コロ助「タバサちゃんがママと一緒にスヤスヤ寝てるナリ」
キテレツ「やっとお母さんとゆっくりできるからね。そっとしてあげようよ」
コロ助「ワガハイも早くママに会いたいナリ……今頃、心配してるナリよ~……」
キテレツ「みんなだってそうなんだよ。早く新しく冥府刀を作らないとね」
キテレツ「次回、ホームでシクシク? みんな会いたい、ボクらのママナリ」
コロ助「絶対見るナリよ♪」
既に夕刻であるため魔法学院の中庭もかなり薄暗くなっています。
人気のほとんど無い中庭の一角に建つコルベールの研究室の小屋の傍にキテレツ達は集まっていました。
「きゅい、きゅ~い! シルフィ、本当に瞬間移動しちゃったのね~!」
「う~む……僕達は本当に帰ってきたのか……夢じゃないよな……? たったこれだけであんなに遠くから帰ってくるなんて……」
小屋の壁にはキテレツが出発前に用意していた天狗の抜け穴が貼ってあり、一行はここを通って遥か東のアーハンブラ城から戻ってきました。
初めて体験した天狗の抜け穴による瞬間移動にシルフィードもギーシュも驚き、戸惑っています。
「どうしたのよあんた達。何してたの?」
「ま、ちょっとね。あたし達が向こうにいた証拠を消してきたわ」
最後に遅れて出てきたタバサ達にルイズが気になって声をかけますが、キュルケは軽く流しました。
「う~ん……こ、ここは……? あれ? 何でワガハイここにいるナリ?」
草地の上に寝かされていたコロ助がようやく目を覚ましだしますが、周りをきょろきょろと見回して困惑します。
「コロちゃん。大丈夫よ、もう終わったわ」
みよ子がコロ助を抱き起こして頷きました。
「コロ助は気絶してたんだから良いよね……楽ができて」
「お前が呑気に寝てた間、俺達はあの長耳野郎相手に大変だったんだからな」
「ブタゴリラは全然役に立ってなかったじゃない」
「人のこと言えんのか! このっ!」
同じように地べたに座り込んでいたブタゴリラとトンガリですが、帰ってきて早々に性懲りもなくまた諍いを始めてしまいます。
「もう、ケンカなんかやめなさいよ。みんな疲れてるんだから」
ブタゴリラはトンガリの首を腕で締めあげて頭に拳をねじ込みますが、それを止めたのはルイズでした。
ルイズだけでなく、タバサ以外の全員がその場で憔悴しきったようにへたり込んでいるのです。
アーハンブラ城での救出活動は一時間とかかっていないはずなのに、それ以上の時間を費やしたようにみんな疲れていました。
「それだけ色々と大変だったんだよ。でも、みんな無事に戻れて良かった」
天狗の抜け穴のテープを剥がすキテレツもため息をついて全員の顔を見回しました。
「ごめんね、キテレツ君。電磁刀をこんなにしちゃって……」
腕に巻いたままだった万力手甲を外す五月は申し訳なさそうに刀身が無くなってしまった電磁刀を差しだします。
今まで五月を支えてくれていた頼りになる武器は度重なる激戦が続いたおかげで無残な姿となってしまったのでした。
「良いんだよ。電磁刀もカラクリ武者だってまた作り直せるんだから。僕達が帰れたのは五月ちゃんがあんなにがんばってくれたおかげなんだよ」
五月がギーシュのワルキューレやカラクリ武者と一緒に何百体もの鉄騎隊を相手に囮を引き受け、エルフの強力な先住魔法の攻撃を退け、防御を崩してくれなければ今ここにはいないのです。
「とってもかっこ良かったよ、五月ちゃん」
「エルフの先住魔法に勝っちゃうなんて驚きよ。本当にイーヴァルディの勇者みたいだったわ、サツキ」
トンガリは惚れ惚れと五月を見つめ、キュルケもその活躍を讃えます。
「五月ちゃんがあのお兄さんをやっつけたナリか?」
「そうだよ、コロ助君。ミス・サツキはまさにワルキューレと呼ぶに相応しかったよ。光輝く剣を掲げるあの勇姿を思い浮かべるだけで……う~ん! たまらないっ! あの華麗で、気高き勇姿、ずっと僕の脳裏に焼き付けるよ!」
