キテレツ大百科 ハルケギニア旅行記   作:月に吠えるもの

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♪ お料理行進曲(間奏)


コロ助「ワガハイたち、この怖い場所を一体どこまで行けばいいナリ?」

キテレツ「大丈夫。アンドバリの指輪がある町はもうすぐそこさ」

コロ助「でも、何だか兵隊さんもおっかない怪物もいっぱいいるみたいナリ」

キテレツ「どうやら僕達が来ることが分かっていたみたいなんだ。これは簡単には取り戻せそうにないよ」

コロ助「ところでルイズちゃんは、今ごろどうしているナリか……」

キテレツ「次回、最後の晩餐? 皇太子ウェールズへの贈り物」

コロ助「絶対見るナリよ♪」



最後の晩餐? 皇太子ウェールズへの贈り物

危険なサウスゴータ地方の山脈を何とか越えることができたキテレツ達はその日の夜、二日目のキャンプを過ごしていました。

先日と同じように安全な森の中で焚き火を囲んで暖をとりながら、ブタゴリラの持参した野菜が夕食になります。

 

「タバサ。あなた、そんなにそれが気に入ったの?」

 

みかんを食べているキュルケは呆れたように隣に座るタバサを見ます。

タバサは今晩4本目となるキュウリをパックの味噌に漬け、小さな口で黙々と食していました。

 

「まだまだあるからな。たらふく食っていいぜ」

「これじゃあ、まるで本当にカッパだよ……」

 

残り少ない焼きいもを焼いているブタゴリラはタバサの食べっぷりに感心ですが、みかんの皮を剥くトンガリはキュルケ同様に呆れました。

タバサはブタゴリラのキュウリがとても気に入ったようで、先ほども「キュウリ」と呟くことで欲しがる意思表示を示したのです。

 

「きゅい、きゅい~」

「どうしたの、シルフィードちゃん?」

 

タバサの後ろで寝そべっていたシルフィードが顔を出してきたのでみよ子が声をかけます。

 

「シルフィードちゃんも食べたいナリか?」

「きゅいっ」

 

物欲しそうな様子で頷くシルフィードも、どうやら一行が食べている物を味わってみたいようです。

風竜は雑食で主食は肉ですが、野菜なども一応食べられます。

タバサはまだ口にしていないキュウリを一本、味噌につけるとそれをシルフィードに差し出しました。

 

「きゅい~」

 

シルフィードは嬉しそうに口を開け、キュウリに齧り付きます。

 

「きゅいぃ……?」

 

しかし、ドラゴンとは思えないような渋い顔をされてしまいます。

 

「シルフィードのお口には合わないみたいね」

「やっぱりタバサちゃん以外には美味しくないんだよ」

「そんな顔すんなよ。ほら! これでも食いな!」

 

キュルケとトンガリがため息をつく中、ブタゴリラはリュックから取り出したリンゴをシルフィードに向かって投げ渡します。

 

「きゅいっ!」

 

それを口で受け止め、飲み込んだシルフィードは今度は満足そうな顔をしています。どうやらこれは気に入ってもらえたようでした。

 

「そおら、もう焼けたぜ」

「待ってましたナリー!」

 

ほかほかに焼けたいもを二つに割って渡していくブタゴリラにみんなの顔が輝きます。

キテレツと五月を除いてですが。

 

「まあ慌てんなって。最後にこいつを塗ってだな……」

「何それ?」

 

リュックから取り出した、ラベルにカボチャの絵が描かれた小さなビンにキュルケは目を丸くします。

 

「あら、それってブタゴリラ君の伯父さんが作ったハチミツね」

「へへへっ、そうさ! ハチミツは体に良くって、皿洗いにも役立つって勉三さんも言ってたからな! 家に一個あったのをこっそり持ってきたんだ!」

「サバイバルだよ、ブタゴリラ」

 

ブタゴリラの伯父は伊豆で養蜂場を営んでおり、そこで作られたハチミツはとても質が良く美味しいのです。

 

