オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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書いてみたら……後処理ってなに?(汗


STAGE09. カルネ村の夜明け(1)

 アインズ一行と、スレイン法国が密かに誇る六色聖典の一つ、隊長ニグン・グリッド・ルーイン率いる陽光聖典の一団との『遭遇』は終わった。彼らは、リ・エスティーゼ王国内で全員が失踪した。

 結果としてアインズが知った事は、油断はまだ出来ないが――この世界の者達は案外脆弱かもしれないということである。

 

 日が沈み暗い夜の草原をアインズと、ルベド、シズ、ソリュシャンが歩く。

 マーレはすでにここでの仕事を終え、ナザリックへ帰還している。彼女にはまだ、ナザリック周辺の丘の造成という重要な作業が残っているのだ。そして、それが終わったら主様とデートというご褒美も有り、作業を早く再開するため、「アインズ様、そ、それでは戻ります」との言葉を残し、嬉々として戻っていった。その際、すぐに姿を消さず、しばらくてててっとスカートの翻らないように気遣いながら、可愛く杖を胸元に抱えてその後ろ姿を見せつつ去っていく……。何かのアピールだろうか、そう思いながらもアインズは「かわいいなぁ」といつものように和んでいた。

 ルベドの拘束していた陽光聖典側の天使達は、召喚者達の意識が途絶すると順次消滅していった。現在のルベドは、再び体光を抑え天使の輪と翼を不可視にして、大剣を抱え人のように振る舞っている。

 アインズを先頭に先程から、ルベド達は静かである。

 それは、村へと向かう直前に、この度の戦闘に関して主からの労いを受けたためだ。

 手前にいたシズから「良い反応であったな」と主より頭をナデナデされた。彼女は無表情なようで、感情は変化に富む。徐々に頬が赤くなっていった。続くソリュシャンは「礫は大丈夫だったか」と労われ初めてのナデナデであった。その為か終始恍惚としていた。金髪の髪はサラサラでナデ心地は非常によい。姉妹の中でもナーベラルと並び特に美人であるが、気持ちは姉妹の中でもシズに続き乙女なのだ。ちなみに礫は溶けてしまっている。

 加えて二人は先程、危ないからと優しく主自らが盾となって前に立ってもらった事を忘れてはいない。守られる喜びにも激しくトキメいていた……。

 そしてルベドだ。設定上彼女は至高の者達への敬意はない。そのためいつも返事少なく不愛想に見える感じだ。そんな彼女も、「流石はルベドだな」とお褒めの声を掛けられてのナデナデは嫌いではないらしい。顔をアインズから背けつつも終始大人しくしていた。その背けた顔の口許は、やはり少し緩んでいる。

 警護の三名は、そうして絶対的支配者からのナデナデをじっくり思い出し、内心でニヤニヤしながらのんびり村を目指す。

 

 間もなくアインズ達は村へと帰って来た。

 ガゼフと入れ替わって、五十分程経つだろうか。移動に〈飛行(フライ)〉などを使わなかったのには理由がある。歩いて時間を稼ぐという『苦戦』への演出だ。あっさりと片付けてしまい、戦闘の終わるのが少し早すぎたのだ……。

 広場へ入ると四人は、王国戦士長を初め村長に村人や戦士騎馬隊と多くの者達から出迎えられる。

 篝火が幾つか置かれる中、ガゼフを初め、王国戦士達の中で体力が回復してきた者らが、デス・ナイトと共に村を守る番をしていた。彼等は常備携帯していた治療薬(ポーション)で回復している。この世界の青い治療薬は速効性がなく、回復に少し時間が掛かるのだ。

 また、彼らの為に炊き出しの準備も行われている。ただ今日は、村人の多くが亡くなり葬儀の後の晩に宴は出来ない。

 

「ゴウン殿、無事でしたか。流石ですな」

「おお、王国戦士長殿、御無事で良かった。申し訳ないです。もう少し早くお助けできれば良かったのですが、お渡ししたアイテムが準備に時間が掛かるものでしたので」

「いや、ゴウン殿、助けて頂いただけで十分。村人達、そして仲間達の分も含めてお礼を御申し上げる」

 

