シエスタ「みなさん! 今までわたし達のことを見てくれてありがとうございます!」
タバサ「これでわたし達の物語もおしまい」
キュルケ「色々寂しくなるけど、これからはあたし達でいっぱい楽しい毎日にしていかないとね♪」
ルイズ「サツキ達、元の世界でちゃんとお母さん達と会えるかしら……」
シエスタ「わたし、あの子達と過ごした思い出は忘れません!」
タバサ「わたしだって忘れない。イーヴァルディ……」
キュルケ「あらルイズ? あなた、もしかして泣いてる?」
ルイズ「な……泣いてなんかないもん!」
キテレツ「次回、愛のフィナーレ さよならハルケギニア旅行記」
コロ助「絶対見るナリよ!」
新しい冥府刀が完成したのは今日の朝でした。
最後の部品が届いたのもちょうどキテレツ達が起きてすぐであり、今まで届かなかったのは先日のタルブでの戦争による混乱が影響していたのです。
早速、部品を組み込めばそれだけで冥府刀は完成しました。
キテレツがこの異世界で成すべき目標にして悲願である、元の世界へ帰還するために必要な道具がついに手元に揃ったのです。
あとは、この道具を使って元の世界への道を開けば帰ることができるのです。
……ですが、キテレツ達はすぐに帰ろうとはしませんでした。
「来たわ! ルイズちゃーん!」
昼近くになった頃、魔法学院のヴェストリ広場にキテレツ達は集まっています。
空を見上げて手を振る五月は空から降りてくるシルフィードを出迎えます。
シルフィードには主人のタバサはもちろん、ルイズ、キュルケ、そしてギーシュやモンモランシーまでもが乗っていました。
さらにシルフィードと共に降下してくる別の飛翔体もありました。それはコルベール手製の超鈍速ジェット機で、作った当人が操縦桿を握っています。
「おかえりなさい。ミス・ヴァリエール、みなさんも」
給仕としての仕事に復帰していたシエスタが降り立ったルイズ達を出迎えます。
「一体、お姫様は何の用だったんだ?」
ルイズ達は今日の朝一番にトリステインの王宮から呼び出しを受けて、今までトリスタニアへと行っていたのです。
キテレツ達は彼女達が帰ってくるまでずっと待っていたのでした。
「みんな、胸に何をつけてるのさ?」
トンガリはルイズ達の胸に付いている見慣れない立派な装飾に気が付きました。
「勲章みたいだね」
「クンショウナリか?」
「コショウがどうしたってんだ?」
「はっはっはっ! これはね、白毛精霊勲章といってね! 武勲を立てた貴族に授けられる、名誉ある勲章なんだよ!」
造花の杖を手にポーズを決めるギーシュが自分の勲章をこれ見よがしに見せつけてきます。
「そんなにすごい物なの?」
「もちろんだとも、ミス・サツキ! この間の戦争での僕らの活躍が認められて、姫様に授与されにトリスタニアへ行ってたという訳なのさ! ああ……! こんなに名誉なことはないよ……! アンリエッタ姫殿下直々に、僕らに勲章を授けてくれたなんて!」
「こ……このあたしが……精霊勲章を……どうしよう……」
はしゃぐギーシュに対してモンモランシーは困惑した様子です。
トリスタニアの王宮で授与された時は多くの貴族達の前という公の場であったために物凄く緊張していたのでした。
「とても似合ってるよ、モンモランシー! そんな顔をしないでもっと喜んだらどうだい? 君はアルビオン軍の戦艦を水攻めにしてみせたじゃないか!」
「す、好きでやった訳じゃないわよ! もう! 無理矢理戦争に巻き込まれて、あんなにアルビオン軍に喧嘩売ったり、でっかいガーゴイルは出てきたし……」
「はっはっはっ! 大丈夫だよ、モンモランシー! これは一生に二度と無いかもしれない名誉なんだよ! さあ、学院のみんなにも僕らの勇気の証を報告しに行こう!」
ぶつぶつと愚痴を呟くモンモランシーですが、ギーシュに肩を抱かれてヴェストリ広場を後にしていきました。
「みんな似合ってるわ」
「おめでとう、ルイズちゃん」
「ありがと。ミヨコ、サツキ」
「あ、ありがとう……」
みよ子と五月に祝福されて堂々とするキュルケとは対照的にルイズは照れます。
「私はできれば辞退したかったのだがね……あれだけのことがあったんだ……隠し通すのも無理だからな……」
「何でそんなに謙遜なさるんですか? ミスタ・コルベール?」
「先生だって大活躍だったのに」
後頭部を掻いて苦笑しているコルベールの消極的な態度にシエスタとキテレツは首を傾げます。