五月の勇姿を唯一見届けていないコロ助に説明するギーシュですが、自分の体を抱き締めて一人で酔い痴れて勝手に盛り上がります。
そんな彼の姿に一行は呆れてため息をつき、五月は微妙な苦笑を浮かべています。
「わたしだけじゃないわ。タバサちゃんやルイズちゃんだって一緒にがんばってくれたんだもの。ね?」
屈みこむ五月はルイズの手を取って満面の笑顔を浮かべましたが、当のルイズは恥ずかしそうに頬を染めて視線を逸らしました。
「あたしもびっくりしたわ。まさかルイズに助けられちゃうなんて。ご先祖様達が聞いたらどんな顔するのかしら」
「あ、あ、あれは……か、勘違いしないでよね! 本当だったらラ・ヴァリエールがツェルプストーを助けるなんてあり得ないんだから!」
ニヤニヤと笑っているキュルケにルイズは慌てふためいてしまいます。
咄嗟のことだった上に状況が状況だったので気にはしませんでしたが、二人は先祖の因縁など忘れて仲間を助け、目的を果たすために力を合わせたのです。
特にルイズの方から積極的にキュルケを助けたという事実が、助けた本人にとっては恥ずかしく感じられてしまうのでした。
「ルイズちゃんが助けてくれなかったら、わたしもきっとやられてたわ。ありがとう、ルイズちゃん」
「ん……」
五月はルイズの両手を握って心からの感謝を口にします。
ルイズはキュルケやタバサ、ギーシュのように魔法こそ使えなくても自分にできることを精一杯に行ってキテレツや仲間達と力を合わせて戦ってくれたのです。
キテレツの如意光や魔法の失敗とはいえ、爆発で五月を助けてくれたことは紛れもない事実でした。
「お姉さまも、あのエルフにリベンジができたのね~。これもサツキちゃんのおかげなのね」
シルフィードはタバサの体を嬉しそうに抱き締めます。なすがままのタバサはそっと目を伏せていました。
「みんなの活躍があったからこそだよ。でなきゃここまでやれるはずがないよ」
キテレツの言う通り、今回は全員がそれぞれ自分ができることを精一杯にやり遂げたからこそ、危機を乗り越えられたのです。
囚われになっていた時のみよ子でさえキテレツ達を導いてくれたので短時間で助けだすことができました。
「ルイズちゃんは何でそんなに恥ずかしがるナリか? お城の中でもカラクリ人形相手にいっぱいがんばってたナリよ」
「そうよお? ルイズにしてはとても良くやったんだから、もっと誇らしくしたら?」
「う、う、うるさい! うるさい! あんたは黙ってなさい!」
顔を真っ赤にしてルイズは必死に怒鳴りますが、素直になれず照れ隠しをしているその姿がとっても滑稽に見えてしまいます。
「本当に素直じゃねえ奴だな」
「あはははははははっ!」
五月もキテレツ達もアーハンブラ城での緊迫感からようやく解き放たれて安心したこともあってか大笑いをしていました。
「一体何事だね? ……やあ、君達じゃないか。どうしたんだね、そんな所で」
その時、小屋の扉が開くと中からコルベールが現れました。
「ミスタ・コルベール」
「コルベール先生」
「ミス・タバサも一緒なのかね。キテレツ君から聞いているよ。なんでも君の母君がご病気だそうだね」
コルベールは一行の中にタバサの姿を見つけて目を丸くします。
タバサの母親が心を病んでいることまではコルベールは聞かされていませんでした。
「それより何で寝巻のままなんだね?」
「ま、こちらも色々ございまして。お気になさらずに。ミスタ・コルベール」
首を傾げるコルベールですがキュルケが間に入って話を流させました。
「それで先生。薬の方は大丈夫ですか?」
「うむ。ここまで進んだ所だよ。今、調合を行っている真っ最中でね。明日の朝には次に移れるはずだよ」
コルベールはキテレツからの指示を記してあるメモの紙を取り出してそれを見せました。
そこには丸く囲ってある文がいくつもあり、それが作業工程がどれだけ進んだのかを示しています。
