コロ助「わあーっ! とても大きな池ナリーっ!」
キテレツ「池じゃなくて、湖だよ。この湖はこの世界でも有名な、大きな湖なんだって」
コロ助「水の中にたくさんのお家が沈んでるナリ」
キテレツ「湖の中にいる精霊が水位を上げているみたいなんだ。このまま放っておいたら、僕たちまで溺れちゃうよ!」
コロ助「わわわ! それは大変ナリよーっ!」
キテレツ「次回、世界沈没? 水の精霊の探し物」
コロ助「絶対見るナリよ♪」
その日、トリステインの青空を三つの影が風に乗って緩やかに飛んでいました。
二つはキテレツ達が乗るキント雲、タバサの使い魔・風竜のシルフィードです。
「う~ん。地上があんなに小さく……何とも見事な絶景だな」
そして、もう一つは他二つと違って静かな轟音を立てながら先頭を飛んでいるのです。
それは超鈍足ジェット機を操縦するコルベールでした。
「どうですか~、コルベール先生~」
「うむ! 飛行は快調だよ」
シルフィードから声をかけるキュルケにコルベールは振り向きながら答えます。
「キテレツ君! 私がこんなことを言うのも何だが……超ドンソクジェットとやらは本当に素晴らしいよ!」
キテレツ達にも叫んでくるコルベールは子供のようにはしゃいでいます。
「あのおっさん、良い歳してよくあそこまで喜んでられるよなあ」
キント雲の上で、ブタゴリラはリュックから取り出していたキュウリにかぶりついています。
「でも、超鈍足ジェットを自分で作っちゃうなんてすごいわ」
みよ子は感心したようにコルベールを見つめていました。
今、コルベールが操縦している超鈍足ジェット機は実はキテレツのものではありません。
数日前からキテレツが魔法学院のコルベールの研究室がある小屋の近くに置いていたものを、コルベール自身が自力で複製したものなのです。
キテレツの数々の発明品に興味を持っているコルベールはぜひ、異世界の技術を研究してみたいとして、超鈍足ジェット機の解析と複製を行ったのでした。
そして、今日完成した複製品のテスト飛行をしているのです。
「うん。コルベール先生は本当にすごいよ。エンジンまで作っちゃったんだから」
「ええっ? エンジンを?」
「えんじんって、車を動かしたりする時のあれナリか?」
キテレツの言葉に五月もコロ助も目を丸くします。
「何よ? そのえんじんっていうのは」
キント雲に近づいてきたシルフィードの上からルイズが尋ねてきます。
ルイズ達は魔法学院の授業をサボってコルベールのテスト飛行に付いてきていました。
キュルケは「つまらない授業を受けるよりはキテレツや五月達と一緒にいた方が楽しい」という理由です。
タバサはそんなキュルケに付き合わされたのですが、特に嫌がる様子はありません。むしろ、キテレツの発明が見られるので自分から付いてきたようなものです。
そしてルイズはというと、「自分が世話をしているキテレツ達を放っておけない」ということでしたが、実の所は仲間外れにされるのが嫌だったようです。
「うん。簡単に言うなら、火と油の力を使って強い動力を得る装置のことだよ」
キテレツは昨日、コルベールが九割方完成させたという装置を研究室で見せられました。
それは火の魔法で気化した油を爆発させ、そのエネルギーでクランクをピストンさせ、車輪を回すという代物でした。
極めて原始的な構造ではありますが、それはエンジンの基礎とも言うべき装置だったのです。
この魔法世界でそんな代物が見られたことが、キテレツには驚きでした。
「その装置を上手く使えば、荷車だって馬を使わないでもっと早く動かせるし、船も帆を張らないで進めるんだよ」
「そんなの魔法で動かせば良いじゃない。わざわざそんな装置なんか使わなくたって……」
