コロ助「キテレツ! 本当に島が空に浮いてるナリよ! すごいナリー!」
キテレツ「アルビオンは浮遊大陸だからね」
コロ助「でも、お空の上はとっても騒がしいナリ」
キテレツ「それは今は戦争中だし、海賊も出るっていうんだよ?」
コロ助「ワガハイ達は海賊じゃないのに、何でおたずねものにされてるナリか?」
キテレツ「分からないけど、とにかく今は逃げるしかないよ!」
キテレツ「次回、どーして? ボクたち、アルビオンのおたずねもの」
コロ助「絶対見るナリよ♪」
魔法学院を出発してから数時間、ルイズとワルドを乗せたグリフォンはトリステインの西へと向かって走っています。
浮遊大陸であるアルビオンへ行くには港町のラ・ロシェールから船に乗らなければなりません。
二人はまずはそこを目指しているのです。
「この調子なら、今日の夜にはラ・ロシェールに着くよ」
「良かった。普通に馬を飛ばしてたんじゃ。二日はかかってたものね」
ルイズはグリフォンを操るワルドに抱かれるようにして前に跨っています。
二人は道中、再会を懐かしみながら談話を楽しんでいました。
「しかし、ゆっくりとした旅も悪くないかもしれないよ。何しろ、君と会うのは本当に久しぶりだからね」
ルイズがワルドと最後に会ったのは10年も前になります。
昔はルイズの実家のラ・ヴァリエールで催される晩餐会をよく共にしたりしていました。
ワルドが実家の領地を相続して、さらに魔法衛士隊に入隊してからは会うことは無くなってしまいました。
ルイズのことも、二人の親が冗談交じりに約束した婚約の話も忘れられたかと思いきや、ワルドはしっかりと覚えていてくれたのです。
「良い機会だ。一緒に旅を続けていれば、昔のように懐かしい気持ちになれるよ」
「ワルド様……」
そんなワルドはルイズにとっては憧れの人であり、再び会うことになって本当に驚いてしまったのです。
憧れの人が旅の共をしてくれるのであればとても頼もしく、安心ができました。
「ところでルイズ。今日、学院にいたあの平民の子供達だが……」
「キテレツ達のことですか?」
ワルドは唐突にルイズにキテレツ達の話題を切り出してきます。
「あの子達はずいぶんと変わった身形をしていたね。それに一人は……ガーゴイルのように見えたが……」
「キテレツ達はその……遠い異国からやってきた平民なんです。あのガーゴイル……コロスケって言うんですけど、キテレツが作ったものだそうです」
「ほう。あの子達の雰囲気はハルケギニアの人間とは全然違っていた。……もしかして、ロバ・アル・カリイエから来たのかな」
「ま、まあ……そんな所ですわ」
まさかキテレツ達が異世界から呼び出されたなどと言えるわけがありません。
「そんな遠くの国から使い魔を、しかも人間を召喚するなんてすごいものだな」
「え? ご存知なのですか?」
「ああ。何でも何日か前に、グラモン家の四男が平民の子供達と決闘をして引き分けになったと聞いているよ。そして、その子供達をルイズ……君が召喚したということもね」
そんな細かいことまでワルドが知っていることに、ルイズは目を丸くして驚きます。
魔法衛士隊ともなると、色々な情報が耳に入ってくるのでしょう。
「わたしが召喚したのは……サツキだけですわ。あの白い服を着ていた女の子ですけど。それに、サツキとは使い魔の契約を結んでいるわけじゃありません」
「どうしてだい? 人間とはいえ、せっかく自分だけの使い魔を召喚したというのに」
「人間が召喚されるなんて始めてだし……それに、サツキ達はいつか故郷に帰らないといけないんです」
その故郷へ帰る方法を自分が潰してしまったことまではさすがに口にはできません。
「キテレツ達はわたしが呼び出してしまった友達のサツキを迎えに、遥々ここまでやって来たんですから……」
「そうか。自分のことよりも、その子達のことを考えたというわけだ。優しいんだね、ルイズ」
「そんな……わたしはただ……」
「しかし、それでも君が人間という使い魔を召喚したという事実に変わりはない。それは本当にすごいことなんだよ」
ワルドはルイズを賞賛してきますが、対するルイズは困惑してしまいます。
「ルイズ。君はきっと、偉大なメイジになる。それこそ、始祖ブリミルのような歴史に名を残すメイジにね」
