オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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STAGE08. 未知の世界と戦力と支配者の気紛れ(5)

 瀕死のガゼフら王国戦士騎馬隊と、アインズ一行が入れ替わる少し前の時間。

 アインズは、「仲間と急ぎ、東への逃走路について考えたい」と、カルネ村の村長宅二階の小部屋を借りる。そして、魔法によりガゼフと六色聖典の部隊との戦況を詳細に確認していた。

 防御対策しつつ〈千里眼(クレアボヤンス)〉と〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉を使いルベド達にも閲覧させる。

 ルベドは職業レベルで『天使の戦士』10レベルと『上級天使の戦士』10レベルと『最上級天使の戦士』5レベルの持ち主でもあり参考にもなるだろう。

 どうも、ガゼフの使うそれは『武技』というらしい。陽光聖典の指揮官が、そう口走っていた。

 天使達の攻撃挙動の映像について確認すると、ここにいる全員の意見が天使モンスターである炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)だろうと判断していた。

 そして、敵の指揮官が一体だけ召喚し名を口にしていた、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)を確認する。ユグドラシルでの姿形と呼び名がやはり同じであった。

 また、ガゼフの動きを色々と考察すると、武技は魔法と少し異なり、代償は体や精神の疲労を伴うように見える。

 その中で、ルベドが口を開く。

 

「想像だけど、武技とは、体の中での力の総量を把握し精神内で配分し、瞬間的に各種能力を組み合わせ高める事と、個で得意とする技量によって個性が出るものではないかと思う。例えば――」

 

 その流れにより、この場で恐ろしいことが起きそうになる。

 数撃ガゼフの動きを見た、少し小柄なルベドが初見にも拘らず(おもむろ)に大長物の聖剣シュトレト・ペインを軽く構える素振りを見せたのだ。

 輝く頭上の輪と翼を不可視にしていても、彼女の艶やかで腰辺りに届く長い紺色の髪と、弾む大きい胸を内包した白き鎧衣装の立ち姿における神聖さは全く損なわれていない。

 一瞬見惚れそうになるが、それよりもアインズは内心冷や汗を掻きながら慌てて止める。

 

「ま、待て、ルベドよ。お前は何をする気だ?」

「……武技の〈六光連斬〉とやらを軽く試す」

 

 どうやら、すでに武技を理解したらしい。だが振らせるわけにはいかない。

 Lv.100の素振りなど、暴風と変わらないのだ。それに斬撃が加わればどうなることか。その威力に、家や村自体が七つにスライスされかねない……。

 

「ここでは試すな。……あ、ナザリック内も禁止だ。いいな」

「……分かった」

 

 その後〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉に映るガゼフは追い詰められ、魔法の集中砲火を浴びていく。

 放たれている魔法を確認するが、どれも知識にある下位魔法だ。

 

「……くだらんな」

「左様ですね」

「……弱い……です」

 

 ソリュシャンとシズも、もう見るまでもない感じに相槌の言葉を述べた。

 それよりも、武技は応用が色々利くようだなと、武技によって魔法へ耐久(レジスト)出来る事に関心していた。

 

「では、そろそろ行こうか」

「はい、アインズ様」

「……はい……アインズ様」

 

 四人は魔法の痕跡を残さず、何事も無かったかのように小部屋を後にする。

 そして階下にいた村長と共に、先程小部屋を借りる前に聞いていた、土間だが広めの倉庫へとやって来る。ここにも壁際に不安げに寄り添う避難者の家族が数組いた。アインズが入って来るのを見ると皆、命の恩人へ頭を下げた。その中にはエンリ姉妹もいる。

 

「ああ、皆さんそのままでいいので」

 

 そう言いながら、アインズはガゼフの状況を渡した彫刻像のアイテムにより確認する。

 ガゼフの言葉から彼が、自分とルベドやプレアデスらの強さを、かなり的確に把握していたことが窺えた。

 

(流石は、国の柱石である戦士長だけはあるな)

 

 戦いに於いて、相手の強さを知る事は特に重要といえる事なのだ。恐らく、ガゼフは陽光聖典の指揮官の強さも見ていて、まだ殺せる手を何か残しているのだろう。

 ソリュシャンが最終的に判断した〈六光連斬〉を放つガゼフの攻撃力は――Lv.37相当。残してある最後の必殺技はLv.40を超えるかもしれない。

 一対一なら村を守るデス・ナイトを倒すだろうと思われる水準まで上がる。彼の素の状態はLv.27であった。

 つまり、同レベルの場合、武技を使える者の方が圧倒的に強いという事だ。

 

