キテレツ大百科 ハルケギニア旅行記   作:月に吠えるもの

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雪風タバサのピンチ 危ないエルフあらわる・後編

「動くな!」

 

それは突然の出来事でした。

執事のペルスランと一緒に客間にいたみよ子とキュルケでしたが、屋敷の入口の方から無数の物々しい足音が聞こえてきたかと思うと、何人もの兵隊達やメイジの騎士が現れたのです。

彼らは槍や軍杖で武装しており、客間にいた三人を威嚇してきました。

 

「きゃあああああっ!」

 

みよ子は思わず悲鳴を上げました。兵隊達だけでなく足元には狼のガーゴイル、フェンリルまでもが何体もおり、恐ろしい唸り声で威嚇してくるのです。

 

「ガ、ガリア軍!」

「下がって! 二人とも!」

 

ペルスランが恐れおののく中、立ち上がったキュルケは素早く杖を手にしながらみよ子の手を引いてました。

 

「うわあ!」

 

兵達が槍を手に突撃しますが、キュルケの杖から放たれた火炎が彼らを退けます。

 

「ええい、大人しくしろ! 小娘め!」

「きゃあっ!」

 

指揮官のメイジも反撃で軍杖の先からマジックアローによる魔法の矢を飛ばしてきました。フェンリル達も一斉に迫ってきます。

キュルケはみよ子を庇って屈みこみマジックアローを避け、フェンリル達に火炎の渦を放ちました。

 

「くっ!」

 

何体かは焼き払うことに成功したのですが、討ち漏らした一体がキュルケに飛び掛かってきました。

背中に圧し掛かってきたフェンリルはキュルケの髪に食らいついて噛み千切ろうとします。

 

「ツ、ツェルプストー様!」

 

壁際で腰を抜かして固まっていたペルスランでしたが、そこへすぐ傍の扉が勢いよく開け放たれ、奥に行っていたタバサが戻ってきました。

 

「貴様か! 旧オルレアンの――」

「ウィンド・ブレイク!」

 

客間の光景を目にして一瞬で状況を把握したタバサは目の前にいる敵に向けて強烈な突風を繰り出しました。

メイジも無視して放たれた吹き荒れる突風は怯んでいた兵達もろとも壁に叩きつけていきます。

 

「エア・カッター!」

 

キュルケを襲っているフェンリルにピンポイントで放たれた風の刃はフェンリルの首を斬り落としました。

 

「痛たた……あたしの髪を……」

「キュルケさん、大丈夫?」

 

自慢の赤毛の一部を食い千切られてしまい、キュルケは不快を露わにします。そんな彼女をみよ子は心配そうに気遣いました。

 

「お嬢様、ガリアの王軍が……」

「分かってる。母様を連れてここを脱出する」

 

既に屋敷は完全に囲まれているのは明らかでした。ここにいては袋のネズミです。

どうして突然、今まで気配が無かったはずの敵に包囲されているのかは疑問でしたが考えるのは後です。

 

「奥へ行って。これで学院へ逃げる」

「タバサちゃんはどうするの?」

 

タバサから天狗の抜け穴を手渡されてみよ子は戸惑います。

 

「殿」

 

杖を構えるタバサは、入口から現れる新手を見据えていました。

今度は人間ではなく、十数体以上もの金属質の体をしたガーゴイル達です。半魚人のような恐ろしい顔をし、その手には三叉の槍や斧槍が握られていました。

 

「何あれ!?」

「鉄騎隊……! 行って!」

「さあ、二人とも行きましょう!」

「お嬢様……!」

 

急かすタバサの様子を目にし、キュルケはみよ子とペルスランを連れて屋敷の奥へと向かいます。

そうこうする間にも対峙するガーゴイル達が次々に突撃を仕掛けてきました。

 

「ウィンディ・アイシクル!」

 

タバサは動じずに瞬時に呪文を完成させ、何十もの氷の矢の雨を放ちます。

ガーゴイル達は鋭い氷の矢で全身を射抜かれて怯みますが、この程度では倒れません。

しかも何体かが逆に手にする槍を突き出し、その穂先から稲妻を放ってきました。

 

