空しかったニューカッスルでのパーティを終えてからルイズはすぐ眠りに就きました。
早朝に起きてすぐにワルドのグリフォンでアルビオンを発ち、トリステインへ戻らなければなりません。
反乱軍によるニューカッスルの攻城が始まる明日までに一刻も早くアンリエッタとウェールズを会わせなければならないのですから。
「……いけないっ!」
しかし、新たな使命感に燃えていたルイズは興奮して寝付けず、結局早起きはできませんでした。
ベッドから飛び起きたルイズは時刻が九時を過ぎていると知り、大急ぎでワルドの元へと行きます。
ワルドに朝早く起こして欲しいとでも頼んでおくべきだったかと後悔してしまいます。
「やあルイズ。やっと起きたね。待っていたよ」
廊下を走っていたルイズはワルドに笑顔で出迎えられました。
何やらその手には清楚な作りの冠やヴェール、マントがあります。
「ワルド様! ……そ、そのっ! ……あ、あのっ!」
起きたばかりだった上に大急ぎで駆けてきたために頭が混乱していたルイズはすぐにトリステインへ戻りたいことを伝えられません。
しかし、ワルドはそんなルイズの姿を見ても態度を変えずにこんなことを言い出します。
「ははは、大丈夫だよ僕のルイズ。そんなに慌てていては、新婦の姿が台無しになってしまうよ」
「え……? し、新婦って? どういうことですか?」
唐突な言葉にルイズは呆然としてしまいました。
「実は昨日、ウェールズ皇太子に僕らの結婚の媒酌をお願いしたんだよ。ルイズを驚かせようと思って、今まで黙っていたんだ」
よく見れば、ワルドが手にしているのは新婦用の衣装であることが分かります。
ワルドは本気でここでルイズと結婚式を挙げようとしているのです。
「結婚って……こ、ここで式を挙げるのですか!?」
ルイズは突然すぎる結婚式の開催に驚きました。
確かにワルドは今回の任務が終わったら結婚をしようとアプローチをかけてきました。
しかし、いくらなんでもこんな場所で、しかもこんな状況で結婚式を挙げようとするなんてあまりに性急で、非常識にすら感じられます。
「ああ。皇太子殿下にどうしても僕らの結婚の晩酌をしてもらいたくなってね。彼も喜んで引き受けてくれたよ」
「そんな……今は任務中なのに……」
何も気にしていない様子のワルドにルイズは逆に戸惑うばかりでした。
「もちろん、本格的な式はトリステインへ戻ってから行うよ。これはいわば本番の前の練習みたいなものだ。それとも僕との結婚が嫌なのかな? 僕のことが嫌いになったのかい?」
「嫌じゃありませんわ……でも急に結婚式なんて……」
今、ルイズがするべきなのは許婚であり憧れのワルドとの結婚ではなく、大切な友人から託された真の任務を果たすことなのです。
「この結婚式は何も僕達だけのことじゃないんだよ。皇太子殿下のためでもあるんだ」
「皇太子様の?」
ワルドの言葉にルイズは余計に困惑するばかりです。
「ウェールズ皇太子は何があっても、どんなに説得をしても亡命には応じてくれはしないだろう。その皇太子が最期に望んだことを実現させてあげたいのだよ。そのために、僕らの結婚式の媒酌という大役を務めさせてあげたいんだ」
なるほど、とルイズは思いました。ワルドはワルドなりにウェールズのことを考えているのでしょう。
亡命を拒んで討ち死にを果たそうとするウェールズへの、最後の手向けというわけです。
「僕達でせめて皇太子殿下に最期の花を持たせてあげようじゃないか。ルイズ?」
「最期って……」
しかし、ルイズはワルドのそのどこか冷たくさえ感じられる態度が気に入りませんでした。
まるでウェールズの死そのものが既に決定しているかのような物言いと、彼の命やアンリエッタ王女の想いを蔑ろにしているようにも感じられてしまうくらいの薄情さです。
「……いいえ。皇太子様は死なないわ! あたし達で助けてみせます!」
ワルドの思いを否定するかのように、思わずルイズは叫びます。
「……それはどういう意味かな?」
ルイズの叫びに今度はワルドが呆気に取られていました。
「とっておきの秘策があるんです。皇太子様を亡命させるための!」
「それは?」
取り出された天狗の抜け穴にワルドは目を丸くしました。
「キテレツから預かったマジックアイテムです。これを使えば、皇太子様と姫様を会わせてあげることができます! 上手くいけばそのままトリステインに亡命させることだってできるはずです!」
