ロボルの背後で蠢く巨鳥が、彼の不気味さを演出していた。
どこか強大な存在と対峙しているような錯覚にあう。
「真の目的…だと……?」
バルトは銃を構え直す。
真の目的、という言葉に、サテルもその眉を少し動かした。
「そう…反新統合など、そんなことに興味はない!」
「どういうことだ」
「私は銀河を手に入れるのだ。そして、3年前にギャラクシーの奴等が果たせなかったことを、2年前に藤堂が果たせなかったことを、私はその両方を実現する! その為なら何だって利用する。
サテルは目を見開いた。
しかし、すぐに冷静を装うように表情を隠す。
「全ては駒でしかない。私が文字どおりのラグナロクを起こし、私が新世界を創造し…そして私が、新世界の王となるのだ!」
「そんなことの為に……!」
ロボルは笑っていた。
「ふん、貴様には理解できまい」
そしてサテルに反撃指示した。
物を扱うように、顎で。
「司令………」
「何をやっている、私の計画の妨げになるつもりか?」
「いえ…」
サテルは立ち上がると、袖からナイフを伸ばし、懐からサブマシンガンを取り出した。
間髪入れずに弾丸が吐き出され、防御姿勢をとったバルトにナイフで切りかかる。
「くッ……!」
後退するバルト。
少女の歌声が遠くなっていく。
しかしそんなことに気を配っている時間はない。
バルトはグレネードを取り出し、サテルに投げつけた。
サテルは咄嗟に腕で防御する。
爆発。
爆煙が晴れた頃には、バルトの姿は無かった。
「俺は…………」
サテルは右腕の剥がれた人工皮膚から覗く内部機構を一瞥し、左手でそこを握りしめた。
熱で折れ曲がったサブマシンガンを捨て、バルトの後を追う。
「こちらミラージュ2。失敗だジーナ、脱出する!」
『バルトさんは、ぶ、無事ですか!』
「あぁ、問題ない。それより大変だ………⁉︎」
横から1発の弾丸が撃たれた。
それはバルトの鼻を掠め、その顔に傷をつけた。
「もう追いついたのか…⁉︎」
「逃がしはしない」
両手に拳銃を握り、人間離れの身体能力を惜しげもなく使い、バルトに襲いかかる。
EXギアによる機動力のおかげでなんとか躱し続けてはいるが、余裕はない。
『バルトさん! 何かあったんですか!』
音声だけ聞いているジーナには、銃声だけが聞こえていることだろう。
もちろん、バルトには通信に答える余裕がない。
「クッソ! なんであんなやつの言いなりになる! お前も聞いただろ、やつはお前のことなんて駒としか思っていない!」
「だから、どうだと言うのだ……!」
サテルの回し蹴りがバルトの左脚に直撃した。
嫌な音がした。
「ぐあぁ!」
「それに、司令の下にいればまた、女を殺す機会がある」
「あの女…?」
防戦一方のバルト。
なんとか自機の下に向かおうとする。
「憎たらしい、宿敵とでも言おうか……スグミ・ドリム!」
サテルの目は、目の前の敵など見てはいなかった。
最低限の冷静さすら欠いていた。
ただ、その怒りのような感情をぶつけているだけだった。
主人の心中を知り、自らの存在がどういうものなのか、その事実から逃避しているとも言える。
だが少なくとも、サテルはスグミに対して抱く特別な敵対心は、全くブレていない。
「バルトさん!」
防戦一方のバルトを援護するように、背後から銃弾が飛んできた。
ジーナだ。
バルトの異変を心配に思い、駆けつけたのだ。
「ジーナ! 助かる!」
ジーナの援護もあり、なんとかサテルを退けた。
サテルは追っていく様子もなく、去っていく2人の背中を見ていた。
「そっちへ行ったぞ、アリエ」
バルトとジーナは、それぞれ自機の下へ辿り着いた。
「バルトさん脚を……⁉︎」
コックピットへ登っていくバルトのぎこちない足取りに、ジーナは彼の左脚の怪我に気付いた。
完全に折れていた。
「あ、あぁ…でもこれぐらい…ッ!」
バルトはおもむろに機体の上に寝転がると、左脚をコックピットの縁に押し付ける。
苦悶の表情を見せ、腕でさらに力を加える。
バルトの脚の骨は、無理やり繋がった。
無理やり繋げたのだ。
「う、うわぁ……」
「いくぞジーナ、一旦グライフまで後退してスグミと合流する」
「は、はい!」
痛む脚に鞭打ち、VF-25Fを飛びあがらせる。
山陰から回り込みようにグライフを目指すコースをとる。
しかし、その2人の前に、1機のバルキリーが立ちふさがった。
それはエメラルドグリーンのVF-27γ。
『行かせないよ』
アリエだ。
明るい機体色であるにも関わらず、その雰囲気は邪悪で、底知れぬ闇を感じられた。
そう感じたのも、少なからずバルトに恐怖心が芽生えていた証拠だろう。
『私はアリエ・セドトール……でも、覚える必要はないよ。お前たちはここで終わるから』
挑発するような口調。
「くッ……仕方ない、やるぞジーナ!」
「はい!」
バトロイドに変形して大量のミサイルを放つジーナのVF-25A。
それと同時に、バルトのVF-25Fはファイターに変形し、VF-27γとの距離を詰める。
ガンポッドを撃ちまくるが、それは軽々と躱され、容易に背後を譲ってしまった。
「しまった……!」
だが、攻撃はない。
