キテレツ大百科 ハルケギニア旅行記   作:月に吠えるもの

32 / 60
天狗の抜け穴で再会! 頼れるみんな大集合!・後編

 

「あの、ウェールズ皇太子様はどちらに?」

「殿下ならば礼拝堂にいらっしゃいますぞ。何でもワルド子爵のご婚礼の媒酌をなさるとか」

「ありがとうございます」

 

ニューカッスルの廊下でルイズは通りがかった貴族に声をかけ、また走り出します。

つい先ほどまでニューカッスルの外で待機しているグリフォンの元へ行こうとしていたのですが、全く別の場所へと向かっていました。

 

「キテレツにはちゃんと説明すればいいわよね……」

 

その手には旅の共としてキテレツから渡されていた助太刀人形が抱えられていました。

明日のレコン・キスタの攻城が始まる前、万が一のことも考えてウェールズにこの人形を持たせておこうと考え、途中で引き返していたのです。

ワルドが自分達の結婚式の中止を告げに行ったので、礼拝堂に今もいるはずです。今頃、二人で話し合っていることでしょう。

 

「おや、ヴァリエール大使殿。ワルド子爵でしたら、この先の礼拝堂ですぞ。結婚式は中止になさったとか……」

「……どうもありがとう!」

 

途中に鉄兜で身を固めた騎士の一団とすれ違いになりましたがルイズは足を止めずに通り過ぎました。

ルイズは城内にある礼拝堂へ続く廊下を、その先にある扉に向かって駆け抜けます。

 

「ウェールズ様! お話……が……」

 

駆け込みながら扉を開け、中に飛び込んだルイズはそこで起きていた出来事に目を疑いました。

 

「え……!?」

 

ウェールズは軍服の上に王族のマントを身に着けています。恐らくはルイズ達の結婚式のために礼装していたのでしょう。

そのウェールズの胸に、何と一本の光るレイピアが深く突き刺さっていたのです。

自分の胸を貫かれているウェールズの目には、驚愕の色が浮かんでいました。

 

「ワルド……様……!?」

「!?……ルイズ……!?」

 

そしてそのレイピアは、ルイズと別れたワルドの手に握られていました。

怪訝そうに顔を顰めていたワルドはルイズの登場で険しい顔をより深くしていきます。

 

「ちっ……!」

「うぐっ!」

 

ワルドはウェールズの腹に蹴りを叩き込んでレイピアを引き抜くと共に床へ突き飛ばしました。

 

「ウェールズ様!」

 

倒れこんだウェールズへルイズは思わず駆け寄ります。

 

「ウェールズ様、大丈夫ですか!?」

「あ……ああ。私は……大丈夫なようだな……」

 

ルイズに介抱されるウェールズ自身も自分の胸を撫でて呆然としています。

あれだけしっかりと胸を貫かれ抉られたはずなのに、どうやら無傷だったようです。

 

「ルイズ、君がどうしてここに来ているんだい? 外で待っていろと言っただろう?」

 

ワルドはこれまでルイズが見たことがなかった冷たい目で見下ろしてきています。

 

「それはこっちの台詞です! ワルド様、これは一体どういうことなのですか!?」

 

ルイズには今、ここで何が起こったのかさっぱり分からず頭が混乱していました。

 

「貴様、レコン・キスタか……!」

 

しかし、ウェールズは彼の正体をすぐに察しました。

つい先ほど、ワルドは結婚式の中止を告げにここへやってきました。ウェールズはそれをすぐ了承し、式のために集まっていた騎士達も解散させたのです。

ワルドは式が中止になったことを残念であることをウェールズと話し合っていたのですが、いきなり杖を抜いてウェールズの心臓へと突き刺してきたのでした。

もっとも、何故かウェールズは痛みはおろか傷一つ負ってはいません。

 

「レコン・キスタ? う、嘘でしょう!? トリステインの貴族であるワルド様がどうして……!」

「……そうさ。いかにも僕はアルビオンの貴族派『レコン・キスタ』の一員だよ」

 

困惑するルイズですが、ワルドは反論も何もなくあっさりと答えます。

 

「しかし、アルビオンの、と言うのは違うかもしれんな。我らレコン・キスタは国境を越えて繋がった貴族の連盟なのだからね」

 

ワルドは敵と繋がっていたスパイ、つまり裏切り者だったのです。

 

「どうして!? 初めから騙していたの! ワルド様!」

「騙してなんかいないよ、ルイズ。まあ僕の話を聞いてくれ」

 

ワルドはにっこりと微笑んでいました。右手には光に包まれたレイピアが握られたままです。

 

「僕達レコン・キスタはハルケギニアの将来を本当に憂いているんだ。そのためには新たなる指導者と大いなる力の元で、ハルケギニアを結束させなければならないんだよ。そして、始祖ブリミルの光臨した聖地をエルフ達から取り戻すんだ。……僕はそんなレコン・キスタの理想に共鳴したのだよ。この腐敗しているハルケギニアを我らの手で一つにする。その足がかりとして、まず無能な王達をこの手で滅ぼさなければならない」

「ワルド……! あなた……!」

 

熱く語っているワルドをルイズは呼び捨てにしていました。

目の前にいるこの男は、もう自分が知っていた憧れの人などではないことに気がつきます。

 

「僕とおいで、ルイズ。一緒に世界を手にしよう。きっと君にもレコン・キスタの理想のすばらしさが分かるよ」

「嫌よ! そんな訳の分からない連中と一緒になるなんてごめんだわ!」

 

手を差し伸べてくるワルドですが、ルイズは拒絶すると自分の杖を引き抜きました。

 

「いつか言っただろう? 聖地をも越えたロバ・アル・カリイエからも使い魔を呼び出せたほどの君の才能は素晴らしい。始祖ブリミルにも劣らぬ優秀なメイジに成長するだろう。そんな君の力を僕は……レコン・キスタは必要としているんだ」

「……冗談じゃないわ! 誰があんたなんかと行くもんですか! ふざけないで!」

 

こんな時になってもワルドは口説いてきていますが、もうルイズは彼の言葉などに耳を貸しません。

この男はルイズではなく、ありもしないルイズの『才能』を愛し、欲していることを知って怒鳴りました。

 

「こうまで僕が言っても駄目なのかい? 僕のルイズ」

「くどいわ! 姫様を、トリステインを裏切ったあんたなんて、もう許婚でも何でもないわ!」

「下がりたまえ! ミス・ヴァリエール!」

 

