縄樹が任務から帰ってきた……もの言わぬ身体となって。
その日俺はいつも通りのんびりと店番をしながら、「今日は誰か来るかな?」とか呟いたりしてたりと、本当に平和で穏やかな時間だった。
その平穏を破ったのは珍客の来訪。
ここ数年来ていなかった三代目が険しい顔で店に入ってきたのだ。
「いらっしゃいませ、お久しぶりで「縄樹が死んだ」……え?」
「縄樹を含めた第三班は一人を残して全滅、残る一人も重傷を負っている」
思わず思考が停止した……そんな俺にかまわず続けられる残酷な真実。
縄樹が受けた任務は忍との戦闘がない護衛任務だったが、他里の忍同士の戦闘に巻き込まれ、なし崩しに戦わざる得ない状態になったらしい。
相手の戦力は上忍二人、中忍六人の二小隊。
対して縄樹の小隊は上忍一人、中忍一人、下忍二人……最初は積極的に攻撃されなかったが、縄樹が千手一族だと知っている忍が居て、目撃者を消すという目的から木ノ葉の有力な一族の嫡男を殺すという目的に変わる。
縄樹を含め小隊全員で護衛対象を全力で逃がした後、本格的な戦闘が始まった。
最初は善戦していたが木ノ葉の上忍が自らの命と引き換えに上忍二人と中忍三人を屠った後は下忍三人と中忍三人の戦いになり、かなり厳しい戦いを強いられた。
縄樹は自身が狙われている事を逆に利用しようと囮役になるが、如何せん実戦経験が足りず危機に追い込まれていったらしい。
次第に下忍三人は疲弊し、遂には一人が死んで、二人は小さくない傷を負ってしまった。
絶望が場を包み込もうとした時、縄樹が懐から何かの丸薬を取り出して呑みこみ、相手に特攻。
一人は何とか仕留めることが出来たが、残る二人の中忍に背中を刺されてしまった。
しかし縄樹は即座に一人の首を掻き切り、その勢いでもう一人に切りかかる……が紙一重のところで避けられてしまう。
クナイを二本突き刺された縄樹は痛みなど感じていないかのように腰に付けた少し形の変わったクナイに持ち替えて再び敵に飛びかかる。
怪我を感じさせない速度の斬撃は相手の胸元を捉え、相手の命を奪うことに成功したが……縄樹の怪我は既に手の施しようのない状況で、縄樹もそれが分かっていたのか仲間の下忍に首飾りを預け、「ねえ……ちゃんにゴ……メンって伝えて……くれ」と言い残し、息を引き取ったらしい。
「遺体は暗部が回収したが、縄樹の死に顔はまるで眠っているように穏やかだった」
「…………」
余りに唐突で俺の脳が正常に動いてくれない。
三代目が詳しく話してくれた事も、右から左に流れて殆ど頭に入っていない。
今俺の頭の中を駆け巡るのは、縄樹を生き返らせる方法。
‘死者蘇生’を使う方法、‘魂の解放’から‘D・D・R’で呼び戻す方法etcetc……しかしそのどれもが現実的ではないことが俺には分かっている。
魔法や罠の効果は最長で一日しか持続できないために効果が切れたときに二度目の死を迎える可能性を考えれば決して軽はずみに出来る事じゃない。
「明日の正午に千住邸で葬儀を行うから遅れるなよ」
「……綱手はどうしてますか?」
「……ずっと縄樹の傍で泣いている。
お前も葬儀前に一度顔を見せてきた方がいい。
お前は縄樹の先生みたいなものだったんだろう?」
「そう……ですね。
今日は店を閉めて縄樹に会いに行こうと思います」
俺にとって縄樹は生徒であり、弟の様な存在だった。
正直今気を抜けば涙を止められそうにない。
今耐えているのは人目があるからだけに過ぎない。
「そうしてやってくれ……できれば綱手の事も頼む。
アイツはきっと飯も食わずに泣き続けているはずだ。
何か食べ物でも持っていってやってくれ」
「わかりました」
「それじゃあ俺は仕事に戻る……今回の落とし前を付けさせなきゃならんしな」
そう言って三代目は店から出て行った。
