アーハンブラ城の中庭は今、大混戦でした。城門を突き破った何百もの青銅のゴーレム、ワルキューレの大軍が次々と雪崩れ込み、警備をしている鉄騎隊達が次々に迎え撃っていたのです。
最初にギーシュは錬金で二体のワルキューレを作りました。それらをキテレツの分身機を使うことで計四体のワルキューレへと増やしたのです。
増えたワルキューレらにも分身機を使って倍に増やし……また倍に増えたワルキューレをさらに倍に増やす……その作業を何回も繰り返して最終的には512体ものワルキューレの大軍になったのでした。
『五月ちゃんをいじめるなーっ!』
ワルキューレの大軍に混じっていた五月は鉄騎隊の振り下ろした斧槍を頭上にかざした三叉の槍で受け止めていましたが、ズボンのポケットに入れてあるトランシーバーからトンガリの声が大音量で響いてきます。
五月の背後では二体の鉄騎隊が膝よりも小さなカラクリ人形、カラクリ武者と激しく槍と刀をぶつけ合っていました。
鬼のような表情のカラクリ武者はクイックアクション機能で鉄騎隊達の攻撃に的確に、迅速に反応して反撃します。
『ワルキューレ達よ! ミス・サツキを守るのだ!』
空中から飛び降りてきた二体のワルキューレが短槍や剣を手に鉄騎隊の背後から飛び掛かりました。
いつもよりどこかふわふわと軽い挙動のワルキューレの攻撃を受けて鉄騎隊はぐらつきます。
「カ・ラ・ク・リ・ム・シャ……!」
そこへ飛び上がったカラクリ武者が刀を横へ一閃させました。
鉄騎隊達の首がポロリと綺麗に斬り落とされ、首の無くなった体はバタリと倒れ伏していきます。
「んんんんんんっ……はあっ!」
腕に巻いている万力手甲は五月が力を込めるのに反応して、腕力を更に急激に上昇させていきました。
それまで押されていた五月は一気に鉄騎隊の槍を押し出し、逆に弾き飛ばしてしまいます。
トンガリ達は今、アーハンブラ城の正門脇の城壁の隅に隠れていました。
キテレツから預かった分身機で大軍にしたワルキューレを操る必要があったためにギーシュのゴーレム操作が行える範囲まで近づかなければならなかったのです。
五月は隠れているギーシュ達が見つからないようにするためにも注意を引きつけるためにワルキューレ達と共に囮役となったのでした。そのためにキテレツの発明品やブタゴリラが持ってきた鉄騎隊の槍で装備を整えているのです。
さらに猛反対していたトンガリが五月の護衛役としてカラクリ武者を同行させるようにキテレツに頼み、今も必死にリモコンを操作しています。
中庭の状況はキテレツから預けられた蜃気楼鏡からの映像ではっきりと把握ができていました。
『行け! ワルキューレ!』
ワルキューレ達がふらつく鉄騎隊に次々と飛び掛かりましたが、剣と槍は刺さらないどころか逆に折れてしまいました。
分身機によって数こそ増えはしましたが質量や密度もその分大幅に減っているので、紙のように軽くなって素早く動けますがパワーは子供の五月以下となっているのです。
強靭な鋼鉄の体を持つ鉄騎隊達には元が青銅で、しかも分身して耐久力も落ちているワルキューレでは怯ませることはできても倒すことはできません。
数では勝っていても質が悪いので、周りのワルキューレ達は次々に鉄騎隊に倒されていきました。
「はっ!」
上空から魚型ガーゴイルに騎乗している鉄騎隊達が槍の先から稲妻を放ってきます。
カラクリ武者はトンガリの操作で素早く蛇行しながら避け、五月は頭上に飛び上がってかわします。ワルキューレ達は稲妻をまともに食らって砕かれてしまいました。
五月は頭上に浮かべている空中浮輪によって空中に浮かび上がると、腰の電磁刀を手にしてスイッチを入れます。
「はあっ!」
鉄騎隊達が稲妻を次々に放ってきましたが、五月はその場でくるりと宙返りをして器用にかわしていました。
