キテレツ大百科 ハルケギニア旅行記   作:月に吠えるもの

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♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「キテレツーっ! ワガハイはここナリーっ! 早く助けて欲しいナリーっ!」

キテレツ「落ち着けよ。今、ブタゴリラとトンガリと一緒に探してるからさ」

コロ助「早くしないと、みよちゃんもワガハイもどこかに売られてしまうナリ~……」

キテレツ「あっ! 一緒に捕まっているメイドさん、あの魔法使いの女の子の使い魔だったんだ!」

コロ助「きっと、五月ちゃんのことも知っているナリよ!」

キテレツ「次回、悪漢召し捕ったり! 雪風のタバサとシルフィード」

コロ助「絶対見るナリよ♪」



悪漢召し捕ったり! 雪風のタバサとシルフィード

トリステイン魔法学院にいるのは何もルイズ達のような貴族や魔法使いばかりではありません。

ここにはルイズ達をお世話する者として平民が奉公人として働いているのです。

 

「えいっ!」

 

魔法学院の庭で威勢の良い掛け声と共に五月は振り上げた斧を降ろします。薪は良い音と共に、綺麗に縦に割れました。

 

「サツキちゃん。はい、差し入れよ」

「ありがとう。シエスタさん」

 

薪割りに精を出す五月の元に黒髪のメイドが水を持ってやってきます。

 

「すごいのね、サツキちゃん。こんなに薪を割っちゃうなんて」

「小さい時から重いものを運んだりしてたから。これくらいへっちゃらよ」

 

コップの中を水をあおり、五月は答えます。

 

「でも、サツキちゃんは女の子でしょう? わたしなんて斧なんて持てないから鉈を使うのに、すごいわ」

 

シエスタは五月が割った薪の山を見て感嘆としました。

薪割りは力がある男の仕事なのに、五月は大の男顔負けの働きぶりを発揮しているのです。

しかも五月は自分より年下のはずなのに。

 

「とりあえず、必要な分はこれで終わりよ。後はこれをまとめて持っていくだけで良いのね?」

「はい。お疲れ様です」

 

キテレツ達が助けにきてくれるまで、ルイズの給仕として世話になることになった五月の朝は早いものでした。

朝起きたら水を汲み、その後にルイズを起こし、ルイズの着替えを手伝いました。

朝食のために学院の食堂にルイズと一緒に伴った時は席につくルイズの椅子を引く、といったこともしたのです。

ルイズは本当に五月を自分の召使いとして扱うことにしたようでした。

ちなみにその食堂は通常、平民は入れない場所なので五月は昨夜の夕食の際にお世話になったメイドのシエスタ達、奉公人と一緒に厨房で食事をしました。

そして今、ルイズは朝の授業に出ているので学院で働く奉公人達の手伝いをしているのです。

 

「本当にごめんなさい。こういうことはわたし達のお仕事なのに。サツキちゃんにもやらせてしまって」

「良いのよ。お世話になっているんだから、これくらいのことは」

 

二つの薪束を両手で運ぶ五月は並んで歩くシエスタと語り合います。

 

「でも……本当に気の毒だわ。貴族様の使い魔として、遠い所から連れてこられてしまうなんて」

「仕方が無いよ。こんなことになるなんて思っても見なかったし」

「サツキちゃんは強いのね。普通だったら平民が貴族様にさらわれるなんてことがあったら、正気じゃいられないはずなのに」

 

シエスタは五月が平然としていられることが不思議に思えました。

どうしてここまで安心していられるのか、同じ平民として知ってみたいとも考えるほどです。

 

「わたしも本当はびっくりしたよ。いきなり見ず知らずの場所に連れてこられちゃったんだから。でも……きっと帰れるって信じてるの」

「サツキちゃんが言っていた、お友達が来てくれるから?」

 

昨晩の夕食の時にシエスタは五月から友達が迎えに来てくれることを聞いていました。

 

「うん。みんな来てくれるはずだわ。きっと、わたしのことを心配してくれてるもの」

 

舞台の公演で足の骨を折った時もお見舞いに来てくれたし、運動会に綱引きのクラス代表に選んでくれたのに急遽決まった追加公演で出られなくなってしまった時も、キテレツの力で出場することができました。

 

「サツキちゃんの友達か……どんな子達なのか、わたしも会ってみたいな」

 

シエスタは五月と同じように、きっと元気な子達に違いないと考えていました。

 