「アイス・ウォール!」

 

タバサの目の前の分厚い氷の壁が生み出され稲妻を防ぎますが、ガーゴイル達はタバサを追撃しようと壁の死角に回り込もうとしました。

魔法先進国で知られるガリア王国では魔法人形であるガーゴイルさえも軍事に利用され、高性能なガーゴイルのみで構成された部隊や軍隊も存在します。

その一つが鉄騎隊と呼ばれるマジックアイテムで武装した、トライアングルクラスのメイジ級の強さを有したガーゴイル軍団なのです。

 

「……ライトニング・クラウド!」

 

タバサは氷の壁を越えて飛び掛かってきた何体もの鉄騎隊達に強力な稲妻を浴びせました。

さすがのガーゴイルもこの技にはたまらず、次々と焼き焦がされて倒されていきます。

 

『おやおや。北花壇騎士ともあろうものが主人に歯向かうつもりかしら?』

 

残っている鉄騎隊の中の一体から突然、声が響いてきました。その声は先日、トリスタニアの町で会ってきたシェフィールドの物でした。

 

『水の精霊の討伐まで放棄した挙句、こっそり母親と共に亡命をしようと企むなんて。重大な反逆行為だわ。覚悟はできているのかしら?』

「勘違いしないで。あなた達に忠誠を誓ったことなど一度もありはしない」

 

シェフィールドの言葉に対し、タバサはきっぱりとそう言い放ちます。

 

『そう。主の思っていた通りね。なら、裏切り者は処分しないといけないわ。お前の亡命を手引きした者達もろともね!』

「ジャベリン」

 

タバサは杖を振り、氷の槍を声を発する鉄騎隊目がけて放ちました。鋭い槍に胴体を貫かれたガーゴイルは衝撃と共に壁まで吹き飛ばされ、動かなくなります。

もう鉄騎隊に構うことなくキュルケ達を追って部屋の奥へ向かって駆けていきました。

背後からはタバサを追ってくる鉄騎隊の足音がガチャガチャと聞こえてきていました。

 

「タバサ! 早く!」

 

母の居室へやって来ると、そこではみよ子が壁に天狗の抜け穴のテープを貼っている最中でした。

ベッドに寝かされていた母はペルスランに抱きかかえられたまま眠りについています。

 

「ペルスランさん、タバサちゃんのお母さんを連れて早くこの中に!」

「こ、この輪の中に? 本当にここから逃げられると?」

「いいから早く入って!」

 

戸惑うペルスランをキュルケが急かします。

ペルスランは覚悟を決めて、恐る恐る天狗の抜け穴へ飛び込んでいきました。ちゃんと向こう側は繋がっており、ペルスラン達は抜け穴を潜っていきます。

 

「エア・ハンマー!」

「ファイヤー・ボール!」

 

もたもたしている間にも鉄騎隊達が追いつき、部屋に踏み込んできました。

タバサは彼らを退けるべく風の魔法をぶつけていきますが、数が多くて捌ききれません。キュルケが加勢することで何とか食い止めることができています。

 

「ミヨコ! 先に行って……」

 

後ろで立ち尽くして動けないでいるみよ子にキュルケが呼びかけますが……。

 

「きゃああああああっ!」

 

突然、ガラスの割れる音と共にみよ子の悲鳴が大きく響き渡ります。

振り向けば、大窓を突き破って別の鉄騎隊達が飛び込んできたのです。

 

「ミヨコ!」

「嫌ぁ! 離してーっ!」

 

キュルケ達が助けに行く間もなく、みよ子はトビウオのような魚型の空飛ぶガーゴイルに騎乗している鉄騎隊に捕まってしまいました。

もがくみよ子を抱える鉄騎隊はそのまま屋敷の外へ飛び出してしまいます。

 

「……アイス・ストーム!」

 

鉄騎隊達が今度は挟み撃ちで二人に襲い掛かってきます。

しかし、タバサが杖を振りかぶると、二人を中心にして氷の嵐が渦巻きだし、部屋中に吹き荒れだしました。

ガーゴイルの軍団は一瞬にして鋭い氷の刃の竜巻に飲み込まれ、切り裂かれながら次々に壁や天井、庭へと吹き飛ばされて動かなくなります。

嵐が収まった頃にはもう部屋は壁はおろか天井までズタズタに傷だらけになり、ベッドなどの家具も無残な有様になっていました。

 