キテレツから代理で頼まれていた魔法の解毒薬の調合を今日まで続けていたコルベールでしたが、その作業の最中に研究室の外がやけに賑やかになったことに気づいて出てきたのでした。
「どうもありがとうございます、先生。それじゃあ、その時にまた道具とかを借りに来ますね」
「ああ。君達もやけに疲れてるようだね。今日はゆっくり休むといいよ」
キテレツ達が国境を越えてガリア王国へ乗り込んだ挙句、最果ての地のアーハンブラ城まで向かったことなどコルベールは知る由もありません。
「ひとまずルイズちゃん達の寮へ行こうか」
コルベールからの労いを聞いた一行は本当に疲れた様子でそれぞれ起き上がり、キテレツの後に続きます。
塔に向かっていく一行を見送ったコルベールは自分の研究室へと戻っていきました。
「あら、ルイズにキュルケ。それにタバサ達まで……」
道中、中庭で一人の女生徒と鉢合わせをしました。ルイズ達と同じ学年のモンモランシーです。
ぞろぞろと中庭を歩いているキテレツ達一行の中にこの数日姿を見なかったギーシュがいることに気が付いた彼女は不機嫌になりつつも声をかけてきたのでした。
「こんちわ、え~と……洪水の、何だっけ?」
ブタゴリラが挨拶をしようとしますが、名前を覚えていないどころか二つ名さえも言い間違えてしまいます。
モンモランシーは明らかに不快な顔をして苦笑いをしながら頭を掻くブタゴリラを睨みました。
「こらこら、失礼じゃないか! ブタゴリラ君! 彼女の二つ名は、香水! 香水のモンモランシーだよ! ちゃんと覚えておきたまえ!」
「あらギーシュ。あなたもいたの」
ギーシュがブタゴリラを叱りつけると、モンモランシーはわざと彼の存在を認識したように装って素っ気なく声をかけます。
「あんた達、一体授業さぼって今までどこへ出かけてたのかしら? この間だってどこかへ出かけてたけど……」
モンモランシーはルイズ達の顔を見回します。一行がアルビオンへ向かっていた時に生徒達の間ではルイズ達が休んで外出をしていた理由について密かに噂にされていたのでした。
さらには今回もまたどこかへ無断外出していたので、一体どこへ何をしに出かけたのか噂がさらに広まったのです。
「何、大したことじゃないさ。ちょっと彼女らとガリアまでひとっ飛びね……痛だだだだっ!」
口の軽いギーシュが造花を片手に得意げに話そうとしますが、ルイズがその耳を力いっぱいに引っ張ります。
「な、何するんだね!? ルイズ!」
「今回のことは絶対に内緒よ……! 分かってるでしょうね……!? 言いふらしたりしたらタダじゃ置かないわよ……! もしバラしたりしたらキテレツの如意光で小さくして踏み潰してやるわよ……!」
ルイズは厳しい視線と表情でギーシュの耳元で囁きました。
タバサの素性やプライバシーにも関わるので、今回のことは誰にも話すことはできません。
「わ……分かったって……安心したまえよ……僕はこれでも口は堅いんだ……」
「何をコソコソ話してるのよ。ま、別に良いけどね。ギーシュがあんた達とどこへ出かけてたってわたしには関係ないもの。その平民の娘とせいぜい仲良くしてたら?」
ちらりと五月に視線を向けたモンモランシーですが、五月は彼女から睨まれて逆に困惑します。
モンモランシーはギーシュが自分にも言わないような口説き文句を言ったり、一緒にいたりする時間が割と多い五月に内心嫉妬していたのでした。
「おおい! 待ってくれたまえよ! モンモランシー! ミス・サツキのことはその勇姿を讃えただけで、そんな親密な関係じゃないんだよ! 僕が一番愛してるのはモンモランシー! 君だけさ! 僕は君への永遠の奉仕者なんだからね!」
「それじゃ、わたし忙しいから」
冷たくツンと澄まして離れていくモンモランシーをギーシュは歯の浮くような口説き文句を次々と吐き出しながら追っていきます。
キテレツ達は呆れ果てながら二人を見送りました。
「本当に懲りねえ奴」
