コロ助「うわあっ! 何ナリ!? でっかい船が大砲を撃ってきたナリよ!」
キテレツ「とうとうアルビオンのレコン・キスタが攻撃をしてきたんだよ! シエスタちゃんの村が真っ先に襲われてるんだ!」
コロ助「ドラゴンさんだってあんなにいっぱいナリよ! シエスタちゃん達と一緒に逃げるナリ~!」
キテレツ「アンリエッタ王女様の兵隊も来てくれるんだ。ゼロ戦も何とか動かしてみんなを守るんだ!」
コロ助「ブタゴリラの操縦なんかで大丈夫ナリ?」
キテレツ「こうなったら総力戦さ。こっちだって負けるわけにはいかないんだ!」
コロ助「あのとっても大きいのはグランロボナリか!? 刀の勝負ならワガハイだって負けないナリ!」
キテレツ「次回、タルブの決戦! イーヴァルディの勇者たち」
コロ助「絶対見るナリよ♪」
ガリア王ジョゼフはこの日、サン・マロンにある実験農場と呼ばれる建物の視察に訪れています。
内部には無数のかまどや巨大な溶鉱炉が並んでおり、真っ赤に溶けた鉄がぐつぐつと煮えたぎっていました。
メイジの研究員達が黙々と作業を続けている中、場所が場所なだけにとても暑苦しいはずの施設内をジョゼフは汗一つかかず平然としたまま奥へと進んでいきます。
「ジョゼフ様……! このような場所へわざわざお越しになるとは……」
施設の中心へやってきたジョゼフの前に黒ずくめの女が近づいて恭しく一礼しました。彼の腹心、シェフィールドです。
「完成が間近だと聞いてな。待ち遠しくなって来たのだ。おお! ビダーシャル卿。難航していたヨルムンガントの作成の協力、感謝するぞ」
ジョゼフは羽根つき帽子をかぶった男の姿を見つけると、まるで友人に話しかけるかのように気さくな態度で声をかけました。
「我は任務を達成できなかった。言い訳はしない」
鉄柵の傍でジョゼフから背を向けて立っていたビダーシャルは肩越しに振り向くと、ため息混じりに呟きました。
アーハンブラ城での一件から既に五日が経っています。キテレツ達に敗北したビダーシャルはあの後すぐに先住魔法で自分の傷を癒すと天狗の抜け穴を使ってジョゼフの元へと戻りました。
侵入者はおろか幽閉していた二人までも取り逃がしてしまったことは重大な失態です。しかし、ジョゼフはそのことで彼を咎めることは無かったのです。
それどころかこれまで通り自分に仕えるようにとまで言ってきたのでした。
「そんなことを気にしているのか? 失敗した罰で余との交渉が途切れるのかと思ったか? 余が命令を下し、お前は失敗し、シャルロット達はアーハンブラからトリステインへ逃げ帰った。それだけのことではないか。それにこのヨルムンガントの完成でそんな失態など帳消しだ。些細なことなど気にするな」
ビダーシャルの隣にやってきたジョゼフは子供のように目を輝かせて鉄柵の下を見下ろしていました。
吹き抜けの構造をしている巨大なフロアの下には何やら巨大な人型のガーゴイルらしきものが見え、ちょうどジョゼフ達のいる通路のすぐ下には顔らしきものが覗えます。
しかし、フロアが薄暗いせいでその姿ははっきりとは見えません。
「だが、まさかエルフの先住魔法が敗れるとはな。キテレツのマジックアイテムの力は実に見事だった。痛み分けではあったようだがな」
ジョゼフは遠見の鏡でアーハンブラ城の中庭でビダーシャルに挑むキテレツ達を見届けていましたが、最初は手も足も出なかったのが最終的には逆転したことに感心します。
特に先住魔法の攻撃を退け、守りを打ち破った光の剣の力には心底感服したほどです。
「あそこまでの力を持つのは我にも予想外だった……」
ビダーシャルも正直、キテレツ達を侮り過ぎたと感じていました。
未知の異国で作られたマジックアイテムがまさか自分達の信仰する精霊の力を正面から打ち破るなどとは予想もしていなかったのです。
しかし、実際に精霊の力に打ち勝った以上、キテレツのマジックアイテムの力を認めざるを得ません。
「ジョゼフ様。姪御をこのままトリステインへ取り逃がしてしまったのはあまり面白くない事態ではないでしょうか?」