 王国戦士長の礼と同時に、周囲にいた王国戦士達も一斉に頭を下げた。村人達までも皆頭を下げていく。

 ソリュシャンとシズは、その状況へ密かにうんうんと頷いている。下等生物は、常にアインズ様へこうあるべきなのだと。村に付いては、主が態々助けた者らでもあるし、こいつらで遊ぶのは見逃してやる上に、保護して飼ってやるかという考えになっている。

 ガゼフは暫しの礼の後、一言だけ確認してきた。国王から派遣されている以上結果を尋ねるのは当然である。

 

「それで、あの者達は?」

「何とか撃退しました。もう来ないでしょう。思わぬ伏兵もあり、流石に全滅させるのは厳しい相手でした」

「……そうですか」

 

 ガゼフは一瞬目を鋭くさせるが、仮面の男には通じないだろうと、すぐに目を閉じる。確認の話はそこで終わりになる。

 スレイン法国の重要部隊とは言え、他国へ侵攻してきた部隊だ、全滅させようと問題ははない。それよりもガゼフにはゴウン氏が、自らを過小評価させようとしている意図が良く分からなかった。

 苦戦したと聞く割に全員が全くの無傷。恐らく相手は、全滅しているはずだとガゼフは推測していた。あれほどの数の精鋭相手にである。笑うしかない。

 彼は少し思考する。王城へ帰った後で報告する際、彼らを大きく言った場合と小さく言った場合の事を。

 結論としては――王国には関わりたくないということだろうか。

 だが、これほどの人物と配下。アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』以上の存在だとも考えられる。もう法国とは敵対関係と言えるが……もしや、帝国の息の掛かった者であったのなら。あの国には魔法学院もある。

 

(!――)

 

 一瞬ぎょっとしそうになるも、帝国との関係を考えるなら自分達を助ける道理が無いとの考えに行きつく。

 

(むう、どんな人物も、自分を売り込むのは常識なのに、この御仁はなぜ……)

 

 そのことがガゼフへ余計に、ゴウン氏という人物へ興味を持たせた。それに彼らは、六色聖典の一角陽光聖典を退け、これ以上の王国の村々への被害を未然に防ぎ、自分を含め王国戦士騎馬隊の精鋭隊員を救ったのだ。王国への貢献に対する勲功は評されるべきだとの思いがあった。

 

「ゴウン殿は今日はこれからどうされるのか?」

「そうですね……」

 

 アインズはそう問われ、少し考える。ナザリックへと直ぐ去ろうかとも思った。王国戦士騎馬隊が去ってからまた村へ来ようかと。そんな少し迷いの有る彼へガゼフはさらに尋ねてきた。

 

「ゴウン殿、我々と共に王城へ来ていただけないだろうか? 貴殿の今回の勲功は決して小さくない。たとえ王国の所属でなくともだ。私としては是非とも貴殿のその恩に報いたい」

 

 ガゼフの申し出は男として嬉しくもある。だが支配者として色々あらゆる面で検討する必要があるだろう。即答は避けるべきだ。

 

「嬉しい申し出でありますが、戦士長殿、少し考えさせていただけますか?」

「うむ、もちろん構わない。そうだな、今日はゆっくりされるべきだな」

 

 ガゼフは「では」と仲間達の方へと離れていった。

 時間はまだ、日が暮れてから30分ほどしか経っていない。

 さて、今日この後をどうするかと思っていると、今度は村長が声を掛けてきた。

 

「アインズ様、御無事で。本当にありがとうございました」

「いえいえ、村は大丈夫だったようで良かったです、村長殿」

「ところで、アインズ様方は今晩、どうされますか? 宜しければ我が家へ――」

「ア、アインズ様っ」

 

 村長の、自宅への誘いが今される、このタイミングでアインズは声を掛けられた。

 そちらを見ると、そこにはエンリ・エモットが、両手をお腹の前辺りでグッと握るように、何か決意済にも見える強張った表情で立っていた。そして彼女は言葉を続ける。

 

「あ、あの、宜しければウチに泊まりませんか?」

 

 声が大きくなくて幸いであった。両親のいなくなったばかりの、未婚の若い娘が言う言葉では無い気がするから。流石にエンリの顔も少し赤くなっていた。村の男や、数年の知り合いのンフィーレア・バレアレすら、夜に家へ誘った事はない。

