コロ助「みよちゃんもシエスタちゃんも戻ってきてくれて本当に良かったナリ」
キテレツ「でも、奇天烈斎様の発明がこの世界にあったのは驚いたよ。もしかしたら、元の世界に戻れる手掛かりがあるかもしれないな」
コロ助「ワガハイ、早く帰りたいナリ……それまではシエスタちゃんのコロッケで我慢するナリ」
キテレツ「ああっ! 大変だ! 魔法使いの泥棒に奇天烈斎様の発明が盗まれちゃった!」
キテレツ「次回、世紀の大怪盗! 土くれのフーケはお姉さん?」
コロ助「絶対見るナリよ♪」
キテレツ達が魔法学院へ戻ってきてからそう時間が経たない内に、一台の馬車がやってきました。
それはモット伯邸で使われている馬車です。
「シエスタちゃん、お帰りナリ~!」
正門で待っていたキテレツ達は馬車から降りてきたシエスタへと駆け寄ります。
「みんな、無事だったのね。本当に良かったわ」
シエスタはキテレツ達の顔を見回して安堵の顔を浮かべます。
屋敷が大騒ぎになった時、邪魔だからと部屋にいるよう使用人頭に言いつけられたのです。
キテレツ達が追い回されている音や悲鳴はシエスタにも届いていましたが、ただ捕まらないように祈ることしかできませんでした。
「ミヨちゃんも……わたしのために怖い目に遭ってしまって……」
「あたしは大丈夫。キテレツ君達が助けに来てくれたんだもの」
苦い顔のシエスタにみよ子は笑顔で答えます。
「でも、俺達に相談しないで白菜のオッサンの所へ行くなんて無茶すぎるぜ」
「キテレツの発明を使えばシエスタさんを帰してあげちゃうくらい、何でもなかったのに……」
「今度はちゃんとみんなで力を合わせようね。僕も力になるからさ」
ブタゴリラもトンガリも、キテレツの発明品にこれまで何度も頼ってきているのですから、当然それくらいのことはできると踏んでいます。
「うん。みんなには迷惑をかけちゃって……ごめんなさい」
実の所、みよ子も怖かったのです。
モット伯に剥製作りを手伝ってくれと頼まれたのを承諾した後、みよ子は例の隠し部屋へと連れて行かれました。
そこで目にした女の子達の剥製に驚いていた中、モット伯は即時剥製光を取り出して有無も言わせずみよ子を剥製に変えてしまったのです。
剥製にされていた間、みよ子は意識こそありましたが、動くことはもちろん喋ることはおろか、何も感じず何も見えず何も聞こえないという状態に陥っていました。
その時に味わった恐怖は忘れられません。それでもみよ子はキテレツに助けを求めていたのです。
「みよちゃんもシエスタさんも戻ってきてくれたんだから、これで一件落着ね」
「またシエスタちゃんのコロッケが食べられるナリ」
「まあ、コロちゃんったら……。これからもよろしくね、みんな」
自分のコロッケをとても気に入ってくれたコロ助を見てシエスタは微笑みます。
同じ平民であるのに貴族を恐れず、友達を助けようとする勇気がある子供達とまた一緒にいられることに嬉しさを隠せませんでした。
「もう……どうしてこんなに面倒事ばかり起こるのかしら」
シエスタを出迎えているキテレツ達を広場から見つめるルイズは溜め息をつきます。
正直言って、ルイズは今夜の出来事にハラハラしてしまいました。
王宮の官吏であるモット伯の屋敷に無断で侵入した挙句、大騒ぎを起こしてしまったのですから。
キテレツ達だけでなく自分も本当ならタダでは済まないはずだったのです。
「まあ良いじゃないの。大事にはならなかったんだし」
「あんたはよくもああまで堂々と伯爵にあんなことが言えたわね……相手は王宮の勅使なのよ」
ハッタリと鎌をかけたキュルケの話に合わせたルイズもその時はとても緊張していました。
みよ子がモット伯の屋敷にいることやキテレツのトランシーバーから聞こえてくる声や音の内容をまとめて、あんな話をでっち上げたのですから。
しかも途中から何故かトランシーバーに雑音が入ってしまって、ほとんど何も聞こえなくなってしまったのですから焦ったものです。
実はそれは、五月が磁場を発する電磁刀をトランシーバーの近くで使っていたせいでした。
「あら、ルイズだって割と乗ってたじゃない。王宮のお偉い方に向かってあんなことが言えるなんて大したものだわ」
「あ、あたしは別に……」
キュルケの突っ込みにルイズは複雑な顔をしてしまいます。
「でも、まさか伯爵が本当に悪いことをしていたなんて……」
「人を剥製にするなんて、趣味が悪いわ。やっぱり他の剥製も全部あのマジックアイテムで作ったのかしらね」
モット伯が悪行をしていた事実にはルイズはもちろん、キュルケも驚いたものです。
