コロ助「やったナリー! とうとう元の世界へ帰る方法が見つかったナリー!」
キテレツ「奇天烈斎様が残してくれたこの大百科には色々な発明品が書いてあったんだ。新しい冥府刀を作り直すことができるよ!」
コロ助「でも直すには部品やお小遣いがいっぱいいるナリね~」
キテレツ「大丈夫。コルベール先生やルイズちゃん達が色々と協力してくれるって」
コロ助「ところでタバサちゃんは大百科にとっても興味があるみたいナリ」
キテレツ「僕に何か作ってもらいたい物があるのかな?」
キテレツ「次回、明かされた秘密! ハルケギニアの奇天烈大百科」
コロ助「絶対見るナリよ♪」
みよ子達が倉庫で見つけた白紙の秘伝書はシエスタが村長から許可をもらって借りていました。
村長曰く、異国の文字で書かれたその秘伝書はシエスタはもちろん村長も含めて誰も読むことができないため、読める人が現れたのであればその人に預けても良いという話になっているそうです。
借り受けた秘伝書をみよ子達はそれ以上読もうとせず、キテレツに最初に読んでもらうためにそのままにしていたのです。
「君はその本が読めるのかね? 確かあのメガネが無いと読めないはずなんだが……」
「キテレツ君のメガネもこれと同じなんです」
シエスタの父親が秘伝書を読むキテレツに怪訝とする中、みよ子は秘伝書と一緒に持ってきたメガネを見せました。
「まあ。キテレツ君のメガネがそれと同じなの?」
「確かキテレツ君のメガネって、神通鏡っていう特別なものって聞いてるけど……」
母と共に木の器から小皿にコロッケをよそいながら驚くシエスタに、五月もキテレツを見つめます。
「神通鏡?」
「ええ。キテレツ君がつけているメガネは、この間話した奇天烈大百科を見るのに必要な道具なのよ」
「ちょっとやそっとじゃ壊れないところもそのメガネと同じナリ」
尋ねてきたルイズにみよ子とコロ助はしたり顔で頷きました。
「何だって!? ……本当だ。それじゃあやっぱりこれは、奇天烈斎様の残した本なんだ!」
自分のメガネを外して本のページを見てみたキテレツはさらに愕然とします。
今まで文字が書かれていたはずのそこには、今は何も無い白紙となっていたのです。メガネをつけ直せば、また普通に見えるようになりました。
「何!? そいつがキテレツの大百科だってのか!? 何でここにあるんだよ?」
「どういうことなのさ、五月ちゃん?」
「わたしよりシエスタさん達に聞いた方が良いと思うわよ?」
キテレツ達はおろかルイズ達三人もシエスタに注目します。
「キテレツ斎……この間、キテレツ君が話していたというご先祖様のことだね?」
「はい。これは奇天烈斎様が書いたものに間違いありませんよ!」
コルベールは先日、キテレツ達と露天風呂に入った際に奇天烈斎がハルケギニアを訪れていた話を聞かされていました。
キテレツの先祖も立派な発明家である話を聞いて、コルベールはとても感銘を受けていたのです。
「キテレツ君のご先祖様が書いたですって!? 本当なの?」
「ねえねえ、キテレツ。それでそれには何が書いてあるのかしら?」
「あたし達にもちゃんと話しなさいよ! 秘密にするなんて許さないわ!」
シエスタが驚く中、キュルケにルイズ、そしてタバサまでもが興味津々になってキテレツを凝視していました。
「ミス・ヴァリエール。申し訳ないのですが、その秘伝書は部外者に話すことはできなくて……」
「何言ってるの! キテレツ達が知る秘密はあたしが知ることでもあるの! あたしはキテレツ達のお世話をしてるんだから、話を聞く権利はあるはずよ!」
困った顔をするシエスタにルイズは食いつきました。
「ミス・ヴァリエール。この村が秘密にしたいことがあるのであれば、それを無理矢理知ろうとするのはいけないことだよ。ここは我慢しなさい」
しかし、コルベールに諌められてルイズは不満な顔のまま引き下がります。
コルベールも本当は一緒に話を聞きたいのですが、何か事情があると察して自粛したのでした。
「ま、そうですわね。ちょっと残念な気もするけど」