「私には似合わないよ……武勲を立てて勲章だなんて……」
「あら、似合わないだなんて。ミスタ・コルベールの活躍があったからこその勝利ですわ。もっと誇らしくしたって良いんじゃありませんの?」
別に照れている訳ではないようですが複雑といった感じのコルベールにキュルケは肩を竦めます。
「それからね、姫様がこれをあんた達にって」
ルイズの言葉と共にタバサが前に出てきます。その手には小さな箱が抱えられていました。
キテレツ達は揃ってタバサが手にする箱に注目しますが、それが開けられると中に入っていた物に目を丸くします。
「ルイズちゃん達のと同じやつだ!」
箱の中にはルイズ達のものと同じ白毛精霊勲章が入っていたのです。しかもちゃんとキテレツ達の人数分もありました。
「ワガハイ達にもくれるナリか?」
「本当だったら、平民がもらえるなんてことはあり得ないんだからね。でもあんた達には特別に、姫様がせめてものお礼にって言ってたわ」
「公の場で平民に授与したりしたら、色々と問題になっちゃうんですって。本当、トリステインは色々と面倒ね。ゲルマニアだったら平民だってちゃんと授与されるのに」
アンリエッタ王女はキテレツ達のこれまでの活躍を認めてくれていましたが相手が平民であるためにルイズ達と違って堂々と恩賞を授けることができないので、このような形で非公式に渡そうとしたのでしょう。
「ほっほっほっ、何しろ精霊勲章じゃからのう。普通の勲章とは違うもんじゃて」
「学院長先生」
「オールド・オスマン」
そこへいきなり姿を現したのはオスマン学院長でした。
「非公式とはいえ、よもや平民が精霊勲章を授かるなど前代未聞じゃ。しかし、とっても名誉なことじゃぞ? 君達はそれだけの手柄を立てたということじゃからな」
オスマンも笑顔で頷き、キテレツ達のことを祝福してくれます。
「さあ、ミス・ヴァリエールよ。お主がこの子達に授けてあげなさい」
「はい」
促されたルイズは開けたままの箱を手に控えるタバサと一緒に整列するキテレツ達の前へとそれぞれ立ち、勲章をその胸に取り付けていきます。
最後に小さなコロ助には屈んで勲章を授けました。
「わあ……」
キテレツ達は揃って自分達の胸に飾られた精霊勲章に目を丸くしてしまいます。
「みんな、とっても似合ってるわ! 勲章をもらえるなんてすごい!」
シエスタは授与されたキテレツ達の姿に感激しています。
「本当にとても似合ってるわ、サツキ。その勲章はあんた達だけのものなんだから」
「おめでとう」
「ルイズちゃん……タバサちゃん……」
笑顔を浮かべて讃えてくれるルイズとタバサに思わず五月の顔も綻びます。
友人に心から称賛されたことがとっても嬉しいのです。他の五人も五月と同じように照れつつも嬉しそうな様子でした。
「別れの前の最後に、良い思い出ができたのう」
そう笑顔を浮かべつつも切り出したオスマンにキテレツ達もルイズも黙り込みます。
もうこのハルケギニアでキテレツ達がやるべきことは全て果たせました。後は冥府刀で元の世界へ帰るだけです。
キテレツ達が今まで帰らなかったのは、最後の瞬間までルイズ達と別れの時を過ごしたかったからです。
「ところでタバサちゃん。例の薬はまだ使ってないの?」
不意にタバサに声をかけたキテレツですが、タバサは懐からコップほどの小さな瓶を取り出します。
その瓶の中には青白い液体が満たされており、仄かに光っているように見えました。
「母様は今、ゲルマニアに亡命する手続きをしている。それが終わったら使う」
タバサの母親の失った心を取り戻すことができる水の精霊の秘薬、奇天烈斎が発明した心神快癒薬が完成したのは数日前です。
薬が完成した時のタバサはいつものように静かな雰囲気ではありましたが、それでも喜びと達成感を滲ませた笑顔を浮かべていました。
ようやく自分の母親を救うことができることがとても嬉しく、またキテレツ達には感謝の想いでいっぱいでした。
「ペルスランも一緒にひとまずあたしの実家で匿うことにしてるから。大丈夫よ」
「良かったわね、タバサちゃん。やっとお母さんの病気が治せて」
五月に手を握られたタバサの表情は安堵に満ちています。今でも母親の心を早く元に戻してあげたいと思っているのでしょう。
タバサの身の上を知っている人間としては彼女の心がよく分かります。
「きゅい、きゅい~」
傍にやってきたシルフィードもタバサのことを祝福してくれているようです。