「何てこと……ミヨコがさらわれるなんて……」

 

キュルケは悔しげに舌を打っていました。タバサも同様に苦い顔を浮かべ、みよ子が落とした天狗の抜け穴を拾い上げます。

自分の母親を助け出すことできたのに友人がそのための犠牲になってしまったなんて、あってはならない最悪な展開でした。

 

「……先に行って」

「タバサ! あなたは?」

「ミヨコを取り戻す」

 

こうなってしまったのは自分の責任だと、タバサは自覚していました。

本来、無関係であるはずの彼女達を巻き込んでしまった以上、何があっても救い出さなければなりません。

 

「シルフィードで追いかける。あなたはキテレツ達に話して」

「でも……」

 

キュルケが困惑する中、部屋の入口の方からコツコツと足音が聞こえてくるのが分かります。

どうやら新たな刺客がここへやってくるようです。

 

「……行って!」

 

タバサは天狗の抜け穴をキュルケに渡し、杖を構えました。

 

「……絶対に無茶はしないで。あたし達も助けに行くから」

 

キュルケは少しの間逡巡していましたがタバサの覚悟を汲み取り、この場は彼女に託すことにします。

ボロボロになってしまった壁の天狗の抜け穴の代わりに新たなテープを急いで小さめに貼っていきました。

天狗の抜け穴をキュルケが潜ったのを見届けると、タバサはテープを剥がしていきます。これで新手がここを通って追いかけてくることはできません。

 

「お前がジョゼフの話していたという裏切り者か?」

 

テープを剥がし終わった途端、誰かに声をかけられます。

扉の方を向き直ると、そこには一人の男が立っていました。ローブを身に纏い、かぶっているつばの広い羽つき帽子の隙間からは長い金髪が覗けています。

どうやら新手の刺客のようですが、今までの敵と違って明確な敵意は何故か感じられません。

 

「エア・ハンマー」

 

しかし、一刻も早くみよ子を助け出さないといけないタバサは敵と話をしている暇なんてありません。

突風の槌を繰り出して吹き飛ばそうとしましたが……。

 

「……ぐっ!?」

 

何と、自分の放った風の魔法は敵を吹き飛ばすどころか、タバサ自身に跳ね返ってきたのです。

壁まで吹き飛ばされて叩きつけられたタバサはこちらを冷ややかに見つめてくる男を睨みつけます。

 

「お前に一つ要求をしたい。ジョゼフの姪よ」

 

彼はタバサが放った攻撃などまるで無視して言葉を続けていました。

強烈な衝撃を受けてダメージを負ったタバサは杖で体を支えます。

 

「我はお前の意思に関わらず、お前をジョゼフの元へと連れて来るよう約束された。できれば、穏やかに同行を願いたい」

 

つまり彼はタバサにこう言っているのです。「抵抗をしないで降伏しろ」と。

当然、そんな要求など黙って聞くわけにはいきませんでした。

 

「……ジャベリン!」

 

さらに魔法を男に放ちますが、猛烈な速さで放たれた氷の槍は男のすぐ手前で突然勢いを失い、床へと落ちてしまいます。

自分の攻撃が全て届かない状況にタバサは焦りました。

 

「ジョゼフの姪よ。抵抗は無意味だ。我はこの屋敷に宿る精霊達と契約をしている。お前では決して我には勝てん」

 

攻撃をまるで意に介さない相手の言葉に、タバサの顔色が変わります。

彼はメイジではありません。しかし、それでもタバサを赤子のように圧倒している彼がどのような力を使っているのかをタバサは今、理解しました。

 

「先住魔法……」

 

メイジ達の使う系統魔法とは異なる魔法は、人間では使うことができません。

しかし、その力はメイジの魔法を遥かに凌駕しています。その魔法を操ることができる種族と言えば……。

 

「ネフテスのビダーシャルと申す者だ。出会いに感謝を」

 