「トリステインへ落ち延びた所でシャルロットに何かができるわけでもない。捨て置くが良い。それよりも、このヨルムンガントはあとどれくらいで完成するのだ?」
シェフィールドの言葉にジョゼフは逃亡した反逆者のことなど気にした風もなく答え、今目の前にあるものについて尋ねました。
「風石の最終調整に、鎧と剣に焼き入れを施せば完成します。最終試験でスクウェアのゴーレムとの模擬戦をこの後行う予定でございます」
「そうか。この悪魔の騎士人形がトリステインでどれほど暴れ回るのかと思うと、余は楽しみでならん」
ヨルムンガントと呼ばれたその巨大なガーゴイルは確かに騎士のような甲冑を全身に身に纏っているようにも見えます。
「しかし、これをトリステインまで運ぶのは少々大変ではあるな。ましてやアルビオンのレコン・キスタの元へ届けてやるには大きすぎる」
完成が間近のこのガーゴイルはジョゼフが計画している余興のために作られたものでした。
大きすぎるこれを普通に運び扱うのは難しすぎる上に、目立ってしまうことでしょう。余興での初のお披露目を望むジョゼフにとってはその前に観客に見られてしまうのはつまらないことです。
「ミューズよ。今一度アルビオンへ渡り、レコン・キスタをトリステインへと導いてやれ。天狗の抜け穴を手土産にな」
「御意」
しかし、ジョゼフはその解決策を既に考えているのです。運ぶのが難しいのであれば、ここから直接送り込んでやれば良いのです。
それを実現することができる異国のマジックアイテム、天狗の抜け穴は自分達も手中に収めていました。
ジョゼフの余興が催されるのは数日後……トリステイン王女アンリエッタとゲルマニア皇帝の結婚式の直前になります。
◆
広大なタルブの草原に多くの村人達が集まっていました。
最初は村での仕事に精を出していたのですが、突如爆音と共に空を飛び回っている見慣れない影を目にしたために次々と村の外の草原まで出てきたのです。
「ありゃあ、竜の羽衣じゃないか」
新たに群衆に加わった村人の一人が空を見上げて声を上げます。
タルブの上空を風のような速さで飛び回っているのは数日前まで村が管理をしていた秘宝、竜の羽衣と呼ばれるマジックアイテムでした。
しかし、名ばかりで実際は飛ぶことができないとされていたインチキの代物は実際に目の前で優雅に飛んでいるのです。
以前より珍しいからと拝んでいた人は改めて竜の羽衣をこの場で拝んでいました。
「わぁーっ、すごい! すごーい!」
「あれが本当に飛んでるなんて……!」
元の所有者だったシエスタの家族達も当然ながらこの光景に驚き、特に弟妹達ははしゃぎ回っているほどです。
そして、当のシエスタ自身は呆然と空を見上げつつもその表情は綻んでいました。
「う~ん! 快調だな! しかし、全く素晴らしい飛びっぷりじゃないか! キテレツ君!」
「ブタゴリラ! あんまり無茶はしないでよ! あくまでテスト飛行だからね!」
コルベールもシエスタの弟達と同じように目を輝かせている中、キテレツはトランシーバーに向かって喋っています。
『心配すんなって! へへっ、大分飛び慣れて来たぜ! どうだ、俺の操縦クリニックも見事なもんだろ!』
「それを言うなら操縦テクニック!」
ゼロ戦に乗り込んでいるブタゴリラから揚々とした声が返ってきますが、言い間違えにトンガリがキテレツの横から突っ込みます。
「スピードも出し過ぎちゃ駄目だよ! ゼロ戦のスピードじゃタバサちゃん達が追いつけないんだから!」
ゼロ戦の後方にはタバサのシルフィードが追尾しているのですが、スピードが違い過ぎるために追いつくことができないでいました。
ブタゴリラが操縦ミスをして落ちそうになっても大丈夫なようにするはずだったのですが、これでは意味がありません。
『きゅいーっ! 速すぎなのねーっ! あんな速さ、大人の風竜でも絶対無理なのねーっ!』
『カオル! もうちょっとスピード落としてくれると嬉しいんだけど?』
トランシーバーを同じく持っているタバサ達ですが、シルフィードとキュルケの困惑した声が聞こえてきます。
