ルイズは五月達と一緒に、ギーシュが待つヴェストリ広場へと向かうことにしました。
とんでもないことになる前に、何としてでもこの決闘騒ぎを収めなければなりません。
ヴェストリ広場へたどり着くと、そこでは話を聞きつけた生徒達で溢れかえっていました。
「諸君! これよりこのギーシュ・ド・グラモンは決闘を始める!」
集まっていた生徒達に囲まれていたギーシュは薔薇の造花を掲げます。
すると生徒達は歓声を上げ、ギーシュはそれに満足したように笑いました。
「ふっ……逃げずによく来たね。平民!」
五月達が現れると、ギーシュは格好をつけるように前髪をかいていました。
「馬鹿言わないで! 決闘は禁止されているはずでしょ! こんなことはやめて!」
「おいおい……禁止されているのは貴族同士の決闘だけじゃないか。平民と貴族の間での決闘は誰も禁止していないよ」
ギーシュの言葉にルイズは言葉に詰まります。
「大体、ゼロのルイズ。その平民は別に君と使い魔の契約を結んだわけではないだろう? なら僕とその平民の間に何があろうが、それは僕達の問題なのだ」
「サツキ達は使い魔じゃないけど、あたしが面倒を見ているのよ。その責任はあたしにもあるわ」
ルイズは何とその場で跪き、ギーシュに頭を下げたのです。
「ルイズちゃん……!」
その姿に五月達はもちろん、ギーシュも周りの生徒達も驚いた様子です。
それは人一倍プライドの高いであろうルイズならば決してしない行為なのですから。
「ギーシュ・ド・グラモン。この者達の無礼は謹んでお詫びするわ。だから杖を収めてちょうだい」
貴族らしい真摯な態度でルイズはギーシュに謝罪します。
ルイズとしては五月達を故郷へ帰れなくしてしまったのは自分の責任であるため、その責任を貴族としてしっかり果たさなければならないのです。
「ふんっ……君がどんなに頭を下げようと、その平民がここへ来た時点で既に戦いは始まっているのだ。下がりたまえ」
しかし、ギーシュはルイズの謝罪に意を返しませんでした。
「それに……僕のこの美しい顔を……平民が傷つけたことは断じて許さない!」
ギーシュは五月に叩かれてまだ腫れて痛む頬を押さえて叫びます。
「そうだそうだ!」
「ゼロのルイズは引っ込め!」
娯楽に飢えていた生徒達は出しゃばってきたルイズに次々と罵声をぶつけます。
「さあ! サツキとやら! 逃げずに来たことは褒めてあげよう! かかって来たまえ!」
真顔になった五月はゆっくりと前に出ていきます。
「五月!」
「五月ちゃん!」
「ちょっと相手をしてくるね」
ブタゴリラとコロ助の呼びかけに五月はそう答えます。
そこへキテレツを呼びに別れていたみよ子とトンガリが走ってやってきます。
「あ! みよちゃん! トンガリ! キテレツはどうだ? 見つかったのか?」
「それが、コルベール先生の研究室にもいないの……」
「もう! どこに行ったんだよぉ! こんな時に!」
学院内にあるコルベールの研究室として使われている掘っ立て小屋を訪れましたが、もぬけの空でした。
発明品が入っているケースも如意光もありません。
「おい! コロ助! お前の風呂敷にも道具入ってただろ! 早く持って来い!」
「分かったナリ!」
ブタゴリラに促され、コロ助は風呂敷を置いてきた宿舎へと走り去っていきます。
「では、そろそろ始めようか!」
五月と対峙したギーシュは薔薇の造花を振り、一枚の花びらを宙へ放ります。
その花びらが草地に落ちると、光に包まれて形と大きさを変えていきました。
「何なの、これ?」
五月は目の前に現れた甲冑を身に着けた青銅製の女戦士の人形に驚きます。
「申し遅れたが、僕の二つ名は青銅のギーシュ! よって、青銅のゴーレム・ワルキューレがお相手する!」
「何だとお前! 男なら男らしく自分で戦いやがれ!」