キテレツに説明に対してルイズは今一理解ができませんでした。キュルケも同様にそれがどうしたのかと言わんばかりの顔をしています。
「でも、魔法使いがずっと動かし続けるのって疲れるんじゃないかしら? エンジンを動かすのには小さい力でやって、車や船そのものを動かすのはエンジンに任せれば疲れないで済むと思うわ」
「う~ん……言われてみればそうかしら……」
「ワガハイ達の所では、えんじんを使って車も船も動いてるナリ」
みよ子とコロ助の話を聞いているキュルケは少し納得した様子です。タバサも無表情ながらも真剣に話を聞いていました。
ルイズだけは顔を顰めたままですが。
「それじゃあ、あなた達の国ではそのエンジンっていうのがたくさん使われてるのね。キテレツのマジックアイテムも作っちゃうし……先生のこと、ちょっと見直したわね」
「今度、ルイズちゃん達の授業で見せるそうだよ」
「ふぅ~ん。そうなんだ。ちょっと楽しみかしら」
キュルケは少しコルベールに興味が湧いたような顔を浮かべます。
コルベールはフーケの討伐の時にも自分達の手助けをしてくれたこともあって、少しは尊敬するようになっていました。
「ところであんた、さっきから何食べてるの?」
ルイズはブタゴリラが食べているキュウリが気になって声をかけます。
「これか? こいつは八百八特製のキュウリさ!」
「ヤオハチ? キュウリ?」
ハルケギニアにはキュウリなどという野菜は存在しないのでルイズは首を傾げます。
「俺の家は野菜を売ってるからな! いつだって野菜は持ってくるようにしてるんだ!」
「でも、ちょっと持って来すぎじゃないかしら」
五月は誇らしくキュウリを味噌につけてかじるブタゴリラの隣に置かれたリュックを見て呟きます。
開いている口からは他にもリンゴやみかん、さつまいもが入っているのが分かります。
「ははは! 備えあれば嬉しいなって言うからな!」
「備えあれば憂いなしよ」
ブタゴリラの言い間違いをみよ子が訂正します。
トンガリはキント雲の最後尾でずっと黙り込んだままでした。
「何だよ、お前も食うのか?」
ブタゴリラはタバサがじっとキュウリを見つめているのを見て尋ねます。
タバサは無言ながらも小さく頷きました。
「よおし、それじゃあこれを漬けて食べてみな。そら!」
ブタゴリラは味噌の入ったパックと一緒にもう一本キュウリを取り出して投げ渡します。
それを受け取ったタバサはキュウリを味噌のパックに突っ込んで塗りつけると、かぶりついてみます。
ルイズとキュルケはそれを横で怪訝そうに見つめていました。
「どうだ? 美味いか?」
ポリポリとキュウリを食べるタバサは何も答えません。しかし、それでも食べる手は止まりません。
キュウリに味噌を漬けて黙々と食していったタバサはあっという間に完食してしまいました。
「お! 良い食べっぷりじゃないか! ほら、もう一本やるよ!」
「カッパじゃないんだから……」
ブタゴリラの張り切り具合にキテレツが思わず呆れてしまいます。
まさかキュウリがタバサに気に入られるとは思ってもみませんでした。
「タバサ。あたしにも一口いいかしら」
「あ、あたしも」
タバサは二人の言葉に、キュウリを三等分にして割って差し出します。
ルイズとキュルケも同じようにキュウリに味噌をつけて口にしてみましたが……。
「……何よこれ。変な味」
「ちょっとあたしの口には合わないかしら……」
キュウリを味わって食べているタバサと違って渋い顔をされてしまいました。
「何! 八百八の野菜にケチつける気か!」
家業の八百屋を誇りにしているブタゴリラは、野菜を馬鹿にされたり文句を言ったり、好き嫌いをする者は絶対に許さないのです。
「やめなよ、ブタゴリラ!」