「カオル! 落っこちても知らないわよ! さっさと言う通りにしなさいよね!」
キテレツのトランシーバーをひったくったルイズが大声で怒鳴りました。
『分かったって! そんな大声出すなよな。えーっと、それじゃあこいつを……』
ゼロ戦は徐々にスピードを落としていくのが目に見えて分かり、シルフィードが並んで飛ぶことができるようになります。
それからゼロ戦とシルフィードはタルブの上空を遊弋し続けていました。
「ブタゴリラが本当に飛行機をあんなに動かせるなんてびっくりナリよ」
「本当。見よう見真似だけなのにね」
「いくらおじさんに教わって飛ばないレプリカを動かしたことがあるからって……ぶっつけ本番も同然よ」
コロ助、みよ子、五月もみんなと同じように空を飛び回るゼロ戦を見上げて唖然としていました。
アーハンブラ城から無事に戻ってきて既に一週間が経っています。
キテレツ達がみよ子達の救出のために外出していた間も、コルベールはタバサの母の薬の調合と並行してガソリンの調合を続けていました。
そして今朝、ゼロ戦を飛ばすために必要な分のガソリンを完成させたことをキテレツ達に告げ、早速テスト飛行を始めようとしたのです。
ゼロ戦を飛ばすためには十分な広さがある場所が必要であり、魔法学院の庭では狭くて無理でした。そこでだだっ広いタルブの草原がちょうど良いということで、天狗の抜け穴でここまで移動してきたのでした。
元の所有者だったシエスタにテスト飛行を見せてあげたい、というのもタルブを選んだ理由の一つです。
「よっ! どうだ、俺の操縦っぷりは! 大したもんだったろ!」
草原のど真ん中に着陸していたゼロ戦にキテレツ達が次々に駆け寄ってきます。ブタゴリラは機体の上で仁王立ちをして胸を張りました。
「よくここまで飛ばせたよ。僕でさえ動かし方も分からなかったのに」
「最初はかなりフラフラしてたけどね。タバサちゃん達がいなかったら今頃は落っこちてたよ」
「ちょっと危なそうだったナリ」
トンガリの皮肉通りに飛ばし始めた時は動きもぎこちなく今にも墜落してしまいそうな雰囲気でした。
シルフィードに乗っていたタバサ達がレビテーションの魔法をかけたりしてくれたおかげで何とか飛び続けている内にコツを掴んだブタゴリラはやがてスムーズに飛行を行うようになったのです。
「でも、本物の飛行機をあんなに飛ばせちゃうなんてすごいわ」
「まさかここまでできちゃうなんて、何か信じられない気もするけど……」
「伊達に伯父さんがゼロ戦乗りをやってないぜ」
五月やみよ子にもコメントをもらいながらブタゴリラは機体から飛び降りました。
「でも竜の羽衣を動かして飛ばせたのは事実なんだから、カオルの実力はしっかり証明されたわ」
「シルフィードでも全然追いつけないくらい速いなんて、名は体を表すって本当ね」
ゼロ戦の隣に降りていたシルフィードから降りていたキュルケもブタゴリラを讃えてくれます。ルイズもゼロ戦を見上げながら嘆息していました。
「いや~、実に素晴らしい物を見させてもらった! ブタゴリラ君! テスト飛行は見事に成功だね!」
追いついてきたコルベールが息を切らしつつも満面の笑顔を浮かべていました。
「わたしもびっくりしちゃった。竜の羽衣があんなに飛ぶことができるなんて」
「村の人達も曾おじいちゃんが嘘つきじゃなかったって認めてくれてたんだよ」
シエスタと、一番下の弟であるジュリアンもやってきて竜の羽衣を見上げていました。
今まで変わり者だったと言い伝えられていた曽祖父の名誉が、竜の羽衣が実際に飛んでみせたことで回復されたので嬉しかったのです。
「お兄ちゃん、すご~い!」
コロ助にじゃれついていたシエスタの弟妹達は揃ってブタゴリラにも懐いてきます。
「良かったですね、シエスタさん」
「キテレツ君達のおかげよ。本当に感激しちゃうわ」
「せっかくこうして飛べたんだからさ、シエスタちゃんもちょっと乗ってみるか?」
ブタゴリラがシエスタの妹の一人を肩車しながら言います。
「まあ、良いの?」
「ブタゴリラ。いくら何でも二人乗りは無理なんじゃないの?」
「そうだよ。元々ゼロ戦は一人乗りだろ?」
