ラ・ロシェールの街は数時間前にトリステインの親善艦隊が全滅させられてからというものの、完全に無人となっていました。
住民達は店の者も含めて全員が戦火に巻き込まれるのを恐れて逃げ出してしまい、麓に降りて行ってしまったのです。
現に今も上空ではアルビオンとトリステイン艦隊が戦闘の真っ最中でした。
「トリステイン軍もずいぶんと派手にやるじゃないさ」
無人の街の中にただ一人だけ佇む人影がありました。それは、かつてトリステイン中を騒がせていた盗賊メイジの土くれのフーケです。
レコン・キスタからラ・ロシェール近辺の偵察を命令されていたフーケは昨日からずっとこの街を訪れていました。
「確か、あの船にはクロムウェルが乗ってるんだっけ。……レコン・キスタもざまあないもんだね」
空を見上げるフーケはせせら笑います。
街が標高の高い場所にあるために麓から見るよりは上空の艦隊戦がよく見えています。
二手に分かれたトリステイン艦隊が距離を保ちつつ牽制し、飛行部隊がレキシントン号に爆撃をしている様子も見ることができました。
「それにしても、あの子達もやるものだね……」
そのレキシントン号の頭上を飛び回る幻獣や竜騎士達の中に見慣れた風竜と小さな雲を目にして思わず笑ってしまいます。
フーケはここから数時間前までタルブの草原も一望していたのですが、突然集まってきた雲のおかげで今はもう何も見えなくなったのです。
そのすぐ後にアルビオン艦隊の何隻かが雲の下へ降下していきましたが、しばらくしてたった一隻だけが逃げ帰ってきたのを見て、下で何が起きているのかを察しました。
雲を無理矢理集めたり、大した戦力も無いはずのタルブが艦隊を迎撃できたりするのは不思議なマジックアイテムを操るキテレツ達だけなのです。
そのキテレツ達が命知らずにも空に上がってきたことにもフーケは驚いてしまいました。
「この調子だったら、クロムウェルの奴も叩きのめせるかもしれないね……」
これまで立場上はキテレツ達と敵対する関係ではあったのですが、フーケ本人としてはキテレツ達そのものにこれといった敵意はありません。
むしろ遠い異国から友達を助けるためにハルケギニアまでやってきた行動力に感心し、貴族のトラブルのせいで故郷に帰ることができなくなってしまった境遇に同情の思いを抱いてもいたのです。
それでも子供らしく元気に、どんな敵が現れようとも諦めずに危機を切り抜けてきた勇気のある不思議な子供達ならば、もしかしたらこのままレコン・キスタをも倒すことができるのではと期待さえしていました。
無理矢理自分に協力を強いてきたレコン・キスタが壊滅してくれるならそれはそれで自由になれるフーケにとっても好都合なのです。
「がんばりなよ、キテレツ君……」
勇気を胸に戦い続ける子供達を応援する中、頭上では未だ大砲の音が轟き続けていました。
◆
あちこちから煙を噴き上げているレキシントン号の中央のマストから飛び出てきたのは、重厚な鎧を纏った剣士のような姿をした巨大なガーゴイルでした。
突然姿を現したガーゴイルは甲板の上に着地すると、その巨体をゆっくり立ち上がらせていきます。
「きゃあ、何なのよあれ!」
「うわあああああ!? な、何だね! あれは!?」
30メートルはあろうかという巨体の迫力にモンモランシーやギーシュだけでなく、タバサもキュルケも唖然として言葉も出ません。
レキシントン号上空から爆撃を続けていた魔法衛士隊達も乗っている幻獣と共に驚いており、慌てて離れていきます。
「何だあ!? あのデカブツはよ!」
「グランロボナリ~!?」
「そんなわけないだろ~!?」
シルフィードらと共にレキシントン号から離れるキント雲の上でトンガリが喚きます。
コロ助が昔よく見ていたテレビ番組に登場していたのは正義のロボットでしたが、現れたガーゴイルは正義の味方には程遠いくらいに禍々しい雰囲気に満ちていました。