立ち上がったウェールズは自ら杖を手にしてルイズの前へと出て身構えます。

 

「……やれやれ、最後の最後で台無しになってしまったな。大人しく外で待ってくれていれば、あっさりとウェールズを葬ってアンリエッタの手紙を手に入れたのに」

 

ワルドはため息をついて肩を竦めだしました。

やはり、レコン・キスタに組するワルドの目的はルイズがウェールズから預かった密書なのです。これを渡すわけにはいきません。

 

「残念だよ、ルイズ。僕がこの手で君を殺めなければならないとはね……君と一緒に世界を手に入れたかったよ」

 

レイピアを構えるワルドにルイズとウェールズは息を呑みます。

 

「ルイズ、最期に教えてはくれないかい? どうしてここへ来たんだね? 君が余計なことをしたせいで、何もかも台無しになってしまったのだからね」

「このアルヴィーを皇太子様に届けるためよ! 皇太子様を亡命させるまでに守るためにね!」

 

ルイズは取り出した助太刀人形をウェールズの肩に乗せました。

ウェールズはルイズの言葉に怪訝な顔をして、助太刀人形を見ます。

 

「そうか。キテレツとかいうガキのマジックアイテムか。それでウェールズを亡命させる気だろうが、そうはいかんな」

 

優しかったワルドの表情が一気に冷酷なものとなりました。今までルイズに優しくしていたのも、全ては演技だったのです。

 

「……しかしあのガキども、つくづく余計なことをしてくれたな。クロムウェル閣下の指輪を取り返しにやってきただけでは飽き足らず、君に変なマジックアイテムを持たせるとはな。……ルイズをこの手にすることができなくなったではないか」

「なんですって!? キテレツ達がアルビオンに……!? どういうことなの!?」

 

忌々しそうに呻いたワルドにルイズは唖然とします。

数日前に別れ、アンドバリの指輪を探しているはずの平民の友人達がこの大陸へやってきているということに驚きを隠せません。

そして、どうしてそれをワルドが知っているのかもです。

 

「君がそれを知る必要はないよ。もうあいつらが捕まるのは時間の問題だ」

 

ワルドは杖を突きつけてきますが、ウェールズもルイズを庇いながら同じく自分の杖を突きつけます。

と、そこへ……。

 

「皇太子様! て、敵が……!」

「……貴様、皇太子様に何をしている!」

 

礼拝堂の扉が開き、先ほど退出していった騎士達が戻ってきました。

彼らは目の前で起きている光景を目にすると次々に軍杖を引き抜いてワルドを攻撃しようとします。

 

「邪魔だ」

 

しかし、ワルドは二つ名の『閃光』に相応しく、一瞬にして呪文を詠唱すると振るった杖から次々と魔法の矢を飛ばしました。

放たれたマジック・アローは騎士達の胸や喉を貫き、あっという間に全滅させてしまいます。

 

「くっ! ……エア・カッター!」

 

仲間が倒されたことに顔を顰めたウェールズは一瞬、ワルドの気が逸れたのを見て魔法を放ちます。

しかし、ワルドはあっさりとそれを横へ跳んでかわし、返しで魔法の矢を飛ばしてきました。

 

「皇太子様、危ないっ!」

 

ルイズはウェールズを横へ突き飛ばすようにして一緒に床へ倒れこみます。

ワルドは間髪入れずに倒れた二人に魔法を浴びせかけようとしました。

 

「むっ!」

 

そこへ今まで動かなかった助太刀人形が腰の刀を抜いて、ワルドに飛び掛かったのです。

小さいながらも素早い動きの攻撃で、ワルドは一度後ろに下がります。

それまで無表情であった助太刀人形は怒ったような顔になり、小さな刀を構えてワルドと向かい合いました。

 

「あれは……」

「アルヴィー! あいつをやっつけて!」

 

ウェールズが目を見張る中、ルイズが腕時計のマイクに叫びかけます。

 

「アルヴィーごときが生意気な……」

 

助太刀人形と相対するワルドは仕掛けようとはせず、レイピアを構えたまま動きません。

今の動きを見ただけで、この人形がただ物ではないと見抜いたのです。

 

「な、何だ!?」

 

ルイズと一緒に起き上がったウェールズは、城の外から無数の大砲らしき轟音が響きだしたことに驚きます。

それだけでなく、爆音と共に礼拝堂全体が激しく揺れていました。

 

「……どうやらレコン・キスタの総攻撃が始まったようだな。我らの旗艦、レキシントン号を含めた艦隊が空から砲撃を加えているのだ。一気に貴様らを叩き潰すためにな」

「何ですって!?」

「馬鹿な。レコン・キスタの総攻撃は明日の正午のはず……」

 

ワルドの言葉にルイズは驚愕します。ウェールズも信じられない、という顔でした。

王軍は明日の最後の戦いと女子供の疎開のために今も準備をしているはずですが、まだそれが整ってさえもいないのに攻撃をされては一方的に虐殺されてしまいます。

 

「どこまでもおめでたい奴らだ。あっさりと偽の情報に騙されてくれるとはな。だから貴様らは無能だというのだよ。彼らは私が任務を果たすまで待っていただけに過ぎんのだよ」

 

しかし、ワルドはそんなウェールズを一笑に伏しました。

 

「昨日は耄碌した老いぼれが居直り、それに付き合い酔い痴れる貴族どもは実に滑稽だった。本当にアルビオンの王族どもはどこまでも愚かな道化だ」

「貴様……我が父を侮辱するか……!」

 

嘲笑するワルドにウェールズは激昂します。

 

「事実を言ったまでだ。栄光ある敗北? 我らレコン・キスタに貴様ら死に損ないの勇気と名誉を示すだと? ふんっ……所詮貴様らは歴史の闇に埋もれる弱者に過ぎん。敗者の夢想など誰も気に留めんわ!」

 

鼻を鳴らしたワルドにウェールズは唇を噛み締めます。しかし、次の瞬間……。

 

「ん? 何だ?」

 

ウェールズは自分の胸元に違和感があるのに気づき、視線を落とします。

すると、軍服の胸部が小さく盛り上がっていたのです。中から何かが突き出ているようでした。

その盛り上がりが無くなると、ウェールズは懐の中にあるものを取り出します。

 

「天狗の抜け穴……」

「君からもらった……」

 

ウェールズはルイズから預かっていた天狗の抜け穴のテープの輪を両手で広げます。

 