(待ってるよ。キテレツ君、みんな)

 

大切な友達がきっと来てくれることを信じて、五月は今の自分のこの時を過ごすことにしました。

 

 

 

 

五月がシエスタ達の仕事を手伝っている中、ルイズは朝の授業に出席していました。

本来はこの授業には召喚した使い魔を同伴させることになっているのですが、五月はルイズと使い魔の契約を結んでいないのでそれはできません。

 

(みんなは使い魔がいるのに……わたしだけ……)

 

ルイズは他の生徒達が自分の使い魔と戯れているのを羨ましそうに眺めています。

平民とはいえ、使い魔の存在はルイズにとっては希望であり、メイジとしての証となるはずだったのです。

しかし、五月はルイズの使い魔となることを拒みました。そのために自分は使い魔さえもいないメイジとして過ごさなければならなくなったのです。

 

「何よ……自分の故郷から、友達が迎えが来てくれるなんて……そんなこと……」

 

五月がルイズとの契約を拒んだ最大の要因はまさにそれです。

きっと五月の故郷はこのトリステインからずっと遠い異国に違いありません。しかし、どれだけ遠いのかはおろか、場所さえも分からないのに迎えが来ると五月は信じているのです。

五月の友達とやらがどんなものなのか、ルイズには想像がつきません。しかし、五月はあんなに友達のことを信じているのを見て、ルイズは内心思っていました。

 

「わたしにだって……そんな友達は……」

 

あんな年下の平民にさえ心から信頼できる友達がいるというのに、自分にはこの学院に一人もいないのです。

それがどうにも悔しくて、切なくて、ルイズは溜め息をついて沈み込んでしまいました。

 

「みなさん、二年生への進級おめでとうございます」

 

そんな中、教壇にはふくよかな中年の女教師・シュヴルーズの姿がありました。

 

「春の使い魔召喚は成功のようですね。こうやって春の新学期に様々な使い魔たちを見るのがわたくしはとても楽しみなのですよ」

 

シュヴルーズは教室を見回して、生徒達が召喚した様々な使い魔達を眺めます。

 

「先生! 一人だけ使い魔を持っていない生徒がいます!」

「そうです! それどころか落第のはずなのにここに残っているのがいるんです!」

 

そんな中、生徒の何人かが大きな声でそのようなことを言い出しました。

その言葉を聞いた他の生徒達はクスクスと失笑し、ルイズへ嘲るような視線を向けます。

例外は化粧をしているキュルケと本を読んでいるタバサくらいのものでした。

 

「ゼロのルイズ! 使い魔を召喚できなかったからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよな!」

「いや、契約自体ができなかったんだから進級試験自体、不合格も同然じゃないか」

「大体、平民なんかと契約したって大したことないもんなぁ」

「まあでも、ゼロのルイズの使い魔としては相応しいかもな!」

「同じ魔法が使えない者同士……最高の組み合わせだよ!」

「っていうより、どうしてまだ学院に残っているんだい? 使い魔もいない以上、君がこの学院にいる資格なんてないんだぜ?」

 

次々にあがる心無い嘲笑と侮蔑の言葉に、ルイズは何も言い返せませんでした。みんなが言っていることは事実なのですから。

たとえ五月を使い魔にした所で、平民である以上は大したことはできません。せいぜい、今のように召使いとして働かせる程度です。

そんなものしか召喚できなかった自分は、昔から変わらない『ゼロのルイズ』でしかないことに、ルイズは悔しさに身を震わせていました。

 

そんな中、教室内は一瞬にして静かになります。

見れば、ルイズを嘲笑した生徒達は全員、赤土の粘土が口いっぱいに詰め込まれていました。

 

「お友達にそのような侮辱をしてはなりません。それでも貴族ですか」

 

杖を下ろすシュヴルーズは厳しい態度となって生徒達を静かに叱りつけます。

 

「ミス・ヴァリエール、事情はオスマン学院長より伺っています。気に病むことはありませんよ」

「シュヴルーズ先生……」

 

穏やかな雰囲気で語りかけてくるシュヴルーズにルイズは戸惑います。

 

「確かに、使い魔はメイジにとって大切なパートナーです。ですが、必ずいなければならないというわけではありません。わたくしは土系統のトライアングルですが、使い魔はいないのですからね」

 

シュヴルーズの言葉に生徒達は誰も反論できません。

 