彼が帽子を脱ぐと、人間よりも長く尖っている耳が目に入ります。

 

「エルフ……」

 

それは砂漠の地に住むという異種族として知られ、ハルケギニアでは恐れられています。

タバサは自分が戦いたくない最悪の敵を前にして、息を吞んでいました。

 

 

 

 

五月達は魔法学院の女子寮のルイズの部屋に集まっています。

 

「コロ助! どうだ? みよちゃん達は帰ってきたか?」

『まだナリよ。ワガハイだけ待っているなんて暇ナリ! 代わって欲しいナリーっ!』

 

ブタゴリラがトランシーバーに呼びかけるとコロ助の声が聞こえてきました。

コロ助は今、上の階のタバサの部屋のベッドの上に座っています。ベッド脇の壁には天狗の抜け穴のテープが貼ってありました。

みよ子達がここを通って帰ってくる手筈なので、知らせる役をブタゴリラに押し付けられたのです。

 

「もう少ししたらわたしが代わってあげるから。待ってて」

「しかし、タバサの母君がご病気とはねえ」

 

五月が答える中、この場にいたギーシュがため息をつきながら手にするカードの束を切っていました。

テーブルの周りには三人の他にルイズとトンガリが席についています。

 

「わざわざ学校をサボってまで病床の母君に会いに行くだなんて……くぅーっ、何て親思いなんだ! とても感動するよ!」

「良いから早くカードを配りなさいよね」

 

勝手に酔い痴れているギーシュにルイズが冷ややかに促します。

ギーシュは自分も含めた五人にてきぱきとカードを配っていきました。

 

「それじゃあギーシュさんのカードをもらうね」

「う、うむ。それじゃあこれを受け取りたまえ。大富豪君……」

 

トンガリとギーシュは互いのカードを交換しました。カードを渡そうとするギーシュは渋い顔です。

みよ子達がタバサの実家から戻ってくるまでの間、時間潰しにカードゲームをしようとブタゴリラが提案し、それにルイズ達は賛成したのです。

ギーシュは女子寮へモンモランシーに会いに来ていたのですが、すぐに追い返されてしまっていました。

仕方なく五月に会おうとしてルイズの部屋が盛り上がっていることに気づき、カードゲームを楽しんでいた所を混ぜてもらったのでした。

 

「それでは僕が最初だ。ふっふっふっ……見るがいい、これが我がグラモン家の実力さ!」

 

得意げに笑いながらギーシュは三枚の12をテーブルに叩きつけました。

 

「げっ! いきなりかよ!」

「はっはっはっ! スリーカード! どうだね!? 出せる者はいるのかな!?」

「確かにわたしも出せないけど……」

「あんたこの後、他に出せるカードあるの?」

 

ルイズに指摘されて胸を張っていたギーシュは自分の手札を確認します。残りは7以下の強くないカードばかりでした。

 

「え? ……あっ! しまった!」

 

仰天するギーシュにルイズはおろか五月も呆れたような顔をします。

 

「またこのパターンかよ」

「全然学習してない……」

 

ブタゴリラとトンガリもため息をついていました。

現在、一行がやっているのは大富豪というキテレツ達の世界で楽しまれているトランプゲームです。

ハルケギニアで使われているカードは普通のトランプとは違いますが、1から13までのカードを順番に出していき、早く手札を無くしていった人が勝ちです。

キテレツ達の学校でも楽しまれていて色々なローカルルールがある遊びですが、ルイズもギーシュもすぐに面白さにハマっていました。

 

「おら! これでラスト!」

「う、うぐぐ……また僕が、大貧民……この僕が……」

 

ブタゴリラが最後のカードを出すと、ギーシュはテーブルに突っ伏します。

 

「連続24回、大貧民よ。あんた弱すぎ」

「別にギーシュさんも弱いカードばかり来るわけじゃないんだけどね……」

「要するに見栄っ張りなんだよ。トンガリと同じでな」

「何さ、その言い草! 僕は10回以上も大富豪なんだからね!」

 

ギーシュが参加してからは彼が毎回、最下位の大貧民となっていました。恰好をつけたがるギーシュは後先を考えず強いカードから先に出すので、すぐに他の四人より弱いカードしか出せなくなるのです。