ルイズはワルドに天狗の抜け穴の効果についてそのまま捲くし立てるようにして説明します。
その話を聞いたワルドの表情は微かに険しくなりました。
「……なるほど。ロバ・アル・カリイエのマジックアイテムとやらはそんなことまでできるのか……」
「はい! だから急いで、トリステインへ戻らなければならないんです! 明日のレコン・キスタの攻城までまだ時間があります!」
ルイズは今自分が一番にやりたいことをはっきりとワルドに告げます。
ところが任務を果たすことができるというのに、ワルドの表情は変わることはありません。むしろさらに顔を顰めていましたが。ルイズは気づきませんでした。
「……分かった。それじゃあルイズは先に僕のグリフォンの所で待っているんだ。皇太子殿下に、式の中止を告げてくるからね」
「はい!」
ため息を微かに漏らしたワルドの頷きにルイズの顔が明るくなります。
すぐに踵を返して廊下を駆け、ワルドの前から消えていました。
「あのガキどもめ……余計な物を持たせおって。……亡命などさせんぞ」
ウェールズ皇太子が待つ礼拝堂へ向かう道中、ワルドは独り忌々しそうに呟いていました。
つい先ほどまでルイズに見せていた優しさなど微塵もありはしません。
◆
大都市ロンディニウムでは至る所でレコン・キスタの兵隊や騎士達が巡邏にあたっています。
非常に厳しい警戒の中、透明になっているキテレツ達はハヴィランド宮殿を目指して堂々と進んでいました。
「いいか? こんなガキどもを見つけたらすぐに知らせるのだ。匿っていたりしたらただではおかんからな!」
「し、承知しました……」
市場の店主や市民を掴まえては一枚の羊皮紙を見せていました。そこにはキテレツ達の似顔絵が描かれています。
ロンディニウムの住人達は兵士達が気に入らないのか、とても嫌な顔を浮かべていました。
「何だよこりゃあ……下手くそな絵だなあ……」
「全然似てないナリ」
ブタゴリラとコロ助が横から覗き込んで思わず呟きます。
トンガリが描く似顔絵と比べれば天と地ほどもの差があるほど似ていません。
「んっ……何だ?」
突然聞こえた声に兵士が周囲をきょろきょろと見回すと、二人は慌てて口を塞いでその場から離れていきました。
いくら透明で姿は見えないといっても声は聞こえるので迂闊なことをするとすぐに見つかってしまいます。
「もう……変なことしちゃ駄目でしょ」
「見つかったら終わりなんだから寄り道はしないでよ」
路地の入り口で五月とキテレツは追いついてきた二人を叱ります。真っ黒衣同様に隠れマントで姿を隠すタバサは周囲を警戒していました。
「悪い悪い」
「でも、やっぱりワガハイ達はどこに行ってもお尋ね者ナリね」
「何で俺達がゲロリストにされなきゃなんねーんだよ……」
「テロリストだろ? ……あの人が指輪を持っていたってことは、僕達が取り戻しに来ることが分かっていたのかもしれないね」
「だけど、どうしてわたし達が来るのが分かったのかしら……このアルビオンの人と誰も会ったことも無かったのに」
それがこれまで抱いていた最大の疑問です。アルビオンの反乱軍はどんな理由であろうとキテレツ達がこのロンディニウムまでやってくることをアルビオン大陸へ来る前から知っていたのです。
しかし、いくら考えてもその謎は分かりません。知っているのはお尋ね者にしてきた本人達だけです。
「とにかく、早くあの人から指輪を取り戻してしまおうよ。タバサちゃん、行こう」
一行が透明であることまでは知らないアルビオンの兵隊達は誰も五人の存在に気づくことはありません。
キテレツ達は楽々とハヴィランド宮殿のすぐ前までやってくることができました。
「待って」
「どうしたの、タバサちゃん」
「俺達は見えないんだからさっさと忍び込もうぜ」
「グリフォンとマンティコアがいる」
呼び止めたタバサの言うとおり、城門ではグリフォンやマンティコアに騎乗した騎士達が門番を勤めています。
「何だぁ? あのライオンみたいなやつ。鳥みたいに羽がついてるぜ」
「あれがどうしたナリか?」
「幻獣は人間や動物より感覚が鋭い。見つからない保障はない」
たとえ透明になっていても優れた感覚を持つ幻獣を欺ききることはできず、気配を察知される恐れがあるかもしれません。
何しろタバサの場合は匂いまでは消せていないのですから。