「何より、今回は契約は見送りになったとしても召喚は成功したのでしょう? ならばそれを誇りなさい、ミス・ヴァリエール」

「は、はい」

「では、改めて……授業を始めるとしましょう。まずは、基本的な錬金のおさらいといきましょうか」

 

シュヴルーズから励ましの言葉をかけられたルイズは僅かではありますが、元気を取り戻していました。

 

 

 

 

「ムグムグ! ムグーっ!」

「痛いっ!」

 

見知らぬ男達にさらわれてしまったみよ子とコロ助はロープで縛られて、街外れの森まで連れてこられました。

そこには馬車が止まっており、二人は荷台の中へと放り込まれてしまいます。

コロ助はあまりにもうるさかったので、途中で口を布で塞がれていました。

 

「何をするの!」

「うるせえ! 黙ってろ!」

 

みよ子が叫ぶと男がドスの利いた声で怒鳴ります。

見れば荷台にはみよ子達以外にも女の子が何人か縛られていました。みんな、泣いています。

 

「みんな、どうして泣いているの?」

「イルククゥ達は、人さらいにさらわれてしまったのね……。これからどこかに売られるそうなのね……」

 

唯一泣いていない青髪のメイドは悔しそうな顔で答えます。

先ほど、イルククゥは街で主人から仰せつかった買い物をするはずだったのですが、とある事情でお金を使い切ってしまったのです。

「お金が欲しい」と叫んでいたら、男にここへ連れて来られて縛られてしまったのでした。

 

「人買いに売るっていうの?」

 

驚くみよ子に女の子達は頷きます。

 

「きゅい……このロープもすごい頑丈で全然切れないから困っているのね……あーっ! 悔しい! こんなしょーもない魔法なんかを使って!」

「魔法? 魔法って、どういうことなんですか?」

 

イルククゥの魔法、という言葉にみよ子は不思議そうに尋ねます。

 

「きゅい……このロープには魔法がかかっているから切れないのね。おまけに別の馬車にはメイジが二人いるし……兵隊もいるから逃げられないのね」

「魔法……」

 

みよ子はこの世界がただの異世界ではないという事実に驚きます。

この異世界には魔法という存在があるという、本当にファンタジーな世界だったのかと確信して愕然としました。

そんな世界に五月は迷い込み、自分達はやってきてしまったのかと思うと不安になります。

 

「お前ら! 静かにしやがれって言ってるのが分からねえのか! さもないと売り飛ばす前に酷い目に遭わすぞ!」

 

荷台にやってきた男が脅しつけながら怒鳴り散らすと、持っていた物を荷台に投げ入れてきました。

それはコロ助が持っていた刀と風呂敷です。中からは持参していたキテレツの発明品が出てきて転がります。

如意光、動物変身小槌、捜しっぽ、夜逃げ電灯、五月の似顔絵、そして……。

 

「あれは……!」

 

みよ子はその中にある一つを目にして目を輝かせました。

 

「何だよ、あのガラクタは」

「ああ。あのボウズが持っていた奴なんだが……どうする? 捨てちまうか?」

「馬鹿! 俺達がここにいたってことが誰かに知られたらどうする! 一緒に売っちまうんだよ! マジックアイテムとか何とか言って、素人に売りつければいいんだ!」

 

男達が去っていったのを確認すると、みよ子は座ったまま目の前に転がっている道具を漁りだします。

 

「きゅい? この顔……どこかで見たことが……」

 

イルククゥは五月の似顔絵を目にしてそのようなことを呟きます。

 

「まことナリか? 五月ちゃんを知っているナリか?」

「きゅい! 嘘はつかないのね!」

 

食いついてきたコロ助にイルククゥは元気に答えました。

 

「ところで何をしているのね? その道具がどうかしたのね?」

「しーっ……イルククゥさん? ちょっと手伝ってくれるかしら?」

「わたしにできることなら何だってやるのね!」

 

頷いたみよ子は道具の一つを後ろ手のまま掴みました。

それは、キテレツ自作のトランシーバーです。

 

 

 

 

最初にやってきたセント・クリスト寺院の裏に戻ってきたキテレツの元に、ブタゴリラとトンガリ達もやってきました。

キテレツはあれからすぐに連絡をして合流するように伝えたのです。

 

「どういうこと! みよちゃんとコロ助がさらわれるなんて!」

「キテレツがついていながら、何やってるんだ!」

「ごめん……」

 

