キテレツ大百科 ハルケギニア旅行記   作:月に吠えるもの

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少女達の危機! レンコン、モット伯の人形館・中編

「みよちゃん、どこに行ったんだろうな」

「きっと近くを散歩してるんだよ」

 

みよ子達がモット伯の屋敷へ着いていた頃に起きていたキテレツ達はみよ子の姿がないことに気が付きました

しかし、トンガリの言う通り、どこか近くを散歩でもしているのだろうと思い、深く気にかけることはなかったのです。

朝食にはひょっこり姿を現すだろうと思って待っていましたが、それでもみよ子はやってきませんでした。

 

「早起きして一体どこにいったナリか? みよちゃん……」

 

コロ助はみよ子が座っていた隣の椅子を心配そうに見つめます。

 

「もしかして散歩道の途中で迷子になってるんじゃねえか?」

「いくら何でもそんな……この辺りは草原で、この建物もすごい目立つんだよ?」

 

賄いを食べながらのブタゴリラの言葉にトンガリはそう言い返します。

遠くからでも魔法学院は見えるのですから、少し離れてしまっても戻ってこられるはずです。

 

「そんなに遠くまで外へ出たりはしないと思うんだけどなあ……」

「キテレツぅ……ワガハイ、みよちゃんが心配ナリよ……」

 

最初は楽観的に考えていたキテレツ達でしたが、次第に不安になってきます。

もしも本当に迷子になっていたら、一体今みよ子に何が起きているのか全く分からないのです。

 

「まだ戻ってきてないんだ、みよちゃん」

 

そこへ五月が食堂でのルイズの世話を終えて戻ってきました。

 

「いくら何でも遅すぎるナリ。やっぱり、どこかで迷子になってるナリよ。キテレツ、みよちゃんを捜すナリ」

「うん。万が一……ってことも考えられるからね。後でみんなで捜しに行こうか」

「こういう時もキテレツの発明が役に立つからな」

 

キテレツの発明品はどれも様々な状況で役に立てられるものばかりです。

人捜しや物探しも簡単で、その手段も多様に渡ります。みよ子をすぐに見つけることもできるでしょう。

 

「……五月ちゃん、どうしたの?」

 

トンガリは五月が厨房をやけにきょろきょろと見回していることに気が付き声をかけます。

 

「うん。……シエスタさんの姿が見えないなって思って」

「ありゃ、そういやあいないな。シエスタの姉ちゃん」

 

キテレツ達も五月の言葉を聞いて気づいたようです。

五月は今日の朝からずっと、食堂でもシエスタの姿を見かけることはありませんでした。

いつもならルイズの洗濯物を洗いに行く時に顔を合わせますし、食堂で給仕をしている彼女の姿を必ず見かけているはずなのです。

 

「今日はお休みなんじゃないの?」

「まさか。そんなことないでしょ」

 

トンガリの言葉を五月は否定します。シエスタが働き者のメイドであることは五月も知っていました。

ましてやシエスタが仕事をサボるなんてことは考えられません。と、なれば後は病欠ですが……。

 

「何だ。お前さん達は聞いてなかったのか」

 

と、そこへマルトーがやってきます。何やら表情がいつもの豪快な性格とは思えないくらいに重くなっていました。

 

「マルトーさん。シエスタさんのことを何か知ってるんですか?」

「ああ。シエスタなら、もう辞めたんだよ」

 

五月が尋ねると、マルトーはあっさりとそう答えます。

 

「そんな……」

「辞めたぁ?」

「シエスタちゃんが辞めちゃったナリか?」

 

五月もブタゴリラもコロ助もあまりに唐突な言葉に一様に驚いてしまいます。

 

「でもどうしていきなり辞めたんですか?」

「ああ。急遽、モット伯っていう貴族に仕えることになってな。今朝、迎えに来た馬車に乗って行っちまったのさ」

 

キテレツが尋ねるとマルトーはそう説明しました。

 

「もっと白菜?」

「ブタゴリラ……」

 

ブタゴリラの言い間違えにトンガリも他のみんなも突っ込む気力がありません。

 