「卑怯じゃないか!」
得意気な顔をするギーシュにブタゴリラとトンガリが野次を飛ばしました。
「僕はメイジだ。だから魔法で戦うんだよ。殴り合いなんて平民同士の野蛮な行為だ。貴族の僕には相応しくない……」
「あら、今やってることだって充分野蛮じゃない」
「何とでも言いたまえ。行け! ワルキューレ!」
五月の言葉を一蹴し、ギーシュはワルキューレに命じます。
ワルキューレは五月に真っ直ぐに突進し、拳を突き出してきました。
「危ない! 五月ちゃん!」
トンガリが悲鳴を上げますが、五月はひらりと横へ体を動かして避けます。
ワルキューレはさらに追撃を仕掛けてきましたが、その度に五月は身軽な動きで避けていきました。
「ひゃあっ! うひゃあっ! ひいっ!」
五月がワルキューレの拳を避ける度にトンガリは悲鳴を上げます。
「ほう。女にしては動くじゃないか」
「あら。女の子とは思わない、って言ったのはあなたじゃなかった?」
「だが、逃げてばかりではワルキューレは倒せんぞ! 少しは攻めたらどうだね!?」
「そうだそうだ!」
「つまらないぞ!」
ギーシュが叫ぶと周囲の生徒達からは五月に対するブーイングが飛んでいました。
「じゃあ、遠慮なく……えいっ!」
五月はワルキューレの拳を横へ屈んで避けつつ脚を横に伸ばします。
ワルキューレは五月の脚に引っ掛けられ、勢いあまって倒れてしまいました。
「何やってるんだギーシュ!」
無様に倒れるワルキューレに周りから野次が飛び、ギーシュは憮然とします。
すぐにワルキューレを起き上がらせると、再び五月へと突進させました。
「てえいっ!」
五月は繰り出された青銅の拳を避けつつその手を掴み、勢いを利用して振り回して放り投げます。
それでもワルキューレは立ち上がり五月を攻撃しますが、動きが単純なので五月が避けるのは訳がありません。
「おおおおっ!」
向かってきたワルキューレの頭上へ高く飛び上がり、肩を台にして跳び箱を越えるようにその背後へと着地します。
周りの生徒達からは驚きと歓声が沸きあがりました。
「五月ちゃん! がんばって!」
「素敵だよ、五月ちゃーん!」
みよ子とトンガリも五月へ声援を送ります。
五月はバク転やバク宙など、軽やかにワルキューレの攻撃をかわしていました。
「相変わらずすげえ運動神経してるよなぁ……」
五月は小学生でありながら、その身体能力は既に小学生はおろか常人のレベルを超えていました。
花丸菊之丞一座の看板役者である五月はお芝居でも飛んだり跳ねたりといったアクロバティックな動きを難なくこなしています。
舞台で鍛えられたその運動能力はまさに超人的といえるもので、かつて航時機で平安時代へ行った時は武蔵坊弁慶とも互角に渡り合ったほどなのです。
「何をやっているんだギーシュ!」
「そんな平民なんかにあしらわれてやる気があるのか?」
「おのれ……! 平民がちょこまかと……!」
ギーシュは一発も攻撃を五月に当てられないことに苛立ち始めます。
観衆の一部からは更なる野次が飛ぶ始末でした。
平民の女、しかも年下が相手なのでワルキューレで軽くひれ伏させるのは訳ないと考えていたのに、完全に思惑が外れてしまったのです。
「やああああっ!」
そして、ついに五月も本格的に反撃へと転じました。
繰り出されたワルキューレの拳を避け、掴み取ると向かってきた勢いを利用して見事な一本背負いを決めたのです。
投げ飛ばされ地面に叩きつけられたワルキューレは自らの重さも合わさった衝撃でバラバラに崩れてしまいました。
「やったぜ!」
「すごいわ、五月ちゃん!」
「さすが五月ちゃんだ!」
「あの平民、ギーシュのワルキューレを倒したのか?」
「すごいじゃないか!」