「なっ!?」

「えっ!?」

 

直後、いきなりその輪の中が光に包まれ、何かが向こう側へと飛び出てきました。

それは見た所、褐色の肌をした人間の手のようです。しかも女性であることは間違いありません。

 

「何だ……?」

 

ワルドもこの光景に呆然とした様子です。

天狗の抜け穴から出てきた手はしばらく何かを探るように動いていましたが、すぐに引っ込みました。

 

「何なの……?」

 

ルイズは恐る恐る横へ回りこんで天狗の抜け穴を覗き込んでみました。

 

「きゃっ!?」

 

直後、またしても天狗の抜け穴から何かが飛び出てきます。今度は明らかに人間でした。

驚いたルイズは尻餅をついてしまいました。

 

「な!? これは!?」

 

ウェールズは突然現れたものに驚いてしまいます。

一行の前に現れたその女性は、燃えるような赤の髪を揺らして礼拝堂を見渡します。

 

「キュ、キュルケ!?」

「あら、ルイズじゃないの。ここはどこなのかしら?」

 

ルイズはそれが学友のキュルケであることをすぐに察します。キュルケもルイズを見下ろして目を丸くしていました。

 

「あのガキどもと一緒にいた……! ちっ!」

 

ワルドは見覚えがあったキュルケの存在を確認し、すぐ様レイピアを手にルイズ達へと襲い掛かろうとします。

しかし、助太刀人形は刀を手にワルドの前に立ちはだかっていました。

 

「ええい! 邪魔な!」

 

ブレイドの魔法でレイピアに魔力の刃を纏わせ助太刀人形に切りかかりますが、体の小さな人形はそれを素早くかわし、刀を振り上げて反撃します。

 

「ぐおっ!」

 

刀がワルドの手に叩きつけられ、弱い電気ショックが炸裂します。

その強烈な衝撃にレイピアを落としてしまいました。

痺れた腕を押さえるワルドはさらに追撃を仕掛けてきた人形を慌てて後ろに飛んでかわしました。

 

「何かお取り込み中のようね。一体どうしたのかしら? それにこの素敵なお兄さんはどなた?」

「な、な、な……何であんたがここから出てくるのよ! ……あっ! っていうことはこれ、どこかに繋がってるのね!?」

「当たり前じゃない。あたしが出てきたんだから」

 

天狗の抜け穴を指差すルイズにあっけらかんと答えるキュルケですが、急なことにルイズは混乱しつつも状況を把握します。

今、この天狗の抜け穴は間違いなく、このニューカッスルとは別の場所に繋がっており、キュルケはそこからやってきたのでしょう。

ワルドがウェールズの胸をレイピアで貫くはずだったのも、奇跡的にも懐に入れていた天狗の抜け穴を通り抜けることになり、偶然どこか別の場所へ繋がっていたので致命傷を避けられたのです。

 

「貸してください! 皇太子様!」

 

ルイズは唖然とするウェールズがずっと持っていた天狗の抜け穴をひったくり、それを急いで壁に貼り付けます。

 

「皇太子様! どうぞこの中へお逃げください!」

「何? 一体それは……」

「いいから! 詳しいことは後でお話いたします! どうかわたし達と一緒に来てください!」

 

困惑するウェールズにルイズが大声で叫びました。

今、ここから逃げなければウェールズを救うことはできず、アンリエッタからの密命は果たせません。

 

「何だかよく分からないけど……とにかく、今はあたし達と一緒にここから逃げましょう。この子を信じてあげてくださいな」

 

ルイズの真剣な様子を見たキュルケもウェールズを促します。

二人に詰め寄られたウェールズは戸惑いながらも頷きました。

 

「逃がすか! ……ちいっ! このアルヴィーごときが!」

 

腕を押さえつつもレイピアを拾ったワルドはルイズ達を攻撃しようとしますが、それを助太刀人形が阻んで立ちはだかります。

 

「ライトニング・クラウド!」

 

レイピアの先から放たれた稲妻は助太刀人形のレーダーでも察知できずに直撃してしまい、一瞬にして黒焦げにされてしまいました。

 

「早く! 早く中へ!」

「フレイム・ボール!」

 

ルイズがウェールズを先に行かせる中、キュルケは杖を取り出し、ワルド目掛けて火球を飛ばします。

その火球をワルドは避けますが、動きに合わせて追尾してきました。

 

「待て! ウインド・ブレイク!」

 

迫ってきた火球へ強烈な突風をぶつけて掻き消すと、フライの魔法で一気に追いかけます。

既に最後に残っていたキュルケは二人に続いて天狗の抜け穴へと入った所でした。

 

「逃がさんと言ったはずだ! ルイズ!」

 

ワルドは壁に貼られた天狗の抜け穴へ向けて一気に突撃し、その中へと潜り込もうとしますが……。

 

「ぐぶっ!?」

 

三人と違って天狗の抜け穴を通り抜けることはできず、顔面からもろに壁へと激突してしまいました。

 

「ぐ……な、何故だ……」

 

顔をめり込ませるほど勢いよくぶつかってしまったワルドは、そのままズルズルと床に倒れてしまいます。

 

 

 

 

キュルケが天狗の抜け穴に入ってしまった後、みよ子とトンガリは呆然としたまま取り残されたままでした。

 

「ねえ、あたし達も様子を見に行った方が良いんじゃないかしら……」

「冗談じゃないよ! 向こうで何があったのか分からないのに!」

 

みよ子の提案をトンガリは猛然と拒否します。

一体、この天狗の抜け穴の向こうで何が起きているのかを考えるだけでぞっとするのですから。

しかし、その原因を二人はすぐに理解することになりました。

 

「わっ!?」

 

天狗の抜け穴からいきなり二人の人間が飛び出てきたのです。それはキュルケではありませんでした。

 

「ルイズちゃん!?」

「あんた……ミヨコ! それにトンガリじゃない!」

 

現れたルイズはこの場にいた二人とシルフィードを目にして驚きました。

 

「ここは……?」

 

ウェールズもいきなりニューカッスルとは別の場所に自分が移動していることに驚き、困惑しています。

 

「キュルケさん!」

 

すぐにキュルケも二人に続いて天狗の抜け穴から出てきました。

 

「キュルケ! ワルドが追ってくるわ! 早くそれを!」

「おっと! そうだったわね!」

 

振り返ったルイズに急かされてキュルケはすぐに天狗の抜け穴の輪を一ヶ所だけ千切ります。

これでワルドはここを通って追ってくることはできません。

 