トンガリとブタゴリラに責められてキテレツも参った様子です。

異世界へやってきて早々、このようなトラブルに見舞われてしまうなんて思ってもみませんでした。

しかし、危険があることは分かっているから発明品を持ってきたのにこんな事態になるとは完全に油断していた証拠です。

 

「五月ちゃんを探しに来たっていうのに、みよちゃん達までさらわれちゃうなんて、もう!」

「とにかく、早く二人を助けに行くぜ! キテレツ! それで、誘拐犯はどこへ行ったんだ!」

「それが……僕も見失っちゃって……」

「こんな時こそ、お前の発明が役に立つんだろうが! 何でも良いから出して探せよ!」

 

当然、それはキテレツだって考えています。早速、リュックの中から使えそうなものを探すことにしました。

 

『こちらみよ子よ。キテレツ君、聞こえる?』

 

すると、キテレツのトランシーバーからみよ子の声が聞こえてきました。

 

「みよちゃんの声だぜ!」

「トランシーバーはここに二つあるのに……」

「そうか! コロ助がもう一つ持ってたんだ!」

 

トランシーバーは全部で三つ作ってあったのですが、キテレツが持ってきたのは二つだけでした。

しかし、コロ助自身もトランシーバーを風呂敷に入れていたようです。それでみよちゃんが連絡できたのでしょう。

 

「みよちゃん! 今、どこにいるの?」

『街の外よ。今、馬車に乗せられて運ばれてるの』

 

聞けば確かにガラガラと音が聞こえるのが分かります。

 

『ひえーっ! 声が聞こえるのね! この箱、すごいのねーっ!』

『静かにして……! イルククゥさん……! 見つかっちゃう……!』

 

トランシーバーの向こう側では、みよ子はイルククゥが後ろ手で持っているトランシーバーに顔を近づけて話しているのです。

 

『何でも、この馬車は北のゲルマニアっていう国に向かっているみたいなの。このままじゃ、あたしも他の女の子達と一緒に人買いに売られちゃうわ』

「分かった。無線のスイッチはそのまま切らないで。僕達もすぐに行くから!」

『気をつけて、キテレツ君。この世界には……魔法使いがいるんですって』

 

みよ子のその言葉に三人は目を丸くします。

 

「魔法?」

「魔法って、ファンタジーなんかでよく出てくるあれのこと? そんなまさか……」

 

いきなり魔法などと言われてもブタゴリラとトンガリは信じられない、といった顔をします。

 

「何だっていいぜ! こっちには魔法のような発明品がいっぱいあるんだからな!」

 

ブタゴリラは自信満々に張り切ります。

キテレツの発明品はまさに魔法の道具とも言うべき代物なのです。それさえあれば、怖いものなんてありません。

 

「ブタゴリラ。これを履いて」

「お! そりゃあ前に作った稲荷でワラジって奴か!」

「韋駄天ワラジだよ!」

 

キテレツがリュックから取り出したのは、履けば足のツボを刺激して走る速さを数倍にする韋駄天ワラジです。

潜地球かキント雲を使って追いかけたい所なのですが、ケースに小さくして入れているため、如意光が無ければ元の大きさにできません。

しかし、相手が馬車であればこの韋駄天ワラジでも十分追いつけるはずです。

 

「あれ? 僕の分は?」

 

キテレツとブタゴリラが靴の上から韋駄天ワラジを履いている中、トンガリは呆然とします。

 

「ごめん。二人分しか作ってないんだよ」

「それじゃ僕はどうするのさ!」

「うん。ブタゴリラ、悪いけどトンガリをおぶってあげてくれないかい? この火事場風呂敷を着けさせるから」

 

リュックからさらに取り出したのは赤い布です。火事場風呂敷は巻いたものをとても軽くしてしまうことができるのです。

 

「おら! 持ってろ!」

「うわあ!」

 

ブタゴリラは背負っているリュックをトンガリに押し付け、火事場風呂敷でトンガリを包み込みます。

 

「へへっ! こりゃあ軽い軽い! 片手でもこんなに持ち上げられるくらいだ!」

「やめてよ~!」

 

火事場風呂敷を巻きつけたトンガリを、ブタゴリラは片手だけで肩まで持ち上げて弾ませていました。

 

「よっしゃ! それで、どうやってみよちゃんを追うんだ?」

「ああ。トランシーバーの電波を辿るから、それで場所が分かるよ。でも、急がないと電波が届かない範囲に出てしまうから、早く追いつかないと」

 