 村長は事情を知っているので、冷静にアインズの様子を窺うのみだ。

 アインズは、エンリの家に泊まる利点を考える。それは非常に多い事に気が付いた。

 

 エンリと妹は――アインズ達が人では無い事を知っているのだ。

 

 つまり、食事などを取らない言い訳を考えなくて済む。寝ない理由も、そのまま言える。室内から〈転移門(ゲート)〉を使えばナザリックへも自由に往来出来る。

 他にも色々都合が良さそうである。

 問題があるとすれば、若い娘だけの家にアインズ達が泊まるという世間体の一点だけだろうが、アインズは即決した。

 

「そうだな。ではエンリよ、厄介になるがよいか?」

「は、はい、もちろんです」

 

 エンリは、不安そうだった顔を一変させ嬉しそうに微笑む。妹のネムが見れば、その笑顔が壁など無い自然な喜びの笑顔だと気付いただろう。

 そのアインズとエンリとの会話に、シズ・デルタとソリュシャン・イプシロンの視線が、エンリを鋭く射抜く。この下等生物の薄汚れたメスが、何を企み望んでいるのかと。

 一方ルベドは当然、「なぜ、手を繋いで姉妹で来ないっ」と考えていた……。すでに夜なのだ、幼女は家に居させるのは普通であるが、ルベドには通じなかった。

 「こちらの通りです」と移動を促し、エンリとアインズ達は村長に見送られる。

 王国の戦士達は広場に駐留するらしく、ガゼフと副隊長のみが村長の家へ厄介になるとの話らしい。

 三体のデス・ナイトは警備を続行させて広場を後にし、エモット家の家に着く。村では『上』に入る暮らしだが裕福には程遠い。それでも、それなりの大きさの家だ。

 玄関前まで来ると、中から扉を開いて妹のネムが出迎えてくれた。

 

「アインズさま、みなさま、よくおこしくださいました。姉エンリの妹、ネムといいます」

 

 そう言ってきちんとお辞儀をした。自分と姉の恩人で、両親のカタキを討ってくれた者達なのだ。ニコニコとした笑顔であった。

 エモット姉妹が揃い、ルベドは「ふふっ」と口許が緩くなっている。

 シズとソリュシャンは「ふむ」と小動物の対応に満足する。

 アインズは長く大きい手で、扉の取っ手を掴んでいたネムを抱え上げる。

 

「世話になるぞ、ネム」

「はい、アインズさま」

 

 アインズは現実の世界で、甥や姪に懐かれていたことを思い出していた。なので、ネムが自分をもう恐れていない事は直ぐに分かった。そして、子供らは構ってくれる大人が大好きなのだ。

 

(不思議と、子供達はどの世界でもかわらないなぁ)

 

 アインズの、子供に慣れた様子にエンリは、少し驚くもにこやかに玄関から室内へと案内した。

 ここは部分的にログハウスのようでしっかり作られており、天井高もあり、アインズは悪くないと思えた。彼へは二階建ての家の中で、一番広い部屋が用意されていた。20平米ぐらいだが。

 ベッドは以前の家族分と客人用の五つしかなく、エンリとネムは一緒に休むという。

 簡単に見て回り、一階の居間といえる部屋の机の上座席へ通され、アインズがネムを抱えたまま座る。

 そして――シズとソリュシャンは座らず横へ並んで立っている。ルベドは窓際の丸太の厚みの部分へ腰かけ、膝を抱えて外を眺め始める。実は時々窓に映る二組の姉妹の様子をチラチラと見ているのだが……。

 これがナザリックの普通。

 村長宅での状況は表の顔なのだと、エンリは配下の様子を見て理解し、もっとも立場の劣る自分も同様に立ったままでいた。

 アインズは、現実の世界の経験から住処に拘ってはいない。

 しかし、シズとソリュシャンは違う。ナザリック内の豪華絢爛での最高級志向のメイドなのである。

 

「アインズ様、ここへお泊りになるのですか? アインズ様がこのような所でお休みになられるとは……納得がいきません」

 

