キテレツ「コロ助、アルビオンのレコン・キスタの軍隊がどれだけいるか知ってるかい?」
コロ助「いっぱいすぎて数え切れないナリよ」
キテレツ「そりゃあ兵隊だけじゃなくて、ドラゴンや色々な怪物まで使っているからね」
コロ助「あんなにたくさんなのに、本当に逃げられるナリか?」
キテレツ「シェフィールドはどうあっても僕達を逃がしたくないんだ。でも、みんなで一緒に何としてでもアルビオンから脱出するんだ!」
コロ助「わわわあっ! ルイズちゃんのお婿さんがいっぱいになって襲ってきたナリよーっ!」
キテレツ「次回、大空中戦? エスケープ・フロム・アルビオン」
コロ助「絶対見るナリよ♪」
首都ロンディニウムより三百リーグほど南東、アルビオン大陸の東端に位置する町はロサイスという港町です。
そこは普通の港町ではなく、完全な軍港であるため停泊しているフネは全て軍艦で占められていました。巨大な鉄塔型の港湾施設の桟橋には何隻もの軍艦が係留しています。
町自体も民家は存在せず工廠や空軍基地、練兵広場といった軍関係の施設ばかりで宿舎が疎らにある以外は町外れに寺院がある程度です。
二つの月が重なるスヴェルの夜、普段は五百程度の守備隊しかいないこのロサイスにはその四倍も多くの兵隊達の姿がありました。
その中には人間の数倍もの大きな体をしている亜人までもが堂々と闊歩しているのが窺えます。
そんな港の一角にある資材置き場の地面から人知れず、スッと透けるようにして潜望鏡が現れていました。
「何なの、あの大きいのは?」
「この間の鬼より大きいナリよ」
みよ子とコロ助は潜地球の潜望鏡からの景色を映し出すモニターの映像に目を見張ります。
「トロール鬼。アルビオン北部のハイランドに生息している亜人さ。戦の時にはよくレコン・キスタも戦線で真っ先に投入させていたものだよ」
座席の後ろから顔を出しているウェールズはモニターに映るトロール鬼達の姿に険しい顔をしていました。
「トロールって、魚を網で獲る船のことか?」
「全然違う!」
ブタゴリラのボケに突っ込んだトンガリですが、その声は狭い潜地球の中にも関わらずとても小さいものでした。
それもそのはず。二人は今、キテレツ達よりもずっと小指ほどに小さい手のひらサイズとなっているのです。
キテレツ達とキュルケ、タバサの8人だけでも定員オーバーだったのがさらに二人増えては潜地球に乗ることはできません。ましてやシルフィードもいては潜地球がパンクして壊れてしまいます。
シルフィードは当然として、キュルケとタバサもブタゴリラ達と一緒に如意光で小さくなることで定員オーバーを回避していたのでした。
「二人とも静かにして。タバサが寝てるんだから」
「あ、ごめんなさい……」
キュルケに小さい声で叱られたトンガリは思わず謝ります。
小さくなった四人とシルフィードはコロ助の頭の上で腰を下ろしていますが、タバサだけはキュルケの膝を枕にして静かに眠っています。
魔法の使いすぎで精神力を消耗し疲れていたタバサはその回復も兼ねて休息をとることにして、キュルケも同意したのでした。
「兵隊達も何だか迷惑そうにしてるわ……」
「でも、どうしてレコン・キスタがあんな凶暴な亜人達を従えているのです?」
座席の後ろで五月がモニターのトロールを見ている中、隣のルイズがウェールズに尋ねます。
「私にも分からない。連中はどういう訳か、あいつらのような亜人やワイバーンまでも簡単に従えて戦力に加えてしまっているんだ」
「やっぱり、アンドバリの指輪の力を使ったのかもしれないわね」
「もしそうだったら、もうあいつらを操ることはできないよね」
キュルケの言葉に潜望鏡を戻したキテレツが答えます。
取り返したアンドバリの指輪はキテレツのリュックの中に大切にしまってありました。
「だと良いんだけど……」
「もうあんな怖いのを相手にするなんて嫌ナリよ」