「いくらなんでもそれは大袈裟ですわ。お世辞が上手いのね」
「お世辞だなんてとんでもない。ロバ・アル・カリイエから使い魔を召喚したんだ。君は間違いなく、素晴らしい才能を持っているよ。僕はそう予感している」
ここまでルイズのことを褒めてくれるのも、きっとワルドなりのアプローチなのかもしれません。
婚約者の気を少しでも惹こうと必死なのです。
そう考えるとルイズは思わず頬を染めて苦笑してしまいました。
◆
アルビオンへ出発するための準備として、キテレツ達は一度魔法学院へと戻ってきていました。
朝起きてからキテレツ達はまだ何も食べていなかったので、各自はそれぞれ軽くお腹に物を詰め込むことにします。
そして、タバサはアルビオンで最低限は必要になりそうな物を揃えなければなりません。キテレツ達はその間、庭で待つことになりましたが……。
「よっしゃ! 俺はこれで準備オーケーだぜ!」
ブタゴリラはキント雲の上で腰を下ろすと、持ってきた自分のリュックを隣に置きます。
「またそんなに重い物を持っていって大丈夫?」
「入ってるのは野菜ばかりでしょ? 役に立つのかなあ……」
「文句あんのかよ! 野菜を馬鹿にする奴はなあ、野菜に泣くんだぞ!」
みよ子と一緒に呆れるトンガリの言葉にブタゴリラはリュックの中から一本の大根を取り出し、トンガリの顔に突きつけました。
「分かった! 分かったよ! ブタゴリラの好きにしなって!」
トンガリは顔を背けて必死に頷きます。
「ところでコロちゃんはどうしたの? まだコロッケを食べてるの?」
「あんなにたくさんあったものね」
尋ねてきた五月にみよ子は肩を竦めて苦笑します。
食事を済ませた五人ですが、コロ助はまだ厨房にいるようです。
サンドイッチを作ってもらって食したのですが、コロ助はまたもシエスタ手製のコロッケをたくさん用意してもらったので、今もそれを食べ続けていました。
ちなみにキテレツはタバサの準備が整うまで、コルベールの研究室を訪ねています。
「ハアイ、お待たせ」
「やあ、お待ちどう様!」
と、そこへキテレツとキュルケ、タバサの三人が同時に待っている四人の元へと現れました。
タバサは肩から鞄をたすき掛けにしています。キュルケと一緒に旅の準備を済ませていたのです。
「キテレツ君、先生の所で何をしてたの?」
「うん。これを作ってきたんだよ」
みよ子に尋ねらるとキテレツはそう言って持っていた巾着袋を見せてきました。
「金縛り玉の数が少なくなってたからね。先生にも手伝ってもらって、何とか作れる分だけ作っておいたんだ」
作り方を覚えている発明品であれば、何とかコルベールの研究室にある物で作れそうなものは作れるのです。
キテレツはコルベールの力を借りることで、金縛り玉を補充することができたのでした。
ちなみにコルベールは今日も忙しいそうで付き添いはしてくれませんが、アルビオンへ出発するキテレツ達を心配して「気をつけるんだよ」と声をかけてくれました。
「向こうで何があるか分からないからね」
「さすがキテレツ」
準備が良いキテレツにトンガリも含めてみよ子達も安心します。
「コロちゃんは? まだ来てないのかしら」
キュルケはコロ助がいないことに気付いて首を傾げました。
後はコロ助が来るのを待つだけなのですが、いい加減に遅すぎます。
「何やってやがるんだよ、あいつは! よし! 俺が連れてきてやる!」
「その必要はないみたいだよ、ブタゴリラ」
痺れを切らしたブタゴリラがキント雲から降りますが、キテレツは苦笑して制します。
コロ助が風呂敷を背負って庭の中を駆け寄ってくるのが見えました。
「何をモタモタしてやがんだ! お前は!」
「良いじゃない、熊田君。ちゃんと来たんだから」
ブタゴリラはようやくやってきたコロ助に食って掛かりますが、五月が抑えます。
「ワガハイも旅の準備をしてたナリよ」
「何なのさ、それは」
「シエスタちゃんがおやつをくれたナリよ。みんなで食べても良いと言ってくれたナリ」
トンガリの問いにコロ助は背負っている風呂敷を見せます。
コロ助は厨房でコロッケを食べている最中、シエスタに自分の田舎から送られてきたというお菓子を食べても良いと言われ、キテレツ達の分のお菓子を包みをくれたのです。
「別にピクニックに行く訳じゃないのに……」