キュルケはあっけらかんとしてため息をつきます。タバサも納得したようで視線を自分の本に戻しました。
「キテレツ君と言ったかね? 後でシエスタと一緒に村長の家に行くと良い。そこで村長から話を聞くと良いだろう。シエスタの話によれば、君達はどうやら『迷い人』らしいからね」
戸惑うシエスタですが、シエスタの父が真剣な顔でキテレツ達の顔を見回しながらそう答えます。
「迷い人?」
「まあ良いじゃねえか、キテレツ! 後でゆっくり話が聞けるんだからよ! それより飯にしようぜ! 美味そうな鍋じゃねえか!」
首を傾げるキテレツですが、ブタゴリラが自分に渡された皿を堂々と前に突き出します。
色々な野菜が煮込まれたスープからは湯気が立ち、美味しそうな香りが出ていました。
「さあ、キテレツ君達もミス・ヴァリエールのみなさんもどうぞ召し上がってくださいな!」
「そういえばお腹がペコペコナリよ。いただきますナリー!」
コロ助はコロッケを一口にして美味しそうに頬張っていました。
「このシチュー、中々いけるわね。スープも全然知らない味しているけど、とっても美味しいわ」
「独特なハーブの使い方をしてるわ。それに見たことない野菜も入っていて……」
「カオル君が持ってきた材料を入れているんですよ。でも、こんなに美味しくなるなんて!」
舌鼓を打つルイズとキュルケにシエスタは笑顔で答えつつも驚きました。
「熊田君、一体何を入れたの?」
「へへへっ、八百八特性の大根と白菜、長ネギにニンジン! そして隠し味に味噌を使ったのさ! どうですかおばさん!」
「うん、あんたの言った通りにとっても美味しくなったよ。それにしても不思議な味だねえ」
「美味しいーっ!」
「こんなに美味しいヨシェナヴェは初めてーっ!」
シエスタの母だけでなく、子供達も喜んで鍋を食しています。
料理を手伝っていたブタゴリラは自分が持ってきた野菜などを使って欲しいと頼み込み、シエスタの母はそれを了承していたのです。
他にもシエスタの父が捕ってきたウサギやシャコなどの肉が煮込まれ、ブタゴリラの味噌でじっくり味付けをされたために誰もが満足する美味しさになったのでした。
「う~ん。これはいける味ですなあ。うん! 美味い!」
コルベールも唸るほどに特性の寄せ鍋は大好評です。
「本当に美味しいわ。ブタゴリラ君も考えたわね」
「ほとんど手伝わされたのは僕なんだからね……」
付き合わされたトンガリはブタゴリラの指示に従わされて料理の手伝いをされていましたが、すっかりうんざりしていました。
「このコロッケもとっても美味しいナリ。さすがシエスタちゃんのコロッケナリよ、あむあむ……」
「タバサ。あなた、それがずいぶんと気に入ってるのね?」
キュルケはコロッケを黙々と食するタバサに注目します。
タバサもコロ助に負けないくらいに大量のコロッケに手をつけていたのでした。
「でもこれも美味しいじゃない。コロッケっていったかしら? 魔法学院の食卓に出してみても良いんじゃないかしら」
「ま、他の連中が気に入ってくれるかは分からないけれどね。あたしはこれが好きだけど」
ルイズとキュルケもすっかりコロッケが気に入ったようでした。
「それじゃあルイズちゃん達にだけ特別に用意してあげたらどうかしら?」
「う~ん、マルトーさんが何て言うかな……」
五月の提案にシエスタは困惑してしまいます。
「もうすぐタルブ名物、マンジュが出来上がるからそっちも召し上がってちょうだいな」
デザートとして出す予定のまんじゅうは現在、蒸されている最中です。
五月達はもちろん、一度食べたことのあるキュルケは期待に満ちた顔を浮かべていました。
「キテレツ君はどう? 美味しいでしょ?」
「うん、確かに美味しいよ」
五月に問われるキテレツですが、どこか上の空な様子です。
キテレツの後ろには先ほどまで読んでいたタルブの秘伝書――奇天烈斎が残した書物が置かれています。
それが気になってしまって、他のみんなと同じように食事を楽しむことができませんでした。
◆
昼食が終わった後、キテレツ達はシエスタに連れられて村長の家へ向かいます。