ルイズの頷きにコロ助も同意します。
「でもこの分じゃあ、きっと他の港町も兵隊でいっぱいになってるわよね……」
「見つからずに逃げだすのは無理よ」
モニターを見て苦い顔をするみよ子に五月も頷きました。
数時間前にはロンディニウムよりずっと北の港町、ダータルネスへ向かっていたのですが、そこもここと同じように何千人もの兵隊達が厳重に警戒していたのです。
しかも軍艦は何隻かが大陸の外側に浮かんで上空から哨戒を行っているので、空を飛べばそれだけで見つかってしまいます。
アルビオンから脱出するには空を飛ぶのが必要不可欠ですが、これでは脱出すること自体が不可能です。
「僕達が脱出しようとするのが分かっているから、全部の港町を完全に封鎖しちゃったんだよ」
「レコン・キスタったら、面倒なことをして……!」
ルイズは思わず苛立って声を荒げてしまいます。
「私が囮になって、君達だけでも逃がしてあげたいのだがな……」
「それは絶対に駄目です! ウェールズ様は必ずわたし達がトリステインへとお連れします!」
そんなことを呟きだすウェールズですが、ルイズは否定してきっぱりと告げました。
「そうだったね……アンリエッタは、私のことを待っているのだったな……」
ルイズの必死で真剣な顔を見てウェールズは苦笑しました。
十時間以上も前、キテレツ達はアルビオンの首都ロンディニウムから潜地球に乗って脱出していました。
皇太子ウェールズはルイズやキテレツ達の説得と熱意に打たれ、一緒にトリステインまで来てくれることを約束してくれたのです。
もう既に陥落しているはずのニューカッスルに残してきた部下や家臣達を置いて自分だけが国外へ亡命することにはかなり抵抗があったようですが、こうなってしまったのは自分達のせいだと自覚をしたようでした。
敗北が決まっているのが分かっていた以上はとっくの昔に亡命をしていれば良かったのに、それをしなかった結果、自分だけが生き恥を晒す破目になってしまったのです。
名誉を守り、勇気と誇りを示し、王族の義務を果たす、そういった謳い文句を言い訳にして現実から目を逸らし、安易な玉砕へと身を委ねて逃げ出そうとしたことにウェールズは自分達のことだけしか考えていなかったことを恥じ、とても後悔していました。
それをルイズ達の説得によってようやく自分達が愚かであったと気づいた時には全てが遅かったのです。
「しかし参ったなあ……これじゃあ、脱出なんてできないよ」
キテレツだけでなく他の全員も困った顔をしていました。
「ずっとこの中にいるわけにもいかないし……」
「でも、何とか逃げ出す方法を考えないと、いつか捕まっちゃうわ」
五月とみよ子は顔を見合わせます。
「あんたのマジックアイテムで何とかならないの?」
「そう言われてもなあ……まずは見つからずに空を飛ばないと話にならないし……」
「地面の上に出ただけでも見つかっちゃうナリよ」
天狗の抜け穴をトリステインのどこかに貼っていれば、それを通ってすぐ脱出できましたが、それをしなかったのは失敗でした。
「いっそのこと、無理矢理突っ込んじまうか?」
「冗談言わないでよ。そんなことしたら、返り討ちにされるのがオチだよ」
「いくら何でも多勢に無勢すぎるわ。あなたのあの風を起こすマジックアイテムだってどこまで通じるか分からないのよ?」
ブタゴリラの無策の案にはトンガリやキュルケはもちろん、他の全員も賛成できません。
「……キテレツ君。この乗り物は地中を自在に移動できるんだったね?」
一行が悩み、考える中、ウェールズが何かを考え付いたようで声をかけてきました。
潜地球に乗り込む時や動いている時はルイズ共々、地中を移動できるという未知の体験にとても驚いていたほどです。
「はい」
「このロサイスからずっと南西に行けば、私達がいたニューカッスルに辿り着く。そこへ向かって欲しいんだ」