トンガリとキテレツの言う通り、ゼロ戦は一人乗りであって座席は操縦者が乗って動かすくらいのスペースしかありません。
「あっ、そっか。翼にしがみつく訳にもいかねえしな」
「あら。わたしはそれでも良いわ」
「シ、シエスタさん!」
「姉さん、冗談はやめてよ」
冗談には聞こえない笑顔を浮かべるシエスタの言葉にキテレツ達はもちろん、ジュリアンまでもが慌てふためきます。
「シエスタ君。いくら何でもそれは無茶というものだよ?」
「もちろん、冗談ですよ。でも、本当にそれでも良いから一度乗ってみたかったんですけどね」
「あんた……こんな時に何を変なこと言うのよ……」
コルベールまでもが苦笑してしまいましたが、当の本人は肯定しつつも少し残念そうにしていました。
ルイズも頭を抱えて呆れていますが、ふと思い出したようにキテレツを振り返ります。
「ところでキテレツ。あんたの冥府刀の方はどうなってるの?」
「え? うん。ルイズちゃんが頼んでくれた部品が届けば、後はそれを組み込むだけだから。それで完成するよ」
アーハンブラ城から戻ってきた翌日にルイズとタバサはキテレツの元へやってくるなり、冥府刀を作るのに必要な材料を聞き出してきたのです。
いつでも帰ることができるように、すぐに新しい冥府刀を作れとまでルイズは強く命じてきたのでキテレツは困惑しつつも奇天烈大百科に載っていた材料のリストを用意しました。
ルイズとタバサはそれを受け取ると数日間、材料集めに奔走していたのです。自力で手に入るものは二人が直接町に行って集め、それ以外のものは外国から取り寄せるように手配もしていました。
「そ、そう。……ったく、ゲルマニアは何やってるのよ」
ルイズは少し苛ついた様子でやきもきとしていました。
「でも、タバサちゃんのお母さんの薬の完成が遅れちゃってるんだ」
「良い。私は急がない」
申し訳なさそうにするキテレツですが、タバサは淡々と答えます。
本来ならばとっくに完成していたはずの解毒薬でしたが、冥府刀の製作を行っていた影響で未だ完成はしていません。
タバサの母親は今も魔法学院のタバサの部屋で眠りについていました。
「どうしたのかしら、二人とも」
「何だかここの所、様子がおかしいナリね」
「うん……」
みよ子や五月達もここ一週間におけるルイズとタバサの態度や行動には違和感を覚えていました。
キテレツ達を元の世界に帰そうとしていることは分かりますが、何故、唐突に冥府刀を作ることを急かすようになったのかその真意が分からないのです。
「そうか。もうすぐ君達とはお別れなんだね」
「五月ちゃん達、帰る方法が見つかったの?」
冥府刀の話を聞いていたコルベールが唸りだしました。シエスタも驚いたように一行の顔を見回します。
「うん。キテレツ君の大百科に帰るための道具の作り方が載っていたの」
「今、キテレツ君が作っている最中なんです」
「これでやっと家に帰れるんだよ!」
五月達がシエスタに伝える中、トンガリは見るからに嬉しそうな顔をしていました。
一分一秒でも早く家に帰ってママに会いたいトンガリにとっては冥府刀の完成が待ち遠しいのです。
「そっか……いよいよお別れなのね。本当に寂しくなるわ。せっかくサツキちゃん達とお友達になれたのに」
「そうねえ。あなた達と一緒にいた時間はとっても楽しかったもの。カオルとトンガリの漫才は特にね」
シエスタもキュルケもどこかしんみりとした様子でキテレツ達の顔を見ていました。
「この馬鹿が……!」
「あ痛っ!」
いくら帰れるのが嬉しいとはいえ、無神経なことを口走ったトンガリの頭をブタゴリラは小突きます。
それまで活気づいていた場の空気がもうじき訪れる別れの時のことを思って重苦しいものへとなってしまいそうでした。
「ねえ、みんな。これから記念写真でも撮ってみない?」
「写真?」
そんな中、突然話を切り出し始めた五月に一行の視線が集中しました。
「うん。わたし、ここでの色々な思い出をいつまでも忘れたくないの。ルイズちゃん達のことも、シエスタさんのことも……」
「サツキ……」
