キテレツ大百科 ハルケギニア旅行記   作:月に吠えるもの

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わたしは貴族! 魔法使いルイズの勇気と涙・後編

 

 

森の中の地中を進む潜地球の中でキテレツ達は深刻な様子でした。

 

「もしもし!? 五月ちゃん! もしもし~! 応答してぇ~!」

 

トンガリがトランシーバーを掴んで何度も呼びかけていますが、雑音しか聞こえてきません。

壁耳目のモニターも同様に何も映らなくなっていました。

 

「何で突然見えなくなっちゃったの?」

「たぶん、五月ちゃんが使っている電磁刀のせいだよ」

 

みよ子が尋ねると、キテレツはそう答えます。

五月が電磁刀を使っている影響で電波が乱れてしまい、交信ができなくなっているのです。

 

「そんな! あんな刀であんな大きな奴と戦えるわけないじゃないか! 大体、如意光が使えなかったんだよ! どうしてくれるのさ!」

「ごめん……まさか、あそこで電池切れになるなんて……」

 

この異世界にやってきて何度も頻繁に使っていたので、電池切れがその分早くなるのは当然です。

 

「しかし、早く何とかせねばな……ミス・ヴァリエール達は大丈夫だろうか……。コロ助くん、どうだね?」

 

唸るコルベールが潜望鏡を覗いているコロ助に声をかけます。

操縦席のコンソールのレーダーには一つの光点がちょうど潜地球の真正面で点滅しています。

 

「あ、誰かいるナリ!」

 

コロ助が覗く潜望鏡には、薄暗い森の中で木の陰に身を潜める女性が見えていました。

それは間違いなく、あのロングビルです。しかし、様子がいつもと違います。

 

「あの眼鏡のお姉さんナリよ。何かしているナリ」

「俺にも見せろよ!」

「わっ! 何するナリか!」

「狭いんだから暴れないでよ!」

「こらこら、やめなさい」

 

ブタゴリラがコロ助をどかそうとして掴みかかり、狭い潜地球の中で暴れるのでトンガリが文句を言い、コルベールが二人を嗜めます。

 

「待ってよ! 今、モニターに映すからさ」

 

キテレツがコンソールをいじると、操縦席正面のモニターに潜望鏡カメラからの映像が映し出されます。

ロングビルは木の陰で杖を片手に腕を組み、空き地の方を眺めていました。

そのきつくなった表情は優しい秘書だったとは思えないほどに苛烈なものとなっています。

 

「あの姉ちゃんだぜ。指揮棒なんか持ってやがる」

「うむ……ミス・ロングビルがフーケと見て間違いあるまい……」

 

コルベールは大きな溜め息をしながら呟きます。どこか残念そうな表情を浮かべていました。

投げ飛ばされたはずのロングビルが堂々とそのようなことをしている以上、もはや疑いようはありません。

 

「キテレツ! 早速、捕まえてやろうぜ!」

「どうやって捕まえるのさ?」

「千点必勝って言うだろ! こっちから攻撃してやるのさ!」

 

トンガリの問いにブタゴリラは得意げにそう返しました。

 

「ははは、先手必勝のことだね」

 

ブタゴリラの言い間違いに突っ込んだのはトンガリではなく、コルベールでした。

 

「確かに魚雷は発射できるけど……」

 

その通りです。潜地球には小型の地中魚雷が搭載されており、煙幕弾に泥んこ弾、火炎弾と様々な種類の魚雷が発射できます。

本来の潜地球には無かった機能ですが、キテレツが初めて作った際に独自に搭載してみたものなのです。

もっとも、普段は使う機会がないのですが。

 

「それだよ! ドカンと一発お見舞いしてやれ!」

「そうナリ! そうナリ!」

「待ってよ。フーケは剥製光を持ってるんだよ? 下手に攻撃して剥製光が壊れでもしたらどうするのさ」

 

そうなってしまえば元の世界への手掛かりはおろか、剥製光で剥製にされているモット伯の屋敷の女の子やタバサの使い魔も元には戻せません。

ここは慎重に行動しなければならないのです。

 

「じゃあ、何でも良いから発明品を出せよ!」

「落ち着いて、ブタゴリラ君」

 