「ははは……とにかく、シエスタはその伯爵様の個人的な使用人になったんだよ」

「残念ナリ。シエスタちゃんのコロッケ、もっと食べたかったナリよ」

 

苦笑しつつも言うマルトーに、コロ助は残念そうに呟きます。

せっかく好物のコロッケがもっと味わえるかと思ったのに、こうなってしまうとは予想できませんでした。

 

「そっか……だから、昨日あんなに様子が変だったのね」

 

五月はシエスタが昨晩の夕食の時に雰囲気が少しおかしかった理由を知ります。

シエスタは五月達との別れを惜しんでいたのです。コロッケを食べさせてくれたのもそのためなのでしょう。

それでもシエスタはさよならだけは言いませんでした。五月が転校する時にさよならを言わないのと同じです。

 

「でも、それって貴族の人から直接スカウトされたってことでしょう? マルトーさん」

「ああ、らしいな……」

 

トンガリの言葉にマルトーは力無く相槌を打ちました。

 

「それって普通に考えれば結構、ラッキーなことなんじゃないの?」

「どういう意味だよ。トンガリ」

「何てこと言うの、トンガリ君」

「何でシエスタちゃんがその偉いお殿様の所で働くのがラッキーナリ?」

 

少々薄情なトンガリの言葉に三人はそれぞれ声を上げます。マルトーも顔を顰めていました。

 

「だって、直接貴族の人に仕えるっていうのはそれはそれで名誉なことじゃない。その貴族の人が偉ければ尚更だよ。僕ん家で言ったら、パパが会社の社長や取引先の相手に気に入られるようなものなんだよ」

 

トンガリの少々自慢が入った言葉にキテレツ達は呆れました。

上流階級のお坊ちゃまであるトンガリならではの考えです。よりエリートな人間の下につくことは出世への道にもなるのですから。

 

「おいおい。坊主、とんでもないこと言うなよ。お前さん達はそのモット伯のことを何にも知らねえだろう?」

「え……ど、どういうことですか」

 

声を荒げるマルトーにトンガリはビクつきます。

 

「モット伯はな、王宮に仕えている貴族なんだが以前からあまり良い噂を聞かない奴なんだよ。よくこの魔法学院にもやってくるんだが、シエスタみたいに若い娘で気に入ったのを見つけたら、すぐに自分の屋敷に買い入れちまうんだ」

「何でそんなことするナリ? お手伝いさんがそんなに足りないナリか?」

「そんな訳ねえだろ、ネギ坊主。モット伯は、噂じゃあ相当な女好きって話でな。召抱えた若い娘も自分の妾にしてるんだ」

 

能天気なコロ助にマルトーは溜め息をつきながら言いました。

 

「妾って何ナリか?」

「愛人のことだよ。要するに、自分に奥さんがいても他にいる女の人のことを妾って言うんだ」

 

よく分からない様子のコロ助にキテレツは簡単に説明します。

 

「シエスタさんが……そんな……」

「結局、俺達平民は貴族の言いなりになるしかないのさ」

 

驚く五月に諦めたような口調で言うマルトーは、自分の仕事へと戻っていってしまいました。

 

「シエスタの姉ちゃんがいなくなって、みよちゃんまでいなくなっちゃって……何だかなぁ」

 

一度に二人の女の子が周りからいなくなるというのは、いい気がしません。

 

「ミヨコ? ああ、あの子ならあたし見かけたわよ」

 

すると、突然そこにトレーを運ぼうとしている別のメイドが話しかけてきました。

 

「え? 本当ですか!?」

 

そのメイドの言葉にキテレツは思わず声を上げてしまいました。

驚く他のみんなの視線もメイドに集中します。

 

「え、ええ……今朝、シエスタを迎えに来た馬車にシエスタと一緒に乗っていったのを見たけれど……」

 

そのメイドは朝の仕事で洗い物を運んでいる最中に正門でみよ子とシエスタを見かけていたのです。

 

「それじゃあ、みよちゃんもそのもっと白菜って奴に連れていかれちゃったって言うのか?」

「そんな……! どうして、みよちゃんまで……!」

 