「へえ~、あたし達ももらおうかしら」

「へへっ、毎度!」

 

ブタゴリラはさらに持参したスプーンでハチミツを一杯分を掬い上げ、各々の焼きいもに塗りつけていきました。

焼きいもの匂いにハチミツの甘い香りが混ざってとても美味しそうです。

 

「美味しいナリー!」

「さすがブタゴリラ君の伯父さん特製ね!」

「う~ん……良い香り! それにとても甘いわ!」

「極上」

 

ハチミツで味付けされた焼きいもにキュルケもタバサも舌を巻いてしまいます。

 

「きゅい! きゅい!」

「お前も食ってみるか? ……そらよ!」

 

シルフィードも欲しがっているのでリンゴにハチミツを塗り、投げ渡しました。

 

「きゅ~い~♪」

 

ハチミツのリンゴを食したシルフィードはとろけきった顔で唸ります。

 

「ほら、キテレツ君も食べたら? 美味しいわよ」

「もうちょっと待ってて。メンテナンスはしっかりしておかないと……如意光は一番重要な道具だからね」

 

みよ子が隣のキテレツに焼きいもを差し出しますが、キテレツはドライバーを片手に自分の作業に集中していました。

膝の上では分解された如意光が乗っています。

今日の昼間にワイバーンの大群に襲われた際に少し酷使したため、壊れたりしていないか入念にチェックをしているのです。

 

「もう……こんな時でもそんなことして……」

 

元の世界でもキテレツは発明などに集中すると周りが見えなくなってしまう悪い癖があるのです。

それをよく知っているみよ子はほとほと呆れてしまいました。

 

「五月ちゃん、どうしたの? そんな顔したりして。食べないの?」

「えっ? え、ええ。いただくわ」

 

膝を抱えて上の空であった五月が気になったトンガリが声をかけると、ハッと我に返ってトンガリが差し出してきた焼きいもを口にします。

 

「何か気になることでもあるナリか?」

「そうよね。サツキがそんな顔をするなんて珍しいわ」

「何か悩みでもあるの? 何でも言ってよ。僕が相談に乗ってあげるからさ」

 

トンガリまで五月のことを心配してくれます。五月はみんなの顔を見渡すと、キテレツ以外の全員が自分に注目していることに気づきました。

 

「うん。……ルイズちゃん、今頃どうしてるのかなって思って」

「ああ……」

「ルイズちゃんは五月ちゃんの友達だから、心配ナリね」

 

五月の言葉に全員が納得した顔を浮かべます。

ルイズ達はキテレツ一行も乗っていたかもしれない定期船でこのアルビオン大陸を訪れているはずでした。

到着は当然、先に来た一行より遅いでしょうが今頃アルビオン大陸のどこかで自分の仕事を果たそうとしているのです。

しかし、どこで何をやっているかは誰にも分かりません。

 

「ルイズちゃん達もこのアルビオンにもうやってきているはずよ。わたし達みたいに、危ない目に遭ってないか心配で……」

「そういえばあいつ、あの兄ちゃんと一緒なんだよな。何だっけな……えーと、わ、わ、ワールド……?」

「ワルド子爵。……大丈夫よ、サツキ。子爵は魔法衛士隊のエリートなんだから。そんじょそこらのメイジよりは全然強いわ」

 

ブタゴリラを訂正しつつ、キュルケは五月を宥めます。

 

「それに子爵はルイズのフィアンセみたいだし、きっとあの子のことを守ってくれているはずよ。キテレツのアルヴィーもいることだし」

「もしかしたら、もう先に戻っているかもしれないぜ」

「ちょっと早すぎる気がしないでもないけどね……」

「確かに……」

 

ブタゴリラの言葉にみよ子とトンガリは懐疑的でした。

今もう戻ってきているのであれば、アルビオンに到着してすぐ引き返しているようなものです。

さすがにそこまで早く仕事を終わらせているとは思えません。

 