キテレツに掴みかからん勢いで興奮するブタゴリラをみよ子は宥めます。

しかし、使えそうな発明品をケースから出そうにも、如意光は五月に預けてしまいましたし、電池を交換しなければなりません。

リュックに入っている発明品は携帯ができて手軽に使えそうなものですが、フーケに使うにしても一度地上に出なければならないのです。

効果自体は把握していなくても、キテレツの発明品がフーケにとって不都合な代物であることが知られている以上、正面から立ち向かっても返り討ちにされてしまうでしょう。

 

「先生。ゴーレムって一度にどれだけの数を動かすことができるんですか?」

 

それでもフーケを捕まえるために作戦を立てなければなりません。キテレツは魔法について詳しいコルベールに尋ねます。

 

「うむ。大きさにもよるんだが、10メイル以上のものとなるとこればかりは1体が限度だな。大きければ大きいほどメイジは精神の集中が必要だからね」

 

つまり、キテレツ達が捕まえに行ってもフーケは新しいゴーレムを呼び出せないのです。

 

「なんだ! だったら、みんなで突っ込めばいいじゃねえか」

「何言ってるんだよ。相手は魔法使いなんだよ? 使える魔法はいっぱいあるよ」

 

ブタゴリラの言葉にトンガリが反論します。

フーケがゴーレムを呼び出すだけしか能が無いはずがありません。他の魔法だって使えるのですから、下手に捕まえる訳にはいきません。

 

「うーん。どうしようか……」

「早く何とかしないと五月ちゃんが……」

 

キテレツが深く悩んでみよ子も心配していたその時のことです。

 

『……あー、もしもし……? キテレツ? 聞こえるかしら?』

 

それまで応答がなかったトランシーバーから、キュルケの声が聞こえてきたのです。

キテレツはトランシーバーを掴んで交信を試みることにしました。

 

「あ、キュルケさん? 聞こえます、どうぞ」

「ミス・ツェルプストー! 大丈夫なのかね!」

 

コルベールが身を乗り出して、トランシーバーに呼びかけます。

 

『あら? その声はミスタ・コルベール? 先生まで来てたんですか』

『え? コルベール先生?』

 

コルベールがキテレツ達と一緒にいたことにキュルケとルイズが意外そうに声を上げます。

 

「ミス・ヴァリエール! 怪我はないかね?」

『は、はい……わたしは、大丈夫ですけれど……』

「ねえ! 五月ちゃんは!? 五月ちゃんはどうしたの!?」

『大丈夫よ。タバサが一緒にいてくれているから、安心しなさい』

 

トンガリの必死な叫びにキュルケは宥めるように優しく答えてくれました。

空き地から森の中にやってきた二人はフーケが近くにいることを警戒し、木の陰に身を潜めてキテレツ達に連絡をしてきたのです。

潜地球のコンソールのレーダーの端にも二人の存在を示す光点が点滅していました。

 

『話は後よ。キテレツ、フーケを見つけたって本当なの? サツキがミス・ロングビルがフーケだって言ってたのだけれど……』

「はい。今、僕達の目の前にいるんです」

『目の前って……よく見つからないでいられるわね』

「へへへっ、そりゃあ土の中だからな!」

 

目の前と言っても、潜望鏡は少し離れた草むらの影に隠しているのです。

 

『土の中!? どうやって土の中から話してるのよ! っていうか、何で土の中に……』

『大声出すんじゃないわよ。フーケに聞こえるでしょう』

 

ブタゴリラの言葉に驚くルイズをキュルケが叱り付けます。

一応、二人とも声は潜ませてはいるのですが……。

 

「まずい! 見つかった!」

 

フーケは二人の気配を察したらしく、杖を構えていました。もうぐずぐずなどしていられません。

 

「キテレツ君。私を地上に降ろしてくれないかね?」

 

そこへコルベールが突然、キテレツにそう切り出し始めました。

 

「どうするナリか?」

「私が彼女を引き付けるから、君達はミス・ヴァリエールらと協力して彼女を捕まえるんだ」

「おじさんが囮になるってこと?」

 

トンガリの問いにコルベールは落ち着いたまま頷きます。

 

「彼女はまだ、我々が土の中に潜んでいることは知らないはずだ。君達とミス・ヴァリエール達で力を合わせれば、フーケを捕まえられるだろう」

「でも……」

 

確かに地上のルイズと地中のキテレツ達との二面からの攻撃ならばフーケにとってはかなりの奇襲となるでしょう。

もちろん、失敗は許されないのです。

 

