スグミは直ぐにYF-29を降下させ、VF-27γのキャノピーをこじ開けた。
そこには、全てを悟ったかのように目を閉じて全身の力を抜くサテルの姿が。
「おいしっかりしろ! まだ死んだわけじゃない、まだ助かるかもしれない!」
「無理だ……全身の機械の部分が次々にエラーを起こしている。どの道そう長くはない……」
スグミはYF-29からVF-27γに飛び移り、サテルの胸ぐらを掴んだ。
「何弱気なことを言っているんだ! それが…それが私を追い詰めた男の言うセリフか‼︎」
スグミは悲しかった。
今まで彼女を戦闘で追い詰めた人間はそう多くなかった。
中でもサテルは、彼女の中でライバルのような、特別な存在だった。
そんなサテルが情けないくらいな弱音を吐いて、全てを諦めたような様子でいる。
それがスグミは悔しかった。
「こうなってしまったのは、誰のせいでもない。バルトも……ロボルを撃った私の仲間も、こんなこと知らなかったんだ……なのに…」
スグミの目から、涙が溢れた。
「なのに何で! 何で、分かってるのに、あの人を責めたくなる‼︎ お前がここで諦めたら、私はあの人を憎んでしまうかもしれない。そんなの嫌なんだ!」
雫が、サテルの胸に落ちる。
「もういい、泣くな。そして俺から離れるんだ……」
「いいや、私は諦めない! お前が諦めを捨てない限り、諦めたくない!」
ロボルは死んだ。
それはサテルの心臓に埋め込まれた爆弾の起爆を意味する。
この至近距離ならば、その爆発に巻き込まれるかもしれない。
だがスグミは、まだサテルも救う気だった。
サテルの為にも、自分の為にも。
「じゃあどうしろと言うんだ……もう、こうなる運命だったんだ…」
「私はその運命さえも捻じ曲げてやる……! お前も救うと言ったのも私のエゴかもしれない、余計なお世話かもしれない…それでも私は、私自身の気持ちと戦わなきゃいけないんだ」
胸ぐらを掴む手に力がこもり、小刻みに震える。
雫が、サテルの胸に落ちる。
「私はあの人を………愛する人を憎みたくはないんだ‼︎」
スグミはもう涙を堪えることはしなかった。
ただ感情のままに、その右手をサテルの胸に突きつけた。
掌に優しく触れ、彼の鼓動を感じる。
間違いなく、彼は
スグミは目を閉じた。
「もしも…もしもこの状況を打破できる手段があるとすれば…それは………」
「それ…は…………?」
スグミの脳裏には、ひとつの可能性が浮かんでいた。
確証も自信もない。
ただそこには、賭けてみたいという感情のみがあった。
だがこれは、今のスグミにとってはとても大事な判断要素。
スグミは、言った。
「歌の力だ…‼︎」
スグミは胸で大きく息を吸った。
火薬と土埃と、血とオイルの匂いがした。
戦場の匂いがした。
スグミは吐き気を催すような空気を肺いっぱいに吸い込み、その願いと想いを込めて、"声"に変えた。
空気が震える。
星が震える。
銀河が震える。
それは、まっすぐな"歌声"となり、戦場を包んだ。
「この歌………………暖かい…」
サテルはそのまっすぐな歌に、心を打たれた。
「私たちも、加勢するよ‼︎」
少女の声がした。
サテルが声のした方を見上げると、ひとりの少女、イオナがサイコ・バードの死骸から飛び降りてきた。
その妖艶な歌声と共に。
地面スレスレで背負ったガスジェットクラスターを噴かし、ふわりと降り立つ。
スグミの歌声とイオナの歌声が重なる。
イオナはスグミの手を取ると、S.M.S旗艦グライフの手を差しのばした。
すると、歌声が"道"を造った。
ゲーティアーチルドレンの力が、道を造った。
それは真っ直ぐに少女、ミストレーヌの足元に伸びた。
「さぁ、一緒に!」
「……うん!」
状況の飲み込めないS.M.S隊員たちを尻目に、歌声の道を駆け出すミストレーヌ。
その包み込むような歌声と共に。
-- 叶えてみせる、その想い --
3つの歌声が重なった。
それはまるで、幾重にも連なる銀河系のような。
「ミストレーヌ!」
スグミはイオナと繋いだ手のもう一方の手でミストレーヌの手を握った。
ミストレーヌはそれをぎゅっと握り返し、もう片方でイオナの手を握る。
3人は、聖剣デュランダルの名を冠する
聖ペテロの歯、聖バジルの血、聖ドゥニの毛髪、聖母マリアの衣片、それらが光輝く。
3人は虹色の光に包まれた。
風色の歌声に包まれた。
その姿はまるで、いや、まさに、戦場を審判する
「響け………!」
「「響け!」」
歌声はその光の強さを増す。
「響け‼︎」
一筋の光が、サテルの胸へ伸びた。
雫が煌めいた。
「「「響けぇぇええ‼︎」」」
そして、奇跡が起きた。
それは起こるべくして起きた。
爆弾が、消えた。
何処へともなく消えた。
跡形もなく消えた。
「これは………⁉︎」
「よか…った………」
スグミは、安心と共に、全身からその力を抜いた。
光が広がった。
広大な大地に広がり、傷を癒していった。
ここにまた一つ、"歌"の奇跡が起きた。