回り込んだVF-25Aがアサルトナイフを投擲し、ガンポッドを構える。
しかし標準が合う前にはVF-27γはすでに通過し、背後に回り込んでいた。
ガウォークに変形してすぐさま防御姿勢と回避行動に移るが、VF-27γは攻撃せずにVF-25Aの頭上に回り、バトロイドに変形した。
重力に身を任せて落下してくるその手には、ナイフが握れれていた。
『ははっ‼︎』
「ジーナ!」
割入ったVF-25Fがナイフで受け止め、鍔迫り合いになる。
VF-25Aが離脱するが、VF-27γに蹴飛ばされたVF-25Fが衝突する。
VF-27γは上昇しながらファイターに変形し、2機の頭上を旋回しながらミサイルの雨を降らせる。
『そんなもんかね!』
圧倒的劣勢。
2対1にも関わらず押し込まれていく。
しかし、直撃弾は未だにない。
「あいつ……遊んでやがるのか…」
そう、アリエは遊んでいた。
『そろそろ終わらせるよ!』
足の止まってしまった2機に、ハイパーグレネードモードのガンポッドを向けた。
しかし
『アリエ、戻ってこい』
『司令しかし…!』
『サイコ・バードを出す。巻き込まれない位置まで移動しろ』
一方的に入り、一方的に切られた通信。
それはANUNS司令官ロボル・ウィロウからのものだった。
アリエは不満げに舌打ちをし、すぐさま踵を返した。
「…い、行って、くれた……?」
「なんだ……確かに撃とうとしていたが…」
なんとか窮地を脱した2人に、グライフから通信が入った。
『2人ともすぐに後退して! ラフレシア山火口内部に高エネルギー反応よ!』
「なんだって⁉︎」
バルトはラフレシア山を見上げた。
すると、ラフレシア山の火口が割れ、内部から溶岩が噴き出す。
何か嫌な予感がし、ジーナに急ぐように言った。
「何が起きてるんですか⁉︎」
「いいから早く!」
急かすようにスーパーパックをパージするVF-25F。
続くVF-25Aもアーマードパックをパージする。
2機のVF-25はファイターに変形し、最大速で戦線を離脱していく。
巨鳥が君臨した。
ミステリアスな歌声と共に。
禍々しくそびえる火山の頂上、その火口から姿を現した。
この世のものとは思えないような、なんとも形容しがたいその容姿に、誰もが身をすくめた。
耳を劈くような咆哮。
それと共に、身体の至る所から光の弾丸が撒き散らされる。
サイコ・バードは、火力を持っていたのだ。
それは敵味方の判断をするわけもなく、ただただそれらを蹂躙していく。
いち早く離脱したS.M.Sメンバーは被害を受けなかったが、多数故に逃げ遅れたANUNSのバルキリー数機が巻き込まれていく。
「ひ、ひでぇな…」
グライフまで後退しその様子を見たエドワードは呟いた。
「サイコ・バード……別名、ラグナロク、か……」
それは正に、終末を連想させるような光景だった。
しかし、それに立ち向かおうとする者が、ここにはいた。
「私が止める。道を開けろ」
カタパルトデッキに現れたのは、青いYF-29。
それはスーパーパックを新たに纏い、真っ直ぐにサイコ・バードを睨んでいた。
「止めるったって、どうやってやるんだよ!」
「敵はあんなにでっかいんだよ⁉︎」
クレイア姉弟が言う。
「あれはゲーティアチルドレンによる歌エネルギーを動力源としている。それを相殺できれば、奴は止まる」
「相殺って……まさかスグミ⁉︎」
通信画面に新たな顔が映った。
まだ幼さの残る少女だ。
「私が歌います!」
「ミストレーヌの歌を、私が届ける」
相殺できるという根拠はない。
しかし、サイコ・バードが起動してしまった以上、できることはしておかなければならない。
惑星全体が、洗脳される前に。
「今はその可能性に賭けましょう」
カタパルトデッキに、1人の女性が生身で上がってきた。
アライアだ。
「3年前、バジュラ本星で出撃したYF-29が、2人の歌姫の歌を運んで戦局を大きく傾けたという記録があるわ。ならばやってみる価値はある」
真っ直ぐに各隊員を見つめる。
その目は覚悟と決意を宿していた。
「そうだな……今は可能性を信じるしかない!」
エドワードが言った。
「そうだ、希望が無くなった訳じゃない!」
「行こうぜ!」
各バルキリーが左右に動き、YF-29の道を開ける。
「頼んだぞスグミ!」
「背中は任せてくださいっ!」
仲間たちがこんなにも頼もしく見えたのは初めてだった。
スグミは少し笑みを浮かべた。
「あぁ、行ってくる……!」
YF-29のエンジンが唸る。
仲間たちに見守られながら、その希望を背負って。
「YF-29 デュランダル、スグミ・ドリム、出るぞ‼︎」
計6基のエンジンが火を噴いた。
カタパルトを駆け抜け、空へ舞い上がった。
-- 希望、願い、未来、私の歌、届きますように --
ミストレーヌの歌声が、戦場に響いた。
巨鳥から放たれるイオナの歌声に負けじと、戦場を包み込む。
それは虹色の光となって、YF-29の背中を押す。
「終わらせる。全て……!」
どうも星々です!
盛り上がってきました!
希望を背負って飛び立つYF-29、
ミストレーヌの歌声は世界を救うことができるのか⁉︎
次回もお楽しみに