「オッサンも強そうだし、直接捕まえれば良いじゃねえか」

「この間の先生は格好良かったナリ」

 

ブタゴリラ達が前にギーシュと喧嘩をした時にコルベールは見事な手際で炎の魔法を操っていたのを覚えていました。

 

「ははは……あの時は私もつい頭に血が昇ってしまってね。本当は、暴力のために魔法を使いたくないんだよ」

「でも、あの人は泥棒なんでしょ?」

「たとえ悪人であってもだ。私は……出来ることなら人を傷つけたくはないんだ。まして、命を奪うなど以ての外だ」

 

トンガリの言葉に何故か苦い顔を浮かべるコルベールに、キテレツもみよ子も顔を合わせて怪訝そうにします。

 

「ミス・ツェルプストー、ミス・ヴァリエール。聞こえたかね?」

『はい、よろしいですわよ。しかし先生、大丈夫なんですか?』

「心配はいらないよ。君達はこの子達と力を合わせてフーケを捕まえるんだ。良いね?」

『でも、どうやって……』

 

ルイズが不安の声を漏らす中、キュルケはトランシーバーを片手に周りの警戒を怠りません。

 

「キュルケさん、ルイズちゃん。二人の位置はこっちでも分かっているんだ。だから、トランシーバーで合図をするから……」

 

コンソールをいじっていたキテレツは何かを思いついた顔をすると、トランシーバーに語りかけます。

コルベールら他の五人もトランシーバーの向こう側にいるルイズ達も、真剣にキテレツの話に耳を傾けていました。

 

 

 

 

自分が作り出したゴーレムで森の中に自分を投げ飛ばしたロングビル――土くれのフーケは木の陰から空き地の方を窺います。

空き地では五月達三人の子供達がゴーレムから逃げ回っていました。

 

「あの子がいるってことは、他の子達もいるってことだね……」

 

フーケは時折ちらちらと周囲を見回し、警戒しています。

先ほどルイズら二人の生徒が森の中に入ってきたのでこっそりと潜む場所を変えているのですが、それでもまだ近くにいる気配がありました。

しかし、魔法学院の生徒のことをフーケは問題にしていません。一番問題なのは……。

 

「どこに隠れているんだい……」

 

五月がここにいる以上、仲間であるキテレツも近くにいることは間違いありません。

フーケは様々な不思議なマジックアイテムを持っているキテレツのことを非常に警戒していました。

何しろ、過去を写すマジックアイテムというとんでもない代物があった以上、他にもまだ予想もできない力を持つマジックアイテムを持っているはずなのですから。

ゴーレムに投げ飛ばされる際に空飛ぶ雲に乗っていないことは確認できても、また別の方法で隠れ潜んでいるとフーケは睨んでいます。

何とかして早く仕事を済ませておさらばといきたいのですが、中々上手くいきません。破壊の杖の使い方が分からなくてはどうにもなりません。

 

「ここで何をしているのかね? ミス・ロングビル」

 

周囲の警戒を続けていたフーケが再び空き地の方を窺おうとした時、突然声がかかりました。

 

「……ミスタ・コルベール」

 

驚きつつも声がした方を振り向けば、そこには魔法学院にいるはずのコルベールが立っていたのです。

コルベールは少し離れた森の中で浮上した潜地球から降り、ここへやってきていたのでした。

 

「どうされたのですか、先生。何故、こんな所に……」

 

フーケは険しくしていた表情を魔法学院の秘書として扮していた時のように柔らかくし、ロングビルとしての口調で語りかけます。

 

「何、キテレツ君達と一緒に君らの後をつけてきたんだよ。心配だったものでね」

 

コルベールは穏やかに語りかけつつも、その表情は真剣でした。手にしている杖もいつでも振るえる位置に持っていきます。

 

「……そうだったのですか。ご足労をおかけしますわ」

 

フーケも同様に、油断なく杖を手にしたままコルベールを見返していました。

 

「ミス・ロングビル。早速ではあるが、君に頼みがある」

「何でしょうか? 先生」

 

コルベールは真っ直ぐにロングビルの目を見つめながら言葉を続けます。

 

「すぐに、あの空き地で暴れているゴーレムを止めてもらいたいんだ。私の生徒達をこれ以上、危険に晒さないでもらいたい」

「……フーケのゴーレムをですか? どうして私が?」

 

