キテレツ大百科 ハルケギニア旅行記   作:月に吠えるもの

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♪ お料理行進曲(間奏)

コロ助「ついに泥棒を見つけたナリよ! 成敗するナリー!」

キテレツ「落ち着けよコロ助。相手はアルビオンの王国を乗っ取った反乱軍なんだよ? 一筋縄じゃいかないんだ」

コロ助「五月ちゃんとタバサちゃんが、がんばってくれてるけど、敵はとっても強いナリ!」

キテレツ「急ぐんだ、コロ助! アンドバリの指輪をあいつらに渡しちゃダメだ!」

コロ助「わわわあっ! 天狗の抜け穴を通って何かがこっちにやってきたナリ!」

キテレツ「次回、天狗の抜け穴で再会! 頼れるみんな、大集合!」

コロ助「絶対見るナリよ♪」




天狗の抜け穴で再会! 頼れるみんな大集合!・前編

アルビオン大陸の全土を手中に収めた反乱軍、レコン・キスタは五万もの軍勢の極一部を占領した各都市や港町へと駐留させています。

最大の都市にして首都であるこのロンディニウムにも今、二千もの兵隊や騎士達が残っていました。それどころか、夜になるとその何倍もの数の兵が外から戻ってきています。

ロンディニウムの都市の南側に、かつてのアルビオンの王族達が政を行っていた居城、ハヴィランド宮殿が建っています。

その宮殿は今やレコン・キスタの主だった閣僚や将軍といった王家に反旗を翻した貴族達の本拠地となっていました。

 

「子爵君。それで、皇太子の手紙の回収はどうなっているかね?」

「は……私めが間諜としてトリステインの使者の傍に今もおります故、いつでも回収ができる所存。皇太子の抹殺も明日実行します」

 

宮殿の執務室で白い仮面を被った黒ずくめのマントの男は執務机に座っている理知的な風貌の痩せた男に答えます。

この聖職者の身なりをした男こそが、アルビオンの王家を追い詰めた反乱軍レコン・キスタの総司令官、オリバー・クロムウェルなのです。

 

「そうかそうか、さすがは風のスクウェアメイジ。大したものだ」

「恐縮でございます。閣下の操る虚無に比べれば……私めの力など児戯に等しいもの……」

 

一礼をする仮面の男にクロムウェルはちらりと左手にはめられている指輪に視線を流します。

 

「明日はいよいよ無能な王家にとどめを刺し、革命が達成される記念すべき日だ。我らの艦隊とレキシントン号によるフィナーレは君が密命を達してから始めることにするよ。急がずとも良い、じっくりとやりたまえ」

「閣下のご高配には心より感謝いたします」

 

子爵は再び頭を下げ、クロムウェルは絶えずニコニコと陽気な笑顔を浮かべています。

 

「さて、死に損ないの王族達の始末はそれで良いとして……」

 

クロムウェルが視線を向けたのは子爵の隣に立っていたフードを深く被った女のメイジです。

 

「ミス・サウスゴータ。君の言うそのトリステインから来た平民のスパイ達というのはそこまで厄介だというのかね?」

「あの子達を舐めてかかると痛い目を見るよ」

 

サウスゴータと呼ばれた緑の髪を覗かせる彼女は……かつてトリステインの貴族達を震え上がらせていた怪盗、土くれのフーケその人でした。

ルイズやキテレツ達の活躍で不覚にも捕まってしまった本来ならばチェルノボーグの牢獄に放り込まれて処刑を待つ身だったはずなのです。

 

「スカボローでの情報によれば、スクウェアの風メイジ級の突風をもいとも簡単に巻き起こすマジックアイテムを使ったそうよ」

 

二日前にスカボロー港ではトリステインからのスパイとして五人組の平民の子供達が二人のメイジと一緒に確認されていました。

それがキテレツ一行であり、スパイ容疑をかけられてお尋ね者にされているのは彼らのことをよく知っているフーケの話を聞いた子爵が手配したからです。

 

