コロ助「タバサちゃんはシャルロットっていうお姫様だったナリよ!」
キテレツ「でもガリアの王様からはお家断絶をされているし、奴隷のようにこき使われているんだ」
コロ助「タバサちゃんはママを助けるために色々と大変みたいナリ。何とかしてあげたいナリが……」
キテレツ「そのタバサっていう名前も、お母さんが持っている人形のものなんだよ」
コロ助「タバサちゃんのママを早く元に戻してあげないと、かわいそうナリ」
キテレツ「奇天烈斎様の薬を完成させるには、何日も時間がかかるんだ。焦っちゃだめだよ」
コロ助「急ぐナリ! 早くしないと、タバサちゃんのママが連れていかれちゃうナリよ~!」
キテレツ「次回、雪風タバサのピンチ 危ないエルフあらわる」
コロ助「絶対見るナリよ♪」
「突然何よ? キテレツに頼み事なんて」
「今、話をしていた心を取り戻す薬……それを作って欲しい」
「心神快癒薬のこと?」
怪訝そうにするルイズですが、タバサは眼中にないまま自分の用件を告げていました。
タバサが部屋の前まで来てすぐに入ってこなかったのは、ちょうどノックをしようとした時に中のある会話が聞こえてきたからでした。
水の精霊の涙から作り出される心神快癒薬の話を耳にしていたタバサは思わず固まってしまったのです。
「一体どうしたの、タバサちゃん?」
キテレツが目を丸くしている中、みよ子も五月もタバサの突然の申し入れに困惑してしまいます。
話を続けようとするのですが、それを邪魔するものがここにありました。
「……ああ! もう! 本当にうるさいわね! あんた、起きてるんじゃないの!?」
ブタゴリラの鼾がさらに大きくなったことでルイズはとうとう堪忍袋の緒が切れました。
そんなルイズの怒りなど知らないと言わんばかりにブタゴリラの鼾は部屋中に響き渡ります。隣で寝ているコロ助とトンガリも不快そうにうなされていました。
「何か無いの!? 口を塞ぐやつは!? こうなったら、枕を口に突っ込んで……!」
「……サイレント」
憤慨するルイズでしたが、タバサは表情一つ変えずに小さく呪文を唱えて軽く杖を振ります。
途端に、それまで騒々しかったブタゴリラの鼾はピタリと鳴り止んでいました。
さすがにタバサもこの騒音は耳障りだったのです。
「あ、ありがと……タバサ」
ルイズに礼を言われてもタバサは気にせず、キテレツに向き直りました。
ブタゴリラ自身は未だに鼾をかいて眠り続けていますが、その音はタバサの風の魔法で遮られ、周りに届かなくなったのです。
「……それでタバサちゃん。どうして奇天烈斎様の薬が必要なの?」
キテレツも気を取り直してタバサへ率直に理由を尋ねます。納得のできる理由も無しに発明なんてできません。
「病に蝕まれている人がいる。その人を治すにはその秘伝書に載っている水の精霊の薬が必要」
「病気って……心が壊れちゃうっていう?」
「……そう」
とても真剣な様子で頷くタバサにキテレツ達は唖然としました。
「今、キテレツが話していたまま。その人は魔法の毒を飲んだために、心を狂わされている。もう自分の家族さえまともに認識できない」
「そんなことにまで……」
タバサの話を聞いてみよ子も五月も思わず息を呑みました。
心が壊れて正気を無くすというのが実際にはどういうものなのかが分かりませんが、それを目にしているらしいタバサの話を聞いて余計に恐ろしいと感じてしまいます。
「う~ん。そうか……そういうことだったらその人を何とか助けてあげないとね。分かったよ、タバサちゃん。僕も何とかその薬を作ってみるよ」
「で、タバサ。その心を狂わされてる病気の人って誰なの? あなたの知り合い?」
頷くキテレツですが、ルイズからの問いかけにタバサは黙り込んでしまいます。
「タバサちゃん。ひょっとして……その人って、タバサちゃんのお母さんのことなの?」
何も答えずにいたタバサを見ていた五月は思わず問いかけました。
「どういうことなの、五月ちゃん?」