ルイズ達は部外者ということで一緒に話が聞けないため、ゼロ戦が保管されている神社の方で待つことになりました。
コルベールはゼロ戦が見られるということでむしろ期待に目を輝かせていたのです。
「何つけてるの、五月ちゃん?」
「キテレツ君の壁耳目よ。ルイズちゃん達だけ仲間外れにするのも何だか悪いし」
トンガリに尋ねられた五月は自分の胸につけている壁耳目に触れます。
先ほどキテレツに頼んでモニターをルイズ達に渡し、五月がこの壁耳目を装着することで彼女達も話が聞けるようにしたのでした。
「良いの? 盗み聞きなんてさせたりして」
「大丈夫よ。ルイズちゃん達なら秘密はしっかり守ってくれるもの」
「ルイズちゃん達は悪い人じゃないんだから」
心配そうにするトンガリですが、五月とみよ子は笑顔で答えました。
悪人に秘密を聞かれるのは不味いことですが、ルイズ達は信頼できる友達なのです。
「おお、シエスタか。今度は何の用だね?」
「村長さん。さっき借りた秘伝書のことについて、この子達に教えてあげてくれますか?」
辿り着いた村長の家の玄関のベルを鳴らすと、中から出てきたのは人の良さそうな老人です。
シエスタはキテレツ達のことを紹介すると村長は目を丸くしていました。
「ほほう。あの本の中身が分かるということは、やはり君らはシエスタのところのタケオさんと同じ迷い人なのか……」
「ワガハイ達が迷い人って何のことナリ?」
興味深そうに見つめてくる村長にキテレツ達は困惑します。
「まあ、話は中でしようじゃないか。さあ、みんな中へ上がりなさい」
一行は村長宅に招かれ、客間のソファーに並んで座ります。
「シエスタ。この子達について詳しく教えてくれんかな?」
「はい。みんな、曾おじいちゃんと同じ国からやってきた子なんです。それからこのキテレツ君が、あの秘伝書を書いた人のご子孫なんですって」
「な、何と……それは本当かね?」
キテレツがシエスタに紹介されると、村長はさらに驚いた顔になってキテレツに注目します。
「木手英一と言います。この本を書いた奇天烈斎は、僕のご先祖様なんです。このメガネも、奇天烈斎様が作った神通鏡に間違いありません」
「キテレツ君のメガネも一緒なんですって」
テーブルに置かれた秘伝書とメガネとキテレツを見比べ、村長は開いた口が塞がりません。
「どうしてこの村に奇天烈斎様の書いた本があるんですか?」
「知っていることがあったら教えてください」
「ワガハイ、奇天烈斎様のことをもっと知りたいナリよ」
みよ子と五月、コロ助は落ち着かない様子で詰め寄ります。
「何でも良いんですよ。奇天烈斎様がここで何をやって、どうやって帰ったとか、何を作ったとか、あとはそうだなあ……」
「ブタゴリラは黙ってた方が良いよ……いつも余計なこと言って話をこじらせるんだから」
余計なことを言って話をもつれさせるブタゴリラにトンガリは苦言を漏らしますが、それがまた余計な一言です。
「お前も一言余計なんだよ!」
「わああっ! やめてよ~!」
ブタゴリラを怒らせて首を腕で締め上げられてしまいました。
「やめなさいよ、二人とも! ケンカなんかしてる場合じゃないでしょ!」
見かねた五月に叱られてブタゴリラは手を離しました。
村長は一行を見つめて唖然としますが、シエスタはおかしそうに笑っています。
「それで、この本についてなんですけどね……これには奇天烈斎様が作った色々な発明品が書いてあるんです」
キテレツは本を手に取り、ページを開いてまたテーブルに置きました。全員、開かれたページを覗き込むように注目します。
村長はテーブルのメガネをかけていました。そのページには天狗の抜け穴の絵と文字が書かれています。
「何かのマジックアイテムということはワシらも察しはついてはおったんじゃが……何分異国の文字では意味も分からなくてなあ」
「何でそのメガネをかけた時じゃないと見えないの?」
「奇天烈斎様が作った特殊なインクの効果さ。トリックインクの一種で、インクが出す目に見えない光をこの神通鏡が感知して、それで見えるようにしているんだよ」