「何をするのさ! それじゃあ五月ちゃん達がこっちに来られないじゃないか!」

 

しかし、それでは城に潜入しているキテレツ達の脱出路が無くなってしまうのでトンガリは喚きました。

 

「キュルケさん、ルイズちゃん。一体どういうことなの? それにその人は誰?」

 

みよ子は二人と一緒にいる見慣れぬ人物であるウェールズに困惑しました。

 

「それはこっちの台詞よ。キュルケ、ここは一体……」

「ここはアルビオンの首都、ロンディニウムよ」

「何!? ロンディニウムだと!?」

 

キュルケの言葉にウェールズは信じられない、といった顔で愕然とします。

ロンディニウムはかつて自分達テューダー王家が政を行っていた故郷であり、ニューカッスルからは遥か数百リーグも北に離れた場所なのです。

 

「これは一体どういうことなのかね? ミス・ヴァリエール」

「あ、あたしもさっぱり何が何だか……っていうか、どうしてあんた達がアルビオンにいるのよ? アンドバリの指輪はどうしたの?」

「まあまあ、訳が分からないのはあたし達も同じなんだから、ひとまず話を整理しましょうか」

 

全員が全員、突然のことに混乱してしまっていますので、まずはお互いの状況を理解し合わなければなりません。

こうして天狗の抜け穴を通して合流した五人はお互いのことを話し合うことになりました。

 

 

 

 

ハヴィランド宮殿二階の廊下の骨董品の壷が置かれた台座の陰にキテレツとコロ助は潜んでいました。

コロ助は陰から顔を出して廊下を駆け回る衛兵達に困惑しています。

 

「賊だ! 賊が城に入り込んだぞ!」

「トリステインのスパイか!?」

 

口々に叫ぶ衛兵達の姿にコロ助は不安でした。

 

「五月ちゃん達が見つかっちゃったナリか……!?」

「ブタゴリラ、そっちはどうなってるの?」

 

心配になったキテレツはトランシーバーでコンタクトを図ります。

 

『魔法使いの奴に見つかっちまったんだ。五月とタバサちゃんが下で戦ってるぜ』

「そんな……!」

「ええーっ……!? ……わぷっ! ……何で見つかるナリか!」

 

大声を出しそうになったコロ助は慌てて口を塞ぎ、小さな声で叫びます。

 

『俺に聞くな……! こっちだって見えなかったのに見つかっちまったんだからな……! 急いでクロネコのおっさんから指輪を取り戻すぞ……!』

 

まさか姿を消しているのにも関わらずまた見つかってしまうのは非常に最悪な事態でした。

五月達が戦っているのであれば早く指輪を取り戻して脱出しないと捕まってしまうのは時間の問題です。

 

「分かった。ブタゴリラは今どこにいるの?」

『クロネコのおっさん達を後ろから追いかけてるんだ。お前らこそ、どこにいるんだよ』

「僕達は……」

「キテレツ、キテレツ。探している人って、あの人ナリか?」

「え? あ……」

 

そこへ何かに気づいたコロ助が話しかけてきて、キテレツは目の前を歩いている一団に注目しました。

 

「トリステインのスパイは既にこの城に忍び込んでおったとは……閣下の言葉通りでございましたな」

「クロムウェル閣下、いかがなさるおつもりで? 今、ホールに衛兵達を集めさせておりますが……」

「何、スパイとはいえたかが子供にすぎぬ。捕まるのは時間の問題だろう。諸君らは今まで通りに職務を続けていれば良いのだ」

 

慌てた様子な何人もの大臣と将軍達を、先ほどキテレツがコロ助に説明した神父のような格好をした男が落ち着いた様子で引き連れていたのです。

それこそまさしく、探し求めていたクロムウェルという男本人でした。

 

「あの人だ……! あの人がクロムウェルだよ。指輪もしっかりつけてる」

「やったナリ……! キテレツ、早く追いかけるナリよ……!」

「待って。ブタゴリラ、いるんだろう? 僕達はここだよ。壷が置いてある所」

 

すぐ近くにいるはずのブタゴリラにトランシーバーで声をかけます。

クロムウェルの一団から後ろに離れた柱の影に隠れて交信をしていたブタゴリラはキテレツ達が隠れている場所へこっそりと移動しました。

 

「おう。ここにいたのか。やばいことになっちまったぜ。兵隊達がうじゃうじゃ集まってきてやがる」

「何で見つかったりするナリか。これだからブタゴリラは……」

「俺のせいだとでも言うのか、この野郎……!」

「痛たたたた……! 痛いナリ……!」

 

声から判断してブタゴリラはコロ助の頭に拳をぐりぐりと捻じ込みます。

 

「やめなよ……! 五月ちゃん達が戦ってるんだったら、急いで指輪を取り戻して逃げないと。行こう……!」

 

三人はクロムウェルの一団の後をつけていきます。真っ黒衣のおかげで透明ではありますが、見つからないとは限りません。

事実、ブタゴリラ達は見えなくても見つかってしまったのですから油断はできないのです。

 

「よし、人がいっぱい減ったね。後はどこか目立たない所で指輪を取り戻すだけだ」

 

三人はクロムウェルを見失わないように後を追い続けます。

さらに階段から上の階へ行こうとする直前、クロムウェルは秘書を一人だけ連れて他の大臣達と別れていました。

 

「キテレツ、道具は何を持ってきてるんだ?」

「大丈夫。指輪を取り返すのに使える道具は持ってきてるから」

 

キテレツが包みに入れて持ってきたのは天狗の抜け穴、裏表逆さ鏡、トンボウ、万力手甲、そして金縛り玉です。

 

「二人ともいいかい? 指輪を取り返したら、すぐに五月ちゃん達の所へ戻るんだ。それで天狗の抜け穴を使って脱出しよう」

「よっしゃ、分かったぜ」

「五月ちゃんとタバサちゃんが心配ナリ……」

「俺のうちわを渡してやったから、大丈夫なはずだけどな……」

「ブタゴリラ、羽うちわを持ってないの?」

「兵隊がいっぱいいるんだから、五月に使わせてやった方が良いだろ」

 

五月の手に電磁刀と天狗の羽うちわの二つがあれば、確かに兵隊達を大勢相手にしてもかなり持ちこたえられるでしょう。このブタゴリラの判断は間違いなく最適でした。

追跡を続ける三人ですが、やがてクロムウェルと秘書は廊下の一番奥にある扉を通って中へと入っていきます。

扉の左右には、やはり衛兵が控えていました。

 

