キテレツ「うわあっ!? タバサちゃんのドラゴンが変身した!?」
コロ助「イルククゥちゃんは可愛いお姉さんにも変身できるすごい子ナリよ」
キテレツ「喋れるだけじゃなくて、精霊の力っていうのが使えるんだから韻竜っていうドラゴンは本当にすごいんだな」
コロ助「タバサちゃんがいる場所も見えているみたいナリ。目がとっても赤くなってるナリよ」
キテレツ「使い魔の力で、タバサちゃんが見ている物がイルククゥちゃんも分かるんだって」
コロ助「一体何が見えてるのか気になるナリね」
キテレツ「行くぞコロ助! イルククゥちゃんの力を借りて、みよちゃん達を探し出すんだ!」
キテレツ「次回、飛んでけ天使達! 砂漠の果ては何千里?」
コロ助「絶対見るナリよ♪」
「キテレツの奴、先生の所へ何しに行ったんだ!?」
「早くみよちゃんを助けに行かないといけないのに、まったく……」
宿舎の前では既にキント雲が準備されており、ブタゴリラとトンガリはその上に腰かけていました。
「天狗の抜け穴も持って行っちゃったナリ」
隣で佇む五月やルイズと一緒に佇むコロ助は渋い顔をしていました。
コロ助は先ほどキテレツと別れる際に天狗の抜け穴を渡し、宿舎に置いてある発明品一式を五月と一緒に持ち出して出発の準備をするよう言いつけられていたのです。
「キュルケさんはどうしたの?」
「タバサの母君の面倒がちゃんと見てもらえるようにするって」
五月からの問いにルイズは答えます。
魔法学院の部外者である執事のペルスランは自由に動けないので、学院で働いている給仕の誰かに話をつけに行ったのでしょう。
「タバサちゃんのお母さん……あのままで大丈夫かな?」
「今はあそこで寝かせておくのが一番良いわ。ガリアだって外国のトリステインへ大っぴらに兵を差し向けて探し出すなんてできないものね」
「うん……」
五月はタバサの身の上話まで聞かされて、浮かない顔をしていました。
病気で寝込んでいると思っていた母親がまさかの心の病気という重病で、しかも父親まで亡くしてしまっていたのです。
タバサのあまりに不幸すぎる境遇には心から同情していました。
「ごめんごめん、待った?」
そんな中、キュルケが一行の元へ駆け寄ってきました。
「あら? キテレツはいないの?」
「コルベール先生の所よ。何し行ったのかしら?」
「あいつがいねえと話にならねえんだからな!」
ブタゴリラが不満そうにイラついていると、そこへまた駆け寄ってくる人物がいます。
「おーい! 君達! 待ってくれたまえよ!」
「あら、ギーシュ」
一行の前に現れたギーシュは息を切らして膝に手をついています。
「き、君達さ……本当にガリアへ行こうって言うのかい?」
「ああ? 何言ってやがるんだ。みよちゃんは俺達の友達なんだぞ! 見殺しにしろってのか!」
ブタゴリラはギーシュの尻込みした態度に憤慨しました。
「いや、そういうわけじゃないんだよ。ただね、そう……相手はガリア王国で、大国なんだよ? 君達はガリアのことを知っているかい?」
「バリアー王国がどうしたってんだ! そんな奴ら、俺達がギタギタにしてやる!」
「ガリア王国だよ。でも、ガリアってどんな国なのさ? 名前くらいしか知らないんだよね」
ブタゴリラの言い間違いに突っ込んだトンガリが問いかけます。
「簡単に言うならね、このトリステインよりもずっと大きくて強い国なんだよ。ハルケギニア最大の大国で、魔法先進国として知られている。ガーゴイルだって日常的に使われていて、軍隊にも利用されているほどなんだよ。君らだけでまともに戦ったりしても返り討ちにされるかもしれない」
ギーシュの訴えにトンガリの顔が青くなります。
「しかもそこらの貴族とかならまだしも国の中枢だ。下手をしたら国交問題に発展し兼ねないし、ミス・サツキ達だって捕まればただじゃ済まない。平民の犯罪者としてあっさり処刑されるかもしれないんだ」
「そこまで聞くと確かに怖いかも……う~ん」
「もう! トンガリ君まで! みよちゃん達がどうなっても良いの?」
「五月ちゃん……そういうわけじゃあ……ギーシュさんの言う通り、相手が滅茶苦茶強いってことは確かなんだよ」
アンドバリの指輪を取り返しにアルビオン大陸へ行った時はレコン・キスタという敵の正体が分からなかったのですが、今回は初めから敵が誰なのかが分かります。
