♪ お料理行進曲(間奏)
コロ助「ギーシュのお兄さんがルイズちゃんのお部屋を覗いてるナリ! けしからんナリ!」
キテレツ「学院にやってきたお姫様がお目当てみたいだね。あのお姫様はとっても人気がある人なんだ」
コロ助「本当に可愛い人ナリ。ルイズちゃんとも仲が良いナリね」
キテレツ「そのルイズちゃんとお姫様は小さい頃からの友達なんだってさ。二人だけにしてあげようよ」
コロ助「でも、こんな夜遅くにどうして来たナリか?」
キテレツ「次回、ルルル! プリンセスの誰にも言えない秘密」
コロ助「絶対見るナリよ♪」
ラグドリアン湖から戻ってきたキテレツ達はどうやって水の精霊の宝物を探すのかを考えます。
とにかく、まずは盗まれたアンドバリの指輪のことをもう少し調べる必要がありました。
そのためにコルベールは魔法学院の図書館でアンドバリの指輪についてより詳しい資料を探してくれています。
本格的な捜索はもう少し後になることでしょう。
「しぇ~……」
「すっごい大きい本棚ね……」
「本当だわ……」
さて、ラグドリアン湖での一件の翌日である今日、朝食を済ませたキテレツ達はコルベールと一緒に本塔にある図書館を訪れていました。
本来、平民であるキテレツ達は図書館に入ることはできませんが、コルベールやルイズ達が一緒にいてくれる限り、特別に入館が許可されています。
30メートルもの高さがある図書館を見上げて、ブタゴリラもみよ子も五月も驚いていました。
「いい? ここで騒いだりしちゃ駄目だからね? ここにある本はみんな魔法の本とか秘伝の書とか、門外不出で大事なものばかりなんだから」
「うん。分かったわ」
そんな三人に注意をしてくるルイズに五月はしっかり頷きます。
「絵本は無いナリか?」
「絵本ねえ……ここはそういうの置いてあったかしら?」
タバサと一緒についてきているキュルケですが、きょろきょろと見回すコロ助に困ったように微笑みます。
「あんな高い所までどうやって本を取るのさ。……脚立とか梯子も無いみたいだけど」
「それは、こうやって取るのよ」
トンガリの呟きにキュルケは杖を取り出して軽く振ると、レビテーションの魔法で高く浮かび上がります。
あっという間に10メートル以上も上の本棚から一冊の本を手に降りてきました。
「ね?」
「何ていう本なの? これ」
ハルケギニアの文字が読めないのでトンガリは受け取った本を見て苦い顔をしました。
「ええっと……あら、これシュヴルーズ先生の出してる本ね。何だ、つまんないの」
「いや、僕に渡されても……」
キュルケはため息をついて本を返しますが、トンガリも困り果ててしまいます。
「やっぱり、こっちの文字はわたし達じゃ読めないわ」
適当に手にした本を読んでみようとしますが、タイトルから中の文章まで五月達にはまるで意味が分かりません。
「何て書いてあるのかさっぱりだぜ。日本語の本はねえのかよ」
「ある訳ないじゃん」
本の中に目を通すだけで渋い顔をするブタゴリラにトンガリが突っ込みます。
「仕方がないわ。通詞器じゃ、あたし達がこっちの言葉を喋ることまでしかできないもの」
「何よ? そのツウジキっていうのは」
棚に本を戻すみよ子にルイズが尋ねます。
すると、みよ子は両耳から通詞器を取り外しました。
「ルイズちゃん。あたしの言っている言葉が分かる?」
「な、何よ。あんた、何喋ってるのよ」
みよ子は日本語で喋っているのですが、それがルイズには分かりません。
逆に通詞器を外したみよ子も驚くルイズのハルケギニアの言葉は何と言っているのかが分かりませんでした。
「あたし達はキテレツ君のこの道具を使ってルイズちゃん達の国の言葉を話しているのよ。これがないと、ルイズちゃん達とお話ができないの」
「ふうん。つまり、異国の言葉を聞いたり話せるマジックアイテムね。すごいじゃない」