「サツキちゃん……」
「写真だったらその思い出を、ルイズちゃん達もみんなずっと大切に取っておけるはずだわ」
ハルケギニアへやってきたきっかけそのものはアクシデントにも等しいものでしたが、この異世界で送った日々や様々な思い出はかけがえのない宝物なのです。
五月はその宝物をいつまでもみんなの心に残しておけるようにしたいのでした。
「キテレツ君の回古鏡はカメラでしょ? それを使えば記念写真が撮れると思うの。それにインスタントカメラだから、すぐに出来上がるし」
「確かに、ダイヤルをゼロにすれば普通のカメラだからできなくはないね」
過去を見る時間の調整をしなければ現在を写すだけであるため、五月が思っている通りに写真が撮れるのです。
「それが良いわ! ねえ、やりましょうよ! みんな!」
「面白そうじゃねえか。タイコへの良い土産になりそうだぜ」
「それは良い記念になるなあ。よし! では、そのゼロ戦を背景にしてみようじゃないか!」
みよ子にブタゴリラ、コルベールまでもが記念写真に乗り気になっていました。
「ね? ルイズちゃん」
「……そうね。あんた達のこと、あたしだって忘れたくないもの」
手を握ってくる五月が自分達との最後の思い出を作りたいという強い願いを抱いていることをルイズも察します。
異世界から自分が召喚してしまい、それでも友達となってくれた少女はルイズ達とのこれまでの交流を宝物と言ってくれました。
ルイズにとっても五月やキテレツ達との交流で、これまでの人生で得られなかったたくさんのものを得ることができたことは間違いありません。
もうすぐ別れることになっても、異世界の子供達との思い出を忘れたくないという思いはルイズも同じなのです。
◆
かくして思い出を残すための記念撮影はすぐに始まり、五分と経たずに終わりました。
セルフタイマーが無いために自動で撮影することは無理なので、撮影者が一人必要になりましたがその役をジュリアンが買って出てくれました。
回古鏡の使い方をキテレツに教えられたジュリアンはゼロ戦の前に並んだキテレツ達の写真をしっかりと撮ってくれたのです。
「曾おじいちゃんの写真とはずいぶん違うのね」
「うん。色もついてるし、本当にカメラって不思議なものなんだね」
「昔のカメラとは性能が全然違うもの」
写真を手にして感嘆とするシエスタとジュリアンにみよ子も自分の写真を見ながら言います。
全部で十枚の写真を連続で撮り、キテレツ達五人分にルイズ、キュルケ、タバサ、シエスタ、そしてコルベールにも渡されました。
「ふーん。よく撮れてるじゃない。タバサも可愛く写ってるわ」
写真に写っているキュルケは右側の方でタバサの肩を後ろから抱きながらウインクをしていました。さらに写真の右端からシルフィードがひょっこりと首を出しています。
タバサは相変わらずの無表情のように見えますが、よく見てみればいつもの冷たさの感じられる雰囲気がどことなく柔らかくなっているように感じられます。
写真を見つめるタバサは自分がこのような顔を浮かべていたことに驚いていました。決して意識していたわけではないのに、自然とこんな顔をしていたなんて思ってもいなかったのです。
「僕も五月ちゃんの隣が良かったな……」
「どこにいても同じだろうが。こんな時にごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ」
キテレツやブタゴリラ、コルベールと同じ後列に写っていたトンガリは不満そうにぼやきます。
五月は前列の中心でルイズと一緒に手を繋ぎ、屈んで笑顔を浮かべていました。ルイズの方は少し戸惑った様子です。
みよ子とシエスタも一緒に前屈みになっており、足元ではコロ助が背中の刀の柄を握って満面の笑顔で恰好をつけていました。
「素敵な写真だわ。これできっと、離れ離れになってもみんなのことを忘れたりしないはずよ。楽しい思い出があったんだって」
五月はとても嬉しそうに写真を眺め、愛おしそうにしていました。
(そっか……サツキは元の世界に帰ったら、キテレツ達とも……)
