キテレツ大百科 ハルケギニア旅行記   作:月に吠えるもの

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大冒険! 空の国は危険がいっぱい・後編

 

翌日、キテレツ達はスカボローより出発してから既に数百キロもの距離を北へと飛び続けています。

アンドバリの指輪の在り処の方角は合わせ鏡が指し示し、導いてくれますのでそれに従って進むしかありません。

 

「大きい山だわ……」

「これをこれから越えなきゃいけないの?」

 

目の前には雄大な山がそびえており、みよ子は呆然と眺めますがトンガリは不安な様子です。

この日の昼過ぎ、キテレツ達一行は山の麓近辺まで辿り着いており、その手前にある森の小さな空き地で小休止をしていました。

 

「どうせ空飛んで行くだけだろ。楽勝じゃねえか」

「よくまだイモなんか食べていられるよ……」

 

ブタゴリラがまだ残っていた持参のサツマイモを焼いているのを見てトンガリは呆れます。

 

「シティオブサウスゴータがここ。今はこの辺りにいる」

「ふうん。で、アンドバリの指輪はもっと北にあるわけね」

 

地図を広げるタバサは指を差しながら言います。キュルケは呑気に爪を磨いていました。

タバサの説明によればキテレツ達は今、アルビオン大陸の真ん中辺り、サウスゴータ地方という場所まで来ているそうです。

サウスゴータはアルビオン大陸で五指に入るほど広大な土地で、今キテレツ達の前にそびえる山脈から近郊の森林、アルビオン東部の港町ロサイスとを結ぶ草原の大半までもが含まれているのです。

東に数10キロも行けばシティオブサウスゴータという大きな都市がありますが、合わせ鏡の光はさらに北を示していました。

 

「あるとしたら、ここか、この町ということなのかしら」

「ロンディニウムに、ダータルネス……まあ、他にも城や砦はあるけれどね」

 

タバサと一緒に地図を見ていた五月の後ろからキュルケが覗き込んできます。

北へもう100キロ以上も進めば、険しい高地地帯やアルビオンの首都ロンディニウム、最北端には港町ダータルネスといった町や地域があるのです。

 

「とにかく、サウスゴータのこの山を越えないとどうにもならないわね。そろそろ出発しましょうか」

「キテレツ君、コロちゃん!」

 

みよ子は離れた場所で何かをしているキテレツとコロ助に呼びかけました。

見ればキテレツの手元に空中から野球ボールのような物がふわふわと落ちてきています。

 

「どうナリか? キテレツ」

「……うん。どうやら追っ手はいないみたいだね」

 

小さな覗き口がついた野球ボールに顔を近づけ、中を覗き込むキテレツはそう答えました。

野球ボールの中には、キテレツ達が今いるサウスゴータ地方の上空数10メートルからの景色が収められています。

ゆっくりと360度、ぐるりと景色が回転して山脈や森林を映していました。それ以外には何もありません。

望遠球と呼ばれる発明は一種の小型スパイ衛星のようなもので、投げつけて戻ってくるまでの間に映像を収めることができるのです。

これならば目立つこともなく出発前の偵察や安全確認が行えました。

 

「大丈夫だよ、みんな。さあ、出発しよう!」

 

望遠球をリュックにしまったキテレツはポケットから空中浮輪を取り出して装備します。

他の四人も空中浮輪を頭に乗せると、次々に空中へと浮かび上がりました。

タバサとキュルケもコロ助と共にシルフィードに乗って宙へ舞い上がります。

 

「このまま一気に山の頂上まで行こうぜ!」

「そこまで行く必要はない」

 

張り切るブタゴリラですが、タバサはきっぱりと冷たく言いました。

キテレツ達一行は標高1000メートルを越える山の間を縫うようにして飛んでいきます。

サウスゴータ地方の山脈と豊かな緑がどこまでも続くのはまさに絶景ですが、あまり楽しんでいる余裕はありません。

 

「どれくらいで山を越えられるの?」

「夕方までにはここを抜ける」

「まあ、空を飛んでればオーク鬼とかも襲ってこないから、楽に抜けられるわよ」

 