「こんな所で暴れたら駄目でしょ、熊田君」
キテレツと五月に注意されてしまい、渋々ブタゴリラは引き下がりました。
ハルケギニアの人間、しかも貴族の口にはキュウリはそもそも合うはずがありません。味噌をつけても同じことです。
ルイズとキュルケはお気に召さなかったキュウリの残りをタバサに返し、タバサはそれも全て食べてしまいました。
「どうしたの、トンガリ君。ずっとそんな顔をしたりして」
みよ子はトンガリが朝からずっと沈み込んで喋らないでいるのが気になり、声をかけます。
トンガリは膝を抱えたまま、元気のない顔でみよ子を見返します。
「僕達、一体何してるんだろ……」
思わず呟いたその言葉に五人は怪訝そうにします。
「早くママの所へ帰りたいのに……どうして、こんな所で遊んでるんだろ……」
どうやらキテレツ達が呑気にコルベールのテスト飛行に付き合っているのがとても不満なようです。
一刻も早く家に、元の世界へ帰りたいトンガリとしてはこんな所で遊んでいたくなどありませんでした。
「だからって、学院でじっとしている訳にはいかないじゃないか。もしかしたら、ひょんなことで帰る方法が見つかるかもしれないんだよ?」
「そうよ、トンガリ君」
魔法学院で何もせずじっとしていても帰れる手段を見つけることさえできません。
キテレツがこうしてコルベールに付き合って外出したのも、元の世界へ帰る手段を見つけるためでもありました。
「ママ~……」
キテレツとみよ子に諭されてトンガリはすっかり沈み込んでしまいます。
「しっかりするナリよ」
「すっかりホーム四苦八苦になっちまってるな」
「それを言うならホームシック……」
それでもブタゴリラの天然ボケに突っ込みを入れるくらいの気力は残っていたようですが、やはりいつもの元気はありませんでした。
「トンガリ君。きっと帰る方法は見つかるよ。挫けないでがんばろう?」
五月は元気の無くなってしまったトンガリの肩に触れて元気付けようとします。
「五月ちゃん……ははは……見つかると良いね……」
大好きな五月に宥められて、トンガリも少しだけ元気が出てきて、力なく笑いました。
「あ! あれは何ナリか?」
上空数百メートルを飛び続けていた一行ですが、コロ助が地上を指差します。
眼下の地上には緑にあふれた森に囲まれ、とても大きな湖が広がっているのが見えます。
「湖みたいね」
「大きいわ……」
それはそこらの湖とは比べ物にならないほどに広いものです。日本で言えば琵琶湖ほどにもなる広さと言えました。
「ラグドリアン湖ね。ハルケギニアで一番大きな湖……そして、有数の名勝と呼ばれる場所よ」
上空からの湖の絶景に見とれるキテレツ達にルイズが説明します。
「先生! 一度降りてみませんか? 燃料も補充しないといけないし」
「うむ、ちょうど良いね。よし、あの湖畔で休憩するとしよう!」
キテレツからの提案に即座に頷いたコルベールは操縦桿を操作し、超鈍足ジェット機を地上に向けて降下させていきます。
その後を追ってキテレツのキント雲とシルフィードも降りていきました。
「ラグドリアン湖ってあんなに広かったかしら……」
地上へ近づく中、ルイズはラグドリアン湖を眺めて思わず呟きます。
以前、ラグドリアン湖を訪れたことがあるルイズには湖の面積が以前よりも明らかに広くなっているように見えていたのです。
◆
キテレツ達は休息のためにラグドリアン湖の湖畔へと降り立ちました。
……いや、正確にはラグドリアン湖まで続いている丘の上の街道です。本来ならこの街道の坂道をもうしばらく下れば湖畔へと辿り着くはずでした。
立て札にも『この先、ラグドリアン湖』と記されています。
「何だね……これは」
「どうなってんの、これ……」