通詞器を付け直して説明するみよ子にキュルケが感心します。
タバサもじっとみよ子のことを興味深そうに見つめました。
「みんな、そんなのを使ってたの? わたしは普通にルイズちゃん達の言葉は分かるし、話せるのに」
「そういえば五月ちゃんは通詞器が無いのにどうしてこっちの言葉を喋れるわけ?」
五月は意外そうに声を上げます。トンガリも五月がキテレツの道具も無しに普通に異世界の言葉を喋れることが不思議に思えていました。
「わたしに聞かれても……」
「たぶん、召喚された時の影響」
困った顔をする五月にタバサが答えます。
「どういうこと? タバサちゃん」
「サツキは元々、使い魔として召喚された。使い魔には特別な能力が付くようになる」
「ああ、きっとそうね。ネコとかを使い魔にすると、人の言葉を喋るみたいだし」
タバサの説明にルイズも納得したように頷きました。
正確にはルイズと使い魔の契約を結んだわけではないのですが、召喚のゲートを潜った時に五月の体に何か変化があったのかもしれません。
「そうだったんだ。全然気がつかなかったわ……」
五月は呆然としながら自分の口を押さえます。
「ところで、キテレツはどこにいるナリ?」
「そういやあ、ここに入ってから見かけないな」
「あそこにいるわ。先生も一緒よ」
キュルケは図書館の一画の机を指差します。
その机ではコルベールとキテレツが一冊の分厚い書物を一緒に見ていました。
「どうですか? 先生。何か分かりましたか?」
「ううむ……何しろ、伝説級のマジックアイテムだからね。一般の本に載っていないことがほとんどなんだよ。私が前に見た本も、簡単な効果しか記されていなかったからね」
一行が二人の元へやってくると、コルベールは困った顔で笑います。
「もうかれこれ、昨日から何十冊も書物を漁っているんだがね……」
「僕も先生を手伝いたいんですけど、こっちの文字が読めなくて……」
キテレツもハルケギニアの言葉が喋れても文字の読み書きができないことに困っていました。
「何、今日中にでも見つけてみせるさ。これはかなり古い年代のマジックアイテムも記してある貴重な書物だからね。載っている可能性は高いよ」
コルベールはしたり顔を浮かべます。
今読んでいる本は教師でしか閲覧ができないエリアから持ち出したものなのです。
「早く精霊の宝物を返してあげないと、本当にこの世界は水の中に沈んじゃうよ」
「でも、今日明日にすぐ沈むわけじゃないんだから、そんなに急ぐことはないわよ」
少し焦った様子のキテレツにキュルケはそう答えます。
二年ほどで湖から数十メートルまでが沈んでいたのですから、沈む速さはとても遅いということです。
確かに極端に焦ることもありません。まさか何年も探し回るわけでもないのですから。
「あんたのあのカイコキョウだっけ? 過去を写すっていう道具を使えばすぐ分かるんじゃないの?」
「駄目だよ。二年前に盗まれたって言っても、正確な日時が分からないと……それに、回古鏡のフィルムも限りがあるし」
キテレツはルイズの提案をすぐに却下しました。
「アンドバリの指輪は私が調べておくから、ミス・ヴァリエール達は授業へ行きなさい。もうすぐ始まる時間だよ」
「はい。さ、あんた達。コルベール先生の邪魔になるから、あたし達も出ましょう」
「確か今日の午前はギトー先生の授業だったかしら?」
コルベールに促されたルイズ達はキテレツ達を連れて図書館を出て行こうとします。
「あ、シュヴルーズ先生」
図書館の入り口へやってくると、ちょうどそこで教師の一人であるシュヴルーズが現れました。
「ミス・ヴァリエール。ミスタ・コルベールを見かけませんでしたか?」
「先生ならあそこにいますわ」
何やら慌てている様子のシュヴルーズにキュルケはかったるそうに答えます。
「ここにいらっしゃったのですか、ミスタ・コルベール。探しましたよ」