「あそこにいるみたいだね。よおし、それじゃあ早速僕達も入ろうか」

「でも、見張りがいるナリよ」

「一発殴って眠らせちまうか? 俺達は見えないんだから、やっちまおうぜ」

「そこまでする必要はないよ。それに騒がれたりしたら兵隊達が集まってきちゃうんだから。僕に任せて」

 

柱の陰に移動したキテレツは包みの中から一つの道具を取り出します。

それは相手の目を回させて気絶させることができるトンボウでした。

 

 

 

 

執務室に戻ってきたクロムウェルは机につき、そこへシェフィールドがスタンドがついた鏡を持ってきてクロムウェルの前に置きました。

すると、その鏡が光りだし、別の景色を映し出します。

 

「これがトリステインのスパイとやらか。本当にまだ子供ではないか、しかも一人は平民だ」

 

ハヴィランド宮殿に忍び込んだというトリステインのスパイのうち二人が今、城内のホールで多くの衛兵達と交戦しています。

遠見の鏡と呼ばれるマジックアイテムの力で城内のホールの様子を映し出しているのです。

一人は光る剣を振るい、強風を巻き起こすマジックアイテムを使いこなし、もう一人は節くれだった大きな杖から氷の魔法を放っていました。

それはすなわち五月とタバサの二人です。

 

「平民なのに子爵と互角にやり合うとは……やるものだな」

 

鏡に映し出される五月は衛兵達に羽うちわの突風をぶつけて吹き飛ばし、仮面のメイジが放つ数々の魔法を電磁刀で防御し、弾き飛ばしていました。

タバサも風と氷魔法を駆使して衛兵を牽制しつつ五月の援護をしています。

 

「ミス・シェフィールド。あんな子供相手に本当にここまで兵力を集中させずとも良かったのではないでしょうか? どう考えてもこの城からは逃げられんのですぞ?」

「あの連中は未知のマジックアイテムを使っている。決して油断はできないわ。……それに、まだ他にもいるはずよ」

「この指輪を狙っているというわけか……」

 

クロムウェルはアンドバリの指輪にそっと手を触れました。

腕を組むシェフィールドは鏡の映像を見つめて、クロムウェルとは違って険しい顔を浮かべています。

 

(あの娘はオルレアン公の……)

 

彼女が注目をしていたのは五月ではなくタバサの方でした。

 

(彼女が関わっていたとなれば、ジョゼフ様に報告をしなければならないわ……)

 

シェフィールドの真の主はこの空のアルビオン大陸から遥か離れた地上にいます。

彼女がこの国にいるのは、その主からの密命でもあるのです。

 

「な、何! いざとなればこの指輪の力でトリステインのスパイを倒してみせましょうぞ! そうすればその者達のマジックアイテムとやらも手に入る!」

 

微妙にうろたえるクロムウェルは少し顔を引き攣らせて笑いました。

未知のマジックアイテムとされるキテレツ達の発明品の数々に内心では怯えているのです。

シェフィールドはそんなクロムウェルの情けない姿に冷たい顔を浮かべていました。

 

「な、何だ、お前っ……!」

「め、目がぁ……ま、わ……」

 

その時、部屋のすぐ外で衛兵達の声が響きます。二人はそれに気づいて遠見の鏡から扉に注目しました。

 

「な、どうしたのだ!」

「何事!? 衛兵!」

 

クロムウェルがおたつく中、シェフィールドが叫びかけます。

扉が開かれると、そこには頭巾を外して姿を現したキテレツの姿がありました。

その外では扉の前で見張りをしていた衛兵の二人が目を回して床に倒れて気絶しています。

二人の目の前に頭巾を外して透明からいきなり姿を現し、驚かせたキテレツはトンボウを使ってあっという間に眠らせてしまったのでした。

 

「な、何者だね! お前達は!」

 

キテレツに続いてブタゴリラとコロ助も頭巾を脱いで透明を解除し、中に入ってきました。

 

「あなたがクロムウェルさんですね?」

「いかにも。私こそが神聖アルビオン、レコン・キスタの司令官、オリバー・クロムウェルである」

「レンコンとキスぅ? なんだそりゃ」

 

ブタゴリラがまたも言い間違えをしてしまっていますが、この際キテレツはそれは置いておくことにします。

 

「お前達はトリステインのスパイだな? 私の指輪を狙って遥々このアルビオンの我が元まで来れたことは褒めてあげよう。だがしかし、子供とはいえ泥棒をしようとするのは感心せぬな」

 

相手はたかが子供だと思ってクロムウェルは穏やかに話しかけます。

 

「何言ってやがる! 泥棒はお前の方だろうが! 俺達は全部分かってるんだよ!」

「神妙にお縄につくナリ!」

 

ブタゴリラが啖呵を切り、コロ助は自分の刀を突きつけていました。

 

「その指輪は、ラグドリアン湖の水の精霊さんから盗んだ物ですね? 僕達は、精霊さんに頼まれてそれを返してもらいに来たんです」

「知らん……! そんなものなど知らん」

 

キテレツが説明をしますがクロムウェルは首を振り否定します。

その横でシェフィールドは険しい顔を浮かべていました。

 

「とぼけやがって! そっちがその気ならこっちにだって色々考えはあるんだぜ!?」

「素直に返さないと、舌をちょん切ってやるナリよ!」

「待ってよ二人とも。クロムウェルさん、どうかその指輪を返してくれませんか? それは水の精霊さんの大切な宝物なんですよ」

「な、何を言うか! これは我らの秘宝なのだ! 易々と渡すわけにはいかん!」

 

キテレツの言葉にクロムウェルはアンドバリの指輪をどうあっても手放したくない、と言わんばかりに握り締めながら叫びます。

 

「でも、水の精霊さんはそれを取り返そうと湖の水を増やして水位を上げているんです。今じゃ湖の周りが水没しちゃってるくらいなんですよ。このままじゃあ、いずれこの世界そのものが水の中に沈んでしまうんです」

「な、何と? そんなことが?」

 

クロムウェルはキテレツの説得に対して意外にも驚いた反応を見せています。

しかし、隣のシェフィールドはそんなクロムウェルを横目で睨みつけました。

 

「その指輪を水の精霊さんに返してあげてください。そうしないと、本当にとんでもないことになってしまうんです!」

「ならば、その水の精霊を退治してしまえば済むことよ」

「何だよおばさん。あんた誰だ?」

 

