もうじき昼になろうとしていますが王都トリスタニアの王宮は今、混乱の極みにあります。
ほんの数時間前までは三日後に執り行われるゲルマニア皇帝との結婚式のための準備で大忙しで、アンリエッタ王女もウェディングドレスに身を包んでいました。
しかし、今となってはもう結婚式どころではありません。ラ・ロシェール上空でアルビオンからの国賓を歓迎しようとしていた艦隊が全滅させられた報せが届いただけでなく、アルビオン政府から宣戦布告まで突きつけられたトリステイン政府は大混乱に陥りました。
「すぐにゲルマニアに援軍を派遣してもらいましょう! このままでは敵軍はここトリスタニアにまで攻めてきますぞ!」
「いや、そもそも我が艦隊は空砲を発射しただけなのだぞ? きっと偶然の事故が誤解を生んだのだ」
「今からでもアルビオンと話し合えば誤解は解けるかもしれん。事を荒立ててはいかん」
「アルビオンに特使を派遣して話し合うべきです! こちらから仕掛ければそれこそ全面戦争に発展しますぞ」
「そんな悠長なことを言っている場合では……!」
会議室では大臣や将軍達が激しく議論を交わしているのですが意見は一向にまとまりません。
宰相マザリーニ枢機卿も出来ることなら何とか外交によってアルビオンと話し合い、全面戦争という最悪の展開だけは避けたいと考えていました。
(ウェールズ様の言っていた通りだったわ……レコン・キスタはトリステインの侵略を……)
上座についていたアンリエッタは目の前で繰り広げられている不毛な会議を目にして苦い顔を浮かべています。
彼女は以前から王宮に匿っているウェールズ皇太子から今後の神聖アルビオンことレコン・キスタが何をしようと考えているのかを聞かされていました。
レコン・キスタの目的は言うなれば世界征服です。そのためにいずれはトリステインやゲルマニアにも攻め入って、転覆させた前アルビオン王国と同じようにしようと企んでいるはずです。
不可侵条約も侵略の準備をするための単なる時間稼ぎでしかないとまでウェールズは教えてくれました。
(騙し討ちで戦争を仕掛けて来るなんて、何て恥知らずなの……)
愛するウェールズの祖国を滅ぼすだけでは飽き足らず、卑劣な手段で侵略を仕掛けてきたレコン・キスタにアンリエッタの心には静かな怒りが宿っていました。
(何故、誰もあいつらの卑劣な企みが分からないの?)
不毛な会議を続けている貴族達、特に隣に立っているマザリーニにアンリエッタは厳しい視線を向けていました。
ウェールズからの話を聞いたアンリエッタは何週間も前、レコン・キスタはきっとトリステインやゲルマニアを攻めてくるはずだから危険だとマザリーニに話をしたのですが、まるで相手にしてはくれなかったのです。
不可侵条約を結んでいるのだから向こうもこちらも何もできない、ともっともらしいことを述べてはいたのですが、その時も今もマザリーニのアルビオンに対する危険意識が薄かったのでアンリエッタは心底苛ついてしまいました。
「偵察の竜騎士より急報です! アルビオン艦隊はラ・ロシェール近郊のタルブ草原に降下して占領行動に移っている模様!」
会議室の扉が乱暴に開け放たれ、息せききった急使が飛び込んできました。
「もう兵を上陸させているというのか!」
「このままではトリステインをアルビオンに蹂躙されるだけだ! 一刻も早く反撃を……!」
「反撃と言っても、既に艦隊は全滅しているのですぞ! 軍備も整ってもいないのに手を出しては返り討ちにされるだけ……」
「せめてゲルマニアに援軍の派遣をしてもらわねば……!」
新たな伝令に会議室はさらに騒然となり、不毛な議論を始めてしまいます。
「いえ……そ、それが、その……!」
ところが現れた伝令は何故か困惑した様子でその場に留まっています。まだ何か伝えたいことがあるようでしたが、息を切らすだけで話は続きません。
「はっきり言え! 何があったのだ!?」
「上陸した敵はどれだけの数なのだ?」
「現地は今、どうなっている!」
苛立った貴族達が叱りつけながら促しますが、急使も彼らも混乱してしまって正確な情報が伝わりません。
「私が説明しましょう」
そこへ突然、急使の後ろからはっきりと聞こえた声に会議室にいる者達の視線が集中しました。
(ウェールズ様……!)
アンリエッタは思わず上座から立ち上がりそうになりますが、それを何とかこらえました。
会議室に現れたのは彼女が愛する男、ウェールズだったのです。彼は他の竜騎士達と一緒にアルビオン艦隊の偵察に向かい、戻ってきた所でした。
ウェールズの出現に驚き静まる貴族達ですが、彼はそのまま話を続けます。
「アルビオン艦隊は今伝えた通りにタルブを拠点に占領を始めておりますが、まだ上陸はせずに大部分は上空待機をしています。現地では二体の竜を相手に交戦している所です」
「竜? それはどこの部隊なのだ? 我が国の竜騎士隊ではないのかね?」
「いや、恐らく現地を偶然訪れていた者達でしょう。彼らはトリステイン魔法学院の者達のようでです」
先刻に現地へ飛んだウェールズが見たのは、巨大な風竜と全く未知な姿をした高速の竜がタルブの空を飛び回っている光景でした。
それらを目にしたウェールズは驚きはしたものの、すぐに正体が以前に世話になった魔法学院の生徒達と異国からやってきた子供達であると理解したのです。
(まさか、ルイズ達が……!?)