「他にもそのガキどもはロバ・アル・カリイエ製のマジックアイテムを数多く持っているそうです。そうだな?」

「ええ、そうさ。あの子達のマジックアイテムはどれも私らが知っているマジックアイテムより不思議なものばかりだよ」

 

子爵の言葉にフーケは肩を竦めながら頷きます。

キテレツの発明品の力を思い知らされたのですから、その力を認めるのは当然のことです。

 

「ほう。東方で作られたマジックアイテムか。ミス・シェフィールド、そなたの故郷で作られたものならば一番良く知っているのではないかね?」

 

クロムウェルは横に控えている腕を組んだ黒髪の女性に尋ねます。

扇情的なドレスのような細いローブを身につけている二十半ばの彼女はとても冷たい雰囲気を纏っていますが、これでもクロムウェルの秘書という身分でした。

 

「実際に見てみない限りはどうとも言えませんわね」

 

クロムウェルと違ってシェフィールドは深刻そうな面持ちで首を横に振ります。

 

「子爵君。その子供達が、本当に余の元を目指していると?」

「間違いありません。ラグドリアン湖の水の精霊と接触して、閣下の手にしておられる秘宝を取り戻そうとしているのでしょう」

 

クロムウェルは僅かに顔を顰めて指輪に手を触れます。

キテレツ達がお尋ね者にされた最大の理由は、一行が増水しているラグドリアン湖の水の精霊の依頼を引き受けたという情報を子爵が聞き入れ、それをクロムウェルに報告したからです。

一行の外見的特徴については子爵が牢獄から脱獄させてレコン・キスタの同志として加えたフーケから聞き出したもので、各都市の兵隊達にキテレツ一行を発見次第、スパイとして逮捕するようにクロムウェルが命じたのでした。

 

「だが、どんなに多くのマジックアイテムを持っていようとも、我が虚無の力に及ぶはずもない。たかが子供だ。焦ることはない」

「それであの子達に追っ手を差し向けなかったというの? 呑気なものね」

 

フーケはクロムウェルがとった方針に呆れた様子です。

確かに見つけたらすぐに捕まえるように命じはしましたが、同時に必要以上の追跡はしないという命令も下していたのです。

そのためにキテレツ達には一切の追跡部隊が派遣されることはありませんでした。

 

「ミス・サウスゴータ。既にその平民の子供達とやらを出迎える準備は整えてある。わざわざこのアルビオン大陸中を闇雲に探し回る必要はないのだよ。ミス・シェフィールド、そうだね?」

「ニューカッスルの五万の攻城部隊から一万の兵をこのロンディニウムへと帰還させています」

「そういうわけだ。彼らをこのロンディニウムまで誘い込み、圧倒的な兵力によって一網打尽にするのだ」

 

たかが十人にも満たないスパイ……しかも子供に対して過剰戦力とも言うべきかもしれませんが、相手が未知のマジックアイテムを使う以上、戦力を一点に集中させた方が捕まえやすいと考えたのでしょう。

 

「諸君らもスパイを見つけ次第、直ちに捕縛して余の元へと連れてきてくれたまえ。未知のマジックアイテムとやらを是非、余も見てみたいものだからね!」

「御意」

 

子供のようにはしゃぐクロムウェルに子爵が頷きます。

それから子爵はフーケと一緒に執務室を後にしていました。

 

「何が虚無よ……水の精霊から盗んだ秘宝とやらを使っているくせにさ。とんだ道化だね」

「虚無だろうが先住魔法だろうが構わんさ。偉大な力とやらを示して、俺を聖地へ連れて行ってくれるならな」

 

つまらなそうに鼻を鳴らすフーケに子爵は答えます。

総司令官、クロムウェルは二人も知らないような未知の魔法を使うとされていました。それを彼は『虚無』と呼んでいます。

二人は実際にその力を見たことはありませんが、彼はその力を示すことでアルビオンの王族に不満を持つ貴族達の信用を集めて反乱を起こすことができたのでした。

しかし、子爵はその力の正体を知っており、フーケも彼からその話を聞いていました。

 

「聖地の奪還ねえ……あいつらにそんな大それたことができるなんて思えないけどね」

 