シェフィールドはブタゴリラにおばさん呼ばわりされても表情一つ変えません。

 

「私はシェフィールド。……キテレツと言ったわね。確かに、このアンドバリの指輪は水の精霊の元から持ち出した伝説のマジックアイテム……」

「あんたも泥棒かよ!」

 

彼女の名前はキテレツ達が水の精霊から聞いたもう一人の盗んだ相手のものです。

シェフィールドはブタゴリラに泥棒と呼ばれても無視して話を続けました。

 

「でもこれは本来、私達人間が使うために作られたものなの。それがあの湖にあったのを精霊が自分の宝物としてしまっただけ。ならば、私達人間に返してもらうのは道理というものよ。むしろ邪魔なのは水の精霊の方。奴さえいなくなれば、全てが解決する」

「そ、そうだとも! 精霊さえいなくなれば、この指輪は我ら人間の物となるのだ! 何の問題もない!」

 

つまり、精霊を力尽くで退治して湖から排除してしまえば、湖の増水は収まるし、誰も文句を言う者はいなくなるのです。

それはかなり強引で強行的な手段であり、奪った宝物を自分達の所有物にすることを正当化しようというのです。

 

「そんなのひどいナリ! 精霊さんがかわいそうナリ!」

「黙りなさい、ガーゴイルの分際で」

「ワガハイはコロ助ナリ!」

 

シェフィールドはコロ助の非難に対してもまるで耳を傾けません。

もちろん、キテレツは話しても素直に返してくれるなんて考えてはいませんでした。

 

「どうしても駄目ですか?」

「くどいわよ」

「これでも?」

 

キテレツは取り出した手鏡をクロムウェルへと向けると、鏡からは光が放射されます。

シェフィールドは怪訝そうな顔をしました。

 

「アンドバリの指輪を、僕達に返してくれますね?」

「その鏡がどうしたというのかね? そんな物を見せられたからといって、この指輪を返すわけにはいかんな。すぐに衛兵を呼んで、お前達を逮捕してやる!」

 

しかし、光を浴びたクロムウェルは口ではそう言いながらも、体はキテレツの言葉通りに自分の指から指輪を外しだします。

裏表逆さ鏡の力で操られたクロムウェルは、自分の意思とは関係なく体はキテレツ達の言いなりになっていました。

 

「へへへ、さっさと返してもらうぜ。おっさん」

「話が分かる良い人ナリ」

 

口では逆らっていても体は反対に動いてしまうその間抜けな姿にブタゴリラとコロ助は思わず笑ってしまいます。

 

「な……! クロムウェル!」

 

しかし、それをシェフィールドは許しませんでした。

指輪を投げ渡そうとしているクロムウェルの手を掴み、押さえ込もうとします。

 

「言っている側から、何をしている!?」

「何を言っておられるのですか! ミス・シェフィールド! 誰がこの者達に渡すと思っているのでございます!」

 

そうは言いながらもクロムウェルは指輪を取ろうとするシェフィールドを押し退け、引き剥がそうとし、二人は取っ組み合いになりました。

 

「ちいっ……! これもキテレツの……!」

 

キテレツが数々のマジックアイテムを持っていることが分かっていながら、このようなことができる道具まであることを考えなかったのは迂闊でした。

神の頭脳と呼ばれた自分がこのような失態を犯しては、主への申し訳が立ちません。

 

「クロムウェル! アンドバリの指輪を渡すんだ!」

「誰が渡すものか! この指輪は我らのものなのだ!」

 

そう言いつつも、クロムウェルは今にもキテレツ達に投げ渡しそうです。シェフィールドは必死にクロムウェルから指輪を取ろうとしていました。

 

「ええい! この役立たずめ!」

「あぶっ!」

 

シェフィールドはクロムウェルの脛を蹴りつけ、こめかみに平手打ちを叩き込み、彼を張り倒します。

指輪を手にしたシェフィールドはそれを自分の指にはめました。

 

「な、何だ!?」

「おでこが光ってるナリ!」

 

指輪を身につけたシェフィールドの額は輝きだし、ルーン文字が浮かび上がったことでブタゴリラとコロ助は驚きます。

キテレツ達を睨むシェフィールドがアンドバリの指輪をはめた手を顔の前でかざすと、指輪の石が淡い光を放ち始めました。

 

「う……!?」

「な……なんだ……?」

 

アンドバリの指輪が光り始めた途端、キテレツとブタゴリラは動けなくなってしまいます。

キテレツも持っていた裏表逆さ鏡を落としてしまい、床に膝をついてしまいました。

 

「キテレツ! ブタゴリラ! どうしたナリか!?」

「か、体が動かない……!」

「ちくしょう……! ど、どうなってやがんだ……!?」

 

コロ助が慌てて二人に声をかけますが、キテレツもブタゴリラも金縛りにあったように体を動かせません。

しかし、これで驚いたのはアンドバリの指輪の力を使うシェフィールドも同じでした。

 

「何……! 何故お前は動ける!?」

 

ガーゴイルさえも操る先住の水魔法の力が秘められたアンドバリの指輪ならば、人間の心を操り、その動きを自在に操ってしまうのは容易いことでした。

もっとも、コロ助はガーゴイルなどではなくカラクリ人形。しかも心を持つとはいえ、人間やこの世界のガーゴイルらとは仕組みが何もかも違うのです。

シェフィールドが困惑する中、コロ助はキテレツが身に着けている包みの中からトンボウを取り出しました。

 

「おばさん、これを見るナリ!」

 

トンボウのスイッチを押すと、筒の先端から折りたたみ式のプロペラが飛び出し、三枚の羽が展開され、一気に回転していきます。

 

「くっ……!? うぅっ……!?」

 

それを目にしたシェフィールドの意識は一瞬にして朦朧としていき、激しい目まいに襲われました。

取り出された道具がまた何か未知の力を秘めていると分かっていたので、即座に目を逸らしはしたものの、一瞬見ただけでも凄まじい効果が発揮されたのです。

気絶こそしなかったシェフィールドは目元を押さえてその場で膝をついてしまいます。

 

「大丈夫ナリか? キテレツ、ブタゴリラ」

 

シェフィールドが悶えだした途端、二人はアンドバリの指輪の魔力から解放されていました。

 