「タバサは全部分かっていたのかしら?」
「確信はなかった。でも、ただの剥製じゃないことは分かった」
キュルケが話をでっち上げることができたのもタバサがモット伯の屋敷を怪しんでいたからこそなのです。
キテレツ達が何かを見つけたことで、詳しいことは分からずとも伯爵が屋敷で何かをしている、ということだけは確信できました。
「あの錬金の魔法銃って、本当にキテレツのマジックアイテムなのかしら……」
「使い方をあの子達が知っているんだから、そうなんじゃない? それにしてもすごかったわよね。人間を剥製にできるなんて」
モット伯が実際に使ってみせた錬金の魔法銃――キテレツ達の言う即時剥製光というマジックアイテムの効果にはルイズ達も驚きました。
詳しい話は聞かないで欲しいというモット伯の懇願もあり、ルイズ達もあまり詮索はしませんでしたが。
「キテレツ達に持たせておいて大丈夫かしら……」
「まあ、大丈夫じゃないの? あのキテレツって子は真面目そうだし。ねえ、タバサ」
「たぶん、問題ない」
そんな危険なマジックアイテムを平民に持たせるなど普通は考えられません。
モット伯に話をつけた名目通り、魔法学院の宝物庫で預かるのが理想的と言えるでしょう。
しかし、キテレツは数々の不思議なマジックアイテムを持ちながらそれらを悪用するといった様子はありません。
それに元々は彼らの所有物だったというのですから、預けておいても問題はないかもしれません。
「でも、何でそんなマジックアイテムを伯爵が持っているのかしら……」
一つだけルイズが気がかりなのは、それをモット伯がどうやって手に入れたかということなのですが。
◆
モット伯の屋敷での騒動から二日が経ちます。
その日の夜、モット伯は屋敷に戻ってきた一台の馬車を私室の窓から眺めていました。
「くそぉ……せっかくの私のコレクションが……」
平民はおろか魔法学院の生徒に自分のコレクションの秘密を知られてしまったため、モット伯はそれらを手放すしかありませんでした。
王宮に報告されてしまえば当然、屋敷に捜査がかかることでしょう。
若い娘の剥製コレクションの存在が公となれば、間違いなく自分は非道な行為を行っていた貴族として捕縛されてしまいます。
「何であんな平民の子供なんぞがあれを知っておるのだ……」
キテレツ達が錬金の魔法銃のことを詳しく知っている様子なのがモット伯は信じられませんでした。
あの魔法銃は半年前にゲルマニアの貴族から譲り受けた代物だったのです。
初めは拳銃という貴族には相応しくない形状から見向きもしませんでしたが、実際の効果を見せられることで気に入り、動物の剥製コレクションを集め始めました。
やがては人間を剥製にしてみたいという欲求に駆られて、召し入れた若い娘を剥製コレクションの一部にするようになったのです。
「ああ……私の夢のコレクションが消えてしまう……」
魔法学院の生徒に証拠を握られてしまっている以上、モット伯は事を穏便に済ませるしかないのです。
剥製にした娘達は魔法銃を使って元に戻し、屋敷でのことは何も無かったということにして馬車で送り帰していました。
「魔法学院から召し入れた娘達が今日で全部だったな……」
先日、学院へ帰してやったシエスタも含めて解放した娘達には固く口止めをしています。
一度にたくさん解放しては屋敷でのことが知られかねないので、少しずつ解放するしかありませんでした。
そうやってせっかくのコレクションが無くなっていく度にモット伯は肩を落としてしまいます。
「こんな時に召喚されし書物とやらがこの手にあればな……」
落ち込みながらこれからは昔からの趣味であった書物のコレクションに切り替えるべきなのか、と考えていたその時でした。
「……お、おお!? ……何だ!」
突然、屋敷全体に重い衝撃が走り、轟音が響いたのです。
ふらつくモット伯は何が起こったのか分からずに戸惑いました。
「伯爵! た、大変です! 庭に、ゴーレムが!」
そんなモット伯の元に、血相を変えた警備の兵が飛び込んできます。
「何!? ……こ、これは!」
窓の方へ行って外を見てみれば、そこにはつい先ほどまでは無かった巨大な影が屋敷の正面に立ち塞がっているのです。
混乱していたモット伯はそれが土のゴーレムであると分かるのに、少々の時間を要してしまいました。
屋敷よりも一回り巨大なゴーレムは、モット伯の私室のすぐ近くの壁を豪腕で破壊していたのです。
そこはモット伯の剥製コレクションが存在する秘密の部屋がある場所でした。