脱獄を手引きされてレコン・キスタに加わったフーケははっきり言って忠誠心など皆無です。

元々、協力をしなければどの道口封じに殺される身でしたので、強制された本人としては仕方が無く手を貸しているようなものでした。

サウスゴータというのは、フーケが昔捨てた貴族の名前です。彼女はかつて、このアルビオンの貴族の一員でした。

 

「とにかく、例のガキどもを見つけたらすぐに知らせるんだ。ここに来るのが分かっている以上、俺達はこのロンディニウムに待機だ。いいな?」

「分かったわよ」

 

気のない返事をしてフーケは子爵と一緒に廊下を進んでいきます。

 

さて、執務室ではクロムウェルが部屋に残った秘書のシェフィールドと話を続けていました。

 

「ミス・シェフィールド。トリステインのスパイとやらに追っ手を差し向けなくて本当に良かったのでしょうか?」

「ええ。それで良いわ。その者達の目的がアンドバリの指輪である以上、必ずここへやってくる。ならば下手に追いかけて見失って戦力が分散させられるより、ここで待ち構えていれば兵力を一点に集中できる」

 

秘書なのにシェフィールドはクロムウェルに対して物腰こそ柔らかいですが、タメ口を利いています。それどころか立場がまるで逆転していました。

クロムウェルとシェフィールドはこうして二人だけの状況になった時だけ、総司令官とその秘書という関係が無くなるのです。

キテレツ一行に対する様々な対策もシェフィールドがクロムウェルに指示したものでした。

 

「なるほど。しかし、私はどうも信じられんませんな。子供がわざわざこの空の国までやってくるとは……しかも平民が水の精霊の頼みを聞いてこの指輪を取り戻しに来るなんて」

 

今一クロムウェルは緊張感がない様子です。

数年前、シェフィールドに連れられてラグドリアン湖に赴き、クロムウェルはその湖に眠る秘宝を手に入れたのでした。

それこそが今、手につけられている指輪……アンドバリの指輪なのです。

 

「あなたは今まで通りにレコン・キスタの総司令官として革命を成していれば良いわ。スパイの処分は私達で行う。……決して、その指輪は奪われないようにしなさい」

「も、もちろんでございます! この力のおかげで、私めに恥をかかせたアルビオン王家に復讐ができる機会に恵まれたのですから。あなた様方には感謝のしようがありませぬ」

 

満足そうに声を上げるクロムウェルにシェフィールドは頷くと、執務室を後にします。

廊下を歩く彼女の表情は今まで以上に深刻で、顎に手をやって考え込んでいました。

 

「まさかアンドバリの指輪を取り戻しに来る者が現れるとは……予想外だわ」

 

彼女の計画としては盗み出したアンドバリの指輪でクロムウェルをレコン・キスタの司令官として仕立て上げ、アルビオンの王家はおろか将来的にはトリステインやゲルマニアさえも攻め込ませる予定でいます。

しかし、まさかアンドバリの指輪の奪還をしに来る者がやってくるとなると、計画に支障が出る恐れがありました。万が一にでも指輪を奪還されればクロムウェルはおろか、このアルビオンにも利用価値がなくなります。

相手が子供であるのでそこまで警戒することもないとも思いましたが、フーケからの情報では未知のマジックアイテムを駆使するということでした。

このためにシェフィールドはたかが子供と油断はしていません。故に確実に邪魔者を始末するために策を巡らしたのです。

 

「計画の修正を考えるべきかもしれないわね……」

 

最悪の場合、現在進めている計画そのものを変更する必要もあるとシェフィールドは考えていました。

 

 

 

 

翌朝、ハヴィランド宮殿の広大な中庭には数千ものレコン・キスタの兵士達が集まっていました。彼らは自分達を導いてくれる革命のリーダーの登場を待ちかねています。

やがて、城のバルコニーには一人の男が現れます。それは総司令官・クロムウェルでした。

その後ろでは秘書のシェフィールドや仮面の男、土くれのフーケ、そして主だったレコン・キスタの閣僚や将軍達が控えています。

 