強大な相手を前にギーシュやトンガリが怖気づいてしまうのは確かに当然といえば当然です。失敗すれば自分達には最悪の未来しかありません。
「だからキテレツの発明がいっぱいあるんじゃねえか」
「そうナリ! キテレツの発明があれば怖いものなしナリ!」
「……確かに危険よ。あんたの言う通り、外国の貴族であるあたしやキュルケが首を突っ込んだりしたら戦争になるかもしれない。おまけに無断で国境を越えようって言うんだもの」
ルイズは真っ直ぐにギーシュの顔を見つめます。
「でもね、サツキ達は理屈抜きで大切な友達を助けたいのよ。キテレツ達が故郷からこのハルケギニアへ危険を顧みずにサツキを迎えに来た時と同じ……。サツキ達は全員、無事に故郷へ帰らないといけないんだから一人でも欠けてちゃ駄目なの。だから、みよ子は何としても助け出さないといけないのよ」
「ルイズちゃん……」
ルイズにはキテレツ達が故郷に帰るその時まで、その身の安全を守る義務と責任がありました。
何より、友達になった子供達が困り、窮地に立たされているのを見過ごすなんてできないのです。
「それに自分達の内紛に関係のないこの子達まで巻き込むなんて、そんなの許せないわ。タバサだってあたし達やこの子達のことも何度も助けてくれた恩人だもの。あたし達には彼女に通さないといけない義っていうのがあるのよ。だから見捨てるなんて訳にはいかないわ」
自分に課せられている強い使命感と友人への恩義から、ルイズは五月達のように意欲的なのです。
ルイズの真摯な言葉を聞かされてギーシュはおろかブタゴリラ達も呆気に取られてしまいました。
「そういうこと。タバサはあたしの大事な親友だもの。放っておくなんて論外だわ。それに何もギーシュまで無理して来なくて良いのよ?」
「う……」
キュルケにまで言われてギーシュは困惑してしまいますが……。
「いや、だけどね……僕だってタバサの話を聞いてしまったし……このまま何もしないでここにいるっていうのも……そりゃあタバサにはフーケの時には世話になって……」
「ああもう! ごちゃごちゃうるさいわね! あんたは来るの!? 来ないの!?」
「やる気がねえならあっち行ってろよ。ニワトリ野郎!」
煮え切らないギーシュについにルイズとブタゴリラが癇癪を起こしました。
二人に攻められてギーシュは深く悩んでしまいます。
「何でそこでニワトリが出てくるナリか?」
「きっとチキンって言いたいんだよ」
「どういう意味ナリ?」
「説明するの面倒臭いから、自分で考えて」
「んん~? チ・キ・ン?」
さじを投げたトンガリにコロ助は頭を悩ませます。ルイズ達も首を傾げていました
ギーシュのことを臆病者と呼んでいるわけですが、ハルケギニアではキテレツ達の世界での言葉のニュアンスは異なるので通じません。
「おーい! お待たせ!」
「キテレツ君」
そこへようやくキテレツが一行の元へと駆け寄ってきていました。
キテレツのリュックとケースを預かって足元に置いていた五月はそれを渡します。
「遅せえぞ! 一体何してやがったんだ!?」
「ごめんごめん。先生にタバサちゃんのお母さんの薬のことを頼んでおいたんだよ」
もしかしたら何日もしばらく留守にするかもしれないので、その間の水の精霊の涙による特効薬の調合を代理でコルベールにやってもらうように話をしてきたのです。
奇天烈大百科に記されている薬の製作法をコルベールに伝えてメモをさせており、帰ってくるまでの間はゼロ戦のガソリンの調合も平行しているコルベールが行ってくれます。
ちなみにみよ子達を救出するという話は内緒にしていました。
「あと、さっきの天狗の抜け穴を先生の小屋の所へ貼っておいたから。何かあってもすぐ戻ってこられるよ」
「それなら危なくなった時でもこっちに逃げて来られるわ」
「帰りもそれで一発でこっちへ戻ってこれるしね」
「さすがキテレツナリ」
今回も脱出と帰還ルートの確保はしっかりと行っておきます。どんなに遠くからであっても、天狗の抜け穴を使えばすぐ安全なこの学院へ戻ってこられるのです。
「早く出発しようぜ! 俺も準備できてるんだからな!」
「また性懲りもなく野菜……」
