この世界に来て一カ月の月日が流れた。
未だに一冊も本は売れていないし、売りに来た人もいない。
しかし一カ月も店を開いていると客は何人か来るもんだ……冷やかしだったけど。
そして今日もカウンターの下で印の練習を延々と繰り返す作業に入る。
「う~ん、辰の印は間違う回数多いなぁ。
ちょっと重点的にやるか?」
俺は教科書の辰の印の組み方の部分に筆で丸を書いて、とりあえず100回組んでみることを決めた。
しかしその決意はマッハで崩れることになる。
「へぇ、こんなところに本屋なんてあったんだ……状態が良い本と悪い本があるみたいだけど、品揃えが普通の本屋とは違うみたいね」
この店に入ってきたのは小学生位の女の子。
声を聞く限り、どうやら読書家の様だ。
そんな初めて本が売れるかもしれない状況にちょっとだけテンションが上がる俺。
「コレって絶版になっていた本じゃ……」
そんなもの混ざってたのか!?
この世界来る前に絶版されてたりするとわかんないんだよなぁ。
まぁ、自分の役に立ちそうな図鑑や教科書、研究書系は自宅の方に一冊ずつストックしてあるから良いんだけどね……殆ど二冊位ずつあったし。
何冊かの本は一冊ずつしかなかったんだけど、それは一応店頭には出さないで倉庫にしまってある。
あれも絶版した本とかなのかなとか考えていると、何時の間にやらカウンターの前に少女が立っていた。
「店員さん」
「あ、うん……なにかな?」
「チャクラに関する本ってこの本以外に有りますか?」
そう言ってカウンターの上に‘チャクラを使った戦闘方法’‘チャクラの効率的な使用法’という二冊の本を乗せた。
あれ? もしかしてこの子忍者?
改めて女の子を良く見てみると、金髪で整った顔立ちをしていて、腰に忍具をつけている事に気付く。
この子将来美人さんになりそうだなぁ。
っと、短い間とはいえ観察するような目で見られたからか、女の子は少し警戒気味になってしまったようだ。
「あるにはあるけど、まずこの二冊は初心者向けだし、アカデミーの教科書でも似たような事書いてあると思うよ?」
「え……あ、ホントだ……」
女の子が手に持った本をペラペラとめくって内容を確認していくと、少しずつ困った顔になっていく。
別に立ち読みを推奨してるわけじゃないけど、軽く内容を確認する位だったら良いんだけどな……。
「見たところ君はアカデミーの生徒かな?」
「いえ、一応なったばかりですが下忍です」
「え!? 凄いね君!!
普通に卒業したら12歳位だって聞いていたけど……」
「えへへ」
「で具体的にチャクラのどんな事に関することを書いている本が欲しいのかな?」
「えっと、チャクラコントロールに関する文献が欲しいです」
「そっか、アカデミーを飛び級できる位ならちょっと難しい本でも大丈夫かな?」
俺はカウンターから出ると、研究書の棚に向かう。
彼女は俺が見ている限り、忍関連の棚しか見ていなかったはず。
俺が仕分けた時に忍関連には歴史書や忍の出した自伝等を中心にまとめ、研究書関連には論文の様なものをまとめたから実はこの棚には結構忍術に関する考察とかの本もあるのだ。
「ええっと……あぁ、あったあった。
はい、とりあえずコレ」
「え、あ、ありがとうございます」
俺が彼女に渡したのは‘チャクラの流れ’という本。
この本は俺が仕分けをしている時に、忍関連にするか研究書関連にするか迷ったために一度軽く流し読みしたんだが、その内容はチャクラを流し込む量の変化で起こる事象の変化について考察している本だった。
チャクラコントロールについても書いてあったはずだし、結構役に立つ本だと思う。
「これは研究書だからあんまり分かりやすく書いているわけじゃないけど、アカデミーの教科書で載っていない内容もあるから役に立つと思うよ?」
「でもコレって高いんじゃ……」
「100両くらいかな?」
研究書などは元の価格が高く、余り安く販売すると本屋から怒られてしまう。
故に元の価格500両の五分の一が限界だ……本当なら半額くらいなんだけど、初めてのお客さんだから限界の価格でご提供ってね。
まぁあまり状態が良くないからこそ八割引きなんて真似が出来るんだけど、もし著者がこれを見たら怒るかな?
