里の復興が完全に完了し、平穏が戻ってきたのも束の間。
大蛇丸が近頃起こっていた忍蒸発事件の主犯であることが発覚し、里は混乱に包まれた。
三代目が現場を押さえたらしいが、その際に捕らえることが出来ずそのまま大蛇丸は里から姿を消したのだとか。
一般人が得られる情報はこの程度……これ以上知ったところで何が出来るわけでもないのだから丁度良いのかも知れないが、今回の事で少しだけ俺に問題が降りかかった。
いや正確に言うとうちの常連さんの一人に共犯者容疑が掛かったのだ。
大蛇丸の弟子の一人で、彼を尊敬していたみたらしアンコ。
最近来る頻度が多かった彼女の父が言うには三ヶ月ほど事情聴取や尋問に掛けられ、やっと解放されたらしい。
そんな彼女が大分疲弊した状態で久しぶりに俺の店へとやって来た。
見た限り拷問などをされた形跡は見当たらないが、信じていた相手に裏切られたという事実が精神を蝕んでいるのかも知れない。
彼女は何も言わずカウンター横に置いてある椅子を引っ張り出して腰掛ける。
俺は彼女が大蛇丸の件について話しに来たのだと感じ、一先ず店を臨時休業にすることに決め、戸に閉店の立て札を掛けた。
「久しぶり……話はゴウマさんから聞いているよ。
大変だったね」
「……そうね、少し疲れたわ。
来る日も来る日も大蛇丸は何処だ、奴は何を考えているって馬鹿の一つ覚えのように何度も聞くのだもの。
私があの人の共犯者だという明確な証拠がなかったから拷問はされなかったけれど、それでも被害者の家族に会わされたりしたのは少し堪えたわね。
彼らにとっては私は仇の弟子なわけだから殺意にも似た視線と共に罵詈雑言が飛んでくるのは当たり前なのだと分かってはいるのだけど、ああも直接的な言葉をぶつけられると……ね」
そう言ってアンコは10代とは思えない程人生に疲れたような苦笑を見せた。
あまりに痛々しくて抱きしめてしまいそうになったが、脳裏にチラッとセクハラの四文字が浮かび上がったので寸前で止め、ゆっくりと頭を撫でるだけに留める。
「あの人が悪いことをしたっていうのは私も分かってる……でも私にとってあの人が先生であることは変えられない。
危ない時に助けてもらったこともあるし、修行をつけてもらったこともある。
厳しかったし、何を考えているか分からないような先生だったけど、私にとって必ずしも悪い先生じゃなかったのよ……それが今は辛いわ。
悪い面しか見えなかったのなら素直に嫌えたし、恨むことも出来たのに」
俺はアンコの言葉を否定しようと口を開いたが、思いとどまりそのまま口を閉じる。
もし今思って居たことをそのまま口にしていたら……「大蛇丸に良い面なんていう物はない」と言っていただろう。
それを聞いたアンコはきっと嫌な気持ちになるだろうし、彼との接点がないに等しい俺が言ったところで信憑性なんて皆無なのだから、口を閉じたのは間違っていないはずだ。
原作における大蛇丸は自分のために他者の命を容易に使い捨てる外道であり、彼の良い面というものは記憶にない。
だがそれが分かるのは原作というある種の反則的知識のお蔭であり、原作では語られなかった彼の良い部分というものもあったのかも知れないが、それを差し引いても善人とは絶対に言えない人物だ。
それにそれをそのまま彼女に話したところで頭がおかしくなったのかと心配されかねないだろう。
俺が無言であることから言葉に窮していると感じたのかアンコは申し訳なさそうな顔をして一言「ごめんなさい」と謝った。
「つい愚痴を言ってしまったわね」
「それは別にいいんだけど……少しは気が晴れたかい?」
「そうね、少しだけ楽になったわ」
「それは良かった……元気がないアンコちゃんには違和感があったからね。
無理に元気に振る舞ってくれとは言わないけれど、少しでも元気になってくれたのなら話を聞いた意味があるってものだよ」