トリステイン貴族の中でも特に見栄を張りたがるグラモン伯爵家の血筋の悲しい性でした。

 

「やあみんな。どう? みよちゃん達は帰ってきた?」

「キテレツ君。それがまだなの……」

「コロ助に見張らせてるから連絡が来るよ」

 

扉を開けて部屋に入ってきたキテレツに五月とトンガリが答えます。

 

「そういえばキテレツ君。君は水の精霊の涙を使って、タバサの母君の病気を治す薬を作っているそうだね」

「うん。そうだけど……」

 

顔を上げたギーシュに尋ねられてキテレツは頷きます。

ギーシュはさすがに心の病を治すという話までは聞いていません。

 

「水の精霊の涙はまだ君の手元に残っているということかい?」

「確かに使わなかった分がまだあるけど……どうするんです?」

 

ギーシュは立ち上がり、キテレツの前まで歩み寄ってきました。

 

「良ければぜひ、それを僕に譲ってくれないかな? モンモランシーにプレゼントしたいんだよ」

「モンモランシーさんに?」

「懲りない奴だなあ。散々、あの姉ちゃんにフラれてるのに」

「あの人にプレゼントしてどうするのさ? 使えなきゃ意味ないじゃん」

「モンモランシーは魔法のポーションを調合してるって聞いてるわね。香水を作って小遣い稼ぎしてるそうよ。水の精霊の涙は貴重な秘薬だし、モンモランシーも欲しがるんじゃない?」

 

トンガリの疑問にルイズが答えます。

 

「そう! そうなんだよ! だからさキテレツ君、今作っている薬が完成したら頼むよ?」

「余ったら別に構わないけど……失敗した時のこともあるから……」

 

今作っているタバサの母親の心を取り戻す薬の作成が万が一、失敗した時のことも考えて安易に手放すことはできません。

薬を一つ作るのに水の精霊の涙を半分使っているので、新たにもう一個しか作れないのです。

 

「まだ一週間はかかるから、もうしばらく待ってあげて」

「ええっ!? そんなにかかるのかい? そこまで作るのは難しいんだね……」

 

五月の言葉に唸るギーシュでしたが、テーブルの脇に置いてあるトランシーバーから声が聞こえてきます。

 

『うわーっ! 何ナリか!?』

 

コロ助の驚く声が響き、一行はトランシーバーに注目しました。

 

「おい、コロ助! どうした?」

「みよちゃん達が帰ってきたの?」

『とにかくみんな来て欲しいナリよーっ!』

 

そう返答が来たので、キテレツ達はコロ助が待機しているタバサの部屋へと向かいます。

 

「コロ助! みよちゃん達は?」

「誰よこの二人は?」

 

ルイズ達がタバサの部屋にやってくると、そこには執事らしい老僕と彼に支えられているやつれ果てた女性が床に膝をついています。

 

「こ、ここは……一体……」

 

執事のペルスランは先ほどまでいたはずの屋敷から全く違う場所へやってきたことに困惑していました。

 

「おじいさん、大丈夫ナリか? タバサちゃん達はどうしたナリ?」

 

コロ助が駆け寄ると、ペルスランはキテレツ達を見回していました。

 

「あなた、もしかしてタバサの実家の人? ここはトリステイン魔法学院よ」

「トリステイン……?」

 

ペルスランは自分が天狗の抜け穴で瞬間移動したことを理解していないらしく、混乱しているようでした。

 

「うわっ!」

 

そんな中、天狗の抜け穴から新たな人影が飛び出してきました。

 

「おお、キュルケじゃないか!」

「キュルケさん!」

「ツェルプストー様。これは一体……」

「大丈夫。マジックアイテムで屋敷から瞬間移動したのよ、安心して。それよりこの人をベッドに寝かせてあげて」

 

戸惑うペルスランの肩をキュルケが叩きます。

ペルスランは眠ったままのタバサの母をベッドへと運んで横たえました。

 

「もしかしてその人がタバサちゃんのお母さん……?」

「こりゃひでえな……」

 

五月達は病気のせいでひどくやつれ果ててしまっているその顔を見て呆然とします。

 

