キテレツ大百科 ハルケギニア旅行記   作:月に吠えるもの

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明かされた秘密 ハルケギニアの奇天烈大百科・後編

「ハアイ、みんな」

 

竜の羽衣ことゼロ戦が保管される神社へやってきたキテレツ達を待っていたルイズ達が出迎えます。

寝そべるシルフィードの傍でキュルケは手を小さく振りつつ、タバサが手にしている包みからまんじゅうを一つ手に取り口にしました。

 

「やあ、お待たせ」

「このマンジュウって本当に美味しいわね。しかもキテレツの発明品だったなんて……」

 

同じようにふくふく饅頭を食べているルイズは意外そうに言います。

壁耳目で話を聞いていた一行はシエスタからもらっていたタルブ名物のマンジュことまんじゅうがキテレツの発明品だと知って驚いていたのです。

 

「ルイズちゃん、おまんじゅうがずいぶん気に入ったのね」

「そうよお。ルイズったら一人でもう三つも食べたりして。しかも一つは喉に詰まらせそうになってたのよ」

「んんっ……! ……ゲホッ! ……ゲホッ!」

「こんな風にね」

「大丈夫、ルイズちゃん?」

 

むせて胸を叩くルイズを見つめながらキュルケは面白そうに言います。

五月はルイズの元へ寄ると、背中を擦っていました。

 

「余計なこと言うんじゃないわよ、キュルケ……!」

「モチでも無いのに喉に詰まらせるなんて器用な奴だな」

「うっさいわね……!」

「ところで、先生はどこに?」

「……あの中で例のゼロ戦を見物中よ。あんた達も見てみると良いわ……。はい、キテレツ。これ返すわね」

 

何とか落ち着いたルイズはため息をつきつつ壁耳目のモニターを渡し、キテレツ達と社の中へ一緒に入っていきます。

 

「う~ん……! これは油かな? まったく嗅いだことのない不思議な臭いだな……ずいぶんと気化しやすいようだ」

 

ゼロ戦をペタペタと触っていたコルベールは、今までになく目を輝かせ興奮しています。

未知の機械を目の当たりにして知的好奇心をこれまでに無いほど刺激され、調べるのに夢中になっていました。

 

「ん……やあ、君達か! キテレツ君、このゼロ戦とやらは実に不思議なカラクリなようだね! この翼は超鈍速ジェットのように羽ばたくようにはできておらんし、前にある風車はどんな役割があるのかとても気になる! それにこの翼の中には全く知らない油が残っておったよ!」

 

本当に子供のようにはしゃぐコルベールの姿にルイズとキュルケは苦笑していました。

 

「油? たぶん、それはこれを動かすための燃料だと思いますよ」

「ほう! そうなのか。しかし、僅かにほんの少し残っているだけみたいでね。これくらいしか採取できなかったよ。これでは動かすことはできんということだね?」

 

キテレツの言葉にコルベールは持参していた小さな瓶を見せます。その中にはゼロ戦の燃料タンクから取り出せたオレンジがかった液体が入っていました。

 

「ふうん。変わった臭いをしてるのね……」

「先生。鼻が詰まりそうですわ……」

 

キュルケが瓶を見つめる中、ルイズは顔を顰めつつ鼻をマントで覆います。

 

「この臭いって、ガソリンじゃないかしら?」

「がそりん?」

 

怪訝そうにするみよ子の言葉にルイズはマントで覆ったまま反応します。

 

「わたし達の世界で使っている灯油よりもずっと燃えやすい油のことよ」

「料理なんかには使えねえけどな」

「当たり前でしょ。火を点けただけで大火事だよ」

 

説明する五月にブタゴリラが続けて言いますが、トンガリはため息をつきました。

 

「あ~……そうか。燃料が無いから飛べなくなっちゃったんだね」

 

ゼロ戦が飛べない原因をキテレツは理解しました。

シエスタの曽祖父、佐々木武雄はゼロ戦の燃料切れが原因でこの村に不時着し、補給もできなかったのでそのまま立ち往生をしてしまったのでしょう。

 

「じゃあこの、がそりんを入れ直せば飛べるナリか?」

「うん。他にどこも壊れてなければね。見た感じはその心配はなさそうだけど。でも、肝心のガソリンが無いとね……」

 

キテレツはゼロ戦を眺めつつ答えます。外装はどこも問題はないようですが、内部の機械などが故障しているかどうかは調べなければ分かりません。

 

「何、この試料さえあれば分析して新しく複製できるだろう」

「本当ですか? 先生」

「うむ。調合は大変だろうが……任せてくれたまえ」

 