キテレツはみよ子が妾として連れて行かれてしまったと聞いて驚きを通り越して、愕然としてしまいました。

みよ子はキテレツの憧れの女の子なのです。それが異世界の訳の分からない貴族の愛人にされてしまうなんて考えたくありません。

 

「何かの間違いナリよ!」

「とにかく、そのモットっていう伯爵の所へ行きましょう」

「え~……本当に行くの?」

 

立ち上がる五月の言葉にトンガリは乗り気ではない様子です。

 

「お前、みよちゃんを見捨てるって言うのか?」

「ぼ、僕は別にそんなつもりじゃ……ただ、その貴族の人をあまり怒らせたりしたら何があるか……」

 

掴みかかってくるブタゴリラにトンガリは気弱に弁明します。

しかし、そんな姿を見て五月はきつい顔で睨みます。

 

「もう! こんな時に何言ってるのよ、トンガリ君! みよちゃんが危ない目に遭っているかもしれないのよ!? トンガリ君はみよちゃんが心配じゃないの!?」

「さ、五月ちゃん……!」

 

大好きな五月にまで責められてトンガリは逃げ腰になってしまいます。

 

「本当に元気な子達だよな」

「まさに勇者って奴かな」

 

マルトーら厨房の給仕達は同じ場所で働く同僚のシエスタがいなくなったことで重苦しい雰囲気でしたが、キテレツ達の姿を見て少しだけ元気を取り戻していました。

同じ平民なのにあそこまで元気でいられるのが、彼らには不思議でたまらないのです。

 

 

 

 

「モット伯? ああ、彼なら王宮の勅使でよくこの学院に来るわね。いつも偉そうにしているからあたしはあんまり好きじゃないけど」

 

五月は午前の授業へ向かおうとするルイズを捕まえていました。

モット伯がどこにいるのかが分からないと話になりません。ルイズなら居場所を知っていると思ったのです。

 

「で? 彼に何の用なの?」

「それがね……みよちゃんが、そのモットっていう人の所へ連れていかれちゃったみたいなの」

「はあ? 何ですってえ?」

 

五月の言葉を聞いて眉を顰めて声を上げてしまいました。

 

「よくは分からないんだけど……そこで働くことになったシエスタさんと一緒に馬車に乗って行っちゃったそうで……」

「もう~……何であんた達はこうトラブルばかり起こすの?」

 

ルイズは額を押さえて大きな溜め息をつきます。

これ以上、トラブルばかり起こしていては本当にルイズ自身の面子も丸潰れとなってしまうのです。

ルイズには五月達の面倒を見る責任がありますが、面倒事ばかり起こされるようではたまったものではありません。

 

「はあ~……でも何であんたの友達がモット伯の所へ行ったのかしら……」

「それは分からないんだけど……」

「もう……分かったわ……今日の授業が終わったらあたしが一緒にモット伯の屋敷へ行ってあげるわよ。それまで待ってなさい」

「ごめんね、ルイズちゃん」

 

面倒事ばかり引き起こしてしまうことに五月は思わず謝ってしまいます。

 

「その代わり、帰ってきたらあんた達にはちょっとお仕置きをしてあげるからね。覚悟しなさい」

「……うん」

 

五月は苦笑して頷きます。言い置いたルイズは授業へ出席するためにそのまま五月と別れました。

 

「どうだった? 五月ちゃん」

「ルイズちゃんの授業が終わったら連れて行ってくれるって」

 

五月は本塔の入り口で待っていたキテレツ達と合流してそう伝えます。

 

「何で今すぐそのもっと白菜の所へ行かないんだよ。場所さえ聞きゃ俺達だけで充分じゃねえか」

「それはまずいよ、ブタゴリラ。僕達だけで行ったって、その伯爵はまともに会ってくれないと思うよ。誰か同じ貴族の人がいてくれた方が良いよ」

 

キテレツ達はこの世界では何の後ろ盾がない立場なのですから仕方がありません。

しかし、ルイズの従者という形であれば一緒にいても大丈夫なはずです。

 

「その方が良いよ……」

「みよちゃん、今頃どうなっているのか心配ナリ……」

 

トンガリは弱気にそう賛成し、コロ助もみよ子のことが心配で不安になっていました。

 