「良いじゃない。向こうでちゃんと食事ができるかどうか分からないんだもの」
呆れるトンガリですが、逆にみよ子はコロ助が持ってきたおやつを認めます。
「何だよ、俺の野菜だけじゃ嫌だってのかよ」
「まあまあ……カオル。せっかくコロちゃんが持ってきたんだから」
不満そうなブタゴリラをキュルケが宥めます。
「キュルケさん達の分もあるから、向こうであげるナリよ」
「あら、ありがとう。コロちゃん」
キュルケはコロ助の頭を撫でてくれました。
「よし! それじゃあ準備も済んだことだし、出発しよう!」
「よっしゃ!」
「行きましょう!」
「タバサ! あたし達も!」
張り切るキテレツ達はキント雲に、キュルケ達はシルフィードへと乗り込み、再び昼の空へと飛び上がります。
◆
夕方頃にキテレツ達はラ・ロシェールの町へと到着しました。
この町の港から出る定期船に乗って、アルビオン大陸へと向かうのです。
「すっげえでっけえ木だな」
「こんな木、見たことないわ……」
「どれくらい大きいのかしら……」
「これは東京タワーくらいはあるよね……」
「うん。間違いないね」
港は町より丘の上の場所にあります。そこへやってきたキテレツ達はその港の桟橋として使われている物を見て唖然としてしまいました。
それは東京タワーほどに巨大な大樹でした。巨大さに見合ったいくつもの太い枝が伸びており、その枝には大きな帆船が吊るされて停泊しています。
それぞれの枝へは大きな階段を昇って行けるようです。
「あの船が空を飛ぶナリか?」
「ええ。そうよ。風石っていう石を使って船を浮かばせて飛ぶことができるの」
コロ助の問いにキュルケは大樹を見上げながら答えます。
キテレツ達が待っている間、タバサが大樹の幹に設けられている駅に行ってアルビオン行きの船に乗る交渉をしていました。
スカボロー港というアルビオンの港町をまず目指すようです。
「どうだった? タバサ」
戻ってきたタバサにキュルケが声をかけますが、タバサは首を横に振りました。
「明日の朝にならないと、アルビオン行きの船は出ない」
「ええ~? それじゃあここで足止めなの? 面倒臭いなあ……」
タバサの言葉にトンガリが文句を漏らします。
「どうして今は船が出られないの?」
「そういえばあたしもアルビオンには行ったことないから、よく知らないのよね。そこの所」
みよ子に続いてキュルケも首を傾げていました。
すると、タバサは杖を使って足元で何やら絵を描き始めます。どうやら島と大陸のようです。
「今、アルビオンはハルケギニアから遠くの位置にある」
タバサの説明によれば、浮遊大陸アルビオンは海の上でハルケギニアとの間を行ったり来たりしています。
そして、二つの月が重なるスヴェルの夜に、アルビオンは一番ハルケギニアへ近づくのだそうです。
そのスヴェルは数日後で、それまでは出航できる船の数も限られており、今の時期では週に2、3本しか定期便が出ていません。
これは燃料の風石を節約するためでもあるそうです。
「ふうん。そういうことなのね」
「参ったなあ。出来るなら、今すぐにでも行きたいんだけどなあ……」
キュルケが納得する中、キテレツは苦い顔を浮かべていました。
「いっそのこと、このままシルフィードとあなた達の雲で飛んで行く?」
「タバサちゃん。ここから飛んで行って、アルビオンまではどれくらいかかるかな?」
「半日はかかるのは確か」
「結構かかるナリね」
悩むキテレツの問いにタバサは淡々と答えます。
「夜中もずっとキント雲を操縦している訳にもいかないしなあ……」
「誰か一人が起きて、交代で操縦すれば良いじゃねえか」
「でも、結構大変じゃない? それにあの狭い雲のスペースじゃ下手をすると休んでいる時に落ちちゃうわよ」
ブタゴリラが案を出しますが、キュルケがそう返します。
夜の間は休んでいられるような場所が必要で、尚且つアルビオンまでノンストップで飛んで行かなければなりません。
それができるのが空飛ぶ船なのですが、明日出発するのでは到着が遅れてしまいます。
「もうこの際さ、今日はこの町で休んで明日出発しようよ? ねえ、五月ちゃん」
面倒が嫌なトンガリはそう提案しますが、キテレツは何とか今から休みつつアルビオンまで行く方法を考えます。