湖へと続く街道はすっぽりと湖に飲み込まれて途中から無くなってしまっていたのです。
コルベールとルイズは目の前に広がる湖を目にして呆然としました。キュルケも同じように目を丸くしています。
タバサだけは波打ち際の前で屈んで湖面を見つめていました。
「見てよ、家が沈んでる」
「本当だわ」
「村が水没してるのね」
キテレツが指を差した先には、建物の屋根が所々水面から顔を出しているのが見えます。
五月の言う通り、村が湖の中に沈んでしまっているのです。
「どうしてお家が沈んでるナリ?」
「香水でもあったんじゃねえのか?」
「洪水だよ」
ブタゴリラの言い間違いに今度はキテレツが突っ込みます。
まだしょげているトンガリは地面の上で膝を抱えたままでした。
「確か、ラグドリアン湖の岸辺ってあの村よりももっと先にあったはずなのに……」
ルイズは湖を見つめて首を傾げました。しばらく見ない内に湖がこのような状態になっているのが不思議でなりません。
大雨があって多少は水位が上がることはあっても、普通はここまでになることはないはずでした。
「あのぅ……貴族の旦那様方……もしかして、水の精霊との交渉に参られた方々だすか?」
と、頭を抱えている一行の前に現れたのは一人の農夫でした。
「いや……我々はただ湖を見に来ただけでしてね……」
「そうすか……残念だす……。わすらでは水の精霊と話もできねえし……貴族様のお力を借りるしかねえのに……」
コルベールは申し訳なさそうに頭を掻きながら答えると、農夫は残念そうにため息をつきます。
「くくく……勉三さんそっくりだな……」
「そう? ぷっ……」
ブタゴリラと五月は農夫の姿や訛った言葉に失笑してしまいます。
農夫はキテレツ達が元の世界でよくお世話になっている冴えない大学生、苅野勉三と顔立ちはおろか声までそっくりなのでした。
勉三のトレードマークである牛乳ビンの底のような眼鏡までかけているのです。
「どうしてこんなに湖の水位が上がっているの? 水の精霊がどうとか言ってたけど……」
「はあ……二年ほど前からゆっくりと水が増えていったんすよ。今じゃあ、わすの家も畑も、村の寺院までもが水の中に沈んじまう始末だす。きっと……水の精霊が悪さをしているんすよ」
キュルケが尋ねると、農夫はがっくりと肩を落としながら語ります。
「水の精霊って何なんですか? 先生」
「うむ。ラグドリアン湖にはね、遥か昔……何千年も前から我々人間より長く生きている先住の異種族が住んでいるのだよ。それが水の精霊と呼ばれる存在なんだ。彼らは深い湖の底で独自の文化と王国を築き、静かに暮らしているという……。水の精霊は『宣約の精霊』とも呼ばれ、彼らの前で行われた宣約は決して破られることはないと伝えられている……」
「そうね。水の精霊とトリステインの王家は旧い盟約で結ばれているのよ。……確か、モンモランシーの実家が昔は交渉役を務めてたと思ったけど」
みよ子の問いにコルベールはまたも講話を交えて語り、ルイズも説明に付け加えていました。
「今はやってないの?」
「詳しいことは知らないけど……何かトラブルがあったみたいで、今は別の貴族が務めてるわね」
「はあ……ご領主様も宮廷でのお付き合いに夢中で、こんな田舎の村の相手もしてくれねえんだす……わすらもこれからどうすれば良いやら……」
五月にルイズが答えると、農夫はさらに意気消沈してしまっています。
「でも、何で水の精霊がこんなことをするのかしら……?」
「こっちが聞きたいくらいだす。いっそのこと、水の精霊を退治して欲しいくらいだすけど……精霊はとっても強いだすからなあ……」
愚痴を呟いて、農夫は来た道を戻ってルイズ達の前から歩き去っていきました。
