コロ助「泥棒が隠れている場所が見つかったって本当ナリか?」
キテレツ「それが隠れ家とは思えないボロ屋なんだってさ。そんな所に隠れたってすぐ見つかるのに変だよ」
コロ助「とにかくみんなで泥棒を捕まえに行くナリよ」
キテレツ「ルイズちゃんがついてきたら駄目だって言うんだ。自分達の力だけでフーケを捕まえる気みたいなんだよ」
コロ助「ルイズちゃん達だけじゃ心配ナリ。こっそりついていくナリ」
キテレツ「次回、フーケはどこだ? キテレツ・ルイズ追跡隊、出動!」
コロ助「絶対見るナリよ♪」
『貴学所蔵の破壊の杖、確かに領収致しました。土くれのフーケ』
フーケによって侵入された宝物庫の壁にははっきりと、犯行のサインが刻まれていました。
白昼堂々と、しかも授業中に襲ってくるなんて誰も予想することはできず、まんまと宝物庫から秘宝が盗まれてしまったのです。
「まさか、宝物庫がこうもあっさり破られるとは……派手にやってくれたもんじゃ」
学院長のオスマンは犯行現場となった宝物庫へやってきて唖然とします。
フーケが学院を襲った際、オスマンは本塔最上階の学院長室で呑気に居眠りをしていました。
しかし、フーケのゴーレムによる攻撃で地震かと思うほどの衝撃で目を覚ましたのです。
何しろ、宝物庫は学院長室の一階下にあるのですから。
「よもや生徒達が授業をしている最中にやってくるなんて……」
壁に開けられた大穴にコルベールも驚きを隠せません。
彼は自分の研究室で研究に熱中していたのですが、騒ぎを聞きつけて現場へ急行したのです。
その時には既にフーケのゴーレムが学院から逃げていく所でした。
「生徒達は無事かね?」
「はい。幸い、怪我人は誰もいませんでしたよ」
「そうかそうか。良かったのう」
二人が一番安心したのは、教え子の生徒達を含めて誰も怪我をした者がいなかったことです。
「しかし……破壊の杖はフーケに奪われてしまいました」
「うむ。それが問題じゃな」
二人は破壊の杖が置かれていた台の方を向きます。
そこにはつい先刻まであったはずの秘宝、破壊の杖が収められたケースが置いてあったのです。
「持ち出し不可って書いておるのに盗むとは、ひどいもんじゃ。まったく……フーケも良いオナゴなのにこんな簡単な注意書きも読めんのか」
台のプレートを見つめつつ、オスマンはブツブツと呟きます。
「それで、ゴーレムの行方についてはどうなっておるのかな?」
「はい。何でも、ミス・タバサが使い魔を追跡へ向かわせたと聞いておりますが」
「まあ、あれだけ巨大なゴーレムじゃ。空から追跡されれば見失うこともあるまいの」
オスマンは破壊された壁の穴の方へ移動し、そこから日が傾いてきた空を眺めます。
「しかし、下はまだあんなに騒いでおるようじゃな。暇人の若造どもめ」
「はあ……」
下を見下ろしてみれば、そこでは中庭で学院中の生徒や教師達が集まって騒いでいるのが見えます。
犯行現場を直接見ていない者達も、騒ぎを聞きつけてああして野次馬になって集まっていたのでした。
「おや、あれは……」
「キテレツ君達の雲ですね。おや? ミス・ヴァリエールにミス・ツェルプストーまで……」
見れば学院の外からキテレツ達がキント雲に乗って戻ってくるのが見えます。その上にはルイズやキュルケまで乗っていました。
どうやら、フーケのゴーレムを追っていったのでしょう。
「ホッホッ、何とも行動力のある子供達じゃな。野次馬になって何もしない教師達もあの子達を見習って欲しいもんじゃ。のう?」
「面目ないです……」
じろりと流し目で睨むと、コルベールは後頭部を掻きながら頭を下げていました。
「ところでミス・ロングビルを知らんかね? 姿が見えぬようじゃが……」
「ええ? 私は知りませんぞ」
「こんな大騒ぎなのにどこへ行ったのかのう?」