「みよちゃんは? タバサちゃんはどうしたの?」

「何で二人だけ来ないのさ」

 

トンガリが天狗の抜け穴に飛び込もうとしますが……。

 

「あ痛っ!」

 

つい今まで繋がっていたはずの天狗の抜け穴は途切れてしまっており、トンガリは顔を壁にぶつけてしまいました。

 

「どうなってるの? 天狗の抜け穴が繋がってない……」

 

キテレツも天狗の抜け穴の輪の中に触れて向こう側に行けないことを確かめます。

 

「キュルケさん。一体、何があったの?」

「そうよ。どうしてあんただけ帰って来てるのよ」

「……それがとんでもないことになっちゃってね」

 

五月とルイズに問いただされてキュルケは苦い顔を浮かべます。

キュルケは部屋に集まった七人にタバサの実家で起きた出来事を話しました。

 

「何だって!? みよちゃんがさらわれた!?」

 

キテレツは大声を上げて愕然とします。他の六人も同様の表情でした。

 

「何でガリア軍がミヨコをさらわないといけないのよ? 大体、どうしてタバサの家に……」

「ペルスラン。話しても良いわよね? この子達もタバサが信じている友達だから」

「はい。ツェルプストー様のご友人とあらば……」

 

ベッドの横で控えるペルスランに許可を取ったキュルケはさらに話を続けていきます。

 

「タバサはね、ただのガリアの貴族なんかじゃない。あの子は……ガリアの王族なのよ」

「王族ですって? タバサが?」

「そ、それは本当かい? タバサが!?」

 

ルイズとギーシュがキュルケの告白に真っ先に驚きます。

 

「王族……つまり、タバサちゃんはお姫様ってことなの?」

「お姫様ナリか!? すごいナリ!」

「タバサちゃんが……」

「全然そんな風には見えなかったけどな……」

「うん……イメージと全然違うし」

 

キテレツ達も同様にタバサの素性を知って驚きました。

それからキュルケはペルスランから聞かされていたタバサの身の上話を話していきます。

 

タバサの本名はシャルロット・エレーヌ・オルレアン。現ガリア王のジョゼフの弟、シャルル・オルレアン公の娘でした。

全ての悲劇は三年も前、前ガリア国王が崩御した頃になります。当時は王子だった長男のジョゼフか次男のシャルルのどちらかが次期国王として選ばれることになったのです。

ジョゼフは王の器ではない暗愚な人物であるとされ、逆にシャルルは才能と人望に溢れた王にふさわしい有能な人物だったそうです。

そんな中で宮廷は二つの派閥に分かれて醜い争いになったということでした。

 

「お家騒動ってわけね……」

「うん。江戸時代の時でもそういう派閥争いはよくあったからね」

 

ルイズとキテレツは納得して頷きました。

 

「でも、王様に選ばれたのはジョゼフの方だったわ。そんな時に狩猟会が開かれたんだけど、オルレアン公はその時に謀殺されたの」

「殺された!?」

「ええ。しかも毒矢でね」

 

キュルケの更なる告白にキテレツ達は唖然としました。それをやったのはジョゼフ派であることは疑いようもありません。

 

「ひどいことするなあ」

「王様になりたいからって、自分の弟にそこまでするかよ」

 

トンガリとブタゴリラはジョゼフが行った凶行に苦い顔をします。

 

「ジョゼフ派の連中はその後に今度はタバサの命を狙ったわ。そのタバサを庇って、母君がタバサが飲むはずだった毒を飲んだわけよ」

「その毒って……もしかして?」

 

五月の言葉にキュルケはちらりと眠りについているタバサの母を見やります。

タバサの母が今侵されているという心を失う病気……それがその毒によってもたらされたものなのでしょう。

 

「それだけじゃ終わらなくて、連中はタバサにシュヴァリエの地位を与えて、宮廷での汚れ仕事や危険な任務にこき使うようになったそうよ」

「シュヴァ、リエ?」

「騎士の称号のことよ。あの子がシュヴァリエだったなんて……」

 

コロ助に説明したルイズはさらに唸っていました。

 