ブタゴリラは背負っている野菜入りのリュックを叩きます。トンガリは目を細めながら呆れていました。
「うん! まずはタバサちゃんの家に行ってみよう。キュルケさん、案内してくださいね」
「オーケー。……でも、この雲じゃ定員オーバーなんじゃない?」
キュルケの言う通り、六人しか乗れないキント雲ではキテレツ達が全員乗ろうとしても一人だけ乗れません。
「わたしが空中浮輪で飛んでいくわ。キテレツ君」
「良いの? 五月ちゃん」
「うん。ルイズちゃんとキュルケさんがキント雲に乗って」
「どうせならルイズもこの間みたいにサツキと一緒に飛んだら?」
「今はそんなことしてる場合じゃないでしょうが」
キント雲に乗り込みつつからかうキュルケにルイズが噛みつく中、五月はポケットから空中浮輪を取り出し、頭上に浮かべます。
「おお! ミス・サツキが浮いた! まるで天使だ!」
キント雲と一緒に浮上を始める五月を見上げてギーシュは驚いていました。
確かにギーシュからしてみれば、今の五月の姿は天使そのものです。
「……ま、待ちたまえ! 君達! ……レビテーション!」
どんどん高く浮き上がっていくのを目にしてギーシュは居ても立ってもいられず、自分の造花の杖を手にして飛び上がりました。
ドットメイジのギーシュは得意とする土とは違う系統の呪文を上手く操れず、ジタバタともがきながら浮上して後を追います。
「何よ? やっぱりあんたも来るの?」
「ぜえ、ぜえ……あ、あそこまで話を聞いておいて尻込みなんかしたら男が廃ってしまう! 君らレディや子供達が勇気を出しているんだ。僕にだって少しは恰好をつけさせてくれよ!」
キント雲に追いついて何とかしがみついたギーシュは息も切れ切れに叫びました。
成り行きで厄介事となる話を聞いただけであって色々と葛藤はしつつも、ギーシュも身の上話を聞いたタバサや友人達を見過ごして自分だけ日和見でいるのはとても格好悪いと思っていたのです。
「うわわわあっ! お、落ちるーっ! ……おお、ミス・サツキ」
「大丈夫? ギーシュさん」
危うく落ちそうになったギーシュを五月が抱えて引き上げていました。
「ったく、足手纏いになりゃしねえか?」
「ま、好きにさせてやりましょうよ」
ため息をつくブタゴリラにキュルケはあっけらかんと答えます。
他の一行も心配そうにギーシュを見つめていました。
◆
学院を飛び立ち、数時間前のキュルケの時と同じようにキント雲はラグドリアン湖の畔に建つタバサの実家へと降り立ちます。
「ふぅ~……やっと降りれた」
定員オーバーだったのでギーシュはずっと五月に支えられたまましがみついていましたが、ようやく地に足をつけてため息をついていました。
「これがタバサちゃんの家なんだ……大きい家ね」
「ガリアの王族なんだもの、当然よ。でも、やっぱりその身分は剥奪されてるみたいね。見て、あの紋章の印。傷がつけられてるでしょう?」
「う~む。露骨すぎるくらいにはっきりした不名誉印だな」
門の前に立って見上げている五月にルイズが門柱の傷つけられた紋章を指差しました。ギーシュも同様に唸っています。
「トンガリの家よりすげえよな」
「何だよ! 僕を侮辱する気!?」
金持ちであるトンガリ家よりも立派な邸宅ですが、タバサの家とは比べようもありません。
これも王族と一般上流階級の平民の差と言うものです。
「喧嘩なんかしてる場合じゃないだろ? とにかく中へ入ろうよ」
「そ、そういえばキュルケ達はここでガリア軍とやり合ったんだよね? それじゃあまだ中にいるかもしれないな……」
キテレツが促す中、ギーシュは不安そうにしていました。
「それはそれで結構よ。この微熱のキュルケに牙を剥こうって言うんなら焼き尽くしてやるまでの話だわ」
「うん」
自信満々に髪をかき上げるキュルケに五月は頷きました。その手は腰にぶら下がっている電磁刀へと伸びています。
敵が現れたなら、五月もこれを振るって戦うまででした。
「屋敷の外から中庭へ回りましょう。そっちの方が近道だから」
キュルケを先頭にして一行は屋敷の敷地へと足を踏み入れます。
「い、いきなり襲ってくるなんてないよね……」
「何よ、あんた男でしょ。だらしないわね」