 アインズの前では、若いが大人の美女の雰囲気を醸す感じのソリュシャンが、額に軽く右手を当てる仕草をし、嘆かわしいというポーズで具申する。

 しかしアインズは考えを伝える。

 

「ソリュシャンよ、雨露を凌ぐにはここでも十分。何事も経験だ。偶には足る事を知るのも良いのではないか?」

「っ……分かりました。謹んでお付き合い致します」

 

 アインズの意志と言葉は尊重される。

 エンリは、ソリュシャンの意見も理解している。広場でアインズ様へ呼びかける時に、まずそれを感じていた。大変裕福でいらっしゃる方だという事もあり、平凡なわが家へ招いていいものかと。従者の方々も若いが美女揃いで高価にみえる衣装。アインズも見た目は少し異質だが、高級で上質のローブと豪華な装飾を身に付ける身形。そしてあの手にしていた黄金の巨大な杖。

 しかし、何としてもエンリは、アインズから強く関心を持って欲しかった。縁という綱があるうちにと、気持ちを振り絞って声を掛けたのだ。結果は良い方向へ進んでいる様に思う。

 少なくとも嫌がられてはいないはず。もしかの為にと、あれから二度身体を拭って、なるべく新しい下着を身に付けてもいる。備えは万全。

 

(あれ?)

 

 ここでエンリは、彼の杖が見当たらない事に気付く。

 

「あの、アインズ様。お持ちだった凄く立派な杖は……?」

「ああ、これか?」

 

 目の前の空間に手を伸ばすとそこから『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を取り出す。

 何度見ても凄い杖である。

 

 ――まさに黄金色に輝いている。それは、なんと神々しいのだろうか。

 

 一本の杖としてそこにあるだけなのに、強く強く威圧される。

 

「私以外が触れると、とても危ないものだからな。公開せず仕舞っておくに限る。エンリよ、これをこの村で見ているのはお前達姉妹だけだ。他言は無用だぞ」

「は、はい!」

「アインズさま、わかりました。だれにもいいませんっ」

 

 ネムも、アインズに抱っこされつつ左手を上げ、宣言するように可愛い声で返事をする。

 ナザリックの至高の41人しか使えない上に、盗賊対策の逆撃も当然設定されている。何と言ってもギルドの象徴で、破壊されるとギルドが崩壊するアイテムなのである。

 この村へ乗り込む当初は敵の強さが不明で、最高の装備と攻防力が必要であったため所持していた。しかし、殺した騎士達の程度を見て、エンリ姉妹らを助けるとすぐに過剰だとアイテムボックスへ仕舞っていた。

 陽光聖典との戦いで、クリスタルアイテムから至高天の熾天使(セラフ・ジ・エンピリア)が出て来れば再装備していただろう。

 エンリが少し遅れながら気を利かす。

 

「あの、みなさん、飲み物など如何でしょうか? それともお食事でも召し上がりますか?」

 

 だがそれは、アインズにとって最も問題になる事項である。

 

「エンリにネムよ、先に言っておこう。我々は基本的に食事を取らない。そして睡眠もだ。これらについても、村人達を変に刺激しない為、伏せておくことと不都合のないようにする場合は協力してもらうぞ」

「分かりました」

「わかりましたぁ」

 

 アインズは、エンリの家へ来たことが正解に思えた。

 ここには壁面もあり、村長の家へ居た時のように村長夫婦から頻繁にジロジロ見られる事も無く、気を遣わなくて済み楽である。

 

「エンリ達はまだなら、構わないから食事を取れ」

「は、はい。では向こうで取らせて頂きます、ネム」

「はーい」

 

 アインズはネムを下ろしてやる。二人は家事室の方へと移動していった。

 

「さて、ルベド達はこの場で待機。シズとソリュシャンも座って休んでいろ。私は一度ナザリックへ状況確認に帰る。二十分少しで直ぐに戻る予定だ。緊急の場合は〈伝言(メッセージ)〉を使え」

「畏まりました」

「……了解……です」

 

 ルベドが、一度目線をこちらへ向け僅かにコクリと頷いたのを見て、アインズは唱える。

 

「〈転移門(ゲート)〉」

 