フーケの表情はもうロングビルとしての演技を止め、先ほどまでと同じく険しくなります。

 

「申し訳ないが……我々は見てしまったのだよ。君が土くれのフーケであるという事実をね」

「……そうかい。やっぱり、あのキテレツっていう子も一緒に来てるんだね。本当に油断ができない子達だよ」

 

口調も素に戻り、フーケは悔しそうに舌を打ちました。

 

「それにしても私のゴーレムの一撃を受け止めるだけじゃなくて力勝負で勝つなんて、あのサツキっていう子が持っているのもキテレツ君のマジックアイテムっていう訳かい。本当にすごいね」

「ミス・ロングビル。何故、こんなことをしたのだね? どうして、ここへあの子達を誘き出したんだ」

 

嘆息を漏らすロングビルを無視し、コルベールは問いかけました。

 

「ん? ああ、あの破壊の杖の使い方が分からなかったものでね。盗んだは良いけど、それじゃあ宝の持ち腐れよ。困ったものさ」

 

フーケはため息をつきながら説明します。ずいぶんと余裕な態度です。

もちろん、コルベールがいつ攻撃を仕掛けてきても良いように油断はしません。

 

「魔法学院の誰かなら使い方を知っていると思ってね。本当は教師に来てもらおうと思ったけれど、あの子達が来てアテが外れちゃったわ」

「そして、あの子達が誰も使えないと知れば……全員を踏み潰していたという訳だ」

「まあ、そういうことさ。……さて、ミスタ・コルベール。先ほど、あんたは私にゴーレムを止めて欲しいと言っていたね」

 

ちらりと空き地の方へ視線を流すフーケはしたり顔でコルベールを見ます。

コルベールは相変わらず真剣な、そしてどこか冷たい表情のままフーケを見つめていました。

 

「一つ取引と行こうじゃないか。私にあの破壊の杖の使い方を教えてちょうだい。そうすればゴーレムは止めてあげるのを考えてあげる」

 

今、空き地で逃げ回っている子供達は、いわば人質みたいなものという訳です。

コルベールは顔を僅かに歪めました。

 

「それで君が止めてくれると言うのであれば、そうしたい所なのだが……あいにく私もあれの使い方は知らないんだ。申し訳ないが……」

「あら、そう。……じゃあ、あんたも用無しって訳だね」

 

フーケは素早く杖を突き出し、コルベール目掛けて魔法の矢を放ってきました。

しかし、コルベールもまるで剣を振るような鋭く素早い動きで杖を振るい、魔法の矢を叩き落します。

 

「残念だよ、ミス・ロングビル。君とは今夜のフリッグの舞踏会で一緒に踊りたいと思っていたのだがね」

「そうかい。私はごめんだけどね。あんたみたいな男と付き合うのは!」

 

深くため息をついたコルベールにフーケが懐に手を入れながら再び攻撃をしようとすると、

 

「「ファイヤー・ボール!」」

 

少し離れた、二人の姿を確認できる所からルイズとキュルケは同時に魔法を放ちます。

トランシーバーでキテレツに誘導されてここまでやってきた二人は囮となっているコルベールとフーケを見つけて早速、攻撃を行ったのです。

 

「……なっ!」

 

キュルケの放った小さな火球が飛来しますが、それよりも前にフーケの潜んでいた一本の木が爆発を起こしました。

爆風に煽られて怯むフーケの手から、杖が落ちてしまいます。

その隙をコルベールは見逃しません。一気にフーケの懐へと駆け込み、当て身を食らわせようとしますが……。

 

「ちいっ!」

 

フーケは懐に入れていた手を抜き出し、手にした物を目の前までやってきたコルベールへ向けます。

 

「あれは……!」

「先生!」

 

それが即時剥製光であると知った時には、既にフーケは引き金を引いていました。

リング状の黄色い光線が銃口から照射され、コルベールを直撃します。

身構えながらも驚愕の顔を浮かべるコルベールの動きがピタリと硬直してしまいます。

即時剥製光の光線を浴びたものは、このようにして一瞬に剥製となって固まってしまうのです。

 

「先生!」

 

ルイズ達が慌てて駆け寄ろうとしますが、フーケは今度は二人に剥製光の銃口を向けてきました。

 

「おっと、動かないで。あなた達が魔法を使うより、こっちの方が早いよ」

 