「神聖アルビオン万歳! 革命万歳! クロムウェル万歳! 神聖アルビオン万歳! 革命万歳! クロムウェル万歳!」

 

クロムウェルの登場と共に中庭の兵達は熱狂的な歓声が轟いていました。

 

「諸君! いよいよ、この日が訪れる時が来た! 忠勇にして無双なる諸君らの働きによってアルビオンの最果てまで追い詰めた無能なアルビオンの王族達は間もなく、我らの強大なるレキシントン艦隊によって葬り去られることだろう! その瞬間、我らの革命は達せられる! 選ばれし貴族達による新たな国家が! 神聖アルビオン共和国が誕生するのだ!」

 

中庭の観衆達に向けて演説を始めたクロムウェルの言葉に、ますます歓声は高まっていきます。

 

「しかし! それで我らの理想は果たされたと言うべきなのか? ……否! 我らの理想はこの空の上の王となることではない」

 

一旦、観衆達の歓呼の輪がすっと静まりますが……。

 

「結束! そう! 結束だ! 国境を越え、空を越え、大地を越え、海を越え、我ら選ばれた貴族によってハルケギニアは結束する! そして、あの忌まわしきエルフに奪われた『聖地』を取り戻すのだ! それこそが、始祖ブリミルが我らに与えし使命なのである!」

 

高らかに宣言すると再び観衆達の熱が高ぶり、歓声が蘇りました。

 

「始祖はこの私に力を授けてくださった! 偉大なる『虚無』の系統を!」

 

兵士達によってバルコニーに連れられてきたのは数人のメイジの騎士達です。しかし、彼らは革命戦争で不覚にも命を落としてしまった人達でした。

クロムウェルが拳を高く振り上げると、アンドバリの指輪が煌きだします。

すると、力なく項垂れていたはずの死人の騎士達は、次々に体を自らの力で立たせて動き出しました。生きている人間と何ら変わらない動きを見せています。

観衆達はその光景に驚きが混じった声を上げています。死者を蘇らせるという奇跡は普通の系統魔法でできることではないのですから。

 

「この力ある限り、我らに負けはない! 諸君! 安心せよ! この『虚無』が、我らに絶対の勝利をもたらすのだ!」

「神聖アルビオン万歳! 革命万歳! クロムウェル万歳! 神聖アルビオン万歳! 革命万歳! クロムウェル万歳!」

 

最大限にまで高まった熱気はバルコニーにまではっきりと届いています。

しかし、この演説を後ろで見届けていたフーケはつまらなそうな顔をしていました。

シェフィールドはクロムウェルのすぐ後ろで冷たい表情のまま演説を見つめています。

しかし、その視線と意識はやがて別のものへと向けられていました。

 

(ん……? あれは……)

 

クロムウェルが演説に夢中になっている中、シェフィールドが注目したのは彼がつけているアンドバリの指輪です。

その指輪に朝日の光に混じって、別の小さな光が空から降り注いでいるのがはっきりと分かりました。

腕を動かされる度にその光はクロムウェルの腕に合わせてアンドバリの指輪をしっかりと追従しています。

シェフィールドがその光の先を視線で追ってみますが、それは明らかにこのロンディニウムの外、遥か先の空から放射されているもののようです。

その光を睨んでいたシェフィールドの表情が険しくなりました。

 

(とうとう来たようね……キテレツという少年達……)

 

未知のマジックアイテムを使いこなし、自分と同じ故郷から来たという触れ込みの子供達がもう間もなくこのロンディニウムに到着することをシェフィールドは確信します。

 

 

 

 

首都ロンディニウムから南方へ五キロほど離れ、街道から少しだけ外れた小さな森の中でキテレツ達は待機していました。

今日は朝早くに起きて、ここまで飛んでやってきたキテレツ達は一つ賭けに出ることにしていました。

 

「よし、準備完了だ」

「コロちゃん、こっちは準備オーケーよ!」

『了解ナリー!』

 

