マクロス-Sword-   作:星々

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13-forget me (not)

叩かれたように、一気に目を覚ました。

そこに広がっていたのは、もう何度目になるか分からないが、何度も見た天井。

怪我はあるようだが、幸い身体の不自由はない。

心拍や呼吸も落ち着いている。

その心も、落ち着いていた。

まるで誰かに優しく抱かれていたかのような、そんな落ち着き。

 

「また…この天井か………何回目だろうな…」

 

スグミはそのまま、目を閉じた。

遠い過去の記憶を辿り、プツンと切れたあの日を思い出す。

母が笑顔で仕事に行ったあの日。

あそこで止めておけばよかった。

そんな今更どうしようもないことを思いながら、スグミは自分自身の道を模索しようという心を確かめる。

あの日家を後にした母の背中を追いながらも、私は私の人生を歩んでいこうと、そう心に言い聞かせる。

そうしてまた、眠りにつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遡ること数時間前。

まだS.M.Sソーディア支社のバルキリー隊が帰投する前。

サイコ・バードはその進路をわずかに変え、都市主要部から外れる進路についた。

進路修正も念頭に入れて計算しても、被害はかなり抑えられたと言っていいだろう。

 

「こちらミラージュ2! オーディン1の援護のもと、サイコ・バードの進路妨害に成功。任務達成!」

「こちらミラージュ・リーダー。よくやった、これより戦域から離脱する! 後退速度を合わせろ!」

 

スナイパーライフルを担ぎ上げ、各機に後退を支持する、エドワード駆るVF-25S。

VF-27βのクレイア姉弟と合流し、弾幕を張りつつ仲間の後退を援護する。

 

「ミラージュ2からオーディン1へ。悪いがそのVF-11Cを連れてこちらに合流してもらいたい」

「こちらオーディン1。了解している」

「感謝する」

 

深追いはしてこないANUNS。

やはりYF-29Bの登場もあってかなりの損害が出たのだろう。

いや、元々サイコ・バードの護衛が主任務だったためか。

どちらにせよ、追撃がこないのは都合がよかった。

 

「オーディン1からダンシング・セラスへ。俺は彼らと合流し次第、彼らの母艦グライフに向かう。そちらはどうします」

 

YF-29Bは、VF-27γと交戦するYF-29に通信を入れた。

帰ってきたのは、戦闘中とは思えない涼しげな声だった。

 

「了解したわ。こっちももう終わるから、先に行ってても問題ないわよ」

「了解です。では、娘さんは確実に仲間の元へ連れて行きますので」

 

 

 

 

 

可変戦闘機離れの機動を見せ、VF-27γの真っ正面で待ち構える形となったYF-29。

その左の拳は輝いた。

ピンポイントバリアを展開したそれは、迷いを見せることなく、VF-27γに振り下ろされた。

 

『グぅ……!』

 

あまりの衝撃に、サイバーグラントであるサテルもたまらず悶絶する。

歪んでしまった、キャノピー覆う装甲をパージすると、ガウォークに変形しYF-29の下からビームガンポッドを撃つ。

が、それはピンポイントバリアを張った両腕を正面に構えたYF-29に弾かれ、いとも簡単にもう一発。

ビームガンポッドは弾かれ、反射的に取り出したアサルトナイフも頭部高速機関砲に弾き飛ばされる。

 

「この間合いは、私の得意分野なの…!」

 

VF-27γの両腕を鷲掴みにしたYF-29は、背中のビーム砲を向けた。

そうして放たれた一撃は、VF-27γの翼を撃ち抜くには十分な威力を発揮した。

 

 

 

 

決定打を食らったVF-27γは、YF-29の手から離れみるみる地面へ迫っていく。

サテルはひとまず着地しようとバトロイドに変形し、機体を着地させた。

 

「…………撃て」

 

サテルは、頭上に浮かぶYF-29を睨んで言った。

しかしYF-29は攻撃の意思を見せず、その場に背を向けた。

 

「殺さない…………クッ、揃いも揃って、トドメを刺さずか…ッ!」

 

