「さあ、ここが湖の底だ」
やがて潜水を続けていた亀甲船は湖の奥深くへと辿り着きました。
琵琶湖と同じくらいの広さを持つラグドリアン湖の正確な深さは分かっていませんが、現在記録されている最大の水深は約150メートルだそうです。
キテレツの亀甲船はそれよりもさらに深い300メートルまでやってきたのです。
もっとも、増水している分の数十メートルを除けば本来の水深は200メートルほどということになります。
「ほお……これがラグドリアン湖の一番深い場所か……」
「何にもない所ね。岩と砂ばかりじゃない」
コルベールは操縦席の暗視モニターの映像に唸りますが、キュルケは逆につまらなそうに肩を竦めます。
確かに湖の底にはこれと言って変わった物はありません。暗闇の中に見えるのは、岩ばかりでした。
「きゃあっ! 何よこれ!」
しかし、ルイズは窓の外に映った大きな影に驚き、尻餅をついてしまいました。
窓の外には人間の大人より大きな巨大な魚が泳いでいたのです。それはキテレツ達で言えばシーラカンスのような古代魚でした。
「シラスの缶詰めって奴だな。あんな大物がいるんなら、もっとでっかい魚が釣れるかもな!」
「シーラカンスでしょ? そんなに大きな魚じゃその道具だと釣れないと思うけど」
呑気に釣りを楽しむブタゴリラにルイズを起こす五月が突っ込みを入れました。
「肝心の水の精霊なんてどこにもいないじゃない」
「しばらく湖の底を回ってみるよ」
窓の外を見つめて声を上げるルイズですが、キテレツはゆっくりと亀甲船を進ませます。
「ほら、トンガリ君。いい加減に元気を出してよ。窓の外でも見ていれば、何か面白いものが見えるかもしれないわ」
「うん。そうだね……」
未だに落ち込み続けているトンガリを窓際へ連れてきた五月は水中の風景を見せようとしました。
「ほら……あら?」
「どうしたの、五月ちゃん」
五月が窓の外を見て声を上げたのでトンガリは問いかけます。
「あれ、何かしら」
「何か見つけたの? サツキ」
「何々? 何か面白いものでもあった?」
ルイズやキュルケも五月が注目しだした窓の外を眺めます。
窓の外、少し離れた所にぼんやりと何かが浮かんでいるのが分かりました。
「暗くてよく見えないけど……何かあるわね」
「キテレツ君。向きを変えられる?」
「うん。ちょっと待ってて」
五月の言葉にキテレツは操縦レバーを動かし、亀甲船を左へ反転させます。
「何かの祭壇のようだね……」
「こんな湖の底にですか?」
顔を顰めるコルベールにルイズが声を上げました。
亀甲船の正面に据えられ、暗視モニターに映し出されたのは明らかな人工物であり、四つの柱に囲まれた台座が鎮座しています。
「サイダンって何ナリ?」
「飲むとシュワシュワする飲み物だよ! あれが美味いんだよな、これが!」
「それはサイダー! 神様とかに祭るお供えものを置いたりするもののことだよ」
首を傾げるコロ助にブタゴリラがボケをかましますが、キテレツが突っ込むと同時に説明します。
「でも、何にも置いてないみたいね」
「しかし、ここに何かがあったことは確かだね。見たまえ。台座の上は中心に向かってすり鉢状に窪んでいるだろう。あの中にきっと何かが安置されていたんだ」
みよ子の言葉にコルベールがモニターを指差します。
「こんな水の底に一体何を祭っていたんですか?」
「う~ん……聞いた話によれば……水の精霊は、この湖の底で何かのマジックアイテムを守っていたということなのだがね」
コルベールはルイズの質問に記憶を巡らせながら答えました。
「マジックアイテムを、ですか?」
「うむ。それが何なのかはちゃんと調べてみなければ分からんがね」
魔法学院の図書館にならばそれが記された書物があるかもしれません。