「あれじゃストーカーだよ……」
ブタゴリラと共にため息をつくトンガリにキテレツ達も納得します。
「でも見上げた根性よねえ? モンモランシーもまんざらじゃなかったみたいだけど」
「きゅい、きゅい! 発情期のオスなのね!」
「勉三さんがユキさんにフラれちゃった時とは大違いナリね」
「あ、言えてるかも」
キュルケは肩を竦めますが、コロ助の言葉にトンガリが思わず失笑しました。
「もう放っておきましょうよ」
痴話喧嘩を続ける人間を相手にするのも面倒だと言いたげに、ルイズは軽く手を振り歩きだします。
「でも本当に大丈夫かしら? ギーシュって口が軽いし……」
「あんまり信用できないわね」
お喋りなギーシュの性格を知っている二人は今回の件をうっかり話してしまわないかとても心配していました。
「もしもの時はど忘れ玉か、忘れん帽でも使ってみるよ」
「それってもしかして、人の記憶を消しちゃうとか……そんな道具?」
「五月ちゃん、よく分かったわね」
キテレツの提案に対して呟いた五月にみよ子が驚きます。
「名前からしてそうなのかなって思っただけなんだけど……そうなのね?」
またも初めて聞くキテレツの発明品でしたが、どのような効果があるのか実際に使われるまでは想像したりもするのです。
「へえ。じゃあ、ギーシュの記憶からガリアに行ってきたことだけすっかり忘れさせられるのね?」
「良いじゃないの、それ」
「忘れん帽のシリンダーは三つあるし、万が一言い触らされてもこの学院にいる人達の数だったら十分足りるよ」
嘆息するルイズとキュルケにキテレツはしたり顔で言いました。
人の記憶を吸い取って付属のシリンダーに保管できる忘れん帽ならギーシュがうっかり口を滑らせてしまったとしてもタバサの秘密を守ることができるのです。
「おお……シャルロット様!」
キテレツ達が女子寮の入口までやってくると、ちょうど中から出てきたのはタバサの実家の執事で、今は学院に身を置くペルスランです。
ペルスランは無事だったタバサの姿を目の当たりにしただけで感極まった表情を浮かべだしました。
「よくぞご無事で……! お嬢様をお救いしていただき、皆様には何とお礼を申し上げれば……」
「良いの良いの、そんなに畏まらなくたって。それよりどう? タバサの母君のお世話はできてる?」
「はい。ツェルプストー様のお計らいのおかげでございます」
出発前にキュルケがペルスランのことをタバサが専属の執事を連れてきたと学院の給仕達に話していたおかげで彼は不自由なく動くことができたのです。
「タバサちゃんのお母さんのお世話ができるように、キュルケさんが学院のメイドさん達と話し合ってくれたのよ」
五月に説明されたタバサは微かですが安堵の表情を浮かべていました。
囚われている間も母のことを気にかけていたのですが、何も問題は無いと知って心底安心します。
「母様は?」
「奥様はたった今、お休みになられました。私はこちらの宿舎でお世話になっておりますので、ご用命の際はいつでもお呼びくださいませ。では……」
深く一礼をしたペルスランはタバサが無事であったことも含めて、嬉しさに満ちた顔のまま一行の横を通り過ぎていきました。
「きゅい、きゅい! それじゃあシルフィはここでバイバイなのね! お姉さま、今日はゆっくりお休みするのね! シルフィも子守唄を歌いに行ってあげるから! きゅい!」
唐突にはしゃぎだしたシルフィードは変身で変わっていたその姿を元の風竜へと戻していきました。
「キテレツ君! サツキちゃん! みんな! お姉さまを助けてくれて、シルフィとっても感謝感激なのね! また一緒に空を飛びましょうなのね! きゅいーっ!」
喜びと感謝の言葉を伝えて竜の嘶きを上げると、広げた翼を羽ばたかせて空へと舞い上がりました。
シルフィードが飛び去っていくのを見届けた一行は寮の中へと入っていきます。
「タバサ、あなたは母君の所へ行ってらっしゃいな」