「コルベール先生。もしもまた僕達みたいな人達と出会うことがあったら、その時はよろしくお願いします」
「うむ。誰かが迷い込むことがあっても、キテレツ斎殿のマジックアイテムで送り帰してあげるよ。……しかしキテレツ君。本当にあの大百科を私が受け取ってしまっても良いのかね? キテレツ斎殿が残した大切な物なのに」
「良いんですよ。奇天烈斎様はこの世界の人達のために、あの大百科を残してくれたんですから。それなら僕が持つより、ここに残して役立ててもらいたいんです」
キテレツは先祖がこの地に残していた奇天烈大百科は持ち帰らないことに決め、コルベールに預けることにしていました。
自分が持っている大百科に載っていない発明が多くあったので確かに興味はあったものの、奇天烈斎が託した思いを大事にしたいのです。
「それに、先生にだったらキテレツ斎様の思いを託すことができます。きっと先生なら奇天烈斎様と同じように多くの人達のために発明を役立ててくれるはずですから!」
「ああ……! キテレツ斎殿のご意思、しかと心に留めるとも!」
発明家を志す二人の少年と教師の心はとても強い絆で繋がっています。
本来なら生徒ではない子供のキテレツですが、コルベールはずっと自分の教え子のように感じ入っていたのです。
キテレツもまた奇天烈斎と同じ志を秘めているコルベールのことを同じ発明家として尊敬し、信頼しているのでした。
「ワガハイ。シエスタちゃんのコロッケの味は忘れないナリよ」
「伯父さんにはちゃんとこいつは渡しておくからな」
ブタゴリラは背負っているリュックの口から突き出ている物を指差します。
そこにはシエスタから預かっていた彼女の曽祖父、佐々木武雄の遺品である軍刀が差し込まれているのでした。
「うん。曾おじいちゃんもきっと喜んでくれるわ。お友達の人に自分の形見が渡ってくれて。カオル君、本当にありがとう」
「へへへ……それほどでもないって。俺が渡した種とか大事にしてやってくれよな。八百八の野菜や果物をハチミツと一緒に村の名物にしてくれよ」
「ええ。きっと!」
ブタゴリラは先日、サバイバルに使えると思って予め持参していた野菜の種やサツマイモの苗などを記念としてシエスタに全て渡していたのです。
「まったく、ブタゴリラはこんな時になっても野菜ばかりなんだから」
「でも良いじゃない。ブタゴリラ君の持ってきた野菜はちゃんと役に立ったんだもの」
キテレツ達が繰り広げてきた冒険では文字通りのサバイバルが多かったので、ブタゴリラの野菜や果物は思いもせずに役に立ったのです。
そのことには感謝しなくてはなりません。
「ルイズちゃん」
五月は前に出ると、ルイズの手をそっと両手で握ります。
「今まで、本当にありがとう……」
「そんな……あたしのせいであんた達を色々と危険な目に遭わせちゃったりして……」
元をただせばキテレツ達がこのハルケギニアで冒険を繰り広げる破目になったのはルイズが五月を召喚したことにあるのです。
そのために友人であるキテレツ達が異世界を渡って助けにやって来て、さらには自分のトラブルのせいで帰せなくしてしまったために今でも申し訳ない気持ちを抱いていました。
「色々と大変なことはあったけど……わたし、ルイズちゃん達とお友達になれて本当に良かった」
笑顔のままで頷く五月にルイズは呆然とします。
「ルイズちゃん達とお友達になれたから、わたしは独りぼっちにならなかったんだもの。……本当にルイズちゃんには色々とお世話にもなったし」
五月が召喚された時、ルイズの使用人という形で魔法学院に留まれたためにキテレツ達ともすぐに再会することができたのです。
ルイズが五月を見捨てなかったからこそ、五月は異世界にたった一人残されず孤独を味わうこともなかったのでした。
「あたし達だって、サツキ達には世話になったもの。……あんたと友達になれたことをとても誇りに思うわ、サツキ」
「ルイズちゃん……」
そうルイズが返すと、二人はそっと抱き合います。
二人の孤独な少女は互いに独りぼっちであったことに共感し合って心を通わせることができました。
違う世界の人間同士であっても二人は友人として、同じ時間を過ごすことで友情を育むことができたのです。
「わたし、絶対に忘れないよ。ルイズちゃん達と過ごした素敵な思い出を」
「あたしもよ。何があっても忘れるもんですか」
「ずっと、ずっと……友達だよ……」
これからも二人はずっとかけがえのない友達として、離れ離れになったとしても永遠に忘れることはないでしょう。