「ウェールズ様。あそこはもう……」
ウェールズが告げた目的地にルイズは思わず声を上げます。
ルイズ達が天狗の抜け穴で脱出する時にはレコン・キスタの攻撃が始まっており、今頃陥落どころか崩壊しているはずなのです。
おまけにあそこには今もレコン・キスタの軍勢が残っているはずでした。そんな場所へ戻るなんて自殺行為も良い所でしょう。
「分かってるよ、ミス・ヴァリエール。あの城には、私達が使っていた秘密の港があるのだ。もしかしたら、そこからなら脱出できるかもしれない」
「本当ナリか? 王子様」
「そんな所があるんですか」
コロ助と五月が目を丸くして尋ねました。
「ああ。とはいえ、既に発見されて占拠されているかもしれないが……疎開の船も脱出できたかどうか分からんしね……」
「行ってみましょう、もしかしたら脱出できる手段が見つかるかもしれません」
「ええ。行ってみる価値はあるわ」
ウェールズが告げた希望の言葉に、キテレツもみよ子も顔を輝かせます。
「それじゃあ全速力で飛ばすからね。発進!」
キテレツは操縦レバーを動かし、潜地球を移動させます。
潜地球の移動する速度はこれまでキテレツ達がロンディニウムを目指していた数日でゆっくり空を飛んでいた時とは比べ物にならないほどに速いです。
「きゃあっ! ちょっと! もう少しゆっくり出発しなさいよ!」
「痛たたたっ!」
発進の勢いでつんのめってしまったルイズがキテレツの頭をポカポカと叩きます。
「静かにしなさいな。初めて乗るからってはしゃぎすぎなのよ」
「何よ! 小さいからっていい気になって!」
「ルイズちゃん、大声を出したらタバサちゃんが眠れないわ」
文句を言うキュルケに噛み付くルイズですが、五月が宥めました。
月明かりさえも射し込まない地中を、潜地球はレコン・キスタに気づかれることもなく進んでいきます。
◆
アルビオン王軍と反乱軍レコン・キスタによる戦争が終わりを告げた翌日の朝、潜地球はアルビオン最南端のニューカッスルへと辿り着きました。
真夜中もずっと地中を移動するわけにもいかなかったので途中で地上の安全な林の中で野営をして一睡していましたが、ウェールズ達がいたニューカッスルへとキテレツ達はやってきたのです。
地上のニューカッスルは酷い有様であり、先日のレコン・キスタによる一方的な砲撃によって完全に崩落していました。
「ひどいわ……」
「こんなに徹底的にやられてしまうなんて……」
潜望鏡からのモニターにはニューカッスルの様子が映し出されています。それを目にするみよ子とルイズは苦い顔を浮かべました。
ニューカッスルは今ではただの瓦礫の山と化しており、その上をレコン・キスタの兵隊達が闊歩しており、瓦礫を掘り返して何かを探している様子でした。
「あいつら、一体何をやってるんだ?」
「きっと、城に残っている宝を漁っているのだろうな。ニューカッスルの宝物庫には僅かではあるが宝や金貨が残っていた。それに、家臣達も金目になる装飾を身に着けていたしね」
ウェールズはモニターに映し出されるニューカッスルの光景を目にして沈痛な表情を浮かべていました。
あの瓦礫の山の中に、ウェールズの父王だったジェームズや多くの家臣達の亡骸が埋もれているのです。
「家臣達をみすみす死なせてしまうとは……私は、王族の資格などないのかもしれん。もっと早く亡命を決意していれば……」
「ウェールズ様……」
後悔の念に駆られて自嘲するウェールズですが、ルイズは何も言葉をかけてあげられません。
ルイズ達の説得によってようやく自分達の間違いに気づいたのですから、何もかも手遅れにしてしまった自分達が悪いことにはいくら悔やんでも悔やみきれません。
「……キテレツ君。この城の地下に潜れば、そこが秘密の港だ。もう行ってくれ」
「分かりました……」
