ナルトの家庭教師を始めてから三週間が経過したある日、アンコと訓練を終えて解散しようとしたのだが、後ろから彼女に呼び止められ振り返る。
振り向いた先には険しい表情で俺を見つめるアンコの姿があった。
今日の訓練でもどこか身が入っておらず何度か注意したが、その注意すら耳に入っていない様だったので諦めて少し早めに終了を提案して今に至るわけだ……恐らくアンコは今その原因を俺に話そうとしているのだろう。
そして俺が想像していた通り彼女は表情を険しくしている原因を話し始めたが、その内容は決して楽しいものではなかった。
「ヨミト……九尾の子の家に通っているらしいね」
「……やっぱり噂になってるのかい?」
「ヨミトも分かってるんでしょ? 最近里の皆がヨミトに対する距離を測りかねてる事。
店の客も減ってるし、常連の皆も少し態度がおかしいんだから気付かないわけないわよね」
そう言いながら俺との距離を詰める彼女の表情は未だ険しく、しかし険しさの中に心配が見えて俺はその場から動く事が出来ない。
適当に誤魔化してこの場を去る事も出来ない事じゃないのだが、今ここでそれをすればきっと彼女は悲しむだろう……それ位には仲が良いつもりだ。
だからといって全てを話すことも出来なければ、ナルトとの家庭教師を辞めることも出来ない。
どう答えるのが正解か全く分からず、近づく彼女を無言で見つめる。
そして遂に彼女が目の前までやって来てしまった……互いに一言も言わず、ただ見つめ合う。
その状態がどの位続いただろうか、一瞬だったような気もすれば五分程経った様な気もする。
あまりのプレッシャーに俺のこめかみを冷や汗が伝うが、未だにどう答えればよいのか全く思いつかない俺……そんな俺を見て話す気が無いと感じ、根負けしたのかアンコが視線を下へ向け、囁くような声で話し始めた。
「話せないか……アタシみたいな小娘じゃ頼りにならない?」
「いやそういうわけじゃないんだ………分かった、話せる範囲で話そうか」
「無理に話さなくてもいいのよ?」
「本当に話しても良いことしか話さないから大丈夫だよ」
そうして俺がアンコに語ったのは、ナルトの家庭教師をしているのが三代目からの頼みであることと、俺も今の状況のようなことになることが
説明している間一度も口を挟まず、ジッと話が終わるのを待ち続けたアンコだったが、話が終わると同時に大きな溜息を吐いた。
「本当に話せることしか話さなかったのね……お蔭で余計モヤモヤするわよ。
でもまぁこの状況が望んでなった事ではなく、その切っ掛けが三代目様にあるっていうのは分かったわ。
でヨミトは三代目に借りがあって断れなかったのね?」
「まぁそういうことになるかな……」
一応誓約書のようなものをもらって、俺の体質のことを三代目は誰にも教えないと確約してもらった……もしこれが守られなかったら原作とか気にしないで三代目に殺さない程度の一発ぶちかましてから放浪の旅に出るつもりだ。
そうならない事を祈ってはいるが、その用意だけは進めてある……もう信じるべき相手ってわけじゃないのだから。
「そっか……でアタシに手伝えることはある?」
「え? いやいや、あの子と関わる事がどんなデメリットを生むのかさっき言っていたじゃないか」
「それはヨミトの場合でしょ? アタシはあの人の弟子っていう肩書きがある時点で結構白い目で見られてるんだから今更それ位で扱いは変わらないわよ」
「アンコちゃんは推薦を受けないと上忍に成れないのだから余計に駄目でしょうが……気持ちだけ受け取っておくよ」
「そっか残念、気持ちが変わったら何時でも言いなよ?
正直九尾の子っていうのにも興味有るしね」
そう言って舌なめずりをするアンコに大蛇丸の面影を感じて少し背筋が冷えたので、俺は彼女の頭を軽く小突いて「下品だよ?」と諫めた。
この癖は何度注意しても直らないので半ば諦めているのだが、いつか直るかも知れないという希望はまだ潰えていないので気付き次第注意している。
未だに浮いた話の一つもないのはこういう所々に感じる爬虫類っぽい仕草も原因の一つだと思う。
スタイルも顔も良いんだけど、この肉食的思考が男を寄せ付けない。
一応念のため言っておくと、さっきの興味有るっていう言葉は体質や強さに興味があるのであって、決して性的な意味ではないよ?
そんなアホなことを考えている間に日はすっかり落ち、家の明かりが目立つ時間になってきた。
「そろそろ帰らないといけない時間じゃないかい?」
「あぁ大丈夫、今日はヨミトの家で夕食お呼ばれするって言ってあるから」
「……俺初耳だなぁ」
「偶にはいいじゃない! こんなに可愛い女の子が一緒にご飯を食べてくれるなんて男冥利に尽きるでしょ?」
「偶にって頻度じゃないだろうが、全く……まぁいいよ、その代わり今日はあまり期待しないでくれるかい?
買い出しに行っていないから出来そうなのが所謂男飯ってやつ位しかないんだ」
「大丈夫大丈夫! 前食べた焼き飯は美味しかったから。
あ、後食後にお団子出してね!」
「はいはい……白玉粉あったかな?」
左腕に抱きついてきたアンコと一緒に夜の里をゆっくりと歩きながら、家に向かう……これが若者同士ならカップルに見られたんだろうが、今の俺は見た目五十代位に化けてるから知らない人から見れば親子以外に見えないだろう……穿った見方をすれば援助交際的なものに見えなくもないかな。
でもまぁ勘違いされたところでヤることヤるわけじゃないから大した問題は無いんだが、時折感じる奇異の視線に自然と歩調が速くなる俺はチキンなのだろう。
だがそうなると左腕に掴まっている彼女の歩調も自然と速くなるので、最初は文句を言いたそうに口をへの字に曲げたが、周囲を見渡して俺が歩調を速めた理由に気が付いたのか表情を笑顔に変え、逆に俺を引っ張るように先へ進み始める。
結局俺とアンコは走って家に帰ることになったのだった。