「タバサちゃんのお母さんはね、病気みたいなの。そうなんでしょ、タバサちゃん?」
みよ子に尋ねられて五月は再びタバサを問い詰めます。
前にアルビオン大陸へ向かっていた道中で五月はタバサの母親のことについて少しだけ聞かされていました。
その時の話から、どうやらタバサの母親は病気にかかって寝込んでしまっているのだと察していたのです。
タバサは僅かに動揺した様子で目を見開いていましたが、すぐに目を伏せます。
「やっぱりそうなのね……だからキテレツ君の発明のことも聞いたんだ……」
しかし、その態度から一行はタバサが治そうとしている病人が彼女の家族であると納得しました。
「どういうこと?」
「キテレツ君の発明品にお母さんの病気を治せるようなものが無いか、知りたかったのよね?」
五月の言葉にタバサは何も答えようとしませんが、全て図星であることは疑いようもありません。
きっと、ハルケギニアにとっては未知の存在であり、不思議な力を持つキテレツの発明なら、自分の母親の病気が治せるかもしれないと期待を抱いていたのでしょう。
そして確信を得たためにこうして薬の製造を頼みにきたのです。
「その話って本当なの? タバサ」
突然、ノックも無しに扉が開け放たれていました。
キテレツ達が扉の方を振り向くと、そこに立っていたのはキュルケです。
「キュルケ! 何であんたまでここにいるのよ」
「タバサがここに入っていくのを見かけたから気になってね。またキテレツ達と面白そうな話でもするのかなって思ったんだけど……」
キュルケはタバサの傍にやってくると、その肩に手を置いて顔を覗き込みます。
「ねえタバサ。あなたのお母様がご病気って話、本当?」
タバサは親友のキュルケから問われても沈黙を守ったままです。どうやら自分の身内のことは話したくはないみたいです。
しかし、五月達も心配そうにタバサに注目していました。
「タバサちゃん。お母さんが病気だっていうなら、何としてもこの薬を作ってみるよ。奇天烈斎様が残してくれた発明なら、きっと治せるはずだから」
キテレツも強く頷きました。奇天烈斎がこのハルケギニアで人々を助けてきたのなら、同じように力になってあげたいのです。
「今はまだ話せない……。でも、必ず全て話す。わたしのことも全部……」
ようやく口を開いたタバサですが、何かを決意したように真っ直ぐにキテレツを見つめながらそう告げていました。
そんなタバサの見たことのない雰囲気にキテレツだけでなく、キュルケも五月達も呆気に取られてしまいます。
「薬を作るのに必要な材料があるなら、わたしが買ってくる」
「うん。僕もリストはまとめておくから。とにかく、明日から取り掛かるよ」
キテレツの言葉に頷いたタバサは部屋を後にしようとしますが、扉の前で立ち止まりました。
「キテレツ。聞きたいことがある」
振り向かないままタバサは声をかけてきます。
「どうしたの?」
「あなたの先祖のキテレツ斎は……本当にモーレツ斎を恨んでいなかったと思う?」
突然の問いかけにキテレツは不思議そうにタバサを見つめます。タバサがそのようなことを聞き出すことにキュルケ達も目を丸くしています。
「……うん。奇天烈斎様は誰も恨まなかったはずだよ。それだけは絶対に言える。だからこそ、奇天烈大百科を書き残して、僕達に未来を託してくれたんだから」
はっきりとそう呟くキテレツは手元の奇天烈大百科をじっと見つめます。
「よくそこまできっぱり言えるのね。あたしだったら、ヴァリエール家に牙を剥いてくる奴がいたら絶対に許さないわよ」
「そう……」
どこまでも器が大きいキテレツに驚くルイズですが、タバサはそれだけ呟いて部屋を後にしていきました。
(タバサちゃん……)
思い詰めていた様子のタバサに五月は怪訝そうにします。
「それにしてもタバサのお母様が病気だなんて初めて知ったわよ……」
タバサを見送ったキュルケは肩を竦めました。
親友の身内がそのようなことになっているなどまるで知らなかったのですから。
