アンコが目を覚ましたのは入院して三日後のことだった。
たまたま俺も店を早めに切り上げて見舞いに来ていた時だったのでその瞬間に立ち会うことになったわけだが、最初彼女は寝ぼけている様な雰囲気で辺りを見回していたが、突然目を見開いて一番近くにいたゴウマに掴み掛かる。
寝込んでいたために力はあまり篭もっていなかった様だが、あまりに切羽詰まった様子にその場に居た俺とゴウマは困惑し、動くことが出来なかった。
「アイツは!? アイツは何処にいるの!?」
「アイツって誰だ?!」
「大蛇丸に決まっているじゃない!」
ゴウマが詰め寄られる中、俺は予想通り大蛇丸が関係していたことに納得したと共に、アンコの機嫌はどうあれ目を覚ました事に安堵した。
大蛇丸に誘拐された可能性を考えた時に、アンコが生きて戻ってこないかもと考えずには居られなかったのだ。
そしてアンコが生きて見つかった後も入れ墨のことがあった上、三日も目を覚まさなかった事で、もしかしたらこのまま目を覚まさないのではと考えたこともあった。
だから今ああして元気にしている姿を見て、俺は少しだけ笑みが零れてしまう。
しかしみたらし親子はそれどころではなく、多少喧嘩腰になりつつ今回の一件についての話をしていた。
「やっぱりお前、大蛇丸に呼び出されたのか……でも何故そんな誘いに乗ったんだ!!」
「アタシだってあの手紙読んだ時は何を今更って思ったわよ。
でもあの時はもしかしたら改心したのかもって思う位にはまだアイツの事信じてたの!!」
「何で!……いや過ぎたことを責めるのは意味がない。
そんなことよりも今はその入れ墨のことの方が重要だ。
一体それは何なんだ? どうしてそんなものがお前の首にあるんだ?」
「これは……呪印っていうらしいわ。
アイツも詳しくは言ってなかったから、適応すればとんでもない力を出せるようになる代わりに適合しなければ高確率で死ぬっていう代物だっていうこと位しか私は知らない。
そしてアタシに入れた呪印っていうのはその中でもまだ実験段階のもので、適合する可能性が凄く低いけど、今まで作った呪印の中で一番大きな力を引き出せるようになるものなんだってアイツは言ってた……でもアタシは適合しなかった。
だからアイツはアタシを役立たずって森に捨てていったのよ……不良品がどうなろうと関係無いってね!」
そう言いながら悔しそうな顔で呪印を擦る。
今アンコの中では考えが足りなかった自分に対する怒りと自分を実験台に利用した大蛇丸に対する怒りが渦巻いているのだろう。
逆の手がベッドのシーツを力一杯握りしめている事からも怒りの程が窺える。
そんな我が子を見て何とも思わない親なんて居るはずがなく、ゴウマはその手を両手で包み込んだ。
「俺は今お前に掛ける言葉が思い浮かばない……気持ちが分かるなんていう知ったような言葉は言えないし、奴への罵倒の言葉も今ここで言っても意味がない。
だが今一つだけ俺の気持ちを言葉にするとしたら……生きて帰ってきてくれて本当に良かった」
「父さん……」
「今となっちゃ俺の家族はアンコしかいないんだ……老い先短い俺よりも先に死ぬなんて親不孝だけはしないでくれ、頼む」
「……うん、分かってるよ。 父さんより先に死んだりしない、約束する……だから泣かないでよ」
アンコが困ったような顔をして呪印を擦っていた方の手でゴウマの頬を伝う涙を拭う。
ゴウマの奥さんが病気で亡くなってから男手一つで育てているからだろう、彼はアンコの事を何よりも大事に思っているのだ。
そんな家族ドラマを後ろから見ている空気と化していた俺だったが、割と落ち着いたアンコの視界は元通りになっており、所在なさげにしていた俺の姿を見つけてしまった。
元々こういう空気が苦手な彼女はこれ幸いと話しかけてくる。
「ヨミトも居たんだ」