しかし、ルイズには五月のその笑顔の裏に寂しさがあることを察します。
五月はこれから二度に渡って別れの時を味わなければなりません。ハルケギニアから故郷へ帰る時にはルイズ達と、そして故郷へ戻った後はキテレツ達とも別れなければならないのです。
家の都合で何度も転校を繰り返す五月は友人達との別れを何度も経験しているために、その時まではできる限り楽しい思い出を作り、残していたいのです。
今、記念写真を撮ろうと考えたのもきっとそのためなのでしょう。
「サツキ、安心しなさい。あたしだって、サツキ達のことは忘れたりするもんですか。これがある限り絶対にそうならないわ」
「ルイズちゃん……」
「だからそんなにしんみりとするもんじゃないわ」
「そうよ、サツキちゃん。悲しいお別れはしないって約束したでしょう?」
シエスタもキテレツ達と交わした約束を改めて口にします。
最後の瞬間までお互いに笑顔のままでいたい、それはルイズ達はもちろん、キテレツ達も望んでいることでした。
「うん。そうだったわねよね。ごめんなさい、みんな」
写真を胸に抱いて五月は全員に心からの笑顔を見せます。
「それじゃあ、村に戻ってマンジュでも食べましょう。ミス・ヴァリエールのみなさんも召し上がっていってください」
「そういやあちょっと腹も減ったしな」
「ワガハイはコロッケが食べたくなったナリ……」
「ふふふ。はいはい、ちゃんと用意してあげるわ」
シエスタに招かれて一行は村の方へと歩いていきました。シルフィードものそのそとすぐ後ろをついてきます。
ゼロ戦は既にキテレツが如意光で小さくしてリュックにしまっていました。
「うわあっ!」
「何だ!? あの音は?」
村に入ろうという所で、突如ドン、ドン! と大砲のような音が何発も響いてきました。
いきなりの轟音にトンガリはびくつき、ブタゴリラもはっきりと驚きます。
「な、な、な、何ナリか!?」
「あっちの方から聞こえたみたい」
「ラ・ロシェールの方角からだわ」
コロ助が慌てふためく中、みよ子とシエスタが音の響いた方を振り返ります。
タルブからラ・ロシェールは目と鼻の先で、山々の上空に無数の影が浮かんでいるのが分かりました。
「何かしら。あんなに船がいっぱいいて……」
五月の言う通り、それは空を飛ぶ船であることがここからでも分かります。しかもその数は一隻や二隻ではありません。
「あれって、トリステインの艦隊みたいだけど……」
「今のは礼砲だな。見たまえ、トリステイン艦隊が外国からの賓客を乗せた船を出迎えているんだ」
コルベールが指差した先、トリステインの艦隊とは別の艦隊が降下してきているのが見えます。
その中でも、他の船より明らかに一際巨大な船が目立っていました。
「あの船……レコン・キスタの船じゃないかな?」
「何ですって? ちょっと見せなさい」
リュックから取り出した双眼鏡を覗いていたキテレツですが、ルイズがその手からひったくって自分も覗き込んでみます。
「間違いないわ。あいつらの船よ」
艦隊の先頭を飛んでいる巨大な船は、レコン・キスタの旗艦に違いありませんでした。
「それじゃあ、戦争を仕掛けてきたってことかよ!?」
「いや、アルビオンとは不可侵条約を結んでいるはずだからね。堂々と条約を破るなんてことは無いと思うが……」
「どうだか……」
コルベールの言葉に対してキュルケもルイズも、キテレツ達も冷めた目で眺めています。
レコン・キスタの裏で暗躍をしているのが何者であるのかを既に知っている以上、こうして姿を現した敵の船を忌々しく感じてしまっていました。
敵はまた何か企んでいるのではと勘ぐってしまいます。
「恐らくは親善訪問に来たのだろうな」
「親善訪問ねえ……胡散臭いこと。そういえば、三日後にはアンリエッタ王女の結婚式だったかしらね」
「生意気な連中だわ」
キュルケが肩を竦めますが、ルイズは苦い顔を浮かべます。
「戦争? 戦争が始まるの? お姉ちゃん」
「大丈夫よ。心配しなくても良いわ。ジュリアン、みんなと先に家に戻ってて」
「うん。分かった」