「キテレツ君。仙鏡水を使ったら? あれならみんなもゆっくり休んでいられるわよ」
そこへ一緒に考えていたみよ子がキテレツに言いました。
「何? 仙鏡水って」
「えー!? あれを使うの!? 僕は嫌だよ! もうあれに乗るのはごめんだ!」
五月が目を丸くする中、トンガリが喚きだして五月の腕にしがみつきます。
「トンガリ君。キント雲だって元は同じ雲じゃない」
「そりゃあそうだけど……」
「うん、それが良いな。タバサちゃんのドラゴンも一緒に乗せてあげられるし」
文句を言うトンガリですが、キテレツはみよ子の提案に賛成します。
タバサとキュルケはまたキテレツが何か道具を出そうとしていることに期待した様子で見つめていました。
「前に東京タワーにぶつかったことがあったじゃないか! あんな危ない目に遭うのは嫌だよ!」
「ここにはそんな物ねえだろうが」
「一体、何があったの……?」
喚き続けるトンガリにブタゴリラが突っ込みますが、五月は訳が分からずに首を傾げてしまいました。
「とにかく仙鏡水を用意するから、一度空に上がろうよ」
「うう……やっぱり乗るの……」
トンガリはガックリと肩を落としてしまいますが、観念してキテレツ達とキント雲に乗り込みます。
一行はラ・ロシェールの丘の上空へと浮上していきました。
「それで? これからどうするのかしら? その子が嫌がるセンキョウスイっていうのを使うんでしょう?」
キュルケはシルフィードの上から面白そうに声をかけてきます。
「待ってて。みよちゃん、ちょっと操縦を代わって」
「ええ」
操縦をみよ子に任せたキテレツはケースから取り出した大きな瓶とフラスコを如意光で大きくします。
瓶とフラスコにはそれぞれ違う色の液体が入っています。
「この二つの液体を混ぜて……」
瓶にフラスコの液体を注ぎ、蓋を閉めると液体が混ざるように瓶をよく振ります。
すると、瓶の中の液体の色が一気に変化しました。
「よし!」
「うわっ!」
蓋を開けた途端、瓶の中から大量の煙が一気に溢れ出てきて五月は驚きます。
瓶から噴き出す煙はキテレツ達の頭上でみるみる内に大きく広がり、あっという間に巨大な雲が出来上がりました。
「これって、この雲と同じやつなの?」
「僕はあまり好きじゃないんだよな……これ」
五月が驚く中、トンガリは渋い顔を浮かべていました。
「よし! タバサちゃん、この雲の上に降りて良いよ! みよちゃん、お願い」
「分かったわ」
みよ子の操縦でキント雲は仙鏡水の雲の上へと上がり、その上へと着陸しました。
「きゅい~……」
「ちゃんと乗れるみたいね。あたし達も行きましょうか」
シルフィードは不安なのか雲の上に降りようとしません。
しかし、タバサとキュルケはは迷うことなく雲の上へと飛び降りていきました。
「わっ! すっごい乗り心地が良いわね~」
「ふかふか……」
乗れる雲の感触に二人とも驚嘆します。キュルケはその場で跳ね、タバサも雲を興味深そうに触れていました。
「これなら足を伸ばしてゆっくりしていられるからね。後は、これで……」
「あっ! 何か作るナリか?」
キテレツがケースからシャベルをいくつか取り出したのを見てコロ助が駆け寄ります。
「強風で崩れないようにしないといけないからね。コロ助も手伝ってよ」
「あ! あたしも手伝うわ!」
みよ子もシャベルを受け取ると、二人と一緒に雲をいじり始めます。
「何をするのかしら……」
「まあ、見てからのお楽しみって奴さ!」
「大丈夫かな……」
トンガリと五月が作業を見つめる中、座り込んだブタゴリラは降ろしたリュックからリンゴを取り出してかぶりつきます。
「きゅい~」
ようやく降りてきたシルフィードも、雲の感触が気に入ったのかゆったりと寝そべりだしてしまいました。
◆
キテレツ達がラ・ロシェールを出発した数時間後に、ルイズ達は遅れてこの町へと辿り着きました。
二人は貴族も宿泊する高級宿、女神の杵亭へと泊まります。おまけに宿で一番上等な部屋で寝泊りをすることになりました。
テーブルについていた二人は一緒にワインを飲み交わしています。
「姫殿下からの手紙は、ちゃんと持っているね?」
「はい」
ワルドに問われてルイズはマントのポケットの中を探り、中にある物をテーブルへと出しました。