さらに追撃で放たれた稲妻を左手の電磁刀で受け止め、防いでしまいます。
「それっ!」
右手の槍を突き出すと、穂先から鉄騎隊達と同じように強烈な稲妻が放たれました。
マジックアイテムらしいこの槍をここまで来る道中で調べていたために使い方が分かり、稲妻を放つには強く念じれば良いのです
五月の放った稲妻を鉄騎隊達を乗せるガーゴイルが左右に分かれて避け、外れた稲妻が城壁に命中して一部を砕きました。
「こっちよ!」
飛び込むように高度を下げて中庭を飛ぶ五月を鉄騎隊達の乗ったガーゴイルが追いかけてきました。
真下ではワルキューレ達と鉄騎隊達が激しくぶつかり合っており、カラクリ武者も複数を相手に互角に渡り合っていました。
カラクリ武者は鉄騎隊達を何体か倒していっていますが、ワルキューレはフワフワした動きで翻弄したりはするもののすぐに槍で串刺しにされたり、稲妻で砕かれていっては返り討ちにされていきます。
「おっと!」
上空の鉄騎隊達が五月に次々と連続で稲妻を放ってくるので、五月はそれを左右に細かく動いてかわしていきました。
「やああっ!」
体を捻って後ろを向いた五月は電磁刀を力いっぱいに薙ぎ払って放たれた稲妻を打ち返します。
180度方向を変えて次々と跳ね返されていった稲妻を浴びた鉄騎隊達は騎乗するガーゴイルもろとも焼き焦がされて墜落しました。
「くっ!」
しかし、すぐに別の鉄騎隊が一気に突撃してくると五月は突き出されてきた槍を電磁刀で受け止めます。
弾かれても怯まずに絶え間なく槍を突き出してくる鉄騎隊に五月は宙を流されながら防御を続けました。
電磁刀で槍を弾き、自分の槍を突き出すのを鉄騎隊も槍で弾いてくるので中々勝負がつきません。
「んんっ……! それっ!」
互いの三叉の穂先がぶつかり合って相手の動きが止まると、五月はすかさず電磁刀を突き出しました。
胸を突かれた鉄騎隊に電気ショックが炸裂し、ガーゴイルからずるりと崩れ落ちて落下します。
「何とか忍び込めたみたいね……」
一度浮上した五月はちらりと城の中庭から階段で続いている天守の方を見やりました。
何百もの鉄騎隊達がワルキューレ達と戦闘を続けている中庭に対して天守の方には鉄騎隊が一体もいません。
完全に警備が手薄になった天守の一角に見えるテラスには何人もの人影が柱に隠れ移っているのが分かります。
キテレツ達はアーハンブラ城の裏側の丘の麓で待機しており、頃合いを見計らって城の中に潜り込む手筈になっていました。
五月達が囮になって鉄騎隊達の注意を引きつけたことでキテレツ達は安全に潜り込むことができるのです。
「ルイズちゃん?」
キテレツ達が城の中へ入りこもうとしている中で、ルイズだけはこちらを振り向いているのが分かります。
何やら焦った様子で大声を出そうとしているのをキュルケに口を塞がれており、暴れつつも中へと引き摺られていきました。
その意味を五月は即座に理解します。
「……っと!」
身を翻しながらさらに浮上すると、すぐ真下を鉄騎隊の乗ったガーゴイルが猛スピードで通過していったのです。
さらに頭上には別の鉄騎隊が二体待ち構えており、槍を構えて降下してきました。
五月は器用に身を捻ってかわすと、逆さの体勢のまま手にする槍を突き出して稲妻を放ちます。
反転しようとするガーゴイルの一体に命中すると稲妻が炸裂し、鉄騎隊を乗せたままフラフラと墜落していきました。
「もうこんなに……!?」
キテレツ達がみよ子達を助け出すまで、可能な限り鉄騎隊達の注意を引きつけなければなりません。
しかし、下の中庭を見ればもうワルキューレ達は鉄騎隊にほとんどやられてしまっており、既に100体以下にまで数を減らしていました。
カラクリ武者は相変わらず何人もの鉄騎隊達を同時に相手にしつつも、奮戦し続けています。