「ミセス・シュヴルーズではありませんか。どうしましたか?」
大急ぎで駆け寄ってきたシュヴルーズにコルベールは本を読むのを中断して尋ねます。
「はあ。実はたった今、オスマン学院長からお知らせがありまして……アンリエッタ王女がゲルマニア訪問からのお帰りで当学院を行幸なされるそうです」
「何と! あのアンリエッタ姫殿下がですか?」
「それでこれから、全校を挙げて歓迎の式典を行うのですが……」
シュヴルーズからの知らせにコルベールは立ち上がるほどに驚いています。
話を聞いていたルイズも目を丸くしていました。
「へえ。噂に聞く、亡き先代のトリステイン王の忘れ形見の王女様ね」
「何の話ナリか?」
「お姫様がこの学校に来るの?」
キュルケもキテレツ達も学院を訪問しようとしている王女に興味があるようでした。
「何だよ。アリのお姫様が来るって、わざわざ人間の学校に来るのか? ……痛てえっ!」
またも天然ボケをかますブタゴリラの頭をルイズは思い切り拳骨で叩きます。
「口を慎みなさい! このバカ! よりによってアンリエッタ姫殿下の名前を言い間違えるなんて! おまけに何がアリよ! 姫様はれっきとした人間よ! 無礼にもほどがあるわ!」
「落ち着いて、ルイズちゃん」
「ごめん。僕からも謝るから」
五月とキテレツが激怒するルイズを宥めようとします。
「痛ってえ~……」
「自業自得だよ。ブタゴリラは黙ってなって」
たんこぶができてしまった頭を押さえるブタゴリラにトンガリは呆れながら言います。
「分かりました。では、私も早速準備に取り掛かりましょう」
「わたくしは他の先生や生徒達にも知らせてきますわ」
「すまんね、キテレツ君。これから式典の準備をしなくてはならなくなってしまったよ……」
「いえ、良いんですよ。何かできることがあるなら僕もお手伝いをします」
申し訳なさそうにするコルベールにキテレツは答えます。
学校の行事があるというのなら、教師であるコルベールはそちらを優先しなければいけません。
「さあさ、生徒の皆さんは門の前に整列をしてください。姫殿下を送り迎えをしますからね。しっかりと正装をするんですよ」
シュヴルーズはルイズ達生徒にそう告げると、図書館を出て行きました。
「ミス・タバサ。すまないが、しおりを挟んでこの本を司書の人に預けておいてくれないかね?」
コルベールはタバサに読んでいた本を手渡すと、タバサは頷くでもなく本を見つめていました。
「さあ、みなさん。姫殿下をお出迎えに行きますぞ」
「ほら、あんた達も来なさいよ」
「どんなお姫様が来るのかしら?」
「可愛い人ナリか?」
「ま、それは見てのお楽しみさ」
コルベールとルイズに続いて、キテレツ達も図書館を後にしていきました。
「……アンドバリの指輪」
誰もいなくなった図書館でタバサはコルベールから預かった本をじっと見つめたままその場に突っ立ったままでした。
少しすると、先ほどコルベールが使っていた机に向かい、その本を読み始めます。
◆
魔法学院の前庭で学院中の生徒達は正門から本塔に続く道の左右で整列をしています。
オスマンやコルベールら教師陣は本塔の玄関前で待機していました。
やがて正門をくぐって馬車の一団が現れると、整列する生徒達は一斉に杖を掲げました。
その中でも一番立派な馬車は角の生えた馬……ユニコーンと呼ばれる幻獣が引いているものでした。
「あの角の生えている馬は何ナリ?」
「あれはユニコーンっていう動物よ。綺麗ね……」
整列している生徒の団体の中で、キテレツに肩車をされるコロ助にみよ子は見惚れながらも答えました。
「何だ? あの鳥みたいな変なやつ」
「あれって確か、グリフォンっていう動物だったかと思うけど」
ユニコーンの馬車の四方を固めている鷲の上半身とライオンの下半身をしている動物――グリフォンという幻獣に目を丸くするブタゴリラに五月が答えました。