ペースを上げて時速30キロ台で飛ぶ中、シルフィードの横に来たキテレツが尋ねるとタバサとキュルケは答えます。

恐らくこの山脈にも恐ろしい怪物がいることでしょう。眼下に見える川や森にきっと潜んでいるのです。

 

「へへっ、何か出てきても、俺がこいつで吹っ飛ばしてやるぜ! こうやってな!」

 

ブタゴリラは尻のポケットに差していた天狗の羽うちわを手にすると、それを横へ凪ぐようにして軽く振り回しました。

 

「「きゃあああっ!」」

「うわあ! 五月ちゃ~ん!」

「きゅい、きゅい~!」

 

強烈な突風が辺りに吹き荒れてしまい、キテレツ達は危うく吹き飛ばされそうになります。

 

「あらららら!」

 

キテレツ達だけでなく風を起こした本人であるブタゴリラでさえも鳴き声を上げるシルフィードに吹き飛ばされまいとしがみつきます。

 

「わわわわっ!」

「あ、コロちゃん!」

 

シルフィードから落ちそうになったコロ助をキュルケがしっかりと抱きとめます。

軽く扇いだだけでも、羽うちわが発する風は極めて強力な嵐となってしまうのでした。

 

「ブタゴリラ! それを不用意に振り回しちゃ駄目だよ!」

「何考えてるんだよ! もう!」

「危なく落ちちゃう所だったナリよ!」

 

風が止むとキテレツ達は一斉にブタゴリラを非難していました。

 

「わ、悪い悪い」

 

ブタゴリラも思わず平謝りです。

もちろん、ブタゴリラは悪気は無かったのですが、まさかここまで強い風になるとは思ってもみなかったのです。

 

「もう……。あら……どうしたの、五月ちゃん」

 

みよ子は五月が耳に手を当てて何やら耳をすましているのを見て声をかけました。

 

「しっ……みんな、何か聞こえない?」

「え?」

「何ナリか?」

 

五月の言う通りにキテレツ達も周りの音に集中し始めます。

谷に吹く風の音……川の流れる音……ギャアギャア、という生き物の声――

 

「何の音なの? これ……」

「何かの鳴き声みたいだね」

「へっ! 早速おでましってわけか?」

 

トンガリとキテレツが緊張する中、ブタゴリラは羽うちわを手に張り切りだします。

徐々にその鳴き声の数や激しさは増していくばかりで、喧騒な雄叫びは谷中に響き渡っていました。

 

「ちょっと待って、これって……!」

 

キュルケが深刻そうな顔を浮かべると、タバサは杖を手にして前方を見上げます。

 

「みんな、見て! あれ!」

 

みよ子が指を差した先はタバサの視線と同じでした。

谷の各所から、次々と黒い影が飛び上がってきているのがはっきりと分かります。絶えず続くギャアギャアという鳴き声の発生源はそれでした。

 

「何あれ!? ドラゴン!?」

 

五月が驚き目を見張るそれは巨大な翼を羽ばたかせて10メートル以上もの巨体を飛び上がらせている怪物でした。

 

「やっば……ワイバーンの大群よ!」

 

ワイバーンはハルケギニアの各所に生息している翼竜の怪物です。

シルフィードのような一般的な飛竜と違って前肢と翼が一体化した形態をしており、どこか愛嬌がある風竜や火竜と違ってワイバーンはひたすらに凶悪で可愛げが一切ない顔をしていました。

騎士達が乗り物として使う飛竜よりも極めて獰猛かつ凶暴で知られるワイバーンは乗り物にはまったく適さないことでよく知られているのです。

 

「後ろからも!」

「囲まれちゃったよ!」

 

前からだけでなく来た方角からもワイバーンが軽く30を超える大群を成して迫ってきていました。

どうやらこの渓谷にはワイバーンの巣があったようで、キテレツ達を餌と認識して襲ってきたようです。

 

「こっちに来るよお!」

「逃げるナリ~!」

「きゅ、きゅい……」

 

すっかりワイバーンに取り囲まれてしまい、キテレツ達はおろかシルフィードまで恐怖に慄きます。

ワイバーン達は相変わらずギャアギャアと喚き声を上げ、牙と舌を剥き出しにしていました。

ブレスこそ吐くことはできませんが、その鋭い牙で噛み砕かれればひとたまりもありません。

 