みよ子がトランシーバーに向かって喋るとコロ助の声が返ってきました。コロ助は今、一行の近くにはいません。

キテレツは集光機や望遠レンズにスコープまでもが取り付けられ、小さなスタンドで立てられている箱型の装置のセッティングを行っていました。

 

「あのマジックアイテムはタバサの風魔法の遠見の呪文と同じということなのね?」

「わたしも初めて見るんです。あれで本当に蜃気楼を作れるの? トンガリ君」

 

タバサと一緒に装置を眺めているキュルケに尋ねられた五月が今度はトンガリに声をかけました。

 

「うん。キテレツの蜃気楼鏡なら、きっと目的の場所を映すことができるはずさ!」

「何を偉そうにしてやがんだよ。作ったのも使うのもキテレツだろうが」

 

リュックからリンゴを取り出していたブタゴリラが呆れます。

 

「あ! コロちゃんが光を出したわ!」

 

真上の空を見上げていたみよ子は小さな光が一直線に放射されているのを見ました。

 

「よし! こっちもスイッチオン!」

 

キテレツが蜃気楼鏡を作動させると、一行の周りの景色があっという間に変化していきます。

それまで木々が生い茂る森であったものが、青々とした広い光景が広がる空へと変貌したのでした。

 

「わっ! すごい!」

「これが蜃気楼なの? 本当に空にいるみたい……」

 

キュルケもタバサも五月も周りに映し出された空の景色に戸惑っていました。

蜃気楼鏡は遠くの景色の光を映像として装置に集めることで、立体映像のようにして周りに映し出すことができるのです。

 

「これがコロ助だな。それじゃあ、この光を追うようにして……」

 

空の景色の中には小さな手鏡と天使の輪――キテレツの空中浮輪と一緒に合わせ鏡が光を放射しながら空に浮かんでいました。

キテレツが蜃気楼鏡の装置をいじると、景色が光の先に向かってぐんぐんと動いていました。その先には大きな都市が見えます。

 

「間違いなく、ロンディニウムにアンドバリの指輪はあるようね」

 

映像を眺めていたキュルケはしたり顔を浮かべます。

アンドバリの指輪の在り処をいち早く見つけるためにキテレツは思い切った行動に出たのでした。

アルビオンの兵隊に見つかるのを覚悟の上で合わせ鏡を空から使い、さらに遠隔地を映し出せる蜃気楼鏡でその光を追って指輪の正確な位置を知ろうとしたのです。

コロ助は今、真っ黒衣を着て姿を消していますが、あまり長く光を出していると確実に追っ手がやってきて逃げる暇が無くなってしまうので、早々に済ませなければなりません。

ちなみにこの役をコロ助が買って出たのは、自分も空を飛びたいから、ということです。

 

「大きな町だね……」

「それはロンディニウムはアルビオンの首都ですものね」

 

景色がどんどんロンディニウムに近づいていくのを見てトンガリが驚き、キュルケも頷きます。

 

「見て。お城よ。あそこに光が向かっているわ」

 

都市の南側、入って少し進んだ所に立つハヴィランド宮殿に光が注がれているのを見てみよ子が指差しました。

 

「あんな城に指輪があるなんて……ずいぶんと偉そうな泥棒みたいね」

「一体、どんな人なのかしら……」

 

キュルケも五月もアンドバリの指輪を盗んだ人物がただの泥棒ではないと知って怪訝そうにします。

 

「確か、え~と……クロネコとシャーベット……」

「クロムウェルにシェフィールド」

「そうだよ、確かそんな名前だったよな」

 

水の精霊が教えてくれた泥棒の名前を言い間違えたブタゴリラに、何とタバサがぽつりと突っ込みを入れていました。

 

「お? 何だありゃあ」

「城の中庭で何かやっているわ」

「何かしら……」

 

景色がさらにハヴィランド宮殿に近づくと、中庭には大勢の兵達が集まっているのが分かります。

かなり盛り上がっている様子ですが蜃気楼鏡はあくまで映像を映すだけで音を拾うことができないので、群集の声などは聞こえません。

 