コルベールはガソリンの入った瓶にフタをしてポケットに入れました。

 

「でも、どうやってこんな物が飛ぶっていうのよ?」

「このプロペラが回転することで風を起こすんだ。その風の力を翼に伝えて浮く力を生み出して飛ぶんだよ」

「へえ。タバサのシルフィードよりも速いのかしら?」

「たぶんね。僕のキント雲でも追いつけないよ」

 

ルイズとキュルケの問いにキテレツはそれぞれ答えていきます。

タバサはゼロ戦をじっと興味深そうに見上げていました。

 

「ゼロ戦の飛ぶ速さは、時速500キロって言われてるみたいだぜ。新幹線とかよりもそりゃあずっと速いぜ」

「熊田君、よく知ってるのね」

「本当にそうなの?」

「伊達に伯父さんがゼロ戦乗りをやってねえからな」

 

どこか胡散臭そうに見つめてくるトンガリにブタゴリラは得意げに答えました。

実際は本やテレビからの受け売りなのですが。

 

「とにかく、このガソリンとやらを新しく作ってみせよう。乗りかかった船だ! ぜひ、これを動かしてみせようじゃないか! う~ん! こんなにワクワクするのは生まれて初めてだ!」

「シエスタさんからは僕達がこれをもらっても良いって言ってくれましたから、学院に持って帰って色々調べてみましょう」

「うむ! 賛成だ! 今日から眠れなくなるぞ! ところで、キテレツ君のご先祖様の秘伝書というのはどうしたのかね?」

 

研究者魂を燃やすコルベールは張り切っていましたが、もう一つの関心事に話題を変えます。

神社でルイズ達三人が壁耳目のモニターを見ている間中、ずっとゼロ戦に突っかかっていたので、秘伝書の詳細などについては何も知らないのでした。

 

「はい。これです」

「良い物が手に入ったわね~。キテレツのマジックアイテムがいっぱい載ってるんですってね?」

 

キテレツが手に抱える本をキュルケだけでなくタバサも大いに興味を寄せて見つめていました。

 

「それにしても、キテレツのご先祖がまさかこの村にいたなんてね……」

「僕も本当に驚いたよ。まさか、この村に本当に奇天烈斎様が来ていたなんてさ」

「しかも、大百科まで残していたんだものね」

 

嘆息するルイズにキテレツとみよ子は頷きました。

 

「キテレツのご先祖様って、素晴らしい武勇伝があったのね~。尊敬しちゃうわ」

「ぜひ話を聞かせてもらえんかね。キテレツ君」

 

キュルケの言葉にコルベールはまたも目を輝かせています。

 

「大百科に何が書いてあるのかも知りたいナリ!」

「うん。この大百科によると、奇天烈斎様は天正十七年……つまり、僕達の世界で言えば400年くらい前の戦国時代の頃にこの世界へやってきたみたいなんだ」

 

箱に腰掛けたキテレツは大百科の最初のページを開いて告げました。

 

「あら? 奇天烈斎様って、幕末の江戸時代の人じゃなかったかしら?」

「テンショウ? バクマツ?」

「黙って聞いてなさいよ」

 

キテレツやみよ子の口にする日本の元号にルイズは意味が分からず顔を顰めますが、キュルケが諌めます。

 

「たぶん、航時機で昔に行ってたと思うんだけど……」

「そういやあ、キテレツのご先祖様って色々な時代で会ってたよな?」

 

ブタゴリラはかつて江戸時代の初めの年代にトンガリやコロ助と一緒に奇天烈斎と出会ったことがありました。

それだけではなく安政の時代より100年も前の宝暦の江戸時代からキテレツ達の現代に侍が航時機に乗ってやってきたこともあった他、300年ほど前にはからくり斎という弟子がいたという事実も残っており、奇天烈斎は航時機でタイムトラベルをしていたことが分かります。

 

「航時機……君が言っていた時間を旅できる機械だね」

 

先日、コルベールはキテレツ達と露天風呂に入った際に奇天烈斎の話や活躍を聞かされただけでなく、タイムトラベルで出会ったことも聞かされていました。

 

「キテレツのご先祖様が来てたのって、160年くらい前じゃないの?」

「ああ~……ワガハイ達の世界じゃ400年で、こっちじゃ100年……ややこしくなるナリ~!」

 

キュルケの疑問の言葉にコロ助が頭を抱えて喚きだしました。

 