サテルは歯ぎしりした。

鋼鉄にも等しい強度を持つ人工歯がギリギリ音を立てる。

久しく忘れていたもの、最近になって蘇ってきたもの、それが溢れてくるようだった。

 

(これが、感情………これが、怒り…!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は戻り、作戦終了後のグライフ。

ここのハンガーには、新たに2機のバルキリーが格納されていた。

YF-29とYF-29Bだ。

YF-29のパイロットの女性は、アライアに話がしたいと言った。

YF-29Bのパイロットも連れ、ブリーフィングルームに案内された。

 

「ごめんなさいね、客間って感じじゃないけど、その辺に座ってください」

 

円卓に向かい合う形で席に着く。

 

「お話を聞く前に、そちらの管制名を伺ってもいいかしら? 成り行きでグライフに招き入れちゃったけど、念のために、ね」

 

警戒心を忘れず、アライアはそう尋ねた。

ANUNSに共に対抗してくれたとはいえ、やはり正体不明の相手に簡単に心を開くわけにはいかなかった。

 

「俺は、俺たちはフリーのバルキリーパイロット。俺はロッド・バルトマー。便宜上、オーディン1というコールサインを使っている」

 

銀髪の青年が答えた。

ロッドと名乗った青年よりもいくらか歳上であろう女性は、出されたコーヒーを見下ろし、ゆっくりアライアに向き合った。

 

「私は……元S.M.Sセフィーラ支社所属。コールサインは、ダンシング・セラス」

 

彼女はあえて名前を名乗らなかったが、アライアはそのコールサインに聞き覚えがあった。

と言うより、様々な支社がある中でもフロンティア支社に匹敵するほどに知名度の高いパイロットだ。

ダンシング・セラスというコールサインは、いまだ現役パイロット"イサム・ダイソンにも匹敵するバルキリー乗り"として噂されていた。

ただ記録上では、バジュラ戦役、つまりは3年前に戦死している。

果たしてこの女がダンシング・セラス本人なのか、それも不確かであった。

 

「ありがとうございます。私はソーディア支社ここの支社長、アライア・シェルディ特務大佐です。失礼ですが、お2人とも記録上では戦死扱いになってますが?」

「運が良かったということだろう。俺を墜とした男はいつも詰めが甘い」

「そうね、運が良かった…それだけでしょうね」

 

2人とも、記録上で死した場所や年代が違っていたが、どことなく信頼感があるように見えた。

そして、敵意がないことも。

 

「私たちのことはいいの。それより、本題に入りましょう」

「えぇ、そうですね」

 

ダンシング・セラスの言葉にアライアは姿勢を正した。

コーヒーを一口飲み静かにカップを置くと、目を瞑って思う出すように口を開いた。

 

「私は以前、惑星セフィーラに暮らしていました。娘と2人暮らしで、S.M.Sでパイロットをして生計を立てていました。そして3年前、はぐれゼントランの攻撃で惑星は壊滅寸前になり、私は仕方なく、知り合いのアイシャ・ブランシェットの元へ娘を預けようとしたの。でも、バジュラ母星への出撃命令が出てね、S.M.S連合軍として参加せざるを得なかった」

「そこで、戦死扱いになった……」

「そう、私は娘を置いて、死んだの。イサム・ダイソンという男のおかげでこうやって生き残れはしたけど、私は娘がどうなったかを結局知らないままで、そして3年間捜して続けてた」

 

ダンシング・セラスはどこか遠くを見るように天井を見上げた。

 

「そして惑星ウロボロスに訪れた際に俺と出会い、その娘がS.M.Sウロボロス支社に入隊していたことを知った。その娘がどういう飛び方をしていたか、どれだけ自分に似ていたかを」

「ちょ、ちょっと待ってください。それって、まさか………!?」

 

アライアの頭に一人の顔が浮かんだ。

セフィーラ出身のウロボロス支社員、バジュラ戦役で母を亡くしている人物、それは

 

「そうよ……娘の名は、スグミ・ドリム…」

 