オスマンはふと気がついたように尋ねますが、コルベールも困ったような顔をしていました。
学院長室でオスマンが居眠りをする前、ロングビルは書き物をしていたのをオスマンは覚えていたのです。
◆
「キテレツくーん!」
「五月ちゃーん!」
「どうだ? フケの泥棒は見つかったのか?」
様子を見に行ってきたキテレツのキント雲が学院の中庭に降りてくると、みよ子達が駆け寄っていきます。
定員オーバーだったのでみよ子にブタゴリラ、トンガリは学院で待っていたのでした。
「どうしたの? 何かあったの?」
「それが……」
キント雲から降りてきたキテレツは苦い顔を浮かべていました。コロ助と五月も同様です。
「あれ? それって、確かタバサちゃんの……」
トンガリは一緒に乗っていたルイズとキュルケについていたタバサが抱えているものを目にして指差します。
タバサの腕の中には、小さくなったシルフィードが抱えられているのです。
それを抱えているタバサの表情は妙に沈みこんでいました。
「シルフィードがフーケにやられたのよ。フーケの奴、やってくれるわ……」
「タバサ。気を落とさないで」
ルイズが答える中、キュルケはタバサの肩を後ろから抱いて慰めます。
「即時剥製光をフーケがそのドラゴンに使ったんだよ」
「可哀相ナリ……」
「こんな剥製にされちゃうなんて……」
キテレツもコロ助も五月も、自分の使い魔が見るも変わり果てた姿になって落ち込むタバサに同情していました。
タバサが抱えている小さなシルフィードは、ピクリとも動かない剥製人形へと変えられてしまっているのです。
「でも何でそんなに小さくなってるんだよ」
「如意光で小さくしておいたんだよ。運びやすいようにね」
ブタゴリラの疑問にキテレツはそう答え、ポケットから如意光を取り出します。
フーケの後を追ったシルフィードが一時間以上経っても戻ってこないので心配になったキテレツ達は、キント雲に乗って様子を見に行ったのです。
「けれど泥棒には逃げられてしまったナリね……」
しかし、ゴーレムの姿は全く見られず、街道を下り学院からそう離れていない草原の真ん中でキテレツ達は土くれの小山を見つけていました。
それはフーケのゴーレムの残骸であり、フーケは何処かへと姿を眩ましてしまったのです。
剥製にされてしまったシルフィードはその土くれの山の上に落ちて横たわっていたのを見つけて、キテレツ達はシルフィードを回収したのでした。
「悔しいわね……せっかく現れたのに逃げられちゃうなんて」
「あんたのあのガーゴイル、全然役に立たなかったじゃない」
キュルケが爪を噛んで舌を打つ中、ルイズはキテレツに詰め寄ります。
「まさかこんな真昼間にやってくるだなんて思わなかったんだよ」
キテレツも困ったような顔をしてしまいました。
それはそうです。夜と違ってこんなに目立ちやすい昼間に盗みに入るなんて思わなかったのですから。
しかもフーケは忍び込むのではなく、モット伯の屋敷同様にゴーレムによる強行突破という大胆な手段を取ってきたのです。
結局、魔法学院の人間は教師達もキテレツ達も、魔法使いの女怪盗・土くれのフーケにことごとく翻弄されてしまったのでした。
「でも、どうにかして捕まえて取り返さないと。タバサちゃんの使い魔だってこのままじゃ……」
「キテレツ君。もう一度、フーケがいなくなった場所に行って調べてみましょうよ」
落ち込むタバサを見つめながら言う五月に同調してみよ子はキテレツに提案します。
「うん。何か手掛かりが残っているかもしれないからね。行ってみよう!」
頷いたキテレツは再びキント雲へと乗り込み、五月ら他の五人も次々に後ろへと乗っていきました。
「ちょっと、あたしを置いて行こうって言うの!? 待ちなさいよ!」
「わわっ!」
「揺れる~!」