「キテレツ君! あれってひょっとして……」
「うん! 天狗の抜け穴だ!」
みよ子が指差したのはガーゴイルがいきなり現れたレキシントン号のマストです。その帆全体に大々と赤い楕円が刻み込まれているのが見えました。
ただの模様でしかないはずの場所からあんな巨大な物が飛び出してくるのは、天狗の抜け穴が使われているとしか考えられません。
「それじゃあ、あれってシェフィールド達が!?」
「間違いないわよ!」
ルイズと五月も驚きつつも納得しました。
天狗の抜け穴がジョゼフ達の手に渡っている以上、それを悪用して何かを企てていることは予想ができました。
ガリア王国で作り上げた新兵器を遥か遠くのトリステインで活動しているレコン・キスタへ一瞬で送り届けるために天狗の抜け穴を刻んだのでしょう。
キテレツ達がいつもお世話になっていた天狗の抜け穴の最大の利用価値を、最大限に利用してみせた結果が、あの恐ろしいガーゴイル……ヨルムンガントなのです。
「あんな物をこっちに送り込んでくるなんて……!」
「へんっ、どうせあんなデカブツなんて飛べもしないじゃねーか! 空飛んでりゃこっちのもんさ!」
ブタゴリラの言う通り、鎧を着たヨルムンガントは巨体に見合った重々しそうな姿で鈍そうです。ましてや空を飛ぶことなんてできるはずがありません。
「へ?」
「……うわあああ!」
キテレツ達の方を見上げてきたヨルムンガントが起こした行動に全員が仰天します。
「と、飛んだナリよーっ!」
何とヨルムンガントはその場で踏ん張ったかと思えば体操選手のように勢いよくジャンプしだしたのです。
しかもゴーレムのように鈍重ではなく、人間と全く変わらない滑らかな動作で自分の体よりも何倍もの高さにまで飛び上がっていました。
どんな土のゴーレムであろうと絶対に不可能な、その巨体からは考えられない動きと姿に誰もが唖然とします。
「でっかい図体のくせしてあっさり飛ぶんじゃねーっ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょーっ! コロ助、逃げるんだよーっ!」
「わわわわわーっ!」
「きゅい、きゅい、きゅいーっ!」
一瞬にしてキテレツ達の頭上にまで飛び上がってきたヨルムンガントが降下してきたので、大慌てでキント雲とシルフィードは左右に分かれて回避します。
そのままヨルムンガントは真下に広がる雲海に落下していく……かと思ったら、すぐに上昇してきました。
「そ、空まで飛んでるわ!? 何なのよ、あのゴーレム!」
「ひええええっ!」
シルフィードの上でモンモランシーとギーシュが絶叫して抱き合います。
ヨルムンガントは翼も無いのに、この空を飛んでいる戦艦とほぼ同じ速さであっさりと飛行しているのでした。
まるで本当にロボットが空を飛んでいるようです。
「きゅいーっ! あいつ、体中に風の精霊の石がたくさん詰まってるのねーっ!」
「シ、シルフィードが、しゃ、喋ったあ!?」
シルフィードまでもが思わず叫んでしまうので、何も知らないモンモランシーがさらに驚いてしまいます。
「驚くのは後よ、後! タバサ!」
「回避!」
今は説明をしている暇もありません。目の前の敵を何とかしなければならないのです。
浮上してきたヨルムンガントは手にする巨大な剣を振り上げてきたので、キント雲とシルフィードはまたも回避行動を行いました。
「うわわわわっ!」
「きゅい、きゅい!」
「ママ~!!」
「きゃああああっ!」
まるで本当に鎧の中に巨大化した人間が入っていると錯覚するような動きで、軽々と豪快に剣を振り回すヨルムンガントにシルフィード達は必死に回避します。
あんな巨大な剣なんて直撃をもらえば一巻の終わりです。
「きゃあっ! 落ちるーっ!」