「何であいつらあんなに騒いでるんだ?」

「どうやら演説をしているみたいね。ほら、あそこのバルコニーに緑の服を着た男がいるでしょ? あいつが何か言っているのよ」

 

キュルケが指差した先の演説をしている男は身振り手振りに何かを語っているようですが、やはり音は聞こえないので何を言っているかさっぱりです。

 

「待って。……光はあの人に向かっているわ!」

「あ、本当だ!」

 

みよ子とトンガリが声を上げると、みんなも映像に注目しました。

確かに合わせ鏡からの光は演説をしている男の左手につけられた指輪へと注がれているのがはっきりと分かります。

 

「それじゃあ、あれがアンドバリの指輪なのね」

「ええ。間違いないわ。あいつがクロムウェルかシェフィールドっていう奴なのよ」

 

五月の言葉にキュルケははっきりと頷きました。

このアルビオン大陸を二日も動き回って、ようやく目的のものを見つけることができたのです。それは快挙でした。

 

「みんな、あれを見て!」

 

蜃気楼鏡を弄るのをやめたキテレツも映像を目にすると、そこでは驚くべき光景が映し出されていました。

バルコニーに集められた死んだ騎士達が、クロムウェルが腕を振り上げると瞬く間に生き返り、動き出したのです。

死んだ人間が蘇るという光景に、キテレツ達は唖然とします。

 

「本当に人を生き返らせてる……」

「嘘みたい……」

「あれがアンドバリの指輪の力みたいね。……まあ、あれも所詮は紛い物の命だっていうことだけど」

 

みよ子と五月が呆然とし、キュルケも驚いた様子でした。

確かにああして生き返ったようには見えますが、水の精霊曰くあれは魔力で操って強制的に死体を動かしているものなのです。

つまりは操り人形でしかありません。

 

「あんなひょろいおっさんが泥棒かよ。冴えねえなあ」

「でも……っていうことは盗んだ相手ってこの国の反乱軍ってことなんでしょ?」

 

拍子抜けした様子のブタゴリラですが、逆にトンガリは困惑します。

 

「そうみたいね。たぶん、指輪の力を戦争で利用したのよ」

 

そのためにラグドリアン湖から指輪を盗み出したのでしょう。

 

「これで指輪の場所がはっきりしたわ。後は、こっちから乗り込みに行くだけよ」

「よっしゃ、早速殴りこみに行こうぜ!」

「うん。急いでここを離れて出発しよう!」

 

キュルケとブタゴリラが張り切ると、キテレツも蜃気楼鏡のスイッチを切ります。途端に周りの景色は森へと戻っていました。

 

「コロちゃん、もう降りてきても良いわ。鏡をしまって戻ってきて」

『分かったナリ!』

 

みよ子がトランシーバーで呼びかけ、すぐにコロ助は地上へと降下して姿を現しました。

 

「どこに行けば良いか分かったナリか?」

「うん。これから大きな町へ行くのよ。そこに指輪があるのが分かったの。コロちゃんのおかげよ」

 

真っ黒衣を脱ぐコロ助が尋ねてきたので、五月が答えます。

 

「やっぱり行くの? 相手はただの泥棒じゃないのに……下手したら本当に捕まっちゃうよ」

「もう。ここまで来たなら行くしかないでしょ? 何のために色々苦労をしたの?」

 

逃げ腰になるトンガリにみよ子がきつい言葉を浴びせます。

しかし、トンガリの気持ちも分からない訳ではありません。相手は単なる物盗りではなく、何万もの軍隊なのですから。

 

「それじゃあ、早速……」

「待って。あの町で安全な場所を見つけたいから、潜地球に乗って侵入しよう」

 

空中浮輪を取り出す一行をキテレツが呼びとめ、告げました。

 

「それがいいナリ。潜地球なら安全ナリよ」

「僕も賛成」

「でも、こんなに大人数で乗れるのかよ?」

 

それが一番の問題でした。定員はせいぜい五、六人くらいで八人となると完全に定員オーバーになるのです。

おまけにシルフィードを乗せるわけにもいきません。

 

「如意光」

「あ! そうか、その手があったね!」

 