 

 

 

昼を過ぎ、夕方より少し前にルイズ達生徒の一日の授業が終わりました。

ルイズは約束どおり、キテレツ達をモット伯の所へ案内するために彼らを正門広場へと連れてきます。

 

「さ、キテレツ。あんたのあの雲に乗っていくわよ」

「うん。ちょっと待っててね」

 

腕を組むルイズに命じられてキテレツはリュックから取り出した如意光でキント雲を大きくします。

 

「これ、本当に雲なの? 一体、どんな材料使ってるのかしら……」

 

大きくなったキント雲を間近で見つめるルイズはキント雲を指でつついてみたりしてその触感を確かめます。

 

「おい、早く乗ってくれよ。お前がいないとこっちも道が分からねえんだから」

「うるさいわね、分かってるわよ。あたしがわざわざ付いていってあげるんだから感謝しなさい?」

 

既にキテレツ達が乗り込んでいる中、ブタゴリラが催促しますがルイズは強気に言い返しました。

ルイズは一番後ろ、五月の隣へと乗り込みます。

 

「へ、へえ……中々良い座り心地してるじゃないの。この雲」

「わたしも初めて乗るんだけど、不思議な座り心地ね」

 

ルイズと五月は初めて乗ることになるキント雲のふわふわとした乗り心地に感嘆としています。

その何ともいえない独特な感触は、キント雲……仙鏡水で作られた特殊な雲ならではのものでした。

 

「早く飛んでみなさいよ。この雲で空を飛べるんでしょう? ほら! 早くしなさい!」

「もしかして乗ってみたかったナリか?」

「うるさいわね。あんたは黙ってなさい!」

「んぎゃ!」

 

妙に興奮気味のルイズを怪訝そうに見つめるコロ助の頭を、突っ込まれた本人は声を上げながら掴みました。

 

「暴れないでよ。ルイズちゃんも五月ちゃんも、しっかり掴まっててね。それじゃあ行くよ!」

「う……うわああああっ!? きゃああああああっ!」

 

一番前で操縦レバーを握るキテレツが告げるとキント雲は浮かび上がり、見る見る内に空高く飛び上がっていました。

 

「きゃああーっ! すごいわ! 浮いたわ! 信じられない! これ本当にマジックアイテムなの!? どうやって浮いてるの!?」

「すごーい……!」

 

初めて体験する感覚にはしゃぐルイズはキント雲の上で思わず立ち上がりました。

五月も同様に驚き、キント雲の上から見下ろせる地上を目にして声を漏らします。

地上では生徒達がキント雲を見上げて驚いている様子が窺えます。

 

「危ないよルイズちゃん。それで、モット伯の屋敷ってどこなの?」

「あ! あ、ああ……! そうだったわね! それじゃあ、あたしの言う通りに飛びなさい! 良いわね!?」

 

尋ねてくるキテレツにルイズははしゃぎつつもそう命じます。キテレツはルイズの指示通りにキント雲を飛ばすことにしました。

 

「本当にすごいわ! 何これ!? こんなのに乗るなんて初めてよ!」

 

空をゆっくりと飛んでいくキント雲の上でルイズはさらにはしゃいでいました。

 

「しっかり掴まってないと危ないよ、ルイズちゃん」

「魔法学院があんなに小さくなってるわ!」

 

そんなルイズを座ったままの五月が注意します。しかし、ルイズは五月の言葉が耳に入っていないようでした。

 

「まるで子供だな……」

「そりゃあ子供でしょ……」

 

ルイズのはしゃぎようにブタゴリラとトンガリは呆れ気味の様子でした。

ルイズはキテレツ達からしてみれば同じくらいの年代の女の子にしか見えません。

 

「ルイズちゃん。こっちで良いんだね?」

「え、ええ! そう遠くないからもうすぐよ!」

「あら! 空の旅にずいぶんとご満悦なご様子ね。ルイズ!」

 

キテレツの問いかけに相変わらず喜びに浸りながら答えるルイズでしたが、突然誰かの声がかかります。

キテレツ達は辺りを見回しますがこの空には自分達しかいないはずです。

 