「だ、大丈夫だよ! モンモランシー!! ぼ、ぼ、僕が付いているさ!」
振り落とされそうになるモンモランシーをギーシュは必死に抱き締めていました。
魔法衛士隊達もヨルムンガントの迫力に完全に押されてしまって、巻き添えにならないようにレキシントン号の空域から離れて遠巻きに眺めていました。
それどころか炎上しているレキシントン号はまだしも他のアルビオン艦隊の船員達でさえ呆気に取られてしまっています。
「五月! そのうちわを貸してくれ!」
「はい! 熊田君!」
「……おうりゃああああっ!」
天狗の羽うちわを受け取ったブタゴリラはぐるぐると頭上で力一杯に振り回すと、後ろから迫るヨルムンガントへ振り下ろします。
「ひゃああああっ!」
モンモランシーが絶叫を上げるほどに強烈な突風が吹き荒れ、みるみる内に巨大な竜巻へと膨れ上がっていきます。
周りの雲を巻き込んでいく竜巻はヨルムンガントの巨体を飲み込んでしまいますが……。
「そのまま吹っ飛んで……!」
「……うわあっ!」
「きゃっ!」
「エア・シールド!」
勝利を確信したブタゴリラですが、突然竜巻の勢いが弱まって回転が止まったかと思ったらいきなり弾け飛んでしまったのです。
激しい強風が辺りに吹き荒れ、危うく吹き飛ばされそうになりましたがタバサが風の障壁を張ってくれたおかげで辛うじて持ち堪えました。
「げ!? マジかよ!」
「全然効いてないわ!」
消滅した竜巻の中から現れたのは、手にする剣を頭上で大きく振り回していたヨルムンガントでした。
しかも今の竜巻でダメージを受けた様子がありません。
「な、何で!? あの竜巻をまともに食らったのに……」
「竜巻を逆回転させたんだよ! それで打ち消しちゃったんだ!」
「そんなのズルいよ~!」
あれだけの竜巻に飲み込まれても、ヨルムンガントはああして自分の剣を竜巻の回転とは逆方向に回転させて打ち消してしまったのです。
それだけの芸当を楽にこなせるだけ、恐ろしいパワーを発揮できるのでしょう。
「このっ! おらっ!」
ブタゴリラは諦めずに縦向きにした羽うちわを何度も振り回し、鉄をも切り裂く巨大なつむじ風を次々に放ちますが、効いている様子はありません。
「ジャベリン!」
「これなら……どうよ!」
タバサもキュルケも持てる精神力全てを注ぎ込んで特大の氷の槍と巨大な火球を作り上げました。
ヨルムンガントの顔面目掛けて同時に放たれた二つの魔法はあっさりと命中しますが氷の槍は砕け散り、火球は豪快に炸裂したものの、傷一つ付いていません。
「だったら、この如意光で……!」
「ルイズちゃん、危ないよ!」
ブタゴリラが諦めずに羽うちわを振り回し続ける中、ルイズが身を乗り出して如意光を向けます。
「小さくなりなさいっ!」
五月に体を支えられる中、ルイズは如意光の縮小光線を手を伸ばしてくるヨルムンガントに浴びせました。
「え!?」
「そ、そんな……!」
「如意光まで……」
如意光の放った光線までもがヨルムンガントの掌に弾かれてしまい、全く効果が無かったのです。
「わわわわわわあ~っ! 危ないナリ~!」
「コロ助、さっさと避けろ!」
「きゃああっ!」
掴もうとしてきたヨルムンガントから逃れようとキント雲はシルフィードと共に急上昇します。
その勢いでルイズは振り落とされかけますが、五月がみよ子と一緒に押さえているおかげで落ちずに済みました。
「この間と同じだ。あいつにもエルフと同じ魔法がかかってるんだ!」
「そうみたいね。最悪だわ……!」
キュルケもキテレツと同じく、あのヨルムンガントの強固な防御力の正体を察します。
如意光の光線をも防いでしまう力は先住魔法意外に考えられません。そして、その先住魔法を使うことができるのはあのビダーシャルというエルフです。