浮かび上がるキント雲に飛び乗ろうとルイズがしがみついてきたため、キント雲はバランスを崩して大きく揺れてしまいます。
「きゃっ! 落ちる、落ちる!」
「ルイズちゃん! ……せーのっ!」
揺れながらもさらに浮上するキント雲から落ちそうになるルイズの腕を五月が力いっぱいに掴み、引き上げました。
空に浮かび上がったキント雲はしばらくその場に留まっていましたが、バランスが安定すると小さく旋回して学院の外へと飛んでいきます。
「タバサ……。何としてでも、フーケを捕まえましょうね」
キント雲を見送ったキュルケは同じように隣で立ち尽くすタバサの肩をそっと叩きます。
タバサは自分の腕の中に抱えられているシルフィードの剥製人形を見つめました。
剥製にされたシルフィードは何が起きたのか分からない、そんな顔をしています。
「絶対、捕まえる……」
ぽつりと呟くタバサはぎゅっと杖を手にする力を強めていました。
相変わらずの無表情ながらも、今のタバサの瞳には自分のパートナーを変わり果てた姿にしてしまったフーケへの怒りがひしひしと込められているのです。
シルフィードを元に戻すためにも何としてでもフーケを捕まえることをタバサは決心しました。
◆
キテレツ達の必死の調査も結局、全てが徒労に終わってしまいました。
ゴーレムの残骸の土くれの山が残っている場所でキテレツは発明品を使って何としてでも手掛かりを見つけようとしたのですが、悉く失敗だったのです。
回古鏡で空から地上や土くれの山の周りを写してみましたが、何とフーケはゴーレムを土くれに戻す際に、その土を使って大きな土煙を巻き上げていたのです。
そのためにフーケがどこへ姿を消したのかが全く分からなくなってしまったのでした。
そこで、足跡から探したい相手を見つける尋ね人ダマを使おうとしたのですが、フーケの足跡が何故か見つからないのです。
一緒についてきたルイズは、フーケはフライを使って空を飛んで逃げたのだと推測していました。
もしもそれが当たっているのであれば、フーケの手掛かりは何一つ失ってしまったことになります。
「こんちきしょう! 全然、八宝菜も良い所じゃねえか!」
「それを言うなら、八方塞がり!」
その夜、宿舎の部屋に集まって床に座っていたキテレツ達ですが、相変わらずブタゴリラの言い間違えにトンガリは律義に突っ込みます。
しかし、ブタゴリラの言葉の通りです。フーケの手掛かりがもう何もないのですから。
「キテレツ。捜しっぽは使えないナリか?」
「無理だよ。どこへ行ったのかも分からないのに」
捜しっぽで魔法学院から盗まれた破壊の杖という宝の置いてあった場所から記憶させて捜す手段もあります。
しかし、フーケがどこへ行ったのか分からないのでは、この広い世界を当てもなく闇雲に探し回ることになってしまいます。
それではいつ見つかるのかも分かりません。
「それじゃあ、もう打つ手は無いナリか?」
コロ助が愕然と声を上げる中、キテレツは何も答えられずに俯いてしまいます。
「そんなぁ……」
「冗談じゃねえぜ。何か他の方法を考えろよ」
「そう言われても……」
頼りになるキテレツがここまで落胆するのを見て、トンガリまでも肩を落とし、ブタゴリラが詰め寄ります。
しかし、キテレツも腕を組んで困ってしまいました。どうすればフーケの手掛かりが見つかるのか、見当もつかないのです。
様々な発明品もまるで役に立たないのでは、意味がありません。
学院へ戻ってくる時にはルイズにも「案外、あんたのマジックアイテムって役に立たないじゃない」とまで言われてしまいました。
「みよちゃん。さっきからどうしたの?」
五月はみよ子が床に広げられている数枚の写真を見つめているのを見て、声をかけます。
その写真は数時間前に回古鏡で写したものでした。