 主はプレアデス達の恭しい礼に見送られ、エモット家から一時去っていった。

 彼女らは本当にアインズへ心酔しており、彼がこの場を去っても十秒近く心の籠った礼が続く。そしてその後、ソリュシャンは姉のシズへと椅子を引いてあげ、自分も腰かける。

 

「アインズ様は、こんなところで何をされるのかしら?」

「……きっと……ナザリック……有益。……私達……ただ……従う」

「そうですわね。それにしてもぉ先程、アインズ様から身を盾にして頂けるなんて、わたくし――」

 

 ソリュシャンは両手で身体を抱き締めるように、また思い出しうっとりとしている。

 シズも少し思い出し、頬を染めるも冷静に現実を追及していた。

 

「……でも……私達は盾……散る……存在。……ユリ姉……それ……知ると……激怒……」

 

 ソリュシャンも表情を変えてギョっとする。シズも無表情にプルプルと震え始める。盾として散るよりも恐怖を感じている様子だ。きっと、「プレアデスにあるまじき行動ですっ、散る盾が大事にされてどうしますかっ」と、プレアデス姉妹筆頭の細メガネを付ける純武装メイド衣装のユリ・アルファに二人並んで叱責されてしまうだろう。長姉は、信頼厚く優しいが厳しく、怖くもあるのだ。単純に強い弱いではない。姉は怖いものという魂の格付けとでも言おうか。

 

「そ、それでも、あの頂いた行為への歓喜の価値はそれ以上ありますわよね?」

 

 シズは、プルプルしつつも静かに頬を染めたまま、コクリと可愛く頷いていた。

 

 

 

 

 

 仮面を外したアインズは、マーレの作業を邪魔しないように、ナザリック地下大墳墓の正面出入り口付近から随分作業の進んだ周囲を満足げに少し眺めたあと、〈伝言(メッセージ)〉をセバスへと繋ぐ。

 

「セバス、すぐに玉座の間へ来れるか?」

『はい。現在第九階層におりますので、間もなく』

「うむ。では頼む」

『はっ』

 

 アインズが十階層へ〈転移〉し玉座の間へ入り主の席へ座ると、すぐに入口の巨大で重厚感のある扉を開け黒衣のスーツのセバス・チャンと、赤毛のツイン三つ編みおさげでシスター風衣装装備のルプスレギナ・ベータが現れる。彼女は柄先が円形の聖印を象ったハンマーとも言える尺が1・3メートル程も有る聖杖を武器に背負う。二人は扉を閉めると並び恭しく礼をする。セバスが玉座傍まで歩き、ルプスレギナは扉の傍で警備に付く。

 玉座傍へ来たセバスが再度礼をしつつ挨拶を述べる。

 

「お帰りなさいませ、モモンガ様」

「うむ」

「あの、他の者達は?」

「ああ、村へ残して来た。あと、そうだな……いずれ皆の前で改めて告げるつもりだが、かの地にて私は名を改めた」

「……左様ですか、では何とお呼びすれば?」

「これからは、ギルド名のアインズ・ウール・ゴウンを名乗る。その名を知らしめるためだ。しかし、少し長かろう。お前達は、アインズと呼べ」

「はい、畏まりました、アインズ様」

 

 セバスは、改めて恭しく絶対的支配者へと礼をする。

 

「急の出撃となったが、援軍の件、良くやってくれた」

「はっ」

「外へと出て、周りを見ると中々学ぶことが多かったぞ。そう言えば、マーレが連れてきた者達は、生かしてあるだろうな?」

「はい。仰せのとおり、恐怖公の部屋へ預けております」

「うむ」

 

 自分で申し付けたが、想像するだけで怖い。体中を這い回られる感覚を思うと、皮膚が無い身なれど少しゾワリとする。大抵の昆虫は問題ないが、どうもあの脂ぎった感だけはいただけない。

 

「ナザリック内は特に変わりはないか?」

「はい、コキュートス様以下、私と我が配下プレアデスにて対応は万全であります」

「そうか。では、アルベド達からは何か来ているか?」

「はい。守護者様方からは順次進捗が届いております。こちらの方へ概要と全内容を纏めてございます」

 