「実物を見るのは初めてだけど、こんなものだったんだね。すごいなあ……」
キテレツ達の世界では架空の動物であるユニコーンやグリフォンを目にすることができたことにトンガリも唸ります。
「魔法衛士隊のグリフォン隊だね。う~む、かっこいいなあ!」
ギーシュはグリフォンに跨っている羽帽子に黒いマントを纏ったメイジ達を見て眼を輝かせていました。
「トリステイン王国王女! アンリエッタ姫殿下のおなーーーりーーーっ!」
やがて馬車が止まると、召使い達がユニコーンの馬車に駆け寄り扉を開けます。
「うわあ……」
「ほえ~……」
「綺麗……」
生徒達から歓声が上がる中、キテレツ達は思わず唖然としてしまいました。
馬車から降りてきたのは栗色の髪に純白のドレスを身に纏い、すらりとした気品に満ちた顔立ちの美少女でした。
トリステイン王国の王女、アンリエッタ姫の登場です。
「可愛い子ナリ~……」
「あれがトリステインのお姫様ねえ。あたしの方が美人じゃないの?」
「おお……! アンリエッタ姫殿下……! 何と可憐なお姿だ……!」
観衆達に優雅に手を振るアンリエッタ王女に見惚れるコロ助やギーシュですが、キュルケはつまらない様子でした。
「ねえ、サツキ。どう思う? あたしとあのお姫様、どっちが綺麗?」
「う~ん……どうって言われても……」
いきなりそんなことを聞かれても五月は困ってしまいます。
日本人であるキテレツ達から見ればキュルケだってアンリエッタ王女だってどちらも綺麗です。比較なんてできません。
「あんた達……! 少し静かにしてなさいよ……!」
そんな風にしてお喋りをするキュルケとキテレツ達をルイズが小声で叱り付けました。
「ごめん、ルイズちゃん……」
五月が謝りますが、ルイズは何故か嬉しそうな顔を浮かべています。
その視線はアンリエッタ王女へと真っ直ぐに注がれていました。
「あら……あのグリフォン隊のお兄さん、良い男じゃない。お髭が素敵だわ……」
そんな中、キュルケはグリフォン隊の隊員の一人に目がついてうっとりとしていました。
「魔法衛士隊とか何とか言ってたけど……何のことなの?」
「ああ。彼らはね、我がトリステインが誇る近衛隊でね。三つの隊からなるエリートなんだ」
トンガリが呟くと、ギーシュは芝居がかったように薔薇をかざしながら答えます。
「彼らはヒポグリフ、グリフォン、マンティコアと三つの幻獣を乗りこなす騎士なんだ。その黒マントの姿に僕のような若き美男子は憧れ、花嫁となることを望む女性は数多いという……! ああ……! 僕も一度は彼らのようなマントを纏い、戦場を駆け抜けてみたい……!」
自分の体を抱きしめて酔い痴れ、完全に自分の世界に入り込んでいるギーシュにキテレツ達はため息をついて呆れてしまいます。
そんな中、ルイズはキュルケが見惚れているグリフォン隊の隊員を同じようにぼんやりと見つめていました。
◆
アンリエッタ王女は客人として今夜、魔法学院へと一泊することになりました。
王女を招いた夕食では、いつもは賑やかに食事を楽しむ生徒達も静かに食事をしています。
「すごい静かね」
キテレツ達はいつものように厨房で賄いをもらっていましたが、いつもと違う雰囲気の食堂を覗き込んでいました。
「お姫様はどこにいるナリ?」
「あそこだよ」
トンガリはアンリエッタ王女や宰相のマザリーニ枢機卿らが食事をしているテーブルを指差します。
魔法衛士隊はテーブルの傍に立って警護をしていました。
「何だかお姫様、悲しそうね」
「ええ? どういうこと?」
みよ子の指摘にトンガリは目を丸くします。
「だって、全然楽しくなさそうだもの」
見れば確かに、アンリエッタの表情は微笑みながらもどことなく物憂げな様子でした。
「何かあったのかしら?」
「お姫様の悩み事なんて僕らには分からないよ……」
しかし、どうしてあのようにして悲しそうにしているのか気になって仕方がありません。