このままではカラクリ武者に鉄騎隊が集中してやられてしまうかもしれません。最終的には自分に攻撃が集中してしまいます。
「あ……!」
五月が苦い顔を浮かべていると、城門の方から唐突に新たな大軍が一気に中庭へと押し入ってきました。それは100体近い数のワルキューレです。
恐らく、ギーシュが新たにワルキューレを作り出してそれを分身機で増やしたのでしょう。
まだ残っているワルキューレを相手にしていた鉄騎隊達は増援で現れたワルキューレも迎え撃とうと突撃していきました。
「もっと時間を稼がないとね……!」
対峙する空中の鉄騎隊達が放った稲妻を五月は電磁刀を構えて受け流し、自分の槍からも稲妻を放ちます。
鉄騎隊の一体に稲妻が炸裂し、ガーゴイルもろとも真っ逆さまに墜落していきました。
◆
五月達が中庭でアーハンブラ城の外を警備していた鉄騎隊達を引きつけている間に、キテレツ達六人は裏側の丘の麓からここまで上がってきていました。
キテレツとブタゴリラ、コロ助は空中浮輪で、キュルケは飛べないルイズの手を引いてレビテーションを使って浮かび上がったのです。
変身を解除しないままのシルフィードは先住魔法の力を使うことで自力で浮き上がり、一行に付いてきました。
そうして潜り込んだアーハンブラ城の内部はまさに迷路でした。しかも廃城なので所々が崩れており、行き止まりも多いです。
キテレツ達は城内の廊下を、キュルケのマントを羽織るシルフィードを先頭にして進んでいきました。
「本当にこっちなのかよ」
「きゅい、きゅい! こっちからお姉さまの匂いがするのね! くんくん!」
「う~ん。ワガハイには全然分からないナリ」
斧槍を手にするブタゴリラが怪訝そうに尋ねますが、シルフィードは自信たっぷりに答えました。
シルフィードは城内に入った時からタバサの匂いがすると言いだして自ら先導していたのです。
「主人の匂いが分かるのかしら」
「今はシルフィードに頼るしかないわ。下手に動き回って探すよりは確実よ」
元々が風韻竜であったシルフィードならば嗅覚も人間より優れているはずなので、タバサの匂いを感じ取ったことは間違いないでしょう。
ルイズもキュルケもシルフィードの使い魔として、幻獣としての嗅覚を信じることにしました。
「犬みてえだな」
「きゅい! 失礼なのね! シルフィは犬なんかよりもずっと鼻が良いのね! 一緒にしないで欲しいのね! きゅい、きゅい!」
「早くみよちゃん達を助け出して、五月ちゃん達も迎えに行かないとね」
「サツキ……大丈夫かしら」
シルフィードがブタゴリラに癇癪を起こす中、ルイズは心配そうにため息をつきます。
先ほどテラスから中庭で陽動のために戦っている五月を目にしたルイズは鉄騎隊が襲い掛かろうとしていたのを見て思わず叫びそうになったのでした。
大声を出したら見つかってしまいますが、それを間一髪キュルケに止められたのです。
それでもルイズは五月の身に危険が迫っているのを黙っていることなんてできませんでした。
『えーっと、これで良いのかな? ……あ、あーっ……ただいまテスト中。もしもし、君達聞こえるかい?』
キテレツが持っているトランシーバーからギーシュの声が聞こえてきます。
「どうしたんですか?」
『君らが城の中に入るのを見たもので気になってね。そっちは大丈夫かい?』
蜃気楼鏡でアーハンブラ城を俯瞰していたギーシュもキテレツ達が城内に潜り込むのを見ており、気になって連絡したのです。
トランシーバーの使い方が今いち分からないギーシュは操作に手間取りつつも交信していました。
「はい。こっちは何とか……あっ」
「ギーシュ。そっちはどうなの? 囮はしっかりできてるの?」
キテレツからトランシーバーを取り上げたルイズは落ち着かない様子で呼びかけました。
