アルビオン大陸南部、スカボロー港近辺の空域にもまた、十隻のレコン・キスタの軍艦が哨戒を行っています。
数日前に港町でお尋ね者だったトリステインのスパイを取り逃がしてから港町はさらに警備が強化され、つい昨日に首都ロンディニウムに侵入したスパイ達を逃がさないために完全に封鎖していたのです。
トリステインからやってくる輸送船はひとまず港には入ることができますが、出港の際には念入りに積荷や船全体を調べられ、スパイが潜んでいないかをチェックされているほどでした。
輸送船に紛れて脱出するのは不可能でしょうが、それでも別の手段で空を飛んで逃げ出すことを考えて、軍艦は厳戒態勢を続けていました。
少しでも怪しい物が見つかれば、すぐにでも哨戒している軍艦がスパイ達を捕まえるために駆けつけます。
「艦長! ホバート号より通達! 敵スパイのものと思わしき不審船を発見! これより砲撃を開始するそうです!」
トリステインへと続く空域を哨戒していたある軍艦の甲板で、伝令船員が艦長へと駆け寄っていました。
この船の艦長の名は、サー・ヘンリー・ボーウッド。レコン・キスタの革命戦では王党派の軍艦を二隻撃沈したという戦功がある軍人です。
近々、レコン・キスタの空軍艦隊の旗艦であるロイヤル・ソヴリン号の艦長となることも決まっていました。
「本当にスパイの船かね? 他国の輸送船を誤って撃沈したとなれば問題になる。その船の旗は確認したのか?」
「はっ! 旗は揚げていないとのことです! しかもその船には逃亡中のウェールズ・テューダーが確認されたという報告もあります!」
冷静に問いかけるボーウッドですが、きびきびとした態度で答える伝令の言葉にぴくりと眉を顰めました。
「ウェールズ殿下だと?」
昨日行われたニューカッスルに篭城していた王党派の殲滅作戦にはボーウッドの艦も参戦していました。
しかし、情報によればウェールズだけはニューカッスルから脱出し、トリステインのスパイと共に今も逃亡を続けているというのです。
王党派の最後の生き残りであるウェールズだけは何としてでも抹殺すべし、という命令がレコン・キスタの全軍に伝わっており、彼らを逃がさないためにも今まで厳重な警戒を続けてきたのでした。
「……分かった。我らもすぐにホバート号に合流する」
「イエッサー!」
ボーウッドの軍艦が進路を変え、目的地に向けて進んでいきます。近辺を哨戒していた他の艦も同様に続いてきました。
スカボロー港から数キロほど東に離れた空域までやってくると、大砲の音が鳴り響いているのが聞こえてきました。
見ればアルビオン艦隊の一隻である旧型の軍艦、ホバート号が砲撃を行っているのが見えます。
「あれがその船かね?」
舷側へとやってきたボーウッドはホバート号の砲撃先に無数の黒く小さな影が群がる、小さな白い船が遊弋しているのを見つけました。
アルビオン大陸の厚い雲、そして霧の中に溶け込んでしまうような不思議な姿をした船です。
「トリステインのスパイ達がスカボロー港へ密航しようとした際に乗り込んでいたものと全く同じだそうです。やはりあれに彼らが……」
伝令から手渡された遠眼鏡でボーウッドはその白い船を覗きんでみました。
「ずいぶんと小さな船だな……」
大きさで言えばボーウッド達が今乗っている軍艦の半分もありません。大型のボートと言っても良いくらいです。
船の周囲には哨戒のために放されていたガーゴイルのカラス達が群がっているのが分かりました。
「はっ。的が小さいので大砲の弾もかなり当て辛いようです。おまけに搭乗しているメイジが風の障壁で防御までしております」
白い船の甲板には二人の人影があり、共に杖を掲げていました。
伝令の言う通り、風の魔法による障壁を作り出しており、ホバート号からの砲撃を防いでいるようです。
船自体が小さく当て辛い上、当たっても風の魔法で弾かれてしまうのではかなり厄介でしょう。
「ウェールズ殿下……」
ボーウッドは搭乗している二人のメイジの姿をはっきりと確認し、ため息をつきました。
一人は青い髪の少女ですが、もう一人の金髪の男には見覚えがあったのです。
それはかつてボーウッドが仕えていたアルビオンの王族の一人であり、上官でもあったウェールズ・テューダーその人でした。
(生きておられたか……殿下)
かつての主の姿を目にしてボーウッドはホッと安心していました。
レコン・キスタに属してはいますが実の所、ボーウッドは本心では王党派に忠誠を抱いていました。しかし、今の上官の艦隊司令官がレコン・キスタ側についたので仕方がなく、自分も共にする破目になったのでした。
軍人は政治家に従うべきであるという考えを持つ彼は心ならずも、忠誠を誓ったかつての主達と敵対することになってしまったのです。
昨日のニューカッスル殲滅作戦の際には王軍にとどめを刺したことに対する嫌悪や罪悪感を覚えるほどでした。
そんな複雑な心境の中でウェールズが生き残っているという話を聞いた時には嬉しさを感じていました。
「彼らはゲルマニアへと逃げるつもりでしょうか?」
「このまま行けばそうなるが……」
白い船の進路は一番近いトリステインではなく、ゲルマニアの方角となっていました。
今はスヴェルの時期でアルビオン大陸はトリステインのラ・ロシェールに最接近しており、一直線にそこへ飛んでいけば簡単に逃げられるはずです。
ラ・ロシェールに近づき過ぎるとトリステインに対する領空侵犯となるため、アルビオン艦隊も無闇に近づくことはできません。
彼らがわざわざ遠くのゲルマニアへと向かっているのは不自然に感じられました。
(殿下達は何をしておられるのだ? それに他のスパイとやらの姿は見えぬな……)
遠眼鏡を覗くボーウッドはウェールズが赤い紐のような物を取り出して輪を作っている様子が見えています。
ウェールズの他にもトリステインからのスパイが十人近く存在するということを聞かされていましたが、あの二人以外には誰もいないことで不自然に感じられていました。
(消えた……!?)