「それじゃあ、正面から入るのはやめようか」
「でも、どこから忍び込むの?」
「こっち」
タバサが呼び招くと、一行は城門から脇に少し離れた城壁までやってきました。
「タバサちゃん、どこにいるの?」
「ここ」
五月が声をかけるとトントン、と地面を突く音がします。タバサがマントの中で杖を使ったのでしょう。
「私に掴まって」
「うん。分かったよ」
「一体どうするナリか?」
四人が見えないタバサの体に手探りで掴まると、タバサは手早く呪文を唱えました。
「レビテーション」
「わっ!」
ふわりと全員の体が宙に浮かび上がり、一気に城壁を飛び越えていきます。
「飛ぶなら飛ぶって言ってくれよ」
「しっ……声を出すと見つかっちゃうわ」
「むぐむぐ……!」
五月の囁きにコロ助は片手で口を塞ぎます。
当然、城壁の上にも見張りの衛兵がおり、城の上空には竜騎士達が飛び回っていますが、音も出さず透明である五人の存在には気づきませでした。
空中浮輪で飛んでいれば消えないリングが見えて見つかっていたでしょうが、タバサの魔法であっさりと侵入することができたのです。
「トリステインのスパイ達は既にこのロンディニウムへ潜入している可能性が非常に高い! 警戒を怠るな!」
「奴らの目的はクロムウェル閣下だ! 絶対に城内への侵入を許すな!」
「見つけ次第、即刻逮捕だ! いいな!」
城の敷地内の警備の指揮している騎士達は大声で部下達に呼びかけています。
もう既にキテレツ達は庭を通り抜けて城内へと正面から入る所なのです。
「これは見つかったらただじゃすみそうにないね……」
「もう俺らは忍び込んでるのにな。マヌケな奴らだぜ」
「捕まったら、何をされるナリか……?」
「そんなことを考えちゃ駄目よ。行きましょう」
あっさりと五人は城内への侵入を果たし、エントランスホールの大階段の下へ移動します。
周りでは相変わらず兵隊達が警備を続けており、少しでも姿が見えてしまえば見つかるので透明のままでした。
「しかし、クロムウェル閣下の虚無はすごかったな」
「ああ。まさか、死人を蘇らせる魔法を使うとは……あれが、伝説の彼方に消えたという虚無の系統なのか……」
すぐ真上の階段を上がっていく二人の兵が話し合っています。キテレツ達はぐっと息を潜めていました。
「クロムウェルって、指輪を持っていた人のことね」
「うん。間違いないね」
ようやく泥棒の名前と正体について一致しました。クロムウェルと呼ばれていた人物が、バルコニーで演説を行なっていた男なのです。
「これからどうするナリか」
「この城の中にそのクロムウェルっていう人がいるのは確かだし、顔も分かっているんだから慎重に探そう」
「そうね。見つからないようにしないと……」
ここまで来て見つかりでもしたら、全てが水の泡です。ドジを踏むことも許されません。
「キョムって、あのざるをかぶって笛吹いてる奴のことか?」
「ええ? 何を言ってるんだよ、ブタゴリラ」
「熊田君。それって、もしかして虚無僧のことを言ってるの? 漢字は同じだけど、読み方も何もかも全然違うわよ」
「こんな時でもブタゴリラはボケるナリね~……」
こんな時にもブタゴリラは天然ボケをかましているので三人は突っ込みました。
タバサだけは相変わらず冷静に周りを警戒しています。
『どう? キテレツ君。そっちの調子は?』
『五月ちゃん、大丈夫?』
と、そこへトランシーバーからみよ子とトンガリの声が聞こえてきます。
キテレツは懐からトランシーバーをそっと取り出しました。
「うん。わたし達は大丈夫よ」
「今、城の中に入った所だね。そっちは?」
『あたしがいるから安心しなさいな。タバサ、あなたも気をつけてね』
五月とキテレツが小さい声で応答すると、キュルケが気さくに答えてくれました。
タバサはキュルケの声に頷きます。
「何かあったら発明品を使っていいからね」
『分かったわ』
『五月ちゃん、早く戻ってきてね。危なくなったらすぐ逃げるんだよ』
キテレツのリュックもケースも如意光と一緒に置いてきているので、三人が兵隊に見つかってもそれらを使ってやり過ごせるでしょう。
「それじゃあ早速、クロムウェルっていう人を探そうか」
「了解ナリ」
「キテレツ君。どうせなら二手に別れて探してみない? そっちの方が見つけやすいと思うの」
五月がそう四人に提案してきました。