 セバスから資料を受け取り目を通す。幾つかの貴族風の館に多くの小さい集落と、大都市と小都市、砦をいくつか確認しており人口他を詳細探査中とのこと。

 東西南北ともまだ数日は掛かるようだ。

 アインズがナザリックへ戻り、すでに十五分程経とうとしていた。

 資料をセバスへと戻す。

 

「セバスよ、私は最寄りの村であるカルネ村へ再び戻る。急ぎで何か有れば、そうだな(えーっと)……ルプスレギナを寄越してくれ」

 

 自分の名前が出ると、ルプスレギナは豊かな胸を揺らしてビクンと背筋を伸ばす。普段は飄々としている彼女だが、絶対者である至高の御方から直接名を呼ばれるのは緊張する。ここへ来てまだ、二回ぐらいしか名を呼ばれていないからだ。決して怖い訳では無い。人狼の自分はこの方の為に散るのだと思うと、熱い武者震い的感覚が起こってくるのだ。

 

「ルプスレギナよ、何か有れば頼むぞ」

「かっ、畏まりっしたっす……ぁ」

 

 ルプスレギナは、受け答えを盛大に噛んだ上、いつもの口調が出てしまった……。な、なんという失態。

 

「うむ」

 

 だが、どうだろう。偉大なる支配者は一つ彼女へ頷くと何事もなかったように、セバスへと顔を向け伝える。ルプスレギナには御方の骸骨であるその表情が、優しく微笑んでいたようにも見えた。

 

「こちらで何か有れば〈伝言(メッセージ)〉で連絡する」

「はい、お待ちしております」

「さて、"円卓(ラウンドテーブル)"へ移動する。村へ戻る前にスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは置いていかねばな。過剰の装備であったわ」

「左様ですか。アインズ様の身に危険が少ない事は良うございました」

 

 セバスとルプスレギナが扉を開けアインズは玉座の間を出ると、フカフカの真っ赤な高級絨毯の敷かれた幅広い階段を上り、通路を幾つか移動した所にある『円卓』へ入る。もちろん、セバス達が続き、扉も開けてくれる。

 そうしてアインズは、『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』をニッチの雰囲気に設けられている所定の飾り位置へ安置すると、再び仮面を取り出しつつ「ではな、二人とも。〈転移門(ゲート)〉」と唱えて門を抜け村へ戻って行く。

 セバスとルプスレギナは長き礼をし見送った。

 

「はぁぁ……緊張したっす……」

 

 ルプスレギナが額の汗を拭う。

 

「んん?」

「あ、いえ、アインズ様との会話で、噛んじまっ……噛んでしまいましたので、怒られるのではと」

 

 セバスは、アインズの去った方向を向きながら話す。

 

「我らの至高の御方は、とても寛大なお方です」

「は、はい、まさに」

「ですが、我々はそれに甘えてはいけません。あの方だけは、他の何を誰を犠牲にするとも、守らなければならないのです。それだけは忘れないように」

「はい、もちろんでありますっ! アインズ様の為に喜んで散る覚悟はもう出来ています」

 

 ルプスレギナ・ベータの忠誠心は、アインズの小さな心遣いにMAXをオーバーしようとしていた。

 

 

 

 

 

 ここは、カルネ村のエモット家の居間。

 現在、この部屋に居るのは、カルネ村へのアインズお付きの三名のみ。窓際のルベドは不可視化されたままの翼の羽根を繕いながら、窓に映る姉妹の様子に終始口元を緩めている。

 シズとソリュシャン、プレアデス姉妹の話題は、あの小動物へと移っていた。

 もちろんネムが、アインズへずっと抱っこされていたからである。

 

「あの小動物は、少しズルいですわね。やはり、美人は損をしてる気がしてきましたわ……私達も抱っこして頂けないものでしょうか?」

 

 プレアデスの中で、エントマ並みに小柄であるシズは、大いに期待する。

 

「……抱っこ……次……希望」

 

 しかし、次の瞬間――。

 

「んっ? 何を希望するのだ?」

 

 アインズが〈転移門(ゲート)〉で帰って来たところであった……。

 

「こ、これは失礼を――」

 

 事前に、直立にて待つ予定であったソリュシャンとシズは慌てて席を立ったが、何事も無かったようにアインズの前方横へ並び恭しく礼をする。

 