ウェールズは赤い紐の輪の中へ飛び込むと、そのまま消えてしまいました。青髪のメイジもしばらく間を置いてから後に続き、その中へと飛び込んで同様に消えてしまいます。
(そうか……あれはワルド子爵が持っていたというマジックアイテム……なるほど……陽動ということか……)
ボーウッドは先日の王党派殲滅作戦の後、密命をこなしていたワルドが回収していたマジックアイテムの効果を目にしていました。
それは瞬間移動ができるという赤い輪で、ワルドはそれを使ってロンディニウムまで移動したのです。
ウェールズ達はそれと同じ物を使ってどこかへ移動したのだと、ボーウッドはすぐ理解しました。そして、彼らが何をしようとしていたのかもです。
「艦長。いかがなさいますか? 我々も砲撃を?」
既にウェールズ達はどこか別の場所へと移動していることでしょう。砲撃をした所で意味はありません。
恐らくあの白い船でトリステインまでのルートを哨戒している艦隊を引き付け、その隙に別動隊と合流して手薄になった警戒網を突破して逃げようというわけです。
本来ならボーウッドも囮であるあの船を捨て置いてウェールズ達の逃走ルートへと進路を変更すべきですが……。
「そうだな、砲撃を開始せよ。ただし、ほどほどにだぞ。可能な限り、スパイを生きて捕縛することが上からの命令でもある。各艦にもそう伝えよ」
「イエッサー!」
ボーウッドは忌むべきレコン・キスタに対してささやかではありますが抵抗することに決めました。
アルビオン王軍の最後の生き残りであるウェールズ・テューダーに何としてでも生き残ってもらいたいと願っていたのです。
このままトリステインへ亡命させるためにも、彼らの仕組んだ陽動と時間稼ぎにできるだけ長く付き合う必要がありました。
故に彼らの作戦にあえて嵌められることにしたのです。
「殿下……ご武運を……!」
大砲の音が轟き続ける中、ボーウッドはトリステインへ続く空に向かって最上級のアルビオン式の敬礼を行います。
的の小さな雲の船はそれから十数分後には集中砲火によって跡形もなく砕け散っていました。
◆
アルビオン大陸の下に広がる分厚い雲の中から二つの小さな影がゆっくりと降下してきます。
キテレツ達六人が乗るキント雲とルイズ達にウェールズの四人が乗るシルフィードは雲を抜けて空へと飛び出ていました。
「あんなにカラスがいたのに、一匹も飛んでないぜ! へへっ、ざまあみやがれ!」
「みんなあっちに行っちゃったんだね」
歓声を上げるブタゴリラにキテレツは頷きます。
十数分前まで大陸の雲の下をあれだけ哨戒していたガーゴイルの群れは一匹も飛んでいません。
「タバサちゃんの作戦は大成功ナリね」
「本当にご苦労様。タバサ」
キュルケはタバサの頭を優しく撫でます。
「ウェールズ皇太子様自ら陽動を引き受けていただくなんて……」
「礼には及ばないよ。君達を無事にトリステインへ帰すためならね」
ルイズに恭しく頭を下げられるウェールズは苦笑します。
大陸の下に続く秘密の港の入り口の大穴まで降りていったキテレツ達はタバサの作戦通りに雲の船を用意しました。
囮役として買って出たのは発案者のタバサとウェールズだったのです。
アルビオン王党派の重要人物であり、追われる身であるウェールズが船に乗っていると知ればレコン・キスタの艦隊の注意をより強く引き付けられます。できるだけ長く陽動を続けるためにもウェールズは自らが囮になることにしたのでした。
天狗の抜け穴を持参し、いつでもこちらへ戻れるようにすれば準備は完了です。キテレツ達はタバサに身に着けさせた壁耳目からの映像をモニターで確認し、陽動作戦の様子を見届けていたのです。
二人を乗せた雲の船はキテレツ達の逃走ルートから遠ざける方角へと飛んでいき、雲を抜けるとすぐに哨戒のカラスに見つかって軍艦も集まってきました。
そしてつい先ほど、頃合を見計らった二人は天狗の抜け穴でこちらに戻ってきたのでした。
「ああ! やっと平和な地上へ帰ることができるよ!」
安全な地上へ帰れるということでトンガリは安堵と喜びを露にしていました。
この数日間、ずっとアルビオンで緊迫した日々ばかりを過ごしていた一行にとっては平和なトリステインへ帰れると思うと安心します。
「あそこに見えるのがあたし達を追っていた船かしら?」
「そうみたいね」
みよ子と五月は遥か彼方の上空に無数の船が浮かんでいるのに気づきます。
この一帯の空域を哨戒していたはずだったレコン・キスタの艦隊は陽動によって遠く離れた空まで引き付けられているのです。
哨戒網がこれだけ手薄になっていれば一気にトリステインまで逃げ切ることができるでしょう。来る時と違って滑空するだけで良い上、今はスヴェルの時期なのでトリステインは目と鼻の先なのです。
「あまりぐずぐずしてもいられないから急ごうか」
「そうだな。陽動に気付かれればすぐにでもこちらへやってくる。あれだけの軍艦に襲われればひとたまりもない」
キテレツの言葉にウェールズも頷きます。
レコン・キスタの艦隊は囮の雲の船に砲撃を続けていました。大砲が一発でも直撃すればあの船は一撃で粉々に砕けてしまいます。
そうなれば艦隊は陽動に気が付いてキテレツ達の方へやってくるでしょう。そうなる前に逃げ切らなければなりません。
「早く! 早くこんな物騒な所から逃げるんだよ、キテレツ!」
「トンガリ君、落ち着いて」
「せっかちナリ」
喚き立てるトンガリを五月が宥めます。コロ助も呆れた様子でした。
「なあに、いざって時はこいつであの船も吹っ飛ばしてやるさ!」