ウェールズの話を聞いたアンリエッタは目を見開いて驚きました。
自分の無二の親友と、愛する人をここまで連れてきてくれた異国の子供達が今、アルビオン艦隊と戦っていることを察します。
「魔法学院だと? 何を馬鹿な! たかが子供と教師ごときに何ができるというのだ!」
「おとなしく学院に籠っていれば良い物を! 余計なことをしおって!」
「しかし、彼らは驚くほどの奮戦を続けています。現に見たこともない強力な竜やマジックアイテムを操り敵の竜騎士隊を全滅させ、アルビオン艦隊が降下してくるのを食い止めているのです」
貴族達が憤慨する中、ウェールズは動じずに現地で目にした状況を伝えます。アンリエッタもルイズ達が今、タルブにいることをはっきりと確信しました。
ウェールズは城に滞在していたこの数日、彼が目にしたキテレツが持つ様々な不思議なマジックアイテムの力を語ってくれたのです。アルビオンから脱出する時にはその力を借りて、敵を蹴散らしたことも話してくれました。
たった数人で軍隊を相手にそれだけのことができたのですから、今もタルブでキテレツのマジックアイテムを使って奮戦しているのだと理解したのです。
「アルビオン艦隊を食い止めているだと?」
「魔法学院で何か新しいマジックアイテムでも作り出したというのか? そんな話、聞いたことがないぞ?」
「いや、そんなことよりも今は早くゲルマニアへ援軍の派遣を……」
「だから、それでは余計にアルビオンを刺激することに……早急に特使を送って話し合いを!」
またも不毛な話し合いを続けそうになった貴族達を見て、アンリエッタは深呼吸をして決心しました。
こんな所にいても何も解決なんてできないのです。ならば、自分がすべきことはただ一つだけです。
「姫殿下?」
唐突に席を立ったアンリエッタに貴族達の視線が一斉に注がれました。アンリエッタは彼らには一瞥も暮れずにウェールズの元へと歩いていきます。
「行きましょう、ウェールズ様」
「アンリエッタ……」
ウェールズは今まで見たことがないアンリエッタの力強い表情と瞳に目を丸くします。
「姫殿下! 何をなさるおつもりで?」
「これから全軍を率いてタルブへ向かいます。あなた達はここで会議を続けていなさい」
厳しい口調のアンリエッタの言葉に会議室内はざわめきだしました。ウェールズまでもが驚いた顔を浮かべます。
「姫殿下、何をおっしゃるか! タルブは今、戦火に包まれているも同然ですぞ。そんな所へむざむざ飛び込むなど……」
マザリーニが慌てて駆け寄ってきますが、アンリエッタは逆に彼を睨みつけました。
「あなた達こそ、一体いつまでこんな茶番を続けるおつもりなの? 今、タルブで何が起きているか本当に分かっているというのですか?」
アンリエッタは貴族達の顔を見回し、言葉を続けます。
「タルブの地は今、敵によって侵されていることは事実なのです。この期に及んで同盟だ、特使がなんだと世迷言を繰り返すよりもやるべきことがあるのではなくて?」
「世迷い事など……我らはアルビオンとの全面戦争を回避するために話し合いをしなければ……」
「何がアルビオンと話し合いですか! 今更、そんな申し入れなど戦争を仕掛けてきた彼らが聞き入れると思っているのですか!?」
「しかし、我らは不可侵条約を結んでいたのですぞ。今回の件も偶然が重なった事故によって起きた誤解によるもので……」
貴族達はアンリエッタをたしなめようとしますが、彼女の貴族達を見る目はますます厳しくなるばかりです。
平和ボケをしすぎてまるで現状を認識できていない、ふがいない貴族達にアンリエッタはほとほと愛想を尽かしていました。
「あなた達は彼らがどんなに卑劣な連中なのか分かっていないようね! 不可侵条約? そんな物など形だけで白紙も同然……彼らが都合良く時間を稼ぎ私達の虚を突くための口約束に過ぎません! 元より守るつもりなど無かったのも、初めから戦争の意思があったのも明白ではありませんか! 一体いつまで現実から目を背けるおつもり!? 彼らが何故、ウェールズ様の国を滅ぼして乗っ取ったのか、あなた達はまるで分かってないわ! 彼らはこのハルケギニアを全て手中に収めるためなら汚いことでも何だってやるつもりなのです! だからこそ、トリステインがアルビオンに敵対の意思があることさえでっちあげたのでしょう!」
その言葉に貴族達の表情が青ざめます。彼らもレコン・キスタがどれだけ危険な存在なのか全く認識していなかった訳ではありません。
もしかしたらアルビオンを乗っ取った後にはすぐにでもトリステインへ攻めてくるのではないかという不安もありました。しかし、彼らの方から不可侵条約を申し入れてきてくれたので、表面上ながらも平和の時間が得られたことに安心していたのです。