「あ、五月ちゃん。どうしたの?」
トンガリはルイズの世話をしてきた五月が戻ってきたので声をかけます。
「それがルイズちゃんの様子が変なのよ。わたしが声をかけても全然反応がないし……」
みよ子達がルイズの方を振り向きますが、ルイズは昼間の時と同じでずっとぼんやりとうわの空といった状態でした。
数時間前はブタゴリラがまたルイズを怒らせるような言い間違えをしていたのですが、それにも無反応だったのです。
「お姫様もルイズちゃんも、本当にどうしたのかしらね」
「さあ……僕に聞かれても……」
夕食も終わり、キテレツ達は宿舎へと戻っていきます。
今日はコルベールも色々と忙しいため、図書館での調べ物ができません。
アンドバリの指輪の資料探しは明日以降にまた始めることにしました。
「おや? 誰ナリか?」
眠ろうとするキテレツ達の部屋の扉を誰かがノックをしています。
ブタゴリラはトンガリと一緒に自前の露天風呂へ入りに行っているのでここにはいません。
「あ! タバサちゃんにキュルケのお姉さん!」
「ハアイ。コロちゃん」
コロ助が扉を開けてみると、そこにはタバサとキュルケの姿がありました。
「どうしたの? こんな夜遅くに」
「それにその本は……」
五月とみよ子はタバサが抱えている本を目にして目を丸くします。
それは図書館でコルベールがタバサに預けていた本でした。
「この子ったら、あれからずっと図書館でアンドバリの指輪の資料を探してたんですって」
キュルケはタバサの頭を撫でて苦笑します。
タバサが夕食の時もずっと姿が見えないことが気になり、キュルケはまだ図書館に残っているのではと思い迎えにいったらそこにいたのです。
「そうだったんだ。ありがとう、タバサちゃん」
キテレツが礼を言うと、タバサは黙々と本を開いていき、あるページをキテレツに見せてきました。
そこには指輪のようなものの絵が載っています。もちろん、文字はキテレツ達には読めません。
「アンドバリの指輪」
「これが、水の精霊の宝物なの?」
「タバサちゃん、見つけてくれたのね! すごいわ!」
「ワガハイにも見せて欲しいナリ~!」
本に注目する四人ですが、タバサは部屋の中に入るとキュルケと一緒にベッドに腰掛けます。
「何々……『アンドバリの指輪……数千年もの古き時代より存在が確認されているマジックアイテム。誰が作り出したのかは定かではない』」
無口なタバサに代わってキュルケが本を読み上げていきます。
「『このマジックアイテムは先住の水魔法の力が凝縮されたものであり、その成分は水の精霊とほぼ同質のものであるとされ、それが結晶化したものである。この指輪はこの世界の源の雫の一つである水の先住魔法そのものとも言える』」
キテレツ達は向かいのベッドに座ってキュルケの読み上げに集中していました。
「『水は生命と心を司る要素であり、この指輪によりその生命と心を自在に操ることができる。死者に命を与え、生者の心を奪うことも容易い。しかし、あくまでこの指輪の魔力による仮初めのものでしかなく、根本的な生命と心の深き部分までは支配できない。即ち、偽りの生命と心でしかない』……ですって」
読み上げを終えたキュルケにキテレツ達は深刻そうな顔をしました。
「何だか聞いてるとその指輪って怖いわ」
「心を奪われるってどんなのかしら……それに偽りの命って……」
「つまり、死んだ人を生き返らせても、あくまで指輪の魔力で無理やり動かされているだけってことね。人の心を操るのもそういうこと。やっぱり恋は情熱的なものじゃないと! こんな指輪で心を操ったって何の意味もないわ!」
キュルケはポンッ、と本に描かれた指輪の絵を叩きました。
「待って。確か、その指輪は水の精霊と同じって書いてあったんですよね?」
「ええ。ほとんど同じみたいね。要は、あの水の精霊の体が固まったものって所かしら」