ワルキューレを倒した五月にブタゴリラ達からはもちろん、観衆からも歓声が巻き起こりました。
「すごい……」
ルイズは五月の姿を目にして唖然としてしまいます。
先日は強盗を投げ飛ばしてしまうという腕っ節の強さを見せ付けられたのですが、さすがにメイジ相手では平民の五月は敵わないと思っていたのです。
しかし、五月は平民の子供とは思えない身体能力を発揮してワルキューレを倒してしまったのには驚くしかありませんでした。
「ギーシュ! そんな平民、さっさと叩きのめせ!」
「平民なんかに負けたら貴族の名に泥を塗るんだぞ! 恥を知れ!」
基本的に観衆は入学したばかりの一年生が純粋に決闘を見て楽しんでおり、二、三年生も少ないながらもワルキューレと互角に渡り合う五月を褒め称えています。
ところが、その光景が気に入らない生徒達も少なくはありませんでした。
彼らはメイジである貴族が平民にあしらわれるのが、貴族としてのプライドが許せないのです。
「もうこれで気が済んだでしょ?」
一息をついた五月はギーシュに向き直って言いました。
「それで勝ったつもりかな?」
ギーシュは馬鹿にしたように不敵な笑みを浮かべて薔薇の造花から花びらを散らせます。
すると、またも目の前に新たなワルキューレが姿を現しました。
「げ……!」
「また出てきたよ!」
ブタゴリラ達は二体目のワルキューレが現れたのを見て驚きます。それは五月も同様でした。
「どうやら君を甘く見すぎていたようだ……僕も本気で行かせてもらおう!」
さらにギーシュは花びらを落とし、もう二体のワルキューレを作り出しました。
ワルキューレ三体は三方から五月を取り囲みます。
「三対一なんて汚えぞ! お前、男のくせに女の子をよってたかってメンチにして恥ずかしくねえのか!」
「リンチだよ!」
ブタゴリラが野次を飛ばしますが、ギーシュは見向きもしません。
ガキ大将のブタゴリラも多少は暴力を振るったりはしますが、理不尽すぎることは決してしないのです。ましてや女の子に手を上げることはしません。
それどころか級友が別の学年のいじめっ子にいじめられていれば自ら助けに行くほどです。
「さあ、続けようか!」
「参っちゃったな……」
五月は囲んでいるワルキューレを見回して冷や汗を流します。
自分がやってきたお芝居ではよくこういった場面がありましたが、さすがに本気の喧嘩では初めてのことでした。
しかも相手は人間ではないのです。
◆
魔法学院から少し離れた空を飛ぶ物があります。それは静かな音を立ててゆっくりと飛んでいました。
「うん。エンジンの調子も快調だな」
「う~む。これは本当にすごい! これだけの部品で空を飛べるだなんて!」
キテレツが操縦する超鈍足ジェット機の上でコルベールははしゃいでいました。
キテレツはしばらく使っていなかったジェット機のテスト飛行をするため、軽く魔法学院の近くを飛んでみることにしていました。
コルベールは是非自分も乗せて欲しいと頼み込み、キテレツは彼を同乗させたのです。
「どれくらいの速さで飛べるのかね?」
「本来はそんなに速く飛べないんですけど、改良して時速100キロ以上出せるようにしてあるんです」
「ほほう。自ら……いや、大したものだよ!」
コルベールはもう子供としか言いようのないはしゃぎぶりで超鈍足ジェット機に感激し、キテレツに感心していました。
「キテレツ君。学院に戻ったら、この超……ジェット機をしばらく置いておいてもらえないかね?」
「良いですけど、どうしてです?」
「いや、私もこれを作ってみたくなったのだ。何、これでも私はこうしたカラクリには造詣が深くてね。構造さえ分かれば複製は簡単だ」
熱く語るコルベールにキテレツは呆然とします。
先刻招かれたコルベールの研究室には様々な怪しい代物や薬品、さらには何かの作りかけの装置が置いてありました。