タバサは自分のことを話したりするタイプではないので仕方がないかもしれません。
「それにしても五月ちゃん。どこでタバサちゃんのお母さんのことを知ったの?」
「うん。たまたまちょっと聞いただけだったんだけど……まさかそれが心が壊れちゃう病気だったなんて……」
みよ子に問われた五月もまさかタバサの母親の病気が普通ではなかったことに驚きます。
シルフィードがうっかり漏らしていたタバサの秘密ですが、本人はそれを他人には知られたくないようでした。
「あの子、たまに授業をサボって学院からいなくなったりするんだけど……もしかしたら、お母様に会いに行ってたのかしらね」
「そういえば前にもそんなことがあったね。僕達が聞いても全然答えてくれなかったけど」
キュルケの言葉にキテレツは、あることを思い出します。
アルビオンへ旅立つ数日前に、タバサは授業中であったにも関わらずに一人抜け出していて、シルフィードに乗ってどこかへ飛んで行ってしまったのでした。
その行き先が、自分の母親がいる場所だったのかもしれません。
「授業をサボってでも病気の母親に会いたいなんて……良い子じゃない」
「でも心が壊れちゃってるなら、タバサは母親とまともに話もできていないということじゃない」
感心するキュルケですが、ルイズは苦い顔を浮かべます。
心が壊れて正気を失っているタバサの母親は、自分の娘が娘であることさえ分からないはずです。
それではたとえ会いに帰ったとしても、家族と心を通わせられなければ意味がありません。
「そんなの可哀相よ……」
「タバサちゃんがそんなに辛い目に遭ってるなんて……」
ルイズ達はタバサが抱えている境遇にを不憫に感じてしまいます。
一体、どうしてタバサの身にそのようなことが起きているのか、想像ができません。
「でも、キテレツ斎のマジックアイテムでその心が壊れるっていう病気を治せるのよね?」
「あら。例の秘伝書に何か書いてあったの?」
キュルケは興味深そうにキテレツの持つ大百科を見つめました。
「うん。奇天烈斎様がいた時にも同じ症状の人がいたんだからね。そのためにこの薬があるわけさ」
「キテレツ君。タバサちゃんのお母さんの病気を治してあげましょう。タバサちゃんはとっても寂しい思いをしてるはずだもの」
「ええ。そうしましょうよ」
五月とみよ子はタバサが抱えている孤独に深く同情していました。
以前、船の上で話をしていた時もタバサは母親のことを話している時はとても寂しそうな顔をしていたのです。
そんな孤独な少女を何とか助けてあげたいという思いが湧き上がっていたのです。
「うん。大変そうだけどやってみるよ。タバサちゃんには色々とお世話にもなっていたんだからね」
「あたしからもお願いするわ、キテレツ。手伝えることがあったら何でもするわよ」
キュルケも親友があんなに寂しそうな姿をしているのが見ていられませんでした。
そうしてキテレツ達が新たな目的を胸に刻んでいたのですが……。
「……もうっ! またやかましい音なんか出して!」
タバサがかけていたサイレントの魔法が切れたらしく、ブタゴリラの鼾がまたも部屋中に響きだしたのです。
そのやかましい騒音にルイズは癇癪を起こしました。キュルケも片耳を塞いで不快そうにしています。
「このブタ! あたし達が大事に話をしてるのに、呑気に眠りこけて! このっ!」
「やめなって、ルイズちゃん」
「あんたのマジックアイテムでこいつのこの鼾、なんとか出来ないの!?」
ブタゴリラを足蹴にするルイズは喚き立てていました。
しかし、完全に熟睡しているのか、ブタゴリラはルイズに蹴られてもまるでビクともしません。
反面、隣で寝ているトンガリとコロ助は苦しそうにうなされていました。
◆
翌日の午後、中庭では何人もの生徒達が集まっています。
そこにはキテレツ達がタルブの村より持ち帰ったゼロ戦が置かれていました。如意光で縮小し、元の大きさに戻されたゼロ戦はコルベールの研究室のすぐ近くにあります。