「あ……! ああ……! あそこは……!」
モット伯は急いで隠し部屋の入り口を開こうとしますが、仕掛けが今の衝撃で壊れてしまったのか、作動しません。
屋敷の庭では兵達が取り囲み、番犬のガーゴイル達が吠え掛かっていましたが、ゴーレムはまるで意に返しませんでした。
◆
その日の昼、キテレツ達はいつものように厨房で賄いをもらっていました。
「コロ助。お前、本当によく食うなあ」
「ワガハイ、シエスタちゃんのコロッケが気に入ったナリよ」
皿に盛られたコロッケをパクパクと食していくコロ助にブタゴリラはもちろん、キテレツ達も呆然とします。
シエスタが戻ってきてからというものの、コロ助は毎回の賄いでシエスタの作ったコロッケをもらっていたのです。
「おかわりが欲しかったら遠慮なく言ってね。すぐに用意してあげるから」
デザートのトレーを運ぶシエスタは幸せそうにコロッケを食べるコロ助を見て笑います。
自分のコロッケをまた食べてもらえるのが嬉しいのでした。
「お前さんらは本当に勇者だぜ! まさかモット伯の所からシエスタを連れ帰っちまうなんてな!」
「痛てててて!」
「ぐ、苦しい……」
満面の笑顔を浮かべるマルトーはブタゴリラとトンガリの首に腕を巻きつけてきます。
「貴族のボウズに挑むだけでなく、王宮のお偉いさんの屋敷に連れて行かれた友達を助けに行くなんざ……くぅ~っ、泣かせるぜ」
厨房の給仕達はキテレツ達がみよ子を助けに行った結果、シエスタまでも連れ戻してきたことに喜んでいました。
マルトーに至っては咽び泣く始末で、キテレツ達はますます気に入られてしまったようです。
「まだまだ子供なのに、一体どうやったらそんなにお前さん達みたいな勇気が出せるって言うんだ? なあ、俺にも教えてくれよ」
「ははは、そりゃまあ……友達が困ってますからね! 俺達は昔からこういうトラブルには慣れてるもんで」
「おかげでいつも危ない目にあってるけどさ……」
解放されたブタゴリラはマルトーにそう答えます。同様にトンガリも苦しげに呟きました。
この質問はもう何度もされているので、一行はいつも同じ答えを返していました。
「そうかそうか! 友達のためなら、いくらでも勇気が出るってことだな! みんなもこの勇者の子供達を見習えよ!」
「はい! 親方!」
マルトーが厨房のコックや給仕達へ呼びかけると、彼らはこうして嬉しげに声を上げるのです。
「キテレツ君、そんな顔をしてどうしたの?」
マルトーが仕事に戻った後、五月はずっと深刻な顔を浮かべているキテレツに声をかけます。
「やっぱり、あの道具のことが気になるのね?」
「うん。どうしてあれがここにあるのかって思ってさ」
みよ子の問いかけにキテレツは、みんなも思っていることを答えました。
奇天烈斎の発明である即時剥製光が何故、この異世界にあるのかが気になって仕方がないのです。
「キテレツ君の発明は、元はキテレツ君のご先祖様が作ったものなのよね?」
「うん……」
「でも、何でそれがこの世界にあるのかしら……不思議だわ」
五月の言葉にキテレツは頷きます。みよ子も首を傾げました。
「もしかしたら……奇天烈斎様もこの世界にやってきたかもしれないんだよ。あくまで推測だけど」
奇天烈斎も冥府刀を使ってこの異世界を訪れたかもしれないという考えがキテレツの頭をよぎっていました。
「何でわざわざここへ奇天烈斎様が来るナリ?」
「それは分からないよ。第一、奇天烈斎様が来たのかどうかさえはっきりしないんだから……」
実際に奇天烈斎がこの異世界へやってきたという証拠でも見つけなければキテレツの推測は立証されません。
元々、冥府刀は江戸時代に人間が消失してしまうという怪事件を調べるために奇天烈斎が作ったものなのです。
ならばその過程でこの異世界へとやってきても不思議ではないかもしれません。
「そういやあ、あれはいつ白菜のオッサンから返してもらえるんだ?」
「女の子達をみんな元に戻してからだから、もう少しかかるよ。でも、きっと何か手掛かりがあるはずだ」
即時剥製光を返してもらう時になれば、モット伯の屋敷から馬車の迎えが来ることになっています。
そうなればルイズ達と一緒に受け取りに行くことになっているのでした。
あれが一体、どうやってこの異世界へと流れ着いたのかを突き止めれば、キテレツ達が元の世界に帰る方法が見つかるかもしれません。
早く即時剥製光を返してもらえる時が待ち遠しくて仕方がありませんでした。
「何でも良いから、僕は早く帰りたいよ……ママ……」
「大丈夫よ、トンガリ君。少しずつ、帰る方法を見つけていきましょう」