その平和……つまりは自分達の安全を壊したくない貴族達は、レコン・キスタが自らそれを破って攻撃してくるはずが無いという願望と期待に縋り、明確に敵意を抱いていることや、既に後戻りができないほどに戦争が発展している現実を認めたくなど無かったのです。
「そして、私達がこうしている間にも民の血が流されているのが分からないの? 敵に襲われ、侵された時に彼らを守るのが王族の、貴族の務めではないのですか!?」
そこまで言われてしまっては貴族達も何も言い返せませんでした。
横にいるウェールズもマザリーニも、彼らを責めるアンリエッタを見守ります。
「あなた方は恐いのですね? どうせ勝ち目など無いからと初めから決めつけて、敗戦後に反撃の責任を取らされることが。ならば、このまま何もせず恭順して生き永らえて、民をも見殺しにするというのね?」
「姫殿下。口が過ぎますぞ」
マザリーニがたしなめますが、アンリエッタは彼を無視して言葉を続けます。
「今、タルブで戦っている者達は軍人でも何でもないただの学生達です。そんな彼らでさえ勇敢に敵に立ち向かっているというのに、あなた達には民を守るどころかなけなしの勇気さえもないようね。そんな者達が貴族を名乗る資格などありません!」
ぐうの音も出ないほどに言い負かされ、貴族達は俯いて黙りこくってしまいました。
「そこまで敵に侵略されるのが怖いのなら、ここでずっと会議でも何でもしていれば良いんだわ! ウェールズ様! こんな者達など放って行きましょう!」
「ア、アンリエッタ」
アンリエッタはもう彼らさえも見ずに振り返り、ウェールズの手を引っ張っていきました。
会議室を飛び出して行ったアンリエッタに引かれるウェールズはここまで積極的に、しかも強気に行動を起こす彼女に面食らってしまいなすがままとなっています。
「姫殿下! お待ちを! お輿入れ前の大事な体なのですぞ! ゲルマニア皇帝との結婚式が……」
「ならばそんな結婚式など、無期延期とします! ゲルマニアからの兵が欲しいならば、あなたが結婚でも何でもなされば良いわ!」
マザリーニが慌てて追ってきますが、アンリエッタはかぶっていたヴェールを彼に投げつけ、そのまま廊下を進んでいきました。
「アンリエッタ、待つんだ。落ち着いてくれ」
ウェールズも困惑をしつつも何とかアンリエッタを押し留めようと、彼女の前へと出てきました。
興奮していて息が荒くなっているアンリエッタはウェールズの顔を見つめて、徐々に気を落ち着かせていきます
「ウェールズ様。どうか私をタルブへ……ルイズ達の所まで連れて行ってください。今、あの子達だけでアルビオンの軍勢と戦っているのです!」
縋るような瞳でウェールズを見つめるアンリエッタの脳裏には、自分の大切な友人の姿が浮かびます。
誰に言われるでもなく、自分達の意思で強大なアルビオン軍と戦っているであろうルイズとその仲間達のことが心配で堪らないのでした。
「ルイズやキテレツ殿達は私達に……ウェールズ様のために力になってくれました。今度は私達があの子達に報いる番です!」
こうしてウェールズと間近で話し合えるのも、全てはルイズやキテレツ達のおかげなのです。
そんな彼女達に深い恩義を抱いていたアンリエッタは、必ず恩返しをしてあげたいと願っていました。
ウェールズはアンリエッタの顔をしばらく呆然と見つめていましたが、やがて優しく微笑みを浮かべます。
「君は本当に強くなったんだね、アンリエッタ。……驚いたよ」
ウェールズは自分が愛するアンリエッタがここまで強くなっていることに心底、驚いていました。この城へ身を寄せてからの数週間、彼女はゲルマニア皇帝の元へ嫁ぐのを嫌がっていたり、自分と結婚をしたかったなどと嘆いていたのが嘘のように感じられたのです。
彼女がここまで勇敢に行動を起こせるのも大切な友人達や、この国の民を助け、守りたいという思いを抱いているからなのです。
その強い心がどんな危険や敵が待ち受けようとも、決して諦めない勇気を与えているのでしょう。
紛れもなく、アンリエッタが一国の主となるに相応しい威厳と志を持っていることをウェールズははっきりと認識していました。
「今、私がここにいるのもあの子達のおかげだからね。私も見捨てることはできないよ。一緒に行こう」
「はい……!」
お互いに同じ思いを抱く二人が握り合う手の薬指にはそれぞれ指輪がはまっていました。
ウェールズの指には風のルビー、アンリエッタの指には水のルビーが輝いています。
数週間前にアンリエッタは任務の報酬としてルイズに譲ろうとしたのですが、結局ルイズは受け取れないと強く断ってアンリエッタに返却したためにこうして彼女の手元にあるのでした。