そう言って俺は彼女の頭から手を下ろし、ちょっとキザっぽい事を言ってしまった恥ずかしさから顔が熱くなる。
照れを感じ取ったのかアンコはくすりと小さく笑みを漏らし、俺の眼を見つめながら「ありがとう」と告げた。
その結果俺の顔はより赤みを増したわけだが、そんな俺を知ってか知らずか彼女は話題を唐突に切り替えた。
おそらくこれ以上大蛇丸の話をしても俺が気を遣うだけだとでも思ったのだろう。
どうもこの世界の子供は気遣いが出来る子が多いな。
「あ、そう言えばこの間シズネが言っていたんだけど、ヨミトって綱手様の弟に家庭教師してたらしいじゃない。
もう亡くなっているって聞いたけど、その子優秀な下忍だったんでしょ?」
「そうだね、技術の吸収も早かったし、名家だから普通は習わない様な術に関する書物も読めたからあのまま育っていれば凄い忍になっていたと思うよ」
「じゃあその子が一度も勝てなかったヨミトってどの位強いの?」
「……俺は強くなんてないよ」
一瞬どう答えようか迷って言葉に詰まったが、何とかそう返すことが出来たのは幸いだろう。
俺の今の素の強さがどの位に位置するのかは俺にも分からないけれど、上忍まではいかないにしても中忍に成れる位の実力はあると言われたことがあるから、忍の中で考えたら中の中位の実力なのだと思う。
でもそれが古本屋にとって必要な力かと言えばNOだ。
不必要な力を持った自称一般人……今改めて考えると俺超怪しいな。
「そう? なんかシズネの事を助けるために大蛇相手に大立ち回りしたとかいう話も聞いたけど」
「それもシズネちゃんが言ったのかい?」
「ウィスキーボンボン食べて酔っぱらった時にね」
酔った相手に情報聞き出すとか何処のスパイだよ……あ、忍もスパイみたいなものか。
まぁシズネには別段知られても困るものを見せたことはないから大した問題はないが、三代目やカツユは少し話して欲しくない情報を持っているから、今度会った時に念のためもう一度釘を刺しておこう。
「大蛇と言ってもそんなに大きな蛇じゃないさ、あの頃のシズネちゃんは小さかったからより大きく見えたんじゃないかな?」
「そうかしら……ま、別にそれならそれでも構わないけど。
で、前置きは此処まで」
「ん、前置き? これまでの話が前置きって嫌な予感しかしないんだが……」
「そんなに難しい事じゃないわ。
………ヨミト、空いた日とかで良いから訓練を手伝ってくれない?」
「それはチームメイトじゃ駄目なのかい?」
「チームの人達はそれぞれ師事している人がいるみたいでたまにしか付き合ってくれないのよ。
まぁ私もこの間まではあの人に教えてもらっていたから何も言えないんだけど」
「一つ聞くけど、訓練ってどんなことをするんだい?」
ゴウマさんにも宜しく言われているし、とんでもない内容でもなければ手伝うのは吝かでもない。
流石に新術の実験台になれとかだったら断るけど。
「別に特別な事はしないわよ。 組み手に付き合ってもらったり、客観的に見ておかしいところがないか教えて欲しいの」
「……その位ならいいかな」
「ホント!? じゃあ早速今度の休日にでもお願いしてもいい?」
「分かった、用意しておくよ」
「お願いね。 じゃあ今日はもう帰るわ。
色々とありがとうね」
「いやいやあんまり力になれず申し訳ない位だよ……アンコちゃんもあまり思い詰めないようにね」
「少し引きずるかも知れないけど、大丈夫よ!
それじゃ今度の休日にまた会いましょう」
小さく手を振ってアンコが店を出ていった後、俺はカツユを呼び出して酒盛りをしてカツユが酒に強いことを確認したり、訓練を行ったりといつも通りの生活を過ごした。
流石に十代前半の女の子にボコボコにされるのは勘弁して欲しいから少し気合いを入れて訓練したりもしたけどね。