「このまま突っ切る。シルフィードから離れないで。……エア・ストーム!」

「そおら!」

 

タバサとキュルケが杖を突き出すと、その先から放たれた火と風の魔法が交じり合い、巨大な炎の竜巻がワイバーンの大群目掛けて撃ちだされました。

炎に飲み込まれたワイバーン達は翼を燃やされ、次々と墜落していきます。

 

「今度こそ俺の出番だな! ……どおりゃあっ!」

「いけえっ! ブタゴリラ!」

 

トンガリが煽る中、ブタゴリラが大きく振りかぶった羽うちわを一気に振り下ろします。

しかし、それで起きた風は先日100人の兵隊を吹き飛ばしたり、先ほどのものとは違うものでした。

 

「ありゃ……」

 

鋭いつむじ風はワイバーン達の体や翼を両断し、中にはバラバラに刻んでしまうものまでありました。

 

「ブタゴリラ。縦にして振るとかまいたちが出ちゃうんだよ。ちゃんとうちわを横にして煽がないと」

「あ、そうなのか? で、かまいたちって何だ?」

「話はあとあと! このまま突っ切りましょう! みんな、しっかり掴まって!」

「突撃!」

 

キテレツの説明にブタゴリラが尋ねますが、キュルケとタバサが叫びます。

ワイバーンがいくらか蹴散らされたことでできた道をシルフィードは全速力で突き切っていきました。

当然、ワイバーン達は見逃すはずがなくシルフィードを追いかけてきます。

 

「追ってくるナリよ!」

「もっとスピード出ないの!?」

「今はこれが精一杯」

 

みよ子の言葉にタバサは答えつつ後ろを振り向き、エア・カッターの魔法を唱えて風の刃を放ちました。

如意光でかなり小さくなっている今のシルフィードでは全速力で飛んでも普段のときより1/3程度までしか速度が出ません。

ワイバーン達はそんなシルフィードを嘲笑うかのようにすぐ後ろまで迫ってきていました。

 

「きゅい、きゅい、きゅい~!」

 

シルフィードも何とか振り切ろうと必死でした。追いつかれれば自分も食べられてしまうのですから。

 

「うわあ! 来るな、来るなあ!」

 

シルフィードの尻尾に掴まっているトンガリにワイバーンが大きく口を開けて迫ります。

 

「トンガリ君! ……このお!」

 

同じく尻尾に掴まっている五月は電磁刀を手にすると、それを後ろへ突き出します。

先端がワイバーンの額に命中すると、電気ショックが炸裂し、ワイバーンは悲鳴を上げてバランスを崩して落ちていきます。

五月はさらに電磁刀を振り回してワイバーン達を威嚇していました。

 

「えいっ!」

「それっ!」

「食らえっ、この! そらあっ!」

 

キテレツは如意光を、みよ子は即時剥製光を、ブタゴリラは羽うちわの突風とそれぞれワイバーン達を退けようとしていました。

タバサとキュルケの魔法はもちろん、如意光の赤い光線を浴びたワイバーンは手の平サイズに縮小され、剥製光の光線を浴びれば剥製と化し、突風に煽られて吹き飛ばされたワイバーンもまた次々に墜落していきます。

しかし、いくらやってもワイバーン達はシルフィードをしつこく追いかけてきていました。

渓谷の中を翼竜の大群が一頭の小さな風竜を追い回すその光景は、圧倒的です。

 

「駄目よ! キリがないわ!」

「うひゃあ! このままじゃ食べられちゃうよお!」

「ワガハイは食べても美味しくないナリよ~!」

「しつこい奴らだな! ワイン番って奴らも!」

「ワイバーンだって!!」

 

こんな時でもトンガリはブタゴリラに突っ込みました。

 

「何とか振り切るしかないわ! みんな、がんばって!」

 

炎の魔法を必死に放つキュルケはキテレツ達を元気付けていました。

対抗手段を持たないコロ助とトンガリ以外の6人はワイバーンを退けようと必死です。

そんな一行の奮闘が功を奏したのか、シルフィードは徐々に数が減ってきたワイバーンの大群を引き離していきます。

 