その装置は今度授業で生徒達に見せるものだそうで、自分の研究成果を理解してもらいたいと言っていました。
「もちろん、代価として私の部品を分けてあげるよ」
「助かります」
コルベールが所有している部品はどれもキテレツの発明に使えるものばかりでした。
さすがに冥府刀の修理に使えそうな物はありませんでしたが。
「それじゃあ、そろそろ学院へ戻りますね」
「うむ」
キテレツは操縦レバーを動かして超鈍足ジェット機を反転させ、魔法学院へ進路を取ります。
「おや? あれは……」
「タバサちゃんの竜ですね」
そこへ前方からタバサの使い魔であるシルフィードがやってきました。
その背にはタバサとキュルケが乗っています。
「どうしたのだね? 君達」
超鈍足ジェット機をホバリングさせて止まると、シルフィードもその場で停止します。
「キテレツ。あなたのお友達のサツキが、今大変なことになってるわ。すぐに戻った方が良いわよ」
「大変なこと?」
「ギーシュと決闘してる」
タバサがぽつりと答えると、キテレツとコルベールは目を見開いて愕然とします。
「何! 決闘は禁じているはずだぞ!」
それまでの温厚だった態度が一変し、コルベールは声を上げます。
超鈍足ジェット機が飛ぶのを見ていたタバサはキテレツを呼び戻すためにここへ来たのでした。
「何で五月ちゃんが……」
「ルイズに悪口を言ったギーシュを、サツキが引っ叩いちゃって。それでギーシュが怒ったのよ」
「何て馬鹿な真似を……!」
コルベールは膝を拳で叩いて憤ります。
「ギーシュもギーシュよ。二股がバレたのをコロちゃんのせいにして……しかもルイズにあそこまで酷いことを言うなんて」
「それで、五月ちゃんはどうなったんですか!?」
呆れるキュルケにキテレツは尋ねました。代わりに答えるのはタバサです。
「今、ギーシュのゴーレムと戦ってる」
「他の教師は何をしているのだね!」
「生徒達が邪魔してて止める暇もないみたいですの」
「キテレツ君! すぐに学院へ戻ってくれたまえ!」
「は、はい!」
コルベールに強く促され、キテレツは超鈍足ジェット機を学院に向けて大急ぎで飛ばします。
シルフィードも横に並んで共に魔法学院へと戻っていきました。
◆
決闘が始まって早十数分あまりが経ちます。ヴェストリ広場はさらに盛り上がっていました。
「たあっ!」
挟み撃ちを仕掛けてきたワルキューレの攻撃を五月はその場でトンボを切ってかわします。
外れた拳は五月の後ろから迫っていたワルキューレに頭に叩き込まれ、吹き飛ばされました。
五月はワルキューレの腕に着地すると、そこからさらにジャンプして空中でくるりと一転して背後へ降り立ちます。
「危ない、五月ちゃん!」
「はっ!」
トンガリの叫びと共に、別のワルキューレが棍棒を振り下ろしてきます。五月は素早く横へ側転してかわしました。
さらにバク転をして距離を取った五月は二体のワルキューレを前にして身構えます。
「はあ……はあ……」
肩を上下させて五月は荒く息を吐いていました。
「平民にしてはよくここまでがんばったと褒めてあげよう。だが、いつまで持つかな?」
ギーシュの薄い笑みに五月は何も言い返しません。ただ汗が一滴顔から流れます。
軽やかな動きで跳びはね、攻撃をかわしていた五月は未だ一発も攻撃を受けていませんでした。
囲まれてもワルキューレの頭を踏み台にしてジャンプして包囲から脱し、同士討ちを狙ったりもしますが、長期戦になればなるほど五月は体力を削られるばかりです。
いくら超人的な身体能力を持っているといっても、五月は小学生の女の子です。
体力には自信があるブタゴリラでも同じくらいのものなのですから、あまり長くは激しく体を動かせません。
しかも戦う相手は人間ではないので、殴る蹴るといったことはできません。