ブタゴリラは天狗の羽うちわを取り出して意気揚々と張り切ります。
「でも、艦隊を全部いっぺんに吹き飛ばせるか分からないし……見つからないに越したことはないでしょ?」
「そうよ。もしウェールズ様の身に何かあったら……姫様に合わせる顔がないわ……」
そんなブタゴリラにキュルケとルイズが苦言を漏らします。
「……っ! 止まって」
空を滑空し続けていると突然、タバサが声を上げてシルフィードを停止させました。
キテレツは少し遅れてキント雲を止め、その場でシルフィードと一緒に静止します。
「どうしたの、タバサ? いきなり止めたりして……」
「何かあるの?」
キュルケとみよ子が尋ねますが、タバサはじっと前を見つめたまま答えません。
停止したキテレツ達の前には濃い霧のような雲が広がっていました。
「来る」
「え?」
「来るって、何が……」
タバサが杖を構えだしたのを見てキテレツとルイズ達は戸惑います。
「あれは……!」
ウェールズは何かに気が付いたようで自分の杖を抜き出していました。
「ちょっと……何よあれ!?」
「何かが雲の中にいるんだ!」
「一体何なの?」
キテレツ達が気が付いた時には、目の前の雲の中から何か大きな影がゆっくりとこちらへ近づいてきています。
その周りにも小さな影がいくつか微かに見えるのが分かります。
「ま、まさか……」
「何だってんだよ? ……このっ!」
「ちょっと、熊田君!」
トンガリが不安に襲われる中、イラついたブタゴリラが羽うちわで一扇ぎをし、突風を発生させます。
羽うちわが生み出した強風は霧の雲をいとも簡単に掻き消し、はっきりしなかった影が景色と共に露わとなりました。
「あん?」
「う、嘘……!」
「そんな……!」
「あわわわわ……」
ブタゴリラが呆然とする中、キテレツ達やルイズは目の前に現れたものを目にして愕然とします。
「どうしてここに軍艦が!?」
「嘘お!? みんなあっちに行ったんじゃなかったの!?」
ルイズとトンガリは大声を上げて驚きました。
そこには今も陽動を続けている雲の船の数倍以上、百メートル近い大きさを誇る船が、キント雲とシルフィードの前に立ち塞がっていたのです。
それは間違いなく、レコン・キスタの軍艦の一つでした。
「ドラゴンもいっぱいナリよ!」
おまけに軍艦の周りにはシルフィードより一回り大きい火竜達が羽ばたいており、騎士達が跨っていました。
その数は十騎。アルビオン王国が誇る精鋭の竜騎士団です。
しかも甲板にはまだ十人もの竜騎士達が待機しており、各々が乗る風竜達の手綱を手にしていました。
「待ち伏せか……!」
ウェールズも顔を顰めてしまいました。
いきなりのレコン・キスタの軍艦の登場にキテレツ達は唖然とします。陽動によって艦隊を全部引き付けていたと思ったのに、まだ一隻だけ哨戒を行っていた船が残っていたのは予想外でした。
「トリステインのスパイども、聞こえるか!?」
船首に出てきた一人の男がメガホンを使って叫びかけてきます。
「ワルド!」
声を上げるルイズの言う通り、それは裏切り者のワルド子爵でした。
「我らの目を欺いてここまで逃げ延びるとは敵ながら見事だ! 誉めてやる! だが、お前達をトリステインへ行かせるわけにはいかない!」
先日、ウェールズ抹殺の任務を失敗したワルドは何としてでも汚名を返上するためにキテレツ達を捕まえようと躍起になりました。
ワルド達も軍艦に乗って哨戒を行っていましたが、アルビオン大陸とトリステインの中間の空域で隠れ潜んでいたのです。
トリステインへの逃走ルートが一つしか無い以上、ここで待ち伏せをしていればキテレツ達を必ず発見ができるため、要撃を狙っていたのでした。
キテレツ達の陽動で他の艦隊が囮に引き付けられたとしても、ワルド達は決してここを動かなかったのです。
「観念して降伏しろ! もはや逃げられん! あの艦隊がこちらへ来るのも時間の問題だ!」
自分の軍杖でワルドは未だ陽動が続いている艦隊がいる空を指します。
「どうするのキテレツ君……!」
「ここまで来て見つかるなんて……」
「もうおしまいだー!」
五月とみよ子が焦る中、トンガリも頭を抱えて絶望しました。
「うっせえ! そっちこそ、そこをどきやがれ! さもないとまとめて吹っ飛ばすぜ!」
しかし、ブタゴリラは威勢を失わずに立ち上がり、羽うちわを振りかざします。
「ブタゴリラ!」
「熊田君!」
「カオル!」
「どおりゃあっ!」
キテレツ達が目を丸くする中、ブタゴリラは力いっぱいに羽うちわを扇いで強烈な突風を軍艦目掛けて叩きつけます。
「……ウインド・ブレイク!」
即座に杖を突き出してきたワルドも風の魔法で羽うちわに匹敵するほどの鋭い突風を放ちました。
「うわあああっ!」
二つの突風がぶつかり合い、嵐のような風が辺りを吹き荒れます。キテレツ達や甲板の騎士達は思わず怯んでしまいました。
「あ、ありゃ?」
羽うちわの突風はワルドの魔法で相殺されてしまい、ブタゴリラは唖然とします。
「無駄だ。お前のマジックアイテムの力は既に知り尽くしている! 何度やっても同じだ!」
ワルドは小馬鹿にしたように叫びます。
「無理よ、カオル。ワルドは風のスクウェアよ。風の扱いにかけては一流だわ」
「それに上には竜騎士達がいるのよ。まとめて吹き飛ばすのはちょっと難しいわよ」
「くそっ!」
ルイズとキュルケの言葉にブタゴリラは舌を打ちました。
「ボウヤ達! 素直に大人しくした方が良いよ!」
ワルドの隣にフードを被った一人の女メイジが歩み寄ってくると、キテレツ達に向けて叫んでいました。
「あの人は……」