ウェールズに促され、キテレツは潜地球の潜望鏡を戻してさらに地中へと潜っていきます。
「この辺りに広い空間があるみたいだね。そこが港なんですか?」
すこしするとモニターに映る地中用の地形レーダーがキテレツの言葉通りにかなり広い空間の存在を示していました。
「ああ。洞窟の中に作られた場所だからね。出る時は気をつけてくれ。レコン・キスタの兵がいるかもしれない」
「はい」
ウェールズの忠告を聞いたキテレツは潜地球を洞窟の壁沿いにさらに降下させていき、そこから洞窟の地面の下へと移動させていきます。
「これが、秘密の港?」
「洞窟が光っているの?」
「何で光るナリか?」
キテレツが潜望鏡を上に出すと、モニターには洞窟の様子が映し出されました。
そこはとても巨大な鍾乳洞であり、何故か壁一面が白く光っているおかげで洞窟の中とは思えないほどに明るくなっているのが分かります。
「発光性のコケのおかげさ。ここの洞窟の壁はそのコケで覆われているのだよ」
「へえ……」
「それであんなになってるんだ……」
ウェールズの言葉にみよ子と五月はどこか幻想的な雰囲気のある光景に見とれていました。
「コケが光るのかよ?」
「光るキノコがあるっていう話は僕も聞いたことあるけどね。それと同じじゃない?」
「何? 何でキノコが光るっていうんだ。俺でも聞いたことねえぞ」
「いや、だからさ……」
疑問を述べるブタゴリラにトンガリが説明しますが、余計に疑問を抱いてしまったので逆に困ってしまいます。
「生物発光っていうんだよ。簡単に言えば、ホタルが光るのと同じさ」
「そう! そうだよ。分かった?」
「じゃあ、何でホタルが光るんだ?」
キテレツがブタゴリラに分かりやすく説明をしましたが、またも余計に疑問を述べてくるのでキリがありません。
説明する二人は頭が痛くなってしまいます。
「痛ててっ! な、何すんだよ!」
と、そこへルイズの指がブタゴリラの頭を小突きました。
「あんたはうるさいのよ! 少し黙ってなさい!」
「はいはい、二人ともそこまでよ。どう? キテレツ、何かいる?」
キュルケが声をかけると、キテレツは潜望鏡を動かして辺りを見回します。見た所、動く影は何もありません。
「うん。レーダーには反応もないし……誰もいないみたいだね。降りても大丈夫だよ」
コンソールのレーダーも確認して安全を告げたキテレツに一行の顔が輝きました。
秘密の港の出入り口はニューカッスルの内部へと続いてたので瓦礫に埋もれた結果、まだこの秘密の港は見つかっていないのでしょう。
キテレツ達は浮上した潜地球から降りると、淡い光で満ちている鍾乳洞へと足を踏み入れます。
小さくなっているブタゴリラ達も元の大きさへと戻りました。
「どうやら、イーグル号は脱出ができたようだな……」
洞窟内の一角には岸壁があり、そこには木製のタラップが放置されていました。
この港には本来、ウェールズ達が最後に所有していた軍艦にして疎開船だったイーグル号が係留されていたはずですが、今はその姿がありません。
疎開するはずだった女子供達はイーグル号に乗って脱出することができたのでしょう。
その事実を知ることができたウェールズはホッと安堵の顔を浮かべます。
「すっげえー……」
「でっかい穴だね……」
秘密の港の岸壁の先には直径三百メートルはありそうな巨大な穴がぽっかりと開いていました。
ブタゴリラとトンガリはその全てを飲み込んでしまいそうな迫力の穴を覗き込んで息を呑みます。
「この穴の下はアルビオン大陸の真下に続いているんだ。さすがに奴らも大陸の下までにはやって来れない」
二人の隣にやってきたウェールズも穴を覗いています。
確かにその穴からは冷たい風が吹き込み続けており、どこかへ繋がっていることを意味していました。
「それじゃあ、ここからならレコン・キスタに見つからずに抜け出せるのですね?」