「それじゃあ、それは精霊にとっては大事な宝物みたいなものなのね」
「ふうん。水の精霊が湖の底で守るマジックアイテムね……中々面白そうな話じゃない。ねえ、タバサ?」
五月の言葉に唸るキュルケはタバサに話しかけます。しかし、タバサはじっと窓の外を見つめたままでした。
「でも、精霊さんの宝物がないということは……」
「誰かが持ち出したのかもしれんなあ」
「水の精霊が守っているくらいの代物だから、欲しがる物好きはいるかもしれないわね」
操縦席に近づいてきたコロ助にコルベールとキュルケは答えます。
「要するに、この間のフケみたいに泥棒がやってきたっていうことだろ」
「フーケでしょ。……もう。少し黙ってなさいよ」
幾度も続けられるブタゴリラの天然ボケにはルイズまでも呆れて突っ込んでしまいます。
フーケのような腕の立つメイジの泥棒であれば、この湖の底にまでやってきてお宝を盗んでいくことも可能でしょう。
もちろん、精霊に襲われればただでは済まないので、軽はずみなことはできないでしょうが。
「我が領域へ何の用だ。秘宝を奪いし者達よ」
突然、一行の耳に聞こえてきたのはとても澄んだ女性の声でした。
「ひっ……! 何なの、この声?」
さすがに落ち込んでいたトンガリもビクついて、五月にしがみついてきました。
どうやらこの声は亀甲船の外から聞こえているようです。
「いる」
「どうしたの、タバサ!」
「何がいるナリか?」
静かに杖を構えるタバサが呟き、ルイズとキュルケ、五月とコロ助らは彼女が見ている窓の外を注目しました。
「あれは……」
窓の外には、ぼんやりとした光を放つぶよぶよとした液状の物体が浮かんでいました。
周りの湖の水とは明らかに異なる、不定形のアメーバのように見えます。
「これが、水の精霊!?」
「おお……! 間違いない! あれが水の精霊だよ!」
「綺麗ね……」
キテレツやみよ子にコルベールまで、全員が窓に集まって現れた水の精霊の姿に驚きます。
水の底の暗闇の中で特に際立つその神秘的な姿は、キテレツ達はもちろん、ルイズ達も見とれてしまいます。
「水飴みたいな奴だなあ」
ブタゴリラだけは精霊の美しさが理解できませんでしたが。
「ここは我が暮らす最も濃き水の底の聖域。単なる者達よ。早々に立ち去るが良い」
しかし、そんなキテレツ達の気持ちなど知らないと言わんばかりに精霊は警告をしてきました。
「待ってください、精霊さん。僕達はあなたに聞きたいことがあって……」
早速、キテレツは精霊とコンタクトを図ろうとします。この湖の底までやってきたのはそれが目的なのですから。
精霊はどこから喋っているのかは分かりませんが、はっきりと人語を解することができる以上、会話を行うこともできます。
「去れ。お前達にこれ以上、我が領域を汚させるわけにはいかん」
しかし、精霊はキテレツの言葉に耳を貸そうともしてくれません。
グネグネと形を変えていき、無数の長い触手を生やした姿になっていきました。それはまるでタコかイカのようです。
「きゃあ!」
「うわあ!」
「ぬおっ……!」
水の精霊は問答無用で亀甲船に体当たりをしてきました。大きさで言えば亀甲船とほぼ同じであり、弾力がある水の体による一撃で亀甲船は大きく揺れます。
ルイズ達は今の衝撃で床の上に倒されてしまいました。
「あっ! 俺の釣竿! 危ね!」
しかもブタゴリラは大切な釣竿を危うく水の中に落としてしまう所です。
「何をするのよ! まだ何にもしていないのに攻撃してくるなんて!」
「待ってください! 僕達はあなたを攻撃するつもりじゃ……」
ルイズが癇癪を上げますが、キテレツは慌てて説得を試みようとします。