「えーっと、あのお姉さんは確か……」
見覚えのある女メイジにキテレツ達は記憶を巡らせていきます。
「フーケ!?」
「そうよ、フーケっていう人だわ」
「あの泥棒のお姉さんナリか?」
「あんた誰だっけ!?」
キテレツ達やルイズ達は憶えていましたが、ブタゴリラは完全に忘れてしまっていました。
「私を忘れるなんて、いい度胸をしてるじゃないの? ブタゴリラ君! 散々、世話になったでしょうが!」
現れた女メイジ、フーケは引き攣りつつも苦笑を浮かべていました。
「土くれのフーケよ。忘れたの? ブタゴリラ君」
「ああ、そう! そのフケだよ!」
「フーケだよ! ああもう、あんたの天然ボケには参ったものね!」
みよ子が教えますが、言い間違えをしたブタゴリラにまたもフーケが怒鳴ります。
隣のワルドは思わず失笑しており、周りの竜騎兵達も呆れていました。
「でも、何でここにフーケが……」
「チェルノボーグに入れられたって聞いたけど……」
「ワルドさんが言っていたわ。わたし達のことをフーケから色々聞いていたって……」
ルイズとキュルケの疑問に五月が答えます。
「ワルド! あなたがフーケを脱獄させたのね!?」
「そうさ。我がレコン・キスタは優秀なメイジが一人でも欲しいからな。彼女は喜んで同志となってくれた!」
ワルドはルイズの問いに誇らしそうにしますが、当のフーケは顔を顰めてため息をついています。
実の所、フーケは脱獄の際にレコン・キスタにつくか口封じに殺されるかのどちらかを迫られていたので、強制されたというのが正しいです。
あまり乗り気な気分でないのもそれが理由でした。
「さあ! 大人しく降伏しろ! そうすれば命だけは助けてやろう。ただし、ウェールズだけは死んでもらうがな!」
「ふざけるんじゃないわ! 誰が裏切り者のあんたなんかに従うもんですか! あたし達は絶対にトリステインへ帰って、姫様とウェールズ皇太子様をお会いさせるのよ!」
ルイズは杖を突きつけて啖呵を切ります。
「ルイズ! これが最後のチャンスだ! 僕と一緒に来たまえ! 君の力がレコン・キスタには必要なんだ!」
「お断りよ! さっさとそこを退いてあたし達に道を開けなさい!」
二人は互いに相手の言葉に耳を貸さずに言い争っていました。
「ルイズちゃんを散々騙しておいて、何を言ってるのよ! あなた、本当に最低な人だわ! ルイズちゃんがどれだけ傷ついているのか知っているの!?」
五月までもが怒り心頭でワルドに向かって叫びます。
先日、一行が再会した時にワルドの話をしていた時のルイズは切なそうな顔を浮かべていたのを五月はもちろん、キテレツ達も見ていたのです。
婚約者だった人が裏切り者だったことにショックを感じていたのが一行には分かっていたのは言うまでもありません。
「サツキ……」
「使い魔になり損ないの平民ごときが粋がるか? 滑稽だな! ……もういい! 愚かなルイズとウェールズもろとも、海の藻屑になるがいい! やれ!」
嘲笑したワルドが命じると、空中を飛ぶ竜騎士達が一斉に襲ってきました。
甲板の騎士達も次々に自分の竜に乗り込み、浮上しだします。
「避けて!」
「みんな掴まって!」
タバサが叫ぶとキテレツは声を上げてキント雲を動かします。
火竜達が次々に激しい炎のブレスを吐きかけてきて、シルフィードとキント雲は左右に分かれてかわしていました。
「きゃああああっ!」
「うわわわわっ!」
激しく揺れるキント雲の上で悲鳴が上がります。
二十騎の竜騎兵達は尚も二手に分かれたキテレツ達に向かって攻撃を仕掛けてきました。
「あんたは出ないのかい?」
フーケはワルドを横目で見ながら言います。
まだ甲板には風竜が五匹残っていますが、ワルドはそれに乗って戦闘に加わる様子がありません。
この軍艦は大量の竜騎士達を積載するための運搬船なので大砲が積まれていません。
「何、まずはお手並拝見だ」
竜騎士達に追い回されているキテレツ達を楽しそうに眺めながらワルドは不敵に笑います。
◆
「きゃああっ!」
「ミス・ヴァリエール! しっかり!」
激しく飛び回るシルフィードの上でしがみつくルイズをウェールズが庇います。
二手に分かれたシルフィードとキント雲には火竜と風竜、それぞれ十騎ずつの竜騎士達が襲い掛かり、空中を追い回していました。
「ウェールズ殿下! お覚悟を!」
竜騎士達はかつては自分達の主であったウェールズに対して一応は礼儀を払って攻撃をしてきます。
竜のブレスや魔法が次々と放たれる中、シルフィードは必死にそれらをかわしていきました。
「これが話に聞いていたハルケギニア最強と謳われたアルビオンの竜騎士! さすがに激しいですわね!」
「……我ながら敵に回すと恐ろしいものだ!」
キュルケとウェールズはそれぞれ魔法を放って応戦をしますが、火竜騎士達は散開してかわしてしまいます。
追従しながら攻撃してきたと思えば数方から取り囲み、一斉に時間差攻撃を仕掛けてきます。
「きゅいーっ! きゅい、きゅいーっ!」
シルフィードは必死になって竜騎士達の攻撃をかわし続けていました。
「わわわわわっ! 落ちるナリよーっ!」
「コロちゃん、しっかり!」
同じようにキント雲に乗るキテレツ達も竜騎士達に追い回されていました。
みよ子はコロ助を抱きかかえて振り落とされないように必死です。
「このっ! ちょこまか飛び回りやがって!」
ブタゴリラは竜騎士達を吹き飛ばそうと羽うちわを振り回していました。
しかし、火竜よりも速さに優れる風竜はいとも簡単に突風をかわしてしまいます。