不安そうにする幼い弟妹達をシエスタは宥めると、ジュリアンに連れられていきます。
「今度また何かしてきやがったら、ゼロ戦で叩きのめしてやるぜ」
「やめなよ! ブタゴリラ。いくら何でもあんなのを相手にしたら命が足りない!」
拳を片手に打ち付けて意気込むブタゴリラにトンガリが苦言を漏らしました。
いくらハルケギニアの空飛ぶ船よりも速く飛べるゼロ戦であろうと、あれだけの艦隊を全て相手にするなんで無謀としか言えません。
「やあ、君達も来ていたのかい! おお、ミス・サツキも……! ぐはっ」
全員がレコン・キスタの艦隊に不安と懸念を抱く中、またしても突然聞き覚えのある声が響きました。
「ギーシュ。それにモンモランシーも……」
ルイズが振り向くと、何とそこに立っていたのは自分達の学友であるギーシュでした。
しかも彼だけでなく、モンモランシーまでもが一緒にいるのですが、五月に目移りしようとしていたギーシュにたった今、肘鉄を叩き込んだところです。
「あなた達もここに来てたのね。ミスタ・コルベールも……」
「ミスタ・グラモンにミス・モンモランシー。ここの所、学院で見かけないと思ったらここまで来ていたのかね?」
アンリエッタ王女とゲルマニア皇帝の結婚式が間近に迫っているため、魔法学院も現在は休校となっているのでした。
それによってできた時間を利用して外出し、ここまで来たのでしょう。
「何しに来たのさ?」
「なぁに、ちょっとばかりモンモランシーと一緒にこのタルブまで遠乗りに来たんだよ。学院もしばらく休みで暇だしね」
トンガリの問いかけにギーシュは相変わらずキザッタらしい態度で薔薇の造花を持ち上げて答えます。
「あら。ギーシュのことは許してあげちゃったのかしら?」
「あんなにフッちゃってたのにか?」
「勘違いしないでちょうだい。タルブに美味しいワインや珍味があるって聞いたから一緒に付き合っただけよ。仲直りした訳じゃないわ」
キュルケやブタゴリラの言葉にモンモランシーはツンとすました態度をとっていました。
アーハンブラ城での一件から一週間、ギーシュはモンモランシーに熱心なアプローチをしていたので、悪い気こそしなかったモンモランシーはギーシュの遠乗りに誘われてそれを受け入れたのです。
「ワインをお買いになるのでしたら、わたしがご案内しますわ」
「おお。君は学院のメイドじゃないかね」
「ここの珍味だったらたった今、食べに行く所だから一緒にどうですか? 美味しいんですよ」
「本当かね? ミス・サツキが誘ってくれるとはこれは……あだっ!」
五月に誘われてギーシュが顔を綻ばせた所、突然走った激痛にまたも呻きます。
モンモランシーが他の女に目移りしようとしていたギーシュの足を踏みつけたからでした。
「何だ、何だ!? また冷凍かよ」
「礼砲!」
またラ・ロシェールの方からは何発もの轟音が響いてきました。
今の礼砲はどうやらトリステイン艦隊がレコン・キスタ側に向けて撃ったもののようです。しかし、先ほどに比べると大砲の音や強さは弱く聞こえました。
「おお。あれはトリステイン艦隊か。誰を出迎えているのかな?」
「アルビオンよ」
興味津々な様子で艦隊を眺めるギーシュにルイズがため息混じりに答えました。
そうして一行ががやがやと騒いでいると……。
「キテレツ君! みんな、見て!」
「ちょっと! どうしたの、あれ!?」
礼砲が続いている中、みよ子とモンモランシーが何かに気づいて愕然としたように声を上げます。
キテレツ達も同様に、空の彼方を眺めながら目の前で起きている出来事に唖然としていました。
「船が燃えてる……」
何と、レコン・キスタ側の艦隊の中の一隻の小さな船が炎上しているではないですか。
「何だよ、あいつらの船が燃えてるぜ。ケンカでも売ったのか?」
「馬鹿な! トリステイン軍が不可侵条約を結んでいる相手に攻撃を仕掛けるなど……」
コルベールが青ざめた表情でうろたえる中、激しい勢いで燃え上がり、みるみる炎に包まれていく船はやがて空中で爆散してしまい、跡形もなく消えてしまいます。
その強烈な爆音もまた、このタルブにまで届いていました。