確かにその方が一度に探索できる範囲も広がるので見つけられる可能性が高くなるでしょう。
「それは良い考えだね。それじゃあ、僕とコロ助で二階を探してみるから、タバサちゃんと五月ちゃんとブタゴリラは一階をお願いするよ。もう一個トランシーバーを渡すから、何かあったら連絡をするんだ」
「おっしゃ。任せな」
キテレツからトランシーバーを受け取ったブタゴリラは意気揚々とそれを懐にしまいこみます。
「それじゃあみんな、見つからないようにね」
「分かった」
「うん。キテレツ君達も気をつけて」
タバサと五月は頷きます。透明のままなのでその様は見えませんが。
一行は階段の下から出ると、二つのグループに分かれて城内の探索を開始します。
ハヴィランド宮殿の内部は外以上に多くの兵士達が警備にあたっており、全ての扉の横には必ず見張りが立っていました。
クロムウェルという人物が城内のどこにいるのか分からないので、見つけるのはかなり苦労します。
透明になっているので堂々と歩き回っていられるのですが、手掛かりが他にない以上は迷路のように複雑で広大な城の中をさ迷い歩く破目になってしまうのです。
「泥棒さんはどこにいるナリか~? キテレツ、泥棒さんはどんな顔してたナリ?」
「あれは三十歳くらいのおじさんだったね。偉そうな神父みたいな格好をしていたから、かなり目立つよ」
一階を探索して廊下を歩くキテレツとコロ助は通りがかる衛兵や警備が周りにいないのを確認して話します。
コロ助は蜃気楼鏡の映像を見なかったのでクロムウェルの顔は知りませんが、キテレツはしっかり記憶していました。
兵士達と違う上に特徴的な出で立ちだったので一目で分かるはずです。
「それでどうやってお宝を返してもらうナリか?」
「大丈夫。裏表逆さ鏡を持ってきているから、向こうから返してくれるよ」
キテレツが今持参している発明品の中に合わせ鏡とは別の手鏡があります。それが裏表逆さ鏡という道具です。
その手鏡から発せられる光を浴びせれば、相手がキテレツからの要求に対して反抗しても行動そのものは逆に働かせてしまうのです。
「それは便利ナリね」
「もちろん、取り返したらすぐ逃げないといけないからね。おっと……静かに」
自分の作戦を語っていたキテレツでしたが、前を向き直ると口を閉じます。
すぐ目の前には数人の衛兵が迫っていたので、コロ助と一緒に壁際へと移動し、通り過ぎるのを待ちました。
◆
一階の探索をしている五月とタバサとブタゴリラ達も途方に暮れていました
クロムウェルの顔は分かっているのに、居場所が分からなければどうにもならないのです。
「あ~あ……あのおっさん、どこにいやがるんだよ? こっちが迷っちまうぜ」
廊下に置かれている偉い人と思われる胸像の台座の下でブタゴリラは座り込んでいました。
「駄目よ、熊田君。ちゃんと探さないと」
「けどよ……こんな迷路みたいな場所で、どうやってあのおっさんを見つけるっていうんだ?」
確かにブタゴリラの言うとおり、当てもなく探していては意味がありません。
「う~ん……そうよね……」
「誰かに聞いてみっか?」
「そんなことしたら見つかっちゃうでしょ」
もちろん冗談なのでしょうが、ブタゴリラだったら本当にそれを実行してしまいそうなので怖いです。
「タバサちゃん。何か良い手はないかしら?」
「クロムウェルは恐らく、アルビオンの反乱軍の司令官か何か大きな地位に就いてる」
タバサは蜃気楼鏡で見たクロムウェルの演説をする姿から、彼がこのアルビオンでどういった存在であるのかを冷静に分析していたのです。
「少なくとも廊下を一人でうろついたりする立場の人間じゃない」
「それじゃあ、どこかの偉い人がいそうな部屋にいるっていうことかしら」
「恐らくそう」
「それじゃあ、そんな人が出入りできる部屋にいたりするわけね」
これで僅かですがクロムウェルを探すための手掛かりが見つかりました。
クロムウェルがアルビオン反乱軍の要人であるという立場から推察されたものです。
「行きましょう、熊田君」
「あいよ」
三人は一階にある廊下と隣接した部屋をしらみ潰しに探すことにしました。とはいっても扉の横には衛兵が張り付いているので入ろうとすると怪しまれて見つかる恐れがあります。
そこでタバサが部屋に入らずに外から覗く、という手段で確認する方法を提案してくれました。その方法とは……。