「何か考えがついたナリか?」
話を聞いていたキテレツが何か妙案を思いついたと見て、一行はキテレツを注目します。
「そうか! それだったらあれが使える! 明日、もう一度精霊の所へ行こう!」
「何か良いアイデアが閃いたのね」
「さすがキテレツ君!」
キテレツが自分の発明品を使うとなれば、これまでもキテレツの発明で助けられてきたみよ子達からすればそれはとても信頼できることでした。
「面白そうね。あたし達も明日、一緒させてもらうわ。ね、タバサ?」
キュルケが本を閉じるタバサを振り返ると、彼女も興味があるらしく頷きます。
「おい! キテレツ!」
その時、バタバタと喧しい足音が外から響くと同時に扉が開きます。
現れたのはブタゴリラとトンガリでした。
「どうしたの、熊田君? そんなに騒いで」
「あら。あなた達、今までどこにいたの?」
「二人はお風呂に入ってたナリ」
「ああ。この間、サツキと一緒に入った庭の……」
二人を見つめるキュルケに答えるコロ助に、納得したように頷きます。
「キテレツ! すぐに何か道具を出せよ! 泥棒がいやがった!」
「泥棒? どういうことさ」
「庭を変な奴がうろついてたんだよ。とっても怪しかったんだ……」
二人はお風呂から上がり、宿舎へ戻る途中で黒いフードを被った人影が女子寮へと向かっていくのを見つけたのです。
「すぐにとっ捕まえてやる! 何でも良いから発明を出せ!」
「あら。だったらちょうど良いわ。あたし達もそろそろ寝ようかと思ってた所だし、戻るついでに泥棒さんを叩きのめしてきてあげる」
喚くブタゴリラにキュルケはくすくすと笑い出します。
「待って。もしも見つかって騒がれたり逃げられるといけないから、こいつを使おう」
そう言うキテレツは発明品が入ったケースと如意光を取り出します。
◆
「あれがその泥棒?」
「確かに怪しいわね……」
キテレツが手にする二つ折り型の小型モニターの画面に一行は注目します。
そこには魔法学院の女子寮の階段を昇っていく黒いローブ姿の人影が映っていました。
「へえ~……あのカラクリムシャってガーゴイル、こんなことまでできるんだ」
キテレツの後ろから覗き込んでくるキュルケは感心したように声をあげます。タバサも同様にモニターに食い入っていました。
隠密作戦などで役に立つカラクリ武者を起動させたキテレツはモニター兼リモコンによる遠隔操作で操り、怪しい人物をつけていったのでした。
元々、カラクリ武者のリモコンはブラウン管のテレビ型だったのですが、持ち運びがしやすい電子辞書式の小型リモコンを新しく作ってあったのです。
「あ! この階に用があるみたいだ」
カラクリ武者の視線を通して映し出される映像を見ながらキテレツはリモコンを操作し、後を追います。
キテレツのリモコン操作でカラクリ武者は器用に階段を昇っていきました。
「あら。ここってあたしの部屋がある階じゃない」
「ええ!? それじゃあ、ルイズちゃんの部屋もあるわ!」
キュルケの呟きに五月は声を上げました。
「キテレツ! 早く捕まえちまえ!」
「待ってよ。まだ泥棒と決まったわけじゃないんだから」
急かすブタゴリラをキテレツは抑えます。
とりあえずいきなり捕まえたりしようとすれば大騒ぎになってしまうので、まずは様子を見なければなりません。
「あ。ルイズちゃんの部屋に入っていったわ」
通路の陰からこっそりと顔を出すカラクリ武者に気付くことなく、黒ローブの人物はノックを数回してからそそくさとルイズの部屋へと入っていきました。
キテレツはリモコンを操作してカラクリ武者をルイズの部屋の前まで移動させます。
『……久し……ね……イズ……ランソワ……』
『……姫……!』
『……ああ……ズ、ルイ……!……懐…………イ……!』
部屋の中からはルイズともう一人、少女らしき声が聞こえてきますが上手く聞き取れません。