トンガリを背負ったブタゴリラにキテレツはケースを開けながら答えます。

トランシーバーにはどこから通信しているかが分かるように発信機と探知機能が備わっています。

以前、ブタゴリラがトラックを追跡するコロ助との連絡のやり取りや山で遭難した妙子を捜索しに行った時もそれが役に立ちました。

しかし、有効範囲は30kmほどなので、その外に出てしまえば探知はできなくなってしまうのです。

 

「ブタゴリラ。これを飲んで」

「何だこりゃ?」

「百里丸さ。これを飲めば、長時間走り続けていても体力が正常のままでいられるんだ」

 

キテレツは取り出した小さなビンの中に入っていた丸薬を飲み込みながら説明します。

 

「お、何だか力が湧いてきたぜ!」

「うん。よし、行こう!」

 

キテレツはトランシーバーを片手に、ブタゴリラはトンガリを背負い、走り出しました。

韋駄天ワラジのおかげで走る速さが強くなっている二人は、あっという間にトリスタニアの外へと出て行きます。

道行く人達は馬のような速さで疾走する二人を目にして唖然としていました。

 

 

 

 

日が傾いてきた頃、みよ子達を乗せた人さらいの傭兵団の馬車の一団は国境の関所へとやってきました。

 

「大丈夫……お役人様が荷物を検めてくれるわ……そうすればきっと……」

 

縛られている女の子達は期待にざわめいていました。

国境を越える以上、必ず関所などで危険なものを運んでいないかを確かめられるのです。

役人がみよ子達を人身売買のために運ぼうとしているのを見咎めてくれれば大丈夫、そう思っていたのです。

 

「きゅいきゅいっ」

「それなら助かるナリね」

 

イルククゥも布を外したコロ助も期待に胸を躍らせています。

みよ子はスイッチが入りっぱなしのトランシーバーを後ろ手にしたまま、じっとしていました。

 

「積荷は小麦粉とあるが……どれどれ……」

 

荷台を覗き込んできた二人の中年の役人ですが、様子がおかしいです。みよ子達を見ても何も言いません。まるで本当にただの小麦粉を見ているようです。

人さらいの男の一人が役人の貴族に皮袋を渡しているのが見えます。

 

「どう見ても、ただの小麦粉でしょう?」

「なるほど。確かに小麦粉だな……」

 

もったいぶった仕草で頷く貴族の役人が荷台を覗いてきます。二人ともとても嫌な笑みを浮かべていました。

その様子に女の子達の表情が一気に絶望へと変わっていきます。

どうやら賄賂を受け取って、悪人の密輸や不正を見逃していた悪徳役人だったようです。

 

「お前達という奴は! どいつもこいつも最悪なのね! 許せないのね!」

「悪人と一緒になって悪いことをするなんて、悪い役人ナリ!」

「何だ、貴様らは? 小麦粉が喋るんじゃない! 黙っていろ!」

 

怒りに燃えるイルククゥとコロ助ですが、悪人達は憤慨しました。

しかし、いくら暴れた所でロープはほどけません。キテレツ達が助けに来てくれるのを待つしかないのです。

 

「きゅいきゅいきゅいっ! きゅいーっ!」

「な、何だ!」

「何ナリか?」

 

ところが、怒りが収まらないイルククゥに異変が起こります。

猛然と暴れるイルククゥの体が光だし、徐々にその姿が変わっていくではありませんか。

 

「痛い! きゅい! きゅい! でも我慢なのね! きゅい! きゅい!」

 

体が大きく膨れ上がっていくイルククゥを縛っていたロープが引き千切れます。そして、ついに強烈な破裂音と共に馬車が弾け飛びます。

 

「うわああーっ!」

 

吹き飛ばされた役人達は驚きの叫びを上げます。

 

「ド、ドラゴン!?」

「一体、何が起こったナリーっ!」

 

絵本に出てくるような青いドラゴンが、目の前に現れたのです。それはイルククゥが変化したものでした。

ドラゴンとなったイルククゥは地面に投げ出されたみよ子達を庇うように翼を広げます。

 

「きゅいーっ! この韻竜であるイルククゥをここまで馬鹿にするなんて、許せないのねーっ!」

 

ドラゴンになっても人の言葉を話すイルククゥは役人や兵達を次々と前足や尻尾でなぎ倒していきました。

 