「何だ? どうしたんだ?」
「どうかされましたか? 将軍」
「お呼びでございますか?」
ある廊下で三つの扉がコンコン、とノックの音を響かせていました。横で張り付いていた衛兵達はそれぞれ扉を開けて中の確認を行ないます。
「何? 俺達は呼んでないぞ?」
「そうか、すまんな」
「何の用だ! 警備を続けんか、馬鹿者め!」
「は、はいっ!」
「何を言っているのだ? 私は呼んでなどおらんわ」
「サー、失礼致しました」
ある部屋は兵士達の詰め所であり、中では休憩をしている衛兵達が寛いでいます。
気が短い将軍や大臣達の自室では呼んでもいないのに覗き込んできた衛兵を追い出していました。
「こっちは違ったわ」
「俺もだぜ」
「私も」
三人は柱の影で合流してそれぞれの報告を行ないます。
透明であることを生かすことで三人はそれぞれ扉をノックし、衛兵に扉を開けさせてその中を覗き込んだのです。
これで中を確認することでクロムウェルを見つけようという作戦でした。
もっとも、衛兵達がノックなどもせずに堂々と出入りをしているような部屋はクロムウェルのような要人が利用するような部屋ではないと見て無視します。
しばらく三人はそのようにして調査を続けていました。
「もう一階はほとんど調べちゃったわね」
「それじゃあ、キテレツ達の方にいるってことか」
「たぶん」
一階にいないと確定すれば、クロムウェルが二階にいることは間違いありません。
三人はキテレツ達と別れたホールを目指して廊下を駆け抜けていきました。そこから二階に上がってクロムウェルがいる部屋を見つけるのです。
「あっ……!」
「何だ、どうした?」
ホールまで戻ってきた三人ですが、五月は驚き立ち止まります。
「見て、あの人よ! ほら……! あの緑の服の人……!」
「あん?」
五月の視線の先には何人もの閣僚や将軍の一団が階段を上ろうとしているのが見えます。
「ありゃ、本当だ」
「あの人がクロムウェルなのね……」
その中心にいる人物こそが、探し求めていたクロムウェルだったのです。左手の指には間違いなく、アンドバリの指輪を嵌めていました。
とうとう見つけた泥棒の姿に三人は心躍ります。これは見失うわけにはいきません。
「このまま後をつけようぜ」
「ええ。熊田君、キテレツ君に連絡して」
三人は階段の下へ移動すると、ブタゴリラは預かったトランシーバーを取り出しました。
タバサが確認のために外に出ると、クロムウェルは階段の最上部でローブを纏った二人の男女と会って何かを話している所です。
「おい、キテレツ。聞こえるか? どうぞ」
『はい、こちらキテレツ。どうしたの、ブタゴリラ』
トランシーバーの向こうでキテレツ達も骨董品が飾られた台座の陰に身を潜めていました。
二人とも見つからないように小さな声で話し合います。
「キテレツ君、クロムウェルっていう人をこっちで見つけたわ。今、二階へ上がろうとしているの」
『本当に?』
「わたし達もこれから上に上がって後をつけるわ」
『分かった、それじゃあすぐに合流しよう。その人が一人になるまで待つんだ。気をつけてね』
トランシーバーをしまい、五月とブタゴリラも階段から外に出てきました。
「あっ、上に行っちゃうわ」
クロムウェルの一団は階段を上がってその向こう側へと立ち去っていってしまいます。
しかし、階段の途中で男女二人が立ち止まって何かを話して道を塞いでいるので三人は上に上がれません。
城の外みたいにタバサがレビテーションを使って一気に二階に飛び上がりたい所ですが、あの二人はトライアングル以上のメイジであることが見ただけで分かります。
透明とはいえ魔法を使えばディテクト・マジックを使わなくても気配を悟られる危険があるので使うことができないのでした。
「とっととどけよっ……!」
早くクロムウェルの後をつけなければならないのにそれができないので、もどかしく感じてしまいます。
そんな三人の焦りを知ってか知らずか、何故かあの二人は階段から動かないまま会話をしているようでした。
歩き話をしていれば良いのに、こんな時に限ってそれをしようとしないので五月とブタゴリラは苛々してしまいます。
「マチルダ。確か、例のガキどもはメイジを含めて八人だったな」
「ええ、そうさ。スカボローでの情報だと火と風のトライアングルメイジで、トリステイン魔法学院の生徒らしいね。それがどうかしたのかい」
