4人はハンガーの奥へと進んだ。
まだ調整中なのか布が被せられた機体があり、その前でアライアは立ち止まった。
側にある端末でなにやら操作をし、布をめくった。
「す、すごい…! これが、わ、私の…!」
ジーナはその機体を見て目を輝かせた。
目の前にあるのは、ジーナが一番好きな機体だった。
現在、S.M.Sでは主力機として各支社に次々と配備されつつある機体だ。
「VF-25。A型だけど、OSはあなたのフライトレコードを基に最適化してあるわ。それと、こっちもあなたに…」
アライアはもう一度端末に触れ、別の布をめくった。
可変戦闘機にしては小さいそれは、機械のアームによって剥がされた布からその姿を見せた。
「アーマードパック!? こんなの隠してたのかよ!?」
それはVF-25系の追加装備の中でも最も高コストで、隊長機等の特別な機体にのみ与えられるものだった。
防御面、火力面では、歴代バルキリー随一の性能を持つ追加装備であるが、それ相応の扱い辛さがつきまとう。
普通、新人に与えられるような代物ではなく、それなりに熟練したパイロットが扱えるようなものだ。
「本当はエドワードの機体に付けるつもりだったんだけど、彼、スーパーパックを離すつもりないのよ」
「なるほど…まぁ同じ隊として心強いね!」
「そ、そうですね!」
「お前のものだろ」
「わわ、そ、そうでした…」
賑わう4人。
スグミも少しではあったが笑顔を見せた。
バルトはそれを見て、少し安心したような笑みをこぼすと、何か思いついたように手を打った。
「よし! それじゃあ、早速テストフライトに行こうか! 新しい分隊としてね!」
それを聞いてスグミは、呆れたように近くの作業台に寄りかかり、手で否定を示すように振って合図した。
「冗談はよせ。先ほど戦闘から帰ったばかりだぞ。やるなら2人でやってくれ」
スグミはシャワーを浴びてくると言い、ハンガーを出ようと3人に背を向ける。
「あ、後で僕の部屋に来てよ! 3人で話し合いたいことがある!」
バルトの言葉に片手を上げ動作で答え、スグミはシャワー室へ向かった。
バルトはジーナを連れ自室に向かい、アライアはVF-25Aの調整とVF-19ASのコアデータ解析をするため残った。
数十分経っただろうか、アライアはオイルの匂いの染みたタオルで汗を拭きながら、VF-19ASのコックピットに篭っていた。
「あと少してプロテクターが解除できるはずなんだけど………ったく、アイシャはどうしてこう私を揶揄うのかしら!」
今回のスグミがソーディアへ来た最大の目的である、"新型設計図の輸送"は完了していたが、まだソーディア側がそれを解析できていなかった。
優秀な技術者でもあるアライアが懸命にそのプロテクトを解いていくが、中々肝心のデータに辿り着けずにいた。
「えっと…ここをこうして、あーしてっと……これでいいはずなんだけど…」
ケーブルで繋がれた端末にせわしなく指を叩きつけていると、画面に一本の横棒が表示された。
「お! さっすが私! あとはコピーするだけ………って、コピーNG!? 嘘でしょ、なんて面倒くさいやつなのよアイシャ‼︎」
目的の設計図の上に表示されたバーがコピー不可を知らせるメッセージを表示した。
アイシャは頭をめちゃくちゃに掻き、シートにだらんともたれかかった。
勘弁してくれと言っているような表情をしたが、すぐにいつもの仕事の顔に戻り、呟いた。
「アイシャったら、いい仕事するわホント」
アイシャは気を取り直して身体を起こし、その設計図を見た。
「YF-301………YF-30クロノスの子、"ケイロン"…か……」
スグミはシャワーから上がり、バルトの部屋へ向かった。
まだ若干湿っている髪を気にしつつ、S.M.Sの制服の袖を折りたたむ。
肘あたりまで露わになった腕は白く、とても可変戦闘機パイロットとは思えない。
七分丈のズボンから覗く脚はスラっとしていて、とても美しかった。
だが彼女自身、生まれてこのかたそのプロポーションをよく思ったことがなかった。
幼い頃から可変戦闘機に携わっていた彼女は、むしろもっと屈強になりたいと思っていた。
そんな昔を思い出しながら、夜のクロッカスが映る窓を横目に歩く。
「遅くなった」
バルトの部屋の扉をノックする。
一拍置いて開けられた扉から、ジーナが迎え入れた。
さほど広くない部屋の中央には低い丸テーブル置かれ、家具はきちんと揃えられてホコリのひとつもない綺麗な部屋だった。
ジーナは奥に座り、スグミは手前に座った。
バルトは、さすがに3人では狭いと思ったのか、ベッドに腰掛けている。
「で、話ってなんだ」
氷の入ったグラスに注がれたオレンジジュースを手に取り、バルトの方を見る。
「新しい分隊についてなんだけど、まず名前から決めようかなってね。アライアも、僕たちで決めていいって言ってたし」
「そ、それで、名前は3人で決めようって、ば、バルトさんが」
目だけは話し手に向けながらスグミはオレンジジュースを飲む。
グラスを置き、いつもの(無)表情で答えた。
「名前はなんでもいい。好きに決めろ」
スグミはそう言うと、小棚に並べられたバルキリーの模型に目をやった。
ヤスリがけや染色も丁寧で、本物をそのまま縮小したかのような出来だった。
「じゃ、じゃあさっき、バルトさんが言ってた、あれ、」
「いいのかジーナ? ホントに個人的な好みだぞ?」
「うん…そ、それに、私もいいと思う、ラプトル」
スグミはジーナが口にした単語を聞いて視線を戻した。
「ラプトルだと?