寮塔を上がっていくと、ルイズ達の部屋がある階でキュルケがタバサの肩に手を置いて頷きました。
「そうよ、タバサちゃん。せっかくお母さんと一緒になれるんだから」
「それが良いよタバサちゃん」
「母ちゃんが病気だったら、なおさらちゃんと親孝行しないと駄目だぜ。せっかく親子水知らずになれるんだから野暮なことはしねえよ」
「それを言うなら親子水入らずでしょ」
「タバサちゃんはずっとお母さんに会いたがってたんだもの。しばらく二人きりでいるといいわ」
呆然とするタバサにキテレツ達も次々と促してきました。
大好きな母親を亡命させることに成功したのですから、まだ話せなくても一緒にいる時間を作らせてあげたいという、友人としての気遣いです。
「……ありがとう」
一行の顔を見回したタバサは小さく俯くとぽつりと礼を一言呟き、階段をさらに上がろうとします。
「本当に、ありがとう……」
足を止めて振り返ったタバサは再び一行を……特にキテレツ達を切なそうに見つめて改めて感謝の言葉を口にしていました。
「どうしたの? サツキ」
階段を上がっていくタバサをじっと微笑を浮かべつつ見つめ続ける五月にルイズが声をかけます。
「うん……お母さんとやっと一緒になれて良かったな、って思って。まだ話すことはできないけど、それだってもうすぐなんだもの」
「ママとお話ができるようになったら、きっといっぱい甘えちゃうナリよ」
「僕も早いとこあの薬を完成させないとね」
キテレツが作成中の解毒薬が完成すれば何年もまともに話せなかった肉親と本当の意味で再会することができるのです。
その瞬間が訪れればきっとタバサは嬉しさのあまり泣き出してしまうかもしれません。
タバサの辛い境遇を考えれば、もうすぐ叶う肉親との再会にキテレツ達は共感してしまうのです。
(サツキ……?)
五月の横顔を見つめていたルイズはその表情に何か違和感があることに気づきます。
タバサにこれから訪れる幸福を五月も一緒に喜んでいるのは見るからに明らかではありますが、同時にその表情がどこか切なそうにしているのが窺えました。
まるで母親と会えるタバサを羨ましがっているかのような寂しさが見え隠れしているのです。
◆
「はぁ~、しんどかった……」
「疲れたナリ~……」
ひとまずルイズの部屋へやってきた一同の中、トンガリ、コロ助はぐったりとまた床に腰を下ろしていました。
みよ子とキュルケも椅子に、ルイズはベッドに腰かけます。
「やれやれ、これでやっと落ち着けるな」
ブタゴリラもずっと背負っていたリュックを床に下ろしていました。
「みんな本当にありがとう。あのままずっと捕まってたら、タバサちゃんもお母さんと同じにされちゃってたわ」
「何ですって?」
「どこまでえげつないのよジョゼフって……タバサにまで同じ仕打ちをしようとするなんて」
感謝するみよ子の言葉にキテレツ達、特にキュルケは露骨に嫌悪の表情を浮かべます。
「けれど、もう安心だわ。ここまで来れば向こうだって手出しできないものね」
「うん。後は薬を完成させてお母さんを元に戻してあげるだけだよ」
タバサまでもが母と同じ運命を辿らずに済んだので五月も安心していました。
「でも、ずっとこの学院に置いておくってわけにもいかないし……どこかもっと安全な場所に移しておかないといけないわね」
「それはタバサの母君が正気に戻ってから考えましょう」
薬の完成までまだ一週間はかかるので、それまではタバサの母親はこの学院で匿うことになります。
まさかガリアも大胆に外国の魔法学院を襲撃してまで亡命した二人を捕まえるなどということまではしないと思われます。
「ところでキテレツ君。大事な話があるの。タバサちゃんが話してくれたことなんだけど……」
「お、聞かせてくれよ。みよちゃん」
「一体何ナリか?」
みよ子が真剣な表情になって切り出し始めたのでキテレツ達は注目して話に耳を傾けます。
