店に入った綱手は昔を思い出すかの様にゆっくりと店内を見てまわる。
気になった本は手に取り、パラパラと捲って棚に戻す……本当に昔に戻った様な気分になるな。
たかが二年来なかっただけなのにこんなにも昔のことの様に感じるのは、それだけ彼女が店に来た時の記憶が根深く残っている所為だろう。
この店初めての常連客で、物語で大きな役割を持つ凄腕の忍者……木ノ葉の三忍の一人‘綱手’。
カツユの話だと忙しくて殆ど自分の時間が取れていないらしいんだが、今日は一体どうしたんだろうか?
俺の疑問をよそに綱手は新しく入荷した小説を数冊カウンターへ置き、「いくら?」と言葉少なに聞く。
それほど珍しいものでもなく、少し流行から後れた小説だから本来なら定価の半額、状態が悪ければ定価の三分の一以下のものだ。
俺はとりあえずお得意様割引きとして半額の所を七割引きにして会計をし、彼女へ伝える。
彼女もそれに気付いたのか少し苦笑しているが、俺はこれでも利益が出るので別に気にしない……雀の涙ほどの利益だけどな。
本を受け取り、昔よく座っていた丸椅子をカウンターの近くへ置くと、腰を掛けて本を開く。
俺も別にこの後何か予定があるわけでもないので、座椅子に座り読みかけの本を手に取った。
緩やかに時間が過ぎていく……それから十分程経っただろうか、紙を捲る音が止まり綱手が口を開く。
「カツユと仲良くしてるみたいね、口寄せの契約はまだ結ばないの?」
「俺のチャクラ量が足りないからカツユがまだ止めておいた方がいいって言うからね、チャクラ量って少しずつしか増やせないから、もし契約するにも何時になることやら。
何か良い手ないかい?」
「一応強制的にチャクラの量を増やすことは出来なくもないんだけど、多大な代償を払うハメになるから止めておいた方がいいわね」
「そっか……やっぱり地道に増やすしかないか」
「地道が一番よ、千里の道も一歩からってね」
そう言って笑顔を向ける綱手を見て、本当に綺麗になったと感じた。
女は恋をすると綺麗になるってよく言うしね。
だが年齢的には俺が大分上、笑顔一つに見惚れたと知られたらロリコンのレッテルを貼られかねないと、彼女の意識を逸らすために話題を変える。
「そう言えば彼氏とは順調かい?」
「カツユから聞いたの? お喋りなんだから……えっと、何をもって順調と言うか分からないけど、別に喧嘩とかはしてないわ。
最近は任務が忙しくて前ほど会えないけど、一緒の任務に就くことも少なくないから不満は特にないし、空いた時間はシズネと遊んだり……あ、シズネって言うのはダンの姪なんだけど、まだ小さくて可愛いのよ!
まだ二歳だから動きも辿々しくて、偶に縁側から落ちそうになったりもするんだけど、なんて言うの? こう守ってあげたくなるって言うか……分かるでしょ?!
それに私が家に行くとネーネって言って出迎えてくれるのよ……もうあの可愛らしさは犯罪ね! ヨミトもそう思うでしょ!」
「………あ、うん」
「でしょ! それでね………」
それから一時間ほどシズネが如何に可愛いかを語り続けた綱手。
もう洗脳するつもりかっていう勢いだったが、ここに来てようやく勢いが収まってきた。
正直ここまで溺愛してるとは思いもしなかったよ……てっきり彼氏のことをちょっと惚気られるだけだと思ったら、予想の右斜め上を突貫していくなんて誰がわかるんだよ。
俺は少しぐったりしながらも、そのまま相槌を打ち続けた。
結局彼女のシズネの可愛さ語りはその後も暫く続き、一段落ついたのは更に三十分以上経過した後のことだった。
「ふぅ、まだまだ喋り足りないけどこれ以上話していると止まらなくなりそうだから、ここら辺で本題に入りましょう」
「うん、そうだね……ん? 本題?」
「そうよ、私がシズネの可愛さを語りに来ただけだと思ったの?」
……あんだけ話してればそうだと思うでしょうが!!と心の中で叫ぶ俺だったが、ここは大人の余裕で華麗にスルー。
無言で首を縦に振ると、綱手は小さくため息をついて本題に入り始めた。
「今日ここに来たのはヨミトに頼みがあって来たのよ」
「頼み?」
「そう、ちょっと来週からシズネを預かっていて欲しくて」
「……は?」
「そんなに長い期間じゃないのよ?
ちょっと次の任務にシズネの両親も参加するみたいで、面倒を見てくれる人がいないの。
ダンと私も別の任務で預かれないし、先生なんてもっての外。
ダンの方も似た様な感じで仲のいい友達は任務に行っていて頼めないみたいで、じゃあどうするってなったから信用できて尚かつセキュリティがしっかりしている知り合いに預けようってダンと話し合って決めたの。
で白羽の矢が立ったのがヨミトってわけ」
「へ~それは光栄だ……けどね俺はダンって人に会ったことないし、その子の両親も知らない人に預けるのは嫌じゃないかな?」
「あぁそれは大丈夫、どっちも一度はこの店に来てるし」
「そ、そうなんだ……でもそれだけで俺のことを信用するかなんて分からないだろ?」
「それも大丈夫、ヨミトが縄樹に家庭教師の様なことをしていた時の話をしたらシズネが大きくなったらこの子もヨミトさんに家庭教師してもらおうかって話題が出てくるくらいだったから」
外堀が既に埋められているだと!?
これでは断る理由が……いや、ちょっと待てよ?
別に断らなくてもいいんじゃないか?
彼女の言うシズネは多分原作にも出てきていた綱手の付き人っぽい人だろう。
彼女は別に名家の生まれというわけでもなく、何か厄介な設定を持っているわけじゃなかったはず。
今は只の子供なんだから別に短期間預かる分には問題ない気がする。
表だってデメリットが思いつかないことに気付いた俺は「綱手が戻ってくるまでなら」と前置きをして、その提案を受けることにした。
すると綱手は肩の荷が下りたとばかりに大きく息を吐く。
「ふぅ、良かった! もしヨミトに断られたら先生に無理言って誰か紹介してもらわなきゃいけなくなるところだったわ。
シズネは任務に行く前日に連れてくるから、ちゃんと家の中掃除しといてよ?」
「分かってるよ、子供が怪我しそうな物は仕舞っておく」
「よし、これで気兼ねなく任務に向かえるわね……」
そう言って表情を引き締める綱手に俺は何処か不安を感じざるを得なかった。
縄樹が帰ってこなかった時に感じた程じゃないにしても、自然と眉をひそめる位には嫌な予感がする。
そんな俺に気付いた綱手は困った様に笑い、「大丈夫、私は縄樹の分まで生きなきゃいけないから絶対生きて戻るわ」と伝え、店を出て行く。
その背中に何か声を掛けようと口を開くが、俺の口は結局何の音も発せず閉まった。
だってなんて声を掛ければいいんだ?
「なんか嫌な予感がするから気を付けろ」? んなこと言ったところで何になるっていうんだよ。
くそっ!! 何かモヤモヤするな……今日は長めにゾーンに潜ってこの気持ちを発散しよう。
俺は店の戸に鍵を掛け、服を着替えるとすぐに除外ゾーンへと潜った。
脳裏に浮かぶ綱手の顔を振りきる様に……