階段で仮面の男と会話をしているフーケは首を傾げます。
「既に奴らはこの城に忍び込んでいる。少なくとも三人だ。だが、他にも忍び込んでいる奴がいるはずだ」
「よく分かるじゃないさ。で、私にどうしろって言うんだい?」
「知れたことか。連中は姿を隠して潜んでいる。閣下の指輪が目的だから閣下を探しているはずだ。ディテクト・マジックを使って徹底的に探しだせ」
「人使いが荒いね……いいさ、あの子達には礼もあるし、ちょいと探してくるとするよ」
そんな会話をしていた二人ですが、フーケは階段を降りると五月達がやってきた廊下の方へと歩き去っていきました。
「よし、行こうぜ」
「ええ」
「……待って」
階段を上がろうとする五月とブタゴリラですが、それをタバサが呼び止めました。
まだ階段の途中には仮面の男が残っています。しかも何やら様子がおかしいことをタバサは察していました。
「さて……それではまずは、姑息なネズミを三匹……」
マントの下からレイピアの形をした軍杖を取り出し手にすると、呪文を唱えだします。
「何やってるんだ? あいつ」
「魔法を使おうとしているみたい」
五月とブタゴリラは仮面のメイジの意図が分かりません。さっさと退いて欲しいので余計にじれったくなりました。
しかし、タバサだけは彼がやろうとしていることをたった今察します。彼が今唱えている呪文は……。
「……掴まってっ!」
「え?」
「なにっ?」
タバサは呆けていた透明の二人へ手を伸ばし、即座に呪文を唱えました。
「フライ!」
「ライトニング・クラウド!」
タバサと仮面の男の魔法が同時に解放されます。五月とブタゴリラの体を掴んだタバサは素早く宙へと飛び上がりました。
「わわっ!」
「きゃあっ!」
直後、仮面の男が閃光のような速さで振り抜いた杖の先から鋭い炸裂音と共に稲妻が放たれます。
三人が立っていた床を稲妻が直撃し、焼き焦がしていました。避けるのが少しでも遅れれば確実に三人に直撃していたでしょう。
「ほう。子供とはいえ、トライアングルだな。一応は褒めてやろう」
一気に二階に着地したタバサは二人を解放すると、マントのフードを外して姿を現しました。
「お、おい」
「まさか、わたし達が分かっていたの?」
五月は仮面の男が三人の存在に気づいていたことを知って驚きます。
もう姿を隠しても意味がないと悟って頭巾を外してマントを脱ぎ捨てたタバサと同じように姿を見せます。
「風のスクウェアともなれば、空気の流れで周りにいる人間の存在を察するなど容易いこと。そんな子供騙しでメイジを誤魔化せると思ったか?」
「ばれてやがったのかよ!」
仮面のメイジは透明になっている三人が階段の下で隠れている時からその存在を察していました。
すぐに侵入者の存在を告げたりしなかったのは、完全に身を隠していると思っていた三人を嘲笑っていたのでした。
「閣下の指輪を取り戻しにきたそうだが、あいにくそうはいかん」
「どうして指輪のことを……!」
相手は自分達がアンドバリの指輪を取り戻しにきたということをはっきり認識していることに五月は唖然としました。
それでキテレツ達六人を指名手配にして捕まえようとたのでしょう。
一体、どこでどうやってそこまでの情報を耳にしたのか不思議でなりません。
「知ってどうなる? 貴様らのようなガキどもが知ることではないわ!」
「ウィンディ・アイシクル!」
男が叫ぶ間にもタバサは呪文を完成させて杖を突きつけました。
何本もの無数の氷の矢が放たれますが、相手はそれを軽業師のように後ろへ飛び上がってかわし、階下の踊り場へと着地します。
「何事だ!」
「どうされましたか!?」
「侵入者か!?」
騒ぎを聞きつけたらしく、ホールには次々と何十人もの衛兵達が集まってきます。
ここまで来てこんなことで見つかってしまうなんて最悪の状況でした。
「やべえ! 逃げるぞ!」
「タバサちゃん!」
ブタゴリラと五月が叫びますが、タバサは動きません。
「先に行って」
「タバサちゃんは?」
「ここで食い止める」
ここで三人一緒に逃げると一階の兵達が二階へ集中することになります。それではたとえ透明になったままでも追い詰められて捕まってしまいます。
タバサは殿を務め、彼らをここで足止めにすることを決意しました。
「スリープ・クラウド!」