おまけに羽うちわの効果を知ってか、距離をある程度離したままでいるので効果自体が薄いのです。
「熊田君! どいて!」
五月が電磁刀を手にしてブタゴリラを下がらせます。
高速で飛び回り翻弄してくる風竜の騎士達は魔法を放ってきますが、五月は電磁刀を正面にかざして盾にし、明後日の方向へと跳ね返していました。
「ルイズちゃん達も追い回されてるわ! 早くなんとかしないと……!」
「うわあああっ! ママ~っ!」
みよ子がシルフィードの方を見て焦る中、トンガリは蹲り頭を抱えて泣き叫びます。
「キテレツ! 何か良い道具はないナリか!?」
「まずはこの速いドラゴンを何とかしないと……! あっちへ助けにも行けないよ!」
キント雲の速度を上回る風竜の追撃からの連続攻撃はあまりにも激しく、このままではかわしきれずにやられてしまいます。
今は五月が電磁刀で攻撃を防いでくれていますが、数時間前に朝起きて出発する前にできるだけ充電をしたとはいえ、半分ほどしかバッテリーは回復していないのです。
バッテリーが切れればあっという間にキテレツ達はやられてしまうでしょう。
「トンガリ! 操縦を代わって!」
「ええ!? 何で僕が!?」
キテレツは操縦レバーから手を離すとケースを開けて中を探り出します。顔を上げたトンガリは突然の交代に困惑しました。
操縦者がいなくなったことでキント雲はその動きが徐々に遅くなっていきます。
「早く! 囲まれちゃうわ!」
「うわわわっ! 落ちるのは嫌だ~っ!」
みよ子に急かされてトンガリは慌てて操縦レバーにしがみつき、キント雲の飛行を再開しました。
「……よし!」
キテレツはケースから取り出し、如意光で大きくしたゴーグルを装着します。
「ブタゴリラ! 五月ちゃんの後ろから来るよ!」
「よっしゃ! 任せろ!」
キテレツは竜騎士の一人が五月の防御の死角に回り込もうとする前にその動きを先読みしていました。
ブタゴリラは羽うちわを力いっぱいに扇いで突風を起こし、竜騎士はそれに反応して避けます。
「今度は右から二人! 上からも来るよ! 下からも上がってくる! トンガリ、左に避けて!」
「わわわわあっ!」
キテレツは目まぐるしく周囲を見回しては竜騎士達の動きを完全に予測しては五月たちに指示を送ります。
現在、キテレツの視界ではそれまで高速で動いていた竜騎士達がとてもスローな状態になって見えていました。
キテレツが装備したゴーグルは鈍時鏡と呼ばれる道具で、目に見える物をスローで見たり、逆に速く見ることができるのです。
調整すれば銃弾さえも先読みして回避もできるこの道具のおかげで、風竜達の動きはまるで牛のようにノロノロとしていました。
「あたしも……!」
キテレツが先読みをし、五月が防御を担当、ブタゴリラが敵を退けているのにいても立ってもいられなくなったみよ子はキテレツのリュックの中から即時剥製光を取り出しました。
しかし、相手が速すぎるのでそのままでは撃ってもかわされてしまいます。
「左に回り込んだ! 右上からも来るよ! あっ! 真上にも!」
忙しなく指示を続けるキテレツの言葉通り、キント雲の頭上から竜騎士が今にも攻撃を仕掛けてこようとしていました。
「えいっ!」
そこへすかさずみよ子が両手で構えた剥製光から光線を頭上に向けて発射します。放たれた光線は見事に風竜に命中しました。
「な、何!? ……うわあああっ!」
剥製光で剥製になった風竜の動きが硬直し、当然飛ぶ力を失った竜はそのまま墜落してしまいます。
「トンガリ、横に避けて!」
「わああああ~っ!」
慌ててトンガリはキント雲の軌道を横にずらし、落ちてきた竜騎士を避けます。そのまま竜騎士は真下に広がる海へと真っ逆さまに落下していきました。
「うわああああっ! 落ちちゃうナリよ~!」
コロ助は振り落とされまいとみよ子の足にしがみついていました。
「今度は左右の頭上両方から! 五月ちゃん、魔法が来るよ! ブタゴリラ! ドラゴンが火を吐こうとしてる!」
「おっしゃ! 食らえっ!」
今度は風竜がブレスを吐きかけようとした所でブタゴリラが羽うちわを振るいました。
「おおおっ!? うわああああっ!」
まともに突風を食らって吹き飛ばされ、バランスを崩した風竜から竜騎士が振り落とされ、落下していきます。
「ええいっ!」
竜騎士が放ってきたジャベリンの魔法を五月は電磁刀で打ち返しました。
氷の槍はそのまま撃ってきた竜騎士へと跳ね返り、風竜の翼を貫きます。風竜は悲鳴を上げながら竜騎士もろとも落ちていきました。
「あの子達、やるじゃないの……!」
キテレツ達が奮戦する光景を同じように応戦するキュルケ達もちらちらと見届けていました。
タバサが火竜騎士達の攻撃を必死にかわすシルフィードを操りながら、隙を見つけては氷と風の魔法を放って迎撃していきます。
キュルケも炎の魔法で援護に加わり、ウェールズは風の障壁を張って竜騎士達の攻撃を防いでいました。
「ロバ・アル・カリイエのマジックアイテムとは本当にどれもすごい代物ばかりだな……全部、あのキテレツ君が作った物なのかい?」
「は、はい……! キテレツはその……東方の発明家でして……!」
感心するウェールズにルイズはシルフィードにしがみつきながら答えます。
まさかキテレツ達が異世界からやってきたなどと言えるわけがないのです。
「あたし達も負けられないわ! 早くこいつらを片付けてキテレツ達と一緒にここを離れましょう!」
キテレツ達もキュルケ達もお互いに攻撃と防御を両立させて竜騎士団を相手に奮戦し続けていました。