それはキテレツ達も同じことです。自分達が体験した数々の冒険と共にハルケギニアでの思い出はずっと心に刻まれ続けます。
「それじゃあそろそろ……」
静かにキテレツは切り出すと、リュックの中から発明品を取り出します。
ルイズが壊してしまったのとは色合いが少し違いますが、一振りの小さな刀のようなそれはまさしく今朝に完成したばかりの新しい冥府刀でした。
「冥府刀、スイッチオン!」
目の前に何も無い空間まで歩み出たキテレツは柄頭にあるスイッチを回します。すると、刀身が赤く光を放ち始めました。
一行はキテレツと冥府刀をじっと見守っています。
「それっ!」
冥府刀を高く振り上げたキテレツは一気に振り下ろし、空間を切りつけました。
キテレツが切りつけた空間には一閃が刻み込まれていましたが、すぐにその光が広がり始め、瞬く間に大きな裂け目となり、更には大きな穴へと形が変わっていきました。
空間に開けられた穴の中は不思議な光が満ち溢れており、その先には何があるかこちらからでは見えません。
「まあ……」
「これがキテレツ達の世界に……」
「サモン・サーヴァントのゲートにそっくりだわ」
シエスタはもちろん、初めて冥府刀の力を目にするルイズ達も目の前に出来上がった次元の裂け目に呆然としていました。
コルベールとオスマンは以前に一度目にしていますが、改めて目を丸くしています。
「それじゃあ先生、これを。使い方は今みたいにすれば良いですから。閉じる時はスイッチを切ってください」
「うむ。承知したよ」
冥府刀をコルベールに渡し、ケースも手にしたキテレツは裂け目の前へと歩み出ます。
「さあみんな! 帰ろう!」
「うん!」
「おっしゃ!」
みよ子がコロ助を抱き上げ、キテレツ達と一緒に裂け目の前にやってきました。
いよいよ元の世界へと帰る瞬間が訪れますが、それだけに緊張してしまいます。
「サツキ! キテレツ! ミヨコ! カオル! トンガリ! コロスケ!」
いざ飛び込もうとした時、ルイズが声をかけてきました。
「あたし達のこと、絶対に忘れないで!」
キテレツ達が振り向くと、ルイズの目元には薄っすらと涙が滲んでいるのが見えます。
いよいよ別れの瞬間が訪れたことで、感極まったのでしょう。
「うん! ルイズちゃん達も!」
それでも決して五月達は口にはしません。別れの言葉――「さよなら」だけは。それがルイズと交わした大事な約束なのですから。
そして、キテレツ達は一斉に、光に満ちる空間へと飛び込みました。
空中浮輪を付けていないのにも関わらず六人はまるで浮かぶように、光の空間の中をゆっくりと流されていきます。
ハルケギニアへと続く出入口は開いたままで、少しずつ遠ざかっていきました。
(ルイズちゃん……)
出入口の向こう側ではルイズ達が手を振り続けています。
それに応えて、振り向いたままの五月達も同じようにして手を振っていました。
みんな、ずっと笑顔のままで誰も別れを悲しんではいません。ただ、故郷へ帰ろうとするのを最後まで見届け、それに感謝しているのです。
五月はこの一か月もの間、ハルケギニアで過ごした多くの日々が次々と蘇ってきます。
キテレツの家の庭で光の鏡に吸い込まれ、ルイズの元に召喚された時――
自分を助けるために異世界にまでやってきたキテレツ達と再会した時――
ルイズを馬鹿にしたギーシュと大喧嘩をしてワルキューレと戦った時――
ブタゴリラ手製の露天風呂でルイズ達と夜空を眺めた時――
フーケのゴーレムに挑もうとするルイズを、光の剣を手に助けに出た時――
ルイズとフリッグの舞踏会で一緒に踊った時――
空の上でタバサと朝日を眺めながら話を交わした時――
アルビオンで繰り広げた数多くの冒険と戦いの時――
シエスタの故郷のタルブの村で一緒に食事をした時――
さらわれたみよ子とタバサを助けに砂漠の城で戦った時――
タルブの上空でガリアが送り込んできた巨大なガーゴイルを仲間達と共に打ち倒した時――
数々の記憶が心を揺らしながら、五月を満たしていきます。
やがて、光の中を流されていき遠ざかるキテレツ達の姿がルイズ達には見えなくなろうとしていました。
それでもルイズ達はキテレツ達の帰還を最後まで見届け続け、手を振るのです。
その目からは、一筋の涙が零れ落ちていました。
ついには、光の彼方へとキテレツ達の姿が消えていき、完全に見えなくなりました。
