ナルトの家庭教師に任命されて初めての授業を行う日。
既に彼には三代目から俺が来ると説明されているらしく、おそらく今頃家の中で俺の事を待っているのだと思う。
俺は彼の家の前で未だに割り切れていない今の状況に小さく溜息を吐く。
だがこのまま突っ立っていると変な噂が立ちかねないので、気合いを入れて扉をノックする。
すると中からドタンバタンという音が聞こえ、勢いよく扉が開いてナルトが飛び出してきた。
「おっちゃんいらっしゃい!」
「あぁうん、こんにちはうずまき君」
「ナルトでいいってばよ! とりあえず中に入って待ってて。
急いでお茶入れるから」
「お構いなく、それよりうず……ナルト君、勉強は何処まで進んでいるのかな?
俺はこの本を教科書に使っていると言うことしか聞いていないのだけど」
そう言ってアカデミーで使う教材よりも対象年齢が低いドリルのようなものを数冊懐から取り出す。
これらの教材は前日に三代目自ら俺の所まで持ってきてくれたものだったが、忙しかったのかこれが教材だと言って直ぐに居なくなってしまったのだ。
だから俺はナルトが今どの位の学力を持っていて、どの位の身体能力を持っているのか知らない。
「全部説明するのには結構掛かるんだ。
だからおっちゃんは椅子に座ってのんびりしててくれってばよ!
今から俺がお茶を入れてくるから」
「分かったよ……手伝わなくても大丈夫かい?」
「このうずまきナルト様を舐めるんじゃねぇってばよ!
家事全部一人でやってるんだからお茶ぐらい入れられるに決まってるだろ!」
「そっか、じゃあお願いしようかな」
「任せとけってばよぅ!」
ナルトに背中を押されて居間へと入った俺は彼の言うとおり、椅子に座ると彼が戻ってくるまで少し家の中を見回すして時間を潰すことにした。
パッと見たところゴミ屋敷と言う程汚れているわけでもないが、清潔感が溢れていると言う程でもないごく普通の家。
未開封のカップ麺が結構な数転がっているのが少し気になるが、変なところはそこ位だ。
壁に少なくない数の傷が付いていたりもしているけれど、近くにダーツの的のようなものが置いてあることから手裏剣か何かの訓練を此処でしていたのだろう……距離が距離だからあんまり意味のある訓練とは言い切れないが、彼の努力は認めようと思う。
他にも何かあるかなと辺りを見回すが特に何も見つからず、やることの無くなった俺は静かに彼を待つ。
数分後、お盆の上にお茶一式を乗せて零さないようにゆっくりと運ぶナルトが、台所の方からやって来た。
彼は一旦テーブルにお盆を置くと、自分も席に着いてお茶を配膳する。
その後に一緒に持ってきた煎餅の袋を開けて、テーブルの中央に配置した。
「大したものは無いけど好きに食べていいからな!」
「ありがとうね、後で少し摘ませてもらうよ。
でもその前に色々と聞いておかなければいけないことがあるんだ」
「分かってるって、何処まで勉強したかって事だろ?
えっと……」
彼が教えてくれた内容は別段驚く内容でもなく、むしろ予想通りに等しいものだ。
座学は遅れ気味で身体を動かす訓練は順調……典型的な脳筋である。
思わず溜息が漏れ、それに反応してナルトの肩も揺れた。
怒るつもりは無いけれど少し冷めた目で彼を見てしまった俺は間違っているのだろうか?
「何か得意なものはないのかい?」
「い、いたずら……とか」
「言い方を変えようか、得意な科目は何かな?」
「ない!」
「胸を張って言うことでもないだろうに……まぁいい、じゃあ次に来る時はナルト君の学力を測るために簡単なテストを作ってくるから復習しておくようにね」
「え、じゃあ今日は何をするんだってばよ」
「今日はナルト君の手裏剣の腕前と基礎身体能力を調べよう。
そこら辺を知っておかないとトレーニングメニューが作れないからね」
昔縄樹と訓練をしていた時に構造力学やら医学やらの本を読み漁って、トレーニングメニューを作ったことがあるからその頃の知識を使えば、データさえ取れたならメニューを作ることが出来る。
ナルトはそれを聞いて分かったような分からない様な微妙な顔をしていたが、俺に言われるがまま手裏剣を投げ、腕立てをし、腹筋、背筋、スクワット、反復横跳び、垂直跳びと次々とこなしていった。
全てが終わったのはおよそ二時間後、彼も適度に休憩を挟んだが大分疲れているように見える。
「反射神経、速筋、遅筋etcetc……全体的に見てもスペックは低くない。
手裏剣の命中率もその歳にしては上出来だろうね」
「もしかして俺ってば凄い?!」
「忍者を目指す子達の中だったらたぶん平均より少し上位だと思うよ」
「平均ってなんだってばよ?」
「真ん中という意味に近いかな」
年度毎に平均が大分違うから参考にはならないが、現在のナルトは昔の綱手に比べると明らかに劣っているけれど、昔のアンコやシズネとは良い勝負かも知れない。
九尾の力が封印を越えて、僅かながらに彼に力を与えているのだろう。
真ん中位という評価を受けたナルトは少し残念そうな顔をしたが、直ぐに元気を取り戻して「今が真ん中でも、いつか一番になれば問題ない!」と言い放ち、的に向かって手裏剣を投げた。
手裏剣は真っ直ぐと的へと飛んでいき、既に刺さっている手裏剣とぶつかって何故か俺の方へ向かって跳ね返ってくる。
ナルトがそれを見て、急いでその手裏剣を新たな手裏剣で打ち落とそうとするが丁度今投げた手裏剣が最後の手裏剣だったらしく、切羽詰まった表情で「おっちゃん!」と叫んだ。
そんな彼とは裏腹に俺は全く焦っていなかった……というよりも焦る必要がない。
確かに手裏剣が飛んでくれば危ないだろうが、まだ下忍にも満たない子が投げた手裏剣位ならどうとでもなる。
俺は胸元目掛けて飛んでくる手裏剣を人差し指と中指で挟むように止め、逆に的に向かって投げつける。
するとナルトの投げた手裏剣とは比べものにならない程の速さで飛んでいき、既に刺さっていた手裏剣をものともせずにど真ん中に深々と突き刺さった。
「へ?」
「長く修行していればこれ位は誰でも出来るようになるよ、でも一番になるにはこの程度じゃまだまだ足りないだろう……それでも一番を目指すかい?」
少しの間展開について行けなかったようだが、十秒程経った後我に返ったナルトは「当ったり前だってばよ!」と俺に向かって笑顔で親指を立てる。
俺はそんな彼を見て今後彼を襲う数多の試練と苦難を思い出し、顔を歪めそうになったがそれを無理矢理抑え込み、ぎこちなく笑い返すのだった。