ルイズもギーシュも杖を手に恐る恐る進んでいますが、ギーシュはかなり緊張した様子で辺りを見回し、落ち着きがありません。
コロ助も五月と一緒に自分の刀を抜いて周囲を見回しています。屋敷の外周は森で囲まれており、風の音がサラサラと聞こえていました。
「な、何だよ。こりゃあ。汚ねえな」
ブタゴリラが屋敷の外壁に触れると、手が何やら真っ赤になって汚れてしまいました。
赤い粉のようなものが手のひらについてしまったので不機嫌そうに手を払います。
「壁にも落書きまでされてるや。ひどいね」
「これもさっきのあの門の傷と同じようなものなのかしら」
「たぶん、そうかもしれないね」
見れば壁にはいくつもの大きな赤い楕円や長方形の落書きが刻まれていました。その赤い粉はどうやらチョークのようなものみたいです。
今となっては没落したオルレアン家はこうして部外者から落書きをされるようにもなってしまったのかもしれません。その落書きをしたのもジョゼフ一派ということも考えられます。
「あ、何かいっぱい倒れてるナリよ」
正門側から反対側の中庭の方へ回ってくると、完全にぶち破られた大窓がある部屋がありました。
その前の草地にはいくつもの破壊されたガーゴイルが転がっています。
「あそこでタバサと別れたの。タバサが魔法を使って連中をふっ飛ばしたのよ」
「じゃあ、あれがガリア軍が寄越したガーゴイル?」
「ええ。タバサは鉄騎隊とか言ってたわ。たぶん、ガリア軍で使われているガーゴイル兵でしょうね」
「う~む。さすがは魔法先進国のガリアというだけあるなあ」
ルイズもギーシュも鉄騎隊の残骸を見つめて目を丸くします。
「うわ……何だこりゃあ」
「ボロボロだね……」
破られて風が入りっぱなしとなっている窓から部屋の中をブタゴリラとトンガリが覗き込みました。
そこはつい数時間前までキュルケがいたタバサの母がいた居室に間違いありません。
「うひゃあ……ひどい有様だなあ」
「ここにもいっぱい倒れてるね」
床にはガラス片や瓦礫が散らばり、壁も天井も傷だらけです。
鉄騎隊達の残骸も壁に叩きつけられ、床に転がったままになっていました。
部屋に足を踏み入れるギーシュはもちろん、キテレツ達も呆然と見回します。
「タバサちゃんはどこにいるの?」
「たぶん、シルフィードに乗ってミヨコを取り返しに行ったんだと思うけど……」
「それじゃあ早く追わないと。ここにいたって時間の無駄だわ」
腕を組んで考え込むキュルケに五月は声を上げます。
「でもどうやって追うの? ミヨコが連れて行かれた場所の手掛かりだって無いのに」
「下手をしたら、タバサだって捕まっているかもしれないな……」
「縁起でも無いこと言うもんじゃないわ」
ルイズに続いて呟くギーシュをキュルケはこめかみを小突いて諌めました。
「おい、キテレツ。何か無いのかよ。こういう時こそお前の出番だろうが」
「合わせ鏡を使ったらどうナリか? あれなら一直線でみよちゃんの居場所が分かるナリ」
「う~ん……でも、僕達が持ってるのと同じ物をみよちゃんも持ってないと……」
合わせ鏡を使って居場所を特定するのがベストでしょうが、肝心の光を合わせるための品が無ければ意味がありません。
「ここに何か落ちてないかしら……」
「……キテレツ。あんた達って確か、あんたのマジックアイテムを使ってハルケギニアの言葉を話していたのよね?」
五月が床を見下ろして手掛かりを探そうとする中、ルイズが何かに気づいたように問いかけてきます。
「通詞器のこと?」
「何だい、そのツウジキというのは」
「あんたは黙ってなさい。……そう。それよ、あんた達が耳に入れてるやつ。あれって、ミヨコの耳にも入っていたわよね? だったら、あんたのその合わせ鏡っていうマジックアイテムに使えるんじゃないの?」
「……あ! そうか! それがあったか!」
話をややこしくしそうなギーシュを制したルイズの言葉にキテレツは顔を輝かせました。
五月を除くキテレツ達五人で共通して身に着けているキテレツの発明品が、翻訳機として耳に入れている通詞器だったのです。
「そういえばそうよね。あなた達って、キテレツのマジックアイテムであたし達とお話をしてるのよね」
「それは本当かい? ルイズ」
「ええ、そうよ。前に見せてもらったのを思い出したのよ」