五月の問いにキテレツは神通鏡の説明も交えて答えました。
誰かに悪用されないためにか、奇天烈斎は基本的に自分の秘密に関わる書面はこの特殊なインクで書いているのでした。
「どうしてここにこの本があるのか教えてくれますか?」
「わたしも詳しい話を聞きたいわ、村長さん」
キテレツに便乗してシエスタも興味深そうに尋ねます。
「うむ……この秘伝書は百年以上も前からずっと保管されていたものでな。その昔、この村を訪れ救ったという旅人が書き残された物なんじゃ」
「村を救った?」
「そうじゃ。百年以上も昔、このタルブでは酷い飢饉が起きていたそうでな。領主様に収める税はおろか、村の者達がまともに食うことすら難しくなってしまったそうじゃ。タルブには畑仕事以外にまともな産業が無いからのう。それはもう大変だったそうじゃよ」
「キキン?」
「地震とか台風とか病気とか、色々な原因で畑の食べ物が不足してしまうことよ」
首を傾げるコロ助にみよ子が説明します。
「そうして村の者達が飢えに苦しんでいた時、旅のお方がこのタルブを訪れた。そのお方は今やこの村の名物であるマンジュをお作りになられたそうでな。それを食べた村人達は不思議なことにたちまち元気が出て、飢饉が去るまで飢えを凌ぐことができたんだそうじゃ」
「そのまんじゅうはきっと、奇天烈斎様の発明品のふくふく饅頭だったんですよ。あれは滋養強壮の効果がありますから」
話を聞いて、キテレツはタルブ村の名物との関わりについて確信を持ちました。
「まあ、そうだったの……」
「どうりでやけに元気が出ると思ったぜ」
シエスタが驚く中、ブタゴリラもほかの四人も納得します。
そうして村に製法が伝わり、今も名物としてふくふく饅頭は村人達に愛されているのでしょう。
「その旅の方はその後もタルブに留まり、色々と村の助けになってくれた。荒れた村を復興させるのに協力してくれたのはもちろん、森にオーク鬼が現れるようになって困っていた時には追い払ってくれたり、さらには貧しくなってしまった村を豊かにしてもくれたそうじゃ。その方の知恵やマジックアイテムの力を借りてな」
奇天烈斎がこの地で残した活躍にキテレツは胸を躍らせます。
この異世界でも奇天烈斎は困っている人達を助け、幸せにしてあげるために手を差し伸べていたのです。
その結果が今のタルブ村であることは疑いようのない事実でした。
「すごい……キテレツ君のご先祖様が村にそこまでのことをしてくれたなんて」
「それだけじゃないぞシエスタ。そのお方の噂を聞きつけて、他の村や外国の貴族様もその方を頼って尋ねに来たりしたものだそうじゃ。その方は不思議なマジックアイテムをいっぱい持っておられたというからの。ほれ、倉庫に物を軽々と運べる布があるじゃろ?」
「それって、きっと火事場風呂敷のことですよ!」
奇天烈斎が異世界でも多くの人を助け、信頼を集めていたという事実にキテレツは嬉しくなりました。
それは人間だけでなく、水の精霊のような人ではない存在ですら奇天烈斎を百年以上も覚えているほど信頼していたのです。
「さすが奇天烈斎様ナリ!」
「キテレツ君が尊敬しているだけはあるわね」
「うん。僕もとっても誇らしいよ。奇天烈斎様が色々な人にそこまで頼りにされていたんだもの」
「子孫のキテレツ君が立派なのも分かる気がするわ」
みよ子だけでなく五月もキテレツに尊敬の眼差しを送っていました。
「それでそのキテレツ斎さんはどうなったの?」
シエスタがさらに問いただしますが、村長の顔色は先ほどまでと打って変わって苦い顔を浮かべます。
「何だよ? 奇天烈斎様に何かあったのか?」
「うむ……そのお方のおかげで村も復興してしばらく経った頃だそうじゃ。ロマリアにもそのお方の噂は届いておったそうじゃが……当時のロマリアの法王様はその方を異端者とみなして、このタルブに兵を送ってきたのじゃ」
「異端だって!?」
村長の言葉にキテレツは愕然として立ち上がってしまいます。
「ロマリアって何?」