「僕達の世界と、この世界とじゃ時間の流れが全然違うんだよ。でも、400年経っててこっちじゃ100年くらいしか経ってないってことは、時間の流れ方が全然一定してないんだな……」

「本当にややこしいぜ……」

 

キテレツ達がハルケギニアへやってきた時は元の世界では一時間と経っていませんでしたが、到着した頃には一日が経っていました。

どういった法則で元の世界とハルケギニアとで時間の流れが異なっているのかが全く分かりません。

 

「それで、何のためにあんた達みたいにハルケギニアへ来ていた訳よ?」

「早く教えてよ! 奇天烈斎様がどうしてこの世界に来ていたのかをさ!」

「ちょっと待って。え~と、何々……?」

 

最初のページの序文はまだ一番初めの部分しか読んでいなかったので、来訪の目的はまだ知りません。

ルイズとトンガリに急かされて大百科を読むキテレツに全員が注目していました。

 

大百科の序文の内容については、こう記されています。

 

奇天烈斎は元々、文久二年の江戸時代から航時機を使って戦国時代へと向かいました。

どうやら当時、奇天烈斎の航時機を借りたある地方大名の姫とお供の侍がいたそうで、タイムトラベルに同行したそうです。

しかし、タイムトラベルをした先である事件が起きました。その姫は突如現れた不思議な光る鏡に飲み込まれ、助けようとした侍もろとも消えてしまったのです。

奇天烈斎は元の時代から数々の発明を持参して再び姫と侍が消えた時代に戻り、冥府刀を使って異次元を渡ったのでした。

その異次元の先にあったのが、このハルケギニアだったのです。

 

「すごいわね……タイムトラベルをしただけじゃなくて、この異世界にまでやってきたなんて勇気があるわ……」

「お姫様とお侍さんを助けに行くなんて、奇天烈斎様は立派な人ナリ」

 

やはり奇天烈斎は人助けのためにハルケギニアを訪れていたのです。

五月とコロ助だけでなく、キテレツ達自身も奇天烈斎の行動力には驚きました。

 

奇天烈斎は侍を探してハルケギニアを旅していましたが、その道中で立ち寄ったのがこのタルブ村だったのです。

村長の話通り、当時は酷い災害に見舞われていたタルブを見捨てておくことができず、奇天烈斎は発明や知識を駆使して村を救ったのです。

その後、タルブを拠点にして多くの人々や貴族の手助けをしつつ、姫と侍を探して奔走していたのでした。

 

「ほう。こちらでもキテレツ斎殿は多くの人々のために発明を役立てていたのか……」

「どういうことですの? 先生」

 

ルイズは感心して唸るコルベールに尋ねます。

 

「キテレツ君のご先祖様は元の世界でも多くの人々から悩みや相談を受けては様々な発明を作って助けていたのだそうだよ。我ら貴族のような大名からも依頼を受けては感謝され、たくさんの褒美をもらっていたそうじゃないか」

「へえ~……本当にすごいじゃないの、キテレツ斎って……」

「さすがキテレツ君のご先祖様だわ……」

 

多くの人々を幸せにしてきた奇天烈斎の数多くの偉業と功績にルイズと五月はさらに感嘆としてしまいます。

 

「いやあ、そんな……」

「もう、キテレツ君ったら……」

 

キテレツは尊敬している奇天烈斎のことを褒められて照れてしまいました。みよ子もキテレツを見つめて笑います。

 

そして、奇天烈斎がハルケギニアへやってきて一年が経過した頃、アルビオン大陸から奇天烈斎の元に一通の手紙が届きます。

それは奇天烈斎が探していた侍からのものでした。姫と侍はアルビオンに飛ばされていたそうですが、そこで何とか生き延びて隠れ住んでいたのです。

奇天烈斎の活躍と噂はアルビオンにまで届き、それを耳にした侍はタルブにいる奇天烈斎に手紙を送って助けを求めたのでした。

 

アルビオンに向かい、姫と侍を見つけ出した奇天烈斎はタルブへと戻りましたが、ちょうどその頃にロマリアから派遣されたメイジ達が奇天烈斎を異端者として捕らえようとしていたのです。

奇天烈斎はすぐに元の世界へ帰る決意をしましたが、また自分達のような異世界の迷い子達が現れても大丈夫なように、そしてこのハルケギニアの人達にも役立てられるように、ハルケギニアで使っていた数々の発明品を秘伝書に書き残していたのでした。

 

それがキテレツが今手にしている秘伝書――奇天烈大百科なのです。

 

「ロマリアの連中はひどいわね。キテレツ斎を異端扱いするなんて……」

「うむ……実に残念なことだ」

 