ガリア王国が秘密裏に作り出したのは風石にエルフの魔法と、先住魔法の力をふんだんに組み込れた悪魔の兵器なのです。
先住魔法が相手ではメイジの魔法で対抗することもできません。
「エ、エルフですって!? あんた達、何でそんなことが分かるのよ!」
「い、いやあ、実はね」
「後だって言ってるでしょ!」
事情を何も知らないモンモランシーにギーシュが答えようとしますが、キュルケが制します。
「どうするの、キテレツ君!」
「電磁刀はもうないのに……!」
五月が愛用していた電磁刀ならば先住魔法の防御も突破することも可能でしたが、その電磁刀は既に壊れてしまっています。
奇天烈斎がハルケギニアに残してくれた奇天烈大百科には電磁刀も載っていましたが、当然今作ることはできません。
そもそも、ビダーシャルの時と違って相手が大きすぎるので、たとえ突破できたとしても生半可な攻撃で倒すことは難しいでしょう。
「わあっ! 来るよ、来るよ!」
そうこうしている間にヨルムンガントは浮上してくるのでトンガリが慌てます。
キテレツ達の攻撃がまるで効かず、唯一の対抗手段さえも持たない以上、このまま逃げ続けていてもジリ貧なだけでした。
「ギーシュ! あんたのワルキューレを出せるだけ出して! 今すぐに!」
「ど、どうするというんだね! ルイズ! いくら何でも大きさに差があり過ぎるんじゃないかね!」
「良いから早くするのよ!」
ルイズに命じられたギーシュは慌てて自分の造花の杖から花びらを数枚空に舞わせると、得意のゴーレム生成によって青銅の戦乙女・ワルキューレが作り出されます。
「ゆ、行けっ! ワルキューレたちっ……ああっ! ワ、ワルキューレ!」
しかし、ここが空である以上、重いゴーレムであるワルキューレ達は次々と風に吹かれながら落ちていきました。
「あんなの落っことしてどうするのさ!」
「……こうすんのよ!」
トンガリが五月にしがみつく中、ルイズが突き出した如意光から青い拡大光線が放たれ、落ちていくワルキューレ達に浴びせられます。
「おおっ!? ぼ、僕のワルキューレ達が……!」
見る間に10メートルほどの大きさにまで巨大化したワルキューレ達はさらに増した重みで一気に落下し、上昇してきたヨルムンガントに次々に激突します。
さすがにこれだけの大質量のゴーレムの落下をまともに受けてはヨルムンガントもバランスを崩してワルキューレ達と共に墜落していきました。
「や、やったの!?」
モンモランシーが思わず安堵の顔を浮かべますが……。
「げ!」
「避けるんだ! コロ助!」
落ちながらも体勢を立て直したヨルムンガントが自分にぶつかったワルキューレの一体の頭を掴み取ると、キテレツ達目がけて思い切り投げ飛ばしてきたのです。
縦に回転しながら一直線に飛んできたワルキューレを左右に分かれてかわしましたが、そのまま飛んでいったワルキューレはさらに先に浮かぶアルビオン艦隊にまで到達していました。
「ひえ~っ……すっげえ飛ばしたなあ」
「味方の船を壊してまで……」
振り返るブタゴリラと五月が唖然とします。
ワルキューレはレキシントン号の船体に激突した挙句に突き抜けているのが分かりました。甲板からは未だ煙が上がって炎上しているので余計に混乱が激しくなるでしょう。
「ど、どうするのさ! キテレツぅ!」
「何かあいつを倒せる方法はないの!? キテレツ君!」
「どうしようったって……あいつに効きそうな発明品なんてもう無いし……」
トンガリとみよ子に詰め寄られてキテレツも困り果ててしまいます。
如意光も羽うちわも駄目、電磁刀も無し、エルフの先住魔法で守られているヨルムンガントに有効打となりそうな発明品も無く、どれだけ頭を回転させても解決策が思い浮かびません。
(……もうっ! 何なのよ! こんな物をこっちに送り込んで余計なことばかりして……!)