「スグミ・ドリム………」
サテルは少し重い身体を持ち上げ、倒れ込んだスグミの元へ歩み寄った。
「大した女だ……凄いよ、お前」
誰も見たことのない、彼の優しげな笑顔がそこにはあった。
そしてそれだけを残し、彼は自機に乗り込んだ。
それを追いかけて後席に飛び乗ったイオナは、無邪気な笑みで、何も言わずに手を振る。
ミストレーヌはそれに応え、小さく手を振る。
そして、VF-27γは何処かへ飛んでいった。
「やったよ、お姉さん…ゆっくりおやすみ………」
ミストレーヌは屈んでスグミの頭を撫でた。
心なしか、少し笑ったように見えた。
遊び疲れた子供のように。
「こちら、オーロラ1………」
弱々しかったが、充実感や満足感のこもった声で通信を入れたのは、それから数分後のことだった。
「バルト、ジーナ……約束、忘れてないよな…」
「は、はい」
「約束……あぁ…」
スグミは力の入らない身体を大空に向け、その壮大さを見つめる。
「整理なんて、答えなんて、最初からわかってた………」
その気持ち。
愛というもの。
「私は、バルトのことを…愛している……」
「…………」
真剣にその言葉を受け止める2人。
「しかし私は、まだお前への気持ちに正直になりきれない……だから…」
「スグミ!」
バルトがスグミの言葉を遮った。
それは彼女の言葉の後に続く文章がわかったからだ。
「僕は、お前のことが好きだ。愛してる」
「そう、か…………」
スグミの視界は一気に滲んだ。
「わ、私は…! 私はそれでも、私だってバルトさんが大好きです! 私には届かないとか、そんなこと思ってた自分はもう昔話です。スグミさんに負けないくらい、バルトさんが大好きです」
スグミはふっと泣きながら笑った。
「バルト………すまない。お前の気持ちには、行動で応えることはできない…私は………」
「理由は聞かないよ」
「うん、ありがとう……そしてジーナ、お前は、私が
「え……帰ってくるまで、って……?」
スグミは目を閉じた。
「すまないな、私が一番、はっきりしない答えだ……」
そう言うと、スグミは限界を迎えたかのように眠りについた。
これで、彼女らの戦いは本当に終わった。
その後、惑星ソーディアは徐々に日常を取り戻していった。
ANUNS系過激派組織が残していった爪痕は完全には消えぬままだったが、人々の暮らしには笑顔が増えていった。
サイコ・バードの死骸はその後、新統合軍に引き取られ、然るべき手段によって処分されたという。
S.M.Sも、問題なくその業務を再開した。
「それじゃ」
「本当に行くのか…?」
グライフのハンガー。
そこには大きな荷物を抱えたスグミと、バルトとジーナの姿があった。
「あぁ、アライアもアイシャも承諾してくれた。なに、少し長い有給休暇だ。必ず戻ってくる」
「えぇ……で、でも、旅ってどこへ…?」
スグミは背負っていたリュックをコックピットへ放り込むと、笑顔で言った。
「そうだな…まずは最近見つかった居住可能な惑星…"アル・シャハル"に行こうと思う」
「アル・シャハル……遠いな」
「そう悲しそうな顔をするなバルト」
スグミは少し伏し目がちで言った。
「さ、最後くらい…笑顔で送り出しても、いいだろ……」
スグミの頬は少し赤くなっておた。
そんな姿を見たバルトは彼女の頭に手をぽんと置くと、満面の笑みを浮かべた。
「そうだな」
「そうですね」
スグミも、笑顔を見せた。
しばしの別れが近付く。
「それじゃ、そろそろ輸送船が出港する時間だ」
「はい、えと……お元気で!」
「あぁ、気を付けてな」
スグミはゆっくりとYF-29のコックピットへ登っていく。
が、途中で折り返し、2人の前へ戻ってきた。
疑問の表情を浮かべる2人。
するとスグミはバルトの襟を掴み、唇を重ねた。
「………⁉︎」
あまりに突然の出来事に戸惑うバルトだったが、スグミは無言のままYF-29に乗り込んだ。
それから3人の会話は何もなく、ただ、エンジンの音が別れを告げた。
彼女は、旅に出た。
愛と、思い出を残して。
再開を約束して。
新たな冒険へと、歩みだした。
(To Be Continued………?)
But This War Is End
あけましておめでとうございます‼︎
どうも星々です!
最終回から始まる星々の2016年←
さて、マクロス-Sword-ラグナロク編、完結です!
この後物語は続くかもしれませんし続かないかもしれません
しかし彼女たちの物語は、決して終わることはありません
アル・シャハルへ旅立ったスグミも、ソーディアに残ったバルトやジーナも、何処かへと飛び立ったサテルとイオナも、それぞれの物語を紡いでいくことでしょう
そんな彼女らの未来を、勝手ながら暖かく見守りたいと思っています
ここまでご愛読していただいた読者の皆様に感謝し、最終回のあとがきとさせていただくと同時に、新年の挨拶とさせていただきます!
それでは、またどこかで!