肩を竦めながら言ったキュルケにコルベールだけでなく、キテレツも苦い顔を浮かべました。

 

「奇天烈斎様は何にも悪いことをしてないのに捕まえようとするなんて許せないナリ!」

「ロマリアは6000年も続くブリミル教の総本山ではあるが……確かに、心が狭いと言わざるを得ないかもしれんな。6000年という長い年月は、我らの心に大きな壁を築いてしまったのかもしれん……」

 

コルベールは腕を組んでため息をついていました。

 

「私達が使う魔法も神の与えし奇跡の御技と称されてはいるが、結局は人の成す術だ。その力には色々と限界があるものだよ。だが、貴族達は今でもその力を盲目的に絶対視し続けている。その結果、色々な新しい物事や知らない技術を拒絶するほどに心が狭くなってしまった。それでは人類の未来はいつまでも開かれん、と私はいつも思っているよ」

「魔法が、全てではないということなのですか?」

「もちろんさ。ちょっと考えを変えてみれば、魔法ではできないことが別のやり方ならば簡単にできたりするし、多くの人々を幸せにできるものさ。その答えの一つがキテレツ君の発明なんだよ」

 

熱く語るコルベールに問うルイズに、コルベールはさらに頷いていました。

 

「奇天烈斎様は可哀相ナリ……こっちの世界でも追われる身になるなんて悔しいナリ……」

「どういうこと? コロちゃん」

「あんた達の世界でもキテレツ斎はちゃんと人の役に立って感謝されてたんでしょ?」

 

しょげるコロ助に五月とルイズは目を丸くしました。キテレツも残念そうな顔を浮かべています。

 

「そうなんだけど……奇天烈斎様は自分の発明が原因で役人に捕まって、そのまま亡くなっちゃったんだ」

「はあ? どうしてよ?」

「どうして役人に捕まらなくちゃいけないの? そんなにいっぱい人の役に立っていたのに」

「それは一体……」

 

奇天烈斎の晩年を知って二人だけでなくコルベールまでも驚いていました。

 

安政六年、奇天烈斎は人力飛行機での飛行実験を行いましたが、それが「怪しげな術を用いて世間を騒がせた」として幕府からお尋ね者にされてしまったのでした。

奇天烈斎は人里離れた場所で隠遁をしつつ密かに発明を続けては人々を助けていましたが、最終的には座敷牢で終身収監となり、最期には発狂して獄死したというのです。

その晩年に自分の数々の発明品が書き記された秘伝書、奇天烈大百科を遺したのでした。

 

「何とも無念なことだな……キテレツ斎殿がそのような最期を遂げたとは……」

 

同じ発明家としてコルベールは奇天烈斎の報われない結末に同情していました。

 

「……そんなのって無いわ!」

「五月ちゃん……」

 

キテレツの話を聞いていた思わず五月は大声を上げていました。

 

「キテレツ君のご先祖様はちゃんと色々な人の役に立っていたのよ!? 偉い人だって発明を認めて頼りにしていたのに、どうしてそんな仕打ちを受けないといけないの!?」

「そうよねえ。今まで散々、不思議なマジックアイテムに頼っておきながら掌を返して罪人扱いするなんて。本当に頭の固くて心の狭い人達ね」

「空を飛んだくらいで捕まえるなんて、色々不思議な物を作ってるのが分かってるくせに……」

 

キュルケやルイズまでもがため息をついて吐き捨てます。

 

「……全部、モーレツ斎のせいナリ!」

「モーレツ斎?」

「誰よそれ? キテレツ斎の親戚か何か?」

 

喚きだすコロ助の聞き慣れない、そして奇天烈斎と似た名前に五月とルイズは呆気に取られました。

 

「確か、奇天烈斎様のライバルだった発明家だったじゃないかしら?」

「ああ! あの生意気なガキか! 思い出したぜ!」

「とっても感じ悪かったよね……」

 

みよ子もブタゴリラもトンガリも、モーレツ斎のことを覚えていました。

 

猛烈斎は奇天烈斎が若かった頃に長崎で蘭学を学んだ仲であり、共に夢を語り合い発明家を志していた親友でした。

奇天烈斎とは切磋琢磨し合っては互いに様々な発明品を作り出し、東の奇天烈斎、西の猛烈斎と呼ばれるほど名声を二分していました。

やがては奇天烈斎が徳川御三家の水戸藩、猛烈斎は尾張藩の発明指南役として抜擢されるようになったのです。

 