「お戻りをお待ちしておりました、アインズ様」

「……無事……お戻り……嬉し……です……アインズ様。……19分09秒……です」

「うむ。ん? (……そうか、シズの体内時計か。20分少しと言っていたからな。30分も40分も戻らなければ、何か有ると思うよな)こちらは特に変わらずのようだな?」

「はい、特には。あの姉妹達はまだ食事中のようです」

 

 アインズが目を向けた先、窓際のルベドは、翼の羽根の手入れをしていた。実に平和で暇そうな光景だ。彼女は帰って来たアインズへ目線を一瞥くれると、繕いを続ける。

 主は、再び上座の席へと座る。

 ソリュシャンとシズは警護として再び直立のままで居た。その体は強靭で数日立ち続けようと僅かにも揺れることはありえない。

 だが――アインズの次の一言で、二人はビクリと揺らされる。

 

「で、お前達、何か希望があるのか?」

 

 アインズとしては、我儘を言う者はいないので、単に珍しい要望だと思ったのだ。

 対する二人は、心酔する絶対的支配者からのお言葉である。プレアデスの姉妹は、ウソを言う訳にはいかない。お叱りを受けようともだ。言葉足らずのシズは、目線でソリュシャンへ任せると伝えた。

 ソリュシャンは覚悟を決めて話し出す。

 

「アインズ様、そ、その……」

「うん? 言ってみるがいい。難しくなければ検討してやろう」

「は、はい。実は……先程小動物を抱っこされておられましたが」

「ああ、ネムだな。うん、それで?」

「小動物ではなく、私と……シズも……と……ダメでしょうか?」

「んん?」

 

 アインズは、何を言われたのか、当初良く分からなかった。聞いた話を頭の中で纏める。

 

(ネムの抱っこについて……小動物ではなく、ソリュシャンとシズも、と、って……ええっ?)

 

 並んで立つ二人を改めて見ると、顔を真っ赤にして申し訳なさそうに目線を落とし、僅かにモジモジしていた。

 

「オッホン……つまり、お前達は私に……抱っこして欲しいのか?」

「お、畏れ多い事ですが……正直に申し上げますと、そうでございます。 た、大変、分を弁えない希望で申し訳ございませんっ」

 

 二人の詫びるお辞儀が90度まで下がっていた……。

 しかしまあ、尋ねたのはアインズの方である。彼女らに非は無いだろう。無理難題という事柄でもない。いや、男としては美少女二人に乞われて、どう考えてもご褒美というべき内容である。

 だが、支配者としての立ち居振る舞いとしては、容易に実行すべきかを考えなければならない。ただ抱っこだけを与えてはまずい。つまり、何か理由が有れば良いだろう。

 アインズはゆっくりと席を立つとこう告げた。

 

「うむ。そうだな、お前達は私がナザリックへ戻っていた20分間、この場をしっかりと良く守ったな――ならば褒美をやろう。我が前へと並ぶがよい」

 

 シズとソリュシャンは頭を上げると、嬉々とした声で礼を述べる。

 

「あ、ありがとうございます、アインズ様」

「……大変……感謝……です……アインズ様」

 

 そして言い付け通りに、シズ、ソリュシャンと並ぶ。アインズは一人ずつ順番にお姫様抱っこをしてあげた。二人とも頬を染めつつも緊張してガチガチであったが。

 さて、シズ、ソリュシャンと抱っこをしたが、不思議な事にそれで終わらなかった。

 

 ナゼか三人目が並んでいた――もちろんルベドだ。

 

 いや確かに20分間、この場をしっかり守ったのは、この『三名』である。間違いではない。だが、確認だけはしておこう。

 

「ルベドよ……抱っこで良いのだな?」

 

 彼女は――目を合わさず、顔を少し横へ向けつつも、コクリと頷いた。

 ルベドとしては内心、姉妹を大事にするアインズに非常に親近感が湧いてきており、ナデナデして褒めてもくれる。今朝以前とは感情が大きく異なってきていた……。

 また、抱っこによってシズとソリュシャンは、幸せそうに並ぶ表情から姉妹の絆も深めた形に見える。その神髄を今、学ぶべきだと考えた。

 アインズは、じゃあという事で彼女の背中へと手を回すと、不可視化中の天使の羽に少し触れた。初めて触れたが……何と言う気持ちのいいモフモフした手触りだろうか。癖になりそうな感触。