「そうよ。わたし達以外に元の世界にあったものが見つかっただけでも、大発見なんだから」
みよ子と五月はしょぼくれるトンガリを慰めました。
帰ることができるその日まで、キテレツ達は諦める訳にはいかないのです。
◆
昼食を食べ終えたキテレツ達が広場にやってくると、そこでは何やら生徒達が慌しくしているのが目に入ります。
「何かあったのかなあ?」
「どっかの魔法使いの坊っちゃまが何かやらかしたんじゃねえのか?」
トンガリとブタゴリラは呑気にしていますが、どうやら只事ではないことは確かなようです。
生徒達はこれから授業が始まる時間だというのに、教室へ向かう様子がありません。
「あっ、あんた達」
「ルイズちゃん。一体、何があったの?」
「こんなにみんな慌しくなって……」
そこへ通りがかったルイズに、五月とみよ子が話しかけます。見ればルイズも他の生徒達よりも焦った様子なのが分かります。
「何だか大騒ぎになってるみたいだけど、どうかしたの?」
「ちょ……ちょっとこっちに来なさい。話があるわ」
キテレツも尋ねると、ルイズは一行を広場の隅へと連れて行きます。
「何だよ。聞かれたらまずいことでもあんのかよ?」
「当たり前でしょ! ……昨日、モット伯の屋敷に土くれのフーケが現れたらしいの」
やや声を潜めてルイズはキテレツ達に事情の説明をしました。
「フケがどうしたって?」
「フーケよ! フーケ! 汚い物を口にしないでちょうだい! この馬鹿!」
「ブタゴリラ……しばらく黙っていようよ……」
ブタゴリラの言い間違えにルイズが大声で怒鳴りつけます。トンガリも呆れ気味でした。
「その土くれのフーケっていうのは、一体何なの? ルイズちゃん」
改めて五月がルイズに話を続けるよう促します。
「フーケっていうのはね……」
「今、このトリステインを騒がせている泥棒のことよ」
しかし、ルイズがキテレツ達に説明をしようとした途端、そこへ割り込んできた者がいました。
声のした方を向けば、キュルケがルイズ達の下へと歩み寄ってきます。
「キュルケ! あたしが話してるのよ! 横から首を突っ込まないでよ!」
唐突に現れたキュルケにルイズは、自分の出番を取るなと言わんばかりに叫びました。
「ふぅん。それじゃあ、説明してもらおうかしら。ちょっとでも詰まったらわたしが説明させてもらうわよ。良いわね?」
「み、見てなさいよ! あんた達も黙って聞いてなさい! 良いわね!?」
小馬鹿にしたような態度で促すキュルケにルイズはキテレツ達、特にブタゴリラを睨んで言います。
「分かったよ……」
「怒ると怖いナリ……」
ブタゴリラもコロ助もルイズの剣幕に参った様子です。
「いい? 土くれのフーケっていうのはね、最近このトリステイン中の貴族を騒がせている盗賊なのよ。そいつはトライアングルクラスの土のメイジって言われていてね、貴族の屋敷を中心に盗みを働いているの」
「魔法使いが楽器を使うナリか?」
「楽器? なわけないでしょうが。何言ってるのよ」
首を傾げるコロ助をルイズは厳しい目付きで見下ろします。話していたのを中断されたのが不満なようです。
「トライアングルっていうのはね、わたし達メイジの実力を表すランクのことよ。ドット、ライン、トライアングル、スクウェアの順で上がっていくの。ちなみにわたしはトライアングルなの」
キュルケはキテレツ達が自分達メイジについてよく知らないと見て、簡単に説明をしてくれました。
またもキュルケに横槍を入れられたことにルイズは憮然とします。
「そういうことよ。とにかく、そのフーケは土のトライアングルクラスのメイジって噂されているわ」
「何で土くれって呼ばれてるのさ」
「盗みの時には土の錬金魔法を使うからよ。屋敷の壁やドアなんかも錬金でただの土に変えてしまうの」
トンガリの質問に、今度は即座に答えました。
「そんなわけでついた二つ名が『土くれ』ってことよ。分かった?」
「魔法使いの泥棒ってか。何だかかっこいいじゃねえか」
ブタゴリラにしてみれば、そのフーケはまるでテレビの番組にでも出てきそうな雰囲気の魔法使いのように思えていました。
ただの泥棒よりは、魔法で華麗に盗みを働く未知の大怪盗、のようなイメージを抱きます。
「痛てっ!」
「何言ってるのよ、あんたは! 相手は恐れ知らずにも貴族の宝を盗みだす盗賊なのよ! 分かってるの!?」
呑気なことを言うブタゴリラの頭をルイズが叩きます。
「まあまあ、ルイズちゃん。落ち着いて……」
「その泥棒が、伯爵のお屋敷に現れたっていうことなの?」