「ほう。キテレツ斎殿の親友もまた、凄い発明家だったのか……」

「要するに、二人とも貴族お抱えの発明家に出世したって訳ね。すごいじゃない」

 

コルベールもキュルケも感心して唸っていました。

 

「はい。子孫も今では資産家となって活躍しています」

「憎たらしい奴だったけどな」

「作ったロボットもコロ助の方がまだ愛嬌あるしね」

「あたしもモーレツ斎はあまり好きにはなれないわ」

 

ブタゴリラ達は嫌そうな顔を浮かべます。コロ助も不機嫌そうに腕を組んでいました。

 

「あんた達、何でそのモーレツ斎のことが嫌いなわけ? 何かあったの?」

「奇天烈斎様が捕まる原因になったのは、モーレツ斎のせいナリよ!」

 

ルイズの問いにコロ助は悔しそうに喚きました。

 

不幸の始まりは二人がからくり人間――すなわちコロ助の原型の研究をしていた時です。

その研究が時の将軍の耳に入ると、からくり人間の御前試合が催されることが決まりました。

奇天烈斎は期日に間に合いましたが、猛烈斎は調整に手間取ったために遅刻してしまい、結局は奇天烈斎の不戦勝となったのです。

猛烈斎は藩主の面目を潰した罰として手打ちにされそうになり、自分のからくり人間に守られつつも結局はその場で自害してしまいました。

奇天烈斎さえいなければ、自分が天下一の発明家であったのに、と恨み言まで言い残して。

そして、お家断絶となった猛烈斎は歴史から消えてしまったのです。

 

「何よ。自分が遅刻したせいで恥を晒しておいてキテレツ斎を恨むなんて。自業自得じゃない」

「約束も守れない奴なんて信用ならないわね」

 

話を聞いていたキュルケとルイズ達は冷たく吐き捨てます。

 

「でも、どうしてそれで奇天烈斎様が?」

「うん。猛烈斎には息子がいたんだよ。父親が亡くなって、自分達が歴史から消える破目になったのは奇天烈斎様のせいだって恨んでいたみたい」

 

そして、その息子が「奇天烈斎は怪しげな術を使い、妙な物を発明をしては世間を騒がせている」とありもしない話や悪行をでっち上げて訴えたことで、幕府からお尋ね者として追われることになってしまったのでした。

 

「今の子孫の子も、そのことはとても根に持っているみたいなんだ」

「……そんな! 自分の失態を棚に上げて友達だったはずの奇天烈斎様を恨むだなんて! 最低だわ!」

 

話を聞いた五月はたまらずに大声を上げていました。

猛烈斎とその一族の恨みなど結局は理不尽で一方的な逆恨みでしかありません。

 

「ワガハイ、とても悔しいナリ……」

「コロちゃん……」

 

しょんぼりと沈み込むコロ助をみよ子はそっと抱きました。

 

「そういやあの野郎、あれから何にも無いけどどうしたんだろうな?」

「猛家って、僕も調べてみたけどすんごいお金持ちでお城みたいな家を持ってるんだってさ」

「どうせ成金なんでしょ? そんな安っぽい因縁をつけてくるくらいなんだから、大した奴じゃないわよ」

 

トンガリの言葉にルイズは呆れたようにため息をつきます。

キテレツ達は以前、猛烈斎の子孫が作ったからくりロボットとコロ助がテレビ番組で勝負をする場面に居合わせていました。

最終的にはコロ助が勝ちはしましたが、それでも猛烈斎の子孫は納得せずにキテレツ達をいつか見返してやると言い残していたのです。

 

「キテレツ君は悔しくないの? 奇天烈斎様がそんなことで因縁をつけられるなんて」

「確かに、猛烈斎達のおかげで奇天烈斎様は捕まっちゃうことになったのは残念だけど……僕は良いんだよ、彼らは彼らでやっていてくれれば。いつか分かってくれるはずだから」

「あんた……自分のご先祖様を陥れた連中なのよ? それでも許すっていうの?」

 

ルイズもキュルケも信じられない、といた表情でキテレツを見つめます。

 

「だって、奇天烈斎様は誰も恨んだりしなかったんだから」

 

キテレツの言葉に全員が沈黙していました。

 

「奇天烈斎様は自分の発明が認められなかったとしても、それで周りを恨んだりしなかったし、自分を陥れた猛烈斎のことだって全然恨まなかったんだ。僕はそんな奇天烈斎様の心を大事にしたいんだよ」

「……うん。キテレツ君の言う通りだ。素晴らしい考えだよ」

 