手を振るのを止めたルイズ達は互いに顔を見合わせて頷き合います。
コルベールが冥府刀のスイッチを切ると、一行の前から光の裂け目が消えていきます。
後には何も残らず、何もない空間だけがそこにありました。
「行っちゃった……」
「うん……」
「ええ……」
「とっても不思議な子達でしたね……」
四人の少女達は切なそうな顔で裂け目があった場所を見つめています。
このハルケギニアではないどこかからやってきた六人の子供達がもうここにはいない、というのが信じられないと感じられるほどに不思議な気持ちでいました。
ちょっとどころか、とても不思議な子供達が自分達に与えてくれたこの思いは確かに心に刻まれたのです。
「ルイズ、あなた泣いてるの?」
「な、泣いてなんかないもの……」
キュルケの指摘にルイズは顔を背けつつも指で目元を拭います。
「悲しむことはないよ。ミス・ヴァリエール」
「そうじゃとも。あの子達はいつまでもワシらの心にい続けてくれるわい」
「あの子達とは、キテレツのマジックアイテムを通して繋がってるものね」
キテレツの先祖、奇天烈斎が残した秘伝の書に記された数々の不思議なマジックアイテム。
たとえ魔法が使えなくたって、ルイズでもマジックアイテムを作ることはできるでしょう。
これからはコルベールと一緒に様々なマジックアイテムを作って、奇天烈斎と同じく多くの人々に幸福をもたらしたいと考えていました。
ルイズは懐から、かつてキテレツ達と一緒に撮った写真を取り出します。
「サツキ……」
そこにはついたった今、別れたばかりの子供達の笑顔がありました。
(あたしの、お友達……)
自分と同じ独りぼっちだった少女の絵を目にして、切なそうに笑顔を浮かべます。
◆
夕方の表野町の道を苅野勉三は飼い犬のベンと共に歩いています。
明日はゴールデンウィーク。キテレツ達と一緒にキャンプへ行くことになっています。
買い出しはもう済ませているので、あとは明日を待つばかりでした。
「こんにちわ! 勉三さん!」
下宿先に近い場所までやってきた所で勉三は一人の少女とすれ違いました。
「やあ~、タエちゃんじゃないっスか。アメリカから戻ってきたんスか?」
お下げの髪をしたその女の子はブタゴリラのガールフレンドである桜井妙子でした。
かつては表野町の銭湯を営み、廃業してからは新潟に転校し、今ではアメリカの親戚の元で暮らすようになりましたが、今でもブタゴリラはもちろん、キテレツ達とも交流があります。
「はい。明日からこっちはゴールデンウィークだから、熊田君達と会えるのにちょうど良くって」
「ははは、そうっスか。これから、ブタゴリラ君の所へ行くんスか?」
「それが熊田君、キテレツ君の家に行ったっておばさんから聞いて……」
妙子がアメリカから戻ってきたのは数時間前の昼ですが、浅草の親戚の元からブタゴリラの家まで行ったのにいないと告げられたのです。
「あれえ? まだ帰ってきてねえんスか? ワスが買い物に行った時も、学校から帰ってすぐにリュック担いでキテレツ君の家に行ったそうっスけどね」
「それじゃあ、きっとまだキテレツ君の家にいるのかしら」
「明日はワスら、キテレツ君達と一緒にキャンプへ行くんスよ。その打ち合わせでもしてるんスかね? んだども、ちょっと準備には早すぎな気もするっスけどね」
ブタゴリラの行動を三人は不思議がる中、座り込んでいたベンの耳がピクピクと動き出し始めます。
「あら、ベン?」
突然、ベンはワンワンと吠えだし始めたのです。しかもその激しさは増すばかりでした。
「こら、ベン! 一体、どうしたんだスか!? わわわわわっ!」
「勉三さん!」
ベンは手綱を握る勉三を引っ張ってしまうほどの勢いで走り出し始めます。妙子も慌てて一行を追いかけました。
猛烈な勢いで駆けるベンは勉三の下宿先を越え、キテレツの家の方にまでやってきました。
それどころか門を通って中に入って行ってしまいます。
「いきなりどうしたんスか? ベン! 何を見つけたんだス?」
裏庭の方にまでやってきた勉三達ですが、ベンはワンワンと強く吠えるばかりでした。
勝手に人の家の敷地内に入っては迷惑です。何とか引き戻そうとしますが、ベンはその場に踏ん張って言うことを聞きません。
勉三がベンに手こずっている中……。
「あああ? 何スか? 一体?」
「あれ……? きゃっ!?」
「どわああああああっ!?」
突然、目の前の空間に光の粒が舞いだしたかと思うと、大きな光の裂け目が二人の前に現れたのです。