「きゃああっ!」

 

襲い来る衝撃にみよ子はもちろん、女の子達も悲鳴を上げます。

 

「大丈夫なのね! あいつらに本当の風を教えてやるのねーっ!」

 

雄叫びを上げながらイルククゥは体を大きく持ち上げます。

 

「きゅいっ!?」

 

ところが、突然イルククゥの体をネバネバとした太い蜘蛛の糸のようなものが絡みつきます。

傭兵団のメイジの一人が、背後から魔法を使ったのでした。

完全に身動きが出来なくなってしまったイルククゥは必死に暴れますが、弾力のある魔法の糸はほどけません。

 

「これが、魔法……」

「魔法って、すごいナリ……」

 

こんなドラゴンを一瞬にして自由を奪ってしまった光景にみよ子もコロ助も驚きます。

 

「やめるナリ! それ以上、乱暴な真似は武士のワガハイが許さないナリ!」

「きゅい……」

 

イルククゥにトドメを刺そうとするメイジの前にコロ助が立ちはだかります。

 

「何言ってやがるんだ、小僧。メイジに刃向かってタダで済むと思うか!」

「のわーっ!」

「コロちゃん!」

 

メイジが杖を振ると、突風がコロ助を吹き飛ばしてしまいました。

 

「えいっ!」

 

みよ子は地面に転がっていた如意光を拾い、後ろ手のまま赤いスイッチを押しました。

 

「うわあーっ!」

 

如意光からの赤い光を浴びたメイジはみるみるうちに小さくなっていきます。

あっという間に小指ほどの大きさにまで縮んでしまいました。

 

「何なんだ! こりゃあ! 元に戻せーっ!」

 

小さくなってしまったメイジがみよ子に向かって喚いています。

 

「へぇ、ずいぶんと面白い物を持ってるじゃないか」

 

突然かかった女の声にみよ子は振り向きます。そこには一人の銀髪の女が杖を持って立っていました。

後ろについていた馬車から降り立っていた、傭兵団の頭目のメイジです。

 

「あ、あねご! 早くやっちまってください! それで俺を元に戻してください!」

 

女メイジの足元に、小さくなってしまったメイジが縋り付いてきます。

 

「慌てるんじゃないよ。まったく……そんなにされちまうなんてだらしがないねぇ」

「わあっ!」

 

呆れたように言い放つ女メイジは足元の小人を横に蹴り払い、みよ子に歩み寄ってきます。

 

「近づかないで! あなたも小さくするわよ!」

「やってみなよ。ただし……こいつがどうなっても良いって言うならね」

 

女メイジは目の前に転がっているコロ助を見やり、せせら笑いました。そして、杖をコロ助へと突きつけます。

みよ子はそれを見て立ち竦んでしまいました。

 

「そのマジックアイテムをこっちによこしな。さもないと……こいつがどうなるか分かるね?」

 

みよ子は仕方がなく、如意光を前に投げ出します。女メイジは地面に転がった如意光を拾い上げました。

 

「これで物を小さくしちまうって訳かい。で? もちろん、大きくもできるんだろ? どうやってやるんだい?」

「……青い方を押せば良いのよ」

 

コロ助が人質に取られている以上、素直にしないと何をされるか分かりません。

 

「ふぅーん。……しかし、見たことのない作りだねぇ。ガリアでもこんなのは作れそうにないよ。何でこんなものを平民が……」

 

如意光をまじまじと見つめて女メイジは唸っています。

 

「どうしよう……」

 

みよ子は何とかして如意光を取り戻してコロ助を助けなければならないと考えますが、どうすれば良いのか分かりません。

考えられる手段は動物変身小槌で女メイジを鳥か猫にでも変えてしまうことですが、小槌は離れた所に落ちています。

拾いに行こうと動けば魔法が飛んでくるのは間違いありません。第一、後ろ手に縛られたままなので、まともに振れるかどうか……。

 

「エア・カッター!」

 

突然、女メイジが別の方向を素早く振り向き杖を振るいました。風の刃が飛び、自分の乗っていた馬車を直撃します。

風の刃で切り裂かれた馬車の後ろから小さな影が飛び出てきました。

高くジャンプしたその影は空中でひらりと身を翻し、地上に着地します。

 

「女の子?」

「ほう。あんたは貴族だね」

 

眼鏡をかけた青い髪の少女が、杖を手にして女メイジと対峙しました。

 