思い切り投げ飛ばしてやれば倒すことができますが、何体も連続でとなると体力が持ちません。
「あれじゃ五月ちゃんが持たないよ!」
「コロ助は何やってやがるんだ! もう我慢できねえ!」
「ブタゴリラ君!」
ブタゴリラはいても立ってもいられず、ついに決闘の場へと駆け込みます。
「何だね? 君は! 貴族の神聖な決闘に入り込もうというのか!」
「ふざけんな! 自分は戦わねえくせに三対一で五月をメンチにしやがって! 友達を放っておけるか!」
ブタゴリラは五月が倒したワルキューレの残骸から持っていた棍棒の一つを手にして五月の隣にやってきます。
「熊田君……」
「へへへ……ここで出なきゃ、男が廃るってもんだぜ」
呆然とする五月にブタゴリラが笑いかけます。
「平民が何人来ようが……メイジに勝てる訳はないのだよ!」
馬鹿にしたように笑うギーシュはまた薔薇の造花から花びらを数枚落としました。
今度は三体のワルキューレが一斉に現れます。
「君達がそう来るなら、もう容赦はしない! 貴族に楯突いたことを覚悟してもらうぞ!」
総勢五体のワルキューレが、五月とブタゴリラの前に現れました。
「ブタゴリラ君! 杖よ! あの杖を落とすのよ!」
先日、タバサが人さらいのメイジと戦った場面を見ていたみよ子は杖が無ければメイジは魔法が使えないと理解していました。
事実、杖がないメイジは全くの無力であることはこの世界の常識です。
「そうか! 魔法使いなら、杖がなきゃ魔法が使えないのは当たり前だよな! おりゃあああっ!」
ブタゴリラはギーシュ目掛けて突進しますが、その前に一体のワルキューレが立ちはだかりました。
「このやろ! おらあ!」
ブタゴリラとワルキューレの棍棒の応酬が始まります。
しかし動きは単調ながらパワーはブタゴリラより上で、ブタゴリラは防戦一方となっていました。
「熊田君!」
五月が叫ぶと、残り四体のワルキューレが一斉に五月へ向かってきました。
ワルキューレの攻撃を咄嗟に跳び上がってかわします。
そのまま頭を踏み台にして飛び越えようとしますが、別のワルキューレが棍棒を上に突き出してきました。
「はっ!」
五月はバク宙して紙一重でかわし、別のワルキューレの頭に飛び移ります。
そこへまた追撃の棍棒が繰り出されましたが、五月はまたもジャンプして身を翻してかわします。
地面に着地した五月にさらに別のワルキューレが棍棒を振り下ろしますが、これも横へ跳び退ってかわしました。
「ええええいっ!」
素早く立ち上がった五月に最初に攻撃してきたワルキューレが拳を繰り出してきましたが、五月はまたもその腕を掴んで一本背負いを決めました。
叩きつけられたワルキューレはまたもバラバラになってしまいます。
「はあ……はあ……はあ……はあ……はあ……」
しかし、五月は膝に手をついて激しく息を切らします。
あんなに激しく動き回ったので一気に体力を削られてしまったのです。
もう体力は限界に達しようとしていました。
「ちくしょう……! こんな人形に負けっか……!」
「熊田君……!」
ブタゴリラがワルキューレに苦戦している姿を目にして五月は急いで駆けつけようとします。
しかし、残った三体のワルキューレが。立ちはだかりました。
後一回、跳ぶのが精一杯でしょう。五月はワルキューレを跳び越えようとしますが……。
「きゃっ!」
ジャンプをしようとした途端、何かが五月の足を掴みました。
五月はそのまま地面に引きずり倒されてしまいます。
見れば、自分の足を土の手のようなものが掴んでいました。
「僕がワルキューレを操るしか能が無いと思っているのなら……それは大間違いだ!」
土のドットスペルであるアース・ハンドを使ったギーシュは得意気な顔をします。