「う~ん……ミス・モンモランシーがいれば、水の精霊と話ができるんだがね……わざわざ連れてくる訳にもいくまい」
「あのキザな奴が付き纏っている姉ちゃんか?」
ブタゴリラはギーシュが散々追い掛け回しているモンモランシーを思い浮かべます。
今日もギーシュはモンモランシーに頭を下げては、彼女に無視され続けていたのを覚えていました。
「コルベール先生。僕達で湖の中を調べてみませんか?」
「調べるって……どうやって水の中に潜る気よ。精霊が住処にしているのはずっと深い場所よ」
「タバサの魔法でも一人か二人が行くのが精一杯よね……」
キテレツの提案にルイズが噛み付きます。キュルケもタバサの頭を撫でながら苦言を漏らします。
風の魔法を使って空気の球を作り、その中に入って水に触れずに潜ることはできますが、長時間は潜ってはいられません。魔法の力にも限界はあるのです。
「と、いうことは……また何か君の発明を出すのかね? 一体、どうやって水の中に潜るのだい?」
しかし、コルベールだけは期待に胸を躍らせていました。
キテレツが何の考えもなしにそのようなことを言い出すはずがありません。と、なればまた新たな発明が登場すると見ていました。
「あの潜水艦を使うのね。確か……亀甲船って言ったわよね」
「亀甲船なら、みんなも乗れるわね」
「何よ。そのキッコウセンって」
五月とみよ子が声を上げる中、ルイズはさっぱり分からず尋ねます。
キテレツは持ってきたケースを開き、中から木製船の模型を取り出しました。
「みんな下がってて。……それっ!」
水面に浮かべた船の模型にキテレツが如意光の拡大光線を照射します。
「おお……!」
「何これ、船!?」
見る見るうちに巨大化し、潜地球よりもさらに大きな見たことのない形の小型の船にルイズ達は驚きます。
首を上に伸ばした亀のような形のこの船こそが、亀甲船と呼ばれる潜水艦なのです。
「トンガリ君、しっかりして。ほら」
「ママ~……」
ホームシックにかかって未だに落ち込んでいるトンガリを五月が立ち上がらせます。
「さあ、先生達も乗ってください!」
「ルイズちゃん、こっちよ!」
キテレツ達が亀甲船に飛び乗ると、ルイズ達は顔を見合わせ戸惑いつつも後に続いていきます。
「ここで待ってて」
「きゅい」
タバサだけはシルフィードにキント雲と超鈍足ジェット機の見張り兼待機を命じて亀甲船へと飛び移っていきました。
「うわあ……」
「すごいわね……」
船体上部のハッチを開け、中に入るとルイズ達は唖然としてしまいました。
十人が乗ってもまだ余裕があるほどに広い内部の壁には見たこともない様々な計器の類が並んでいます。
「ううむ……! それで、これでどうやって水の中へ!? 早速、動かしてみてくれ!」
「きゃっ!」
「わ、分かりましたよ! 今、動かしますから!」
興奮が収まらず操縦席に座るキテレツにコルベールが迫ります。隣に座っているみよ子が思わず叫んでしまいました。
キテレツが操縦レバーを動かすと、亀甲船は水中に浸かっている後部から推進剤の高圧酸素を噴射して沖へ向かってゆっくり進みます。
「おおーっ! 動いているな!」
「一々、驚かないでくれよな。おっさん」
「はしゃぎすぎナリよ」
大の大人が子供のようにはしゃぐ姿に、床に座り込んだブタゴリラとコロ助は呆れていました。
トンガリは相変わらず、床の上で膝を抱えています。
「この辺でいいかな。それじゃあ、潜水開始!」
沖まで出てきた亀甲船は底部の排水/吸水口から湖の水をバラストタンクに吸入していき、水中へと沈んでいきました。
「ちょ、ちょと、ちょっと! この船沈んでるわよ! 大丈夫なの!?」
「大丈夫。この船は潜水艦って言って、水の中に潜るための船なのよ」
初めての潜水に慌てるルイズを隣にやってきた五月が宥めます。