「あたし達もちゃっちゃとアンドバリの指輪を取り戻して、トリステインへ帰りましょう?」

「うん。そうね」

 

五月も笑顔を浮かべて頷きました。

ルイズは決して一人で危険な旅をしているわけではありません。頼れる仲間やキテレツの発明が彼女を支えているのです。

ならば自分達も彼女達の任務の成功を信じて、自分達のすべきことを果たさなければなりません。

 

「よし! これで完了! ……あれ、どうしたの? みんな」

「キテレツ君……」

 

みんなが改めて奮起している中、如意光のメンテナンスを終えたキテレツは呆気に取られていました。

みよ子は呆れ果てた様子でキテレツを見つめると、大きなため息をもらします。

自分の世界に没頭してしまうような人間はこれだからいけません。

 

 

 

 

ニューカッスルにて、ルイズは自分に宛がわれた居室のベッドに突っ伏していました。

ルイズがアンリエッタ王女から課せられた任務の一つはひとまず、果たすことができました。その証を先刻ウェールズから受け取り今もルイズのポケットの中にあります。

ところがルイズは達成感や安心感といったものは何一つ味わうことはできません。

 

「何がパーティよ……みんなあんな風に開き直ったりして……これから死のうとする人を目にして、どう楽しめって言うのよ……」

 

今夜、この城のホールでは華やかなパーティが行われています。

ウェールズによれば明後日には反乱軍――レコン・キスタはこのニューカッスルへ総攻撃を仕掛けて来るということでした。

アルビオン王党派の軍勢はたったの300、対して敵は50000という大軍で、とても勝ち目なんてありません。

完全に敗北するその前日にせめてもの祝宴を催す予定だったそうですが、ルイズ達が王軍の最後の賓客ということで二人を歓迎するために急遽予定を繰り上げ、パーティが行われることになったのです。

貴族達は次々と客人であるルイズ達に料理や酒を勧めたり、冗談を言ったりしたりして盛り上がっていました。

ワルドは普通に普通に貴族達と歓談していましたが、ルイズはそのパーティを楽しむ気分にはなれず、すぐに抜け出してしまったのです。

 

「姫様が逃げてって言っているのに……どうしてウェールズ様は……」

 

パーティに出席していた貴族達も、ウェールズも、敗北してこれから死ぬことが分かっているようでした。

それなのに誰も悲しい雰囲気など見せてはいませんでした。むしろ、怖いほどに明るく振舞っていたのです。

ウェールズに至っては真っ先に死ぬつもりだとも言ってのけたくらいです。

 

「姫様が好きなくせに……愛しているくせに……あんな意地張るなんて……大嫌いよ……」

 

ルイズはウェールズに亡命を勧めましたが、ウェールズはそれを断固として断ったのです。

王家の名誉を守るため、王家の最後の義務を果たすために敗北するというのがウェールズの決意でした。

しかし、自ら死を選ぶその行為がルイズには何一つ理解ができません。

 

「早くみんなに会いたい……サツキ……キテレツ……」

 

逆に悲しくなってしまったルイズは涙を目元に浮かべていました。

そして思い浮かんだのは、友達になってくれた平民の子供達です。

トラブルやイラついたりすることはありますが、あの子達と一緒にいれば、こんな悲しい雰囲気などきっと吹き飛ぶに違いありません。

明日の朝にはワルドのグリフォンでトリステインへ戻る予定なので、早く明日になって欲しいと願います。

 

「姫様が可哀想よ……大好きな人とも会えずに、死に別れちゃうなんて……そんなのあんまりだわ……残される人のことなんて、何にも考えてないのよ……」

 

ルイズはトリステインで自分達の帰りを待っている親友のアンリエッタのことを思います。

きっと彼女は愛するウェールズに会いたいに違いないのです。そのためにルイズを使者としてこのアルビオンへ寄越したのです。

せめて、何とかして一目だけでもアンリエッタとウェールズを会わせてあげたいとルイズは強く願います。しかし、自分にはどうすることもできないのです。

 