「ち、ちびすけ……」

 

糸に絡まれているイルククゥの目に映っていたのは、魔法学院の生徒である少女、タバサでした。

イルククゥはタバサが召喚した使い魔の風竜なのです。

タバサは使い魔のイルククゥの視界を共有することで居場所を特定し、馬で急行したのでした。

 

「こりゃあちょうど良いね。平民の小娘なんか相手にするより面白そうだ」

 

女メイジは楽しそうに笑うと優雅な仕草で杖を構えます。タバサも同じく静かに杖を構えようとしました。

 

「待ちな。あたしは女だけど、三度の飯より騎士試合が大好きな性分でね。あたしと騎士らしく決闘をしてもらおうじゃないか」

「わたしは騎士じゃない」

「嫌だって言うんなら……あの小娘どもと竜に魔法をお見舞いしてあげるよ」

 

みよ子達に杖を向けながら女メイジは言います。

タバサは無表情のまま、仕方なさそうに構えを解きました。

 

「それでは……いざ尋常に……」

 

女メイジが優雅に一礼すると、タバサもそれに合わせて一礼をしようとします……。

 

「危ない!」

 

しかし、突然みよ子がタバサに向けて叫びました。

みよ子は右手を横へと流す女メイジの指が、手にしている如意光の赤いスイッチへと動いたのを見たのです。

 

「!!」

 

案の定、不意打ちを狙っていた女メイジは如意光のスイッチを押し、赤い光をタバサへ放ったのです。

タバサは驚くべき反応速度で咄嗟に横へ飛び退きましたが、如意光の光はタバサの持つ大きな杖に当たってしまいました。

あっという間にタバサの杖は小指以下のサイズに小さくされてしまいました。

 

「はっはっはっ! これは凄い代物だね!」

「卑怯なのね!」

 

笑い声を上げる女メイジの汚いやり口にイルククゥが叫びました。

 

「さて、杖が無ければもうこっちのものさ。あんたも小娘達と一緒に売り飛ばしてやるから、大人しくしな」

 

勝ち誇ったように女メイジはタバサに杖を突きつけます。タバサはその場に突っ立ったまま動きません。

女メイジは杖を突きつけたままタバサへと近づいていきました。

 

「エア・ハンマー」

「なっ! ――ぐはっ!」

 

目の前までやってきた女メイジに、タバサはマントの中に入れていた手を素早く出します。

その手にはマントに忍ばせてあるタクト状の予備の杖が握られており、女メイジの胸に風の槌が直撃しました。

タバサが呪文を詠唱していたことさえ分からず、まともに突風を食らって地面に投げ出された女メイジは呻き声を上げながら昏倒していました。

 

「やったわ!」

 

見事なタバサの手際の良さにみよ子が歓声を上げます。

タバサは地面に落ちた如意光と、小さくされてしまった自分の杖を拾い上げていました。

そして、みよ子の方へ歩み寄ってきます。

 

「何?」

「……戻せる?」

 

手の平に乗っている小さな杖をみよ子に差し出して、一言尋ねてきました。

 

 

 

 

「もうすぐだ! みよちゃん達はこの先にいるよ!」

 

トランシーバーの電波を頼りに街道を疾走していたキテレツ達はようやく国境の関所へとやってきました。

 

「急ごうぜ! 何かみよちゃん達、ヤバイことになってるみたいだからな!」

「うわっ! うわわーっ!」

 

先ほど、トランシーバーから大きな悲鳴や騒音が聞こえてきたのでみよ子達の身にとんでもないことが起きていると判断しました。

キテレツとブタゴリラは全速力で街道を駆けますが、トンガリは激しく揺らされて悲鳴をあげます。

運動が苦手なキテレツも、韋駄天ワラジのおかげで普段の運動オンチも何のそのでした。

 

「あ! あそこか!」

 

関所に人が集まっているのを目にし、二人はそこへと向かいます。

 

「あ! キテレツナリよ! みよちゃん!」

「キテレツくーん!」

 

コロ助とみよ子が手を振りながら到着した三人を出迎えました。

 

「みよちゃん! コロ助!  ……大丈夫!?」

 

百里丸の効果が薄れてきたのもあって、少し息を切らしているキテレツが二人の安否を気遣います。

 

「人さらいはどこにいやがるんだ!?」

「落ち着いて。もうあたし達は大丈夫」

「悪い役人達も一緒に捕まったナリ」

 