 彼女はよく翼の手入れをしているがその賜物だろう。

 シズとそれほど変わらない、少し大きいぐらいで小柄のルベドを持ち上げる。彼女は特に緊張していない。

 

(やはり表情は姉アルベドの面影があるなぁ)

 

 成熟したアルベドの、まだ背が低く少し若いころという感じか。瞳は清らかで鮮やかに映えるブルーアイをしている。

 そしてソリュシャンの時にも思ったが……胸が大きいとその分、白き鎧の胸当てが押し上げられており物理的に彼の顔と近くなる……。

 アインズは、自然と目が行きそうになるのを紛らすように尋ねる。

 

「どうだ、ルベド?」

「……悪くない。何か……温かいな」

 

 そう言って、アインズの大きい肩へ頬を軽く付けると、僅かにスリスリしてきた。

 

「そうか」

 

 その時――家事室の扉が静かに開いていった。

 ネムの背を押すように立つエンリは、目の前のアインズがルベドをお姫様抱っこする光景へ僅かに声を漏らす。

 

「あ……ぃ」

「ぅぇ……おぉ(しまった)」

 

 アインズは。よく考えれば人の家の中で何をやっているんだろうと気付く。

 だが、エンリの盛大に頭へ広がった勘違いはもう止まらない。

 

「申し訳ありませんっ。し、失礼を! もう夜ですし……美しく若い女性方が居られる訳ですし……そ、それをお求めになられるのは当然で……あの、そのぉ……」

 

 その先の行為を想像したのか、顔を真っ赤にして、ドギマギの態度を見せていた。ネムは「アインズ様も、お父さんとお母さんみたいに仲良く一緒に寝るの? 寝るの? ネムも一緒はダメ?」と無邪気に勘違し姉の袖を引っ張り尋ねている。

 アインズは思わず口走る。

 

「こ、これは――儀式と言うか確認だ」

 

 「何の?」と自分でツッコミたくなる内容の言葉だ。そのままこれは『彼女らへの褒美』と言ってもよかったが、下等生物の前で、プレアデス達も「小動物が羨ましくて抱っこを要求した」では余りに格好が付かないだろう。

 アインズは必死に考え……一つの答えを閃いた。

 

「私はアンデットだ。宿命的なもので神聖系にはどうしても弱い所がある。だから、この天使であるルベドに対して影響を受けないかを、こうして確かめていたのだ」

 

 エンリ達はルベドの天使でいた姿も見ているため、辻褄は合うはずだ。

 非常に苦しい言い訳である……だがこれで押し通すしかない。

 

「そうだな、ソリュシャン?」

「はい、アインズ様」

 

 急に振られたソリュシャンだが即答し、メンツの為に語気が厳しくなる。

 

「娘よ。支配者たるアインズ様の意味ある行いに対して、あなたの低俗な考えを勝手に口から出すなんて、次は許しませんわよ」

「は、はい、申し訳ありません」

 

 エンリは頭をグッと下げて許しを請う。ネムの顔が不安そうに曇った。

 

「オッホン……ソリュシャンよ、もういいだろう」

「はい」

「エンリも気にするな。私は気にしていない。ネム、もう誰も怒っていないぞ」

 

 ルベドを下ろしながらエンリへ助け船を出してやる。彼女はタイミングが悪かっただけなのだ。それとアインズには、エンリへとこれから聞きたい重要なことが有った。

 ネムへ向かってアインズが両手をおいでと広げる。するとネムは少し迷うも、アインズの所へタタタとやって来た。それを優しく抱き上げながら姉へ声を掛ける。

 

「エンリよ」

「は、はい」

 

 エンリは笑顔を浮かべようとするが、まだ強張った表情を残していた。

 叱責の緊張が抜けないのはしょうがないだろう。アインズはそのまま『確認事項』を尋ねる。

 

「この村を――治める領主は誰だ?」

 

 それはナザリックへと繋がる質問でもあった……。

 

 

 




ルプスレギナも、種族的にきっとナデナデには弱いはず……。

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