数的には一対多数で不利であるにも関わらず、一行の抜群なコンビネーションは竜騎士達の攻撃をいなし、反撃を行い、逆に相手を苦戦させています。
「ルイズちゃん! 大丈夫!?」
「すぐにそっちへ行くからね!」
竜騎士の魔法を防いでいたサツキとキテレツが心配して呼びかけます。
みよ子がキテレツの後ろからその竜騎士の竜に剥製光を発射し、またも倒すことに成功しました。
「サツキ達こそ、無茶をしちゃ駄目なんだからね! きゃああっ!」
火竜達がブレスを一斉に吐きかけてくるのをシルフィードは体を大きく捻ってかわして旋回するので、ルイズは思わず悲鳴をあげてしまいました。
「ウィンディ・アイシクル!」
ブレスが吐き終えたのを見計らってタバサは頭上の竜騎士達に氷の矢を次々に放ち、何匹かの竜達の翼を射抜きます。
◆
「ふんっ……! アルビオンの竜騎士団も呆気ないものだな」
キテレツ達に翻弄される竜騎士達を眺めていたワルドは鼻を鳴らしていました。
二十騎もいたはずの竜騎士団はわずか十分ほどで七騎にまで減らされています。
竜騎士達にはキテレツ達のマジックアイテムが脅威であることを事前に知らせており、近づきすぎないように言ってあったのですが、それでもこのザマです。
「ずいぶんな言葉だけど、あんたは行かないのかい? 何のために風竜をあんなに連れてきたっていうのさ? 結局はあんたも口だけかい?」
フーケは刺々しい口調でワルドを笑います。
「分かっている。俺が直接手柄を立てなければ、クロムウェル閣下の信頼を失うだろうからな」
クロムウェルは作戦に失敗したワルドを寛大にも許してはくれましたが、実際はどう思われているのか分かりません。
何としてでも手柄を立てて信頼を勝ち取らなければならないのです。
「竜騎士達はあんたの捨て石かい……」
ため息をつくフーケですが、ワルドは答えずに後ろを振り返ると風竜達に歩み寄っていきました。
「ユビキタス・デル・ウィンデ……」
呪文を唱えるワルドの周りにぼんやりと四つの人影が突然現れだします。
姿がはっきりしてきたそれらの影は、ワルドと全く同じ姿をしていました。
◆
「大丈夫!? みんな!」
「怪我はないナリか?」
竜騎士達の数を減らしたのでキント雲とシルフィードはようやく合流することができました。
「君達こそ大丈夫かい!」
心配するキテレツとコロ助に対して逆にウェールズが聞き返してきました。
「五月ちゃん達のおかげで平気ナリよ」
「サツキ! あんたは何ともないでしょうね?」
「うん、大丈夫よ」
電磁刀を片手に五月はルイズに笑顔で答えました。
「あいつら、ビビってやがんのか? こっちに来ないぜ?」
ブタゴリラの言う通り、残った竜騎士達はキテレツ達から距離をとったまま取り囲んでいますが、警戒して仕掛けてこようとはしていません。
「ねえ、今だったらもう一気に逃げられるんじゃない? 僕、もうずっと追い回されるの嫌だよ!」
キント雲を操縦し続けていたトンガリは神経が磨り減ってしまい、へなへなと膝を折って崩れてしまいます。
「まだあの船にはワルド子爵がいるはずよ。それに竜騎士達だってまだ残ってるわ」
キュルケは進路を塞ぎ続ける軍艦と周りで浮かんでいる竜騎士達を見て言います。
「へんっ! あんな奴一人で何ができるんだよ。他の奴らだってビビっちまってるんだから、さっさと行っちまおうぜ」
「うん。みんなで一塊になって突っ込めば逃げ切れるよ」
船を睨んで笑うブタゴリラの言葉にキテレツも賛成します。
「五月ちゃん、電磁刀のバッテリーはどう?」
「大丈夫。まだ残ってるわ」
残り三分の一程度ではありますが、バッテリーにはまだ余裕がありました。
「それじゃあ、タバサとウェールズ皇太子様の風の魔法で防御を強くしましょうか。皇太子殿下、よろしいですわね?」
「ああ。もちろん、全力でやらせてもらうよ」
キュルケの言葉にウェールズも頷きます。
たとえ敵が仕掛けてきても鉄壁の防御を築いて強行突破すれば逃げ切ることができるでしょう。
トリステインはもうすぐそこなのに、いつまでもこんな空で立ち往生しているわけにもいきません。
「よし、それじゃあ用意は……」
「悪いがそうはいかんな!」
突然、頭上から声が響いたかと思うと、大きな影が猛烈な勢いで急降下してきました。
「うわあああっ!」
「きゃあっ!」
慌てて避けたキント雲とシルフィードの間を突き抜けていった一匹の風竜はくるりと反転し、キテレツ達の後方へと浮上してきます。
「何だあ!? 今のは!」
「またあいつらが仕掛けてきたの?」
「ワルドよ!」
驚くブタゴリラとトンガリですが、ルイズは風竜に乗っているのがワルドであると確認しました。
「何をしている臆病者どもめ! やれ!」
ワルドが攻撃しないでいる竜騎士達に向かって叫ぶと、ようやく彼らは魔法や竜のブレスでキテレツ達を攻撃し始めていました。
「危ない!」
「こっち」
「え!? あ! わわわわわっ!」
タバサがトンガリに声をかけると、シルフィードを横へと移動させます。
トンガリも慌てて操縦レバーを握って後をついていきました。
間一髪で竜騎士達の攻撃をよけます。
「逃がさんと言っただろうが?」
不敵に笑うワルドがちらりと上を見上げると、空には四匹の風竜達が降下してくるのが見えました。
「また来るわ!」
またも急降下で突撃してきた風竜を一行はかわします。
「ライトニング・クラウド!」
すると時間差で頭上から二人の声が同時に響き、稲妻が降り注いできました。
「まずい! また上から!」
「ライトニング・クラウド!」