「な、何だったんだ?」

「今のがアンドバリの指輪の力なんだよ。危なかった……」

「助かったぜ、コロ助」

「良かったナリ」

 

コロ助のおかげで窮地に陥りそうになったのを脱することができました。

キテレツは裏表逆さ鏡を再び手にし、その光をシェフィールドに浴びせます。

 

「シェフィールド! アンドバリの指輪を渡すんだ!」

「だ、誰が……渡すものか……! く……!」

 

悶えながらも抗うシェフィールドですが、やはり体はキテレツ達の言う通りになってしまい、外したアンドバリの指輪を床に放り投げてきました。

床に転がった指輪をコロ助が拾います。

 

「いただきナリ!」

「ざまあみやがれ!」

「か、返せ! お前達!」

 

そこへ立ち上がったクロムウェルが必死になってキテレツ達に迫ってきます。

懐にアンドバリの指輪を入れ、コロ助は作動したままのトンボウをクロムウェルに突きつけました。

 

「これを見るナリ!」

「あ……! あああ……目が……目がぁ……」

 

まともにトンボウのプロペラを見てしまったクロムウェルは瞬く間に目を回し、その場で倒れ伏して気絶してしまいました。

 

「よし! 早く逃げるんだ!」

「おっしゃ!」

「五月ちゃん達の所へ行くナリ!」

 

アンドバリの指輪を取り戻すのに成功した以上、もうこの城に用はありません。後は脱出するだけです。

三人は真っ黒衣の頭巾をかぶり、姿を消すと執務室から走り去っていきました。

 

「お……おのれ……!」

 

目まいが少し治まってきたシェフィールドは立ち上がりながら懐から数粒の種を取り出すと、それを床にばら撒きます。

すると、種は瞬く間に光を放ちだしたかと思うとどんどん膨れ上がりつつ、一頭の狼のような姿へと変わっていきました。

魔法人形であるガーゴイルの一種とされるもので、フェンリルと呼ばれる狼型のガーゴイルです。

 

「行け! 奴らを追え!」

 

フェンリル達はシェフィールドの命令に従い、鋭く吠えるとキテレツ達を追って執務室から飛び出すように駆け出していきます。

 

 

 

 

ハヴィランド宮殿のホールでは既に100人以上の衛兵達が五月とタバサの手によって倒されていました。

二階へ上がろうとすると五月の天狗の羽うちわかタバサの風魔法で吹き飛ばされ、上に行くことができません。

衛兵達は入り口や壁際から遠巻きに五月とタバサ、そして仮面のメイジの戦いを見届けています。

時に加勢をしようとしても五月とタバサの息はピッタリで衛兵達を退け、仮面のメイジとも互角に渡り合っていました。

 

「ライトニング・クラウド!」

「ファイヤー・ボール!」

「エア・カッター!」

 

周りの衛兵達の中に混じったメイジの騎士達の魔法が五月とタバサに襲い掛かります。

 

「飛んで」

「……っと!」

 

タバサが即座にレビテーションでふわりと高くジャンプし、頭に空中浮輪を浮かべる五月も続きました。

二人がいた場所に魔法が炸裂し、仮面のメイジはブレイドを宿したレイピアを手にフライの魔法で飛び上がってきます。

 

「んっ!」

 

突き出されたレイピアに対して五月は電磁刀を横へ軽く払います。光る刀身が触れた途端にレイピアは大きく弾かれました。

 

「エア・ハンマー」

 

直後にタバサが脇から杖を突き出し、仮面のメイジに風の槌をぶつけます。

吹き飛ばされたメイジはくるりと受身を取り、着地しました。

 

「放て!」

「くたばれ、ガキども!」

「マジック・アロー!」

 

階段の途中の踊り場に二人が着地する場所目掛けて騎士達が魔法を放ってきました。

 

「んんんんっ……!」

 

五月が正面に電磁刀をかざすと、迫ってきた魔法攻撃は刀身にぶつかった途端に全て天井や壁など明後日の方向へと跳ね返されていました。

 

「えいっ! やあっ! はあっ!」

「エア・カッター」

 

次々と放たれる魔法を五月は電磁刀を振り回して全て弾き、打ち返していきます。タバサも五月の横から杖を突き出して援護を続けます。

 

「うわあっ!」

「剣で魔法を跳ね返すとは何てガキだ……!」

 

五月が跳ね返してきた魔法を避けようと衛兵達は慌てています。

まだ小さな子供にここまで苦戦してしまうなど、騎士の名折れというものでした。

 

「アイス・ストーム」

 

騎士達の攻撃が止んだ瞬間、タバサは大技を繰り出しました。

杖を振り下ろし、猛烈な氷の嵐がホール中を荒れ狂いだしたのです。

 

「うわあああっ!」

 

タバサの大技の魔法の威力に衛兵達はたまりません。鋭い氷の刃にその身を切り刻まれながら吹き飛ばされ、壁に叩きつけられてしまいます。

 

「すごい……」

 

タバサの魔法の凄まじさに五月は驚きました。氷の嵐を食らった衛兵達は床に倒れて呻き声をあげてもがいています。

 

「下がって!」

 

五月は仮面のメイジが飛び上がって突撃してきたので前に出ました。

彼だけはエア・シールドによる高圧の空気の壁でタバサの魔法を防いでいたのです。

 

「んっ! くっ!」

 

五月の電磁刀と仮面のメイジのレイピアが何度もぶつかり合い、切り結びます。

電磁刀にぶつかった瞬間にレイピアは弾かれますが、相手は体を捻って体勢を崩さずに連続で攻撃を繰り出してきました。

しかし、五月も持ち前の運動能力、そして芝居で鍛え上げた剣術で相手の動きに合わせて電磁刀で受け流していきます。

 

「はっ!」

 

突き出されたレイピアを五月はジャンプでかわし、相手の後ろへ向かってくるりと身を翻していきました。

 

「ジャベリン!」

 

そこへタバサが横からジャベリンによる氷の槍を飛ばしました。

仮面のメイジも即座に二階に向かって飛んで放たれた氷の槍をかわします。

 

「女子供のくせにやるではないか。たかが平民だと思って侮っていたわ」

 

仮面のメイジの魔法はスクウェアにふさわしく強力でした。遠距離魔法でけん制したかと思うと突撃しては離脱するヒットアンドアウェイを繰り返していたのです。

しかし、それらは五月の電磁刀でことごとく防がれ、受け流されてしまっていました。

先ほども剣戟の最中に魔法を繰り出そうとも考えましたが、電磁刀で跳ね返されると見てやめていました。

 