アルビオン大陸へアンリエッタ王女の密命を受ける前の時のことを覚えていたルイズはふと通詞器のことが頭を過っていたのでした。
「で、そのツウジキというのはどういう物なんだい?」
「これのことナリ」
コロ助は自分の片耳から通詞器を外してギーシュに見せます。
「ワガハイの言葉が分かるナリか?」
「おーい、ニワトリ野郎。悔しかったら俺を馬鹿にしてみな」
「何を馬鹿なことやってるのさ……」
ブタゴリラも自分の通詞器を外しておどけてからかっていました。
日本語が分かるトンガリを含むキテレツ達はブタゴリラを呆れながら見つめます。
「う、う~む……さ、さっぱり分からないなぁ……何て言ってるんだい? 何となく僕が馬鹿にされてるような気がするんだが……」
「と、まあこういうこと。これが無いとキテレツ達はあたしらと会話できないのよ」
日本語を話すコロ助達の言葉が分からず困惑するギーシュにルイズが説明しますが、キュルケはふと肩越しに視線を後ろへとやっていました。
「どうしたの? キュルケさん」
「……誰!?」
様子に気づいた五月が声をかけた途端、キュルケは振り向き様に杖を振り抜き、一瞬で火の玉を杖の先に作り出します。
中庭の外、ちょうどキテレツ達が来た方向とは反対側の壁の方から何やら人影らしきものがこちらを覗っているのが見えました。
「な、何だよ! 四角形がでやがったのか!?」
「刺客だって! 何かそこにいるよ!」
トンガリが突っ込む中、キュルケは怪しい人影目がけてファイヤー・ボールを放ちます。
「きゅいーっ!」
壁に当たって燃え上がる中、奇妙な悲鳴と共に人影が慌てて物陰に引っ込んでしまいました。
「や、やっぱり、ガ、ガリアの刺客かね!?」
「何者!? 隠れてないで出てきなさい!」
ルイズとギーシュも杖を構え、一行の顔に緊張が走りましたが……。
「いきなり何するのね! とっても乱暴なのね! 挨拶も無しに攻撃するなんてひどいのね!」
またもぴょこんと顔だけを出したその人影は、突然キュルケに向かって文句をぶつけてきました。
「お、女の人?」
「何だよあの姉ちゃん」
「ガリアの手先……ってわけじゃなさそうね」
キテレツ達は見たことのない青い長髪のその女性が突然現れたことに困惑しました。
ガリアからの刺客が待ち伏せをしていたとは思えない雰囲気でキテレツ達の敵ではないことは明らかでしたが、素性の知れない相手なので少し警戒してしまいます。
「あ! あの時のお姉さんナリ!」
コロ助はその女性を怪訝そうに見つめていた中、ハッと思い出して声を上げていました。
「きゅいーっ! コロちゃん! 会いたかったのねーっ!」
女性もコロ助を見つけるなり歓喜を露わにして物陰から飛び出してきました。
「わああああっ!?」
「むぎゅっ……!」
部屋に駆け込んできた彼女はコロ助の元までやってくるとその小さな体を抱きしめだすのですが、キテレツ達男性陣は顔を真っ赤にして仰天します。
「あわわわわ! 何で、は、裸……!」
「スッポンポンじゃねえかよ!」
「ぶ……! は、鼻血が……!」
何と女性は服はおろか下着さえも身に着けていない生まれたままな裸の状態であり、スタイルの良い体を恥じらいもせずに晒していました。
キテレツはもちろん、トンガリもブタゴリラも、ギーシュに至っては鼻を押さえながら完全にのぼせてしまっています。
「あら。あたしと良い勝負じゃない?」
「何張り合ってるのよ! っていうか、何なのよこの子!」
少し対抗心が湧かせているキュルケにルイズが突っ込みます。五月は呆然と目を丸くして裸の彼女を見つめていました。
「きゅい~っ。コロちゃんやサツキちゃん達が来てくれて嬉しいのね……」
「何でも良いからあんた、その恰好をどうにかしなさいよ!」
「ほら、これを着なさいな」
見かねたキュルケが自分のマントを脱ぐと女性の体を覆うように羽織らせます。
「む~っ、ごわごわするのね……」
「コロ助。この人を知ってるの?」
「こんなレンチな姉ちゃんに知り合いがいるのかよ?」
「それを言うなら破廉恥」
「むむむっ……マントの上からでも見事な体……」
彼女が文句をぶつぶつ呟く中、落ち着いたキテレツ達は解放されたコロ助に尋ねました。