いきなりの事態に二人は尻餅をついてしまいました。
「うわっとっとっとっ!」
「きゃあ!」
「痛いナリ!」
「あだっ!」
さらにその光の中からは六人ばかりの人だかりが飛び出てきたのです。
飛び出てきた六人は地面に叩きつけられて倒れてしまいます。
「こ、ここは……?」
起き上がったキテレツ達が周りを見回すと、そこには懐かしの見知った風景が広がっていました。
「ああ……! 僕の家だ!」
「本当ナリ! ワガハイ達の家ナリよ!」
「本当に本当? 夢じゃない? ブタゴリラ! ちょっと殴ってみて」
「おっしゃ! そら!」
「痛いっ! 夢じゃなーいっ!」
トンガリは頭を殴られつつもキテレツ達と共に歓喜に湧き上がります。
「夢なんかじゃないわ! あたし達、本当に帰ってきたのよ!」
「やったーっ! ついに! ついに帰ってきたんだーっ! ママーっ!」
「やったナリー! キテレツ!」
「やったな、コロ助!」
キテレツ達はようやく悲願だった元の世界への帰還を果たしたことを実感し、喜び合いました。
ここは間違いなく、キテレツ達の故郷である表野町なのです。
「い、一体何がどうなってるんスか?」
「く、熊田君……? みんな……?」
いきなりキテレツが現れた上に狂喜乱舞している光景に勉三と妙子は唖然としていました。
「勉三さん! それに妙子ちゃんまで!」
「タ、タイコ……」
みよ子が二人の存在に気づくと、ブタゴリラは妙子の顔を目にして誰よりも驚き目を見張っています。
妙子と目を合わせるブタゴリラは言葉を失っていました。
目の前に、遠距離恋愛を続けていたガールフレンドがいることが信じられず、しかしそれが事実であることを認識すると……。
「タイコ~~~~~~~~っ!」
「きゃっ! く、熊田君!」
やがて感極まったブタゴリラは妙子に抱きつきだしたのです。
突然のブタゴリラの行動に妙子は慌ててしまいます。
「タイコ! 俺……俺ぇ……会いたかったよ~~~~~っ! うわああああ~~~~っ!」
大声で泣きながら妙子に縋りつくブタゴリラの姿にキテレツ達も苦笑してしまいます。
少々大袈裟に見えるかもしれませんが、ずっと会いたかったガールフレンドと再会を果たすことができたのですから、ここまで喜ぶのは納得できます。
「あら? 勉三さんまで……そんな所で、みんな揃ってどうしたの?」
家の窓を開けて出てきたのはキテレツのママでした。
今まで二階で掃除をしていた彼女は庭が騒がしくなっているのに気づいて様子を見に来たのです。
「ママ……」
自分の母親の姿を目にしてキテレツもまたコロ助と一緒に感極まっていきました。
ずっと会いたかった家族が今、目の前にいるのです。だから二人もブタゴリラと同じで……。
「ママ~~~~~!」
「あらあら……どうしたの? 英一もコロちゃんも?」
二人は彼女に抱きつき、ブタゴリラと同じかそれ以上に泣きながら縋りついていました。
「ずっと会いたかったナリ~~~! 嬉しいナリよ~~~!」
「何言ってるの。さっきみんなで集まってきて、三時間くらいしか経ってないでしょ?」
「でも……でも、嬉しいんだよ……ママぁ……」
「英一ったらもう……みんなが見てるでしょ?」
彼女にとっては数時間でも、キテレツとコロ助にとっては実に一ヶ月以上ぶりの再会なのです。だから今だけは思う存分に甘えたいのでした。
キテレツ達の苦労や冒険の数々を知らない彼女としてはここまで喜ぶのが不思議でなりません。
「キテレツ君……」
家族との再会の光景にみよ子達も羨ましそうに見つめています。
自分達も早く家に帰って家族に会いたいという願望でいっぱいなのです。
その後、とりあえずキテレツ達は一度勉三の下宿先へと移動し、中へと入りました。
そこでキテレツ達は勉三と妙子に自分達の身に起きた全ての出来事を話していったのです。
「そうだったんスか。それはすごい冒険だったんスね」
「ずっとみんなで魔法がある世界へ行ってきたなんて……」
話を聞かされた勉三と妙子は開いた口が塞がりません。
「ちゃんと証拠だってあるんだぜ? ほら! これが向こうで撮った写真だ!」
ブタゴリラがリュックから取り出した写真を二人に見せました。
「はあー……よく撮れてるっスねえ」
「それじゃあ、この人達がその魔法使いなのね。……わ! これってドラゴン?」
「そうナリよ。このシエスタちゃんが作ってくれたコロッケは美味しかったナリ」
