章は大体10話少し越えたくらいの量で更新していこうかなと思っています。
「ちっくしょうが……!」
森の中を
その後ろにはイーリスに続くようISを身に纏った女性たちがイーリスと同じように男性を抱えながら森の中を移動していた。
そんな彼女たちの回りでは、逃走する彼女たちを嘲笑うかのように数本の樹を隔てて
手傷を負いあともう少しで
地球規模の緊急事態でIS学園に現れたWraithの情報はすぐに全世界に渡った。
もちろんその情報はアメリカにも渡り、アメリカ軍に所属する者たち全員が知っている。
イーリスもその一人であり、再び現れた
そして、その予想通り化け物たちは最初に確認された時よりも体を2倍近い大きさになって戻ってきた。
情報数が圧倒的に少ないKrakenに関しては不明だが。
しかし、体が大きくなった程度で化け物相手に遅れをとるほどイーリスたちは弱くはない。
ならなぜWraithから全力で逃げているのか。
それはWraithが第2形態へと移行した時に手にいれた新たな能力が大きく関係している。
突然現れ、二人のIS操縦者を亡き者にしたWraithは咆哮をあげた後すぐに腕を後ろに引いて何かの構えのような姿勢をとると、赤黒いオーラのようなものを纏いながら両腕と鎌状の腕を目一杯広げ弾けるように襲い掛かった。
遠方から襲いかかり、捕まえた対象を連れ去る『神隠し』というWraithの技である。
30メートル以上あった距離はあっという間に縮められ、進行先にいたIS操縦者を爪の生えた手で掴み、鎌状の腕で抱き締めるように捕らえるとWraithが元いた場所に連れ去った。
もちろん捕らえられなかった他のIS操縦者たち数人は、Wraithにアサルトライフルの数少ない弾丸を発射する。
全員が標的をKrakenからWraithに変更すればKrakenに後ろから攻撃されかねない。
IS操縦者一人を連れ去り、今まさに銃弾の雨にさらされようとしているWraithは、腕の中で必死に抵抗するIS操縦者に顔を向けると、嗤った。
大きく裂けた口の口角を吊り上げ、無数に並んだ針のような牙を剥き出し、嗤ったのだ。
Wraithは腕の中で暴れるIS操縦者をあっさりと離した。
拘束が解かれたことにIS操縦者は当然のこと困惑する。
しかし、このまま同じ場所に留まればWraithに何をされるかわからない。
IS操縦者は急いで機体を動かし、Wraithから離れようとした。
その瞬間、Wraithが眩い閃光と光の粒子を放ち、IS操縦者の体を切り裂いた。
一瞬のことに何が起こったのか理解できず呆然とするIS操縦者だったが、続けざまに振るわれたWraithの鎌がIS操縦者の体をバラバラに切り裂いた。
目にも止まらぬ速さで振り抜かれた鎌は容易く一人の人間の命を奪った。
しかし、遅れてWraithに向けて放たれた銃弾がWraithを襲う――
はずだった。
Wraithへと飛来する銃弾は、光の粒子に触れるとWraithに当たらずとんちんかんな方向へと飛んでいった。
挙げ句の果てにはWraithに向かって飛んだ銃弾数発がIS操縦者たちに向かって返ってくる。
ISのハイパーセンサーも、Wraithのいる場所を映すとメチャクチャな座標を出している。
まるで、Wraithがいる場所だけが別の空間になっているかのように。
これこそ、Wraithの真骨頂である『亜空間』といわれる能力である。
本来、Wraithは時空を操作することができる能力がある。
Wraithのワープ然り、時空の亀裂然り、それらもWraithの時空を操る力の応用である。
そして、その時空を操る力を使い、Wraith自身が自由に動けるWraith専用の空間を強制的に作り出してその中で高速の斬撃を繰り出すことができる、それがWraithの亜空間なのだ。
だが永遠的に亜空間を作り出すことはできず、一定時間経つとWraithの作り出した亜空間は自然消滅する。
IS操縦者一人を斬殺し、Wraithの亜空間が消滅するとWraithはワープを使いKrakenの前に現れる。
まるで、傷だらけのKrakenを庇うかのような行動に一同は驚愕する。
その間にWraithはKrakenに向けて小さく唸り声をあげると、KrakenはWraithに背を向けて森の中へと消えていった。
もちろんIS操縦者たちの何人かは逃げるKrakenを追いかけようと動くが、それよりも先にWraithがIS操縦者たちの前に移動してそれ以上先に行かせないようにする。
