俺が初めて呼び出されたのは何の変哲もない平日の事だった。
カツユを経由して用意ができ次第執務室へ来るようにとの伝令を受けた俺は、店に臨時休業の看板を下げ、急ぎ用意を済ませて目的地へと向かう。
部屋の前に着き、軽く服装の乱れなどを直すと扉をノックして中へと入る。
それまで俺は何の為に呼び出されたのか分かっていなかったのだが、扉を開けた俺の眼前に広がる紙の山を見て呼び出された理由を察した。
「おぉ早かったな! お前にはそこの山を頼みたい。
シズネが出払っていて書類の処理が追いつかん。
主に嘆願書の類なんだが、お前の裁量で良いから仕分けしてくれ」
「え、あ、はい」
殆ど説明も無いまま綱手に言われるがまま即席の作業机の前に座らされて、綱手の手によって壁のような高さの書類の束が積み重ねられていく。
彼女の机の上にもとんでもない量の書類が乗っているところから見るに、楽をしたいから等という理由で俺に協力を求めたのではないのだろう……単純に一人では処理しきれない量だったから呼び出したと見るのが妥当。
とりあえず此処まで来たからには給料分位は働かなければ申し訳ない。
一先ず作業を開始する事に決め、一枚目の書類を手に取る。
「何々……第十六演習場のフェンスが一部壊れているので直してください?
こういう場合はどうすればいいですか?」
「必要度に応じて各部署に伝えるって言うのが基本だ。
今回の場合は十六だから気性の荒い動物や毒虫の類も居ないので其程緊急の物ではないな。
取りあえず報告だけで補修命令とかは必要ないだろう」
「ということは書類を主に保留、報告、早急に対処の三つ位に分ければいいって事ですね」
「そんなところだ。 他に何か分からない事とかがあればその時に聞いてくれ……本当ならシズネ辺りを付けて付きっ切りで教えながらの作業が好ましいんだが、如何せん今は出来そうにないからな」
「いやいや、此方こそ手伝いに呼ばれておいて即戦力とは言い難い現状に申し訳ない気持ちでいっぱいです」
「初めての事だからしょうがないだろう、それに数をこなせば自然と出来る様になる。
私だって其程書類仕事に慣れているわけではないしな」
「そうですね……だけど早く足を引っ張らない程度にはなりたいかな」
今のように綱手に迷惑を掛け続けるわけにもいかない……自分の作業をこなしながら俺に教えてくれていたが、流石に多少作業効率が落ちていた気がするしね。
気を取り直して二枚目三枚目と書類を片付けていき、ノルマの三分の二が終わる頃には気付けば五時間程経過していた。
途中仕事の合間の雑談で血液恐怖症が治ったという話を聞いて驚いたり、俺がこの姿で居る時に何て呼ぶかで口論になったり、図らずしもシズネの身に付いてしまった借金を踏み倒す方法を聞いて綱手に説教したりと、なんだかんだ大変な事務仕事ではあったが賑やかで少し楽しい職場でコレはコレでいいかもと思い始めてきた頃、突然勢いよく扉が開かれ一人の忍が飛び込んできた。
「大変です! うちはサスケが音隠れの忍に連れられ里抜けしました!」
「何だと!? 警備の者は何をやっていたんだ!
今は里の中でも腕の立つ忍は殆ど出払っているというのに……」
「現状動かせるのは下忍位しかおりません……どういたしましょうか?」
「下忍だけか……ならば急ぎ奈良シカマルを此処に呼べ。
彼奴なら小隊をまとめるだけの能力は持っているだろう」
「はっ! 直ちに」
報告に来た忍が俺に気付かないまま出て行った後、綱手は椅子に深く腰掛けて溜息を吐く。
溜息の理由は明らか……先の報告にあったうちはサスケのことだろう。
俺もその忍を知らないわけではない。
ナルトの話には偶に出てきていたし、何より俺と同じく大蛇丸に狙われているのだと綱手から聞いていたからだ。
「音隠れっていうと……犯人はやっぱり大蛇丸かい?」
「だろうね……それにしてもコレが誘拐だったならまだ状況はマシなんだ。
だが報告で言っていたのは連れられて里抜けだ。
要は自分の意志で付いて行ったということ……うちはサスケの奪還は困窮極まるものとなるだろう」
「自分の意志で? 何故そんな選択をしたのかな」
「手段を選ばずに力を求めているからだろうな……先日ナルトが手柄を上げた事もあり心情的にも焦った結果ではないかと思う」
ナルトの活躍っていうと木の葉崩しの際に砂隠れの人柱力を押さえ込んだことだろう……あの一件で里の人のナルトを見る目が変わった。
未だ確執がある人も居ないわけではないが、概ね意外とやるなアイツ的な評価へと変化し、俺とイルカは喜んだものだ。
その一方で一人の少年が精神的に追い詰められていたなんて考えても居なかった……この件をイルカが知ったら凹みそうだな。
俺がイルカも大変なクラスを受け持たされていたんだなと少し同情していると、先程綱手が呼び出した子が部屋に入ってきた。
「失礼します。 何か御用でしょうか?」
「よく来たな……突然で悪いが任務を頼みたい」
綱手の口から語られる任務の内容に最初シカマルも驚いた様だが、数人の下忍を選抜してサスケを奪還しろと言われてからは、怠そうだった目に力が入り幾つかの質問をした後直ぐに部屋を後にした。
「どんなメンバーで行きますかね? 彼と綱手が推したナルト……俺は今の下忍に知っている子が少ないので想像もつきません」
「相手の力量が分からない以上彼奴が思いつく最高のメンバーで望むはずだ。
恐らく彼奴と付き合いの長い秋道チョウジ、索敵能力が高い日向一族のヒナタかネジ、追跡能力に優れた犬塚辺りだろう」
「山中一族の娘さんや油目一族の子は入らないのかい?」
「今回は純粋な戦闘能力も高くなければ選ばれないだろうから、恐らくは入らないだろう」
確かに山中一族の秘術は直接敵に攻撃するものではないし、油目一族の虫も相性が悪いと完封されてしまう可能性がある。
故にオールマイティに戦えるメンバーを選ぶだろうという事か……色々と考えてるんだな。
「さて、流石に状況が状況だ……緊急の書類以外は後回しにする。
ヨミトはもう家に帰っていい……と言いたいところだが、サスケのついでにヨミトも連れていこうという事になるやもしれん。
念のため邸内にある宿直所で休むと良い、担当者には私の方から言っておこう」
「今俺に出来る事は無さそうだし、お言葉に甘えるよ。
でも何か手伝える事があれば何時でも呼んでくれ。
自衛以外の戦闘は困るけど、それ以外の事であれば出来る限り手を貸すからね」
「あぁ、その時は頼む」
難しい顔をして再び書類へと臨む綱手を置いて、俺は執務室を出て宿直室へと向かった。
邸内は普段よりも幾分慌ただしく、今回の一件がそれなりに大きな事件であると改めて知る。
邸内は他国の間者対策の為警備が厳重になっているため、俺を狙う襲撃者もそう簡単には侵入できないだろう。
されど相手は大蛇丸の関係者……油断は禁物とその日結局俺は宿直室で眠れぬ一夜を過ごした。