剥製光を向けてくるフーケに、ルイズもキュルケも動くことも魔法を使うこともできません。

拳銃である剥製光の方が、ルイズ達の魔法より速いのです。呪文を唱えている間に剥製にされてしまいます。

 

「それはあいつらのマジックアイテムなのよ! 返しなさいよ!」

 

しかし、ルイズは気丈にもフーケに向かって吼えました。

 

「そうはいかないよ。こいつは仕事をするのに便利だからね」

 

当然、フーケが剥製光を渡してくれるなどとは二人も思ってはいませんでした。

 

「さて、悪いけど私の顔を見られた以上、あなた達も剥製になってもらうよ。短い間だけど、楽しかったわ」

 

薄い笑みを浮かべるフーケは再び指を引き金へとかけようとします。

二人はいつでも光線が避けられるように身構えていました。

 

「キュルケ……」

「分かってるわよ……」

 

しかし、二人にとってはこうなることは想定内のことでした。

フーケはまだ、彼女達の作戦には気づいていないのです。

 

『今だ!』

 

キュルケが持ったままのトランシーバーからキテレツの声が聞こえた途端、二人はマントで顔を覆い隠します。

 

「何?」

 

フーケが一瞬だけ戸惑ったその直後、目の前の地面が突然小さく弾けたのです。

 

「うああっ!」

 

さらに、その地点から目が眩むほどの強烈な閃光が炸裂し、フーケの視界を奪います。

 

「ぐっ……! うっ……!」

 

至近距離で、しかも太陽のように凄まじい光を直視してしまったフーケは目を押さえて悶えていました。

しかも突然の異常事態に剥製光を取り落としてしまいます。

 

『二人とも! 早く剥製光を!』

 

フーケの背後の地面からは潜望鏡が浮き出ています。

潜地球から閃光魚雷を発射していたキテレツはトランシーバーで二人に叫びました。

フーケはキテレツの声が聞こえたのか、目を覆いながらも咄嗟に屈んで足元の剥製光を拾おうとします。

しかし、目が眩んで何も見えないため、拾うことはできません。

 

「これでも喰らいなさい!」

 

一目散に剥製光へ駆け寄って拾い上げたルイズはその銃口をフーケへと向けます。

使い方は一度、モット伯の屋敷でみよ子を元に戻す際に見たことがあるので、その時のことを思い出しながら引き金を引きました。

 

「あっ……!」

 

フーケが慌ててその場から飛び退こうとした時にはルイズは引き金を引き、剥製光の光線をフーケへと照射していました。

光に包まれたフーケは一瞬にして剥製へと変えられて硬直し、沈黙します。

 

『やったよ、ルイズちゃん!』

『お手柄ナリ!』

『やるじゃねえか!』

『すごいわ!』

『これで泥棒は捕まえられたんだ!』

 

トランシーバーの向こう側ではキテレツ達が次々に歓声を上げていました。

剥製光を構えたまま、ルイズはブルブルと震えています。たった今、自分は一人の人間を剥製へと変えてしまったのですから。

初めての行為に、武者震いが走ってしまっているのでした。

 

「作戦成功ね、ルイズ。ご苦労様」

 

隣にやってきたキュルケはルイズの肩をポン、と叩きます。

ようやく緊張が解けたルイズは剥製光を持つ両手を力なく下ろします。さらにはその場でへたり込んでしまいました。

 

「ほら、それでコルベール先生を戻してあげないと」

「え、ええ……」

 

キュルケに促されたルイズですが、未だに放心状態のまましばらくその場で動けないままでした。

 

 

 

 

空き地では未だにゴーレムが五月達を追い回していました。

巨大ではあっても、動き自体は鈍いので攻撃を避けるのは簡単です。しかし、いつまでも避け続けているわけにはいきません。

 

「今よ! ギーシュさん!」

「わ、分かった……!」

 

五月の叫びに怖気づきながらも杖を構えていたギーシュが杖を振るいます。

目の前ではタバサが身軽な動きとフライの魔法でゴーレムを引き付け、攻撃をかわしていました。

 

「それっ!」

 

タバサを追い回していたゴーレムがぐらりと大きくよろめきだします。

ギーシュがゴーレムの足元に錬金の魔法をかけ、固い地面をぬかるんだ泥へと変えたのです。

ぬかるみにはまったゴーレムはバランスを崩してしまい、前のめりに大きく手をつきました。

 