『もちろんだとも。たった今、増援を100ばかり追加させたばかりさ。連中はこっちに釘付けだよ。僕のワルキューレはキテレツ君のガーゴイルと一緒に連中を翻弄しているのさ。なあ、トンガリ君』
『うるさいなっ! 邪魔しないでよ! こっちは忙しいんだから! 五月ちゃんが危ないんだからね!』
誇らしそうに喋っていたギーシュでしたが、トンガリは普段では考えられないほどの激しい剣幕で怒声を上げていました。
ギーシュは隣で夢中になってカラクリ武者のリモコンを操作しているトンガリを見つめたまま呆気に取られます。
その凄まじい剣幕にはキテレツ達までもが耳を塞いで黙り込んでしまう始末です。
「一番うるさいのはあんたの方でしょ! いきなり叫ばないでよ!」
「あんたまで怒ったって仕方ないでしょうが」
ルイズまでもが癇癪を起こしてしまいますが、見かねたキュルケがトランシーバーを取り上げてキテレツに返しました。
『ま、まあ……と、いうわけなんだ。こっちの首尾は上々だよ。早くタバサ達を助けてくれたまえ』
「分かりました。何かあったらすぐにまた連絡してください」
「キテレツ! キテレツーっ!」
交信を終えようとした時に突然、コロ助が慌てだします。
「来た! 来たナリよーっ!」
「きゅい、きゅいーっ!」
コロ助が指差す廊下の先からは次々と何体もの鉄騎隊達が槍を手に猛然と駆け寄ってきます。
今の騒ぎを聞きつけて、城内に残っていたのが集まってきたのでしょう。
「でやがったな! デッキブラシ!」
「鉄騎隊よ! ファイヤー・ボール!」
身構えつつも言い間違えをするブタゴリラに突っ込んだキュルケは即座に呪文を唱えて杖から炎球を放ちました。
「コロ助! 羽うちわを!」
「う~ん……とりゃあっ!」
コロ助は持っていた羽うちわを振りかぶり、力いっぱいに扇ぎます。
廊下に強烈な突風が吹き荒れますが、力持ちのブタゴリラほどではありません。鉄騎隊達を吹き飛ばしはしますが、すぐに起き上がって向かってきました。
「おら! こいつを食らえ!」
ブタゴリラが振りかぶった槍を突き出し、穂先から稲妻を放ちます。
キュルケとブタゴリラの攻撃で鉄騎隊達は次々と焼き焦がされて倒されていきました。
「きゅい、きゅいーっ! 後ろからも!」
シルフィードが叫ぶ中、来た道からも鉄騎隊達が現れて押し寄せてきたのです。
これでは完全に挟み撃ちです。何とかしなければ進むことも逃げることもできません。
「わ! ルイズちゃん!」
「ちょっと貸しなさい! えっと……これね!」
ルイズはキテレツが背負っているリュックの中を強引に物色し始めると、中から即時剥製光を取り出していました。
「わわわっ! どっちをやれば良いナリかー!?」
「えいっ!」
コロ助が前後をきょろきょろと見回しておたつく中、ルイズは剥製光を構えて引き金を引きます。
放たれた光線が鉄騎隊に命中し、ピタリと銅像のように硬直して剥製と化してしまいました。
「危ないナリ! それっ! それっ!」
それでも倒しきれない鉄騎隊が目前まで迫って来るのでコロ助は必死に羽うちわを振り回します。
小刻みに吹く突風が鉄騎隊達の動きをその場で押さえつけてしまい、前に進むことができないでいました。
「このっ! このっ!」
その隙にルイズは剥製光を次々に連射して鉄騎隊達の動きを止めていました。ブタゴリラ達も鉄騎隊を退けようと必死になっています。
そんな中でキテレツは床に置いたケースを開けて発明品を取り出している最中でした。
「きゃあっ!」
「ルイズちゃん!?」
迫ってくる鉄騎隊の一体が放った稲妻が剥製光に命中し、ルイズは手に走る衝撃に思わず悲鳴を上げます。
弾き飛ばされて落ちた剥製光は稲妻で焼き焦がされ、完全に壊されてしまいました。
「やったわね! ファイヤー・ボール!」