しかし、精霊の攻撃は止みません。伸ばしてきた触手を次々と亀甲船を叩きつけてきました。
「うわあ! ママ~!」
頭を抱えて蹲るトンガリは思わず泣き叫んでしまいます。
「相当、気が立っているみたいね……!」
キュルケの言うとおり、水の精霊はとても怒っているようなのは間違いありません。
「きゃっ!」
「キテレツ君、水が!」
攻撃による衝撃で壁の隙間から大量の水が中に入り込んできたのです。
浸水してきた水はキュルケにかかってしまいました。
「うわあ! 沈没しちゃうよお!」
「た、大変ナリ~!」
「ど、ど、ど、どうすんのよ! この船、壊されちゃうわよ!」
喚くトンガリやコロ助をよそにルイズは慌てふためきます。
精霊の攻撃は未だに続いており、その勢いは強くなるばかりで浸水も激しくなります。
「ここにいるのは危険だ! キテレツ君! すぐに陸へ逃げよう!」
「は、はい!」
水の精霊はかなり怒っている様子で、とても話ができる状況ではないようです。
コルベールに促され、キテレツは大急ぎで操縦席に駆け寄ります。
「急速浮上!」
操縦レバーを動かし、亀甲船を立て直すと全速力で水上に向かって直進していきました。
「うわああっ!」
「痛てててっ!」
「きゃあああっ!」
最大180ノットで進める亀甲船が推進剤の酸素を大量に噴射して全速力で移動しているおかげで、物凄い振動とGが機体にかかっています。
中にいる全員はたまらず、悲鳴を上げながら翻弄されていました。
幸い、水の精霊は亀甲船を追ってくることはありません。自分の住処に侵入し、荒らそうとする者を追い出せればそれで良いみたいです。
亀甲船は二分とかからず湖上まで浮上していきました。
「キテ、レツ……」
亀甲船の泡の軌跡を見つめながら、精霊は触手を生やした体を普段の不定形の姿へと戻していきました。
◆
「きゅい、きゅい~♪」
しっかりと留守番をしていたシルフィードは主人達の無事を喜びます。
命からがら水の精霊の住処から逃れてきたキテレツ達は陸へと上がっていました。
亀甲船は修理が必要で、しばらく使えそうにありません。
「もう……まさかいきなり攻撃をしてくるなんてね。頭に来るわ」
「本当よ。まったく……」
直に水を浴びてびしょ濡れになってしまったキュルケは濡れた髪を掻き分けながら文句を呟きます。
ルイズも湖を恨めしそうに振り返りながら頬を膨らませます。
「精霊さん、とても怒っていたみたいナリ」
「何であんなに怒ってたんだろうな?」
地面にへたり込むコロ助達は安心しつつも疑問を述べました。
「ねえキテレツ君。あの精霊、あたし達のことを泥棒って言ってなかった?」
「間違いなくそう言っていたわ」
如意光で小さくした亀甲船をケースに戻すキテレツにみよ子と五月が指摘します。
水の精霊はキテレツ達を『秘宝を奪いし者』と呼んで、明らかな敵意を抱いていたのでした。
「うん。やっぱり、あそこに何か宝物が置いてあって、それを盗まれたから怒ってるんだよ」
そのための報復か何かのために湖の水位を上げているのでしょう。水の精霊が怒る気持ちも分かります。
「う~む。しかし、困ったなあ。何が盗まれたのかが分からんと、返してあげることもできんよ」
コルベールも困ったように頭を掻きます。
あの祭壇に置いてあった物が盗まれたのは明らかです。しかし、それが何なのかを知っているのは水の精霊だけなのです。
「もう一度潜ろうにも亀甲船は修理が必要だからなあ……」
「水中呼吸膏を使えばまた潜れるナリよ」
水中呼吸膏という薬を使えば水圧にも耐えられ、水中に含まれる酸素から皮膚呼吸を行うこともできるのです。
それならば亀甲船を使わずとも潜ること自体はできますが……。
「僕は嫌だからね! あんな所にまた潜るのは!」