キテレツが宥めると、みよ子はさらに問いかけます。
「そうみたいね……今、オールド・オスマンやコルベール先生が様子を見に行ってるみたいだけど……」
「まあ、そういう訳だからあたし達も午後の授業は閉講というわけなの」
キュルケは肩を竦めて自分達生徒の現在状況を伝えました。
モット伯の屋敷にフーケが盗みに来たという報せが届いたのは、ちょうど午前の授業が終わってすぐのことだったのです。
「大丈夫かなあ……その泥棒に即時剥製光が盗まれてないと良いんだけど……」
「あたしもそれで心配なのよ……。フーケはマジックアイテムとかも盗み出すって聞いてるから……」
キテレツの懸念にルイズも同意します。
「おいおい、それじゃあやばいじゃねえか。あれがないと手掛かりが掴めないんだろ?」
「ねえ、キテレツ君。あたし達も様子を見に行ってみましょうよ」
「それが良いよ、キテレツ君。行って確かめましょう」
「うん。あれが悪用なんかされていたら大変だからね」
みよ子と五月に促され、キテレツははっきりと頷きます。
「今はモット伯の屋敷に王宮から派遣された兵士がいるって聞いてるから、あんた達だけで行ったって入れてくれないわよ。あたしも行くわ」
こうしてキテレツ達はモット伯の屋敷へまた向かうことになりました。
キテレツのキント雲の乗って行くことになるのですが……。
「何よ。あんたまで付いて来るの? 様子を見に行くだけなんだから、あたしがいるだけで良いでしょうが」
「一緒にモット伯を脅かした仲じゃないの。……この雲、本当に不思議な感触ね」
キント雲に乗り込もうとするキュルケにルイズが噛み付きますが、本人はどこ吹く風と言わんばかりに軽く受け流しました。
しかし、キテレツはそんな様子を見て困った顔をします。
「キュルケさん。悪いんだけど、定員オーバーなんだよ。もうこれ以上は乗れないんだ」
キテレツ達が六人と、さらにルイズが無理をして乗り込んでいるので、どんなに詰めてもギリギリ乗れるか乗れないかです。
「タバサちゃんはどうしたナリ? いつもいるのにいないみたいナリが……」
「ああ。あの子なら今日は外出中みたいね。たまに一人でいなくなったりするから気にしないで」
答えながら、キュルケはキント雲から降りていました。
「それじゃあ、王宮の人に怒られないようにしなさいよ。ルイズ」
「ほら! 早く飛ばしなさい! キテレツ!」
「うわあ! 分かったから、ちゃんと座ってよ!」
キテレツの頭を掴んで声を上げるルイズに困りながらも、キテレツはキント雲を飛ばしました。
◆
モット伯の屋敷の近くの森でキント雲を降りると、キテレツ達は屋敷へと急行します。
「こら! 何だ、お前達は!」
「ここは現在、立ち入り禁止だ。すぐに立ち去りなさい!」
屋敷の正門前には警備の兵と全く別の兵士達がおり、やってきたキテレツ達の前に立ち塞がりました。
彼らは王宮から派遣されたメイジの兵士です。
「お願いします。僕達、ここに急用があるんですよ」
「通して欲しいナリ」
「駄目だ、駄目だ! 平民が一体、ここに何の用があるのだ! さっさと帰れ!」
キテレツとコロ助が懇願しても兵士達は聞く耳を持ちません。
「申し訳ございません。この者達の無礼は謝ります。ですが、わたくし共はモット伯爵に急用があるのです。お忙しいとは存じますが、どうか謁見の許可を頂きたいのです」
「駄目だと言っているだろう。子供が首を突っ込むんじゃない!」
「お前は魔法学院の生徒だろう? 早く学院へ戻れ!」
ルイズが取り成そうとしても、兵士達は相変わらず「帰れ」の一点張りです。
キテレツ達は困ってしまいました。これでは事件の現場を確かめることができません。
「おや? 君達は……」
と、そこへ屋敷の方から正門へとやって来る男がいました。
彼はキテレツ達を見かけるなり、何事だろうと足早に駆けつけてきたのです。
「コルベール先生!」
「ミス・ヴァリエールにキテレツ君まで……何をしているのかね。ここは生徒が来る所ではありませんぞ」
現れた禿頭の男、コルベールはキテレツ達の顔を見回して驚いています。
「コルベール先生。僕達、この屋敷に大事な用があるんです。モット伯爵さんとどうしても話したいことがあって……!」
「モット伯か……う~む、彼ならもうここにはいないぞ、キテレツ君」
「え? もういないって……ミスタ・コルベール。どういうことですか?」
顔を顰めて告げるコルベールにルイズも驚いた様子で尋ねます。
「ここで話すのも何だからね。ひとまず向こうで話をしましょう。……悪いが、この子達を通してあげてくれませんかな?」