「やっと撒いたみたいね……」

「た、助かった……」

「良かったわ……」

「すごかったナリ……」

 

トンガリも五月も、他のみんなも危機を脱することができたことにホッと胸を撫で下ろします。

 

「ここは危険。このまま一気に谷を突っ切る」

「それがいいよ。またいつ襲われるか分からないからね」

 

タバサの提案に如意光をしまったキテレツも頷きます。

キテレツ達は全速力で羽ばたくシルフィードの体にしがみついたまま、渓谷を一緒に飛び続けていました。

その遥か後ろからは、ワイバーンの喚き声がいつまでも響き続けています。

 

 

 

 

昨晩の深夜にアルビオンのスカボロー港へ到着したルイズはワルドのグリフォンに乗って夜な夜な街道を突っ切っていきました。

ニューカッスルはアルビオン大陸の最南端に位置する城であり、そこではアルビオンの王党派の軍が反乱軍に追い詰められているのです。

スカボローから馬で一日の距離ですが、グリフォンならば半日もあれば到着できるのです。

 

反乱軍による邪魔もなく、予想以上にペースが良くスムーズに進めることは、急ぎの用であるルイズ達にとっては幸いでした。

特にスカボローの港では駐留していた反乱軍に何かトラブルでもあったのか、兵士の数も少なくすんなりと突破することができたのです。

 

そして、この日の夕刻、ニューカッスルを取り囲むように敷かれた反乱軍の陣の手薄な場所を見つけて何とかニューカッスルまで辿り着くことができたのですが……。

 

「止まれ! 貴様達、何者だ!」

 

ニューカッスルのすぐ手前までやってくると、何10人もの騎士達がルイズ達を取り囲み杖を突きつけてきます。

グリフォンを降りた二人は騎士達の前に堂々と歩み出て行きました。

 

「こちらはトリステイン王国より参られた特命大使、ラ・ヴァリエール嬢でございます。ウェールズ皇太子へのお目通りをお願いしたい」

 

ワルドが用件を告げると、騎士達は次々にどよめきだします。

 

「トリステインからの使者だと?」

「もう少しマシな嘘を言え!」

「反乱軍のスパイだな!」

 

しかし、言葉だけでは信じてもらえそうにありません。

もちろん、こうなることはルイズ達には予想済みのことでした。

 

「アンリエッタ姫殿下はウェールズ様への使者の証として、この水のルビーを渡してくださいました。ウェールズ皇太子の持つ風のルビーと合わせれば、その証になると……まずは皇太子に会わせてください!」

 

ルイズはさらに一歩前へ出ると、きっぱりと告げて水のルビーが嵌められた手を見せ付けます。

 

「その指輪は……!」

 

驚いた声で騎士達を掻き分けて前に出てきたのは、青い軍服を着こなしている凛々しい金髪の青年です。

彼はルイズの前に近づくと、自分が右手に嵌めている指輪を外して彼女の水のルビーへと近づけます。

 

「あ……」

 

すると、二つの指輪に嵌められている石の間に虹色の光が振りまかれます。

水と風は虹を作る、アンリエッタがそう話していたものでした。

 

「間違いない……それは水のルビー……では、やはり君はアンリエッタの……」

 

青年は頷くと、ルイズを見つめて笑顔を浮かべます。

 

「みんな、大丈夫だ。この者達は間違いなく、トリステインからの使者だ。杖を下ろすんだ」

 

周りを見回しながら述べる青年の言葉に騎士達は杖を下ろしていきます。

 

「失礼した、大使どの。我らも今は相当にいきり立っているものでね。……私がアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」

 

名乗った青年は紛れもなく、ルイズ達が探し求めていた人物、ウェールズなのでした。

 

「アンリエッタ王女より大使の大任を預かりました、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールでございます」

「トリステイン王国魔法衛士グリフォン隊隊長、ワルド子爵です」

 

ウェールズが一礼をすると二人も名乗りつつ頭を下げます。

 

「こんな場所で話をするのも何だ。さあ、ニューカッスルの中へご案内する。そこで用件をお聞きしよう」

 

頷いたウェールズに手招かれ、二人はニューカッスルへの入場を果たしたのでした。

 

 

 


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