忍者の世界で生き残る   作:アヤカシ

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第83話 善意の忠告

 カウンターの前まで歩いてきた彼は俺に話しかけようと口を開いたが、突然視線を上に向けると天井を凝視し、暫くすると何かに納得するように何度か頷いて再び此方に向き直った。

 彼がジッと見ていた先には先程発見されたのとは別の仕込みである鉄鎖のカーテンが仕込まれており、それを見破られたことで俺は背中に少しだけ冷や汗をかく。

 

 

「上の仕掛けは下のよりも分かり辛いじゃん……俺もあるって思って探さなけりゃ見逃していた位の出来だ。

 良い絡繰り技師になれるよ爺さん」

「それは有り難い言葉だけど、その道に進む予定はないかな」

「そりゃあ残念だ。 ちなみに上に仕掛けてる物は千本か何かか?」

「そんな物騒なもの仕込みません……殺傷能力を持つ仕掛けがある本屋なんて普通じゃないですよ」

「いや、絡繰り仕込んでる時点で普通の本屋じゃないじゃん」

 

 

 正論を呆れたように言われ、少し恥ずかしくなり彼の顔から目を逸らすと、彼の背負っている大きな荷物に目が行く。

 彼がこの店に入ってきてからずっと気になっていた(棚に当たって本が落ちるかも知れないという思いと中身に対する好奇心)のだが、人一人分ほどの荷物が白い布にグルグル巻きにされた状態で背負われていたら誰でも中身が気になるだろう。

 俺としてもあまり凝視しているのも悪いとは思ったが、理性よりも僅かに好奇心が上回ってしまい、数秒程それに目を取られていると彼は口角を僅かに上げてニヤッと悪戯っぽく笑った。

 彼は背負っているそれを少しだけ傾けて俺に少しだけ見やすくすると、自身の親指で件のそれを指差す。

 

 

「さっきからこれを見ている様だが、中身が気になるのか?」

「目立ちますからね……何が入っているんですか?」

「流石にそれは教えられねぇ……試験前だし、誰が聞いているか分からない場所で手の内晒すなんて愚行は犯せないからな。 まぁ俺の大事な仕事道具とだけ言っておくじゃん」

 

 

 彼の言うことは間違っていない。

 忍にとって手の内が知られるということは途轍もないハンデとなる。

 上忍クラスであれば多少手の内がバレたところで、それを補う別のものがあったりするので余り問題ないこともあるのだが、そもそも知ったところで防げないものもある……例に出すなら、銃を持っていると知っていたら防弾チョッキを着れば済むけれど、肝心の防弾チョッキを用意できなければ為す術がないということだ。

 少し思考が逸れたが、彼の言う通りならば背負っているものが忍者の仕事道具となると武器の類だろう。

 剣と言うには厚みがありすぎるし、鈍器だとしたら持ち手が太すぎる……と少し考えたが、どうせ俺がその中身を見る機会なんて無いだろうと、そこで思考を打ち切った。

 

 

「そうですか……そう言えば一通り見終わったみたいですが、何か気になる本はありましたか?」

「ないわけじゃないが……そうだ! 爺さんが参考にしていた絡繰りについて書かれた本ってどれなんだ?」

「参考にしていた本なら…………これですね」

 

 

 俺は先程彼が眺めていた本棚の中から一冊の参考書を取ってくると、少し驚いた様な顔をしてその書物を受け取り、書を読み始める。

 その本には絡繰りの作成に適した素材の条件や、絡繰りの基礎知識、子供でも図画工作の気分で出来る簡単な絡繰りの作り方等の、所謂入門書的な内容が詰め込まれている。

 市販されている関連書の中でも分かり易い上に、情報量も多いので子供の玩具を自作しようと考える親が偶に買っていくので、割とこの店の中では売れている本だ。

 

 

「へぇ、この本を参考にしたのか……俺も小さい頃よく読んでいたな」

「そうなんですか、確かにこの本は読みやすいですからね」

 

 

 子供でも作業できるように刃物の持ち方やヤスリの使い方等を図で解説したり、愛嬌を持たせようとして失敗した様なキャラクターの挿絵が入っていたりして、子供でも読んでいて飽きない構成になっているのは、この本の執筆者が購入者に少しでも楽しんで作業をしてもらえるように苦心した結果なのだろう。

 他の技術書もこういった書き方をしていれば、売れ行きが良くなるのだが……如何せん生粋の技術者や研究者という者は中々に癖のある文を書く人が多く、出版物の売れ行きも伸び難い。

 

 

「そういえば俺の持っているのは使い込みすぎてボロボロなんだよな……パッと見たところ新品と大差ない状態みたいだし、丁度良いからこれ買うわ」

「はい、70両になります」

「どうも……俺としてはもう少しアンタと絡繰りや仕込みについて話したかったが、そろそろ待ち合わせの時間が近いんで今日の所はお暇させてもらうじゃん。

 中忍試験は長いから時間できたらまた来るよ」

 

 

 自分が落ちる事なんて微塵も考えていないようなその発言に少し感心しつつも、若さを感じて苦笑が漏れる。

 中忍試験は決して簡単なものではない……受からない人は受からないし、才能がある人でも運が悪ければ落ちてしまうような難しいものだ。

 事実として五回以上中忍試験を受けても中忍に成れない人もいる。

 更に中忍試験が行われるからといって、必ず中忍になれる者が居るとは限らないのだ。

 合格者が一人もいない時もあれば、数人合格する年もある……要は試験官次第なので受験者の中には担当員を見て、その場でリタイヤする人もいるのだとか。

 そんな中忍試験を前に余裕を持てるのは余程自信があるのか、それとも楽観的なのかのどちらかだろう。

 そんな彼は約束の時間が近いと俺に背を向け店を出ようと歩き始めたが、三歩程歩いたところで何故か立ち止まった。

 何か忘れ物でもしたのかと首を傾げながらその背中を見ていると、彼が首だけをこちらに向け話し出す。

 

 

「爺さん……絡繰りに興味を持つ同志として一つ忠告しておくじゃん。

 もしも里の中で額に愛と入れ墨をした我愛羅って名前の子供を見かけたら、出来るだけ関わらないようにした方が良い」

「突然だね……理由は聞いても大丈夫かな?」

「簡単な理由じゃん……下手をすれば殺されるからだよ」

 

 

 彼はそう言ってから一度身震いすると今度こそ店を出ていった。

 去り際の彼の顔には色々な感情が混ざり込んだ複雑な表情が浮かんでおり、その中でも見て分かる程に強く顔に表れていたのは……強い恐れの感情だ。

 彼が言っていた子供が何者なのかは分からないが、もし聞いた外見と一致するような子供を見かけた時は速やかにその場から去った方が良いのだろう……念のため罠を多めにセットしておいた方が良さそうだ。

 彼の言う通りこの世界では何時何が起こるか分からないのだから。


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