生徒や教師達はいきなり広場に現れた奇妙な物体を目にして驚くと同時に興味を抱き、近くにやってきては眺めだします。
「あの平民達のマジックアイテムか? 何だこりゃ?」
「あの雲みたいに空を飛べるみたいだぜ?」
「こんなのが空を飛べるわけないじゃないか」
「こんなの、ただの鳥の形をしたオモチャだよ」
しかし、話題になったのはほんの僅かな時間で、すぐに飽きてしまうと足早にゼロ戦から離れていきました。
メイジである生徒達にとってはただのガラクタでしかないようです。
「こりゃあすげえな。この操縦桿の握り具合! まさしく本物のゼロ戦だぜ! 伯父さんもこいつで飛び回ってたんだな!」
「あんまりいじらない方が良いよ」
「壊しちゃうナリ」
ブタゴリラはゼロ戦に乗り込んで色々弄り回していますが、すぐ傍ではトンガリとコロ助が心配そうに様子を見つめていました。
「ほうほう。これはまた珍しいモンじゃのお。鳥の姿をしたカラクリか……」
そこへ、同じように興味を持ってやってきた学院長のオスマンはゼロ戦を眺めながら唸っていました。
「オールド・オスマン」
ゼロ戦のすぐ近くでルイズは一緒にいたキテレツと五月と共にオスマンに歩み寄ります。
「見た所、これも君達の世界の代物みたいじゃが……」
「はい。タルブの村で見つけたものなんです。そこにも僕達と同じ世界からやってきた人がいたことも分かったんです」
「キテレツ君の冥府刀を直す方法もそこで見つかったんですよ」
笑顔で答えるキテレツと五月にオスマンは目を丸くしだします。
「おお。それはまことかね?」
「キテレツ君のご先祖様が、その村に昔来ていたんです。そこで発明品が載った本を残してくれていて……」
「この奇天烈大百科に、冥府刀の製法が書いてあったんです。これを参考に新しく作れば、元の世界へ帰れるはずです」
今も五月達と一緒に読んでいた奇天烈大百科の表紙をオスマンに見せます。
「キテレツ君の先祖が来ておったと? ほほう……それは驚きじゃな。キテレツ君と、その血縁者が同じハルケギニアを訪れるとは。何とも運命を感じるわい」
「はい。僕もびっくりしましたよ。奇天烈斎様がこの世界に本当に来ていたなんて」
「うむうむ。故郷へ帰れる目処がついたことは、実に喜ばしいことじゃ。ミス・ヴァリエール。この子達がきちんと帰るその時まで、しっかりと面倒を見るのじゃぞ」
「はい。オールド・オスマン」
頷いたルイズはオスマンに一礼をします。
「しかし、帰れる目処がついたというのも何だか寂しくなるのう。ミス・ヴァリエールも友との別れは辛かろう?」
そうオスマンに言われてルイズは黙り込んでしまいました。
別れの時が近づいている以上、その日が来ることを考えるとどうしても切なくなります。
「大丈夫です。絶対に、「さよなら」なんて言いませんから」
五月は以前、ルイズと交わした約束を口にします。
その約束の言葉を聞いて、ルイズは五月の顔を見ました。五月もまたルイズと同じように少し寂しそうな雰囲気を醸しだしているのが分かります。
「ええ。あたしだって言わないもん」
「ほっほっ……そうじゃな。別れの時が来ても、こうして笑顔でいたいものじゃ。良き友と出会えて、ミス・ヴァリエールも良かったのう」
二人の少女の笑顔を目にしてオスマンはうんうん、と深く頷いていました。
「して、帰るのはいつ頃になるのかな? キテレツ君」
「冥府刀を作るにはまだ時間はかかるし、帰る前に色々とやることがありますから。それを終わらせてからにします」
「ほう。ところで、コルベール君やミヨコ君の姿が見えんようじゃが? コルベール君なら真っ先にこのカラクリに飛びつきそうなものじゃが……」
「コルベール先生は研究室にいますわ。ミヨコはタバサ達と一緒にトリスタニアへ買い物へ行っております」
研究室でゼロ戦を動かすための燃料の精製のためにコルベールは一晩中閉じこもっています。