コルベールが兵士達に言うと、彼らは渋々と了承してキテレツ達が先に行くのを許可してくれました。
「わあっ! 何だありゃあ?」
「屋敷にあんな穴が開いちゃって……」
兵達が闊歩する敷地内の庭を歩く中、ブタゴリラとみよ子が大声を上げて驚きます。
見ればモット伯の屋敷の二階の一部には大きな穴が開けられた破壊の跡が刻まれているのですから。
「うむ。土くれのフーケの仕業さ。あの有名な盗賊メイジが、土のゴーレムを召喚して破壊したのだよ」
「でも、あんな大穴を開けちゃうなんて……屋敷よりも大きなゴーレムだったのかなあ?」
「フーケが召喚したゴーレムは、この屋敷に勤めていた警備兵の話によれば20メイルはあったという話だからね」
疑問を口にするトンガリにコルベールは教師らしく答えます。
「ところでミスタ・コルベール。モット伯爵がもういないとは、どういうことですか?」
「ああ。彼なら今日の朝、王宮の衛士に連れて行かれてしまったそうなんだよ」
「あの白菜が連れて行かれたあ?」
ルイズの質問に答えたコルベールの言葉にキテレツ達は怪訝そうに顔を見合わせます。
「伯爵が連れて行かれたって、どうしてなんです?」
「それは、あの穴が開けられた場所へ行けば分かるよ」
コルベールに連れられ屋敷の中へと入っていったキテレツ達は、そのままある場所へとたどり着きました。
「あ……ここは」
やってきた場所に五月は目を丸くします。
そこは、先日キテレツ達が侵入した際に目にしたモット伯の剥製コレクションが置かれていた隠し部屋でした。
壁にはこの間までは無かったはずの大きな穴が開けられて破壊されており、露となった隠し部屋は外から丸見えとなっています。
「あの壁の破壊の具合から見て、フーケは相当に強力なゴーレムを使ったに違いない」
「ゴーレムって何ナリか? キテレツ」
「簡単に言えば、魔法で動く土の人形みたいなもののことだよ」
コルベールの説明がよく分からないコロ助にキテレツが簡単に説明します。
「噂には聞いていたけど……本当にゴーレムを召喚してここまでするのね……」
「やることが派手だわ……」
「泥棒っていうより、強盗ね。そのフーケって」
ルイズもみよ子も五月も思わず呆然としてしまいます。
「何でもモット伯はマジックアイテムを使って、若い娘達を剥製にしていたというのだ。あそこに置かれているのがそうだ……」
「まだ全部戻ってないんだな……」
顔を顰めるコルベールにキテレツも同じ顔を浮かべます。
隠し部屋の隅には、まだ元に戻されていない人間の剥製が置いてありました。
「きっと、今回の騒ぎでバレちゃったのね……」
「ま、事故のいちじくって奴だな……」
「自業自得でしょ」
五月とブタゴリラがぼそりと呟くとトンガリが突っ込みを入れます。
フーケの襲撃によってこの隠し部屋とその中にあった剥製コレクションの存在が露呈となり、穏便に済ませたかったモット伯の秘密と悪行が知られてしまったのでしょう。
それでモット伯は連れて行かれてしまったのです。
「君達は、ここにこのような物があったのを知っていたのかね?」
「あ、いや……まあ、ちょっと……」
あまり驚かない様子のキテレツ達に疑問を持ったのか尋ねると、キテレツはバツが悪そうにします。
まさか、屋敷に無断で侵入して騒ぎを起こしたなどと素直に言えません。
「おや。君達も来たのかね? ミス・ヴァリエールにキテレツ君」
「オールド・オスマン!」
「学院長先生!」
そんな中、通路を通ってキテレツ達の前に現れたのはオスマン学院長です。
彼の傍にはオスマンの秘書である女性、ロングビルが一緒にいました。
「王宮の勅使である伯爵が我らに勧告をしてきたというのに、自分自身がフーケの標的にされるとは皮肉なものじゃの」
実は先日、モット伯は魔法学院へ王宮からフーケに注意をするようにという呼びかけを告げに来ていたのでした。
「ですが、今回ばかりはモット伯爵が王宮へ捕縛されたのは頷ける気もします」
「まあ、仕方あるまいの。彼は人間を剥製にするという、非道に手を染めていたそうじゃからの。貴族ともあろうものが、そのようなことをしては捕縛されるのは当然じゃ」
ロングビルが静かに辛烈な言葉を口にするとオスマンも小さく頷きました。
「皮肉にもフーケの手によって、モット伯の悪行が暴かれたというわけじゃな……ほほほっ、これは中々良いものじゃの」
「……オールド・オスマン。おやめください。不謹慎でございます」
若い娘の剥製人形を眺めているオスマンをロングビルがその首根っこを掴んで引き戻していました。