手を押さえつつも鉄騎隊達を睨むルイズは杖を手にして呪文を唱えました。
それでキュルケのように火球が出ることはなく、代わりに鉄騎隊達を包み込むように爆発が起きます。
魔法そのものは失敗でしたが、鉄騎隊達を倒すには十分の威力でした。爆風の中からはバラバラになった鉄騎隊の残骸が飛び散っています。
「すごいナリ! ルイズちゃん!」
コロ助に褒められるルイズですが失敗の爆発を称えられてもあまり嬉しくないため、複雑な顔をしました。
「よっしゃ! 行くぜ!」
「強行突破するわよ!」
ブタゴリラ達が鉄騎隊達を退けて突破口を開くいたため、ようやく前に進めるようになりました。
急いでみよ子達を見つけて助け出さないと自分達も捕まってしまいます。
「シルフィードさん! これを持ってて!」
「きゅい!? 分かったのね!」
キテレツはリュックとケースをシルフィードに渡すと、如意光で大きくしていた光線銃付きの脱時機を背負いだしました。
「ねえ、キテレツ。その如意光をあたしに貸して!」
「はい。赤いスイッチを押せば小さくできる光線が出せるから!」
ルイズに如意光を渡し、六人は急いで廊下を駆けていきます。
分かれ道となればシルフィードの嗅覚を頼りにタバサ達の居場所を正確に探って進みました。
「邪魔よ!」
一行を阻むかのように現れた鉄騎隊達にルイズが如意光から赤い縮小光線を放ちます。
光線を浴びた鉄騎隊達はみるみる内に小指ほどの大きさに小さくされていました。
立ち止まることなく走り続ける一行は鉄騎隊を踏み潰しながら先を行きます。
「おっと! させるかよ!」
「そおらっ!」
ルイズの如意光をかわして飛び掛かってきた鉄騎隊をすかさずブタゴリラの稲妻とキュルケの炎が撃ち落としていました。
「くんくん。この上なのね!」
「まだ追ってくるナリ!」
一度立ち止まらないといけない時には来た道から鉄騎隊達がしつこく追いかけてきました。
「あんなに大勢来やがったぞ! やるか!?」
「待って! 僕に任せて!」
槍を手に身構えるブタゴリラですが、キテレツは脱時機の光線銃を迫ってくる鉄騎隊達に向けて引き金を引きます。
銃口からは何にも放たれはしませんが、鉄騎隊の一体が突然光に包まれてピタリと動きを止めていました。
キテレツが引き金を引く度に鉄騎隊は次々と同じように光に包み込まれていきます。
「どうなってんの?」
「そのマジックアイテムって確か、時間を止められるって言ってたわね」
目を丸くするルイズですが、アルビオンでのキテレツの説明をキュルケは覚えていました。
「あいつらの時間を止めたのさ。これならかなり時間は稼げるよ」
脱時機からの不可視光線を浴びた対象は特殊なバリアに包み込まれて、その時間を止められてしまうのです。
さらに後ろから新手が現れますが、前にいるバリアに包まれた鉄騎隊にぶつかった途端に光に包み込まれて同じように止まってしまいました。
バリアに包まれている対象に触れるとそのバリアが伝搬してしまうのです。
来た道にはバリアに包み込まれて時間を止められた鉄騎隊達で埋め尽くされていきました。
「早く来るのねーっ!」
小さな階段を上がっていくシルフィードに手招かれて一行はさらに上の階を進んでいきます。
道中では数こそ少なくなった鉄騎隊達の襲撃と追跡は止むことはありませんでしたが、キテレツ達は発明や魔法を駆使して退けていました。
◆
アーハンブラ城から遥か東に離れた首都リュティスのヴェルサルテイル宮殿の一室で、ガリア王ジョゼフは椅子に体をゆったりと預けて執務机に向かっていました。
机の上にはスタンド付きの鏡が一つ置かれ、ジョゼフはそれに見入っています。
「はっはっはっ! これはまた大胆なことをするものだ! キテレツは!」
遠見の鏡に映し出される光景を眺めていたジョゼフは豪快に笑いだしました。