「ねえ、みんな。何かおかしくない?」
突然、みよ子は五人を見回しながら言い出します。
「何がおかしいっていうのさ」
「この写真よ。どうして、フーケはこんなことをしたのかしら」
みよ子はフーケが土煙を巻き上げて姿を眩ましている場面の写真を手にして言います。
「それは、追っ手から目を眩ませるためじゃないの?」
「タバサちゃんのドラゴンから逃げるためにやったナリよ」
トンガリとコロ助はもっともな意見を述べます。
「そんなことをする必要があったのかしら。だって、タバサちゃんのシルフィードは剥製に変えてしまったんだから、それでもう追っ手を振り切ったも同じはずよ。わざわざこんなことをするなんて変よ」
みよ子はじっと手にする写真を睨むように食い入ります。キテレツ達はそんなみよ子をじっと見つめていました。
「それに足跡一つ残さないで逃げたりして、ここへやってきた時も警備が全然無くて、授業をしている時を狙っていたわ。いくら何でも用意周到すぎるわよ」
「そうかあ? 魔法使いの怪盗なんだから、それだけ頭が切れてるってことじゃねえのか?」
「それだけじゃないわ。あの時はキテレツ君だって、発明品が近くに無かったじゃない。カラクリ武者や召し捕り人だっていなかったし。そんなの都合が良すぎるわ」
そうです。見張り役のからくり人形達は昼間は起動させておらず、あの時キテレツは数々の発明品を近くに置いていなかったのです。
結果的にフーケが現れてもそれを使うのが間に合わなかったのです。
学院の警備自体が完全に手薄、さらにキテレツの発明品や見張りさえも無いという、フーケにとってはまさに絶好のチャンスという時に、それを見計らって現れたようでした。
「言われてみればそうね……。みよちゃんの言う通りだわ。何かおかしいわよ」
みよ子の意見を聞いて、五月も何か不審なものを感じたようです。
「まるで、キテレツ君が発明品を持っているのが最初から分かっていたみたい」
「まさか! そんな……」
フーケがキテレツ達とその発明品の存在を初めから認識していた、もしそうならあんな手段で対策したり先手を打つこともできたかもしれません。
しかし、キテレツの発明品がマジックアイテムだという情報があったとしても、その一つ一つが実際にどのような効果を持つのかまでは分からない以上、ピンポイントで対策など打てるはずがありません。
「ひょっとしてあれか?」
「何さ……」
腕を組んで唸るブタゴリラにトンガリは目を細めて見つめます。
「俺達を見張っている、スパイスがいるんじゃねえのか?」
「スパイスぅ? それを言うなら、スパイでしょ。あたっ!」
またも突っ込みを入れたトンガリを、ブタゴリラは軽く肘で小突きました。
「もし熊田君の考えが当たっているなら、きっとこの学校の人かもしれないわ。フーケ本人がこっそり入り込んでいたってことも考えられるわね」
「そうだよ、五月ちゃんの言う通りだよ」
トンガリは苦笑いを浮かべて五月に同意します。
「あながち違うとは言えないな。この学校で働く人に紛れ込んでいれば、警備がどうなっているか分かるし……」
「キテレツ君の発明品があることも分かるものね」
腕を組んで考え込むキテレツにみよ子も続いて頷きました。
「でも、もう泥棒してしまったならここにはいないんじゃないナリか?」
「いいえ。今日までいた人が突然いなくなっているっていうなら、誰が犯人かは目星がつけられるわよ」
コロ助の懸念に対して五月はそう答えます。
「そのための発明もちゃんとあるからね。きっと見つけてみせるさ」
「犯人の手掛かりを集められたら、学院長先生に知らせましょう」
キテレツもみよ子もしたり顔で強く頷きます。
誰が犯人であるかを突き止めることができれば、王宮に報告して人相も判明した手配書をトリステイン中にばら撒くことができます。