キテレツから預かった助太刀人形と、一通の封筒がテーブルの上へと出てきます。
この手紙が今回の密命で必要な密書でした。
「おや? そのアルヴィーは……」
「あ、これはキテレツから借りたものなんです。わたし達を守ってくれる人形です」
ワルドが助太刀人形を目にして目を丸くしますが、ルイズは助太刀人形について説明しました。
「ほう……ロバ・アル・カリイエのマジックアイテムか。なるほど、話には聞いていたが……」
「キテレツのマジックアイテムだとご存知なのですか?」
助太刀人形を手にするワルドがキテレツのマジックアイテムの存在を知っていることにルイズは驚きました。
「ああ、うん。先日、魔法学院をフーケが襲った事件のことは僕の耳にも入っているからね。何でも、平民がマジックアイテムを使って君達を手助けをしてくれたとか」
やはり、フーケの事件についてもワルドは知っているのです。
「僕もいるし、君の友達のアルヴィーもあれば、必ずルイズを守れるよ。大丈夫、この任務も上手くいくよ」
「ワルド様がいてくれるならとっても頼もしいですわ」
助太刀人形を受け取ったルイズはそれを肩に乗せます。助太刀人形はちょこん、と肩で座っていました。
「ところでルイズ。君は今日、出発する時にあの子達に言っていたね。水の精霊の宝物が、どうとか……どういうことだい?」
突然、ワルドにそんなことを尋ねられてルイズは戸惑いました。
しかし、別行動であるキテレツ達と任務に関係があるわけでもありませんし、ワルドに話しても問題はないでしょう。
「あの、実は……」
それからルイズはワルドに、ラグドリアン湖で起きていることや、先日キテレツ達と体験してきたことを話していきます。
水の精霊がアンドバリの指輪というマジックアイテムを探しており、それを今キテレツ達が探しているであろうこともです。
「なるほどな……そういうことか。しかし、困ったものだね。精霊の秘宝を取り返さなければいずれは世界中が水の底に沈んでしまうわけか」
ワルドは僅かに眉を顰めて唸りました。
「はい。どこの誰が盗んだのかは分かりませんが、迷惑な話ですわ。一応……クロムウェルとシェフィールドっていう名前だけは分かっているんですけど……」
何故かワルドの表情はさらに険しくなっていました。
「……指輪が見つかるアテはあるのかい?」
「きっと、キテレツのことですからマジックアイテムを使って見つけると思います。今日もラグドリアン湖へ行く予定でしたから、何か手掛かりを見つけたのかもしれません」
一体、どうやって見つけようというのか、指輪はどこにあるのか、ルイズも気になる所でした。
しかし、それでキテレツ達が無茶をしているのではないかという不安もあります。
万が一、何かがあっては自分は責任を果たせないのですから。
「そうだね……ならば、彼らは彼らの仕事を、僕らは僕らの使命を果たそうじゃないか」
「もちろんですわ」
「……ルイズ。この任務が終わったら、僕と結婚しよう」
「え?」
突然のワルドからのプロポーズに、ルイズは呆然としてしまいます。
「僕は魔法衛士隊の隊長で終わるつもりはない。いつかはこの国を……いや、ハルケギニアを動かすような貴族になりたいと思っているよ。そのためには……君が必要なんだよ、ルイズ」
「で、でも……急にそんな……」
熱心にアプローチをかけてくるワルドにルイズは戸惑うばかりです。
「わたし、まだあなたに釣り合うようなメイジじゃないのに……」
「ははは……ごめん、ルイズ。いきなりで驚かせてしまったね。もちろん今、返事をくれとは言わない。ゆっくり考えて答えをもらいたいな。でも、きっとこの旅が終わる頃には僕の気持ちを分かってくれるだろう」
そう言ってワルドは立ち上がります。
「さあ、明日は早いからね。今日はゆっくり休むと良いよ」
「ワルド様は?」
「僕は少し夜風に当たってくるよ。お休み、ルイズ」
言い残して、ワルドは部屋のテラスから外へと出て行きました。
「キテレツやサツキ達……大丈夫かな……」
ルイズは思わずため息をついて一人ごちます。
異世界から自分が呼び出し、そして訪れてきた平民の友達は今、どこで何をしているのかがとても気になります。
もしかして、今頃泥棒を見つけてアンドバリの指輪を取り返しているのかもしれませんし、まだ探しているのかもしれません。