ずっと黙っていたコルベールが深く頷いていました。

 

「私の発明や思想も、周りからは全然理解してはもらえん。変人呼ばわりさえされるくらいさ。だが、だからと言って自分を理解してくれない人達を憎んだりしてはいけないんだ」

 

キュルケとルイズはコルベールの話を聞いて目を丸くします。タバサも珍しく話に集中していました。

 

「モーレツ斎はきっと、キテレツ斎殿と比べられるのが嫌だったのかもしれんな。お互いに良きライバルであったのに功名心が強すぎて、同じ才能を持っていたキテレツ斎殿を邪魔者に思ってしまうとは……悲しいことだ」

「どうしたの、タバサ?」

「……別に」

 

タバサは自分の顔を隠すように読んでいた本を持ち上げました。

奇天烈斎と猛烈斎の因縁やコルベールの話を黙って聞いていたタバサは、何故か今までとは違って妙に表情が曇っていたことにキュルケは気付いたのです。

 

「一番大事なのは、他者を尊重する心……それなんだ。いかに人々を幸せにしたいという信念があろうとも、それで誰かに迷惑をかけては何もならない」

「コルベール先生……」

「キテレツ斎殿は、本当に高潔な心と信念を持ったお方だ。その心意気は、我らハルケギニアの貴族も見習わなければならないかもしれんな」

「ええ……そうですわね」

 

貴族やメイジだって自分より優れている人間や自分の存在を脅かそうとする人間を疎ましく思ったりすることが多々あります。

しかし、そうした負の感情を抱いて他者を認めず、他者を恨んだり、他者を陥れるような卑劣な真似をしてはいけないのです。

それによって誰かを不幸にしてしまうことになるのですから。

 

「モーレツ斎も、実に惜しいことをした……人々を幸せにするのではなく、名声を得ることが目的になってしまったとは……彼にもキテレツ斎殿のように他者を思いやる心があれば良かったのにな……」

 

奇天烈斎はあくまで人々を幸せにしたいという善意で発明を役立てていました。だからこそ多くの人々に慕われ、名声を得ることができたのです。

 

「私の発明も周りには全然理解されはせんが、キテレツ斎殿の心意気を胸に秘めておきたいと思うよ」

「でも、コルベール先生の考えもいつか色々な人に分かってもらえるはずですよ。奇天烈斎様の残してくれた発明は今もちゃんと役に立っているんですから」

「うむ。そのためには、今まで以上に発明に励まねばならんな。キテレツ斎殿を見習ってね」

 

奇天烈斎とコルベールが出会えば、きっと猛烈斎以上にお互いに理解し合える仲になれただろうとキテレツは考えていました。

 

「……でも、奇天烈斎様はこの世界で追いかけられても、ちゃんと元の世界へ帰ることができたナリよね?」

「もちろんよ、コロちゃん。そのお姫様達とはちゃんと一緒に元の時代へ帰れたのね」

「きっとそうだわ。そうでなきゃキテレツ君の大百科だって無いんだから」

 

奇天烈斎は危険なタイムトラベルと異世界での旅を二つとも成し遂げ、帰還を果たしたのでしょう。

 

「ってことは……その大百科に冥府刀が載ってるってことなの!? ねえ、どうなのさ!? キテレツ!」

「ちょ、ちょっと待って! え~と……」

 

トンガリに詰め寄られてキテレツは大百科のページをめくっていきます。

 

「あ! これよ! キテレツ君の冥府刀!」

 

キテレツの隣にやってきた五月も神通鏡をかけて一緒に見てみましたが、一番最後のページに書かれている物に目を輝かせました。

 

「何!? 本当に書いてあるのか!?」

「……うん! 間違いない、冥府刀だ! 奇天烈斎様は僕達みたいな人が元の世界へ帰ることができるように、ちゃんと書いていてくれたんだよ!」

「ということは、ワガハイ達は……」

「……帰れるのね!?」

 

みよ子達は希望と歓喜に満ちた笑顔を浮かべていました。

 

「……やったあああああっ! あ、ああああ!? 痛たっ!」

「大丈夫?」

「トンガリ君、はしゃぎすぎよ?」

 

歓喜のあまり飛び上がった勢いで倒れてしまったトンガリにキュルケと五月が苦笑します。

 

「だってだって! やっと帰る方法が見つかったんだよ!? これでママの所へ帰れるんだ! わーいっ!」

 

この異世界での一番の目的である、元の世界へ帰るための手段を見つけられたことは、キテレツ達にとっては最大にして最高の快挙であり、収穫であり、成果であり、大発見なのです。

