「ドラゴン滅! ドラゴン、滅! ドラゴン! 滅! 滅! 滅ゥゥ!!」
「―――」
フィールドの上では二つの姿が超高速で動いている。一つは高い個体値、種族値、そして特殊な育成法をもって生み出されたリザードン。超高速で青い炎を吐き出し、フィールドをそれで埋め尽くす。出現と同時に生み出した日差しの強い環境がその炎を強化し、体内に力を与えながらオーバーロードする様に火力を高める。アンダー50という領域においては規格外の火力を持ったリザードン、アッシュの青い炎が正面にいる、緑色の存在を滅ぼそうとし、
炎をすり抜ける様に回避した。
「ドラゴンは滅する。俺以外のドラゴンは……滅する」
「!?」
それは緑色の翼を背中に生やし、赤いサングラス、上半身は赤いビキニに下半身は緑色のホットパンツ、とかなり際どい格好をしている。しかしその存在に関して目を引くのはその恰好ではなく、体に纏っているオーラだ。もはやそんな技は存在しないのに、殺意のオーラを身に纏っているとしか、そう表現するしかない濃密な殺意を全身に纏っている。レベルはレギュラー程高くはない。ポケモンの能力だけを見れば、アッシュの方がフライゴンよりも勝っている部分もある。
そんな事を無視する様にドラゴンポケモンへの殺意を纏ったフライゴンは常識を塗り替えて圧倒していた。
一瞬で攻撃をすり抜けながらアッシュに接近し、繰り出した攻撃を事前に分かっていたかのように回避し、カウンターを決めながら反撃を許さぬように、攻撃の出だしを潰しながら、フライゴンが唯一使える技を叩き込む。
即ちげきりん。
フライゴンは他の技を全て捨て去った。変化技も、積み技も、何もかもを捨てた。そして残ったのがげきりんだった。唯一、フライゴンの怒りを証明する様に”げきりん”だけがフライゴンに残された。それをフライゴンはもはや変幻自在という領域で纏った。ドラゴンを殺すにはドラゴン。そして、フライゴンこそが最強のドラゴンポケモンであると、
メガシンカマジ許さねぇぞ貴様を証明する為に、
メガガブリアスは許されてメガフライゴンは許されねぇのかよという怒りの証明の為に、
フライゴンは他のタイプへと対応する手段を全て捨て去った。
それは覚悟、圧倒的覚悟。他のバトルでは無能でも良い。役立たずと呼ばれても構わない。だがドラゴンは、ドラゴンタイプだけは絶対に滅ぼす。フライゴン以外のドラゴンタイプ等必要ではない。何がどうあったのかは理解できないが、このフライゴンはそういう思考に行きついた。その結果、持っている才能と技幅と特性と、そして自身の持っている全ての領域、それをドラゴンを殺すだけに特化させた。
ドラゴンであれば目を瞑っていてでも追う事ができる。
ドラゴンであれば逃げようが守ろうが確実に打ち貫く。
ドラゴンを知り尽くし、どう攻撃すれば効率的に滅殺出来るか理解している。
フライゴンは努力した。その結果、フライゴンは理想の己へとたどり着いてしまった。即ちドラゴンに絶対勝てるが、他の全てには絶対敗北してしまう最弱無敵のドラゴンポケモンに。故に新種、変種、固有種、特異個体。そんなものはフライゴンには関係ない。ギラティナの様に異次元からやって来た個体であっても関係ない。パルキアやディアルガの様に時空の果てからやって来たポケモンであろうと関係ない。フライゴンはフライゴンである。ドラゴンを滅殺する為にポケ生と能力の全てを捧げた狂気の対ドラゴン最終決戦兵器である。
ドラゴンポケモンの攻撃であれば確実に回避し、一瞬で背後を取り、そして確実に急所にげきりんを叩き込み、吹き飛ばしている最中に追い打ちのげきりんを叩き込み、一切の反撃を許す事なく神速のフィニッシュのげきりんを叩き込む。地面に埋まる様に叩きつけられたアッシュの横へと瞬間移動の如くフライゴンが出現し、赤いサングラス越しに目を光らせながら、龍殺しのオーラを纏って息を吐く。
「ふぅー……ふぅー……我はドラゴンを滅ぼすもの……」