「酷いな、俺も行方不明だったアンコちゃんのこと死ぬ気で探したっていうのに」
「ヨミトも探すの手伝ってくれたんだ……心配掛けてゴメンね」
「そうだね、凄い心配したよ。 森で倒れてるのを見つけた時なんて心臓止まるかと思った位にね。
今体調は大丈夫かい?」
「まだ身体の節々は痛いし全身怠いけど、大丈夫よ。
これでも特別上忍昇格間近の有望株なんだから!」
「そうだったね……でも無理はしないように。
大分衰弱しているし、呪印だっけ? それの事も詳しくは分かってないから無理して封印解けたなんて言ったら笑えないよ」
「分かってる、暫くは安静にしてるって」
アンコはそう言って未だに掴んでいたゴウマの手を優しく解くと、彼に介添えされながらゆっくりとベッドに横たわる。
その後は医療忍者がやって来て今後の事を話したり、アンコの友人達が見舞いに来たりと色々あったのだが、まだ体力が回復しきったわけじゃないアンコにとっては雑談するのにも体力を使うようで、友人が帰る頃になると既に大分疲れていた。
そして面会時間が終わる寸前、俺も家に帰ろうと荷物を纏め始めた頃に三代目がやってくる。
ゴウマも火影が見舞いに来るとは予想していなかったらしく大分驚いていたが、アンコが既に大分疲れている事を思い出して、困った様な顔をした。
流石にそんな顔をされれば何となく状況を察したが譲れないものがあるのか、「幾つか質問をするだけじゃ、許してくれんか?」と言ってくる。
ゴウマがそれを申し訳なさそうに断ろうとすると、アンコがそれを手で制止して「あんまり多くは答えられそうにないですが、それで良ければ」と許諾した。
「すまんの……質問は二つだけじゃから直ぐ終わるからの」
「何が聞きたいのですか?」
「一つ目彼奴の拠点の場所は分かるか?
二つ目彼奴の顔は昔と変わらんかったか? この二つじゃ」
「詳しい場所は分かりません……ですが国境付近だったと思います。
顔は大分若々しかったですが、変わっていませんでした」
「若々しかった……やはり彼奴はあの術を……」
「火影様?」
「ん、いや非常に役に立つ情報じゃった、ありがとう。
疲れているところ無理を言ってすまんかったの、では儂はこの辺りで失礼する事にするわぃ。
これは見舞いの品じゃ、早く治ると良いのぅ」
「ありがとうございます」
三代目は定番のフルーツの詰め合わせを枕元のテーブルに置くと、俺とゴウマに軽く一礼して病室から出て行った。
三代目が帰ると空気が弛緩したように気が抜けたが、それでアンコは疲れがドッと押し寄せたらしく、小さな声で「もう限界……父さん、ヨミト見舞いありがとう。 今日はもう寝るから二人とも帰っても大丈夫よ?」と言って目を瞑る。
少しすると小さな寝息が聞こえてきたので、俺も今日は帰ろうと席を立ち、ゴウマに一声掛けた。
「俺も今日はここら辺で帰ります……ゴウマさんは今日もですか?」
「あぁ、何かあったら直ぐに対処できるようにな」
「あんまり無理しないでくださいね、ゴウマさんが倒れたら元も子もないんですから」
「何も徹夜するわけじゃないんだ、大丈夫だよ。
そういうヨミトだって何も毎日来なくても良いんだぞ?」
「俺も心配ですから……気になって仕事が手に付きませんしね。
もう少し回復するまでは来ると思いますよ」
「そっか……それじゃあまた明日だな」
「えぇ、また明日」
眠っているアンコの顔を一目見て、病院を後にした俺。
既に夜の帳はすっかり落ちて、月明かりが帰り道を照らす中、しっかりとした足取りで地面を踏みしめて歩く。
彼女が目を覚まさなかったこの三日、不安で足取りが覚束なかった俺だったが漸く一安心することが出来た。
アンコの精神や呪印など、まだ全てが解決したわけではないけれど、それはこれから一つずつ解決していけばいい。
まずは彼女が目を覚ましたことを素直に喜んでおこう……あぁ本当に良かった。