鈍時鏡で攻撃がゆっくり迫ってくるのを見ていたキテレツに反応して、ウェールズが杖から同じ稲妻を放って相殺しました。
「エア・カッター!」
「マジック・アロー!」
直後に左右から同じ声が同時に響き、魔法が飛んできました。
「エア・カッター」
「くっ!」
右から来た風の刃をタバサが迎撃し、左から飛んできた無数の魔法の矢を五月が電磁刀を盾にして防ぎます。
「これもかわしきるとはな」
「どこまでもしぶといガキ共だ」
攻撃をしてきた五匹の風竜は一行を取り囲むように集まってきます。
「な、何なのこれ?」
「ワルドさんがいっぱい?」
トンガリとみよ子だけでなく、キテレツもコロ助もブタゴリラも目の前の光景に困惑します。
その五匹の風竜達に乗っているのは全員、間違いなくワルドだったのです。
「ど、どうなってやがるんだ?」
「同じ人がいっぱいいるナリ~!」
「そういえばこの人、魔法で分身ができるのよ!」
ロンディニウムで分身体のワルドと戦ったことがあった五月はすぐに理解していました。
「風の偏在か……! これはただの分身ではない。一つ一つが独立した意思と力を持っている」
「ふうん。これが例のね……!」
呻くウェールズにキュルケも口端を歪めました。
「その通りだ。ウェールズ、いくら風の使い手のお前でもこれは使えまい?」
「風の魔法が最強と呼ばれる所以、たっぷりと教えてやる!」
五人のワルド達が風竜を操り、一斉に飛び掛ってきました。
キテレツ達は上空へと一気に浮上し振り切ろうとしますが、待ち構えていた竜騎士達が魔法を放ってきます。
「タバサちゃん! トンガリ! 右へ行って!」
「分かったよ!」
鈍時鏡で敵の動きを見切るキテレツの指示に従い、キント雲とシルフィードは攻撃をかわします。
「ウェールズ! まずは貴様の命をもらう!」
「東方のマジックアイテムも、クロムウェル閣下の指輪も、アンリエッタの手紙も全て頂くぞ!」
前後から同時に襲ってきたワルドは杖にブレイドの魔法をかけて斬りかかろうとしてきました。
「来ないでよ! ファイヤー・ボール!」
「んんっ!」
五月が後ろから突撃してきたワルドの魔法の刃を電磁刀で受け止め、弾き返しました。
ルイズは杖を振り下ろすと正面から迫ってきたワルドに炎の魔法……ではなく、いつもの失敗の爆発が叩き込まれます。
「すごい! 倒したわ!」
「ルイズちゃん、すごいナリ!」
キュルケとコロ助は驚くように歓声を上げます。
ルイズの爆発は騎乗していた分身のワルドを直撃し、爆風が晴れるとそこにはワルドの姿はありませんでした。
「え? き、効いたの? あ、あたしの魔法で……?」
ワルドを一体倒したことにルイズ自身は信じられないといった顔で呆然とします。
「まだ来るわ! えいっ!」
「ちょこまか逃げやがって! この野郎!」
みよ子とブタゴリラが高速で飛び回り翻弄してくるワルドに剥製光と羽うちわの突風を当てようとしますが、あっさりとかわされてしまいます。
「しつこい男は嫌いよ!」
キュルケとタバサもそれぞれ魔法で攻撃をしますが同様にかわされ、代わりに竜騎士達に当たって次々に墜落していきます。
「キテレツ! このままじゃやられちゃうナリよ! 何とかするナリ!」
ワルド達の攻撃も五月の電磁刀とウェールズの風の障壁で何とか防いでいますが、竜騎士達以上に激しいその攻撃にいつまで持ちこたえられるか分かりません。
「ブタゴリラ! その羽うちわを腕を振り回しながら思いきり扇ぐんだ!」
「何!? そんなことしてどうするっていうんだ?」
「その羽うちわは台風や竜巻だって起こすことができるんだ。それでみんなまとめて吹き飛ばすしかない!」
「そんなことをして大丈夫なの? キテレツ君!」
「あたし達まで吹き飛ばされちゃうんじゃないでしょうね!?」
みよ子とルイズが不安になって聞いてきます。
台風並に強力な風となると、船でさえまともに航行することもできません。
「みんな吹き飛ばされないようにしっかり掴まるんだ! 空中浮輪は持ってるよね? もしもの時はそれで飛ぶんだ!」
空中浮輪でも自由に飛べるか分かりませんが、これはイチかバチかの賭けでした。
「そろそろとどめを刺してやる! 覚悟しろ!」
「死ねい! ウェールズ!」
ワルド達は四方から一斉に襲いかかろうとしてきています。
「今はキテレツに賭けてみましょう! 私達はフライで飛べるから大丈夫! ルイズ、あなたはしっかり掴まってなさい! 落ちるんじゃないわよ!」
「分かってるわよ!」
キュルケの言葉にルイズは拗ねた顔をします。
フライはおろかレビテーションも成功させたことがないルイズは飛ぶことができないのです。
もしも吹き飛ばされれば真っ逆さまに墜落してしまうでしょう。
「その首もらったぞ!」
三人のワルド達は三方から同時に突撃してブレイドで斬りかかろうとします。
「エア・シールド!」
ウェールズが風の障壁を張り巡らしてワルド達の攻撃を阻もうとしますが……。
「あっ!」
「ルイズ!」
「ミス・ヴァリエール!」
四人目のワルドが擦れ違いざまに風竜をシルフィードにぶつけてきたため、ルイズが大きくバランスを崩してしまいます。
「きゃああああああっ!」
キュルケが手を伸ばして掴もうとするものの、ルイズはシルフィードの上から投げ出されてしまいました。
「ルイズちゃんが!」
「大変だ!」
「落ちちゃったわ!」
空の上に放り出されたルイズはそのまま落下していってしまいます。
「ルイズちゃん!」
五月は躊躇いもせずに落下していったルイズを追って自分もキント雲から飛び降りていきました。
「五月ちゃ~ん!