そこには東の果ての砂漠の廃城での様々な出来事が映っているのです。
「しかし、あの平民の娘は実にやるではないか。我らの鉄騎隊を相手にあそこまで渡り合うとはな」
中庭で鉄騎隊とぶつかり合っている青銅のゴーレムの大軍の頭上を飛び回る一人の少女の勇姿にジョゼフは素直に褒め称えます。
彼女はさらに城壁の壁を駆け回って鉄騎隊の追撃をかわし、手にする光の剣を振るって次々に攻撃を受け流していき、軽やかに宙へ身を翻しながら舞い上がり、大胆にもその剣を鉄騎隊に叩き込んでいました。
「まるで神の左手、ガンダールヴではないか」
少女の動きと戦闘能力はまさしく超人と呼ぶに相応しいものです。並のメイジでは絶対に歯が立たないことはジョゼフもすぐに理解できました。
映像が変わると、数人の少年少女達が城内で鉄騎隊達を相手に奮戦する光景が浮かんできます。
数々の不思議なマジックアイテムを駆使して次々に鉄騎隊を退けていきますが、それらはジョゼフも唸らせるほどの代物ばかりでした。
そうしてジョゼフが楽しんでいると、執務室の扉が開かれて一人の黒ずくめの女が入ってきます。
「ミューズか」
ジョゼフが従えている神の頭脳と呼ばれる女、シェフィールドでした。
「どうだ? ヨルムンガントの製作は順調か?」
「はっ。十日以内には完成させることができます。ビダーシャル卿の協力のおかげで、難題も容易く突破できました」
ジョゼフの隣にやってきたシェフィールドは恭しく頷いて報告を行います。
「そうか。ビダーシャル卿には感謝せねばならんな。奴がおらねば新しいオモチャも完成せぬわ」
エルフのビダーシャルは現在、アーハンブラ城とは全く別の場所で作業を行っています。
ジョゼフはビダーシャルにアーハンブラ城に幽閉している姪の心を狂わせる薬の製作を命じると同時に、海沿いの街、サン・マロンの実験農場でのガーゴイル製作に協力させていました。
ビダーシャルは定期的にアーハンブラ城とサン・マロンを天狗の抜け穴のチョークで行き来しているのです。
「それよりも見るがいい。ミューズよ。キテレツ達がついに来たぞ! 余もここまで驚かせるとは」
子供のようにはしゃぐジョゼフに対して、シェフィールドは険しい表情を浮かべて遠見の鏡の映像を見つめました。
(こんなにも早く……)
たったの数日で裏切り者と共に捕えた仲間の居場所を突き止めるだけでなく辿り着くなどというのは異様としか言えません。
キテレツが持つマジックアイテムを使ったのは明らかですが、改めてその能力を脅威に感じてしまいます。
現に今も、シェフィールドが初めて目にするマジックアイテムを使って鉄騎隊達を容易く退けているのですから。
「しかし、そろそろお遊びは終わりにせねばならんな。ミューズよ」
ジョゼフに声をかけられたシェフィールドはその場で跪いて頭を下げます。これから主が何を命じようとしているのかは彼女も察することができました。
「ビダーシャル卿に伝えるのだ。アーハンブラ城に忍び込んだ敵を捕えよとな」
「御意」
リュティスからサン・マロンの街まではかなり距離がありますが、天狗の抜け穴の力を使えば一秒で着いてしまいます。
位置を調整すれば一番近い地点同士を繋げて移動ができるので、この宮殿を経由してアーハンブラ城とサン・マロンの街を行き来できるようにしているのでした。
現にシェフィールドもつい先ほどまではそのサン・マロンから天狗の抜け穴を使って戻ってきたのです。
「さて、キテレツよ。次はどう出る? お前の持つマジックアイテムの力、とくと拝ませてもらうぞ」
◆
「みよちゃーん!」
「タバサ! どこにいるの!」
「お姉さま、お姉さま!」
「返事しろよ! 助けにきたぜー!」
二人が幽閉されている場所はもうかなり近いはずです。
キテレツ達は鉄騎隊を呼び寄せてしまう危険も顧みず必死に呼びかけていました。