「おい。全然聞こえねえぞ」
「もう少しマイクの感度を上げてみるよ」
キテレツはリモコンを操作し、カラクリ武者のマイクの調整を行います。
『姫殿下! いけませんわ。こんな下賎な場所へ……』
『ルイズ。そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい! あなたと私はお友達なのよ! ここには枢機卿も誰もいない……私とあなただけ! 私が心を許せるお友達だけなの! そんなあなたにまでそんなよそよそしい態度を取られたら、私はもう死んでしまうわ!』
『姫様……』
はっきりとマイクが拾っている音声からはそのような二人の声が聞こえてきます。
「姫様って……あの王女様?」
「今日やってきた、あのアリのお姫様のことか?」
「アンリエッタ王女でしょ?」
またも言い間違えたブタゴリラをトンガリが訂正します。
「あのお姫様がルイズちゃんの部屋に来てるの?」
「どういうことかしら」
「何だかとっても仲が良さそうナリ」
五月もみよ子も首を傾げますが、中から聞こえてくる二人の楽しそうな会話をキテレツ達は全て聞いて理解します。
どうやら二人は幼い頃からの親友だったそうで、ルイズはアンリエッタ王女の遊び相手を務めていたのだそうです。
それにしても見た目はお淑やかな王女様でしたが、会話を聞いてみると実際は結構なお転婆だったようです。
「ふうん。そういうこと。だからルイズに会いに来た訳ね」
キュルケも納得したように頷きます。要するにお忍びで友達にわざわざ会いに来たようなものなのでしょう。
「そっか……ルイズちゃんにはまだ友達がいたんだ」
五月はルイズがとても楽しそうに王女と話し合っているのを耳にして安心します。
いじめられっ子だったルイズにはまともな友達はキュルケくらいしかいないと思っていましたが、そうではなかったのです。
『どうなさったのですか? 姫様』
『いいえ。何でもないわ。気にしないで、ルイズ。あなたに話せるようなことではないから……』
『いけません、姫様! 昔から何でも話し合った仲じゃありませんか! どうか親友のこの私めにお悩みをお聞かせくださいませ!』
『ありがとう。私をお友達と呼んでくれるのね。とっても嬉しいわ』
しかし、しばらくするとアンリエッタは何やら神妙な様子になっているのが分かります。
「何だか様子が変わってきたな」
「やっぱりお姫様には何か悩み事があったのね」
『良いですか? 今から話すことは誰にも話してはなりません」
『はい。姫様」
みよ子が納得する中、ルイズ達の会話は続いています。
『私は今度、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになりました……』
『ゲルマニア! あの野蛮な成り上がり共の国に!』
「あら。言ってくれるわね」
キュルケはルイズの言葉に軽く鼻を鳴らして笑います。
『仕方が無いのよ。ゲルマニアと同盟を結ぶためなのですから。好きな殿方と結婚するなんて、諦めているわ』
アンリエッタ王女の話によれば、今アルビオンという国では反乱が起こっており、その反乱軍が勝利しやがてはトリステインに攻めてくるのではと考えているそうです。
それに対抗するためにアンリエッタ王女はゲルマニアの皇帝と結婚をしなければなりません。
「つまり、お姫様は政略結婚をするってことなんだね」
「何だそりゃ?」
キテレツの言葉にブタゴリラが首を傾げます。
「本人の意思に関係なく、国同士の話し合いで結婚をすることを言うんだよ」
「可哀相……」
「本当ね……」
トンガリが説明をしますが、みよ子と五月は王女に同情している様子でした。
「ふうん。つまんない結婚を押し付けられたってわけね。あのお姫様は。うちの国の皇帝陛下に嫁ぐなんて」