「こっちよ、こっち!」

 

声はキテレツ達のすぐ上から聞こえてきました。一行が真上を見上げてみると、そこには一匹の風竜が飛んでいます。

 

「タバサちゃんのドラゴンナリ」

「キュ、キュルケ!?」

 

高度を下げてキント雲の横につけてきたのは、タバサの使い魔であるシルフィードでした。

そして、その上には主のタバサと一緒にキュルケが乗っています。突然のキュルケの出現にルイズが仰天してしまいます。

 

「ハアイ、御機嫌よう」

「キュルケさん。どうしたの?」

「何しに来たのよ! キュルケ!」

「あなた達がその雲に乗るのを見つけたものだから、ちょっとタバサと一緒に追いかけてみたくなったの。ね、タバサ?」

 

五月とルイズが尋ねるとキュルケはタバサの頭を後ろから撫でています。

二人とも、不思議なマジックアイテムを使うキテレツ達にとても興味を抱いているのでした。

 

「あんたに用なんかないわよ! あたし達は今急いでるんだから!」

 

ルイズは腰に手を当てて立ったままキュルケに向かって叫びました。

 

「あら、どこへ行こうと言うのかしら? トリスタニア? それともラ・ロシェール?」

「違うわよ! あんたには関係ないじゃない!」

「まあまあ、せっかくだから良いじゃない。付き合わせてもらうわ」

 

ルイズがどんなに喚いてもキュルケは余裕の態度であっさりといなしてしまいます。

 

「何ですってえ!? 何であんたが首を突っ込むのよ!」

「ルイズちゃん! 揺らさないでよ! 落ちちゃうよ!」

 

キント雲の上で暴れるルイズにキテレツが慌てて叫びます。

ルイズが暴れているせいで、キント雲は横に大きく揺れてしまいます。

 

「うわあ! 落ちるぅ!」

「仕方ねえな! 掴まれトンガリ!」

「うわわわあっ!」

「ルイズちゃん、とにかく座って!」

「お願いだから揺らさないでよ~!」

 

キテレツ達は揺れながら不安定に飛ぶキント雲の上で騒がしくします。

その横を飛ぶシルフィードの上で、キュルケは一行の光景を面白そうに眺めていました。

 

 

 

 

10分とかからずにモット伯の屋敷が見えるすぐ近くの森まで到着すると、キテレツ達は着陸していました。

そこから街道を歩いて屋敷の方へと向かっていきます。

 

「ねえ、ところであなた達はどうしてモット伯の館へ?」

「あんた、何にも知らないで付いてきたの? サツキ達の友達が、間違ってモット伯の館にメイドと一緒に行っちゃったみたいなのよ」

「モット伯ねえ。あの中年の貴族かぁ……」

 

あっけらかんとするキュルケにルイズは溜め息をつきます。

 

「みよちゃんがいると良いね……」

「うん……」

「きっといるナリよ!」

 

五月の言葉に頷くキテレツにコロ助も元気よく同意します。

 

「何者だ!」

 

それから数分ほど歩いてモット伯邸の門の前までやってきた一行ですが、その前に警備の兵が現れました。

 

「わたしは魔法学院のルイズ・ド・ラ・ヴァリエールです。ジュール・ド・モット伯爵にお取次ぎをお願いするわ」

 

二人の兵は槍を交差させて道を塞ぎますが、ルイズは毅然とした態度でそう告げます。

兵達は一瞬、戸惑ったような顔をしますが、すぐに一行を館の前まで連れていきました。

 

「広い庭ナリ……」

「こんな所で野球がしたいくらいだぜ」

「伯爵っていうくらいなんだから、これくらいは当たり前だと思うよ」

 

広大な敷地を見回して驚くコロ助とブタゴリラににトンガリが納得したように言います。

それから館の前に着くと、兵の一人が館へ入っていき、さらにそこでしばらく待っていると入館の許可が出ました。

 

「やっぱりルイズちゃんに来てもらって良かったね」

「うん。助かるよ」

「当たり前でしょ。モット伯ほどの貴族が平民とまともに取り合う訳ないんだから」

 

五月とキテレツにルイズは当然だと言いたげにそう答えます。

 