ルイズが願うのは、たとえ取り返せなくても良いから無事な姿でまた再会できることでした。
「あたしもがんばらないとね……」
アンリエッタから預かった密書をしまうと、ルイズは明日の旅に備えて床につきます。
外へ出てきていたワルドは二つの月をじっと見上げて寛いでいました。
その表情はそれまでルイズと話していた時のように穏やかなものとは一転して険しいものとなっています。
「フーケが言っていた通りだな……あのガキ共、油断はできなさそうだ……」
その口から出てきたのは、ルイズ達が捕まえたはずの泥棒の名前です。
「指輪を探しているということは……閣下の所へやってくるかもしれんな……」
忌々しそうに呟くワルドの冷たい瞳には、それまでルイズに見せていたような優しさは微塵もありませんでした。
◆
水平線の彼方から朝日が昇る中、大空の中を一隻の白い船が飛んでいます。
風に流されるように飛ぶ船からは光が一直線に雲の彼方まで伸び、その光に向かって一直線に進んでいました。
「きゅい、きゅい~! お姉さま、起きるのね~!」
その船の甲板で寝そべっていたシルフィードが何度も声を上げていました。
「……朝」
シルフィードに寄り添ったまま寝息を立てていたタバサが目を覚まします。
甲板の上でキテレツやキュルケ達は横になってぐっすりと眠りについていました。
ブタゴリラに至ってはやかましい鼾まで立てているほどです。
「おはよう、タバサちゃん」
「サツキ」
ただ一人早起きをしていた五月は船首で船の先に広がる空と雲を眺めていました。
タバサが起きたと見ると、その傍まで歩み寄って座り込みます。
「あの光の先に、アルビオンがあるのよね」
「そう」
甲板に備え付けられた台座にはキテレツの合わせ鏡が差し込まれています。そして、そこから放たれる光はアンドバリの指輪があるアルビオンまで一直線に伸びているのです。
「それにしても、こんな船を作っちゃうなんて……キテレツ君達は本当に不思議なことばっかりするわ」
「奇想天外」
眠っているキテレツ達を眺めて五月は笑います。タバサも思わず呟きました。
「きゅい! きゅい! 乗れる雲なんて初めてなのね! シルフィ、ちょっと怖かったのね!」
自分が喋れるのを知っている人だけが起きているので、シルフィードは普通に喋っていました。
昨日、キテレツ達は仙鏡水で作った雲を雲シャベルという道具を使って加工し、雲の帆船を作ってしまったのです。
大きさはラ・ロシェールの港にあったものに比べれば圧倒的に小さく、ヨット程度のサイズでしたが、シルフィードを含めてみんなが伸び伸びとしていられるには充分すぎるものでした。
おまけに風に流されても大丈夫なように、とキテレツは船尾にプロペラをつけて回すことで進路を合わせ鏡の光に向かえるように固定したのです。
こうしてゆったりと休める船は、夜の間もアルビオンに向けて飛び続けたのでした。
「まだ寝かせておいてあげましょう」
五月の言葉にタバサは頷きます。
キテレツ達は気持ち良さそうに眠っています。アルビオン大陸が見えてくるまではこのまま休ませておいた方が良いでしょう。
「ママ~……」
特にトンガリは寝言を呟いているほどです。
そんな様を見ては余計に起こすことはできません。
「お母さんか……今頃どうしてるのかな……」
「サツキの、お母さん?」
空を眺めて思わず呟いた五月にタバサが反応していました。
「うん。お母さんは、わたしの一座の座長の奥さんなの。お芝居が開演していない時は親戚の八百屋で働いているのよ」
「そう」
「キテレツ君やみよちゃんのお母さんも綺麗で優しい人だし……熊田君のお母さんもしっかりしてるし、トンガリ君のママも……ちょっと過保護だけど、子供思いな人なんだから」
五月は眠っている友人達の寝顔を見つめます。
タバサは膝を抱えながらじっと話を聞いていました。
「みんな、きっとお母さんに会いたいはずだよ……」
それはもちろん、五月も同じことです。もう何日も家族と会えていないのですから、ふと寂しくなってしまいます。
「きゅい~……サツキちゃん達もお姉さまと一緒で可哀相なのね……お姉さまもお母様に会いたいのに……痛たっ!」
「タバサちゃんのお母さん?」