「姫殿下! 皇太子殿! お待ちを!」
そこへマザリーニが追いついてきて、肩で息を切らしていました。
「……あなた方だけを行かせる訳には参りませぬ! 不肖ながら、私めも御供しますぞ」
しかし、彼はもうアンリエッタを止める気はありません。
彼も彼なりに国や民のことを考えて今までアンルビオンと上手くやっていけるように政を行ってきましたが、アンリエッタに現実を突きつけられてついに決心したのです。
もはや外交なんかで何もできないことも、敵がどのような存在であるかもはっきり認識し、自分達が本当に今すぐにできることをしなければならないと理解しました。
◆
アルビオン艦隊がタルブ上空に居座ってから一時間が経ちます。もうすぐ昼になろうとしていますが、空を覆う雲のせいでとても薄暗くなっていました。
竜騎士団達はブタゴリラのゼロ戦とシルフィードによって全滅し、今度は低空まで降下してきた艦隊に立ち向かっています。
『そんなへなちょこ玉が当たるかよ! そらそらーっ!』
艦隊の周囲を大きく旋回するゼロ戦に向けて砲撃が加えられますが、速すぎてとても捉えることはできません。
逆にマストに機銃を叩き込まれて風穴を開けられていき、船員達は大慌ての様子でした。
「きゅい~っ!」
巨大化したシルフィードが戦艦の頭上まで飛び上がると、強力になったブレスをマストに吹きかけます。
一瞬にして炎が燃え広がり、乗員達は大混乱に陥りました。
さらにはシルフィードが体当たりを仕掛けて舷側の翼をも捥ぎ取ったことで、完全にバランスを失った戦艦は煙を噴き上げながら地上に向かって墜落していきます。
「次。後ろから回り込んで」
「きゅいっ! カオル君のドラゴンには負けないのねーっ!」
シルフィードの頭の上で屈みこむタバサに命じられてシルフィードは翼を広げ、一度艦隊から距離を取ります。
大砲の射程と範囲から外れ、死角に回り込んでから一気に攻撃を仕掛けるというヒットアンドアウェイを繰り返して確実に戦艦を落としていきました。
(絶対にイーヴァルディは守る……!)
タバサは何があろうと、敵が何であってもキテレツ達を彼らから守り抜くことを決意していました。
敵はアルビオン艦隊ではありますが、実質的に憎き仇の伯父ジョゼフの操り人形同然である以上、容赦はしません。
家族が恋しく家に帰りたいのにも関わらず、それでも自分達のためにこのハルケギニアに留まってくれた友人にして恩人達のためにも、タバサはシルフィードと共に戦艦へと立ち向かいます。
「うわわわわっ! また撃ってきたナリよ~! みよちゃん! トンガリ~!」
「えええいっ!」
コロ助が操縦するキント雲の上でみよ子は頭上に掲げた天狗の羽うちわを両手で力いっぱいに振り下ろしました。
キント雲の前には戦艦が真正面から迫ってきており、甲板にいる船員達が次々に移動式の大砲を向けて砲撃をしてくるのです。まともに当たればただでは済みません。
しかし、みよ子が羽うちわで巻き起こした強烈な突風は飛んでくる砲弾を阻んでしまい、キント雲に到達する前に失速して落下していきました。
「やあっ! えいっ!」
みよ子は必死になって羽うちわを両手で振り回しますが戦艦に近づくにつれて砲撃は激しさが増していき、このままでは防ぎきれそうにありません。
「うわあ! ママ~ッ!」
逃げ腰になりつつもトンガリは大きな円盤状の畳座布団のような物を正面にかざします。
羽うちわの突風で吹き飛ばされ、風圧で阻まれていた砲弾の一部は飛んでいく方向を180度転換して逆に撃ってきた大砲の方へと戻っていきました。
撃ったはずの砲弾が戻ってきて船員達は驚き、船体や甲板に直撃するとさらに慌てふためきます。
キント雲にも使われている、反重力を生み出すことができる昇月紗を如意光で大きくし、盾代わりにすることでみよ子の羽うちわで防ぎきれない大砲の弾を重力の方向を変えて逆に跳ね返すことができるのでした。
如意光で大きくしてもいるため、トンガリは両手でしっかりと支えなければなりませんが、跳ね返される大砲の弾は次々に戦艦を損傷させていきます。
そうして二人が攻撃を防いでいる間にコロ助はキント雲を戦艦の原則に突き出た翼の前まで飛ばして行きました。
「みよちゃん! 今ナリ!」
「やあああっ!」
今度は羽うちわの角度を縦向きにしてまたも力いっぱいに振り下ろします。
これまでのような突風ではない、鋭く大きなつむじ風が戦艦の翼を一瞬にして縦一文字に両断してしまいました。
途端に戦艦はグラリとバランスを崩して傾きだします。
「やった! コロ助、早く逃げるんだよ!」
「キテレツ君達の所へ一度戻りましょう!」
「分かったナリ!」
急速に転換したキント雲は艦隊のいる空域から一気に離れてタルブ村目がけて降下していきます。