「それにすぐ喧嘩を売ってくるんじゃあ、話もできないじゃねえか」
トンガリは猛抗議し、ブタゴリラまでもため息をつきます。
水の精霊はとてもまともに話し合いができる状態ではないのです。
「生身で行くのは危険。水に触れたまま精霊の所へ行くのは自殺行為」
タバサまでも乗り気ではないようでした。
水の精霊は水に触れるものの心はおろか、生命までも操ることができる力を持つのです。
と、なればやはりタバサの風魔法を使いたい所ですが、あまり長時間は話し合いをしていれらません。
「やっぱり、モンモランシーに来てもらった方が良いわね」
ルイズは頷きながらそう提案しました。
交渉役のメイジを仲介にして安全に話をつけた方が得策でしょう。
「う~む……仕方があるまい。一度学院へ戻るとしようか」
「それが良いですね」
ルイズとコルベールの意見にキテレツも賛成します。
「へっくしっ……! もう……あたしも早く帰って着替えないとね……」
キュルケはくしゃみをしてしまいました。
このまま濡れたままだと風邪を引いてしまうかもしれません。まだ季節は春なのでいくら暖かくても意外に冷えるのです。
「よし、これで燃料は満タンだな」
コルベールは自作の超鈍足ジェット機の樽に二つの瓶からそれぞれ液体を注ぐと、中で篭った小さな破裂音が聞こえてきます。
液体が化学反応を起こして特殊なガスが発生し、それを燃料にして超鈍足ジェット機は飛ぶのです。
「おや? 何ナリか?」
キテレツ達もキント雲に乗り込もうという時、コロ助は湖を振り返っていました。
「何だろう? あの光」
見れば湖の離れた水面の一部が光りだしていたのです。一行は地面に降りると、岸辺へと近づいていきました。
「何か出てくるみたいね」
「ま……まさか……」
五月がそう呟くと、トンガリの顔から血の気が失せていきます。
光が漏れる水面がゴボゴボと波しぶきが上がりだしたのでした。その勢いは強くなるばかりです。
「わあっ! 出たあーっ!」
「きゃあ!」
突然に飛び出るようにして大きな水柱が立つほどの水しぶきが噴き上がりました。
水の精霊が湖の底からここまで追ってきたのです。
「何だよ、しぶとい奴だな! ステッカーかよ!」
「ストーカーでしょ!」
「わわわわ! 早く逃げるナリ~!」
腰を抜かすトンガリがブタゴリラに突っ込みます。
コロ助も精霊に驚いてキテレツにしがみ付くみよ子にしがみつきました。
「まだ来るっていうなら、あたしも容赦しないわよ!」
「かかってきなさい!」
「いかん! 君達は下がっていなさい!」
息巻いて杖を抜こうとするキュルケとルイズをコルベールが制して前に出ました。
タバサも自分の杖を突きつけながら身構え、五月も腰の電磁刀を手にします。
「待て。単なる者達よ。我は貴様達と争うつもりはない」
しかし、精霊は先ほどまでの敵意を見せていた時とは異なり、とても落ち着いた様子で喋りだします。
「遥々陸より我が住処へと訪れたのは、何かしら意味があってのこと。我も性急が過ぎたようだ」
精霊は水柱から形を変えていき、その姿は竜の顔へと変化していました。
どうやらシルフィードの姿を真似ているようです。
「な、何よいきなり……」
ルイズ達もキテレツ達も突然の水の精霊の態度に呆然としてしまいます。
「キテレツ。貴様達は何故、我が元へとやってきた」
「ええ? 僕?」
そして、精霊は何とキテレツを指名してきたのです。
いきなり名指しで呼ばれてキテレツも困惑してしまいます。他のみんなもキテレツに注目しました。
「何でキテレツの名前を知ってるんだ?」
「僕に聞かれても……」
「多分、さっきの私達の声はちゃんと届いていたんだろうな」