「や、やった! これでしばらくは動けまい……!」

 

タバサが二人の元へ戻ってくる中、ギーシュが歓声を上げます。しかし、その顔は冷や汗がどっと溢れています。

 

「早くフーケを捕まえてくれないと……」

 

ギーシュとは対照的に五月はとても焦っていました。

電磁刀は先ほどゴーレムの一撃を受け止める際に最大パワーにしたためにバッテリーをかなり消耗してしまったのです。

そのために電磁刀の光も今までと違ってとても弱くなってしまっています。もう先ほどのように受け止めることもできないでしょう。

 

「しかし、ルイズ達はずいぶんと派手にやってるみたいだね」

 

ルイズ達が入っていった森の奥からは爆音が響いてきているのが分かります。

間違いなくフーケを見つけて捕まえようとしているのでしょう。

 

「大丈夫かしら、ルイズちゃん。……あっ」

「げっ、意外に早いじゃないか……」

 

そうこうする内にゴーレムはもたつきながらも体勢を立て直そうとしています。

五月は電磁刀を構えてゴーレムを見据えました。

 

「なあ、タバサ。その破壊の杖とやらでゴーレムを倒せないのかい?」

「使い方が分からない」

 

ギーシュに尋ねられたタバサは手放さずに抱えていた破壊の杖が入ったケースを開けます。

破壊の杖は見たこともない代物で、まるで杖とは呼べません。いくらタバサでも未知のマジックアイテムの使い方は分かりませんでした。

 

「ちょ、ちょっと……それって……」

 

五月は箱の中に収められた破壊の杖――ロケットランチャーを目にして驚き、目を丸くしました。

 

「ミス・サツキ? 君はそれを知っているのかね」

 

ギーシュとタバサは反応を示した五月を見つめます。

 

「それってバズーカっていう大砲だったと思うけど……」

「大砲? こんなに小さいのにかね?」

 

破壊の杖の正体を知ってギーシュもまた驚いていました。

 

「間違いないわ。でも、どうしてこれがここに……」

「ミス・サツキ。これであのゴーレムを倒せるのかい?」

「ごめんなさい、そこまでは分からないの。使い方も知らないし……」

 

もしかしたらキテレツであれば分かるのかもしれないと一瞬考えますが、いくらなんでも小学生であるキテレツが戦争で使われる兵器の使い方まで知っていると思うのは考えすぎでした。

 

「来る」

 

ケースを閉じたタバサが身構えると、ゴーレムがぬかるみから抜け出して体勢を立て直していました。

地響きを立てながら五月達を振り返ってきます。

 

「ううう……どうしよう。僕の魔法はもうさっきので打ち止めだよ……」

「ルイズちゃん達がフーケを捕まえるまでがんばりましょう。逃げるだけでいいんだから」

 

弱音を吐くギーシュに対し、五月は電磁刀を構えながら元気付けます。

タバサも五月の隣で杖を手にし、ゴーレムを見据えていました。

ゴーレムは一歩を踏み出し、三人がゴーレムから逃げ回るのが再び始まるのかと思われましたが……。

 

「何!?」

 

森の奥で激しい閃光が走ったかと思うと、ゴーレムの動きが極端に鈍くなりだしたのです。

 

「おや? どうしたんだね?」

 

さらにその直後、一歩だけを踏み出したゴーレムの動きはピタリと止まってしまったのです。

 

「止まったわ……」

 

それからしばらく沈黙が続きますが、ゴーレムはピクリとも動きませんでした。

 

「エア・ハンマー」

 

そこへゴーレムへ近づいていったタバサが杖を突き出し、空気の塊をゴーレムにぶつけます。

ゴーレムはぐらりと後ろへと傾いていき、そのまま力なく地面に倒れてしまいました。

それまで三人を追い回していたのが嘘のように、全く動きません。

 

「ゴーレムが動かないってことは……ルイズちゃん達がやったんだわ!」

 

どうしてこうなったのかその理由を察した五月は歓声を上げました。

 

「そうか……フーケを……捕まえられたのか……はああああ……助かった……」

 

安心しきってしまったギーシュは完全に脱力し、その場でへたり込んでしまいます。

笑顔と安心感に満ちた表情の二人に対し、タバサは相変わらず涼しい顔で沈黙したゴーレムを見つめていました。

 

 


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