「トリステインからガリアをさらに南へ行った先にある国よ。そこにはわたし達が信仰するブリミル教の総本山の宗教庁という所があって、そこには一番偉い教皇様がいらっしゃるの」
尋ねるトンガリにシエスタが答えます。
「つまりどういうことだ?」
「要するに、でっかい教会みたいなものだよ。分かるように言うならお寺のお坊さんさ」
「イタンって何ナリ?」
「自分達が拝んでいる仏様とは、違う神様を拝んだりする人を、他の人がよく思わなかったりすること」
よく意味が分かっていないブタゴリラとコロ助にトンガリとみよ子はそれぞれ簡単に説明しました。
「うむ。ロマリアから知らせを受けてやって来た教会の司教様がそのお方を異端者として捕らえると申していたそうなんじゃ。何でも、そのお方のマジックアイテムが世間を騒がせるのが許せんかったのだと」
「そんな! 奇天烈斎様の発明はちゃんと人の役に立っていたのに!? 何でそんなことに!」
キテレツは思わず大声を上げてしまいます。
多くの人々を助け、尊敬されていたはずの奇天烈斎が異端者扱いされるなんて信じられませんでした。
「始祖ブリミルを崇める教会やロマリアの方々にとってはそのお方が気に入られなかったようじゃな。異国の不思議なマジックアイテムの力を認めてくれず、逆に危険視されたのだそうじゃ」
「何だよ、心の狭い奴らだなあ」
「ひどいナリ」
ブタゴリラとコロ助の言葉にはキテレツだけでなく、全員が納得します。
「そのお方は運よく他の村へ出かけていたので難は逃れたそうじゃが、これ以上村にい続けると迷惑がかかると悟り、また教会の者達が来る前に村を後になさったのじゃ。この秘伝書とメガネを残してな……」
村長はテーブルの本を手に取ります。
「村にはそのお方が作られたマジックアイテムやガーゴイルがいくつかあったのじゃが、ロマリアからやってきたメイジ達はそれらをみんな壊して焼いてしまったのじゃよ」
「まあ。そんなことまでしてキテレツ斎さんを嫌うなんて……」
シエスタは苦い顔を浮かべます。
「残ったのはこの秘伝書や他に隠してあった目立たない品々だけじゃった……。その方が作られた役立つ薬やマンジュの製法などは口伝で今も使われておるがの」
秘伝書は白紙だったので、目をつけられずに難を逃れたのでしょう。
薬やふくふく饅頭の作り方は奇天烈斎が村人に教えた製法が百年以上の時が経っても連綿と受け継がれ、この現代で役立てられているのです。
「そして村に代々伝わっている、そのお方が残した言葉がこうじゃ。『もしも自分達と同じ迷い人が現れし時、この書を見せよ。この書に記された道具が迷い人に救いをもたらしてくれる。そしてこの書の秘密は決して、世に出してはならない』……とな」
「わたし達みたいな人のために、自分の発明品の作り方を残してくれたのね」
「奇天烈斎様の他にも、もしかしたらその時にいたんだろうね。きっと、その人を助けるために元々は来ていたんだ」
奇天烈斎が異世界を訪れた理由として考えられるのも、やはり人助けであったのかもしれません。キテレツ達が五月を助けにやってきたように誰かを助けに来たとも考えられます。
そうでなければ過去透視鏡で見た時のように準備万端であるとは思えません。
「シエスタよ。お前の曾じいさんのタケオさんもな、当時は迷い人かもしれないと思って、ワシの父が口伝の通りにこの秘伝書を渡したのじゃよ。彼はこの書を読むことができたから間違いないと分かったのじゃ」
「全然知らなかったわ……」
「しかし、何分マジックアイテムを作るだけの技も余裕も無くての。結局、彼は大して役立てられんかったのじゃ。まあ、薬の作り方であれば何とかなったがの」
曽祖父の話を聞いてシエスタも呆然としてしまいました。
自分の曽祖父だけでなく、秘伝書やそれを書き残した人物さえもキテレツ達と大きな関わりがある事実に運命を感じてしまいます。
「キテレツ君と言ったね? この書は君に預けよう。ワシらが持っていても役立てることはできんじゃろう。この村の恩人のご子孫であり、迷い人の君達にはこれが必要なはずじゃ」
「……はい! ありがとうございます! 奇天烈斎様の残したこの大百科、きっと役立ててみせます!」