困惑するキテレツ達を目にしたルイズはヨルムンガントを睨みつけました。
ガリア王国が裏で糸を引いているレコン・キスタがいつか戦争を仕掛けてくることは分かっていましたが、そのせいでまたしてもキテレツ達を危険に晒してしまったのです。
もうこれ以上、故郷へ帰りたいキテレツ達をこのハルケギニアの騒動に巻き込みたくないルイズ達の都合など知ったことではないと言わんばかりに攻めてきたレコン・キスタとガリア王国に、ルイズは激しい怒りが込み上げてくるのでした。
「きゃーっ! ま、また来るわよ!」
「お、おのれ! モ、モンモランシーに手出しはさせないぞ!」
「こんにゃろお! こうなりゃ特大のカバいたちをぶちかましてやる!」
「かまいたちだってば!」
ルイズが怒りに打ち震える中、ヨルムンガントは剣を構えて浮上してきます。
恐怖に震えるギーシュとモンモランシーがお互いに抱き合う中、羽うちわを大きく振り上げるブタゴリラにトンガリが突っ込みました。
「シェフィールドっ!」
突然、ルイズが大声を張り上げて立ち上がりました。
その怒声の凄まじさは一緒に乗っているキテレツ達はもちろん、シルフィードに乗っている四人までもが驚いて彼女に視線が集中します。
憤怒の形相でルイズは杖を手にして身構え、同じ高度に浮上するなり一気に迫ってくるヨルムンガントを見据えました。
「ル、ルイズ!」
「あなたの魔法でどうにかできるわけないでしょ!」
ルイズが掲げた杖から電光と共に激しい光を発する中、キュルケとモンモランシーが叫びました。
「これ以上、あたし達の……サツキ達が帰る邪魔をするなああああっ!」
目前にまで迫ってきたヨルムンガントは手にする剣を大きく薙ぎ払おうとしてきましたが、その寸前でルイズは杖を振り下ろします。
「うおおおおっ!?」
「みんな掴まって!」
「ママ~っ!」
ヨルムンガントの目の前で、これまで見たことがないほどに強烈な爆発が閃光と共に巻き起こりました。
その爆風の余波に煽られるキテレツ達も振り落とされまいとキント雲にしがみつきます。
「ルイズちゃん……!」
五月も屈みつつ同じように爆風に煽られてバランスを崩したルイズの体を必死に抱き締めていました。
「見て! あれ!」
「お、おお!?」
爆風が収まると、みよ子とギーシュが驚いて声を上げていました。
見れば、これまでキテレツの発明品やキュルケとタバサの魔法を物ともしていなかったはずのヨルムンガントが大きく怯んでいたのです。
しかも先ほど巨大化したワルキューレによる質量攻撃を受けた時よりも大きくバランスを崩して仰け反っていました。
「や、やった……?」
「あれを見て! 今ので鎧が砕けてる!」
「すごいナリ! ルイズちゃん!」
「嘘でしょ? ゼロのルイズが……?」
指を差す五月の言う通り、ヨルムンガントの。胸の部分の鎧がはっきりと削り取られているのが分かりました。
ルイズの魔法の失敗による爆発は初めてヨルムンガントに有効打となるダメージを与えたのです。
モンモランシーだけでなく、ルイズ自身も自分がもたらした結果に呆然としてしまいます。
「そういや、この間の長耳野郎みたいに跳ね返したりしねえんだな」
「言われてみたらそうだね」
「きゅい! あいつがでっかすぎるから、精霊の守りが薄くなってるのね! だからお姉さま達の攻撃はあいつの体に届いてるのね!」
精霊の力がどのように働いているのかが分かるシルフィードにはヨルムンガントに張られている鉄壁の防御がどのようなものかが分かっていました。
「それでこっちの攻撃を跳ね返せなかったんだ」
「何でルイズちゃんの魔法はあんなに効くのさ?」
「この間のエルフの時と同じよ。先住魔法って、ルイズちゃんの魔法に弱いんだわ!」
トンガリの疑問に五月は笑顔でルイズを見つめます。
ビダーシャルとの戦いの時にもルイズの爆発魔法で助けられているので、これだけ抜群に効果があることに納得できました。
「跳ね返せないってんなら、シルフィードちゃんも如意光で大きくなってあいつにぶち当たれば……」
「きゅいーっ! 冗談じゃないのねーっ!」
ブタゴリラの言葉にシルフィードはぶんぶんと頭を振って猛抗議します。
しかし、これで先住魔法の防御にも限度があることがはっきりしました。防ぎきれないほどに強力な攻撃を当ててしまえばヨルムンガントを倒すことができるのです。