足を掴まれて動けずに倒れたままの五月をワルキューレが取り囲みました。
「五月ちゃん!」
「サツキ!」
みよ子とトンガリ、ルイズはその光景を見て悲鳴を上げました。
すると、三人の足元を通り過ぎて五月に向かっていくものがあります。
「ウサギになるナリーっ!」
学院の庭が広くてようやく戻ってきたコロ助が動物変身小槌を手に五月へ駆け寄り、ワルキューレへ小槌を振ります。
「な、何!?」
「ワルキューレがウサギになったぞ!」
ギーシュはもちろんのこと、群衆は驚愕しました。
小槌を振るわれたワルキューレの一体が一瞬にして青銅製の小さなウサギの像へと変わってしまったのです。
「コロちゃん!」
「ワガハイも加勢するナリよ!」
驚く五月にコロ助は小槌を手に叫びました。
「マジックアイテムなんか使って卑怯だぞ!」
「このガーゴイルめ! 引っ込め!」
「武士はいじめられている子を助けるものナリ!」
野次など気にせず、ワルキューレの一体へ向かいます。
「とりゃあ! ウサギになるナリ!」
またも小槌を振ると、ワルキューレはウサギの像へと変わりました。
「いいぞ、コロ助!」
五月を助けたコロ助にトンガリが歓声を上げました。
「んぎゃ!」
しかし、コロ助の活躍はそう長く続きませんでした。
すぐに残りのワルキューレがコロ助の後ろに迫ってコロ助のチョンマゲを掴み上げたのです。
さらに小槌を取り上げて放り投げてしまいました。
「は、離すナリーっ!」
「僕に恥をかかせただけでなく、妙なマジックアイテムなんかを使って邪魔するとは……。このガーゴイルめ!」
ギーシュは忌々しげにコロ助を睨みつけます。
そして、ワルキューレは五月の傍へとコロ助を放り投げました。
「覚悟はいいかね!?」
「もうやめて。ギーシュ」
と、そこへルイズがやってきてワルキューレの前に立ち塞がります。
「何だね? ゼロのルイズ。君も決闘を邪魔するのかい?」
「当然よ。サツキ達は使い魔じゃないけど、あたしが面倒を見ているんだから。もしも何かあったらあたしは責任を果たせなかったことになるわ」
五月達が故郷へ帰れなくしたのが自分である以上、しっかり面倒を見るのがルイズの役目です。
いわば領主が領民の安全を守るようなものと同じです。
「第一、もうサツキは戦えないわ。ギーシュも気が済んだでしょう? お願いだからもうやめて」
「引っ込めって言っただろう! ゼロのルイズ!」
「これからが良い所なんだぞ!」
毅然とした言葉を口にするルイズへ群衆の一部から野次が飛びます。しかし、ルイズは動きません。
そんなルイズの姿を目にしてギーシュも溜め息をつきました。
もうこれくらいもすれば充分。後は土下座をして謝らせてやれば、もうそれで手打ちにしてやろうと考えていました。
それでも続けるというのであれば話は別ですが。事実、ブタゴリラはまだワルキューレと戦っています。徐々にですが押し始めていました。
「何をやっているのだ! 君達は!」
ギーシュがいざ言葉を口にしようとした途端、怒鳴り声が響き渡ります。
ギーシュも五月達も、果ては見物人の生徒達全員がその声に反応して騒ぐのをやめました。
「コ、コルベール先生……」
現れたのはコルベールです。キテレツとタバサ、キュルケと一緒に戻ってくるとすぐ様騒ぎの場へやってきたのでした。
「五月ちゃん! コロ助!」
キテレツは慌てて五月達の元へ駆け寄ります。みよ子とトンガリも続きました。
「大丈夫? 五月ちゃん」
「怪我はない!?」
「わたしは大丈夫……」
みよ子とトンガリに気遣われる五月は微笑みます。
「一体、これは何事なのだね?」
「あの……これは……」
「ギーシュが平民の娘と決闘を……」
厳しい顔つきで一同を見回すコルベールに、生徒達は口篭りながら答えます。