(ルベド……あいつはすでにナザリックで最強なんだけど、武技を使えたらLv.110とか120オーバーとか行くなんて事は……まさかなぁ……)

 

 周辺地理の調査で外に出る際、防御最強のアルベドがルベドを主の護衛にと付けたのは、『攻撃は最大の防御』というところからだ。最強のルベドにより、攻撃される前に敵をねじ伏せる為に。

 アインズはNPC達について、この地での進化の可能性を知り喜びつつも、少し寒気がしてきた。その威力はちょっと想像が付かない。

 だが、そんな考えに浸っている間もなく、劇への出番がアインズ達にやって来る。

 彼の耳の中へ、陽光聖典の指揮官が耳障りな内容の言葉の後、「ストロノーフを串刺しにしろ」という言葉が流れた。

 

「村長殿、すぐ戻りますので」

「は、はぁ」

 

 村長は、唐突といえるアインズの言葉の意味が分からず曖昧に返す。

 ガゼフの息づかいから、最後の突撃に動こうとした時である。

 アインズは向こうの戦士長へ向けて呟いた。

 

「――そろそろ交代ですね」

 

 その瞬間、倉庫からアインズとルベド、シズ、ソリュシャンの姿が掻き消えていた。

 

 

 

 

 

 草原には何処かに血の跡が残っているだろうが、吹き抜ける(かぜ)に葉を揺らす生い茂る草達によって戦いの余韻はもはや感じられない。

 今、初めて戦いが始まる、そんな感じがしないでもなかった。

 この新世界は、現代と違い自然が豊かで美しい。大自然の鮮やかな光景を見せつつ、すでに日が西の地平線に沈みかけている。

 だがアインズは、沈み切る頃には決着が付くだろうなと予想していた。

 

 神官風の魔法詠唱者達45名の目の前に、それまでいた王国戦士長とその後ろに多く倒れていた戦士達が掻き消え、何の冗談か4つの見知らぬ人影がいきなり現れる。

 一人は大柄で漆黒のローブを纏う変わった仮面の人物。一人は小柄ながら大剣を持つ紺の髪に白い鎧衣装の清楚な乙女。一人は機械のようなものを担ぐ桃色髪に眼帯を付けた黒い衣装の少女。そして、武器を持たない金髪巻き毛で黒い短めのスカート衣装の女。

 六色聖典の一翼、陽光聖典の隊長ニグンは、何が起こったのかと目を見開いた。

 

(転移魔法……? いやまさか。あれは第5位階よりも上位の魔法だ。これは〈幻影(ミラージュ)〉でも使って……近くへ隠しているはずだ。何かの下らぬトリックに違いない)

 

 自分達、誉れ高き陽光聖典に対抗出来るのは、同じ六色聖典の他の部隊か、アダマンタイト級冒険者チームに、バハルス帝国の魔法省の精鋭か帝国四騎士達ぐらいだと考えている。40メートル足らず離れたところに立つ、素性の知れないたった4人の者に、恐怖など感じてはならないのだ。

 ニグンが軽く手を上げ指示すると、配下の神官風の魔法詠唱者らは各自の天使を定位置へと静かに整列展開し直していく。恐怖はしないが、油断は出来ないと。

 

「なんだ、貴様達は? 王国戦士長ストロノーフ以下の者達をどこへ隠した? 正直に言え。今なら見逃してやってもいいぞ」

 

 もちろん、ニグンにその気は全くない。知られた者は全て消すのみである。

 壮観に並ぶ天使達に恐れをなすだろうと考えていたが、4人の中で仮面を被った大柄の人物が声を上げる。

 

「初めまして、スレイン法国の皆さん。私の名はアインズ・ウール・ゴウン。アインズと呼んでいただいて結構です。後ろに並ぶのがルベド、シズ、ソリュシャンです。ああ、王国戦士長殿ですか、村の方で休んでいると思いますよ」

 

 これだけの戦力を前に、その語る声からは怯えが全く感じられない。

 流暢に自己紹介をされると思っていなかったニグン達は、最後までしっかりと聞いてしまっていた。だが、何れも聞き覚えが無い名前。これほど堂々としている者達だ、王国からの精鋭で伏兵かもしれないと考えた。

 