「ルイズの方へは俺が行くべきだったかもしれんな。手紙の回収と暗殺ならば俺でもできたからな……作戦ミスだったわ」

「あなた、どうしてルイズちゃんのことを知っているの?」

 

五月は相手が口にした言葉に驚きました。

先ほどは錬金の魔法銃、すなわち即時剥製光のことまで知っていたみたいだった上に、何故ルイズのことまで知っているのかその理由がまるで分かりません。

仮面のメイジは杖を降ろすと、顔につけている仮面を外しだします。

その下から現れた見知った顔に、五月は愕然としました。

 

「ワ、ワルドさん……!?」

 

何と、仮面のメイジの正体は数日前に魔法学院で別れた友達、ルイズの婚約者だったのです。

仮面とマントを捨て、魔法衛士隊の服装を露にしたワルドは不敵な笑みを浮かべていました。

 

「どうしてあなたがここにいるんですか?」

「知れたことか。俺はこのレコン・キスタの一員だからな」

 

以前に会った時とは全く違う冷たい態度に五月は呆気にとられます。

彼がこのアルビオンの反乱軍の一味であったことにも五月は愕然としました。しかも最初からこの男は敵だったのですから。

 

「マチルダ……お前らが知っているフーケから色々と話を聞いていたが、やはりお前達は我らレコン・キスタにとってはとんでもない障害だったな」

「フーケって……どうしてあの人のことを……」

 

ワルドが牢屋に捕まっていたフーケを脱獄させたことなど、五月は知る由もありませんでした。

 

「ルイズちゃんは一体どうしたの?」

「さあな。今頃、もう一人の俺が始末しているかもしれんよ」

 

残忍な笑みを浮かべるワルドに五月は目を見開きます。

まさか、ルイズの身には今、危険が迫っているのではと考えが過ぎりました。

何しろ、彼女はこの裏切り者の男と一緒にいたのですから。

 

「そんな……ひどい……! ルイズちゃんは婚約者でしょう!? あの子はあなたを信じていたのに……!」

「信じるのは向こうの勝手だ。俺は目的のためには手段など選んではいられんからな。……もっとも、あんな高慢な女など俺は愛したことなど一度もないがね」

 

冷酷に鼻で嘲笑うワルドに五月の顔がきつく怒りに染まっていきます。

友達の、婚約者の心を散々に弄ぶだなんて、最悪の一言でした。

 

「許せないわ……! ルイズちゃんを騙すなんて……!」

 

電磁刀を強く握り締め、五月はワルドを睨みつけました。

 

「さて、そろそろ片をつけてやろうか! ガキども! お前らのマジックアイテムは役に立ちそうだからな! いただくとするぞ!」

 

ワルドは階段をゆっくりと下りてきます。五月は電磁刀を正面で構えたまま迫るワルドを睨み続けます。

友達を騙し、弄んだこの男だけは絶対に許せません。

 

「サツキ。……耳を貸して」

 

タバサが五月に耳打ちをしてきて何やら相手を倒すための作戦を話してきました。

それを聞いた五月は小さく頷き、ワルドを見据えます。

 

「ライトニング・クラウド!」

 

先に仕掛けたのはタバサでした。杖の先から稲妻を放ち、ワルドはそれをジャンプしてかわします。

 

「たあっ!」

 

ワルドを追うように飛び上がった五月は斜に構えた電磁刀を振り上げます。それをワルドはレイピアで軽く受け止めました。

五月はそのままワルドとは反対側の階段へと着地しました。

 

「ライトニング・クラウド!」

 

ホールに着地したワルドに、先に降りていたタバサがしゃがんだ体勢から再度稲妻を放ちます。

 

「何度やっても同じだ! 馬鹿め!」

 

正面から放たれた稲妻をワルドはあっさりとフライで飛んでかわします。

そのまま空中からタバサ目掛けてライトニング・クラウドで反撃を繰り出そうと呪文を詠唱しますが……。

 

「んんっ……! ええいっ!」

 

五月は自分に向かってきた稲妻を電磁刀で受け止め、ワルドに向かって大きく振るいました。

タバサが放ってかわされた稲妻は、ちょうどワルドを挟み撃ちにするような位置となっていた五月へと向かっていったのです。

電磁刀で受け止められ、打ち返された稲妻はワルドの背中目掛けて飛んでいきました。

 

「ぐおっ!?」

 

背中からまともに稲妻を食らったワルドは体勢を崩して墜落しそうになります。

 

「エア・ハンマー」

「がはっ!」

 

その隙をタバサは逃がさず、ワルドに真下から風の槌をぶつけて勢いよく吹き飛ばしました。

天井まで吹き飛ばされて叩きつけられたワルドは力なく床へと落ちてきます。

 

「お、おのれ……子供ごときに……」

 

床に倒れて呻いていたワルドですが、気を失った途端にその体が風のように掻き消えてしまいます。

 

「消えちゃった……?」

 

降りてきた五月はワルドが倒れていた床を見つめて呆然とします。

 

「今のは風の偏在。魔法で作られた分身」

 

タバサが五月の横に来て呟きます。

風の偏在、ユビキタスと呼ばれる系統魔法はスクウェアクラスの風メイジが使える高位の魔法で、タバサもまだ使えません。

 

「それじゃあルイズちゃんと一緒にいたのは……」

「たぶんそれが本物」

 

この分身と、本物が別行動をしていたということなのでしょう。

本物のワルドは今もきっとルイズと一緒にいるに違いありません。

 

「ルイズちゃん……一体どうなってるのかしら……大丈夫なのかな……?」

「少なくとも、危険であることは確か」

 

裏切り者だったワルドが一体何を企んでいるのかが分からない以上、五月は不安になってきました。

一体今、ルイズの身に何が起きているのかを考えるだけでその思いは強くなってきます。

 

「早くルイズちゃんを探しに行かないと……! 行きましょう! タバサちゃん!」

 

二人は階段を駆け上がり、脱ぎ捨てていた真っ黒衣と隠れマントをそれぞれ拾います。

キテレツ達と合流してここを脱出し、ルイズを迎えに行かなければなりません。

 

「あそこだ! 捕まえろ!」

「追え、追え!」

 

まだ集まってくる追っ手達の勢いは凄まじく、姿を消している余裕はありません。

五月は電磁刀を手にしたまま、タバサと一緒に廊下を駆け抜けていきました。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。