しかし、ギーシュはまだ鼻を押さえたまま女性を見つめたままです。
「……あなた、もしかしてシルフィードちゃんなの?」
コロ助が答えようとする前に五月は女性に対してある確信を湧かせていました。
「シルフィード? タバサの使い魔の?」
「へ? だって、彼女の使い魔は風竜じゃないのかね?」
「どう見たって違うじゃねえか。タバサちゃんのはドラゴンだぜ?」
ルイズとギーシュだけでなくブタゴリラも首を傾げていましたが、キテレツは腕を組んで考え込みます。
「本当ナリ。このお姉さん、タバサちゃんのドラゴンさんナリよ」
「きゅい! そうなのね! 本当の名前はイルククゥって言うのね! シルフィードはお姉さまがつけてくれた名前なのね!」
「言われてみたら声が同じだね」
キテレツも納得したように頷きます。シルフィードが喋ることができるドラゴンであることをキテレツ達五人は知っていました。
五月も彼女の声に聞き覚えがあったために正体を確信していたのでした。
「でも何でこんな姿をしてるのさ?」
「うん。わたしもそこが分からないわ」
「シルフィードちゃんは魔法で変身できるナリ。シルフィードちゃん、証拠を見せてあげたらどうナリか?」
「きゅい、きゅい!」
トンガリと五月がさらに首を傾げますが、コロ助が促すとシルフィードことイルククゥは立ち上がるなり羽織っていたマントを脱ぎ捨てました。
「うわっぶ!」
「だから素っ裸になんてならないでよ! もう!」
「ったく、デリバリーの欠片もない姉ちゃんだな!」
「デリカシー!」
「ぶぶぶ……」
キテレツの顔にマントがかかりますが、顔を真っ赤にしたギーシュは両手で鼻を押さえて今にも倒れてしまいそうで蹲ってしまいます。
男性陣が参ってしまっている中、静かに目を閉じたイルククゥの全身が光に包まれていきました。
「あ……」
「これは……」
五月達も呆気に取られる中、イルククゥの姿がみるみるうちに膨れ上がり、人型とは全く別の生き物へと変わっていきます。
「きゅいーっ!」
「うわあ!」
尻餅を突いてしまったキテレツ達の目の前には、全員が見知っている青い風竜の巨体があったのです。それはまさしく、タバサの使い魔であるシルフィードでした。
「ほ、本当にドラゴンだ……」
天井を破壊してしまいそうな勢いのシルフィードは体を屈めて座り込んだままキテレツ達を見下ろしています。
「この通りナリ。本当にすごいナリよ、シルフィードちゃん」
「きゅい、きゅい~……痛たたたっ」
シルフィードは頭を屈めるとコロ助に撫でられて気持ちよさそうにしていますが、突然呻きだしました。
「どうしたナリか?」
「シルフィードちゃん、ケガしてるじゃない」
五月はシルフィードが足に怪我を負っていることに気が付きました。そんなに大きくはありませんが、血が滲んでいます。
「これくらい平気なのね。そのうち治るのね」
「うん。タバサの使い魔っていうのは分かったが……何で風竜が喋れるんだね?」
「ドラゴンはみんな喋る物なんじゃねえのか?」
「そりゃあ使い魔の契約を結べば喋れる動物はいたりするんだがね……」
ギーシュの使い魔のビッグモールはもちろん、キュルケのサラマンダーといった幻獣は喋ることができないのです。
人語を話す風竜なんて聞いたこともないのでギーシュは不思議がります。
「もしかして、韻竜なの?」
「韻竜って、もうずっと昔に絶滅しちゃったって言う幻獣でしょ?」
ルイズとキュルケはその名に聞き覚えがありました。韻竜というのは伝説の古代竜として文献などに載っており、人語を操るほどの知能を持っていることが知られています。
とはいえ、世間では既に絶滅したとされており、姿を見た人は誰もいません。
「先住魔法で人間に化けることができるって聞いてるけど……それならさっきまでの姿も納得できるわ」
「精霊の力って呼んで欲しいのね。シルフィ達はその力をちょっと借りてるだけなのね。きゅい」
ルイズの言葉にシルフィードが不満そうに言いました。
先住魔法は杖を使わなくても唱えられる、メイジの魔法よりも強力な魔法です。
「あなた達は知ってたの? シルフィードのこと」
「うん。確かにシルフィードちゃんはその韻竜っていう珍しいドラゴンなんだ。タバサちゃんには内緒にしておいてって言われてたんだけど」