「うむ。ここを出ればそこからはもう雲の中だ。その中を進んでいけば、奴らの軍艦に見つからずにいけるだろう」
ルイズに問われてウェールズは強く頷きます。
元王立空軍でもあったウェールズはレコン・キスタが危険を冒してまで大陸の下までやってくる度胸もない、空を知らない無粋者であることを知っています。
「キテレツ! キュルケ! 行くわよ! 準備は良い!?」
顔を輝かせたルイズは振り返って叫びかけます。
後ろではキュルケとタバサがシルフィードの傍で準備万端と言いたげに突っ立っていました。
「あたし達はもう良いんだけどね……」
キュルケはちらりと横を向くと、そこではキテレツがケースから何かを取り出している最中でした。
みよ子に五月、コロ助も後ろからキテレツの作業を見つめています。
「何してんのよ? あんたも早くあの雲を出しなさいよ」
キント雲を出そうとしていないキテレツにルイズはつかつかと歩み寄っていきます。
キテレツはケースから取り出した発明品を如意光で大きくしようとしている所でした。
「ちょっと待って。その前にやっておきたいことがあるんだよ」
そう言いながらキテレツは取り出した蜃気楼鏡を如意光で大きくしていました。
「何する気なの?」
「外に追っ手がいるかどうかを調べたいんですって」
みよ子の言葉にルイズは怪訝な顔をします。
「念には念を入れておかないとね。これを使って、穴の外がどうなっているのか見てみようよ」
「そんなので本当に分かるの?」
「これは遠くの景色を映すことができる機械なのよ」
「ま、分かりやすく言うなら遠見の魔法と同じやつってわけね」
キテレツが用意する蜃気楼鏡を眺めて首を傾げるルイズに五月とキュルケが説明します
「ルイズちゃんも驚くナリよ」
「うむ。事前偵察ができるのならやっておいた方が良いだろう。しかし、ロバ・アル・カリイエのマジックアイテムは本当にすごい代物ばかりなんだね」
ブタゴリラ達と一緒にやってきたウェールズは蜃気楼鏡を見つめて感嘆と頷いていました。
天狗の抜け穴や潜地球といった見たこともない発明の力にはウェールズも驚くばかりなのです。
「よし、こんな物で良いかな。行くよ!」
キテレツが蜃気楼鏡のスイッチを押すと、薄暗い洞窟の風景がみるみる内に別の景色へと変わっていきました。
「うわあ……」
「これはすごい……」
初めて蜃気楼鏡を体験するルイズとウェールズは映し出された光景に目を奪われます。
蜃気楼鏡が映し出したのは地上のニューカッスル、アルビオン大陸最南端の岬を空から見下ろしているアングルでした。
真下には廃墟となったニューカッスルやその近辺はもちろん、アルビオン大陸の海岸線とその下に広がる雲まで見ることができます。
「とりあえず僕達がいる場所のずっと真上に合わせてみたんだけど……」
「船がいっぱい飛んでるナリね」
「本当だわ。あたし達を探しているのね」
大陸の外の空には何隻もの軍艦が遊弋しており、よく見れば距離を離して海岸線を囲むようにして哨戒を行っているのが分かります。
「うむ……港だけでなく、アルビオン大陸全体を取り囲んで封鎖しているのだな……」
「ねえ、大陸の下は? そっちは見られないの?」
「ちょっと待って。えーと、座標を下に……」
ルイズに催促されてキテレツは蜃気楼鏡を操作して映像の視点を下げていきました。
ウェールズが言っていたように雲や霧が広がっていて視界が悪い大陸の下には軍艦はいませんでしたが……。
「んん? 何か飛んでるね」
「何だよありゃあ?」
トンガリとブタゴリラが目を丸くして映像に注目します。
見れば濃い雲を抜けた薄い霧の中を、無数の小さな影が飛び交っていたのです。
「あれってカラスかしら?」
「何であんな所にいるの? それもあんなにいっぱい……」
それは紛れもなく、何百羽にも達するカラスの集団であり、鳴き声を上げながら日の届かない大陸の下で不気味に舞い回っているのでした。