「タバサにとっては奴隷も同じよ。あの子は実家の屋敷に閉じ込められたご病気の母君を守るためにもその任務をこなしていたんだけど、それ以外の時は厄介払いのように外国へ留学させているの」

「それじゃあこの学院にいるのも……厄介払い、というわけかい?」

 

ギーシュの言葉にキュルケは頷きます。

キテレツ達はタバサの身に起きた数々の悲劇と悲惨な境遇に言葉を失いました。家族を失い、仇に奴隷としてこき使われるなんてあまりにも可哀相すぎます。

 

「だからあんなに寂しそうだったのね……」

 

五月はタバサが抱えている孤独がどれほどのものなのかを理解します。

 

「でも、どうしてタバサなんて名乗っているの? 本当の名前はシャルロットっていうんでしょ?」

「あたしもそこまでは聞いてないのよ。ペルスラン、どうしてなの?」

 

キテレツの問いにキュルケも困ったように答えて振り返りました。

ペルスランから話を聞いていた途中でガリア軍が突入してきたので、中断されてしまっていたのです。

 

「はい。その名は、お嬢様が幼い頃から大事にされていた人形のものなのです。お忙しかった奥様はお嬢様にご自分で街に出てお選びになった人形をプレゼントされました。その人形にお嬢様は名前をつけて、妹のように可愛がっておられました。あの時のシャルロット様の明るさとお喜びようといったらもうそれは……」

 

ペルスランはしんみりとした様子でため息をついていました。

 

「その人形は今、奥様が手にされております。心を病まれた奥様はシャルロット様を王家の刺客であるとして拒み、この人形がお嬢様であると思い込んでおられるのです」

 

キテレツ達はタバサの母が抱えている人形に気づきました。目の部分の飾りは外れ、腕も千切れかけてしまっている痛々しい姿です。

 

「そんな……」

「人形を自分の娘だと思うなんて……」

「むごい話だな……」

「ひどい……」

 

キテレツ達はもちろん、キュルケでさえも絶句してしまいます。

タバサことシャルロットは自分の母親に娘として認めてもらえない所か仇の一員として拒絶され、あんな人形が娘であると思い込まされているなんて、どのような光景なのか想像もしたくありません。

 

「きっとタバサは母君を牢獄同然の屋敷からトリステインへ亡命させるつもりだったのよ。だからキテレツに天狗の抜け穴を……」

「そうか。見張られていて、普通じゃあ逃げ出せないからね……」

「でも、ガリア軍が屋敷に現れてあたし達を捕えようとしたわ。それでミヨコが……」

 

キュルケは悔しそうに唇を嚙み締めました。

 

「ごめんなさい、キテレツ。あたしがついていながら……」

「それでタバサちゃんはどうしたの?」

「向こうに残ってミヨコを助けに行っているはずよ。でも、相手はガリア軍よ。あの子だけじゃ危険すぎるわ」

 

そこまでキュルケが言った所で、キテレツ達は決意を固めた顔をそれぞれ浮かべていました。

 

「……行こう! 二人を助けに!」

「ええ!」

「バリアーだか何だか知らねえが、一発ぶっ飛ばしてやろうぜ!」

「みよちゃんはきっと助けを待ってるはずナリよ!」

 

力強く頷くキテレツ達に、ルイズとキュルケも互いに顔を見合わせます。

 

「当然、あたしも行くわ。あんた達の世話をする責任があるんだからね!」

「早速、準備をしよう! コロ助、その天狗の抜け穴を剥がして持ってきてくれ」

「了解ナリ!」

 

コロ助が言われた通りに天狗の抜け穴を剥がし、キテレツ達と一緒に外へ駆け出ていきました。

 

「ペルスランはここでタバサのお母様を見ていて。必ずタバサを連れて戻るから!」

 

そうキュルケは言い残し、ルイズと一緒に退室します。

 

「あ、えーと……ま、待ちたまえよ! ここまで話を聞いて、この僕を置いていくなんて!」

 

行動力のある一行を呆然と見つめていたギーシュは我に返り、後を追いました。

 

 

 




※備考

今回、登場したガーゴイル『鉄騎隊』はドラえもんからのオマージュとなります。


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