「そんな珍しいドラゴンだったの……」
「しかし、本物の韻竜が話す所を見るのは僕も初めてだな……」
キュルケの問いに答えたキテレツに五月とギーシュは目を丸くして驚いていました。
五月もシルフィードと直接会話をしたことがありましたが、そこまで珍しいドラゴンだとは思ってもいなかったのです。
「で、シルフィード。あなたのご主人様はどうしたのかしら?」
「そうなのね! お姉さまを助けて欲しいのね! きゅい! ミヨちゃんと一緒に連れてかれちゃったのね!」
キュルケの問いかけに思い出したようにシルフィードは慌てた様子で喋っていました。
「何ですって……!?」
「タバサちゃんも?」
タバサまでもが囚われの身になったという話を聞いてキュルケは驚愕します。
別れてからまだ数時間と経っておらず、しかもシルフィードがここにいることからあの後すぐにタバサはシルフィードに乗る間もなく捕まってしまったことが予想できました。
「タバサちゃんが捕まっちゃうなんて……」
「あんなに強いのにな……」
タバサの強さを知っている五月とブタゴリラもその事実に驚いていました。
「詳しく聞かせてくれないかな? シルフィードちゃん」
「あの後、ここで何があったの? 聞かせてちょうだい」
キテレツとキュルケが促すと、シルフィードはここで起きた出来事を一行に話していきます。
まずシルフィードはこのオルレアン邸へタバサ達がやってきた後、ガリアの手の者がやってきてもすぐ分かるように屋敷のすぐ上を旋回して飛び回っていました。
しかし、にも拘わらずガリア軍は突然屋敷の周りに現れて包囲し、中へと踏み込んでいったのです。
「あの連中、わたし達が屋敷に入る前から取り囲んでいたってこと? そんな気配全然無かったわ……」
「シルフィも驚いたのね。何にも無かった所にいきなり気配が現れて、気が付いたらいっぱいいたのね」
キュルケもシルフィードも不思議そうに首を傾げてしまいます。
ガリア軍はどうやら屋敷の外からではなく、敷地内から突然現れたということになりますが、理由はまったく分かりません。
「シルフィ、悔しいのね~……お姉さまを助けに行ったら、あのエルフがお姉さまを……」
「エルフ? エルフですって?」
「お、おいおい、冗談じゃないよ! ガリアはエルフと手を組んでいるっていうのかい!」
「さすがにタバサでも分が悪すぎたかしら……エルフ相手じゃスクウェアのメイジでも勝つのは難しいわ」
シルフィードが口にしたエルフの単語にルイズ達は揃って苦い顔を浮かべました。キュルケは唇を噛み締めますし、ギーシュに至っては恐怖に顔を歪めています。
「エルフって何だよそりゃ?」
「よくおとぎ話なんかで出てくる妖精のことをエルフって呼んだりするけど……」
キテレツ達の世界ではトンガリの言うようにおとぎ話などに登場する妖精として知られており、童話などの本にも登場します。
「妖精だなんて、そんな可愛らしいものじゃないよ君達! エルフはハルケギニアじゃ最強最悪の相手なんだ。そこらの亜人なんて目じゃないくらいにやばいんだよ?」
「そ、そんなに怖いの? エルフって」
ギーシュがやたらと怖がって動揺しているのでトンガリも思わず顔を青くしてしまいました。
「ま、実際はどういうのか見たことないから分からないけどね。耳が長く尖っているっていうのが特徴かしら。で、さっきのシルフィードみたいに先住魔法をどの亜人や種族より上手く使うそうだわ」
「エルフは……エルフだけはやばいよ。奴らはハルケギニアの貴族達なら絶対に戦いたくない恐ろしい相手なんだ。僕のご先祖様も数百年前の聖地解放連合軍に参加したんだけど、散々に負けて退散してきたんだ。我が家でも『エルフだけは絶対に敵に回すな』って言い伝えが残っているくらいなんだよ」
説明するルイズに続いてさらにギーシュが恐怖に引き攣った顔で語っていきました。
「そういえばここの人達ってエルフのことを相当怖がってるみたいだけど……」
「伝説とか言い伝えばかりだけど、それだけエルフはまともに相手にしちゃいけないってわけ」
「そんな怖い奴らなら、捕まえて食っちまうっていうのか?」
ブタゴリラが思わず冗談混じりにそう呟きますが、ギーシュはさらに顔を青くしていました。