トンガリとみよ子が振り返ると、後ろではバランスを失って大きく傾いた戦艦がみるみるうちに地上へと落下していくのが見えました。
地上の草原にも先に墜落した艦隊が煙を噴き上げて座礁している様子が見下ろせました。
このようにして空に上がったみよ子やブタゴリラ達は戦艦からの攻撃をそれぞれ何とかやり過ごしながら翼やマストなどを狙って攻撃し、次々に飛行能力を奪っていたのです。
戦艦の攻撃は激しいものではありましたが、現代兵器であるゼロ戦の性能やキテレツの発明品の力に助けられ、第一波である六隻の艦隊はブタゴリラやみよ子、タバサ達の活躍で残りは一隻だけとなっていました。
さて、地上に残っていたキテレツ達はというと……。
「御用! 御用! 御用!」
「ぐわっ! や、やめろ!」
甲冑姿の騎士の一人を召し取り人が十手で頭を叩いていました。
近くには同じ姿の騎士達数十人ばかりが縛り上げられており、項垂れています。
「このガキどもめ! 生意気に我らの船を落としおって!」
「ただで済むと思うなよ!」
何人もの水兵達が杖を手にキテレツ達に迫ってきていました。
墜落した竜騎士達は地上にそのまま落ちずに魔法で浮遊することで辛うじて一命を取り止めていたのですが、そのままキテレツ達がいる村にまで乗り込んできたのです。
村のすぐ近くに墜落した戦艦からも大勢の兵達が降りてきて、同じようにキテレツ達に怒りの矛先を向けてきたのでした。
「や、やったのはあたしじゃないわよ! ギーシュ、あなた男でしょ! 何とかしてよ!」
「いや、そんな……これだけの数を相手になんて……!」
ギーシュの背中に隠れながらモンモランシーが叫びますが、当のギーシュも怒りに燃える大勢の兵を前にして完全にビクついています。
ルイズや五月達がすぐ近くで別の兵達と睨み合っていますが、一緒にいるキュルケが容赦なく炎を浴びせているのが見えました。
「黙れ! このままおめおめと生き恥は晒せん! せめて貴様らを道連れに……!」
「きゃあ!」
「モンモランシー!」
今にも魔法を放ってきそうだった兵達にギーシュは思わずモンモランシーを抱き締めて庇います。
しかし、次の瞬間に横から突然飛んできた炎の渦が彼らの持つ武器をピンポイントで焼き尽くしてしまいました。
「何!?」
「私の教え子達には指一本触れさせませんぞ」
「コ、コルベール先生……」
いきなりの攻撃に狼狽える兵達ですが、そこに現れたのは杖を構えて佇むコルベールでした。
「き、貴様……」
「申し訳ないが、事が済むまで大人しくしてもらいたい。私はもう、魔法で人は殺さぬと決めているのだ」
コルベールは普段とは全く異なる冷たい雰囲気を醸し出しています。怒ると怖いことでも知られるコルベールですが、その時よりもさらに恐ろしい空気を発していました。
ギーシュとモンモランシーは今までに見たことがないコルベールの表情や気迫に目を丸くしてしまいます。
「何を、ふざけ……ぐはあっ!」
言うが早いか、コルベールの杖から次々と放たれた小さな火球が兵達のみぞおちの前で爆発します。
至近距離からの爆風で吹き飛ばされた兵達は呻き声を漏らして地面をのたうち回り、昏倒してしまいました。
「大丈夫かね? ミスタ・グラモン。ミス・モンモランシー」
「は……はい……」
優しく微笑みかけるコルベールですが、尻餅をついていた二人は唖然としてしまいます。
コルベールは次々に向かってくる敵を相手に容赦なく、確実に無力化させていきました。
「ファイヤー・ボール!」
「ファイヤー・ボール!」
一方、ルイズ達も大勢の兵達と対峙していましたが、キュルケが容赦なく反撃の隙も与えず炎を浴びせかけていくのに対してルイズの魔法は相変わらず爆発してばかりです。
ですが、その爆発が兵達を纏めて吹き飛ばせるおかげでキュルケよりも多くの数を次々と薙ぎ払っていました。
「はあああああっ!」
「うわああああ!」
二人が討ち漏らした兵士が杖を失っても諦めずに立ち向かってきますが、五月はその手を掴んで見事に一本背負いを決めて地面に叩きつけます。
「五月! 下がってなさい!」
ルイズは杖を振るいながらも五月に呼びかけます。今までと違って五月は電磁刀も無いので素手ではまともに戦えないのです。
大切な友達を傷つけさせないためにも、自分達が守ってあげなければなりません。
「五月ちゃん! これを使って!」
「うん!」
一番後ろで待機していたキテレツがリュックから取り出したのはトンボウです。それを受け取った五月はルイズの隣に立ち、トンボウのスイッチを押しました。
「これを見なさい!」
「あ……ああ……目が……」
高速で回転するトンボウのプロペラを少しでも直視した兵達は次々に目を回して倒れていきました。