「水の中に潜れる船なんて聞いたことないわ。すごいわねー……」
船体左右に取り付けられた窓から外を見れば、そこには青々とした湖の中が広がっています。
キュルケも初めて乗る潜水艦に感嘆としていました。タバサも珍しく驚いた様子で湖中を窓から眺めています。
「わたしも前に一度乗っただけなんだけど、とっても乗り心地が良いわ」
五月は以前、静岡の浜名湖で大鯰に追い回されていたブタゴリラとコロ助を助けるために亀甲船に乗り込んだことがあったのでした。
「でも、これなら魔法も使わないで水の精霊の所へ行けるわね」
ルイズは窓から水中を眺めながら言います。
水の精霊との交渉役のメイジがいずとも、風の魔法を使わずとも水中に潜れるこの亀甲船ならば労せず精霊と接触ができるのです。
本当にキテレツの発明品はルイズ達の想像を超える代物ばかりでした。
「本当にすごいな! 一体、どうやって水の中に潜っているのだね? キテレツ君!」
「後で全部説明しますから……落ち着いてくださいよ」
「先生もとりあえず座ってください」
「いや、すまないね……どうしてもこういうのを見ると興奮してしまってなあ……」
大はしゃぎするコルベールをとりあえず落ち着かせると、みよ子の反対側のキテレツの隣へと腰掛けてきました。
「とにかく、このまましばらく潜水を続けますね」
キテレツは亀甲船をさらに進ませながら湖の底へと向けて潜水を続けていきます。
潜水してからの数十メートルは、増水によって沈んでしまった森や村の中を通り過ぎていきます。
しばらく進むとかつての船着場らしき場所へと辿り着きました。そこから先はさらに湖底に向かって地形が続いています。
「ここから先が本当の湖の中なのね」
「うん。先生、水の精霊ってどんなものなんですか?」
「ああ……私も実物は見たことがないんだよ……話によれば水そのものの姿をしているそうだが」
みよ子の言葉に頷くキテレツはコルベールに尋ねますが、苦い顔でそう返されてしまいました。
「そんなんじゃ探しようがないんじゃねえのか?」
ブタゴリラはリュックから折り畳み式の釣竿を取り出しながら声を上げます。
水と全く同じなのであれば、見分けが付きようがありません。
「あたし達メイジならただの水と精霊の見分けくらいなら付けられるわ。水の精霊は強い魔力を帯びているものね」
「それなら安心ね」
キュルケの言葉に五月の顔が綻びます。
「ところで、精霊を見つけた後はどうするのよ」
窓の外を眺めていたルイズが振り返りながら言います。
「とりあえず、話はできるんだよね? だったら、どうして湖の水を溢れさせているのか聞いてみようよ」
「言っておくけど、精霊は怒らせたらとんでもないことになるって話よ。気をつけてちょうだいね」
「うん。危なくなったら浮上して逃げるから」
亀甲船は更に湖の底の奥深くまで潜水していきました。水深は既に100メートルを超えようとしています。
ここまで来ると、陸上からの光も届きにくくなっており、暗くなっていきました。
「どれ。何か釣れるかな。それ!」
「何やってんのよ、あんた」
「熊田君。そんな物持って来ていたの?」
「へへへっ、タイコからのプレゼントだからな!」
床のパネルを開けて釣り糸を水中に垂らすブタゴリラにルイズと五月は唖然とします。
この釣竿はブタゴリラと相思相愛の女の子、桜井妙子からプレゼントされた大切な物なのです。
「それに、もしかしたら釣り針にそいつが引っかかるかもしれないじゃねえか」
「あのねえ、精霊は魚じゃないのよ? そんな物で釣れるわけないじゃない」
ブタゴリラの行動にルイズはため息をついて呆れました。
そんな物に引っかかるほど水の精霊の知能は低くはないのです。