「おいおい! 変な冗談はやめてくれよ! 考えるだけでもゾッとする!」
キテレツ達はギーシュらハルケギニアの人達がここまで露骨に怖がったりするほどにエルフというのは恐ろしい怪物なのかと想像してしまいます。
「あのエルフはお姉さまをメッタメタに返り討ちにしちゃったのね! シルフィも噛みついてやろうとしたけど、全然歯が立たなかったのね……きゅい~」
シルフィードはエルフの先住魔法で眠らされてしまい、数時間後に目を覚ますと新たな気配を察していました。
敵かと思って先ほどのように人間に化けて物陰に隠れて様子を見ていたのですが、それがキテレツ達だと分かったので今こうしているというわけです。
「とにかくそのエルフがタバサちゃんを連れて行っちゃったのね?」
「そうなのね。サツキちゃん! キテレツ君! お姉さまを助けてなのね! お姉さま、きっとガリアの奴らにひどいことされてるのね!」
シルフィードは必死にキテレツ達一行に懇願してきますが、ギーシュを筆頭にルイズもキュルケも苦い顔を浮かべていました。
「う、う~む……しかし、相手がエルフというのはあまりにもやばすぎるよ。下手したらタバサの二の舞に……」
「あたしは行くわ。タバサはあたし達を待ってくれてるんだから」
「あたし達の目的は二人を助けることよ。何もエルフと必ず戦わなきゃならないってわけでもないでしょ」
「き、君達……ううう……まさかエルフまで出てくるなんて……最悪だよ……」
怖気づくギーシュですが、キュルケとルイズは囚われた友人達を助け出すという意志を捻じ曲げません。
「キテレツ。どうしよう……」
「どうしようもこうしようもねえじゃねえか。そんな長耳野郎なんて、キテレツの発明で返り討ちにしてやりゃ良いんだ」
不安そうなトンガリですが、ブタゴリラが肩を叩いてキテレツの方を見ます。
「キテレツの発明なら百人力ナリ!」
「わたしもこれがあるもの」
五月は腰の電磁刀に触れて力強く頷きます。
「僕もみよちゃんを助けるまでは絶対に帰らないよ。でも、一番良いのは戦わないことだからね。二人の救出が最優先だよ」
キテレツ達はどんな未知の敵が待ち受けていると知っても、決してめげません。
友達を助けるためなら、たとえ火の中だろうが水の中だろうが、鬼が出ようが蛇が出ようが、絶対に立ち止まるわけにはいかないのです。
「君らは何でそこまで怖いもの知らずなんだね……」
ギーシュは平民のキテレツ達が発する勇気に脱帽してしまいます。
「シルフィードちゃん。悪いけどしばらく小さくなっててね」
「きゅい……あんまりそれは好きじゃないけど……でも我慢なのね」
怪我をしているシルフィードは回復するまでしばらく一行を乗せて飛んでいくことができません。
キテレツは如意光でシルフィードを小さくすることに決めました。
「ワガハイと一緒にいるナリよ」
「きゅい~……」
コロ助に抱えられるほどに小さくなったシルフィードはコロ助の腕の中でしょぼくれていました。
中庭に出てきた一行はタバサ達の手がかりを追うために準備を始めます。
キテレツはキント雲を取り出し、さらに合わせ鏡も用意していきました。
「何やってるの、ブタゴリラ?」
「へへへ、こいつをいただきだ。もらったって罰は当たらねえだろ?」
ブタゴリラは鉄騎隊の残骸から斧槍を一本拾い上げると、頭上に持ち上げていました。
「それ、たぶんマジックアイテムだと思うわ。何かの役に立つかもしれないし、持っていても損じゃ無いと思うわよ?」
キュルケが鉄騎隊が使っていたのを目にした時、槍からは稲妻を放っていました。
恐らく人間が使っても効果を発揮すると思われます。
「キテレツ! 如意光をよこせよ。こいつも小さくしておくんだ」
「二本も持ってくの!?」
「良いじゃねえか。備えあれば嬉しいなって言うだろうが!」
驚くトンガリに、ブタゴリラは三又の槍も拾い上げて得意げにしていました。
「それを言うなら備えあれば憂いなし、ではないかね? ブタゴリラ君。まあ、戦力が少しでもあった方が心強いかな……」
ブタゴリラの言い間違いに、珍しくギーシュが突っ込みを入れていました。
しかし、これから戦うかもしれないエルフのことで頭がいっぱいで、その表情はとても浮かない顔をしています。