タバサがぽつりと呟くと、キテレツは歓声を上げました。

シルフィードを小さくしてしまえば、乗せることができると考えたのでしょう。

キテレツはケースから潜地球を取り出し、如意光で大きくするとタバサに手渡そうとします。

 

「どうしたの、タバサ?」

 

しかし、タバサは如意光を受け取りません。

 

「それで私達を小さくして」

「きゅ、きゅい!?」

 

タバサの更なる言葉にシルフィードは戸惑った声を上げます。

 

「それならみんなで一緒に乗れるはず」

「大丈夫なの? タバサ」

 

キュルケが心配そうに声をかけますが、タバサは覚悟を決めた顔を浮かべています。あくまで自分達が小さくなって定員を空けるつもりのようです。

 

「分かった。それじゃあいくよ! ……それっ!」

「きゅいーっ!」

 

タバサに同意したキテレツは如意光の縮小光線をタバサとシルフィードに照射しました。

みるみる内に、タバサ達は手の平サイズの大きさに小さくなってしまいます。

 

「どう? 大丈夫、タバサ?」

 

キュルケがしゃがんで声をかけるとタバサは頷きました。キュルケの手の上に乗り、キテレツ達と一緒に潜地球へと乗り込みます。

 

「それでもやっぱり狭いのね……」

「痛てて……」

「ごめんなさいね~」

 

座席の後ろでキュルケが立つ中、トンガリとブタゴリラがしゃがみ込んで窮屈そうにしています。

五月は座席の横に、みよ子とコロ助は操縦するキテレツの左右に座りました。

 

「よし、それじゃあ発進!」

 

操縦レバーを動かし、潜地球は地中に潜行していきます。方角は分かっているので、今は一直線に進むだけです。

空中浮輪でこっそりと隠れるように空を飛んでいたのとは比べられないほどスムーズに、ロンディニウムへと向かうことができました。

 

 

 

 

ロンディニウムには今、一万以上もの兵力が駐留しており、首都の警戒に当たっています。

町の至る所で兵士達が堂々と闊歩するその警備は極めて強力無比であり、怪しいと思われた人間はすぐに声をかけられてその場で尋問されてしまうでしょう。

特にハヴィランド宮殿近辺の警戒は厳重であり、十数分前にクロムウェルの演説が終わってからはさらに警備は強化されていました。

 

「すごい警備が厳重だね……」

 

ロンディニウムの路地から潜望鏡を出し、操縦席のモニターに映像を映し出します。

映像はトンガリとブタゴリラ以外の六人だけが見ていました。

 

「こんなに警戒が厳重じゃあ、あの城に忍び込めないわよ」

「第一、あたし達だって地上に上がれないわ」

 

五月とみよ子の言葉にキテレツは潜望鏡を戻して困った顔をします。

確かに地中にいる限り、見つかりはしませんがこれでは地上へ出るに出られません。

 

「どうするナリ? キテレツ」

「とにかく、安全な場所を探してそこを拠点にしましょうよ」

「うん。キュルケさんの言うとおりだね」

 

キテレツは操縦レバーを動かし、潜地球を進ませていました。

それから十数分ほどロンディニウムの町を周り、西の外れに打ち捨てられた小さな寺院が一つあるのを発見したのです。

城の近辺に比べれば警戒も薄く、近くには人もいないので拠点には最適です。

寺院内の朽ち果てた礼拝堂で潜地球を浮上させ、一行は外へと出ます。

 

「さて、これからどうするのかしら? キテレツ」

 

タバサとシルフィードが元の大きさに戻ると、キュルケは切り出しました。

 

「うん。真っ黒衣で透明になってこっそり忍び込もう。それであの指輪を持っていた人を探すんだ」

「でも、素直に返してくれるかな……」

「力尽くで取り返すしかないのかしら」

 

トンガリと五月は心配した様子です。あのクロムウェルが素直にアンドバリの指輪を手放し、渡してくれるとはとても思えません。

 