アライアは驚きを隠せなかった。

ダンシング・セラスが生きていたこと、スグミの母が生きていたこと。

そしてダンシング・セラスが、スグミの母だったということ。

 

「ホント、奇妙な話よ。私がそんなに有名だったこともそうだけど、まさかあの子が私と同じ道を進んでいたなんてね。いつも仕事ばかりで、父親の顔も見せてやれなくて。そんな私の、人をたくさん殺した汚い手で抱いた娘が………ホント、皮肉ね…」

 

母としての想いだったのだろう。

自分と同じ道で、同じ死に方をしてほしくないというその想いが、言葉から溢れていた。

同じ道、それは生き方、死に方を意味する。

 

「そんなことありません!」

 

アライアの突然の声に、ダンシング・セラスは彼女の方を向いた。

カップのコーヒーが揺れた。

 

「娘さんは…スグミは! 彼女なりに考えて行動しています。決して、同じ道ではありません。確かに、貴女の背中を追いかけているのも事実です、彼女の機体カスタムの傾向を見ればわかります。でも、彼女は前へ進んでいます! まだ知り合ってからあまり長くはありませんが、そんな彼女の姿勢は分かっているつもりです。だからハッキリ言えます、彼女は希望を持っていると!」

「………!」

 

アライアは立ち上がった。

 

「お引き取り下さい」

「しかしまだ……!」

 

ロッドが抗議しようと立ち上がるが、ダンシング・セラスはそれを制止する。

 

「いいんですか…?」

「いいのよ、彼女の言いたいことも分かるもの。自分の道を切り拓こうとしているあの子に、私はもう必要ない…そうでしょ?」

「はい。スグミのためにも、貴女は美しく死んだ英雄でいてください」

 

ダンシング・セラスはゆっくり立ち上がった。

そしてアライアに一礼すると、扉へとその歩みを進めた。

だが彼女は扉の前で立ち止まり、顔だけアライアの方へ向けた。

 

「あの子を、よろしくお願いします………」

 

それだけ言うとサングラスをかけ、ハンガーへ向けて歩き出した。

空色の髪の怪我人とすれ違って。

 

 

母はその姿に、涙を零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アライア、今の人たちは?」

 

アライアを探していた様子のスグミが、コーヒーカップが3つ置かれたテーブルに佇むアライアに問いかけた。

気を失っていたスグミは、ダンシング・セラスとロッドが現れた事実すら知らないのだ。

 

「ちょっと来客よ。もう帰るらしいわ」

「そう……」

 

角を曲がったのかもう見えなくなったその人の背中を目で追う。

だがすぐにスグミは向き直り、アライアの目を見た。

何かを訴えかけるような眼差しで。

 

「アライア、頼みがある」

「何? 私に協力できることなら何でも言ってちょうだい」

 

スグミは頭を下げた。

 

「私に、新しい機体を用意してくれ! エクスカリバー以外には乗らないとか、そういうワガママはもう言わない。だから…!」

 

彼女がこれほどに真剣にものを頼んだことがあっただろうか。

後にも先にも、おそらくこれだけだろう。

彼女自身、操縦技術で補える程度の敵じゃないことに薄々気付き始めていた。

愛機であるVF-19ASが修復できないということも。

 

(ほら…貴女の娘さんはこうやって、新しい道を見出し始めているわ……安心してちょうだい………)

 

アライアはスグミの申し出に微笑むと、ポケットからスティック型ヴァーチャルディスプレイ投影機を取り出すと、機体のリストを呼び出した。

 

「だったら…この機体とかどうかしら?」

 

そう言ってアライアが提示したのは、"YF-29 デュランダル"。

ダンシング・セラスと同じ機体だった。

 

「こんな機体…用意できるのか!?」

「アテはあるわ、ちょっと待ってちょうだい」

 

アライアはそう言い残し、部屋を走って出て行った。






どうも星々です!

親御さん登場ですね
とうとう母親としてスグミと顔をあわせることはなかったですが、親の意志は機体を通して受け継がれていく、いいですね
こういうの好きなんです

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