「あんまりぞろぞろ行くといけないから、三人はここで待ってて」

 

中に入るのは貴族であるルイズとキュルケ、タバサですがキテレツ達が全員入ると面倒となります。

よって、キテレツと五月が従者の代表として一緒についていくことにしました。

 

「ちぇっ、つまんねえの」

「賛成だよ……」

「みよちゃんをすぐに連れて帰るナリよ」

「サツキ、キテレツ。早く来なさい」

 

ブタゴリラ達三人が呟く中、ルイズが声高に呼んできました。

キテレツと五月はルイズ達の後ろをついて館の中へと入っていきます。

 

「さすが貴族のお屋敷ってところね」

「うん……」

「これって剥製よね? しかもこんなにたくさん……」

 

廊下を歩く五月とキテレツは煌びやかな貴族の邸宅に目を丸くしていました。

特に一番目についたのは、館の至る所に置かれている動物の剥製です。鳥から猫、果ては熊までもが剥製の人形となって飾られています。

 

「本当に生きているみたい……」

「まさか……」

 

剥製を眺める五月の言葉にキテレツは苦笑します。

それから五人は使用人に屋敷の応接間へと連れられてきました。

そこではモット伯がソファーに腰を下ろしてワインを飲んでいました。

 

「魔法学院の生徒が私に用事があるとは珍しいことだな。しかもラ・ヴァリエール家の娘とは……」

 

テーブルにグラスを置いたモット伯は現れたルイズ達を見回します。

ルイズ達三人の生徒はモット伯に軽く一礼していました。

 

「あの人がモット伯爵よね」

「うん。さすがに偉い貴族そのものって感じだよ」

 

その後ろで五月はキテレツにこっそりと密かに話しかけます。

 

「で、王宮の官吏であるこの私に生徒の君達が何の用だね?」

「はい。今日、伯爵の元にメイドが一人新しく入られたと聞いているのですが……」

 

用件を尋ねてきたモット伯に、ルイズは単刀直入に尋ねかけます。

 

「……シエスタのことか。確かに我がモット家の正式な使用人となったが……あのメイドがどうかしたのか?」

「やっぱりここにいるんだ……シエスタさん……」

 

モット伯の言葉に五月は僅かに呟きます。

 

「そのメイドと一緒にミヨコという平民がいらっしゃいませんでしたか?」

「ああ……あの娘のことだな。うむ、確かにあの娘ならシエスタに付いてきていたな」

 

問いかけてくるルイズにモット伯は僅かに目を細めながら答えました。

 

「その娘はわたくしが預かっている使用人でございます。もしここにいるのであれば、すぐに引き取りたいのですが……」

「何? ヴァリエールの使用人だったのか。それは知らなかったな」

 

モット伯は意外そうに声を上げます。

 

「だが、その平民ならここにはいないぞ。既にお引取り願ったからな」

「モット伯爵。その……伯爵にその娘は何か失礼なことは致しませんでしたか?」

 

ルイズは恐る恐るモット伯に尋ねます。何をしにみよ子がシエスタに付いていったのは知りませんが、また何かトラブルを起こしているのではと心配していました。

ましてや相手は王宮の官吏ですので、下手をすればとんでもないことになるのです。

 

「まったく……使用人の監督はしっかりしてもらわねば困るな。ミス・ヴァリエール。シエスタを返せだの、馬鹿馬鹿しいにも程がある」

「みよちゃんが……?」

 

偉そうに腕と足を組むモット伯は溜め息をつきます。キテレツもみよ子がここでやったことに驚きました。

もしかしたらみよ子はシエスタがここで働くことになったのを理由も含めて知っていたのかもしれません。

 

「まあ、今回は大目に見ておいてやろう。分かったら、すぐに帰りたまえ。私も忙しいのだ」

「……お忙しい中、面会に応じて頂き感謝致します。モット伯爵」

「あの、シエスタさんは今、どちらにいるんですか?」

 

ルイズが深く頭を下げて会釈をすると、五月が前に出てきてモット伯に尋ねました。

 

「ん? お前もあのミヨコと同じ友人か? シエスタなら今、トリスタニアへ使いに出している」

「そうですか……」

 