「はい、お疲れ様。お前はホント何時でも調子良さそうだよな」
その姿を見て迷う事無くフライゴンをボールの中へと戻す。こいつは放っておくと勝手にドラゴン狩りを始める部分がある。出番があるまではボールの中に入れておかないと危ない。前、ギラ子の傍でうっかりフライゴンを出してしまった時、伝説種がなんぼのもんじゃ、という勢いで本気じゃない上にアナザーフォームのままだが、ギラ子を追い込み始めた時は何事かと思った。若干見境がないのが残念かもしれないが、そこらへんは定期的に敵を与えているし大丈夫な筈だ。
とりあえず、地面に埋まったアッシュへと視線を向ける。
「悔い改めた?」
「改めました」
地面から体を引きはがしながら、アッシュがよろよろと立ち上がる。それに手を貸すと、此方の手を掴み返し、寄り掛かる様に立ち上がってくる。ショックを受けたような表情で、アッシュが呟く。
「ま、まさか五秒も持たないなんて……」
「まさに瞬殺ってレベルだな!」
『未熟者め……ん? ドラゴン……? 滅す……? ドラゴン滅する……? ドラ滅……?』
そのドラゴンレーダーは引っ込ませてろ。ただフライゴンを連れている間は”何故か”ギラ子が出現しない。そう考えると案外悪くもないが、それでもドラゴン滅殺コールをずっと聞いているとギラ子がいる時よりも深く心を病みそうなのだ、やっぱりこいつはボックスに封印するのが一番なんじゃないかと思う。
「とりあえずフライゴンさんと戦ってみただろう」
「はい、調子に乗ってました」
うん、と頷き、
「だけど悲観する事はない―――おーい、サザラー、フライゴンさんと一戦やってー」
「はぁーい」
気怠そうにサザラが答え、ギルガルドを構えるのを確認し、アッシュを自分の後ろに下げてから再びフライゴンをボールから出す。ボールから出た瞬間、闘気と殺意のオーラを纏った視線がサザラを射ぬき、瞬間、サザラが最大警戒モードへと突入する。瞬間的に背後に出現したフライゴンの攻撃をキングシールドで受け流しながら、カウンターで斬撃を通そうとするサザラの動きをすり抜ける様に回避し、最小限の動きでサザラの顔面に拳を叩き込もうとする。それに反応したサザラが首を捻りながら尻尾を動かし、それでフライゴンの妨害に入る。
それをフライゴンが尻尾で一方的に弾き飛ばしながら、横へズレ、残像さえ残さない動きでサザラの頭上へと移動、げきりんを放つ。寸前、頭上に展開したキングシールドで回避しつつ、ドラゴンタイプを刃に乗せ、攻撃を―――りゅうのつるぎをフライゴンへと向けてサザラが放つ。
その刃の上にフライゴンが着地する。
「天賦……ドラゴン……ドラゴン……滅……滅、滅ッ!」
「完全に命中するタイミングの筈なんだけどねぇ……!」
刃の上を滑る様にサザラへと近づいてくるフライゴンを、サザラはギルガルドを放棄する事で逃げ、回避する。だがそれを気にしない様に落ちる刃の上を滑ったフライゴンは正面からサザラにげきりんを叩き込んだ。まもるとみきりが貫通する以上、防御する方法はキングシールドだけであり、避ければ必中の力で無理やり当てられる。その為、耐久力任せにサザラは両腕を交差させ、フライゴンの攻撃をガードする。その上からフライゴンが連続でげきりんを放つ。攻撃の隙は無い。
これで終わる。
「いけるかな?」
そんな軽い声と共にげきりんと追撃のげきりん、その僅かな意識の空白、それを縫う様にサザラが抜けた。げきりんを一撃喰らうも、それを恵まれた肉体で抜け、そして完全にセンス、直感、そして経験、生まれた時から与えられた恵まれたそれらの要素を併せ持つ事で、知覚の出来ない瞬間的な加速移動を行い、フライゴンの背後へと回り込む。その手は落としたはずのギルガルドを既に回収しており、力を乗せて振るう寸前にある。
虚を突き、対応がほぼ不可能な領域の動き。
それにフライゴンは既に反応していた。
「未熟者め」