シルフィードが余計なことを口走ったので、タバサは杖でまた小突きました。
「気にしないで。……わたしの母様は、元気だから」
「タバサちゃん……」
そう呟くタバサの表情はどこか悲しそうです。
そんなタバサを見つめて五月は、彼女の母親や家族に何かあったのではないかと考えました。
「一つ……聞きたいことがある。キテレツのマジックアイテムには……病気を治す物はある?」
しばらく黙っていたタバサがそう尋ねてくると、五月は困った顔を浮かべます。
「う~ん……わたしもキテレツ君の発明を全部知っているわけじゃないから……ごめんね」
「そう……」
やはり、タバサの家族は病気か何かで寝込んでしまっているのでしょう。
それが何かを深く聞いた所でタバサは辛い記憶を思い出してしまいます。
五月はそれ以上は何も聞かず、そっとしてあげることにしました。
◆
それからも雲の船は数時間、空を飛び続けていました。
キテレツ達は次々に起き始め、タバサは持ってきた保存用の干し肉を渡してあげました。
水に関してはこの雲の船に使われている雲を水に戻すことで、飲料水にできます。
「見て! 何か見えてきたわ!」
雲の上まで浮上してくると、みよ子が合わせ鏡の光の先にある物を指差します。
「島が浮いてるナリ!」
「でっけえな……」
雲の切れ目から覗いているそれは、まさしく島……それ以上に大きい巨大な大地だったのです。
「これがアルビオンね……へぇ~、すごい景色ね」
額に手をかざしてキュルケも驚嘆としています。
下半分が白い雲で覆われているその大地こそが、一行が目指していた浮遊大陸・アルビオンなのです。
「絶景だね……」
「本当……」
「大陸が浮いてるなんて信じられないよ……」
トンガリも五月もキテレツも、アルビオン大陸の絶景に息を呑みます。
「他にも船が飛んでいるわ」
みよ子の言葉通り、薄っすらとかかっている霧の中に何隻もの船が飛んでいるのが分かります。
「確か、アルビオンって今は戦争中だったわよね。反乱軍の船かしら」
「まずいな。もしも見つかって大砲なんか撃たれたら、この船はひとたまりも無いよ」
キュルケが呟くと、キテレツは困った顔をします。
「恐らくあそこが港。そこへ行った方が良い」
杖を握ったタバサが指し示す先には、たくさんの船が集まっているのが見えます。
「よし! 目立たないように、霧の中を飛んで行こう!」
プロペラを操作して船の進路を変え、霧の中を潜りながらさらに浮上を続けていきます。
幸い、船自体が雲であるためかカモフラージュになっているらしく、近くを大きな軍艦が通り過ぎることもありましたが、見つかることはありませんでした。
結果、キテレツ達は難なく港の空域まで辿り着いたのです。
「そこの船! 停まれ!」
しかし、さすがに入港しようとすると雲の船はとても目立ちます。
何匹もの風竜や火竜に乗った騎士達がキテレツ達を包囲していました。
「うわあ! ドラゴンがいっぱいナリ!」
「ママ~!」
「落ち着いて。ちゃんとしてないと、本当に捕まっちゃうわよ。ここはあたし達に任せておいて」
コロ助とトンガリをキュルケが宥めます。
抵抗しては却って相手を刺激するだけなので、キテレツ達は竜騎士隊に従ってゆっくりと港まで降りていきます。
そこはスカボローという港町だそうで、いくつもの軍艦が停泊していました。おまけに何百もの兵士の姿もあります。
「一体何なのだ? お前達は。こんな船に乗ってきおって見た所、学生のようだが」
船から降りたキテレツ達は騎士達に尋問されます。騎士達は雲の船を不思議そうに眺めていました。
「驚かせて申し訳ありませんわ。私どもはトリステイン魔法学院より参りました、キュルケと申します。こちらは友人のタバサ。そして、こちらの平民は私達の旅の共でございます」
キュルケは貴族らしい態度で騎士達と向かい合います。
その後ろではキテレツ達は大人しく立ち呆けていました。キュルケが交渉をして怪しい者ではないと証明してくれれば、何事もなくすんなりと解放してくれるでしょう。
「この度、私どもは観光のためにアルビオンへと参った次第でございます」
「学生が旅行? 何故、あんな船を使うのだ」
「観光のついでに、魔法学院で実験的に作られたマジックアイテムのテストも兼ねていますの。こちらが魔法学院で作られた白き船ですわ」