しかし、こんな場所にあれだけのカラスがいることにみよ子も五月も違和感を覚えます。
「あれはガーゴイル」
本物のカラスと変わりない姿と動きをしているのでキテレツ達では判別できませんが、タバサは一目でカラス達の正体を見抜いていました。
「ガーゴイルなら疲れ知らずで哨戒を続けていられるものね。あっちも考えたじゃない」
「雲の下にまでガーゴイルで哨戒を行っていたのか……これでは見つからずに突破するのは不可能だ……」
頷くキュルケですが、ウェールズは悔しそうな顔をしました。
あらゆる逃走ルートをレコン・キスタは見越して厳重な警戒を行っているのです。
どうあってもキテレツ達をこのアルビオン大陸から逃がさないつもりなのでしょう。
「そんなあ……それじゃあもう逃げる道がどこにもないじゃないか」
思わずトンガリは落胆していました。
強行突破をしようものならすぐに見つかってしまい、軍艦が集まってきて集中攻撃をされてしまうことでしょう。
「弱ったなあ……これじゃあ本当に打つ手がないよ」
「何か方法はないの? キテレツ君」
「せっかくあと少しなのに……」
「何とかするナリよ」
五月やみよ子達にそう言われてもキテレツも困り果ててしまいます。
「もう、肝心な時に駄目なんだから! 何か使えそうなマジックアイテムを持ってないの?」
見かねたルイズはキテレツのケースを勝手に開けて中を漁り始めました。
「あ! 駄目だよルイズちゃん!」
「こんなにマジックアイテムがあるんだから、ひとつくらいは何か使えるものが入ってるんでしょう? ちょっとは考えなさいよ!」
小さくなって収められている数々の発明品を手にしては戻していくルイズにキテレツは慌てます。
下手にいじって壊されてはたまったものではありません。
「どうしたの? タバサ」
少しするとタバサまで物色をしようとしだしたのでキュルケが声をかけます。
しゃみこんだタバサはルイズが戻した道具の一つをケースから取り出してそれをじっと見つめていました。
「……これが使える」
「タバサちゃん?」
唐突なタバサの呟きにキテレツ達は呆気にとられます。
タバサが手にしていたのは、キテレツ達がこのアルビオン大陸へやってくる際に乗ってきた仙鏡水の雲で作った船でした。
「使えるって、どういうこと?」
「その船じゃ大きすぎてむしろ目立っちゃうよ」
「何か考えがあるのね? タバサちゃん」
トンガリは苦言を漏らしますが、アルビオンでの冒険中でもタバサに助けられてきたキテレツ達は期待の眼差しを向けていました。
「陽動。囮を使って敵を引き付ける」
「ほう。陽動か……」
「囮だって? どうするってんだよ」
「大きい船ならとても目立つ」
「……ああ。なるほど、そういうことね」
口数の少ないタバサは断片的にしか呟きませんが、親友のキュルケは彼女の考えを理解していました。
タバサの作戦はこうです。この雲の船を元の大きさに戻し、敵の哨戒網の中を無人のまま突き切らせることでガーゴイルや軍艦達の注意を引きつけ、その隙に自分達が手薄になった別ルートからトリステインまで一気に降下しようというわけです。
「うむ。それはいけるかもしれんな」
「考えたわね、タバサちゃん」
「その手があったか。それならいけるかもしれないね」
ウェールズもタバサの作戦に賛成し、五月とキテレツも彼女の考えを褒め称えました。
「でも、陽動をするんならできるだけ長く引き付けておかないと」
「何か良いマジックアイテムはないの?」
「誰かが船に乗って、見つかったらすぐに天狗の抜け穴で戻ればいい」
キュルケとルイズが意見を述べますが、すぐ様タバサが返します。
タバサはキテレツの発明品の有用性が分かっているので、すぐにそれらを利用した作戦を思いついてしまう発想の良さに一行は驚嘆しました。