キテレツ達にみよ子はタバサからアーハンブラ城で聞かされた様々な話を次々に告げていきました。
「……汚いわね。人質同然の母君の治療を餌にするだなんて」
「そんな約束を守っていたかどうかも怪しいわ」
ガリア王国はタバサの母親を治療することを条件に命令を下し、キテレツの発明品を手に入れようとしていたことを聞かされて唸ります。
キュルケは親指の爪を噛んで顔を顰めていました。
「でもキテレツ君が薬を作っていたから、お母さんを亡命させる道を選んだのね」
「とっても良い子ナリ」
「下手したら、あの子が僕達の敵になってたってことかあ……」
タバサが反旗を翻したことで今まで通りに友人として付き合うことができましたが、トンガリの言う通り最悪の場合はタバサと敵対していた可能性もあったのです。
しかし、それも人質になっている母親を守るためだったのです。命令に逆らえばきっと命は無かったことでしょう。
「けど、何でガリア王国が僕の持ってる発明品のことを知ってるんだろう?」
「それもちゃんと理由があるの。タバサちゃんに命令をした人は、あのシェフィールドっていう人なのよ」
「シェフィールド……? シェフィールドですって!?」
みよ子の口から出た名前にルイズが驚き、立ち上がりました。
「誰だっけ、そいつ」
「忘れたの? 熊田君。ほら、アルビオンへ水の精霊の指輪を取り返しに行った時に、クロムウェルの近くにいた人じゃない」
「ああ、確か怖そうなオバさんだったっけな」
完全に忘れていたブタゴリラに五月が説明しますが、よく覚えていないブタゴリラはどんな顔をしていたのか思い出せません。
「タバサちゃんが言ってたんだけど、シェフィールドはジョゼフの側近らしいんですって。レコン・キスタの反乱もガリア王国が関わっているって言ってたわ」
「それじゃあ、レコン・キスタの黒幕はガリア王国なの!?」
「あのオバさんがスパイだったって訳なのか」
まさか今、空の上のアルビオン大陸を王家を転覆させて乗っ取ったレコン・キスタの裏にハルケギニア最大の王国が関わっているなんて考えもしませんでした。
「キテレツ君の発明品のことを知ってたのも、アルビオンでシェフィールドが見ていたからよ。向こうに残した天狗の抜け穴も手に入れて持ち帰ったみたい」
「そうだったのか……」
みよ子からの話を聞いてキテレツは深刻そうに頷きます。
キテレツの発明品の効果を実際に見て知ったシェフィールドがジョゼフに報告をしたために今度はそれを狙ってきたのです。
しかも既にその一つである天狗の抜け穴を回収されていたとなると、非常に困ったことになりました。
奇天烈斎の発明品を悪人に利用されてしまうのは決してあってはならないことですが、既に敵の手に渡ってしまったのは最悪でした。
「でもさ、ジョゼフ王は何のためにわざわざ他の国にちょっかいかけてそんなことしてるんだろう? 五月ちゃんはどう思う?」
「う~ん……」
トンガリに聞かれて五月も頭を悩ませますが、さっぱり相手の目的が分かりません。
「そこまでは分からないよ。でもジョゼフがレコン・キスタを操って何かを企んでいるってことだけは確かなんだ」
「レコン・キスタとガリア王国でトリステインやゲルマニアを挟み撃ちにしようってんじゃないでしょうね……」
みよ子から明かされたレコン・キスタの秘密にキテレツ達は驚くと共に目的についてそれぞれ考えます。
ガリア王国は中立を表明していますがキュルケの推測通りのことを企んでいるのかもしれません。
「だったら、今すぐにでも姫様にこの事実を伝えないと……!」
「やめときなさいルイズ。やったって意味ないわ」
奮い立つルイズをキュルケがため息交じりに制しました。
「何でナリか?」
「残念だけど、ガリアがレコン・キスタと裏で繋がっているっていう決定的な証拠がないわ。そのシェフィールドだって偽名かもしれないんだし、ただレコン・キスタにその女がいるってだけじゃ証拠としては弱すぎるわよ。ガリアが何を考えてるのか分からないけど、自分達の存在を上手く隠しているわ」