首を傾げるブタゴリラ達にコルベールがそう答えました。
何はともあれ、水の精霊がちゃんと自分から話をしに来たというなら、今が事情を聞いてあげるチャンスです。
「僕達は精霊さんと話し合いに来ただけなんです。どうして精霊さんは湖の水を増やしているんですか? もし良かったらやめて欲しいんですけれど」
キテレツは早速、水の精霊に湖の水を溢れさせている理由を尋ねます。
「五月ちゃん、怖い……」
トンガリは水の精霊がいきなり襲ってくると思うと怖くなり、五月の腕にしがみ付きました。
「そういうことか……。我がこの水を広げるのは、我が守りし秘宝を取り戻さんとするがためだ」
「やっぱりそうだったのね……」
みよ子も五月も納得して頷きます。
「あれは月が三十ほど交差する前の晩。貴様達の同胞は風の力を行使し我の住処へと足を踏み入れ、眠る我には手を触れずに秘宝を奪っていった」
「何のこと言ってるナリ?」
「うむ。一ヶ月の周期であの月は交差して二つに重なり、また離れては重なることを繰り返すんだよ。水の精霊は二年ほど前に宝を盗まれたと言ってるんだ」
首を傾げるコロ助にコルベールは丁寧に教えてくれました。
「まったく、どこの誰なのよ。そんなことをしたのは……」
ルイズは頭を抱えて面倒を起こした泥棒を恨みました。
「我が水が全てを覆い尽くせば、いずれ秘宝へ届く。さすれば我は秘宝の在り処を知ることができるだろう」
「すげえこと考えてるんだな」
「そんなことされたら、世界が沈没しちゃうわよ……」
水の精霊は世界全てを水の底へ沈めてでも自分の宝物を取り返す気でいるのです。
ブタゴリラも五月も、精霊の執念に驚きや恐怖を通り越して呆れてしまいました。
そんなことをされてはたまったものではありません。
「そのお宝というのは一体何なんです?」
「我と共に時を過ごした秘宝。アンドバリの指輪だ」
キテレツが尋ねると、問題のお宝の名を精霊は口にします。
「何と! あのアンドバリの指輪かね!?」
秘宝の名を聞いた途端にコルベールは驚きだしました。
「餡ドーナツ?」
「あんたは黙ってなさいよ! このっ!」
「痛てっ!」
一々、言い間違いをするブタゴリラにルイズもついに怒り出します。ブタゴリラの頭を小突きました。
「知っているんですか? コルベール先生」
「私も書物でしか見たことがないのだがね。それは水の先住魔法の力が秘められた伝説のマジックアイテムだよ。まさか、ここにあったとは……!」
「何なんですか? その先住魔法っていうのは?」
キュルケの問いに答えたコルベールに、今度はみよ子が尋ねました。
「うむ。簡単に言えば、自然の力というべきかな。私達メイジの魔法とは全く別の力を秘めたものなんだよ。そして、そのアンドバリの指輪は極めて強力な水の力を宿しているとされている。それは死者をも蘇らせ、町一つの人間の心をも操ると聞いているが……」
「死んだ人を!?」
「それってすごいことじゃないですか」
コルベールの説明にキテレツ達は驚きます。
死人を蘇らせることができる道具なんてキテレツの発明品でも不可能なのですから。
「その通り。しかし、アンドバリの指輪が与える命は偽りの命。旧き水の力に過ぎぬのだ。お前達にとって命を与える力は魅力かもしれぬが所詮、益にはならぬ」
「人の命に偽物も本物もあるのかよ?」
「難しすぎてよく分からないナリ……」
ブタゴリラやコロ助は今一、精霊の話が分からないようでした。
「盗んでいった人はその指輪の力を聞いて盗んだのかしら」
「その魔法の指輪はとってもすごい力を持ってるっていうんだもの。欲しがる人はいると思うよ」
「それで、盗んでいった人のことを何か覚えていませんか? 名前でも何でも良いんです」
