理不尽を知って、そして体感しているのは天賦ではなく、自分であると。横で成長を一緒に感じ、ずっと見てきた。どうやって閃き、考え、突破し、そして成長したか、それをずっと、横で感じてきたのだ。もはやその感覚は自分に染みついている。愛されているものがどうやって愛されているのかを、ずっと横で感じてきたのだから。その時漠然と理解した。殺すには理解するしかない。そして自分は理解している。

 

 だから、足りなかったのは心の強さと殺意だったのだ。

 

 理解した瞬間、今まで感じていた拘りがまるでくだらない物の様に感じた。まるで真理を得たかのような気分であり、オノンドへと進化し、オノノクスとなり、初めて感じた爽快感だった。そうだ、自分は殺せる! 今ならあの姉妹を殺せるのだ! 湧き上がる達成感と歓喜の中、それを胸の中に仕舞い込み愉悦に浸った。その事実だけで十分だった。自分は今、勝てない存在に勝つ為だけの存在として生まれ変わった。その事実で十分すぎた。だからこれで狂気はおしまいだ。亜人種となったオノノクスは満足し、これで天賦殺しの物語は終わる、

 

 ―――筈だった。

 

「―――オノノクスを探している」

 

 ゴーグルを頭に装着した、トレーナーがそうやって群れに接触してきた。背後には亜人種のサザンドラを連れており、彼女が一目で天賦のサザンドラであると見抜いた。彼女一人で群れを全て、おそらくは自分と、彼女を除けば滅ぼせるだろう。それだけの実力が当時からあのサザンドラには存在していた。もしかして、天賦を殺す瞬間が来たのかもしれない。そう思って、トレーナーの声に耳を傾けた。襲い掛かってくるのであれば、殺し返す理由になるからだ。だけどトレーナーはサザンドラをボールの中へと戻し、そしてゆっくりと笑みを浮かべた。

 

「強いオノノクスを探している。それこそ天賦か、或いは天賦を殺せるような変種を探している。だが俺が連れて行けるのは一体だけだ」

 

 トレーナーはそう言葉を放った。それはまるで自分と、そして彼女、そのどちらかを求めている、という言葉だった。実際そうだった。トレーナーは最初から知っていたのだ。色違い天賦のオノノクス、そして天賦を殺す為だけに己を磨いていたオノノクスの存在を。それを前から調べ、偵察し、そして捕獲する為にこのトレーナーは来ていた。それを勿論、その時は知る事はなかった。考えさえしなかった。だが僅かに体が火照り、そして股を濡らしたような気がした。彼女を多くの目の前で蹂躙し、そして殺せる時が来たのかもしれない。そう思うとどうしても体が興奮を隠す事が出来なかった。なぜなら彼女も、ずっと前から広い世界に出たいと言っていた。間違いなく彼女は自分をトレーナーに売り込む。それは見えていた事だ。理解していたことだ。

 

 あぁ、だからぶつかってしまうのは当然、悲劇なのだろう。

 

 仕方がない話なのかもしれない。

 

「急にこうやって現れても困るだろう。俺は直ぐ近くでキャンプテントを張って、返事を待っている。別に返事以外の話の為に会いに来ても構わない。俺はリーグでの優勝を目指しているトレーナーだ。必要なら報酬を払うし、契約だって行う。一方的な捕獲で得たポケモンのモチベーションは低い。そういう連中はバトルでは全く使い物にならない。だから本気で俺と一緒に世界を取ろうという奴にしか興味はない」

 

 心地よい言葉だった。天賦のサザンドラを見せた事で増々説得力が上がっていた。そしてトレーナーはそのまま、下がって行った。実に紳士的だったと言えるかもしれない。野生のポケモンと人間の関係は暴力的なものが実に多い中で、言葉をかけ、説得し、スカウトするのは本当に珍しい話であり、襲い掛かってくるトレーナーを撃退した経験ならあるが、こうやってスカウトされる事は初めてだった。

 

 彼の印象は深く、群れに刻まれ、その夜、彼女と話す事になった。

 

 夜、私は彼女と話し合った。外の世界はきっと広い、今以上にできる事が多く、そして見る事も多い。自分が知っているのは小さな世界で、この力はきっと、そんな広い世界で活躍する為にあるのだと。だから彼女は外の世界へと行きたい。そう言った。思った通りだった。だから自分も彼女に答えた。私も外の世界に行きたい。だから明日、戦って勝負を決めよう。それで勝った者が外の世界に出るのだ、と。

 

 そして、

 

 彼女は否定した。

 

 だから、彼女は外に出る事を諦める、と。

 

 ―――外の世界へと出る切符を譲られた。

 