自分の研究内容が凄く値引きされてたら……怒るよね普通。
俺にとっての限界まで下げた価格を提示したのだが、何故か女の子は困った顔をしている。
「どうかしたかい?」
「80両しか持ってないんです……」
「あ~……しょうがないな。
今回だけだよ?」
「え?」
「80両にまけてあげるよ」
「ホントですか!?
で、でもそんなの悪いで「ただし!」す?」
彼女は一瞬嬉しそうな顔をした後申し訳なさそうな顔になった。
子供に遠慮させるのは良くない。
だから俺は彼女の遠慮の言葉を遮って、無理矢理にでも納得させることにする。
「君が将来大物になった後でも、またこの店に来て本を買ってくれるかい?」
「え、でも……」
「あの人が来るくらいの店なのか!?って思われる位になってくれると嬉しいな。
でも俺の店は余りお客さんが多くないから、君が早く大物になってくれないと潰れちゃうかもしれない」
「………」
「だから君がその本を読んで、成長の糧にしてくれると俺は嬉しいよ」
「ふふふ……そう言われたら断れないですよ」
申し訳なさそうな顔は、いつの間にか花の咲くような笑顔に変わっていた。
うん、やっぱり子供は笑顔じゃなくちゃいけない。
その後、俺は女の子から80両を受け取って本を手渡した。
女の子は店を出る前に一度深く頭を下げて、店を後にする。
店の外から女の子の声が聞こえたから、友達とでも会ったのかな?とか思いつつ、俺は初めての売り上げをそっと机にしまって、いつも通りの辰の印を延々と組む練習を始めたのだった。
~女の子 side~
今日はいい本が見つかってよかったなぁ。
私の知っている本屋さんに置いてある本じゃアカデミーにある文献よりも高度な技術書とかは置いてなかったんだけど、今日たまたま見つけた本の宿という本屋さんは隠れた名店かもしれないわね。
古本という位だから古文書とかを売っているのかと思ったのだけど、一度人の手に渡った本を売っている店というのが本当で、絶版になった本とかもあって、人によっては宝の山に見えるかもしれない。
そのお店で私は店員さんと一つの約束をした。
その約束はお店の宣伝にもなるから大物になってもこの店に来てねという内容だったけど、彼は終始笑顔だったから多分値引く理由として口だけの約束をしたのだと思う……でも私は彼との約束が無くとも上を目指す気だった。
ならそのついでにあのお店の常連になるのも悪くないと思う。
私は無意識に腕に抱えた‘チャクラの流れ’という本の背表紙を撫ぜる。
さてと……店員さんとの約束を守るためにも、早く中忍にならないとね
心機一転気合いを入れて、忍具の投擲訓練でもしようかなと考えていると、遠くから見知った顔の男の子が走ってきた。
「お~い! 猿飛先生が明日は訓練場で九時からスリーマンセルの隊列を練習をすることを伝え忘れてたってよ。
まったく……たまたま近くに居たってだけで俺が伝言役にさせられちまったぜ。
絶対先生が伝えた方が早いってのに!」
「先生も忙しかったんでしょ。
それにしても先生もド忘れする事あるのね……でアイツには伝えたの?」
「いや、今から探しに行く所だ。
ん? お前何持ってんだ?」
「本よ」
「エロ本か!?」
「んなわけないでしょうが!」
「ンガッ!?」
とりあえずいつも通り頭を殴っておく。
地べたに倒れて動かなくなったけど、どうせすぐいつも通りになるのよね。
まったく……こいつの頭にはそれしかないのかしら?
アイツもアイツで何考えてるか分からないし。
このチーム大丈夫かしら?