 

(キテレツ達が、サツキ達が、帰る……)

 

喜んでいるキテレツ達の姿を目にしてルイズは呆然としていました。

奇天烈斎と同様にキテレツ達は友達の五月を助けにこのハルケギニアを訪れましたが、ルイズが冥府刀を壊してしまったせいで足止めにされてしまうことになったのです。

一行を故郷へ帰すことがルイズに課せられた義務であり責務でありますが、キテレツ達……特に五月はルイズが心を通わせられた友達です。

帰る方法が見つかったことは喜ばしいと思うと同時に、それは友達がいなくなることを意味していました。

いつか別れる日が来ることは分かってはいても、その時が近づいてくるのをはっきり感じていたルイズは今、キテレツや五月達がまだ自分達の近くにいるのに、その距離が遠いように感じられてしまうのでした。

 

「キテレツの冥府刀を、その大百科で修理できるんでしょ!?」

「いや、どうやら僕の大百科に載ってるのと材料が全然違うみたいだね。この世界にある物を主に使って作るようにしているみたいだよ。新しい部品を手に入れて、一から作り直さないと」

「え~? それじゃあすぐに帰れないの?」

「文句言うなよ。帰る方法が見つかっただけでも良いじゃねえか」

 

はしゃいでいたトンガリの表情が一気に曇りだしますが、対するブタゴリラは気にしませんでした。

 

(そうよね……ちゃんと、サツキ達には帰る場所があるんだものね……)

 

ルイズはこんなにキテレツ達が浮かれているのを目にして、ため息をつきます。

 

「ねえ、キテレツ。それであんた達のあの冥府刀? あれを作るのに何がいるわけ?」

「え? う~ん……コルベール先生の研究室にある物が大体使えそうなんだけど、あそこに無い物も結構あるからね……それを手に入れなきゃどうにもならないよ」

「必要な物があるんだったら、あたしがお金を出してあげるわ」

「キテレツの発明資金を出してくれるナリか?」

 

協力的なルイズにキテレツ達は呆気に取られました。

 

「あたしはラ・ヴァリエール公爵家の娘よ。あんた達のマジックアイテムを作るお金くらい、ちゃんと出してあげるわよ。あたしにはあんた達をちゃんとお世話する責任があるんだから! これくらいの協力は当然よ!」

「私も協力させてもらうよ。君達がようやく帰る目途がついたんだからね。キテレツ君、手伝えることがあるなら何でも言ってくれたまえよ」

「……ありがとうございます。先生、ルイズちゃん。でもそんなに急いでいるわけじゃないから、この新しい冥府刀も慌てないでゆっくり作ることにするよ」

 

大百科を閉じてキテレツは二人の顔を見回して頷きます。

 

「ええ? 何言ってるんだよ、キテレツ」

「そうよね。その気になったらいつでも帰れるってことなんだから、急ぐこともないわ」

「五月ちゃんまで……!」

 

同意する五月に一刻も早く帰りたいトンガリは困惑します。

 

(ルイズちゃんだって、もっとわたし達と一緒にいたいんだものね)

 

五月はルイズが自分達と別れることに寂しさを感じていることを察していました。

友達との別れの辛さを知っている五月はできる限り、少しでも多くルイズ達との交流を続けていたいと思っていたのです。

 

 

 

 

魔法学院に戻ってきたキテレツ達はその夜、宿舎で寛いでいました。

もう就寝の時間でブタゴリラとトンガリ、コロ助は既に眠りについていますが、他の三人はまだ起きています。

 

「うるさいわね……口を塞いでやりたいわ……」

「そっとしておいてあげましょう」

 

宿舎にやってきていたルイズは鼾をかくブタゴリラに顔を顰めますが、みよ子が抑えます。

 

「すごいなあ。僕の持ってる大百科に載ってない物がいっぱいあるよ」

 

ベッドに腰掛けて大百科を読んでいたキテレツは嬉しそうに頷きました。

 

「全然読めないわよ……何て書いてあるの?」

 

隣にやってきたルイズが神通鏡をかけて中を覗き込みますが、達筆の日本語で書かれた文字を読むことができません。

そのページには石のような物の絵が描かれています。

 

「これはね、奇天烈斎様がタルブの村に来た時に発明したもので、太陽の光を固形化したものなんだって。今風に言うならドライ・ライト、っていう所かな」

「ドライ・ライト?」

「どんな発明なの?」

 