「召し捕ったり~!」
各々が無力化させた兵士達は最終的に召し捕り人が縛り上げ、一か所へと集められていました。ほとんどが気絶している者ばかりです。
「これで全部?」
「ひとまずはね……」
やがてアルビオンの兵士達を全員迎え撃つことができ、ルイズとキュルケは軽く一息を入れていました。
「みんな大丈夫?」
「怪我はないかね?」
五月やコルベールも一行の安否を気にしてみんなの顔を見回していました。
「ええ。何とかね。……それにしても先生、大したものですのね。同じ炎使いとして尊敬しますわ」
本格的に大暴れができて上機嫌なキュルケはコルベールを褒め称えます。
普段は争いが嫌いと称しているコルベールですが怒った時にはキュルケも内心認めるほどの炎の魔法を操り、アルビオンの兵士達を難なくあしらう姿は思わず見惚れてしまいそうになるほどでした。
「あまり良い気分はしないのだがね……」
しかし、当の本人はあまり嬉しそうではなく渋い顔をしていました。生徒達を守るためとはいえ、やはりコルベールは戦いで魔法を使うのは嫌いなのです。
「いやあ、でも本当に見事でしたよ。コルベール先生」
ギーシュもモンモランシーと一緒に立ち上がってコルベールを素直に褒めていました。
「それより、ミス・タバサ達はどうしているのかね? キテレツ君!」
「ブタゴリラ! 大丈夫!? 一度こっちに戻った方が良いよ!」
キテレツがトランシーバーで呼びかけながら、空を見上げます。上空では降下してきた艦隊の最後の一隻の周りをゼロ戦とシルフィードが飛んでいるのが見えました。
いくらブタゴリラがゼロ戦が飛ばせるとは言っても所詮は素人なのでアクロバティックな動きなどできるはずもなく、単純に大きく旋回したりするなどの基本的な動きだけで精一杯ですが、それだけでもスピードだけで戦艦を翻弄しているのです。
『おう! こいつが最後なんだ! タバサちゃんと一緒にちょいと脅かしてきてやる!』
「熊田君! あんまり無茶しちゃ駄目よ!」
五月もトランシーバーに呼びかけますが、ゼロ戦は戦艦の後方から一気に突撃をしていました。
『そらそら! もう一発お見舞いしてやるぜ!』
どうやらゼロ戦の機銃を叩き込もうとしているようですが……。
『あ、ありゃ? 何だ? 弾が出ねえな。どうしたんだ?』
ブタゴリラが機銃を発射するためにレバーの引き金を引いていますが、空しい音がするだけで何も出ません。
『何だよ? 壊れちまったのか? おい、どうしたんだよ!』
「カオル! どうしたの?」
弾が切れてしまったことに気づいていないブタゴリラにルイズが心配そうに語りかけますが……。
『……だあああああっ! 危ねえっ!』
突然、絶叫と共にトランシーバーからプロペラの激しい音と共にバキンッ、と鈍い音が響いてきました。
よそ見運転をしていたブタゴリラが顔を上げると、ゼロ戦は戦艦のマストに今にもぶつかりそうだったのです。
慌てて機体を横に捻ってかわそうとしましたが、左の翼がマストの一部とぶつかってしまいました。
「ブタゴリラ!」
「熊田君!」
「カオル!」
『うわああああっ! 落ちる~! 母ちゃ~ん!』
ブタゴリラの悲鳴がトランシーバーから響く中、ゼロ戦が錐揉みしながら落下していくのが見えます。
バランスを失ったゼロ戦の中でブタゴリラは振り回され、絶叫を上げていました。
「大変だ! あのままじゃ墜落だよ!」
「熊田君! 早くそこから降りて!」
「そんなこと言ったって、どうすりゃ……!」
「空中浮輪だよ! それを使って早く外に出て!」
「そんな暇あるかよ! うわああああ!」
混乱するブタゴリラだけでなくキテレツと五月までも気が動転してしまっていました。
そうこうする間にもゼロ戦はみるみる内に高度を落として落下していきます。このままでは一分と経たずに墜落してうでしょう。
「ブタゴリラ君! しっかりしたまえ!」
「カオル!」
「キテレツ! 何とかしなさいよ! あいつ、落っこちちゃうわよ!」
「ブタゴリラ! 急いで早くそこから外に出るんだよ!」
ルイズ達もブタゴリラのピンチに大慌てです。ゼロ戦の中のブタゴリラは操縦桿を掴むのが精一杯の状態でした。
「きゅい、きゅい~っ!」
地上まであと数十メートルという所まで落ちていったゼロ戦の機体が突如飛来した大きな影によって掴まれました。
ゼロ戦をキャッチすると、そのままゆっくりとキテレツ達の元へと滑空してきます。
「……タバサ!」
「タバサちゃん!」
巨大なシルフィードはゼロ戦を口に咥えてキテレツ達の前に降りてきました。キュルケと五月は嬉しそうに駆け寄ります。
そのまま座り込むと頭を下げてゼロ戦をそっと置き、頭からタバサが飛び降りてきました。