「キテレツ君! あれよ! あのバズーカを使ってみましょう!」
「うん! 如意光で大きくすれば、あいつの防御を破ることもできるよ!」
みよ子の提案にキテレツは即座に賛成します。
まだキテレツ達には切り札とも言うべき武器が残っていました。それが破壊の杖とも呼ばれている、キテレツ達の世界からもたらされた強力な兵器であるハズーカ砲なのです。
巨大化させれば戦艦も軽く撃ち落とせるくらいの威力が発揮できるのは間違いないですが、ヨルムンガントに効くかまでは分からなかったのです。
しかし、ルイズの爆発が効果があったのならこれも効く可能性があります。今はこのバズーカ砲に全てを託すしかキテレツ達が勝利できる道はありません。
「よし! これで良い! あとはこのスイッチを押すだけだ!」
リュックから取り出して如意光で大きくしたバズーカをキテレツは手早く発射できる状態にしました。
「おお! 破壊の杖じゃないかね!」
「ほ、本当にそんなのが効くの!?」
傍によってきたシルフィードから身を乗り出すギーシュとモンモランシーがバズーカを見つめて目を丸くしていました。
「貸せ! 俺があいつに一発ぶちかましてやる! さっさと如意光で大きくしろよ!」
「待って! 弾は一発しか無いんだ! それにこんな狭い所じゃ大きくなんかできないよ!」
「じゃあ、どうやって撃つのさ!」
「タバサちゃん! キュルケさん! これを魔法で浮かべてください!」
喚くトンガリにキテレツはさらに火事場風呂敷をバズーカに巻きつけるとシルフィードに乗る四人に頼み込みます。
「オッケー! タバサ!」
頷くキュルケとタバサが杖を振るうと、バズーカはふわりとキント雲の頭上に浮かび上がりました。
キテレツは浮かぶバズーカに如意光の拡大光線を照射します。
「お、おお!?」
ギーシュが驚く中、バズーカはみるみる内に10倍以上にも巨大化していき、長さだけでも10メートル以上にも達するほどになっていました。
まるで長大な土管のように大きくなったバズーカですが、どんな重い物でも軽くしてしまう火事場風呂敷のおかげでキュルケ達はレビテーションの魔法を苦も無くかけたままでいられます。
「シルフィードちゃん! 上からバズーカを掴んで押さえて! 僕達は下から支えるから! コロ助、真ん中に移動して」
「了解ナリ」
「分かったのねー! きゅい! きゅい!」
頷くシルフィードはバズーカの真上へ移動すると、後部から持ち上げるようにして抱え込みます。キント雲もバズーカの発射スイッチがある中心へと移動していきました。
「発射の反動が強いから、これを使わないとね」
「力仕事なら俺に任せろ! 貸せ!」
キテレツがリュックから取り出した万力手甲をブタゴリラが取り上げ、腕にはめると両手を上げてバズーカを掴みます。
「キテレツ! あいつが動き出すわよ! 急いで!」
キュルケの言葉通り、ヨルムンガントは徐々に崩した体勢を立て直していくのが分かります。
「後はこの上のスイッチを押すだけだ。弾は一発しか無いから、チャンスは一度だけだよ!」
「誰が押すのさ!?」
「わたしがやるわ!」
「ええ!? さ、五月ちゃん!」
五月は自ら重要な役目を買って出ると、ポケットから空中浮輪を取り出して頭上に浮かべます。トンガリが制止する暇もなくそのままバズーカの上へと飛び上がりました。
「キテレツ! あたしにもあの輪っかを貸して!」
「う、うん。はい、これを……」
詰め寄ってくるルイズの剣幕にキテレツは驚きつつも自分の空中浮輪を渡しました。
同じように頭に空中浮輪を浮かべたルイズも五月を追って飛び上がります。
「五月ちゃん! ルイズちゃんの魔法と一緒に撃つんだ! それであいつが怯んだ所に、バズーカを撃ち込むんだよ!」
「うん! 分かったわ! ルイズちゃん」
「いつでも良いわ、サツキ!」
ルイズと五月は互いに顔を見合わせると、笑顔を浮かべながら頷きます。
「来るわ! キテレツ!」
「きゃああああっ!」
ヨルムンガントは腕を前に出すと自分を庇うようにして猛然と迫ってきます。
悲鳴を上げるモンモランシーをギーシュがぎゅっと抱きしめていました。
(この子達は、あたしが守ってみせるわ……!)
