-- ここにいれば、誰かが手を引いてくれるって思ったんだ --
-- 王子様じゃなくて、お友達ができるって……ううん………… --
クロッカスから電車に乗り、1駅分行けばすぐにアイリスに到着した。
駅を出るとそこは、多くの人で賑わう街。
年齢層問わず多くの人々が行き交う、とても活気のある街だった。
「まずは何を買うかな」
「ふ、服を見に、行きましょう!」
意外なことに、先導しているのはジーナだった。
最も少女らしいと言えばそうだが、いつも内気な彼女がはしゃいでいる姿に、バルトは笑みを浮かべる。
「服などなんでもいい。それよりも携行火器の予備弾薬を」
「そ、そんなの、いいですから!」
「『そんなの』だと!? 弾薬がどれだけ大切なものか分かって…おい、そんなに引っ張るな!」
「待てよ2人とも!」
ジーナに引きずられながら洋服店に入るスグミと、2人を追うバルト。
その姿は何処か、青春を謳歌する少年少女のようだった。
「ったく…好き勝手に……」
スグミは隙を見て逃げ出していた。
と言うより、慣れない空気に疲れ、少し休みたいと駆け出したのだった。
当然、道も分からなかったがとりあえず比較的に人が少ないところで立ち止まった。
(追跡はない…上手く撒いたか)
ひとまず肩の力を抜き、冷静になる。
そして、あることに気付いた。
「ここ、何処だ……」
辺りを見渡す。
分かりきっていたが、見覚えのあるものは今来た道のみ。
それも、ジーナやバルトを撒くことに集中しており、薄っすらとした記憶しかない。
風向きを確認する、が、残念ながら無風。
どうしたものかと悩みながらも、とりあえず歩みを進めるスグミは、ふとあるものが目に入った。
「ん? ……人か」
普通に歩いていれば見向きもしないような薄暗い路地裏。
紙屑や空缶が、何日間も風に流されてきたのかそこに溜まっている。
そんな所に、
「おい、大丈夫か」
土で汚れた腕で膝を抱えて座る少女に、スグミは手を差し出した。
上に向けられたその顔は、意外と健康的な顔色で、目も明るかった。
その少女は、スグミの手を一瞥すると、スグミの目を見つめて言った。
「あなた…は……?」
周囲の騒音に掻き消されそうなほどに弱い声だったが、スグミはしっかり聞き取った。
「S.M.Sのバルキリー乗りだ。お前は?」
「私…私は、私の名前はミストレーヌ…ミストレーヌ・クルーク。お姉さん、迷子?」
ガラス玉のような瞳でそう質問する、ミストレーヌと名乗る少女。
「そうだ、迷子だ。だがお前を放ってはおけなかった。余計なお節介だったらすまない」
「ううん、いいの。私も迷子だから」
「そうか。一緒だな」
「うん、一緒」
ミストレーヌはスグミの手を取った。
華奢な腕を引いて立ち上がらせると、意外と身長があり、歳はスグミより5つほど下だろうが、身長はその歳にしては高い方であった。
スグミより少し低いくらいであろうその背丈だが、羽織っているコートは地面に付くほど長かった。
「ひとまず歩くか。こんな所では見つけてもらえんだろう」
スグミはうろ覚えの道を戻るルートにミストレーヌを導く。
「ねぇ。お姉さんはいつから迷子なの?」
「スグミ・ドリム、それが私の名だ」
「お姉さんって呼ばせて。で、いつから?」
「つい先程だ。お前はいつからだ」
スグミの返しにすこし俯き気味になるミストレーヌ。
桃色の髪が目元を隠した。
「私ね、生まれてからずっと、迷子なの…」
「どういう意味だ」
「あのね、私、帰る場所も、家族も、友達も、故郷も、最初から持ってないの。だから、迷子なの」
「それは……」
戦災孤児。
この単語がスグミの頭をよぎった。
しかし、ここソーディアでは未だ大きな戦争や反乱は起きていない。
そこを考えると戦災孤児というのは不自然だ。
他の惑星や船団から来ていたとしても、その場合は元いた場所が"帰る場所"と言えるはずである。
謎めいた少女。
それが、スグミの率直な印象だった。
「それを見つけるまで、私が一緒にいてやる」
「え?」
スグミはミストレーヌの手を握った。
目線こそ前に向いたままだったが、スグミはミストレーヌに運命的なものを感じ取っていた。
彼女にしては珍しい、根拠のない感情だった。
しかし、そんな矢先である。
「だがどうやら、お迎えがいるらしいな……」
スグミはポケットから小さな鏡を取り出し、自分の髪をいじりはじめた。
だがその視線は自身のヘアスタイルではなく、後ろに歩く背広を着た3人の男に向けられていた。
「お迎え…?」
「誰かに追われる理由に心当たりがあるか?」
「追われる……?」
スグミの言っていることがイマイチ掴めていないミストレーヌ。
その間にも、背広の男は徐々に近づいてくる。
スグミは確信した。
この男たちの狙いは、ミストレーヌだと。
自分が狙いだという可能性も考えたが、それにしては装備が軽すぎる。
「ひとまず大通りから外れるぞ」
小声でそう言い、少しスピードを速めて路地へ入る。
すると、予想どおり男たちも路地へ入ってきた。
「どうしたのお姉さん?」
「静かにしていろ。今は私の言う通り…に……」
突然、猛烈な痛みと脱力感に襲われ、倒れ込んでしまったスグミ。
後ろの男たちに意識を向けていたところ、真横に潜んでいた別の男に何かを撃ち込まれたのだろう。
(囮…だったか……)