「キテレツく~ん!」
「五月ちゃ~ん!」
「みんな大丈夫ナリか~!?」
そこへキント雲に乗っていたみよ子達も戻ってきました。ゼロ戦とシルフィードの近くに着陸し、三人は飛び降ります。
「ブタゴリラ君! 大丈夫!?」
「熊田君!」
「しっかりしなさい、カオル!」
「ブタゴリラ! 起きてよ~!」
翼が片方折れてしまっているゼロ戦のコックピットのキャノピーをこじ開けると、中ではブタゴリラが完全に目を回して気を失っていました。
コルベールが引きずり出して地面に横たえ、みよ子達は心配そうに周りで見守っています。
「大丈夫だ。気を失っているだけだよ。少しすれば目を覚ますだろう」
「良かった……」
「もう、無茶なんかして……だから本物とレプリカは違うって言ったんだよ……」
トンガリは文句を言いつつも、内心ではブタゴリラのことをとても心配していました。
いつも小突かれたり、いじめられたりしてもブタゴリラはトンガリにとって大切な友達なのです。
「モンモランシー。あなたの治療魔法を念のためにかけてあげて」
「え、ええ。良いわよ」
ルイズの頼みにモンモランシーは困惑しつつも杖を取り出し、ブタゴリラに呪文を唱え始めます。
「……さて、これからどうしたものかね」
「まだ雲の上にはレコン・キスタの艦隊が残ってますよ」
コルベールと共にキテレツは空を見上げます。草原には墜落した船が煙を噴き上げていますが、まだ一隻だけ空には姿がありました。
しかもさらに上空の雲の上では旗艦を含めた艦隊が待機しているのです。
「本隊が降下してくれば、今にこの村へ総攻撃を仕掛けてくるだろう。そうなったらおしまいだ」
「そ、そんな!」
「大変ナリ~!」
「嫌だよ、そんなの! 何とかしてよ! キテレツ!」
ギーシュもトンガリもコロ助もコルベールの言葉を聞いて青ざめていました。
いくら戦艦を何隻か落とせたといっても、それは旗艦と比べれば小さいもので数も少ないのです。
しかし、まだ十隻以上もの戦艦が残っており、それが一気に攻めて来ればいくらキテレツでも太刀打ちできません。
「あの一番大きな船を何とかできれば、他の船もびっくりさせて追い返せると思うんだけど……」
「う~ん。難しいわね……」
腕を組んで悩むキテレツと一緒にキュルケも首を傾げます。
旗艦がいなくなれば他の艦隊の戦意を失わせることができるかもしれないとキテレツは考えています。しかし、旗艦のレキシントン号は非常に巨大でしかも搭載している大砲の数も驚異的であることは明らかでした。
巨大化したシルフィードでも近づくのは難しいですし、大きすぎて致命傷を与えるのはかなり困難であると予想できました。
気象コントローラで集中豪雨を降らせてもどこまで通じるか分かりません。
「とにかく使えそうな発明品は全部出しておいたらどうかしら? きっと何かあの船を何とかできる物があるはずだわ」
「うん。そうだね。今のうちに備えておこうか」
みよ子の提案に頷き、キテレツはリュックの中にある物はもちろん、如意光でケース内にある発明品も全部取り出して次々に大きくしていきました。
「これ、全部あなたのなの?」
「いっぱいあるんだなあ……」
地面に並べられた数々の発明品を前にしてモンモランシーとギーシュは目を丸くしています。
「潜地球の魚雷じゃ駄目ナリか?」
「無理だよ、コロ助。潜地球の地中魚雷は地上じゃ使えないんだから、如意光で大きくしても駄目だよ」
そもそもキテレツ斎の発明品のほとんどは戦うための物ではないのです。
もしまともに戦えるとしたらゼロ戦のようにキテレツ達の世界で作られた兵器ですが、ゼロ戦はもう使い物になりそうにありません。
今ある発明品を上手く工夫して使いこなすか、もっと他に強力な武器が今のキテレツ達には必要でした。
◆
ガリア王国の首都リュティスのヴェルサルテイル宮殿の一室にて、ジョゼフはソファーにゆったりと腰を下ろしています。
目の前のテーブルに置かれたスタンド付きの鏡に映し出されている光景を背もたれに肘をついて眺めていました。
「あっはっはっはっ! 見事だ! 実に見事なものだ! アルビオンの戦艦をこうも容易く退けるとは! キテレツ達もがんばるではないか! なあ、ミューズよ!」
手を叩きながら豪快に笑うジョゼフですが、ソファーの横に立っているシェフィールドは厳しい表情をしています。
つい数時間前までシェフィールドは遥か遠くのアルビオン大陸でレコン・キスタをトリステインにけしかけるべく活動を行っていたのですが、天狗の抜け穴のチョークを使ってこの城に戻ってきていました。
これからジョゼフがかねてより計画していたトリステインとアルビオンの全面戦争の始まりを一緒に見届けようとしていたのですが、それがいきなり頓挫してしまったことに歯噛みしてしまいます。