普段はあまり本気で怒らないコルベールが今、本気で怒っている様子なのでみんな引いていました。
「決闘は規則で禁じられているはずですぞ」
「しかし、ミスタ・コルベール……! それは貴族同士のことであって、貴族と平民の間には……ああっ!」
ギーシュの言葉を遮り、コルベールは自分の杖の先から小さな炎の渦を放ちました。
それはギーシュが持つ薔薇の造花をピンポイントで瞬時に焼き焦がしてしまいます。
「ミスタ・グラモン。校則であろうとなかろうと、他人を無闇に傷つけることが許されると思っているのかね?」
「し、しかし……その者は貴族の僕に……」
「黙りたまえ! たとえ平民だろうと、彼女達の身に万が一のことがあればどうなる!? 私は人の命を奪うことのために魔法を教えた覚えはない!」
コルベールの一喝にギーシュは黙り込んでしまいました。
「そして、君達も君達だ! 誰もこの騒ぎを止めようとしなかったのかね!?」
この場にいる生徒全員に対してコルベールは叱りつけます。
生徒達は全員、俯いて沈黙します。
「私は君達に失望した……貴族として……いや、人としての道徳の教育を一からしっかり教え直さねばならんようだな!」
「かっけえ……」
「先生の鑑ナリ……」
生徒達を教師として一喝するコルベールの姿にキテレツ達は唖然とします。
「罰として、今この場にいる騒ぎを止めようとしなかった生徒全員に、夕方まで学院の清掃を命じます!」
突然の命令に生徒達からは不満の声が上がりました。
しかし、コルベールがいざ怒り出すと怖いのは有名であり、生徒達はそれに従わざるを得ませんでした。
薔薇の造花を焼き焦がされたギーシュは、その後コルベールにこっぴどく叱られてしまいました。
◆
学院の生徒達の九割以上が決闘の見物をしており、教師達の監視の下、学院内の全清掃を行うことになりました。
ただし、魔法を使うことは厳禁で、手だけを使うことになります。
ルイズとキュルケ、タバサは外されていたのですが、ルイズは自ら志願していました。
「何であなたまで参加しているわけ? ルイズ」
「サツキが面倒事を起こしたんだから、その不始末はあたしが取るのよ」
講義室の机を雑巾で掃除するルイズに尋ねるキュルケにそう答えます。
「ごめんね。ルイズちゃん……」
「すまないと思うなら、口より手を動かしなさい」
箒を手にする五月にルイズは手を動かしながら毅然と告げました。
五月は本来、手伝う必要はなかったのですが、一応ルイズの従者であり自分にも責任があるということで参加していたのです。
「でも五月ちゃんをそんなに責めないで。五月ちゃんはルイズちゃんを……」
「分かってるわ」
みよ子の言葉をルイズは遮りました。
五月が手伝うということで同じようにキテレツ達も手伝っているのです。
「サツキ。あんた、どうしてあそこまでギーシュに突っかかったの。……平民なのに」
「平民とか、貴族とか関係ないよ。ただルイズちゃんがいじめられてるのが見過ごせなかっただけだもの」
「五月ちゃんらしいわね」
「そこが五月ちゃんの良い所なんだけどね」
「五月ちゃんはいじめっ子を見かけるとすぐブタゴリラみたいに投げ飛ばすナリ」
「それを言うんじゃねえ! コロ助!」
「やめなって、ブタゴリラ」
怒るブタゴリラをキテレツが制しました。
「……ふーん。良い所あるわね。良かったじゃないの、ルイズ。平民とはいえ、あなたを助けてくれる子がいるなんて」
「うるさいわね。手伝う気がないなら、出てってちょうだい」
茶化してくるキュルケにルイズは毅然と怒り出しました。
「じゃあ、ついでに手伝ってあげるわ。サツキがギーシュに立ち向かったことに敬意を表して、ね」
そう言って、キュルケもはたきを持って手伝い始めます。
タバサだけは相変わらず隅で本を読み続けていました。