「いや、昔観た古い映画に出てた、"ヴェロキラプトル"からとったんだ。"集団で狩りをする狩人"って感じでいいなって」
ヴェロキラプトル。
人類が誕生する遥か昔、地球に生息していた爬虫類という分類学上の種の一種である。
「悪くはないが、一つ言うと、ヴェロキラプトルが集団で狩りをしていたという証拠は今の所見つかっていない」
「え………」
「それに、恐らくお前の言う映画で登場したヴェロキラプトルは、実際はディノニクスをモデルにして描写されている」
「スグミさん、く、詳しい……」
消沈するバルトと驚くジーナ。
スグミの意外な知識幅もそうだが、それを容赦なく言っていくのにも、彼女らしさを感じる。
「まぁ、いいんじゃないか、ラプトル。賢かったことには変わりはないわけだからな」
「お、おう…」
沈み気味のバルトにやれやれといった感じの視線を送る。
話の進行役であるバルトが口を閉ざしてしまい、場の話は進まなくなってしまった。
どうにかしようと、ジーナが口を開く。
「え、えぇっと…新しい、分隊…エレメント・ラプトルの役割分担って……」
意外と大事なことを忘れていた。
3機編成の場合、単純に
前衛、後衛、司令塔、等を的確に分担した方が効率的な運用ができる。
特に可変戦闘機の場合、3段変形を活かして様々な戦場で戦うことになるため、必ずしも戦場が空とは限らない。
「お前のVF-25A、あの機体色を見た限りだが、ステルス性の向上が図られていた。それに個人的ではあるが、お前には偵察機と司令塔をやってもらいたい」
白に緋色のラインが特徴的なソーディア支社の所属機であったが、ジーナのVF-25Aはダークブルーを基調とするステルス色だった。
恐らくレーダー類も強化されているはずだ。
「え、わわ、私がですか!? 偵察はともかく、
「お前は器用だ。私には偵察をやるのに必要な器用さがお前に比べ劣っているし、バルトは後衛の方がいい」
前衛のVF-19AS、後衛のVF-25F、司令塔のVF-25A。
一見するとめちゃくちゃな分担だが、スグミはこれがベストだと確信していた。
復活したバルトも、悪くないといった表情だ。
あとはジーナの精神的な問題である。
まだ新人である彼女がコマンダーに抜擢されるのは異例の事態だが、ジーナにはその素質がある。
彼女の経験が浅いのは無視できないところだが、それ以上のポテンシャルを秘めている、とスグミとバルトは思っていた。
それをジーナ自身が信じられるかどうか、だ。
「わ、私なんか、に………」
その時、艦内放送が入った。
アライアの声だ。
『オーキッド樹林を調査中の研究チームから救援要請! バンデッドからの襲撃を受けているとのことよ。エドワード、リュド、セシルの3名は出撃準備! グライフはここで待機します』
S.M.Sソーディア支社のカーゴシップ、グライフから3機のバルキリーが発進した。
ソーディア支社カラーのVF-25S、オレンジ色のVF-27βが2機。
Δ形のフォーメーションを組んで目的地へ向かう。
クロッカスからオーキッド樹林までは少し距離があるため、本来ならば母艦で付近まで行くのだが、修理中のグライフは動くことができなかった。
「各機、指定エリアに到達次第、攻撃開始だ。敵はバンデッド、こちらが連携すればそう苦戦する相手ではない!」
「了解〜」
「よっしゃぁああ! 行くぞ!」
3人が出撃した頃、スグミはバルトとジーナに連れられ、アイリスの街に向かう準備をしていた。
アイリスとは、トパーズ大湖群南東に位置する都市で、多くの商業施設が点在する、"街全体がショッピングモール"と言われている。
目的は、スグミが生活するのに必要なものを買う為である。
スグミが惑星ウロボロスから持参した荷物は、その収納スペース的に限られ、本当に必要最低限だったため、他にも色々と用意しなければならない。
「じ、準備できま…!? おわわあああ!? す、すみません!」
スグミ部屋を覗き込んだジーナだったが、スグミはちょうど外出用の服に着替えているところだった。
顔を隠すジーナに、脱いだ服を畳むスグミは入ってくるよう言った。
「問題ない。というか、女同士で気にすることはない」
「すみません。あ、あの、スグミさんって、その、すごいじゃないですか」
「何がだ?」
「む、むねとか…………ご、ごめんなさい! なんでもありません!」
新しい服の袖に腕を通すスグミは、ジーナの様子を気にせず黙々と着替える。
「よく分からないが、気にすることはない」
「は、はい……」
スグミはこう言った話に極端に疎い。
これまでそれで困ったことはないが、ウロボロス支社のアイシャには「もったいない」と言われていた。
当の本人が気にしていないのならそれでいいのだが。
「よし、行くか」
スグミは着替え他、諸準備を終えて立ち上がった。
ジーナと共に部屋を出、待っているバルトの元へ向かう。
これから大きな事件に巻き込まれていくとは知らずに。
どうも星々です!
この3人で隊を組む構成は当初から決まっていたんですが、隊の名前はとある映画を観たことに影響されたましたw
それまでは「ラプター」だったんですよ
「フェアリー」も案にあったんですけど、スグミには可愛いすぎるので没でしたw
こんな感じ裏話をしつつ、グダグダと過ごす夏この頃