 その後の言葉は全く頭の中には入ってこなかった。だが一つだけ、譲歩された。譲られた。見下された。その事実だけが自分の中に残っていた。彼女は自分と戦った場合、絶対に勝つと確信しており、それを疑わず、だからこそ此方に譲ると言ったのだ。胸の中に抱いていた感情がそれと共に全て抜けて行った。彼女に対する哀しみと怒りが胸を満たした。気づけば夜の森の中を走り回っており、涙を流していた。今まで感じていた、溜めこんでいた全てを涙として吐きだしながら、それでスッキリしようとした。

 

 しかし、

 

 そこにトレーナーがやって来たのだ。

 

「―――お前は何も悪くはない」

 

 これが始まり。これが元凶。まだ帰り道はあった。泣いて泣いてすっきりして、そして多少喧嘩すれば、それで全部、元の生活に戻れたのかもしれない。だけどここで、トレーナーの言葉へと耳を傾けてしまった。いや、それはトレーナーからすれば狙い通りだったのだろうし、彼は始めから私にしか興味を持っていなかったのだろう。自然という環境が生み出した祝福された者を殺すだけの個体、それを最強のエース殺しとして手に入れる為に監視し、そして接触してきたのだ。

 

 だがそんな事を理解できるほど賢くもなかった。だから気づけば優しくしてくれるトレーナーに自分の生い立ちを、事情を、そして全てを話していた。どう思っているのか、何をしたいのか、どうやって努力してきたのか。それを全て吐きだしていた。今まで話してきたことすらない無い話だった。話せる訳がない。だから吐きだす時間は心地よかった。それがずぶずぶと抜け出す事の出来ない沼であると解りながら、

 

 少しずつ、狂わされて行く。

 

「お前は悪くはない。だけどその子も悪くはない。何が悪いかって? それは才能というもの、そのものだよ。そしてこの世の理不尽だよ。どうにもならないんだ。俺も、決して恵まれなかったものがあった。だけどそこで諦めはしなかった。刃を磨いて、それを突き立てる為に準備をした。お前だってそうだ、勝ちたいんだろう? 最後で全てを奪いたいんだろう? だったら迷う必要はない―――お前は間違っていない、そして何時だって正しいのは”勝者”なのだから」

 

 狂気を刷り込まれて行く。

 

「お前の友人がお前に譲ったのは間違いなくお前を想っての事だ―――だったら心配させてはいけないよな? 戦え、戦うんだ。戦って勝利し、そして見せつけるんだ。お前は決して心配されるほど弱くはないと。天賦を殺すだけの力を持っている殺戮者である事を」

 

 心地よい言葉―――生まれて初めて受ける、在り方の肯定だった。

 

 そしてそれは同時にトドメだった。もう心は既にこの時点でトレーナーに屈服、或いは恭順していたのかもしれない。一切否定をせずに、この歪んだ心を認め、狂気を与えてくれる存在に。このトレーナーに、恋をしてしまったのだろう。だけどそんな事を世界を知らない少女には解らない。狭いコミュニティで育ったから、まだ何も見えていないのだから。だからその日は幸せな気持ちで眠り、そして次の日が来る。

 

 彼女を呼び出し、

 

 そして群れの皆が見ている中で、

 

 ―――彼女と正面から戦い、一撃を喰らう事もなく虐殺し、首を刎ねた。

 

 鱗を剥ぎ、心臓を喰らい、そして切り飛ばした首を掴み、トレーナーの下へと戻った。

 

 それを手土産に、最悪の天賦殺しのオノノクス、クイーンは生まれた。

 

 

 

 

「―――懐かしい夢を見たわね」

 

 視線を横へと向ければ、同じベッドに眠っている今も変わらない、トレーナーの姿が見える。本当に酷い男だ。

 

 能力を極める為には正気ではたどり着けない。

 

 だから徹底的に狂う様に仕向けてゲットし、育成した。

 

 そして、そのままでは公式戦に出せないから、必要な所の育成を終えてから心のケアをする。

 

 まるでポケモンを道具の様に扱っている育成は、流石のロケット団としか評価できない悪辣さだが、もはや、それから逃げる気のしない自分も、この悪道に染まり切ってしまった、加害者なのだろう。眠っているトレーナーの首を軽く両手で握って軽く絞め―――解放する。その首に自分が握った痕がついている事に満足し、寄り添う様に目を閉じる。

 

 きっと、この男の性根は、

 

 ロケット団に拾われてしまった時点でもう取り返しがつかなくなったのだろう。

 

 自分と同じ、加害者であり、被害者。被害者が被害者を生み出す負の連鎖、地獄の流れ。

 

 だけど、そこから抜け出そうと一切の思いも、努力をもしていないのは、きっと、自分はその負の連鎖の甘美さに蕩けてしまったからだろう。

 

 堕落の味は実に、絶望的に、美味しい。




 水銀ニートのBGMかけながら執筆すると胡散臭さがマッハ。コミュニケーションとか言いつつpt最大の問題児の過去暴露という気がする。

 次回からそろそろ四天王戦を見据える感じになるのかしらね。

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