「みんなこの人達ととっても仲良くしてたのね。五月ちゃんの隣にいるピンクの子、とっても可愛い」
「でも、僕達が大冒険をしてきたって言っても、誰も信じてくれないよね」
「仕方ないわよ、キテレツ君」
遠い遠い、望遠鏡で見ることもできないほどの異世界を旅してきたなんていうおとぎ話なんて、大人はもちろん子供でさえも信じてはくれないでしょう。
ですが、キテレツ達は間違いなく異世界ハルケギニアで数々の冒険を繰り広げ、その証拠もこうして残したのです。
「わたしは信じるわ。みんなのことを」
「んだス。あんな物を見せられちゃあ、信じない訳にはいかねえっスよ」
しかし、妙子と勉三は一行の冒険劇を認めていました。
キテレツ達はこれまでも数々の不思議な冒険をしてきたのを知っている以上、今回もまた不思議な冒険をしてきたことに納得ができるのです。
「僕はもう冒険はこりごりだよお……ねえ、五月ちゃん?」
疲れ果てていたトンガリは五月に同意を求めますが、彼女の抱いている思いは違います。
「わたし、とっても素晴らしい思い出ができたわ……」
どこか感慨深げにしている五月に一行は注目していました。
「キテレツ君達はいつもこんな不思議な冒険をしてるのかと思うと、わたしもいつか一緒に冒険ができればいいなって思っていたのよ。キテレツ君達は航時機でタイムスリップとかをしたりして、色々な冒険をしてるんでしょう?」
「ま、まあね……」
「でも、今回はいつも以上に大冒険だったわよね」
タイムトラベルとはまた違う異世界の冒険はキテレツ達にも初めてのことでした。
そんな冒険劇に結果的に五月自身も参加することができたのです。
「最初はやっぱり結構びっくりしたし、怖いこともあったけど……わたしもみんなと一緒に冒険ができて良かったわ。あんなすごい冒険は初めてだったんだもの」
五月にとってはキテレツ達のちょっと不思議な日常と時間を過ごせるのがとても楽しいことなのです。
表野町から別の町へ転校して、キテレツ達と離れ離れになっている時には決して体験できないことでした。
「キテレツ君の発明品だっていっぱい見れたし、本当に楽しい冒険だったわ!」
「いやあ、そんな……」
キテレツの不思議な発明品の数々は五月の好奇心を満たしてくれたのです。
今回の冒険では普段は見られないような不思議な道具を見たり、自分も使うことができたのでとても満足していました。
「わたし、いつまでも忘れないわ。みんなと過ごした、この素敵な思い出を……」
「五月ちゃん……」
五月はキテレツ達と体験した今回の冒険を決して忘れはしません。
キテレツ達と過ごせる時間は五月にとって掛け替えのない大切な、楽しい思い出です。
その思い出を作るために学校でも楽しく過ごしていますが、今回の冒険で普段は味わえないような思い出が出来上がったのです。
次に転校してしまうまで楽しい思い出をいっぱい残そうと考えていた五月にとっては素晴らしい出来事だったと実感していました。
そしてこれから一ヶ月、五月が転校するまでにキテレツ達と共にいられる時間を精一杯過ごし、更なる思い出を作っていくのです。
また別れて離れ離れになってしまっても、いつまでも友達のことを心に秘めておくために……。
(ありがとう……ルイズちゃん……)
そして、異世界で友情を育んだ友達との思い出もまた、五月はずっと大切にしていきたいと思っていました。
ポケットから取り出した自分のハルケギニアでの写真を取り出すと、そこに写っているルイズの顔を見つめます。
そっと指先を唇に添え、その指でルイズを愛おしそうに撫でた五月は幸せな微笑みをたたえていました。
◆
勉三の家で解散をした一行はそれぞれの家へと帰っていきます。
一か月以上ぶりに戻ってきた表野町の町並みはとても懐かしく感じられ、不思議と安心感に包まれました。
ブタゴリラは妙子と一緒に八百屋を営む八百八へ、みよ子とトンガリもそれぞれの自宅へと帰宅すると、真っ先に自分達の母親との再会を喜びます。
我が子が異世界へと旅立ち、冒険を繰り広げてきたことなど知る由もないため、みんな涙ながらに抱きついてくるのを不思議に思いつつも、優しく迎えてくれました。
五月もまた、今日は親戚の八百屋で働いているはずの母親の元へと真っ先に向かいました。
一か月ぶりですが、帰り道は当然覚えています。その帰り道を一直線に走り続けます。
待ちに待った家族との再会はもうすぐなのです。
「お母さん……」