タバサが再び呪文を唱えると、杖の先から一気に青白い雲が噴き出し、一階に広がって充満していきます。
階段を上がろうとしていた衛兵達は眠りの雲に包まれ、まとめて眠らされてしまいました。
「ウィンド!」
しかし、メイジの男は自分の周りに突風を吹かせて眠りの雲を吹き飛ばしてしまいます。
「トリステインのスパイが入り込んだぞ!」
「あそこだ!」
さらにさらに新手の兵達が次々と現れてきます。これではキリがありません。
「お前らは上のガキどもを追え! 俺はあの小娘をやる。城の周りを包囲して絶対に逃がすな」
「はっ!」
仮面の男が衛兵達に命じると、タバサはライトニング・クラウドを唱えて稲妻を放ちます。
相手も即座に反応して同じ魔法を使って相殺してきました。空中でぶつかった稲妻が弾け合い、辺りに飛び散ります。
「ブレイド!」
さらに男は杖に魔力の光刃を宿し、一気に階段を駆け上がるとタバサに斬りかかってきます。
タバサも同じ呪文で対抗し、敵の攻撃を横に少し体をずらして紙一重で避けると、自分の杖を突き出します。
相手はそれを蜻蛉を切ってかわし、階下へと戻りました。それを追ってタバサも飛び降りました。
「タバサちゃん!」
ホールの一階ではタバサが仮面のメイジと杖を交えて戦っていました。
相手はかなりの手練れのようで身軽な動きで撹乱しようとしているタバサと互角に渡り合っています。
「おおっと! させるかよ! そおら!」
「ぐおっ! うわあああっ!」
階段を上がってきた衛兵達にブタゴリラは取り出した天狗の羽うちわを力いっぱいに振り下ろしました。
それによって発生した強烈な突風はホール中に吹き荒れ、衛兵達をまとめて一階へと吹き飛ばしてしまいます。
「ざまあみやがれってんだ。五月、何してるんだ?」
五月は真っ黒衣をその場で脱ぎ捨ててしまったのを見てブタゴリラは目を丸くしました。
「タバサちゃんを助けるわ。熊田君はキテレツ君達と合流して、早く指輪を取り戻して!」
タバサだけで殿を務めていてはさすがに辛いと察し、五月も加勢することにしたのです。
電磁刀を手にした五月はスイッチを入れ、刀身を伸ばして電源を起動しました。
「だったらこれも使いな。それであいつらをまとめて吹っ飛ばしちまえ!」
ブタゴリラは羽うちわを五月に差し出しました。
ホールにはまだまだ衛兵達が集まってきているのです。電磁刀一本だけではさすがに全部相手にするのは難しいでしょう。
「ありがとう。使わせてもらうわ」
受け取った羽うちわを五月はズボンに挟みます。
「気をつけろよ! 何かあったらトンガリがびーびー喚くからな!」
「熊田君達もね!」
「すぐ迎えに来るぜ!」
頭巾の覆面を下げて完全に姿を消したブタゴリラはホールから背を向けて走り去ります。
五月は電磁刀を片手に顔を引き締めます。一座の舞台で男役の侍を演じる時のような凛々しい顔でした。
「観念しろ、小娘め!」
「はあっ!」
目の前まで上がってきた衛兵達の頭上を五月は身を翻しながら一気に飛び越え、階段の踊り場へと着地します。
さらにそこから手すりに登ってジャンプし、タバサが戦っている仮面の男に向かって電磁刀を振り下ろしました。
「はあああああっ!」
「むっ!」
後ろに飛んで避けた仮面の男ですが、タバサが追撃でエア・カッターを飛ばします。
風の刃を相手は避けきれず、マントの一部が切り裂かれていました。
五月とタバサは隣り合うと、それぞれ電磁刀と杖を手に身構えます。
「ほう。それがマチルダのゴーレムの一撃を受け止めた光る剣とやらか」
男が口にした名前に五月は聞き覚えはありませんが、それを気にしたりする余裕はありません。
「と、いうことは錬金の魔法銃とやらには気をつけねばならんな!」
突き出された杖の先から鋭い稲妻が放たれ、五月は電磁刀を正面で横に構えて迸る電撃を受け止めます。
◆
さて、キテレツ達がロンディニウム宮殿で泥棒探しをしている間、残されたみよ子達三人は廃墟の礼拝堂で暇を持て余していました。
寝そべっているシルフィードも退屈そうに欠伸をしています。
「五月ちゃん達、大丈夫かなあ……心配になってきたよ」
「タバサちゃんもついてるんだから大丈夫よ」
トンガリはブタゴリラが置いていったリュックから取り出したミカンの皮を剥きながら不安そうにします。
「それは良いけど、ブタゴリラも一緒なんだよ? 五月ちゃんの足を引っ張ったりしないか心配だよ……」