そうすればもう、捕まるのは時間の問題となることでしょう。
「へへへっ、土くれのフケめ。絶対に逃がさないぜ」
「フーケだって……」
◆
翌朝、ルイズのクラスの生徒達は魔法学院本塔の二階ホールに集められていました。
朝食を前に教師達から集合がかけられていたので、こうしてやって来ているのです。
ホールには生徒達だけでなく、コルベールやシュヴルーズら教師達も既に前に出てきていました。
「ああ、オホン。皆の者、静粛に! 注目!」
そして最後に現れたのは、学院長のオスマンです。
オスマンはわざとらしく咳払いをして全員の視線を自分へと集中させました。
「こんなに朝早くから諸君らに集まってもらって苦労をかけるの。だがしかし、今は危急の時なのじゃ」
生徒達の顔を見回すオスマンに、しんと静まり返ります。
「皆も知っての通り、魔法学院が始まって以来の大事件が起きた。今、世間を騒がせておるあのメイジの盗賊、土くれのフーケが現れたのじゃ」
フーケの名が出た途端、今度は生徒達の間で微かにざわめいていました。
「フーケは先日、モット伯爵の屋敷を襲い、さらには我が魔法学院にまで襲撃を仕掛けてきおった。実にけしからんが、事件の現場に居合わせておった諸君らが無事であったのが幸いじゃな」
オスマンはぐるりと生徒達の顔を見回し、そしてにこやかに笑いました。
「見た所、誰一人怪我をした者もいないようで本当に良かった。こうして集まってもらったのは、諸君らの安否をこの目ではっきり見ておきたかったからなのじゃ」
教え子の無事を喜ぶ言葉をかけるオスマンに生徒達は一様にホッと安堵し、嬉しそうな顔を浮かべます。
「さて、話を戻すが……フーケは宝物庫の防御を突破し、この学院の秘宝である破壊の杖を奪っていきおったのじゃ。警備が極めて手薄な真昼間に、堂々とのう。我らはあまりにも油断をし過ぎていたと言わざるをえまい」
そしてオスマンは一部の生徒達の顔をちらちらと見つめていきます。
それはルイズ、キュルケ、タバサの三人でした。
「ミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ。君達三人は勇敢にもフーケのゴーレムに立ち向かったそうじゃな。詳しい話を聞かせてくれんかね?」
「は、はい……」
前へ歩み出てきたルイズは小さく頷き、状況を説明していきます。
現れた巨大なゴーレムが宝物庫の壁を破壊し、フーケが中から破壊の杖のケースを持ち出したことや、逃げていったゴーレムが草原の真ん中で土くれの山だけとなって見つかったことも、フーケの足取りが掴めなくなってしまったことも、全てを包み隠さず話していきました。
「うむ。なるほど、そこからの手掛かりが無いという訳じゃな」
ルイズからの報告を聞いたオスマンはちらりと、横に控えているロングビルを見やります。
「ミス・ロングビル。君の得たという情報とやらを話してはもらえんかの?」
「はい。オールド・オスマン」
彼女は昨日の昼からずっと姿が見えませんでしたが、何でも外出から戻ってくると学院中がフーケのことで大騒ぎになっていると知って、ずっと学院の外で聞き込みなどの調査をしていたというのです。
そして、今朝になって情報を集めて戻ってきたロングビルはオスマンに進言したため、今回、生徒達を集めることになったのでした。
「付近の農民に聞き込みを行った所、森の中の廃屋に黒ずくめのローブを纏った怪しい人物が出入りしているのを見たそうです。恐らくそれがフーケで、そこはフーケの隠れ家ではないかと思われます」
「うむうむ。さすがに仕事が早いのう。感心してしまうぞ、ミス・ロングビルよ」
ロングビルの報告に満足そうに頷くオスマンは彼女の後ろに立つと、そのお尻を撫で始めます。