キュルケの言葉に一同は言葉を失いました。
せっかく真の敵の正体が分かっているというのに、手出しができないのは非常にもどかしいです。
「ちきしょう、今すぐにでもそのヨーゼフってやつを叩きのめしてやりたいのになあ」
「ジョゼフ王でしょ? おっかないこと言わないでよブタゴリラ」
舌打ちをして悔しがるブタゴリラにトンガリは青ざめました。これ以上、下手に喧嘩を売ればただでは済みません。
「カオル、それも諦めるしかないわ。相手が大国である以上、あたし達だけじゃ手の出しようがないもの」
「もうっ! 腹が立つわね!」
ルイズもブタゴリラと同様の思いで地団駄を踏みます。
「でも、裏で操っているていうことはこれからレコン・キスタを使って何かしてくるのかもしれないよ。用心するに越したことはないね」
トリステインとアルビオンは不可侵条約を結んだという報せが伝わっていますが、キテレツの言う通りにこのままで終わるとは到底考えられませんでした。
◆
既に寝静まった深夜になった頃、寝巻に着替えていたルイズは鏡台に向かっていました。
少し前、ルイズはキュルケと共に五月、みよ子と魔法学院の浴場へと入ってきた所なのです。
今回のアーハンブラ城までの旅で疲れた二人を自家製の露天風呂ではなく、この魔法学院の大浴場で疲れを取らせてあげたかったのでした。
香水の混じったお湯に浸かっていた五月とみよ子は本当に気持ち良さそうにして入浴を楽しんでいました。
その時の五月のゆったりとした表情をルイズは今でもはっきり覚えています。よほど気持ち良かったに違いありません。
ブラシで髪をすいていたルイズは小さくため息をつきます。
「サツキも、お母様に会いたいのかしら……」
ルイズが今考えているのは、五月達のことです。
数時間前に垣間見た五月の寂しそうで羨ましそうな表情で、一体どんな思いを抱いているのかが気になったのでした。
「そうよね……あの子達だって本当は家に帰りたいんだもの」
浴場で五月は今も二人きりでいるはずのタバサと母親のことを事あるごとに話していました。
その時の五月やみよ子も、親子水入らずのタバサの安堵と幸せをまるで自分達のことのように嬉しそうに語っていたのです。
ルイズはあの二人が母親と一緒にいられるタバサのことをとても羨ましがっていることを察していました。
(もうすぐお別れだけど……仕方がないわよね)
しかし、五月達ももうすぐその願いが叶います。新たな冥府刀が完成すれば、異世界にある故郷へ帰れるのです。
そうすれば夢にまでみた家族と再会が果たせます。その時は刻一刻と迫っていました。
「絶対、さよならなんて言わないもん……」
友達になった子供達と別れるのは辛く、寂しいことですがその時が必ず訪れる以上、ルイズは覚悟を決めていました。
改めて、かつて五月と交わした約束を反芻します。
「誰?」
突然、部屋の扉をノックする音がしたためにルイズは声をかけます。
しかし、何にも返答が無いので立ち上がると、扉の方へと向かいました。
「……タバサ? どうしたのよ、こんな時間に」
開けた扉のすぐ外にいたのは寝間着姿のままのタバサでした。相変わらず杖だけは肌身離さず持っています。
「あなたに話がある」
妙に真剣な様子のタバサにルイズは戸惑いますが、とりあえず話を聞くことにします。
「明日になったら、冥府刀の材料を集めに行く。手伝って欲しい」
「何なのよ、急に?」
唐突すぎるタバサの言葉にルイズはさらに困惑してしまいます。
どうしていきなりこのようなことを言い出すのかルイズにはタバサの意図が理解できません。
「また何か起きる前に、キテレツ達を元の世界に帰す。これ以上、あの子達を危険なことに巻き込んでは駄目」
続けられたその言葉にルイズは納得しました。