みよ子と五月も興味津々に尋ね、二人ともキテレツの隣や傍に寄ってきます。

 

「これによるとね、まだ復興の途中だったタルブの村は冬になるととっても寒くて、村の人達はみんな凍えていたそうなんだ。そこで奇天烈斎様は太陽の光を集めて土の中でドライアイス状の固形物へと変化させることに成功したんだ。このドライ・ライトは太陽の光と熱をそのまま持っているから明かりにも使えるし、冷たい空気に触れると熱を周りに出しながら融けていくんだって。水に入れれば沸騰させてお湯になるし、これを使って寒い冬でもみんな暖かく過ごせたそうだよ」

「へぇ~、すごいわ。そんな物まで作っちゃうなんて」

 

五月は奇天烈斎の凄さを改めて知り、嘆息しました。

 

「つまり火石みたいなものなのね」

「火石って?」

「炎の力を封じ込めた精霊石のことよ。風石と違って簡単に採掘できないからとっても貴重なの」

「その火石とか風石のことも書いてあったよ。人工的に火のエネルギーや風のエネルギーを結晶化させた物を作ったんだって」

 

みよ子に説明するルイズにキテレツは大百科を読みつつさらに答えました。

 

「嘘……精霊石を作れるだなんて……先住魔法でも使わないと無理だっていうのに。キテレツ斎ってどこまで凄いことができるのよ……」

 

メイジを超える奇天烈斎の天才的才能と技術力の高さにルイズは驚き、唖然としてしまいます。

そこまでの驚異的な技術を系統魔法と始祖ブリミルを崇拝するロマリアが危険視するのも納得できる気がしました。

 

「それからこんなのもあったよ。……このページにあるこの薬なんだけど」

「『心神快癒薬』?」

 

ルイズから神通鏡を受け取った五月はページに書かれている発明品の名前を読み上げました。

 

「この間、水の精霊から水の精霊の涙をもらったよね。あれを材料にして作るみたいなんだけど……」

「どんな効果があるのかしら?」

「簡単に言うなら、心を取り戻す特効薬なんだってさ」

「心の特効薬?」

 

みよ子とルイズは意味が分からずに首を傾げました。

 

「ある貴族の令嬢が心を失ってしまう病気にかかったそうなんだけど、その原因が心が壊れてしまう魔法の毒を飲んでしまったことを奇天烈斎様は知ったんだ。奇天烈斎様は心を取り戻すための特効薬を作ったそうだけど、その材料が水の精霊の涙なんだよ。ほら、奇天烈斎様が水の精霊を助けて精霊の涙を受け取ったって精霊さんが言っていたよね。あれはこれを作るためだったみたいなんだ」

「心を失うって、どういうことなのかしら……」

「何でも正気を失くしたり、取り乱したりしておかしくなっちゃうみたいなんだけど……実際はどうなんだろうね」

「聞いていると何だか怖いわ……」

 

五月もみよ子も、それがどのようなものなのかがまるで想像できませんでした。

心が壊れてしまう、などというのは考えるだけでもぞっとしてしまいます。

 

「水の精霊の涙はあるんだからあんたも作れるんでしょう?」

「でも、作り方がかなり難しいみたいだね。そう簡単には作れないよ」

 

そもそもそういった事態に今後陥ったり、出くわすのかさえ分かりません。ならば作らなければならないという必然性はないのです。

 

「誰よ?」

 

唐突に部屋の扉が小さくノックされる音がしました。

ルイズは扉に向かって呼びかけましたが返答はありません。ですが、静かに扉が開きだします。

 

「タバサちゃん」

「タバサちゃん、どうしたの? こんな遅くに」

 

そこに現れたのはタバサでした。今回はキュルケはいないようで一人だけでやってきたようです。

 

「あんた、もしかして立ち聞きしてたの? あんたもキテレツのこの秘伝書に興味があるわけ?」

 

ルイズの問いかけにタバサは小さく頷きました。

ここまで辿り着いたのは本当にほんの少し前で、ノックをする前に扉を隔ててキテレツの話を聞いていたのです。

 

「ど、どうしたの? タバサちゃん」

 

部屋に入ってきたタバサは何故か一直線にキテレツの前までつかつかと歩み寄ってきていました。

どこかいつもより積極的な様子のタバサにキテレツも三人も呆気に取られます。

 

「キテレツ。……あなたに頼みがある」

 

開口一番に述べてきたのは、キテレツへの懇願でした。

その表情はいつもの無表情と違って妙に真剣であり、何かを求めているような願いが込められた瞳でキテレツを見つめます。

 

 


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