「何やってんだよ、じいさん……」
「ちょっと幻滅だね」
威厳ある学院長であるオスマンの一面を見て、ブタゴリラとトンガリは呆れます。
「学院長先生、コルベール先生。そのフーケっていう泥棒は一体、この屋敷から何を盗んでいったんですか?」
「オッホン……うむ。そこの壁を見たまえ」
軽く咳払いをするオスマンは杖で部屋の壁を指します。そこには文字が刻まれていました。
「何て書いてあるんだ? 読めねえよ」
通詞器を使ってハルケギニアの言葉を聴いたり喋ったりすることはできても、さすがに読むことはできません。
「『貴官所蔵の錬金の魔法銃、確かに領収致しました。土くれのフーケ』」
ブタゴリラが頭を抱えていると、ロングビルが文字を読み上げてくれました。
「あ、どうもありがとうございます! お姉さん!」
「いいえ。良いんですよ」
ブタゴリラが礼を言うと、ロングビルはにっこりと微笑みかけました。
「錬金の魔法銃って……それじゃあ! ああ~……やっぱり盗まれちゃったんだあ……」
即時剥製光がフーケに盗まれてしまったことを知り、キテレツはがっくりと膝をついてしまいました。
せっかく元の世界へ帰れる手掛かりが見つかったと思ったのに、それが泥棒に盗まれてしまうなんて最悪です。
「キテレツ君……」
みよ子はキテレツの肩に手をやり、慰めようとします。
「錬金の魔法銃……ワシも少しばかり噂には聞いておったがの……」
「キテレツ君は、それを知っているのかね?」
「知っているも何も、キテレツの発明品ナリよ!」
「あれは即時剥製光という名前の道具なんです」
オスマンとコルベールにコロ助と五月が言いました。
「何と! まさか君の、異国のマジックアイテムがこの地へ流れてきていたというわけかね!」
「と、いうことは……そこにある剥製の娘達は……」
「全部、連れて行かれちまった白菜のオッサンがそいつで変えちまったものなんすよ」
驚くオスマンとコルベールは剥製の人形達を振り返ります。
あれがなければ残りの剥製にされた女の子達を元に戻すことさえできないのです。
「何ということだ……一刻も早く、フーケを捕まえてあの娘達を戻してあげねばならんな」
「ミスタ・コルベール。そのフーケはマジックアイテムをもしかしたら、どこかに売り払っている可能性が高いですわ。それだけ価値のあるマジックアイテムなら尚更です」
「うむ。フーケほどの怪盗ならば、闇市場にでも売りかねぬな」
ロングビルの推測にオスマンは同意しています。
「それじゃあ、すぐにトリステイン中の店に捜査が入るのですか?」
「そういうことになるの。まあ、外国に売られてしまっても、売買のルートを探ればすぐに見つかるじゃろうて」
ルイズの問いかけにオスマンはしたり顔で答えました。
「でもさ、そのフーケっていう泥棒がまだ持っていたらどうするのさ」
「もしそうだったら、探しようがないんじゃないかしら」
「うむ……」
トンガリとみよ子の意見に教師達は困ったような顔をしてしまいます。
フーケが即時剥製光を売らずに所有しているのであれば、いくら売買のルートを探ろうとしても無駄になってしまうのです。
「キテレツ。何か良い物ないのかよ? 犯人を捜す道具くらいあるだろ?」
「とりあえず……これを使ってみようか」
キテレツは持ってきたケースを開けると、中から取り出した道具を一つ、如意光で大きくしていました。
「それが、ミスタ・コルベールの言っていた異国のマジックアイテムなのですか……」
「ははは……どれも不思議な効果を持つものばかりだよ。キテレツ君のマジックアイテムは、どれも素晴らしいものだ」
感嘆とするロングビルにコルベールは目を輝かせながら言います。
二人ともキテレツの発明品に対する関心が強いのでした。
「それはどんな効果があるのよ」
「カメラ?」
ルイズと五月がキテレツが取り出した木製のカメラに目を丸くします。
「これはね、回古鏡と言って、過去を写すことができるカメラなんだ」
「過去を……写す!?」
「そんなことまでできるの?」
キテレツの説明に二人は声を上げていました。
教師二人と秘書も回古鏡を目にして目を丸くします。
「そんなマジックアイテム聞いたことがないわ! どうやって、過去を写せるっていうの!?」
「分かった、分かったよ! ……じゃあ、ちょっと試してあげるね」
詰め寄ってくるルイズにキテレツは困惑をしつつも、回古鏡を構えます。
「それじゃあ学院長先生、コルベール先生、ロングビルさん。ちょっとこっちを向いたままじっとしていてくれませんか?