早く母親に会いたい五月は一心不乱に駆け続けました。途中の信号で足止めを食らうのが実にもどかしいです。
やがて、自宅のすぐ前までやってきた所で五月は足を止めていました。
キテレツの家からずっと走り続けてきたので疲労困憊の五月は息を切らしています。
「遅かったじゃないかい、五月。キテレツ君達と一緒にいたのかい?」
そこへ店の中から一人の女性が姿を見せます。眼鏡をかけたその人こそが五月の母親、花丸郁江なのです。
娘がようやく帰ってきたので出迎えに来たのですが、五月の姿を目にして呆然としていました。
(お母さん……)
母親の姿を目にした五月の心には今までにない安堵が湧き上がってきます。
一ヶ月以上もの間、逢いたいと思っても逢えず、ずっと目にすることもできなかった母親が目の前に立っているのです。
安堵と喜びに満ちた表情が徐々に感極まっていき、湧き上がる更なる衝動が抑えきれません。
「おやまあ、どうしたんだい? 五月。何かあったのかい」
気付けばカバンを落とした五月は母親の胸に飛び込んで抱きついていました。
五月の母親は突然の娘の行動に目を丸くして不思議がります。
「ううん……何でもないの……ただいま、お母さん……」
声を震わせて、五月は母親の体に身を寄せながら咽び泣いていました。
娘がどうしてこんなに涙を流しているのかなんて、何も知らない母親に分かる訳はありません。
それでも郁江は娘の頭を優しく撫でながら、一言声をかけてあげます。
「おかえりなさい」
五月は安心しきって、いつまでも母の胸の中で甘え続けました。
キテレツ大百科 ハルケギニア旅行記を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
全60話を無事、完結いたしました。
今回の作品を執筆するきっかけとなったのは、当時別作品をPIXIVで書いていた頃に久しぶりにキテレツ大百科のDVDを視聴した時に、
「キテレツ大百科ってこんなに面白いのに、何故ドラえもんみたいにスペシャルや劇場版とかも無いのか」
と思ったことでした。
キテレツ大百科はドラえもん並に冒険をする機会やトラブルを解決したりする物語がいっぱいあるので、
「もしもキテレツ達が大長編ドラえもんのような冒険をしてみたらどうなるか?」
という考えのもとで大長編ドラえもんを意識しながら今回の作品を執筆することになりました。
キテレツ大百科に登場する道具もドラえもんの道具と比べて
●スモールライト → 如意光
●どこでもドア、とおりぬけフープ → 天狗の抜け穴
●タケコプター → 空中浮輪、キント雲
●名刀・電光丸、ヒラリマント → 電磁刀
●空気砲、風神うちわ → 天狗の羽うちわ
●ショックガン → 即時剥製光
●スーパー手袋 → 万力手甲
と、いった具合にオマージュできる要素がいっぱいあったので大長編キテレツ大百科を構成するのに良い材料となりました。
道具以外にも大長編ドラえもんを意識したり、オマージュとなったシチュエーションや場面もいくつかあり、鉄騎隊の登場もその一つです。
ちなみに五月ちゃんがルイズに召喚されたり戦闘シーンで活躍する機会が多いですが、準主人公となった理由は五月ちゃんはアニメでは冒険をする機会が一度しか無かったので
もしも彼女も本格的に冒険に参加すれば大いに活躍できたんじゃないかと思ったことと、アニメ中で見られる色々な美味しい設定が物語に大きく活用できたためです。
五月ちゃんはアニメオリジナルのキャラクターなのですが、キテレツに出てくるのがもったいないお気に入りのキャラです。
お芝居で剣術が使えたり、超人的な運動神経があるので契約こそしなかったですがガンダールヴとしての役目をばっちり果たせました。
もちろん、異世界転移してきたキテレツ達もそれまでの冒険で培った勇気や経験があるので五月ちゃん無双にばかりならないように配慮しながら、みんなが一人ひとり活躍できるように構成するのが大変でした。
また、ブタゴリラの親戚がゼロ戦乗りだったという設定が偶然にもゼロの使い魔のタルブ村での出来事で活かせたのははっきり言って奇跡です。
本編はこれで終わりなのですが、今後アイデアが出てくれば作中の空白の期間などを用いてちょっとした短編でも作ってみようかなと考えてもいます。
別の作品や今後も新しく書く予定の作品も読んで楽しんでいただければ、幸いでございます。
どうぞ今後とも、よろしくお願いします。