ルイズは既に杖を突き出して意識を呪文に集中させていました。
自分の魔法がメイジとしてはたとえどんなに失敗作であろうと、その力は大切な友達を守れるだけの力があるのです。
ならば、今の自分が出せる全力を持って、キテレツ達を脅かそうとする敵から守ってあげたいと強く願っていました。
(確か、爆発って……)
ヨルムンガントはもう目前に迫る中、ルイズはふとあることを考えていました。
メイジの魔法は発揮される力によって様々な名前がつけられますが、基本は効果そのままのものが多いのです。
ならば、自分の失敗作である爆発を意味するその言葉は……。
「エクス……プロージョン!」
ヨルムンガントが剣を振り上げようとする中、ルイズは声高に叫びます。
突進してきたヨルムンガントの全身を包み込むようにして、先ほどよりもさらに強力な爆発が巻き起こったのです。
その威力の余波はやはり強烈で、キテレツ達も怯んでしまいそうでした。
しかし、この爆発に一番参っているのは、まともに食らったヨルムンガントだけです。
「今だ!」
爆風が強風で吹き飛ばされると、そこには盾にしていた片腕を吹き飛ばされて大きく怯んでいるヨルムンガントの姿が飛び込んできました。
チャンスは、今この瞬間のみです。
「えいっ!」
五月は両手で発射スイッチを力いっぱいに押し込んだ途端、バズーカの銃口から鈍く空を切るような音と共に巨大なロケット弾が射出されます。
バズーカの後部からガスが噴射され、本体を支える一行は巨大化した影響で強くなった反動を抑え込んでいました。
「「「「「「「行っけえええええええっ!」」」」」」」
7人の叫びで導かれるように、発射されたロケット弾は一直線にヨルムンガントの胸目がけて吸い込まれていきました。
「きゃあっ!」
ルイズの爆発魔法に匹敵するほどに耳をつんざく爆音が空に響き渡ります。
ロケット弾が直撃した途端、巨大な爆発がヨルムンガントの巨体を貫くようにして巻き起こったのです。
「……やった!」
「……やったわ! キテレツ君!」
「……おお! ……ミス・サツキ!」
頑強な鎧で覆われたヨルムンガントの胴体の中心には巨大な風穴が開けられ……と、いうよりも上半身そのものが首から上だけを残して完全に吹き飛んで消滅していました。
あれだけ軽快に動き、飛び回っていたヨルムンガントはぴくりとも動きません。
「やったナリーっ!」
「やりいっ! へっ、思い知ったかあ!」
「やったよ、五月ちゃーん!」
一行が歓声を上げる中、ぐったりと力を失ったヨルムンガントの巨体はアルビオン艦隊の方へと流されていきました。
◆
先ほど、ヨルムンガントが投げつけてきたワルキューレが激突したおかげでレキシントン号は船体を激しく損傷した挙句に空を飛ぶのに必要な風石を積載していた貯蔵庫もやられてしまい、もう墜落は免れない状況となっています。
「総員、速やかに退艦せよ! 急げ!」
「どけ! どけい!」
炎上し、黒煙を噴き上げているレキシントン号の甲板では船員達が次々にボートに乗り込んでいる所でした。
敗北を悟った艦長のボーウッドは大声で迅速な脱出を命じていますが、司令長官のジョンストンは部下達を押し退けてまで必死にボートに乗り込もうとしています。
フライの魔法で浮き上がったボートはまだ近くの空域に残っている他の戦艦へと向かっていきました。
(こ、こんな馬鹿な……ミス・シェフィールド、あなたの送ってくれた切り札が……!?)