「うむ」
「ええ……」
「良いとも」
承諾した三人に対し、キテレツは回古鏡の時間ダイヤルをセットします。
「ま、二時間前くらいが良いかな……じゃあ、いきますよー!」
「うわっ!」
「おおっ!」
「うっ!」
「眩しい!」
キテレツは回古鏡で三人を連続で撮ります。その度にフラッシュして三人はもちろん、ルイズまでもが驚き眩しがっていました。
「さあ、これで三人の二時間前が写るはずなんだけど……」
「本当に過去が写ってるの? 見せて!」
「あたしにも!」
「俺にも見せろよ!」
「ワガハイにも見せるナリ」
「ばっちり写ってる?」
コロ助達はインスタント式ですぐに出てきた写真を見ようと、殺到します。
キテレツの手には、たった今撮られた三枚の写真があります。
「……何だこりゃ」
「何やってるの……」
「うわ……」
写真を見たブタゴリラもトンガリもみよ子も、じっとりとオスマンの方を見つめています。
「な、何じゃ。その顔は」
「何よ。あたしにも見せなさいよ!」
「あっ!」
ルイズはキテレツの手から写真をひったくると、それを自分の手の中で目にします。
その後ろからオスマン達三人が覗き込んできました。
「んなっ!?」
「っ……!」
オスマンとロングビルは一緒に目を見開き、唖然とします。
ロングビルの眼鏡が思わず落ちそうになりました。
オスマンとロングビルの二時間前を写した写真。そこには、学院長室で本棚に本をしまっているロングビルのお尻を撫でているオスマンの姿があったのです。
時間は同じなので、状況は同じですがアングルがそれぞれ異なっていました。
「学院長……何をやっているのですか」
「聞かないでください。ミスタ・コルベール」
コルベールまでもが呆れた様子でオスマンを見ますが、ロングビルが眼鏡を手で直しながら強い口調で言いました。
ちなみにコルベールの二時間前は、午前の授業で教壇に立っている姿が写しだされていました。
「本当に、そのマジックアイテムとやらは過去を写す力があるようじゃの……まさか、あんな場面を写すとは……」
オスマンはブツブツと小さく呟いていました。
「うむ……これは素晴らしい……! 君のマジックアイテムは、こんなことまでできるなんて!」
「本当に驚きですわね……」
「とにかく、これで昨日の夜にここで何があったのかを写してみますね」
感動するコルベールとロングビルが唖然とする中、キテレツはこれからすべきことを告げます。
回古鏡でフーケが盗みに入った時の光景を写せば、何か手掛かりが見つかるかもしれません。
「それじゃあ、昨日の夜中を30分ごとに……」
キテレツは事件現場の部屋を次々と回古鏡で写真を撮っていきます。
10枚ほどになる写真の束の中……。
「あ! これだ!」
多くは事件後、もしくはフーケの侵入前の様子が写っていましたが、その中の一枚に、違う場面が写っていたのです。
「これが、土くれのフーケ?」
「本当に部屋の壁に穴を開けてるみたい」
写真を覗き込むみよ子と五月は、ゴーレムの腕を伝って颯爽と侵入してきたらしい黒いローブを纏った人物が写っているのを目にしていました。
「何か女の人みたいだな」
「ええっ? お姉さんなの? これ」
「ワガハイにも見せて欲しいナリーっ!」
そして、写っている人物はどうやら女性であることが分かります。
「何と……土くれのフーケは、女であったのか! ほほっ……これは中々の美女と見た」
「これは初耳ですなぁ……」
「……そうですわね」
横から覗き込むオスマンとコルベールが驚く中、ロングビルは顔を顰めて写真を見つめます。
「ねえ、顔がよく見えないわよ」
「ごめん。そこまでは……」
「それじゃあ意味がないじゃない!」
困惑するキテレツにルイズは声を荒げます。
写真に写っているフーケはフードを目深く被っているおかげで人相が分かりません。
微かに口紅を塗った口元が見えるだけでした。
「まあまあ、ミス・ヴァリエール。フーケの正体の一部が垣間見れただけでも良いではないか」
「早速、王宮に手配してもらうとしよう。土くれのフーケは、綺麗なオナゴのメイジであるとな!」
「それがいいですわね……」
張り切るコルベールとオスマンに対し、ロングビルはますます苦い顔を浮かべて写真を睨みつけていました。