タバサは現在、キテレツが大百科からまとめた材料のリストを手に、それらを自ら入手しに朝から出かけていたのでした。
水の精霊の涙以外はトリスタニアで手に入るものであり、みよ子はキュルケと一緒にタバサの買い物に付き添っていたのです。
「おや? 噂をすれば……」
オスマンが空を見上げると、一頭の風竜が降りてくるのが見えました。
それは間違いなく、タバサの使い魔のシルフィードです。
「お帰り、みよちゃん。キュルケさん」
「ただいま、サツキ」
「薬の材料は買ってきたわ。キテレツ君」
キテレツと五月が駆け寄ると、中庭に降り立ったみよ子は抱えている袋を差し出しました。
「あれ? タバサちゃんは?」
「タバサちゃんはどうしたの?」
シルフィードに乗っていたのはキュルケとみよ子の二人だけで、タバサの姿はどこにもありません。
「トリスタニアで別れてきたわ。何でも町で会う人がいるから、「先に帰ってて」ですって。馬車で学院へ戻るみたいだわ」
「リストに書いてあったのは全部買えたから大丈夫よ」
キテレツが書いたリストはタバサ達では読めず、そのためにみよ子が同行していたのです。
「会う人がいるって誰だろう?」
「タバサちゃんのお母さんと関係あるのかな……」
一体、どんな人と会おうとしているのかキテレツ達には気になって仕方がありません。
「タバサのご実家って、そういえばどこなのかしらね? トリステインの貴族じゃないってことは確かみたいだけど……」
名門ヴァリエール家のルイズにはタバサのまとう雰囲気がトリステイン貴族の物とはまるで異なることが分かっていました。
「あらそうなの? あたしてっきり、世を忍んでいるトリステインの名門貴族なのかなって思ってたんだけど。タバサ、なんて仮の名前を使ってるくらいだし」
「タバサちゃんの名前って、偽名なんですか?」
「確証はないんだけど、たぶんそうよ。だって家名だって名乗ったことなんてないし、そもそも『タバサ』なんてまるでペットにでも名づけるような名前よ。平民だってもうちょっとまともな名前をつけるわよ」
手を横に広げるキュルケの言葉にキテレツ達は呆気に取られます。
ますますタバサに関する秘密は深まるばかりでした。実家も本名さえも知らない、無口な友達はどういう人物なのかが気になります。
「何じゃ、何じゃ。ミス・タバサの実家がどうかしたのかの?」
そこへオスマンもやってきて、話の輪に入ってきました。
「ミス・タバサはミス・ツェルプストーと同じ留学生じゃよ。家名に関しては生徒のプライバシーじゃからあまり口には出せんが……彼女はガリアの出身じゃ」
「ガリアって、このトリステインのお隣の国のことよね? ルイズちゃん」
「ええ。ハルケギニア最大の魔法大国。ラグドリアン湖の反対側がもうガリア王国の領内よ」
五月の問いにルイズは答えます。
「ガリアの留学生だったの。知らなかったわー……」
「キュルケさんはゲルマニアの留学生なんですよね? どうしてここに留学を?」
「ま、色々あってね。ゲルマニアのヴィンドボナ魔法学校がつまらなかったから、そこを辞めてこっちへ来たわけ。家でブラブラしてるだけじゃ退屈だったものね」
みよ子の問いにキュルケは肩を竦めながらあっけらかんと答えました。
実際は色々と大事を起こして退学させられているのですが、それを話す気はありません。
「ま、最初はこっちもつまらないかなって思ったけど、留学して正解だったわ。タバサっていう友達ができたし……お隣さんのヴァリエールともお勉強ができるものね」
ルイズの頭をぐりぐりと撫でながら楽しそうにキュルケは笑っていました。しかし、ルイズは逆に不快そうな顔です。
「でもタバサちゃんって、どうして留学してるのかしら。病気のお母さんを残して外国にわざわざ来るなんて……」
「そうだよね。どうしてだろ?」
「ま、留学生には色々と事情があるもんじゃ。興味本位だけで知ろうとするもんじゃないぞい」
キテレツと五月の疑問にオスマンは釘を刺すと、その場から去っていきます。