もしいるなら少し会っておきたかったのですが、どうやらそうはいかなかったようです。

 

「タバサ。何を見ているの?」

 

キュルケは応接間にもいくつか置かれている動物の剥製を見つめているタバサに声をかけます。

タバサが見ているのは、壁の近くに飾られている狼の剥製人形でした。

 

「ふふっ、私は最近、新しい趣味が増えたものでな。以前は珍しい書物のコレクションが趣味であったが、今では剥製を集めるのに凝っていてな」

 

帰れと言いながら、モット伯は自慢げに語り始めました。

自分の宝物を他人に見せびらかせるのがたまらないのでしょう。

 

「では、廊下に置いてあった剥製も全て伯爵のコレクションでございますの?」

「ああ。もちろんだとも。この屋敷には数多くの鳥や獣、幻獣の剥製があるのだ。私はそれを鑑賞するのがたまらなく好きでな。もっと見たければ特別に案内してやっても良いぞ?」

「え、遠慮致します」

 

キュルケの問いに身振り手振りにモット伯は熱く語りますが、ルイズは首を横に振ります。

ルイズもキュルケも興味がなさそうに溜め息をつきました。

 

「貴族の趣味って分からないわ……」

「まあ、貴族にも色々いるからね……」

 

五月もキテレツも、モット伯の趣味にはついていけませんでした。

大金をかけてこんなにたくさんの剥製を集めて、それを鑑賞して悦に入ったり、得意気に客に見せびらかしたりするのはまさしく貴族の趣味そのものです。

 

「いつかは火竜山脈の極楽鳥をこの屋敷に飾りたいものだ! はっはっはっはっ!」

 

大笑いをするモット伯ですが、それとは対照的に無表情のタバサは飾られた剥製をじっと見据えています。

特に一番注目しているのは、剥製達の瞳でした。

 

 

 

 

モット伯の屋敷を後にした一行は、キント雲とシルフィードを置いていった方へと戻っていきます。

 

「みよちゃんはシエスタの姉ちゃんを返してもらいに行っていたんだな」

「でも断られちゃったナリね」

「僕達に何の相談もしないで一人で行くなんて無茶すぎるよ。みよちゃんは……」

 

ブタゴリラもコロ助もトンガリも道中、みよ子の行動力と積極性の高さに驚き、呆れました。

友達としてみよ子のことをよく知っている身としては、今回のみよ子の行動はかなりやりすぎのようにも感じてしまうほどです。

 

「まあ、そのシエスタは確かに可哀相だとは思うけど、仕方がないわね。貴族にも色々いるから」

「シエスタちゃんのコロッケ……もっと食べたかったナリ……」

 

シエスタはあくまで純粋な学院の奉公人である以上、ルイズには何もできません。

コロ助も好物のコロッケをもう食べられないということに残念がります。

 

「ところで、もっと白菜って奴はどんな奴だったんだ?」

「モット伯爵でしょ」

「あんたを連れて行かなくて正解だったわね……」

「ぷぷぷ……」

 

相変わらずのブタゴリラの言い間違えにトンガリは呆れ、ルイズは溜め息をつき、キュルケは密かに爆笑していました。

 

「うん。偉そうなおじさんって所だったわね。あれは」

「典型的な貴族って奴だよ」

 

五月とキテレツはもっと伯に対して抱いていた印象を述べました。

 

「でも、みよちゃんが追い出されたって言うんならどうして戻ってこないんだ?」

「やっぱり、どこかで迷子になってるんだよ。早く見つけてあげないと……」

 

行きは馬車で来ても、帰りが歩きであったなら魔法学院への道が分からなくなってしまったのかもしれません。

 

「もしかしたら案外もう戻ってるのかもしれないよ。それでいなかったら、僕達で捜しに行こう」

「みよちゃん、無事だと良いね……」

 

五月もみよ子の安否を気遣います。

 

「どうしたの? タバサ」

 

キュルケはふと、隣を歩くタバサに話しかけます。

タバサはずっとモット伯の屋敷があった方を振り返って見つめていたのでした。

 