「よくもやりやがったな! もう許さねえ!」
トンガリが下を覗き込んで悲鳴をあげる中、憤慨したブタゴリラは羽うちわを振りかざし、腕をぐるぐると回転させていきます。
「うおりゃあああっ!」
振り回した腕を大きく薙ぎ払った途端、ドンッ、と大砲のような強烈な音が空域全体に轟きました。
今までとは比較にならないほどの強烈な嵐がキテレツ達の周りに吹き荒れたのです。
周りの雲さえも取り込んだその嵐はもはや巨大な竜巻と化し、空域のありとあらゆる物を飲み込んでいきます。
「ぐおあっ!?」
「うわあああっ!」
四体のワルド達はもちろん、傍観していた竜騎士達までもが避けることも逃げることさえできずに竜巻に飲み込まれてしまいます。
「ヤバいねこりゃ……!」
甲板でずっと戦闘を眺めていたフーケは慌ててマストへと全速力で駆けていきます。
マストにはワルドが持ってきた天狗の抜け穴が撃墜された時に備えて貼ってあり、フーケはその中へと飛び込みました。
直後、竜巻は軍艦をも容赦なく飲み込み、船体をバラバラに砕いて遥か彼方の空へと吹き飛ばしてしまいました。
「すごい……」
「これだけの風はスクウェアでも難しいな……」
キュルケとウェールズが呆然としています。
竜巻の中心であり発生源でもあったキテレツ達は巻き込まれることもなく、辛うじて吹き飛ばされることはありませんでした。
「みんな、大丈夫?」
「ええ、何とか……」
「助かったナリ……」
「ありゃま、あんなに吹っ飛んじまったな」
立ち塞がっていたはずの巨大な軍艦は影も形もなく、竜騎士達もワルドの姿もどこにもありませんでした。
「ルイズ達はどうしたの?」
「五月ちゃんは!? 五月ちゃんはどうしたのさ!?」
しかし、それでまだ安堵などできませんでした。
ルイズは空に投げ出され、五月はそれを追っていったのですから。
もしかしたら今の竜巻に巻き込まれてしまったかもしれません。
「五月ちゃ~ん!」
「ルイズちゃ~ん!」
「ルイズ~!」
キント雲とシルフィードは真下の海面に向かって降下していき、キテレツ達は大声で呼びかけます。
「まさか、海にそのまま落ちちゃったんじゃねえだろうな?」
「そんな縁起でもないこと言わないでよ!」
ブタゴリラの言葉をトンガリは否定して喚きます。
「……あ! あれを見て!」
高度三百メートルほどにまで降りてきた所でみよ子が何かを見つけて指を差しました。
「五月ちゃんだ! ルイズちゃんもいるよ!」
そこには海面スレスレの地点で五月がルイズの体を抱きかかえている姿がありました。
空中浮輪を頭に装備して空を飛んでいた五月は墜落していったルイズを追い、海面に叩きつけられる寸前でキャッチしたのです。
「五月ちゃ~ん!」
キテレツ達が呼びかけると五月は手を振って応えます。
「大丈夫!? 五月ちゃん!」
「五月ちゃん! ケガはない!?」
「ルイズ! 大丈夫なの!?」
キュルケが呼びかけるルイズは五月の腕の中で気を失っているようでした。
「わたし達は大丈夫よ、何ともないわ。みんなこそ大丈夫?」
「うん。こっちも何とかね」
「俺がまとめてあいつらを吹き飛ばしてやったぜ!」
「五月ちゃ~ん! 良かったよお~!」
トンガリは五月の無事に喜ぶあまり泣いてしまいます。
「う……あれ……サツキ……」
意識を取り戻していたルイズは目の前に五月の顔があることに呆然とします。
「もう大丈夫よ、ルイズちゃん」
目を覚ましたルイズに五月は微笑みかけます。
「……あたし、助かったの?」
「当たり前だろうが。でなきゃ俺達だってここにいないんだぜ?」
「五月ちゃんがルイズちゃんを助けてくれたのよ」
「サツキが……?」
意識をはっきりとさせるルイズは自分が五月に抱えられていることを理解しました。
「あんた……無茶するわね……空から落っこちたらただじゃすまないのに……」
「大丈夫。今はキテレツ君の道具のおかげで空を飛べるんだから」
ルイズは足元を見下ろして、五月の体が宙に浮いていることに気付きます。
五月の頭に浮かぶ天使の輪のような空中浮輪を見つめ、納得しました。
「……あ、ありがと……サツキ……」
他に大勢の人がいるのでルイズは恥ずかしそうに礼を言います。
裏切り者だった元婚約者のワルドはルイズが落ちてもまるで見向きもしてくれませんでした。
しかし、五月はキテレツの道具があるとはいえ、躊躇することなく自分を助けてくれたのです。
そのことがルイズにはとても嬉しくて、胸の奥が熱くなってしまいそうでした。