薄れゆく意識の中聞こえてきたのは、口を塞がれたであろうミストレーヌの叫び声と、男が誰かと通信する声だ。
誰かに報告するような口調だ。
「ターゲットを無事クリア。これより帰投します」
(クソッ………)
スグミの意識は完全に闇の中へ堕ちた。
掌から少女の暖かさがすり抜けたのを、最後に感じた。
どのくらい経ったのか、予想もできなかった。
スグミが目を覚ますと、そこはまだ慣れないが知っているベッドの上だった。
まだぼやける視界には、2人の仲間の顔が映る。
「スグミ!」
「スグミさん!」
「バルト…ジーナ……」
そこはグライフの医務室だった。
路地で倒れている所をバルトとジーナが見つけ、ここまで運んできたらしい。
目立った外傷がない事、四肢の力が入りにくいところを見ると、軽い麻酔薬を打たれたことが推測される。
「スグミ、お前が眠っている間に、大きく変わった状況を説明する」
「頼む」
バルトがジーナに合図すると、ジーナはパッド型の端末をスグミの膝の上に置いた。
バルトに支えられながらゆっくり起き上がり、端末の再生ボタンを押す。
浮き上がったホログラムの画面には、正装の中年の男と、その側に立つ長いコートを羽織った若い男が映っていた。
『惑星ソーディアに住む人類の皆さん、ゼントラーディの皆さん、こんにちは。私たちは反新統合同盟
表情一つ変えず、ただ棒立ち状態で、原稿を読むようにそう言った。
『我々の攻撃目標は新統合軍。しかし、それを阻害する者は無差別に敵とみなし、攻撃する』
側に立つ若い男が口を開いた。
そのセリフは、単なるテロリストの言葉だった。
「この男………」
聞き覚えのある声に、眉間にしわをよせたスグミ。
長い白コートの男は、間違いなく、クロッカスのビーチで交戦したあの男だった。
(引っかかる……)
(ミストレーヌと何か関係があるのか…?)
バルトとジーナがミストレーヌの話をしないところを見ると、やはりミストレーヌはさらわれたと考えるべきだろう。
そしてそれに合わせるようにこのANUNSの宣戦布告。
偶然だという考え方もできるが、どうしてもそんな気がしないスグミ。
「胸騒ぎがする……」
スグミはまだ上手く力が入らない手を握りしめた。
どこかの、薄暗い部屋。
牢獄という感じではないが、どこか無愛想で殺風景な部屋だ。
ここに、ひとりの少女が監禁されていた。
ミストレーヌ・クルークだ。
椅子に脚と腕を縛られ、身動きもとれない状態だった。
正面には白コートの男が立っている。
「歌え」
威圧するような視線で見下し、そう言う。
「誰が……ッ!」
「そうか。ならば用はない。お前の代わりはいる」
ミストレーヌの拒否に、懐から拳銃を取り出す。
その銃口はミストレーヌの鼻先に向けられた。
脳幹を撃ち抜き、即死させる位置だ。
「やめておけサテル君」
「ロボル司令」
「そう焦らずとも、じきに心変わりするさ。そういう種なのだよ」
宣戦布告の発言をした背広の男が部屋に入ってきた。
外から入る光を背にしており、ミストレーヌには顔が見えなかった。
その中年の男は、サテルに発砲を控えさせると、そのまま部屋を出た。
「司令のご厚意に感謝するんだな」
サテルと呼ばれた白コートの男は拳銃をホルスターに収め、ミストレーヌに背中を向けた。
「お前はクローバー大湿地に移送後、クローバー基地のクラウン隊の監視下に入ってもらう」
ミストレーヌは、輸送船に揺られ、クローバー大湿地へ運ばれていく。
スグミ、バルト、ジーナはブリーフィングルームに呼び出された。
長テーブルの奥には、何やら深刻そうな表情のアライアが座っていた。
体調の回復したスグミは、すぐ手前の席に着き、あとの2人もその隣に着いた。
「任務か、アライア」
「えぇ。依頼というわけではないんだけど……」
「と、言うと?」
アライアは少し言い辛そうにして、少しの間を置いた。
「エレメント・ミラージュの反応が、消えたわ」
バルトとジーナは驚愕した。
スグミはあくまで冷静に、状況の確認をした。
「ミラージュの任務内容は」
「バンデットの討伐よ…」
「ただのバンデットではなさそうだな」
スグミはそう言って立ち上がる。
「要はミラージュの捜索をすればいい、ということだろう? ならばすぐに出撃だ」
「そうだね、行こう、ジーナ、スグミ!」
「話が早くて助かるわ。機体の整備は済ませてあるから、急いでちょうだい」
「「「了解!」」」
クローバー大湿地
トパーズ大湖群と隣接し、オーキッド樹林を囲む湿地帯だ。
ここには、ANUNSの基地があった。
実は周辺で目撃されていたバンデットは、ANUNSの兵士だったのだ。
言わずもがな、エレメント・ミラージュが討伐に向かったのもANUNSだった。
「S.M.Sの兵士を捕虜にした以上、釣られてくる可能性が高い。周囲の警備を強化しろ!」
ガタイのいい、若い男がキビキビと指示を出す。
彼こそが、クラウン・テイラー。
ANUNSの幹部であり、この基地の司令官である。
「さぁかかってこいS.M.S……ロボル司令の計画の妨げになるものは、早々に排除してやるぜ…」
クラウンは両の拳をぶつけた。
どうも星々です!
夏ラストスパート! 2週連続、2話同時投稿(という誰得企画)
ということで、同時投稿しました
何やらキーパーソンな予感がする子が出てきましたが、それは後々わかるとして
YF-29に魅了された今日この頃
いつか登場させるかもです