タバサはキテレツ達の身を心配しており、このハルケギニアでまた何か面倒なトラブルや騒動が起きる前に故郷へ帰したいというのでしょう。
確かにルイズとしてもあまりキテレツ達が面倒なことに巻き込まれたりするのは好ましく思っていません。
「あの子達には帰るべき場所がある。……そこで帰りを待っている人達がいる」
「……タバサ?」
突然、俯いたタバサの表情がルイズも見たことがないほどに苦悩に満ちたものへと変わっていきました。
「ミヨコも、サツキも……みんなお母さんに会いたがっている。……本当なら今すぐにでも帰りたいはずなのに無理をしてる」
その言葉を聞いてルイズは愕然としました。
まさにその通りです。キテレツ達がいるべき場所はこのハルケギニアではなく異世界の表野町という故郷であり、本来はそこへ帰らなければならないのです。
この世界にいる間、故郷の家族に会うことができないキテレツ達の孤独と辛さは相当なものであり、早く家に帰りたいと思っているはずでしょう。
だから五月はあんなに寂しそうな顔で、タバサのことを羨ましがっていたのです。
「……来て」
「え?」
タバサはルイズの手を引いて女子寮の外へと連れ出していきました。
夜の中庭を進み、辿り着いた先はキテレツ達が泊まっているはずの平民用宿舎です。
「どうしてここまで来るのよ? サツキ達はもう寝てるはずよ?」
学院の浴場から出た後に五月とみよ子は「おやすみ」と声をかけて別れていました。本来なら夜中なのでもう誰もが就寝しているはずです。
しかし、タバサはルイズの手を引いたまま中に入っていき、キテレツ達が使っている部屋の前までやってきました。
やはりキテレツ達はもう眠りについているようで、とても静かです。
「珍しくカオルが静かね……」
ブタゴリラのやかましい鼾が聞こえないので意外に感じますが、タバサは扉を開けて中へと入っていきました。
そこではベッドに眠る五月とみよ子、そして床の上で毛布をかけて残る四人が静かに寝息を立てています。
「ママ~……」
「母ちゃん……」
ふと、トンガリとブタゴリラがそのような寝言を呟きだしました。
恐らく、故郷で待っている家族の夢を見ているに違いありません。
「ママ……」
ベッドで眠っているみよ子もうわ言のように呟いています。
アーハンブラ城でも垣間見たその姿を目にしていたタバサの表情が曇っていきました。
「お母、さん……」
五月も恋しそうに、不安な声で寝言を呟くのがはっきりと聞こえました。
普段の活気に溢れる五月ではあり得ないほどの弱々しさにルイズは絶句してしまいます。
(サツキ……)
五月が……キテレツ達がどれだけ強い望郷の思いを抱いているのかをルイズ達は今、はっきりと目にしました。
いつもの元気な姿からは故郷に帰ることを割と楽観的に考えているのかとも思っていましたが、そうではなかったのです。
タバサの言う通り、キテレツ達は相当に無理をしていたのでしょう。
ルイズが故郷へ帰る手段を潰してしまってから、何とかこの異世界で生き抜こうとしていたキテレツ達は心を安定させるために、なるべく故郷のことを思い出さないように心に鍵をかけていたに違いないのです。
それでも望郷の想いは常にその心にあり、ふとしたことで抑えられていた想いが強く蘇ることもあったはずです。
キテレツの先祖の奇天烈斎の痕跡を追っていた時や、母と一緒になれるタバサのことを羨ましがっていた時はそうだったことでしょう。
きっと、自分達の知らない所ではこのように故郷を、家族のことをとても強く恋しくしていたに違いありません。
そのことを思うと、帰る手段を奪ってしまったルイズの心には強い罪悪感が湧き上がっていました。
「もうすぐ……帰るからね……お母さん……」
(大丈夫よ、サツキ。きっと、あたしが家に帰してあげるわ……)
そのために自分達がこれからキテレツ達のために何をしてあげなければならないのかを、タバサと視線を交わしたルイズは頷き合いました。