見れば、みよ子達をさらった人さらいと、賄賂を受け取って癒着していた役人が警邏の騎士達に連行されています。

 

「良かった……」

「でも、どうやってあいつらをやっつけたのさ?」

 

安心するキテレツをよそに、トンガリが尋ねます。

 

「あの子が助けてくれたの」

 

みよ子が隅の方で風竜のイルククゥと一緒に待機しているタバサを差します。

 

「あんな小さな子がかよ?」

「あの子も魔法使いなのよ」

「ええ!? しかもドラゴンを連れてるじゃないか!」

 

トンガリはタバサが魔法使いであることや風竜の姿に驚きます。

 

「あの……僕の友達を助けてくれてありがとう。えっと……」

 

キテレツがタバサに礼を言うと、タバサは読んでいた本を閉じてキテレツを見やりました。

 

「タバサ。――来て」

 

自分の名を名乗るタバサはそう一言告げ、林の方へと歩いていきます。イルククゥものしのしと続いていきました。

キテレツ達はタバサの後を付いていき、林の中へと連れてこられます。

 

「ドラゴンのイルククゥさん。五月ちゃんを知っているって、本当ナリか?」

「きゅい! もちろんなのね!」

 

コロ助がイルククゥに話しかけると、人の言葉で喋りだします。

 

「しゃ、喋ったぁ!?」

「すげえーっ! 喋るドラゴンかぁ!」

 

トンガリとブタゴリラは言葉を話すドラゴンに驚いていました。

 

「この子が喋ることは秘密」

 

しかし、はしゃぐ二人をよそにタバサはイルククゥに触れながら一行にきっぱりと告げます。

 

「どうして、このドラゴンが喋るのが秘密ナリか?」

「この子は韻竜というとても珍しい種族。わたし達の間では絶滅したと思われている。騒がれたら面倒」

「分かった。約束するよ」

「つまりは恐竜とか、絶滅しそうな生き物みたいな物なんだな」

 

キテレツ達は百丈島の首長竜の親子やマフィアに狙われていたリョコウバトのことを思い出します。

絶滅しそうになっている動物などを大切にするのは当然でした。

 

「ところで、本当に五月ちゃんを知っているナリか? もう一度、見て欲しいナリ」

 

コロ助は五月の似顔絵を取り出し、イルククゥに見せます。

しかし、それをタバサが取り上げました。

タバサは無表情のまま、五月の似顔絵をじっと見つめています。

 

「……知ってる」

 

タバサは魔法学院で目にした五月の顔をはっきりと覚えているのです。

 

「ほ、本当に!?」

「五月に会ったのかよ!」

「ねぇ、五月ちゃんはどこにいるの!?」

 

キテレツもブタゴリラもトンガリもタバサに詰め寄ります。

しかし、タバサは無言・無表情のままボーっと突っ立ったままです。

 

「乗って」

 

すると、イルククゥに飛び乗ったタバサは一行に乗るよう告げます。

しかし、キテレツは持っていたケースを下ろすと中を開け始めます。

 

「いや、みんな乗ると重そうだし、僕達はこれに乗っていくよ。コロ助、如意光を貸して」

「はいナリ」

 

如意光を受け取ったキテレツはケースの中から自家用飛行雲のキント雲を取り出し、如意光の青い光を当てました。

 

「きゅいーっ!? 大きくなったのね!」

 

キント雲が大きくなったのを見てイルククゥは驚きの声を上げます。タバサも無表情ながらも驚きの色を隠せないようでした。

 

「それじゃあ、僕達はタバサちゃんの後を付いて行くから。みんな、乗って!」

「おっしゃ!」

「乗ろう乗ろう!」

 

操縦レバーを握るキテレツの後ろに四人が次々に乗りこんでいきました。

そして、キテレツが操縦レバーを動かすと、キント雲は空中へと浮かび上がります。

 

「きゅい、きゅいーっ! 浮いたのねーっ! すごいのねーっ!」

「うるさい」

 

一々、驚きの声を上げるイルククゥの頭をタバサはポコン、と杖で叩きました。

しかし、キント雲を見上げるタバサ自身もやはり驚いている様子です。

それでも自分もイルククゥを飛び上がらせ、キテレツ達が乗るキント雲と並びます。

 

一頭の竜と空飛ぶ雲は、夕日の空の中を泳ぐように魔法学院へ向けて進んでいきました。

 


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