「いいえ。勿体無いお言葉でございます……わっ!」
顔を僅かに引き攣らせるロングビルは拳を震わせると、オスマンの頭に一発、げんこつを叩き込みました。
うぎゃっ、と呻いたオスマンはばたりと床に倒れて顔を叩きつけられてしまいました。
生徒も教師達もそんなオスマンの無様な姿に呆れ返った様子です。
「……ウオッホン! して、ミス・ロングビルよ。その廃屋とやらは近いのかね?」
しかし、すぐに起き上がったオスマンは咳払いをして話を続けます。
「はい。馬で行けば四時間といった所でございます」
ロングビルもまだ少し口元が引き攣ってはいましたが、事務的な態度で答えました。
「オールド・オスマン。すぐに王宮に報告しましょう」
「私もミセス・シュヴルーズに賛成です。王宮から兵を派遣して、フーケを捕まえなければ」
「何を言っておるんじゃ。そんな悠長なことをしていてはフーケに逃げられてしまうわい。魔法学院の宝が盗まれたのは、我ら魔法学院の問題じゃ。当然、我々だけで解決し、汚名を返上するのだ」
コルベールとシュヴルーズの進言をオスマンは一蹴します。それを見ていたロングビルは微かにほくそ笑んでいました。
生徒達はオスマンの言葉にざわめきだします。まさか自分達がフーケを捕まえに行くのでは、と思うと不安で仕方がないのです。
「それでは、捜索隊を編成する。我と思う者は杖を……って、おや?」
有志を募るべく、教師と生徒達に声をかけるオスマンですが、言い終える前に出鼻を挫かれることが起きました。
「ミス・タバサ!」
コルベールが驚きの声を上げます。
何と、タバサが即座に手にする杖を掲げて真っ先に捜索隊に志願したのです。
周りの生徒達も、タバサに視線を集中させてさらにざわめいていました。
「タバサ……」
「ま、気持ちは分かるわね……」
ルイズとキュルケはタバサがどうして積極的に志願をするのか、その理由が分かります。
使い魔のシルフィードを元に戻すためにも、フーケから錬金の魔法銃――即時剥製光を取り戻す気なのでしょう。
「ほうほう。真っ先に志願するとは、結構なことじゃなミス・タバサ。ほれ! 他におらんのかな? フーケを捕まえて、貴族の名を上げるチャンスでもあるのじゃぞ? さあ、我と思う者は杖を掲げよ! こんなにまだ若き生徒でさえ、勇気を示したのじゃぞ? お主らも示さんか!」
オスマンは周りを見回しながら煽るように叫びかけますが、生徒達はもちろん、教師達でさえ誰も志願しようとしません。
みんな、フーケのことを恐れているのです。フーケに返り討ちにされるのが怖くて、危険な目に遭いたくないがために志願しようとしないのです。
そんな腑抜けな教師と生徒達の様子を見て、ルイズは意を決した顔を浮かべます。
「あたしも行きます!」
「ま、タバサだけを行かせる訳にもいかないものね」
ルイズとキュルケは同時に、杖を掲げました。
三人の少女がフーケ追跡の捜索隊に志願したことに周囲から驚きの声が上がりました。
「ミス・ヴァリエール! ミス・ツェルプストー! あなた達は生徒でしょう!」
「そうだぞ。子供に何が出来るというのだ? ここは我ら教師に任せればいいのだ。君ら生徒が出る幕ではない」
シュヴルーズは純粋にルイズ達のことを心配しますが、ギトーは逆に三人を馬鹿にしたような態度できつい言葉をかけます。
「先生方は誰も掲げないじゃありませんか!」
「ミスタ・ギトー。失礼ですが、フーケのゴーレムを前にして尻尾を巻いて逃げるような教師なんて信用できませんの」
ルイズはきっと、凛々しい態度で言い返します。キュルケもまた、皮肉を込めて言い放ちました。
「な……!」
ギトーが気まずそうな顔をするのを見て、生徒達はぼそぼそと声を潜めて呟きます。