村長に秘伝書……奇天烈大百科を託されてキテレツははっきりと頷きました。
奇天烈斎の助けをまさかこのような形で受けることができるとは思ってもみませんでした。
この大百科に、自分達が元の世界に帰ることができる発明が載っているかもしれないのです。
◆
村長宅を後にしたキテレツ達はルイズ達が待つ神社へ向かう前にシエスタの家へ寄っていました。庭の木にかけていた天狗の抜け穴を神社へと移動させるためです。
天狗の抜け穴を回収したキテレツ達ですが、家の前でまだ立ったままでした。シエスタは何か渡す物があるということで、一行を待たせていましたが、すぐに家の中から出てきます。
「カオル君。これを受け取って」
「ええ? 良いのか?」
「それは曾おじいさんの大事な形見なんでしょう?」
シエスタが差し出してきたのは彼女の曽祖父、佐々木武雄の刀です。
ブタゴリラと五月はせっかくの形見を自分達に渡そうとすることに戸惑いました。
「曾おじいちゃんは亡くなる前に遺言を遺したんですって。もし自分の墓の文字を読める人が現れたら、その人にこの刀とあの竜の羽衣を渡すようにって」
「あれももらって良いんですか?」
ゼロ戦までくれることにキテレツは驚きました。
「実を言うと、竜の羽衣は大きくて管理も面倒だから今じゃ村の荷物になってるんですって」
「どうするの? キテレツ」
「う~ん。……うん! もしかしたら役に立てられるかもしれないし、ありがたくもらうことにするよ」
「え~、あんな大きいのをどうするのさ?」
「如意光で小さくすれば運ぶのは簡単でしょ?」
ぼやくトンガリにみよ子が言います。
「それとこれを……」
シエスタはブタゴリラの伯父と二人で写った写真を渡します。
「曾おじいちゃんはこの刀と絵をお友達のこの方に何としても渡してくれるように言っていたそうだわ。カオル君はこの方とお知り合いのようだから、ぜひお願いしたいの」
「分かったぜ。熊一郎伯父さんには確かに渡しておくよ!」
刀と写真を受け取ったブタゴリラは力強くしっかり頷きました。
「ありがとう。きっと曾おじいちゃんも喜ぶわ」
笑顔を浮かべるシエスタは一行の顔を見回します。
「わたし、サツキちゃん達と出会えたのが何だか偶然じゃない気がするの。曾おじいちゃんと同じ国で、しかもお友達の親戚の人と会えるなんて。それに……」
シエスタはキテレツの顔を見つめてきました。
「このタルブの救い主だった人のご子孫ともこうしてお会いできたなんて。本当に運命みたいなものを感じるわ」
「いやあ、そんな……」
キテレツは思わず照れてしまいます。
「みんなは帰る方法がちゃんと見つかったら、もう故郷に帰っちゃうのよね?」
「うん……」
シエスタも五月も少し寂しそうな顔を浮かべました。
この奇天烈大百科の中に帰る方法がある発明品があれば、それで帰ることができます。
「何だかそう考えると寂しくなってくるナリ」
「シエスタさんには良くしてもらったものね……」
「わたしもキテレツ君達が来る前にシエスタさんがいたから、とっても安心できたの……」
五月は自分がこの異世界へ突然やってきてしまった時の孤独と不安を忘れません。それを和らげてくれたのが日本人と似た雰囲気が感じられたシエスタだったのです。
元の世界に帰りたいというのはキテレツ達の最大の目的であり本心ですが、お世話になった人達と別れる時のことをどうしても切なくなってしまうのでした。
「サツキちゃん、みんな。約束しましょう?」
シエスタは五月の手を握ると言葉を続けます。
「みんなが帰る時が来ても、『さようなら』って言わないって。悲しいお別れなんて、みんなだってしたくないでしょう? だから、どんなことがあっても『さようなら』だけは言わないことにしましょう?」
突然の約束にキテレツ達は戸惑いますが……。
「わたしも絶対に言わないわ。さよならなんて……」
笑顔ではっきりと五月は頷きました。
ルイズとも交わした約束を、恩人の一人であるシエスタにも誓う五月は誰にも「さよなら」とは言いたくないのです。