迷う事無く背後へと追撃のげきりんが放たれた。キングシールドではなくギルガルドを先に回収していたサザラにはそれが防御できず、反射的にまもりに入っても貫通され、吹き飛ばされる。再び繰り出されるげきりんを次に回収したキングシールドで守るも、守った瞬間に生まれた衝撃で動けなくなったサザラの横へと移動し、吹き飛ばす様にげきりんを放った。その攻撃を矜持とプライドでサザラが食いしばり、
「エンジンかかってきたぁ―――!」
「我は全てのドラゴンを倒す者」
そう叫ぶサザラとフライゴンが再び衝突した。キングシールドが存在する分、何発かげきりんを耐える事は出来るが、それもそう長くは続かないだろう。そう思っている内に、予想通りサザラが押し切られてげきりんを喰らって大地に沈んだ。
「はい、フライゴンさんもサザラもお疲れ様ー」
「我こそ最強のドラゴン也……」
満足げに殺意を滾らせているフライゴンをボールの中へと戻し、公園の芝生に倒れ込んでいるサザラの口の中にげんきのかたまりを投げ入れる。それで復活したサザラに頼んでおいたルーティーンメニューに戻る様に指示しつつ、後ろで戦闘を見ていたアッシュへと視線を向ける。そして指をサザラの方へと向け、教える。
「アッシュちゃん、アレが目標だ」
「無理無理無理無理無理。無理です。ほんと無理です。悔い改めました。先輩もフライゴンさんも格が違います。リザードンになれたってだけでほんと調子に乗ってすいませんでした。これからは心を入れ替えてトレーニングしますけどアレは無理ですって。次元が違いますって。明らかにポケモンバトルじゃなくてアクション映画を見ているようなものでしたよ!」
「大丈夫大丈夫、アッシュちゃんも基本的にはサザラと同じポテンシャルを体に秘めているから。だから鍛えて行けば間違いなくアレは出来る様に……いや、外付けキンシ拾って来る発想ねーとアレは無理だわ。同じ様なぶっ飛んだ発想か、ぶっ飛んだ進化をアッシュちゃんには期待しているからね! まぁ、ドラゴンタイプが追加されている以上は絶対にフライゴンさんには勝てないんだけどね!」
「この体からデルタ因子を抜いてください! 今すぐ! お願いですからマスター! マスタァァ―――!!」
抱き着いて懇願して来るが知ったもんじゃない。やると言ったらやる。これは育成の基本である。まぁ、僅か数日でアッシュの態度の矯正が出来たのだ、ここからはゆっくり、本来の育成を開始する事ができる。
「とりあえずアッシュちゃんに現実を見せる事に成功したし、一ヶ月か二ヶ月かけて、ゆっくりとレベルを他の皆にあわせようか。ローテーション組んで紅白戦をやればいい感じに経験が溜まるだろうし、ボックスの連中を出して使えば更に捗るだろうし。それにちょくちょく大会に出して性能確認もしたいしなぁ―――あ、調子に乗りたきゃあ何時でもいいよ? フライゴンさんが何時でも対戦相手になってくれるから」
『フライゴン以外のドラゴンは全て滅ぶべし。自害せよ』
「わ、私はマスターに永遠の忠誠を誓うよ! ほ、ほら! マスターって”おや”だし! 逆らう理由はないよね! うん!」
……そこはとなく不安になるが、まだ生まれたばかりの子供だ。ゆっくりとコミュニケーションを取って、相互理解を深めていけばいいだろう。他の皆には悪いが、しばらくはこいつに付きっきりになるかもしれない。
「ま―――」
顔を持ち上げ、遠くに見えるスズの塔へと視線を向ける。
そこにホウオウの姿はまだ、ない。
「シーズンはまだ始まったばっかしだ、フスベジムイジメは後回しにして、自分のペースで進めるさ」
目指せ、ポケモンマスター、と。
あとついでにボスの息子探し。
フライゴンさん - ドラゴン以外には割と普通に接する
半径4km以内にドラゴンがいると発狂する
伝説種さえも駆逐しようとするフライゴンさん。その夢はドラゴンの伝説種をぶち殺す事である。実はボックスの中で虎視眈々とギラ子を始末できるその瞬間をずっと狙っている。ある意味危険度が一番なく、もっとも危険なポケモン。