体を起こしたルイズはポケットを探り、中にあるものをベッドの上へと出していきました。

 

「あ……」

 

その中には赤いテープが混ざっています。それはキテレツから渡されていた天狗の抜け穴です。

キテレツが実演してくれたこのマジックアイテムは離れた場所からでも瞬時に移動ができるという優れものでした。

結局、この旅で使う機会は無かったわけですが。

 

「待って……っていうことは……」

 

失意のままに天狗の抜け穴を見つめていたルイズですが、何かに気づいたような顔になります。

放心したままベッドの上に座り込んでいたルイズの表情はやがて、それまでの悲壮感に満ちていたものが徐々に希望に溢れたものへと変化していきました。

 

「……そうだわ。これよ……! これがあるじゃないの!」

 

思わずベッドの上で立ち上がり、歓声を上げてしまいます。

ぐしぐしと目元を拭ったルイズは颯爽と飛び降り、パーティ会場へと駆けていきました。

 

会場では相変わらず楽しそうにパーティが続いています。しかし、そんな物に目も暮れず、ルイズは会場の中を見回してある人物を探します。

 

「いた!」

 

老メイジと歓談しているウェールズを見つけたルイズは急いで彼の元へと駆け寄りました。

 

「やあ、ラ・ヴァリエール殿。どうかな? パーティは楽しんでもらえているかね?」

 

笑顔でルイズを出迎えるウェールズですが、ルイズは一つ深呼吸をして真顔になると真っ直ぐにウェールズと向かい合います。

 

「皇太子様。少しばかりお時間をよろしいでしょうか?」

「ああ、いいとも。いくらでも付き合うよ。ちょっと失礼するよ」

 

老メイジのパリーに断りを入れ、二人はホールの隅へと移動していきます。

 

「話とは何かな?」

「皇太子様に二つばかりお尋ねしたいことがあります。……どうしても、トリステインへ亡命をなさる気はないのですね?」

「ああ……その通りだ。私がトリステインへ亡命すれば、レコン・キスタが攻め入る格好の口実となってしまう」

 

またその話か、と言わんばかりにウェールズは苦笑します。

 

「……そうだ、アンリエッタにはこう伝えてくれないかな」

「いいえ。それを私が聞くわけには参りません」

 

言葉を続けようとするウェールズですが、ルイズは毅然とした態度でウェールズを手で制します。

その先の言葉こそが、ルイズがもう一つ尋ねたいことだったのですから。

 

「どういうことかな?」

 

呆気に取られるウェールズですが、ルイズは天狗の抜け穴のテープを1.5メートルほどの長さまで伸ばして千切ります。

キテレツが説明した通りにそれを輪の形に繋げました。

 

「それは?」

「何も聞かないでください。ウェールズ様、どうか明後日の戦が始まるまでこれを肌身離さずに持っていてくださいませ」

 

小さくまとめた天狗の抜け穴をルイズはウェールズに差し出します。

それを受け取ったウェールズは不思議そうな表情で見つめていました。

 

「私はもう何も言いません。皇太子様をお止めすることも致しません。……ですが、せめて愛する人への言葉は皇太子様が自らお伝えくださいませ」

「……ラ・ヴァリエール殿」

 

とても真剣な表情で見つめてくるルイズにウェールズは逆に圧されてしまいます。

きっと彼女には何か意図があってこのような物言いをするのだと察していました。

それが何なのかはウェールズには何も分かりません。

 

「……分かった。アンリエッタの使者である君からの大切な贈り物だ。大事に持っているとしよう」

 

微笑んだウェールズは天狗の抜け穴を懐へと入れました。

 

「皇太子様……どうかご武運を……」

 

真摯な態度でルイズは深く一礼をしました。

そんなに死にたいのであれば、愛する人に遺言を伝えたいのであれば、他人を介さず自分自身でやるべきなのです。

 

(明後日までにトリステインへ戻れば……きっと間に合うわ!)

 

ルイズは新たな使命感に目覚め、心の中で自らを奮い立たせました。

 


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