必然的にWraithと戦闘を開始しなければならないという状況になるが、イーリスは撤退行動を取る命令を出した。
消耗した部隊と無傷のWraith。
戦闘を行えばどちらが負けるのか明白である。
しかし、Wraithはイーリスの命令を嘲笑うかのように、IS操縦者ではなく歩兵部隊へと襲い掛かった。
ワープを使って瞬時に歩兵部隊の真上に移動すると、慌てる歩兵たちを無視してWraithは衝撃波を放った。
自分たちの上で放たれた人を殺せる波動が歩兵たちを吹き飛ばす。
衝撃波の威力で体があらぬ方向へ捻れ、体の一部が消し飛んでWraithの真下にいた歩兵たちが死んでいく。
さらにWraithは衝撃波から生き残った歩兵たちを自身の自慢の鎌状の腕を振って切り裂いた。
Wraithは狡猾な
いくらIS操縦者たちが弾丸を消費し、ダメージを負っているとしても下手をすればこちらが手痛い反撃を喰らうであろうことは理解している。
しかし敵の戦力を削れるのなら積極的に狙いたいのも事実。
そこで見つけたのが地を歩く歩兵たち。
ISよりも小さく、少しでも力をいれて腕を振れば砕ける体を持っている人間なら簡単に殺せる。
そう判断して、歩兵たちを積極的に狙うことを最優先として行動したのだ。
鎌と爪を血で真っ赤に濡らしながら一人一人確実に殺していたWraithだが、ふと感じ取った殺気にWraithは体を翻して歩兵たちから離れる。
すると、先ほどまでWraithがいた場所をイーリスが拳を振り下ろしながら通過した。
「今のうちだ! 生き残ったやつを回収して撤退するぞ!」
叫ぶように指示を出し、イーリスは歩兵二人を抱えて撤退を開始した。
他のIS操縦者たちも歩兵たちを抱えてイーリスの後に続いた。
こうして逃げるイーリスたちと、その後を追うWraithという構図が出来上がったのだ。
しばらくWraithはイーリスたちを追いかけ続けていたが、ふと何かに反応したように急に動きを止めた。
Wraithの妙な反応にイーリスたちは一瞬動きを止めてWraithを見たが、今はそんなことをしている場合ではないと判断して再びWraithに背を向けて撤退する。
不思議なことに逃げるイーリスたちをそれ以上追おうとせず、Wraithはただただ森の先を見つめ続ける。
その光景をハイパーセンサーの後方視覚補助によって見たイーリスは言い知れぬ恐怖を感じたが、今は撤退することを優先しその場から去っていった。
ふと気づいたときには、Wraithの姿はすでになかった。
☆☆☆
――呼んでいる
空間の狭間を移動しながら、Wraithは誘われるようにある一点の場所に向かっていた。
――行かなくては
ある意味使命感のような、そんな感情がWraithの心の中を支配する。
最初は訳のわからない場所に来てしまったことに軽いパニックを起こしていたWraith。
今はGoliathやKraken、Behemothといった同族たちがいることは確認できているため、比較的落ち着いて狩りを行っていた。
一度手痛い反撃を喰らったが。
しかし、確認できたとはいっても残念ながらGoliathはすでに人間に狩られており、同族の数は己を含めて4体から3体へと数を減らした。
同族の数が少ない今の状況なら、まず同族の数を増やすことが先決である。
脳裏に残るあの人間の雌をこの手で殺すことも大事だが、生物として種の存続を考えるのが優先だ。
頭の中で本能に従いながら空間の狭間を移動し、Wraithは自身を呼ぶ存在の近くまで来たと理解すると空間の狭間に亀裂を作って空間の狭間から出る。
出た場所は、先ほどまでいた場所とよく似た森の中。
風景は全くもってつまらないほど変わりがない。
だが、たった一つだけ、一際存在感を放つものが存在した。
青い炎を纏った黒い巨体。
それが空間の狭間から出てきたWraithの前に二本足でしっかりと大地を踏み締めながら立ち上がっていた。
Wraithは目の前で自身を見下ろす存在に警戒心を覚えるわけではなく、恭しく頭を下げる。
まるで、従うべき王を見つけた騎士のように。
目の前で頭を下げるWraithを見下ろす黒い巨体は、Wraithにまるで語りかけるように唸り声をあげる。
その唸り声を聞いたWraithは頭をあげると雄々しく咆哮をあげ、時空の亀裂を作り出して黒い巨体の前から姿を消す。
Wraithが消えた後、黒い巨体はいまだにゆらゆらと揺らめく時空の亀裂を背にして振り返る。