「あら、カオルのことを信用してないのかしら?」
みよ子やトンガリと同じようにミカンを口にしているキュルケは意外そうにします。
「だって、ブタゴリラは普段から札付きのトラブルメーカーだったんだよ? 向こうで変なことして見つかったりしてるんじゃないかと思うとさ……」
「もう、こんな時にもなってそんな縁起でもないことを言わないでちょうだい」
ネガティブなことばかり口にするトンガリにみよ子はうんざりしていました。
「大丈夫よ。何かあってもこれですぐに逃げて来れるんでしょう?」
キュルケは壁に貼られた天狗の抜け穴を見つめます。
向こうで何か危機的状況になっても、これを潜ってくればすぐにこちらへ逃げてこられるのです。
「それはそうだけどさ……」
「もう、しょうがないわね……」
見かねたみよ子はトランシーバーを手にし、キテレツ達へのコンタクトを行なうことにしました。
「もしもし? キテレツ君? そっちはどう?」
『あ、みよちゃん。たった今、ブタゴリラ達がクロムウェルを見つけたんだって』
「本当に?」
「あら、見つけられたのね。やったじゃない」
みよ子とキュルケは顔を明るくしました。
「五月ちゃんは? 五月ちゃんはどうしたの?」
しかし、トンガリは泣きつくように大好きな五月の安否を尋ねます。
『五月ちゃん達とは今、二手に別れているんだ』
『ブタゴリラ達と一緒ナリよ』
「何でだよ! 何でブタゴリラと一緒にするんだよ! 何かあったらどうするのさ!」
「落ち着いて、トンガリ君!」
トランシーバーを掴んで喚き立てるトンガリをみよ子は諌めました。
「早く泥棒を捕まえてこっちに戻ってきてよ!」
『分かった、分かったから大声を出さないでよ……』
『トンガリは心配性ナリね』
コロ助はもちろん、みよ子もキュルケまでもが呆れていたその時でした。
「うわああああっ!」
「きゃああっ!」
『みよちゃん……!? みよちゃん……!』
トンガリはトランシーバーを落とし、みよ子と一緒に悲鳴を上げてしまいました。
キュルケまでもが目を大きく見開いて愕然としています。
「な、な、な、何これ!?」
尻餅をついたトンガリの視線の先にあったもの……そこには天狗の抜け穴の中心から鋭い光の棒が伸びているのです。
それは何の前触れもなく、突如として突き出されてきたのでした。
呆然とそれを見つめていた三人でしたが、少しするとそれは抜け穴の中へと引き戻されて消えていきます。
『みよちゃん、トンガリ、キュルケさん、何があったの?』
『応答するナリー!』
驚き、天狗の抜け穴に目を見張ったまま、みよ子はキテレツ達の声がするトランシーバーに手を伸ばしていきました。
「キテレツ君は今、天狗の抜け穴を使ってるの?」
『ええ? まだ使ってないけど……一体どうしたの?』
『何があったナリか?』
キテレツ達が天狗の抜け穴を貼っていないはずなのに、今ここから何かが現れたのです。
その原因と、たった今現れた物の正体が分からないので三人は頭を悩ませます。
「キテレツ君が使ってないのに、どうしてこれが……?」
「やっぱりどこかに通じてるよ……でも、何だろうこれ?」
トンガリが恐る恐る天狗の抜け穴に手を突っ込み、向こう側がどこかに繋がっていることを確認しました。
しかし、その先はとても変な感触が伝わってきます。何かしら空間が広がっているかと思いきや、何かに包まれているような感じです。
『みよちゃん、一体どうしたの?』
『大丈夫ナリか?』
「あたし達は大丈夫だけど……」
キテレツ達が心配をしてくれていますが、みよ子は呆然としたまま答えるしかありません。
「何をする気!?」
と、そこに立ち上がったキュルケが天狗の抜け穴へと近づいて行くのでトンガリが声を上げます。
キュルケもまた、天狗の抜け穴に手を突っ込んで掻き回しだします。トンガリの時とは違って今は広い空間があるのを確かめました。
「あなた達はここで待ってて。ちょっと様子を見てくるわ」
「あ、キュルケさん!」
言い残したキュルケは抜け穴にそのまま飛び込んでいってしまいました。
取り残されてしまった二人は、ただ呆然と天狗の抜け穴を見つめます。
『ん? 何だか様子が変だよ。どうしたんだろう』
『何があったナリ?』
そして、トランシーバーの向こう側でもキテレツ達に異変が起きていました。