「オルレアン家も政争の果てにあそこまで零落れてしまうとはの……世の中非情じゃな」
本塔の入り口へ差し掛かった時、そうぽつりと呟いていました。
◆
夕刻を過ぎてもタバサはトリスタニアの町にいました。
みよ子達と別れてから町の中央広場でずっと持参していた本を読んでいたタバサでしたが、日が完全に落ちるとチクトンネ街のある酒場へと足を運びます。
「ここは貴族の娘さんが来る場所じゃありませんよ。お帰りになった方がよろしいですぜ」
カウンターの席に座ると主人が近寄ってきてきました。
夜の繁華街であるチクトンネ街の中でも上品な店であるそこは貴族の客も多いですが、タバサのような子供が入るような場所ではありません。
しかし、タバサは主人に注意されても動じません。
タバサがここにいる理由は、昨晩のことでした。
キテレツに母親の心を取り戻す薬の製作を頼んだあの後、部屋へ戻ったタバサの元に突然一羽のフクロウがやってきたのです。
そのフクロウは伝書鳥であり、一通の手紙を持ってきていました。手紙には明日の夜……すなわち今日の今、トリステインのチクトンネ街にある酒場で待つようにという命令が記されていたのでした。
送り主が誰なのか、タバサは身に染みて分かっています。そして今、その送り主の使者を待っているのです。
「遅れてごめんなさい。ああ、気にしないでちょうだい。彼女は私の連れですから」
するとそこへ深いフード付きのローブを纏った女がやってくるなり、タバサの隣に腰掛けていました。
女に言われた主人はそのまま下がっていきます。
「初めまして。北花壇騎士、タバサ殿」
「シェフィールド……」
フードから覗ける冷たい雰囲気を纏ったその女の顔を目にして、タバサは僅かに顔を顰めました。
目の前にいるこの見覚えがある人物は、アルビオン大陸のハヴィランド宮殿でレコン・キスタの司令官、クロムウェルと一緒にいた女その人だったのです。
「あら。私の名前を知っているのね。……まあ、キテレツ達と一緒にいたのだから知っていて当然かもね」
冷たく笑ったシェフィールドにタバサは珍しく緊張した表情です。
「まさかあなたがアルビオンにまでやってきて、あんなことをするなんて思っても見なかったわ。良いこと? 私は主人の命令でアルビオンに派遣されて任務をしていたの。あなた達はそれを邪魔したのよ? 本来なら、あなたのしたことは我が主を怒らせるに十分な行為よ」
シェフィールドの言葉にタバサは息を呑みました。
「そんな顔をしないで。別にそのことで咎めるわけじゃないわ。今回は、この国であなたに新しい任務が与えられるの。よく聞きなさい」
タバサは答えるどころか頷きもせずに沈黙し、耳だけを傾けていました。
「一つは、ラグドリアン湖の水の精霊の退治とその秘宝の奪還……」
やはりそれが来たか、とタバサは納得しました。
このシェフィールドが現れた時点で、何が目的であるか大よその検討はついていたのです。
「そして二つ……我が主は、未知のマジックアイテムに大変興味を持っておられるの。そのマジックアイテムが何なのかは、あなたも分かっているわね?」
タバサの目には明確な敵意が含まれ、シェフィールドを睨み付けます。
つまり、彼女はこう言っているのです。「キテレツの持っているマジックアイテムを奪い、献上せよ」と。
「この任務を成功させれば、主はあなたに大きな報酬を用意してくださるわ。あなたの母君、毒を飲んで心を病んだそうね。その心を取り戻せる薬よ」
もしもこの任務が昨日の内に与えられていたら、タバサは友人達と杖を交えなければならなかったことでしょう。
それも、自分と同じ孤独な子供達をも敵に回すことになってしまいます。
「分かっているでしょうけど、知り合いだろうと私情は一切許されないわ。天下の北花壇騎士である以上はね。あなたは我が主の飼い犬なんだから」
数日前までなら破格の報酬であり、母を守るためにも命令に従っていたでしょうが、今のタバサにとっては無用の長物なのです。