ゲルマニア出身のキュルケは自分の国の最高権力者に対してあまり忠誠心がないのでそんなことを言いだしました。
『やや? 何だね? これは?』
ルイズ達の会話がさらに続こうとする中、突然別の声が聞こえてきます。
「え? 何?」
「どうしたの?」
キテレツ達が戸惑う中、それまで扉を映していたモニターの映像が男の顔を映し出しました。
『これは、キテレツ君のガーゴイルかな? 何でここに?』
何と、モニターにはギーシュの姿が映りこんでいたのです。ギーシュはカラクリ武者を持ち上げて覗き込んできていました。
「何でギーシュさんがここに……」
「この野郎! 離せよ! せっかく良い所なんだぞ!」
「ブタゴリラ! あっ!」
ブタゴリラがキテレツの肩を強く揺らすと、その拍子でキテレツはリモコンの操作を誤ってしまいます。
『カ・ラ・ク・リ・ム・シャ……!』
『うわあ! 何だね! 一体!』
ギーシュは突然喋りだしたカラクリ武者を思わず放り投げました。
着地したカラクリ武者は右腕をゆっくりと顔を覆うように振り上げます。
すると、それまで無表情だった武者の顔は真っ赤に怒りに満ちたような恐ろしいものへと変わっていったのです。
『うわあああ! 来るな! 来るな! 助けて!』
『カ・ラ・ク・リ・ム・シャ!』
尻餅をつき、薔薇の造花を振り回して後ずさるギーシュですが、カラクリ武者は腰に下げている刀を抜いてギーシュへと向かっていきました。
「ちょっと、どうしたの? キテレツ君!」
「カラクリ武者が暴走しちゃったんだよ!」
戸惑う五月に尋ねられるキテレツはリモコンをいじりながら答えました。
『ぎゃあ! 痛い! ひい!』
『カ・ラ・ク・リ・ム・シャ!』
ギーシュに襲い掛かるカラクリ武者は刀を振り回して暴れるギーシュを痛めつけていきました。
「早く止めないと!」
「何とか止められないの? キテレツ」
「カラクリ武者はクイックアクション機能で相手が戦えば戦うほど自動で反撃するんだよ。ギーシュさんが気絶でもしない限り、こっちからは動かせないんだ」
みよ子が焦る中、キュルケが尋ねますが、キテレツも困ったように答えました。
カラクリ武者はこういった暴走を起こすこともあるので使い方に気をつけなければなりません。
『何の騒ぎ!? ……あっ! ギーシュ! あんた、何でここに!?』
とうとうルイズが騒ぎを聞きつけて部屋の外へ出てきたようです。
『ひいっ! 助けて! うぎゃっ!』
カラクリ武者の一撃がギーシュの顔面に炸裂し、ついに気絶させてしまいます。
しかし、戦う相手がいなくなったことでようやくカラクリ武者もおとなしくなりました。
『ルイズ?』
『この人形……キテレツの……!』
しかし、今度はルイズがカラクリ武者を拾い上げて無表情になった顔を睨んできています。
「うわ……」
「やべ……」
「すごい怒ってるナリ……」
その顔は明らかに怒りに満ち満ちていました。口の端がピクピクと震えています。
『こらあ! キテレツ! サツキ! あんた達、何やってるのよ!』
ルイズはカラクリ武者に向かって大声で怒鳴りつけます。
その大音量を拾っているキテレツ達は思わず怯んで耳を塞いでしまうほどでした。
『まさか、この人形で盗み聞きをしてたんじゃないでしょうね!?』
ルイズはカラクリ武者を床に叩きつけると、杖を抜き出して突きつけてきました。
『さっさと帰らないと、お仕置きしてやるわよ!』
「やべ! 逃げろ、キテレツ!」
「う、うん!」
ブタゴリラが叫ぶと、キテレツも大慌てでリモコンを操作します。
起き上がったカラクリ武者は全速力で階段を転げ落ちるようにして退散しました。
「惜しかったわね。せっかく面白そうな話が始まるかと思ったのに」
ルイズの凄まじい大声に耳を塞いでいたキュルケはため息をつきます。
ギーシュの邪魔が無ければ、アンリエッタ王女の誰にも言えない秘密が聞けたのかもしれないのに、残念でなりません。