先日、ギトーが大層なことを言いながらいざフーケを前にして逃げ出したことで、以前から人気の低い彼の評判はガタ落ちになっていたのです。
「ゼロのルイズ! 魔法も使えないのに、フーケを捕まえに行く気なのか?」
「そうだぞ、お前が行ったって役に立たないんだから、やめておきなよ」
「フーケのゴーレムに踏み潰されるのがオチだぞ!」
周りの生徒達はルイズが捜索隊に志願したことが気に入らず、次々と野次を飛ばしました。
「じゃあ、あんた達が代わりに行くって言うの?」
ルイズは生徒達をきつい目つきで睨みつけます。
生徒達は何も言い返せずに俯いてしまいました。フーケの討伐なんて行きたくありません。
「ふん! どうせ、あの平民達のマジックアイテムを頼る気なんだろう!」
しかし、言い負かされるのが悔しい生徒の一人が負け惜しみにそう言い返しだしました。
その言葉を聞いたルイズの表情が一瞬、凍りつきます。
「そうだ、そうだ! 自分が魔法が使えないから、あいつらのマジックアイテムを使ってフーケを捕まえる気でいるんだろう?」
「所詮、異国のマジックアイテムに頼ることしかできないゼロのルイズのくせに! 生意気だぞ!」
「使い魔でもない平民に頼ろうとするなんて、貴族として恥ずかしいよ」
こんな時でも生徒達は魔法が使えないルイズを馬鹿にし、貶めようと罵声を浴びせかけていました。
ルイズはその言葉を耳にしながら、唇を噛み締めています。
「黙らんか! こわっぱ共め! 我らが争って何となる! 今はそんなことをしておる場合ではないじゃろう!」
そんな中、オスマンの怒鳴り声が響き渡ります。
普段の飄々とした老人とは思えない迫力に、ルイズを馬鹿にしていた生徒達は黙り込んでしまいます。
「彼女らは敵を見ておるのじゃ。そのように彼女達を貶める口が叩けるのであれば、諸君らもフーケの討伐に加わるというのじゃな?」
生徒達も教師達も困ったように顔を見合わせます。
「この三人はフーケが襲撃を仕掛けてきた時に恐れずもゴーレムに立ち向かったのじゃ。君達はそんな勇気があるというのかな?」
オスマンの言う通り、生徒達の多くが逃げ回っていたのですが、ルイズは逃げずに果敢にもゴーレムに挑んでいました。
そう言われてしまってはもう、ルイズを馬鹿にする言葉は口に出来ません。
「では、捜索隊はこの三人と……」
「お待ちください、オールド・オスマン!」
捜索隊の結成を完了しようとした途端、一人の生徒が前へ出てきて、ルイズ達の横へとやってきました。
キザったらしい声で、キザったらしい動きで現れたのは……ギーシュです。
「その土くれのフーケという、忌まわしき盗賊の討伐……是非ともこの、ギーシュ・ド・グラモンにお任せくださいますよう!」
薔薇の造花を大げさに振りながら、酔ったような動作で一礼をします。
「ギ、ギーシュ……」
モンモランシーはギーシュが志願しだしたことに呆然としていました。
「レディが三人も志願しているというのに、男であるこの僕が志願をしないなんてことはあり得ない! 必ずやフーケを捕まえてご覧にいれましょう!」
しかし、生徒達はそんなギーシュの格好をつけた姿を目にして呆れの声を漏らしていました。
「ま、いっか……」
オスマンも同様に呆れた様子でため息をつきます。
こうして、フーケの追跡を行う捜索隊はルイズ、キュルケ、タバサ、ギーシュの四人に決まったのでした。
ロングビルは案内役として、馬車の御者を買って出ることになります。
◆
正門前ではルイズ達が出発の準備を整えていました。
荷台の馬車をロングビルが用意し、四人の生徒達はそれに乗ってフーケの隠れ家へと向かうのです。
「フーケの居場所が見つかったって本当!?」
ルイズ達がフーケを捕まえに行くという話を耳にしたキテレツ達は出発間近のルイズ達の元へとやってきていました。