「ここよ! キテレツ君! あたし達はここにいるわ!」
すると、キテレツ達の呼びかけに答えてみよ子の声がはっきりと聞こえてきました。
一行は声がした方へシルフィードの嗅覚を頼りにして向かい、ある部屋の扉の前で止まります。
鍵はかかっておらず中に入ると、そこはどうやら使用人用の小部屋のようでした。小さなベッドや鏡台が置いてあるだけの小ぢんまりとした部屋です。
「タバサの杖だわ」
鏡台の傍にはタバサが使っていた節くれだった大きな杖が立て掛けてあるのをキュルケは見つけました。
それは間違いなく、ここに友人がいる証拠でした。
「キテレツ君! こっち! こっちよ!」
さらに奥には扉が続いており、そのすぐ向こう側からドンドン、と扉を叩く音とみよ子の声が聞こえていました。
六人は奥に見える立派な造りの扉の方へ向かいます。
「みよちゃん! ……あ、あれ。開かないな……」
「ふんっ! ぬぬぬぬ……! か、鍵でもかかってんのかよ……!」
「か、固いナリ~……!」
キテレツ達が扉を開けようとしますが、まるでびくともしません。
「よおし……」
キテレツはリュックから二本の針金を取り出すと、それを鍵穴へと差し込みます。
「きゅい~?」
「あんた、鍵を開けられるの?」
「構造が簡単だったら良いんだけど……」
シルフィードとルイズが後ろで見守る中、キテレツはカチャカチャと針金を動かしていきます。
度々発明をしている都合上、手先がとても器用なキテレツは針金を使って鍵を開けることもできるのです。
「早くしろよ、キテレツ」
数分ほど一心不乱にピッキングで鍵を開けようと試みるキテレツですが、一向に開錠される気配はありません。
「駄目だ……構造が複雑すぎて針金程度じゃ開かないよ」
「注射錠はないナリか? キテレツ」
「チュウシャジョウ? それで鍵を開けられるっていうの?」
音を上げてしまったキテレツに尋ねるコロ助にルイズは目を丸くしました。
注射錠はどんな複雑な構造の鍵でも簡単に開錠することができる液体なのです。
「新しく作ってなかったからね……あれなら一発で開けられたかもしれないのになあ……」
しかし、あの道具は悪用されてはいけないため、必要な時のみに必要分だけを用意するようにしていたので、残念なことに今は手元にありません。
「もう、ここまで来て扉一つ開けられないなんて! しっかりしなさいよ!」
「ちょっと待って……」
ルイズが声を上げる中、キテレツ達をどかしたキュルケは杖を振り、ドアノブに小さな光の粉を少しだけ舞い散らせました。
魔法探査のためのディテクト・マジックです。
「……ロックの魔法がかかってるみたいね。ロック自体はドット程度の弱いものだけど、普通に開けるのは無理だわ」
扉に触れて呟くキュルケは手にしているタバサの杖を見ます。
トライアングルクラスのタバサでも、杖が無ければみよ子と同じで魔法の使えないただの人です。それではこの戒めの魔法を解くことはできません。
魔法が使えなくなった無力な人間を閉じ込めておくには十分すぎる錠前でした。
「何とかなりますか?」
「ドットくらいだったらあたしが……」
意気込んで前に出ようとしたルイズですがキュルケに押し留められていました。
キュルケは軽く一息をついてコモン・スペルの呪文を唱えると、静かに杖をノブに振り下ろします。
トライアングルクラスのアンロックの魔法が下位のロックの魔法を打ち消し、カチャリと錠の外れる音を立てて、扉の鍵は呆気なく解除していました。
「みよちゃん!」
「タバサ!」
一行が部屋に飛び込むと、そこには二人の少女が佇んでいました。窓際で外を眺めていた方は闖入者のキテレツ達に気付いて振り向きます。
「……キテレツ君!」