店を出て行く直前の三代目の顔に表情は無く、ただ目が殺意が宿っていた気がした。
俺はそれを見なかったことにし、店を閉めて千手邸へと向かう。
こんなことがあったからか千住邸はいつもよりも慌ただしい。
本来なら忙しそうにしている今来るのは良くないのだろうけど、綱手の様子も気になる。
俺は手に持ったおにぎりの入った袋と花を握り締め、慌ただしく動き回っている使用人の一人に声をかけた。
「すみません、本瓜ヨミトと言うものですが……」
「あぁヨミトさんですか、自来也さんとダンさん、そして貴方は通してよいと言付けを受けております……此方へ」
導かれるまま千住邸の中を歩くこと数分。
案内されたのは広い和室の前だった。
中からは何も聞こえない。
「ここに縄樹様と綱手様が居られます」
「綱手もいるんですか? でも中から物音ひとつ聞こえてこないんですが……」
「綱手様は……いえ、中に入って戴ければわかります。
私は此処で失礼させていただきます。
お帰りの際はそのままお帰りになって結構ですので」
そう言い残して使用人はその場を後にした。
俺は覚悟を決めて障子を開ける。
中は暗く、僅かに入る日の光が薄らと部屋の中を照らしているだけで明りは無い。
そんな中に綱手はいた。
布団に横たわる縄樹の遺体の横に身動き一つせず縄樹をジッと見ている。
「綱手……」
「何で……何で縄樹だったの?
私だったら死なずに返り討ちにすることが出来たかもしれないのに」
俺には何も言えなかった。
単純にその場に居なかったのだからしょうがないと言って納得できる程心の整理はついていないだろうし、俺自身こんな子供が殺されなきゃいけない今の状況に納得できない。
今は忍者でもない俺が何を言っても彼女には響かないだろう。
だが綱手をこのまま放っておくのも良くない気がする。
だから少しだけ負の感情を発散させよう……例え俺が彼女に恨まれようとも。
俺が一か月前に感じた違和感をもっと気にしていればこの結果は変わっていたかもしれないのだから。
俺は手に持ったおにぎりと花を畳に置き、綱手に顔を向けながら口を開く。
「綱手……縄樹は俺のせいで死んだのかもしれない」
「え…………」
場の空気が凍りついた。
此方を一切見なかった綱手がこっちを見て目を見開いている。
「俺は縄樹が任務に行く前に二つの餞別を贈った。
一つは少し特殊なクナイ、そしてもう一つは短時間だけ痛みを感じなくさせる丸薬」
「痛みを……感じなくさせる?」
「そう……例えクナイに刺されようと、刀で切られようと痛みを感じなくなる薬だ。
もしあれが無かったら縄樹はもっと早く撤退したかもしれない」
「………ヨミト」
「だからお前は俺を恨んでもい「ありがとう」いんだ……え?」
俺は綱手から憎しみの感情を向けられることを覚悟していたが、実際彼女から向けられたのは感謝。
泣き腫らした彼女の赤い目が俺を見つめている。
「私も先生から話を聞いてるから、その丸薬があったからこそ縄樹の班が全滅しなくて済んだと言う事位分かるわ」
「でも!!」
「……確かにその丸薬があったから縄樹は敵に突撃なんていう事をしたのかもしれない。
でももし縄樹がそうせずに逃げの一手を打っていれば後ろから討たれていたと思う。
だからヨミトはそんなに気負わないで」
本当に俺は役立たずだ……こんな状態の綱手に気を遣わせるなんて、俺は本当に何をやっているんだ!
もう此処に居ても邪魔にしかならないだろう……俺は縄樹と綱手の顔を目に焼き付けて、綱手に一言「ごめん」と言い残し千住邸を後にした。
外に出た瞬間自分の不甲斐なさと、今まで耐えてきた縄樹の死に対する感情が抑えきれなくなり、目から涙が零れ落ちる。
その涙は家についても枯れることは無かった。
生存を期待した人達……すまん