「ふむ……」
騎士達は胡散臭そうにはしていますが、キュルケは本当に上手に交渉を続けていました。
「さすがキュルケさんだね」
「これなら通してもらえるわね」
キテレツ達も感心してキュルケの交渉を眺めています。
「……分かった。行って良いぞ」
騎士達はようやく納得してくれたのか、キテレツ達を解放してくれました。
「これでオーケーよ。さ、行きましょう」
したり顔を浮かべるキュルケに促され、一行はとりあえず町を出ることにします。
雲の船は壊してしまうのも何なので、キテレツが如意光で小さくしてケースに入れました。
「ん? ちょっと待て!」
と、そこへ騎士達が突然踵を返して戻ってきました。
「な、何ですか? 一体……」
「僕達、何にもしてないよ……」
キテレツ達に詰め寄ってきた騎士達はじっと一行を睨みます。
「どうされましたか、騎士様?」
慌ててキュルケが声をかけますが、騎士達は無視してキテレツ達を睨んでいました。
そんな微妙な空気の中、タバサは静かに杖を構えだします。
「赤い帽子にメガネをかけた少年……桃色の服の少女……」
「青い帽子と服の太った子供……赤い服の子供……白い服の少女……」
「そして、丸っこいガーゴイルを連れていて、物の大きさを変える杖を使った……」
「な、何ナリか?」
「俺に聞くなよ……」
キテレツ達の顔を一人一人見つめながら口々にそのようなことを言い出す騎士達にキテレツ達は困惑します。
その様子を見たキュルケもそっと杖を手にしだしました。
「お前達、トリステインのスパイだな!」
「きゃあっ!」
一瞬沈黙した騎士達はキテレツ達に向かってそう叫びだしました。
そして、次々に杖を突きつけてきます。
「ええ!? な、何のことですか!」
「ち、違います! わたし達は怪しいものじゃ……!」
「黙れ! 貴様らを連行する! 我らと一緒に来てもらうぞ!」
キテレツと五月が慌てて弁明しようとしますが、騎士達は聞く耳を持ちません。
「……エア・ハンマー!」
「何! うわあっ!」
一行を連行しようとした騎士達に、タバサが風の槌をぶつけて吹き飛ばしました。
「何事だ!」
「貴様ら!」
しかし、今の騒ぎで周りにいた兵士達が次々に集まってきます。
「わわわわ! どうするナリか!」
「何で!? 何でこうなるの!」
「町の外へ!」
コロ助とトンガリが混乱する中、タバサが叫びます。
シルフィードも空に飛び上がると、町の外へ向かっていきました。どうやらキテレツ達を誘導してくれるようです。
「みんな! 逃げるんだ!」
キテレツが叫ぶと、一行は大急ぎで港から離れて町の中を走り回ります。
キュルケはキテレツ達を守るために一緒についていき、タバサは殿を務めて追ってくる兵士達を退けていました。
「逃がすな! 捕まえろ!」
「わあっ! 来たよ!」
大通りを走る一行の前に多数の兵士達が立ち塞がり、慌てて止まったトンガリは尻餅をつきます。
「ファイヤー・ボール!」
そこへキュルケが杖から火球を放ち、兵士達の前の地面で着弾させました。
爆風に怯む兵士達にさらに炎を浴びせかけ、焼き払います。
「このまま突っ切って!」
「みよちゃん! 急いで!」
「ええ!」
キュルケが叫ぶ中、キテレツはみよ子の手を引いて全速力で走りました。
「あたっ!」
「あっ、コロ助!」
「コロちゃん!」
コロ助が途中で転んでしまい、ブタゴリラと五月が慌てて引き返します。
「しっかりして!」
「タバサちゃんも早く来いよ!」
五月はコロ助を起き上がらせると、その体を背負って走り出します。ブタゴリラは追っ手を退けているタバサに呼びかけました。
前の方ではキテレツ達に立ち塞がる兵士達をキュルケが炎の魔法で次々に退けていました。
「追え! 追え!」
「こっちだ!」
後ろからは兵士達が次々にキテレツ達を追い続けています。
タバサは風の魔法で吹き飛ばしていましたが、全員を相手にしていてはキリがありません。
「スリープ・クラウド!」
「うわっぶ!」
タバサが杖を突き出すと、青白い雲が広がり、兵士達を包み込みました。
振り返るタバサは大通りを先に進んでいったキテレツ達を追って自分も走り出します。
雲が晴れると、そこには追ってきた兵士達が全員眠らされて地面に倒れていました。