上を見上げるクロムウェルはヨルムンガントの巨体がゆっくりと墜落してくるのを目にして愕然とします。
いきなりマストから現れたヨルムンガントに最初は驚きはしたものの、ガリア王国で作られたという最新兵器ならばトリステインの艦隊もまとめて敵を蹴散らせると勝利を確信していたのに、それが覆されたのです。
(わ、私も早く逃げたい……! だが、勝手にそんなことをしては……!)
先ほどボーウッドからも退艦をするように奨められはしたのですが、それに応えることはできませんでした。
シェフィールドからの命令が無ければ勝手に行動することができない身であるクロムウェルは恐怖に身を震わせることしかできないままです。
『聞こえる? クロムウェル』
突如、クロムウェルの前に現れた一羽のカラスから女性の声が響いてきました。
「おお、その声はミス・シェフィールド!」
そのカラスはクロムウェルも知っている、シェフィールドが使うガーゴイルでした。遠く離れた場所にいるシェフィールドの声を届けることができるのです。
クロムウェルはシェフィールドの声を聞くなり、安堵の表情で顔を輝かせました。
『どうやら、レコン・キスタの敗北は決定的のようね。よもやこのような結果になるなんて……』
「ミス・シェフィールド……! 私は……私はこれからどうすれば……! このレキシントン号はもはや駄目でございます! やはり、他の艦に移って今からでもトリステイン軍を全滅させるべきなのでしょうか……」
縋るような思いでクロムウェルはシェフィールドの声を出すカラスに語りかけるのですが……。
『甘えるな』
「ひっ……!」
それまでクロムウェルの秘書として厳しくも柔らかい口調であった時とはまるで別人な、冷酷さが滲み出てた声音で脅しつけてきたのです。
直接見えなくてもその迫力にクロムウェルは思わず後ろに倒れて尻餅をついてしまいました。
『騙し討ちでトリステイン艦隊の主力を全滅させておきながら、たった僅かな敵さえも全滅させられずに翻弄されるとは……所詮、アルビオンの力もこの程度か』
「し、しかし……ミス・シェフィールドの送ってくれた切り札までもが……ぎゃあっ!」
突然、カラスはその鋭いクチバシでクロムウェルの片右目を刺し突いてきたのです。
目玉を抉られ、血を噴き出す右目を押さえてクロムウェルは蹲りました。
「あ……あう……」
『ヨルムンガントを送ったからといって、ただ驚くだけでお前達は何もしてない。アンリエッタとウェールズを始末する機会をもみすみす逃すとは……使えない連中ね』
カラスが血をクチバシから滴らせながら、シェフィールドの声は酷薄にも吐き棄てるとクロムウェルの肩へと降り立ちました。
『……せっかくお前を望み通りに王としてやったというのにアンドバリの指輪をみすみす奪われ、トリステインにこうも敗北するとは。……もうお前に用はないわ。滅びゆくレコン・キスタの指導者なら指導者らしく、潔くそこで名誉の戦死を遂げなさい。それでお前の名は永遠に歴史に刻まれるでしょう』
クロムウェルの耳元で無情な言葉を告げたカラスは羽ばたき浮かび上がると、そのままレキシントン号から飛び去って行きます。
「そ、そんな……! ミス・シェフィールド! 私を見捨てないでくれ! お願いだ! 私を……わ、私を……!」
目を押さえながら起き上がったクロムウェルはみるみる離れていくカラスに向かって手を伸ばして追い縋ろうとしますが、頭上を見上げて顔を歪ませます。
墜落してきたヨルムンガントの巨体はもうすぐ真上にまで迫ってきていて、真っ直ぐにクロムウェルのいる場所へと落ちていきました。
既に甲板にはクロムウェル以外に誰も残っておらず、他の船員達は全員ボートに乗って脱出した後でした。
「ひ……!」
恐怖と絶望に満ちた表情を浮かべる神聖アルビオン、レコン・キスタの初代皇帝は巨大な鉄の塊にあっさりと野菜のように潰され、一人惨めな最期を迎えました。