黒い巨体が振り返った先、そこには木々や草で覆うように隠されたある物体が存在していた。
黒い巨体はその物体に近づき、少しずれていた草をかけ直して物体を完全に草で隠す。
物体が草で隠されたことに安心感を覚えた黒い巨体は草で隠された物体の横を通って森の奥へと入っていく。
黒い巨体が消えたことにより、その場所には草で隠された物体だけが残った。
残された物体。
それは、脈動するように赤い光を放っていた。
☆☆☆
一方、Wraithから逃れ森の外に急遽建てられた作戦基地に戻ったイーリスたちは森から離れる準備をしていた。
ほぼ作戦放棄な状態で戻ってきたため、今回の作戦指揮を行っていた指揮官に怒鳴られそうになったが、逆にイーリスが怒鳴り返して撤退することを半ば無理矢理承諾させたのだ。
指揮官はイーリスの剣幕に思わず了承してしまったが、怪我人の多さや作戦開始時と今の軍人たちの人数が明らかに減っていることに気づき、今では撤退の指示を出している。
「怪我人を優先に運べ! 車、ヘリ、使えるものは何でも使え!」
指揮官の指示のもと、怪我人が次々と運び出されて車やヘリに乗せられる。
イーリスたちIS操縦者はWraithが再び現れたときのことを考え、ISを展開したまま辺りを警戒していた。
減った弾丸や武器はある程度補給しているが、流石に減ったシールドエネルギーはあまり補給できずあまり長期の戦闘は難しい状態だ。
着々と撤退する準備ができている中、一人の軍人が怪我人を車に運んでいるときにある変化に気づいた。
急に地面にいくつもの影が現れたのだ。
その影が気になり、ふと手で太陽の光を遮りながら空を見上げる。
今の状況とうってかわって穏やかな青空が広がる空に、黒い何かが見える。
「……ヤバイ!逃げろおおお!」
黒い何かは次第に形を大きくしていき、その黒い何かの正体に気づいた軍人は叫んだ。
叫び声に反応して他の軍人たちも空を見上げる。
そして、金属の破片に体を串刺しにされた。
――ジュアアアァァァアアアア!!
金属の破片が降ってきた空には、咆哮をあげながら時空の亀裂を次々と作り出しながら空を飛ぶWraithの姿があった。
空中に出来た時空の亀裂からは大小様々な大きさの金属片が落下していく。
落下していく金属片、それはWraithによって異次元空間に取り込まれた軍用ヘリAH-64アパッチの残骸である。
通常空間とはまるっきり違う異次元空間に放り込まれた存在は、物が裏返ったり、別々の物体がくっつくなどの現象が起こるとされている。
元々Wraithは空間を操る力がある。
そのため下手なことをしない限り、異次元空間はWraithにとって害となるものではない。
しかし、空間を操る力なんぞ持ち合わせていないアパッチはどうなるのか。
説明しなくても、無事であることはないだろう。
Wraithは異次元空間で残骸と化したアパッチを次々と落下させて軍人たちを苦しめていく。
特にISへ落下させる残骸は大きなものを選んで落下させている。
ISがそれに対処している間に、Wraithは既に飛び上がっていたヘリに狙いをつけるとワープを使って一気に近づく。
近づいたと同時にWraithはヘリの尾部を掴み、無理矢理引っ張ってヘリ、バランスを崩す。
グルグルと回転しながら徐々にヘリは落下していき、Wraithはまだ飛び立っていないヘリ目掛けて落下するヘリを投げた。
まともにバランスも取れず、ヘリはそのままヘリの中に落下し、地面に激突して爆発を起こす。
しかも、激突した衝撃でヘリは大きく跳ね上がると別のヘリ次々と衝突してヘリを大破させる。
Wraithはどんどん壊れていくヘリを見て嬉しいのか笑い声にも聞き取れるような咆哮をあげる。
イーリスはそんなWraith目掛けてファング・クエイクを飛び上がらせてWraithの胴体に一発殴ろうとする。
しかし、Wraithは自分の分身を作り出すと近づくイーリスに向けて襲わせた。
当然イーリスと分身は真正面から衝突する。
Wraithはその瞬間に出来た隙を見て上空に作り出した無数の時空の亀裂の中の一つに飛び込んで姿を消した。
イーリスと衝突した分身はすぐに光の粒子へと変化して消滅する。
「ちっくしょうがあああああああ!!」
しかし、イーリスにとって最後の最後でWraithにまんまと反撃されたことは紛れもない事実であり、イーリスは屈辱と敗北感を味わいながら叫んだ。
今回の闘いは、人間側の敗北という形で幕を下ろした。