「ええ。あたし達はこれからそこへ行く所なの。場所はそう遠くないけどね」
キュルケはやってきたキテレツ達にそう告げます。
横にいるルイズは何故か澄ました顔のまま、キテレツ達を振り向こうとしません。
「何としてでもフーケを捕まえて、タバサのシルフィードも元に戻してあげないとね」
キュルケは隣に立つタバサの頭を撫でます。
「よっしゃ! 俺達もフケを捕まえに出発しようぜ!」
「フーケだって。本当に僕達も行くの?」
意気込むブタゴリラですが、トンガリは逆に乗り気ではありません。
捜索隊が結成されたのですから、自分達までが無理に行くことは無いと考えているのですが……トンガリも本音ではフーケのゴーレムが怖いので、出来れば行きたくないのです。
「ルイズちゃん達だけを行かせる訳にはいかないでしょ」
「そうよ、トンガリ君。フーケは即時剥製光を持ってるんだから」
五月とみよ子は逃げ腰なトンガリにきつい視線を浴びせます。
「わ、分かったよ……」
女の子二人に責められてはトンガリも頷くしかありません。
「キテレツ。ワガハイ達もキント雲に乗って行くナリ」
「よし。それじゃあ……」
「待ちなさい。キテレツ、サツキ」
キント雲を取り出そうとするキテレツですが、そこへルイズが前へ出て呼び止めました。
「あんた達はここに残っていなさい」
突然のルイズの言葉にキテレツ達は愕然とします。
腕を組むルイズはキテレツ達をより一層きつい目つきで見据えていました。
「何でさ。ルイズちゃん」
「わたし達も手伝うわ」
「いい? これは魔法学院の問題なの。あんた達は本来は学院の人間じゃないんだから、学院の問題事にまで首を突っ込まないでちょうだい。あんた達のマジックアイテムもあたし達が取り返してあげるから」
ルイズはキテレツ達の参加を断固として拒否します。しかし、キテレツ達は納得ができない様子でした。
「でも、フーケはあんなに大きなゴーレムを操るんだよ。ルイズちゃん達だけじゃ危ないよ!」
「そうよ、ルイズちゃん」
「いいから! あんた達はあたし達が帰ってくるまでここにいなさい! 分かった!? あの雲で付いてきたりしたら許さないわよ!」
反論するキテレツと五月ですが物凄い剣幕で叫んだルイズにキテレツ達は黙り込んでしまいます。
六人を黙らせたルイズはきつい顔のまま振り返り、そのまま馬車へ向かって走っていきました。
キュルケはルイズの背中を見つめて肩を竦めます。
「おーい、何をやっているんだね? 早く出発しようじゃないか!」
既に馬車に乗っていたギーシュが呼びかけてきます。
困惑するキテレツ達ですが、このまま黙って見送る訳にもいきません。
「タバサちゃん。これを持っていて」
キテレツはタバサに壁耳目のカメラ兼送信機のブローチを渡します。
これでタバサの周りで起きていることをキテレツ達も見たり、聞いたりできるのです。
「分かった」
壁耳目をマントの前に取り付けたタバサは、キュルケと一緒にルイズ達が待っている馬車へと向かっていきました。
ルイズ達を乗せた馬車は街道を下って草原を走っていきます。
「何を一人で怒ってるんだ? あいつ」
「ルイズちゃん……」
五月もキテレツ達も、どうしてルイズが自分達をあそこまで拒絶するのかが分からず、困惑するしかありませんでした。
「ついてきちゃ駄目って言われたんだからさ、僕達は大人しく……」
「じゃあ、トンガリ君だけ残っていればいいじゃない! ルイズちゃん達を放っておけないでしょ!」
五月は自分の腕を掴んでくるトンガリの手を振り払って叫びました。
「で、どうすんだよ。キテレツ」
「空を飛んでったら駄目って言われてしまったナリね」
「心配ないよ。こっちを使うから」
キテレツは地面に下ろしたケースを開け始めました。
空が駄目なら……別の方法でこっそり後を追えば良いのです。