キテレツは少しでも情報を引き出そうと精霊に尋ねました。
「個体の何人かはこう呼ばれていた。『クロムウェル』そして、『シェフィールド』と」
「誰なんだ? そいつら」
「名前だけじゃ分からないわね……」
ブタゴリラもみよ子も首を傾げます。名前だけで容姿が分からなければどうにもなりません。
「とにかく、そいつらがアンドバリの指輪を盗んだってわけね。どこの馬鹿かしら……こっちまでとばっちりを喰らっちゃったわよ……」
「それじゃあ、その指輪が戻れば水を増やすのはやめてくれるんですね?」
顔を顰めて頭を押さえるルイズですが、キテレツは精霊にそう語りかけます。
「ちょっと、キテレツ! まさか引き受ける気なの!?」
トンガリは声を上げてキテレツに抗議します。
面倒事に自ら首を突っ込もうとするなんて、厄介事に関わりたくないトンガリにとっては冗談ではありません。
「だって、もしこのまま指輪を取り戻せないで放っておいたら、湖の水はもっと広がっていくんだよ?」
「そうよ、トンガリ君。そうしたら、他の村も町も沈んじゃうわ」
五月も指輪を取り戻そうと考えるキテレツに賛同していました。
「それに、あたし達だってずっと帰る方法を見つけられないでいたら、いつかは水の中に沈んじゃうってことになるわよ」
「えっ! そ、そんなあ……」
「それはまずいナリね」
ついにはみよ子にまでそう指摘されてしまい、トンガリの顔は青ざめます。
「わたし達だけじゃないわ。ルイズちゃん達も、シエスタさん達もみんな溺れちゃうのよ。放っておけないわ」
五月はこの異世界で世話になり、友達になった人達のことも気にかけていたのです。
「おいおい、冗談じゃねえぞ」
「……僕、そんなの嫌だよ!」
ブタゴリラもトンガリも、自分達が溺れ死んでしまう結末となるのは嫌でした。
そうなる前に元の世界へ帰れれば良いのですが、まだその手掛かりは無いのです。
「精霊さん、あなたの宝物は僕達が取り返します。ですから、ひとまず湖の水をこれ以上増やすのはやめてくれますか?」
「良かろう。それならば我も水を増やす必要は無くなる」
キテレツの頼みに、水の精霊は即座に受け入れてくれました。
「何か本当に……さっきまでと全然態度が違うわね」
「水の中じゃあんなに攻撃してきたっていうのに……キテレツにだけ心を開いてるって感じ」
ルイズとキュルケはあっさりと要求を聞き入れてくれた水の精霊に呆気に取られます。
メイジですらない平民のキテレツとこんなにも対等に、交渉役のメイジ並に話し合いをしてくれるなんて信じられませんでした。
「ちょっと。あんたは何でそんなにキテレツにだけ丁寧になるわけ? さっきまであんなに怒ってたのに……」
思わずルイズは水の精霊に問いかけてみます。
キテレツ達も水の精霊の反応が気になり、黙り込む精霊に注目しました。
「我は覚えている。貴様の体を流れる液体を。数えるのもくたびれるほどに月が交差したあの時も、その者は我を助けてくれた」
そして答えたのは、全く訳の分からない言葉でした。
「何のこと言ってるんですか?」
「さあねえ……精霊の使う言葉の意味は我々人間とは違うからね……」
コルベールも頭を掻いて困惑してしまいます。
「キテレツよ。我は今一度、貴様を信じたいと思う」
再び精霊はキテレツの名を呼んでそう告げていました。
「何かキテレツだけやけに信頼されてるね」
「どういうことだ?」
「僕に言われたって分からないよ……」
水の精霊がここまでキテレツを信頼している理由は、結局本人にしか分かりません。
しかし、その意味まではキテレツ達には理解できませんでした。
とりあえず分かるのは、水の精霊は過去に誰かの世話になっており、そのことに恩義を感じているのです。