「お願いしてもとても返してくれそうにないナリね」

「ぶん殴って気絶させて無理矢理取り返しちまうか?」

「あんまり騒がしくしたら捕まっちゃうわよ」

 

過激な手段を述べるブタゴリラをみよ子が諌めます。もし下手に派手なことをして見つかってしまえば何千人もの兵隊達に追い回される破目になるのです。

できれば危険なことは避けなければなりません。

 

「まあ何とかなるよ。良い物があるからね」

 

しかし、一行の心配をよそにキテレツはケースから次々と物を取り出して如意光で大きくしていきました。

その中には合わせ鏡とは別の手鏡があります。それらをリュックから取り出した様々な道具と一緒に真っ黒衣のマントに包み込みます。

 

「真っ黒衣はあと三人分あるから……誰かが三人ここに残って、連絡係をしてもらいたいんだけど……」

「僕はここで待たせてもらいます……」

 

怖気づくトンガリは居残り組を即座に志願していました。

 

「わたしも一緒に行くわ」

「ワガハイもナリ!」

「俺も行くぜ!」

「私も行く」

 

積極的な五月にブタゴリラ、コロ助とタバサの四人がキテレツとの同行を志願しました。

タバサがいてくれればとても頼もしくなるので安心できます。

 

「それじゃあ、あたしはトンガリ君と一緒に居残りなの?」

 

しかし、そうなるとみよ子も居残り組になりますが、それが本人には不満なようでした。

自分もキテレツ達と一緒に行って役に立ちたいと思っているのです。

 

「あたしも残るわ。万が一、ここに誰かやってきても大丈夫なようにね」

 

キュルケは居残り組の安全を守るために、自ら残ることを決めます。

 

「潜地球はこのままにしておくから、何かあったらそれを使って。それから……」

 

キテレツはトランシーバーと一緒に天狗の抜け穴を取り出し、礼拝堂の壁にテープを輪にして貼り付けました。

 

「これで何か危ない目になっても、大丈夫だよ」

「さすがキテレツナリ」

「これならこの間みたいになってもこっちにすぐ逃げて来られるわね」

 

以前、モット伯の屋敷に忍び込んで見つかった時とは違って、今回は逃走と脱出ルートを確保することにしました。

こういう時にこそ天狗の抜け穴は役に立つのです。

 

「連絡はこれで行うから、何かあったら連絡をしてね。それから……」

 

みよ子にトランシーバーを渡し、キテレツは今度はタバサの方を見ます。

 

「タバサちゃんにはこれを貸してあげるよ」

 

そう言ってキテレツが差し出したのは一着のフード付きの白いマントでした。

 

「これは?」

「それは隠れマントっていうもので、フードを上げて着ると真っ黒衣と同じく姿を消せるマントなんだ。昔作った隠れ蓑を応用して作ってみたんだけど」

「あの道具か……」

 

トンガリはうんざりした顔を浮かべます。以前、その隠れ蓑で酷い目に遭ったことがあるのを思い出しました。

マントを受け取ったタバサはそれを着込み、フードを被ってみます。すると……。

 

「きゅいっ!?」

「わ! 本当に消えたわよ! タバサ!」

 

一行の目の前からはタバサの姿が消えてしまいました。

 

「それって、この服とどう違うの?」

「うん。真っ黒衣は匂いも消せるんだけど、こっちはそのまんまなんだ」

 

真っ黒衣を着込んだ五月の問いにキテレツはそう答えます。キテレツの発明品の中には効果が類似していたり、ダブっていたり、下位互換になってしまうものもあるのです。

 

「それでいい。ありがとう」

 

礼を言いつつフードを下げると、またタバサの姿が現れます。

役に立ちそうな発明品をキテレツは包みに入れ、真っ黒衣と隠れマントで姿を消せば準備は完了です。

 

「気をつけて! キテレツ君!」

「五月ちゃん、早く戻ってきてね!」

「行ってくるわ!」

「うん! キュルケさん、みよちゃん達をよろしくお願いします!」

「ええ! タバサも気をつけて!」

 

居残りの三人に呼びかけられた五人は透明になると、寺院を後にしていきました。

 

 


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