目の前にいたみよ子の表情は見る見るうちに嬉しさに満ち溢れたものへ変わっていき、じんわりと涙を目元に浮かべていました。
「うわっ!?」
「……良かった! 来てくれたのね!」
いきなり抱きついてきたみよ子にキテレツは思わず上ずった声を上げてしまいました。
大好きな女の子にこうもしっかりと抱きつかれてしまうのはキテレツにとっても嬉しいことなのですが、戸惑いの思いの方が強いのです。
以前にモット伯の館からみよ子を助け出した時もこうして感極まりキテレツに抱きついてみよ子ははっきりと喜びを露わにしていたのでした。
「みよちゃんも大胆ナリね」
「ちぇっ」
キテレツとみよ子がイチャついているのを見てコロ助はニヤニヤとしていますが、ブタゴリラはつまらなそうに腕を組んでいます。
(この二人ってやっぱり惚れ合ってるのかしらね)
ルイズの目から見ても、キテレツとみよ子はお互いに好意を抱いているということがはっきり分かっていました。
モット伯の屋敷での一見の時と同じ光景をまた目にした上に、キテレツもみよ子を助けようとしている時は今まで以上に積極的に行動したりするので、二人がただの友人同士ではないと察することができるのです。
さすがに恋人までとはいかなくても、アンリエッタとウェールズと同じように二人がどのような想いを心に秘めているのかだけは理解できました。
「お姉さま~!」
「タバサ!」
部屋に入ってきたキテレツ達一行を目にしていたタバサは立ち尽くしたまま固まっていましたが、キテレツから預かったリュックを落としたシルフィードは駆け寄るなりぎゅっと小さな体を抱きしめていました。
「シルフィード……キュルケ……」
「きゅい~! 無事で良かったのね~! シルフィ、とっても心配したのね~!」
シルフィードはタバサの顔に頬ずりをするほどにくっ付いて喜びを露わにしていました。
タバサはシルフィードにされるがままになりながら、自分を見つめているキュルケを見つめ返します。
「本当に良かったわ。あなたが無事で……」
安心した様子で頬に触れてきたキュルケにタバサは小さく頷きました。
「どうしたの? 泣いちゃったりして」
「何でもない……」
気付かない内に涙が零していたことを指摘されてタバサはそっと自分の目元を拭います。
傷つくのを覚悟の上で囚われの身となった自分達を救い出そうと奮闘してくれたことが本当に嬉しくて、安堵の涙が自然と流れてしまうのでした。
「これ。あなたの杖よ」
キュルケは手にしていたタバサの杖を渡します。涙を拭いつつもタバサは愛用の杖を受け取りました。
「……エルフは?」
「そういえば全然姿が見えなかったわね」
心配そうに尋ねてきたタバサにルイズとキュルケは顔を見合わせます。
タバサを返り討ちにして捕えたという噂のエルフはこの城にいないのか、どこにも姿が無いのです。
これだけの騒ぎになっているのですから、もしいるのなら侵入者に気付かないわけがありません。
「何でも良いわ。いない方が都合が良いもの」
「そうよね。さ、サツキを迎えに行きましょう! キテレツ、行くわよ!」
一行を促したルイズは入ってきた扉ではなく、タバサが先ほどまで外を眺めていた窓の方へ向かいます。
ここから中庭で戦い続けている五月が宙を舞っている姿がはっきりと見えました。
「カオル! この窓を割って! 一気に外へ飛び降りるわよ!」
「よっしゃ! ……おりゃああっ!」
ブタゴリラが手にする槍で力いっぱいに窓を突き破りました。
(イーヴァルディ……必ず私が守る)
杖を握り締めるタバサは先ほどまでの安堵の思いで崩れていた表情を普段の無表情へと戻し、さらに真剣な顔つきになっていました。
タバサは今、自分がここで何をしなければならないのかを改めて自覚したのです。
自分を救い出してくれた勇者の子達をこの最果ての城から、何としても逃がさなければならないのでした。