十分間の異次元実験を終えて戻ってきた俺は、戸に掛けたプレートを準備中から開店中へと変え、再び店を開けた。
開けてもあんまり客来ないんだけど、今日はあの子が来る日だったと思うから開けておかないといけない。
数少ない常連さんを失うのは大きな痛手になるしね。
おっと噂をすれば……。
「何かいい本入荷した?」
「ちょっと昔の小説位かな?
流石に専門書の類は中々持ってくる人いないからね」
「そっか、残念」
そう言っていつも通り店内を見て回り始めた常連さん。
っていうかこの店の初めてのお客さんでもある金髪の女の子なんだけどね?
流石に初めてこの店に来た日から月に最低でも二回は来店してくれてるから、この子も大分遠慮というものが無くなってきた。
例えば喉が渇いていれば遠まわしにお茶を要求してきたり、人名を出さずに愚痴を言ってみたりとまるで休憩所みたいなノリで来る日もある位だ。
まぁ別に困ってるわけじゃないし、子供が嫌いなわけじゃないからいいんだけど……彼女は若白髪のマセた子供や、何考えてるか分からない爬虫類っぽい顔をした子供の話をよくする。
その子供たちの特徴が、どこか伝説の三忍の内の二人の特徴に似ている気がするのが気になるけれど、忍界対戦終戦からそれほど時間が立っていない今、そう簡単に個人情報を漏らす忍びはいない。
故に俺は未だにこの女の子の名前を知らない……一度名前を聞いてみた事はあるんだけど、答え難そうな顔してたから結局自分からうやむやにして、それ以降も聞いてないんだ。
お客さんの個人情報を無理に聞くのは良くないと思うしね。
「この間買わなかった野草辞典を買うのもいいけど、自伝系も気になるわよね。
でも忍具の新調もしたいし……う~ん、迷うわね」
下忍の彼女は任務や訓練帰りに寄ることも多く、顔や手に青痣や切り傷がついている時もある。
流石に下忍だと戦闘を行なうような任務は滅多に無いはずだから、恐らく訓練による怪我が多いんだと思うけど、現代日本で生まれ育った身としては殴られたような打撃痕が子供の顔にあるのは見ていられない。
正直何度‘レッドポーション’位なら使っていいんじゃないか?という考えが頭に過ぎったか分からない位だ。
結局実行には至らなかったわけだけどね……一度包丁で自分の指を斬った時に使ったら気持ち悪いくらい早く治ったから、流石に人に使うのは戸惑う。
何より変に疑われたくない。
普通の人が今の医療忍術よりも数倍早い回復速度を持つ薬を持っているなんてありえないのだから。
……あれ? そう言えば回復系の魔法カードの中に‘非常食’や‘モウヤンのカレー’ってカードがあった気がする。
あれって食べたらお腹膨れるんだろうか?
よし、今日の夕食はカレーだな!
「店員さん!!」
「うわ!? な、なに?」
「今日はコレに決めたわ」
「‘野草大全’ですね……150両になります」
「任務の報酬が入ってなかったら買えなかったわね。
はい、200両」
「ハイ確かに、50両のお釣りになります」
彼女はお釣りを受け取ると、カウンターの横に置いてある高い場所の本を取る時に使う折り畳み椅子を組み立てて、椅子に腰かけた。
どうやら今日はこの後に任務や訓練が無いらしい。
「(また何かあったのか……)今日はどうしたんだい?」
「聞いてくれる?」
最近は本を選ぶ時間よりも、こうして悩みや愚痴を言う時間の方が長い気がする。
前回来た時もチームメイトとの連携が上手くいかない事に関して2時間以上愚痴っていったし、その前は親が凄いと子供に対する期待が大きくて辛いという内容の愚痴を1時間以上……確かに俺はこの子よりも長く生きてるよ?
でも生まれ育った世界が違うから価値観も結構違うわけで、なかなかいい相談相手には成れていないと思う。
まぁ、彼女が俺に話をすることで楽になるのなら聞き手ぐらい務めるのは構わないんだけどね。
さて今回はどんな話題かな?
「今週は家出したペットを探したり、家の修繕を手伝ったりする任務ばっかりだったのよ」
「いや、今週も何も忍者の任務についてあんまり知らないんだけど……」
「え? あ、そっか! 依頼しない人もいるんだもんね。
まず忍びの任務っていうのは上からS、A、B、C、Dって分けられているんだけど、さっき言ったような内容の任務はDランク任務に分類されて、下忍ならこのランクか一つ上のCランク任務が殆どなの」
「Cランク任務ってどんな内容なんだい?」
「Cランクはピンからキリなんだけど、あえて言うなら忍者同士の戦闘とかは絶対無いけど戦闘がある可能性は否定できないって任務が多いわね」
原作ではタズナの護衛がCランク任務だったか。
結局忍者に狙われているのを隠しての依頼だったから、実際はAかBランク任務だとかカカシ先生が言ってた気がする。
依頼内容の詐称は犯罪です!っていうポスターを里の中で見かけた事あった気がする位だから結構多いのかもしれない。
「要するにDランク任務じゃ物足りないってことかい?」
「言い方は悪いけど……はっきり言えばそうかも。
前に受けたCランク任務の護衛も実際は付き添いみたいなものだったし……別に戦いたいってわけじゃないんだけどやっぱり……ね」
そうは言っても実際は実力を試したいという気持ちが無くは無いんだろうなぁ。
やっぱり俺には分からないな……ゆったりまったりしながら生きていけるなら、その方がいいと思うんだけど。
俺も一応鍛えているけど、あくまでこれはヤバいイベントの存在を知っているからであり、もし知らなかったら悠々自適なヒッキーライフを満喫していたはずだ。
何でNARUTOの世界なんだろうなぁ……戦いとは無縁の世界がよかったよ。
この後も暫く他の班が受けた任務や、班員が個人で受けた任務についての話が一時間ほど続き、少し外が紅くなり始めた頃に彼女は店を後にした。