タルブ地方の空には鳥型のガーゴイルが何体か送り込まれてアルビオン艦隊や周辺を監視しており、その光景をこの鏡が映し出しているのです。
しかし、まさかこんな所にまでキテレツ達がいたことにシェフィールドは驚くと同時に、こうも計画を邪魔してくることを忌々しく感じていました。
「あれもキテレツのマジックアイテムとやらなのか? 風竜よりも遥かに速いのだな。ミューズよ、お前にはあれが何だか分かるか?」
「いえ……さすがにあのような物は見たことも聞いたこともありませぬ」
「ふむ。まあ、仕方があるまいな。それだけキテレツ達のマジックアイテムは不思議な代物ばかりだ」
鏡に映し出されるゼロ戦が飛行する光景にシェフィールドは険しい顔を浮かべます。
あり得ないほどの速さで飛び回るあの乗り物はこのハルケギニアや東方の技術力を駆使しても作れないであろうということは即座に理解できました。
「どうだ? ビダーシャル卿。お前の国でもああいうのは無いのか? エルフの先住魔法を使った技術でも無理か」
「我らの力を持ってしても、あのようなカラクリを作ることはできんだろう。……それに、あれはどうやら魔法の力で動いているわけではなさそうだ」
ソファーの後ろではビダーシャルが立っており、二人と同じように鏡の映像を見つめていました。
ジョゼフからレコン・キスタの侵攻の様子を見物しないかと持ち掛けられ最初は興味が無いと断っていましたが、キテレツ達がいるということを知らされると渋々ながら同伴することにしたのです。
鏡に映っている光景はビダーシャルでさえも不思議と関心を抱いてしまうものばかりだったのでした。
「さすがのビダーシャル卿もキテレツ達のことに関しては興味が湧くのだな。まあ、お前を倒したのだから当然か」
ジョゼフがワイングラスを手にしながら言いますが、ビダーシャルはじっと鏡の映像に集中します。
(精霊の力をもってしても、あそこまではできん……)
ビダーシャルはキテレツが発明品で天候さえも自在に変えてしまったことにとても驚いていました。
彼の故郷は砂漠であり、精霊の力で余計な日光を遮って快適な環境にすることはできるのですが、天候そのものまでは操ることはできないのです。
精霊の力でもできないことをキテレツは難なく成していることには正直、驚きが隠せません。
(ルクシャナが言っていたという蛮人も、キテレツのような者なのか?)
故郷にはビダーシャルの姪がいるのですが彼女は最近、蛮人の世界の歴史に興味を持っています。
その姪が特に興味を湧かせているのが、150年ほど前にハルケギニアの片田舎で不思議なマジックアイテムを作っては人々に幸福をもたらしていたという偉人です。
名前は興味が無かったので詳しくは知りませんが、今のキテレツのような精霊の力でも不可能な様々なことをしていたそうです。
姪曰く、飢饉が起きた村を救ったり、日照り続きの時には雨を降らしたりしていたということでした。
(サハラに戻ったら、調べてみるか……)
ハルケギニアの人間達とはどこか違う雰囲気を持っているキテレツ達を見ていると、珍しくビダーシャルは好奇心が湧いてきてしまうのでした。
「さて、トリステイン政府の方はどうなっているか……」
ジョゼフの呟きに応えるように、シェフィールドは鏡に近づきそっと手を触れます。
彼女の額のルーンと共に鏡が光り出し、映し出されていた光景が別の物へと変わりました。
そこには僅かな数の軍艦が広場から飛び立とうとしているのが見えます。その軍艦の甲板には多くの兵達が乗り込み、トリステインの旗が掲げられていました。
「ほう。とうとう正面対決を決めたか。度胸があるな。亡命したウェールズとアンリエッタ王女ら自らが先頭に立つとは」
甲板に見つけた二人の男女の姿を目にしたジョゼフは楽しげに笑います。
しかし、その瞳には面白いオモチャを見つけたと言わんばかりの残酷な無邪気さで満ちていました。
「では、そろそろ開戦の宴も本番へと移ろうか。ミューズよ、あれをそろそろレコン・キスタに送ってやれ。それから、トリステイン艦隊が到着するまで地上への攻撃は控えるようクロムウェルに伝えるのだ」
「御意」
ジョゼフに命じられたシェフィールドは恭しく一礼し、部屋を後にします。
残されたジョゼフとビダーシャルは静かに鏡の光景を見つめていました。
「ビダーシャル卿。お前の力で完成したヨルムンガントとキテレツ達……果たしてどちらが勝つと思う?」
「結果次第だ。我には他に何も言えん」
数日前に完成した最新のガーゴイルは既に最終テストを難なくこなしていました。
その結果、スクウェアメイジの作り出した巨大なゴーレム数体を呆気なく捻り潰していたのです。