「あの剥製……」

「モット伯の剥製のこと? あれがどうかしたの? あなた、ずいぶんと熱心だったみたいだけど、もしかして興味があるの?」

 

しかし、タバサは首を横に振ります。タバサが気にしていたのはそんなことではありません。

 

「……生きてる」

「ええ? 生きてる? 剥製が? それ、どういう意味よ」

「……まだ何も分からない」

 

タバサ自身にもはっきりと確信は抱けませんでしたが、モット伯の屋敷に置いてあった剥製を見ていて思ったのです。

あの剥製は普通の剥製ではありません。あそこまで傷一つない精巧な剥製を見るのは初めてでした。

一番に気になっていた点は、あの剥製の目は死んだ生き物や造り物でもなく、紛れも無く生ある者の目だったのです。

 

「あの屋敷には……何かある」

 

 

 

 

「ミヨコ? ううん。戻ってきてないわよ」

 

魔法学院へ戻ってきたキテレツ達はメイド達にみよ子の所在を尋ねましたが、全員同じ答えでした。

たった今、キテレツが水場で話しかけているメイドもこの通りです。

 

「そんな……」

「やっぱり迷子になってるナリよ。早く捜しに行くナリ」

 

唖然とするキテレツにコロ助が促します。

ここに戻ってきていない以上、コロ助の言う通りにみよ子はどこかで迷子になってしまっているのでしょう。

ならば、すぐに捜しに行かなければなりません。

 

「ミヨコもモット伯の屋敷へ行ったんでしょう? ……だったら、ちょっと心配だなぁ」

 

メイドは溜め息をつきながら突然、そのようなことを言い出し始めます。

 

「どうして心配ナリ?」

「あなた達、モット伯の噂を知ってる?」

 

メイドはやけに深刻そうな様子で語り始めました。

二人はその様子に対して不安な面持ちとなってしまいます。

 

「あのモット伯は、知っての通りこれまで学院だけじゃなくて、色々な所から若い女の子を自分のお屋敷に召し上げたりしているんだけれどね……」

「な、何ナリか?」

 

コロ助は冷や汗を垂らしながらメイドの次の言葉を待ちます。

 

「その召し上げた女の子はしばらくするといなくなっちゃうんですって。それでまたすぐにモット伯は新しい奉公人を召し上げるんだけど……追い出したって訳じゃないのに、行方が全く分からなくなるの」

「ど、どうしてナリ?」

「さあ……もしかしたら、モット伯に何かされたんじゃないかとか色々おかしな噂があるわ」

「そんな……」

 

もしもそのメイドの言うことが本当なのなら、もしかしたらみよ子はまだモット伯の屋敷にいるのかもしれません。

モット伯が女好きだと言うのなら、シエスタだけでなくみよ子にまで手をつけているのかもしれないのです。

ルイズが尋ねた時はもう帰したと言ったのも嘘であった可能性もあります。

 

「大変ナリ! とにかく、みよちゃんを捜しに行くナリよ! キテレツ!」

「うん!」

 

もちろん、キテレツはそんなことはないと願いたいと思っていました。

どこかで迷子になっていて泣いている……そんな結果であれば安心できるのに、最悪の結末だけは考えたくもありませんでした。

 

「みんな! 早く乗って! みよちゃんを捜しに行こう!」

 

キテレツは他の三人と合流すると、再びキント雲に乗って行動を開始します。

もう既に夕方で、空は赤くなっていました。

 

「夜になる前に見つけないとね」

「きっとどこかで泣いてるぜ」

 

五月もブタゴリラも、みよ子がどこかで迷子になっていることに心配でした。

一刻も早くみよ子を見つけ出さなければなりません。

 

「とりあえず、まずはこの学院から屋敷までの道を低空で捜そう」

「出発ナリ!」

「みんなは下を見て何か見つけたらすぐに教えて!」

「分かったわ!」

「視力2.0の俺に任せろ!」

 

キント雲を学院の外壁を越えられる程度に浮かび上がらせたキテレツは、他の四人に矢継ぎ早に告げます。

大好きなみよ子の無事を強く願っているからこそ、キテレツはここまで張り切っているのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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