「村にだと? 嘘を付け! 早く言うんだ。その辺りに〈幻影(ミラージュ)〉か〈屈折(リフレクター)〉で姿を隠し匿っているのだろう?」

 

 名乗り返しもせず、ただ仮面の男を小物扱いするニグンの言葉に、アインズは魔法を含め、相手の低いレベルに付き合うのを止める。

 

「人の話はよく考えて聞くものだ。……無知とは哀れなものだな。相手の強さが分からないということは……。少なくとも王国戦士長は、その辺り流石であったな。お前達と戦ったのは男らしい戦士としての真摯さ故だ。愚かさではない、それを履き違えるな。あと、まだ分からない下等生物達にはハッキリと言っておいてやろう。――お前達では私には勝てないと」

 

 ニグンの額にはジワジワと青筋が立ち始めていた。

 第四位階魔法の使い手で、貴族にも最近加わった自分と自分の率いる誉れ高い精強部隊の陽光聖典を前に、大言を吐き過ぎだぞこの仮面野郎と。

 アインズの話が終わると、ニグンはゆっくりと首を横に振った後に怒りの表情で話し出す。

 

「言いたいことは、それだけか? 分かっているのだろうな、ゴウンとか言ったか? 私を、私の率いる陽光聖典を侮辱すれば、お前らの惨たらしく無残に朽ちる死が待っているだけだと言うことがなっ」

 

 怒気を含むニグンの言葉の途中で、アインズは「はぁ」と何を言っても分からない連中への溜息を()くと、後ろの3名に「初めは見ていろ」と言い伝える。そうして、前で(わめ)く頭の悪い指揮官に右籠手(ガントレット)の人差し指を招くようにクイクイとしながら告げる。

 

「口で言っても分からないようだな。さっさと掛かってこい」

 

 それはこちらの台詞だと言わんばかりに、ニグンは配下へ吠えたてるように命令する。

 

「おい、お前達。望み通り、直ぐに串刺しにしてやれ」

 

 指示された部下の神官二人は、たちまち天使を操り動かし出す。

 二体の天使がアインズへと突撃して行き――二本のロングソードをアインズの胸と腹に突き立てた。仮面の男の後ろに立つ娘三人は、立ち尽くしていただけ。きっと攻撃が鋭すぎて何も対応出来なかったのだろう。

 攻撃の様子にニグンはそう考え、それ見た事かと得意げに(さえず)る。

 

「バカな奴め、私を愚弄すれば当然の結末を迎えるのだよっ」

 

 次は仮面の男の後方にいる三人の娘の番だと、その姿を改めてよく眺めて……余りの綺麗さに気付き驚く。

 

「おぉぉ?! な、なんという美しさの女達だ……」

 

 ニグンが気付く前から、横一列に並んだ陽光聖典の精鋭達の端側に居た者らも気が付いて僅かにざわついていた。

 好色であったニグンの表情には、すぐに新たな欲望が湧き始めていた。『目障りだった仮面の男はすでに葬った。主を失ったカワイソウな女達は我がモノだぁ』と。

 直ちに配下へ欲望丸出しで命じる。

 

「何をしている、男から天使を早くどけろ。後ろのオレの女達を捕まえるのだっ!」

「た、隊長。そ、それが」

「あぁ?」

「は、離れません。天使が!」

「私の天使も、命じているのですがっ」

 

 ニグンはその言に、神官の部下達から仮面の男の方へと顔をゆっくりと向けていく。

 串刺しであるはずの仮面の男は――二体の天使の頭を、それぞれ左右の籠手(ガントレット)を付けた手で上からつかみ、離さず軽々と押さえ付けていた。

 背中から仮面の男の体を突き抜けた、二本の炎のロングソードが確かに見えている。だが、平然と立っていた。

 

「な……にぃ」

「ふん。私が残って居るのに、ルベド達へ懸想するとは何とも浅ましいな。それに私へ気付くのが遅すぎる。まぁ驚くマヌケ面が拝めて僅かに楽しめたが。――言っただろう? お前達では私には勝てないと」

 

 ニグンの思考は、女どころでは無くなった。何か異常なモノを相手にしている事に気付き始めたのだ。

 

「ど、どうなっている……ロングソードの傷は一体……? これも何かのトリックか」

 

 その時、周りの魔法詠唱者達である神官達は、それとは別の重要な事実に気が付いていた。

 普通、強い召喚者の魔力で形成される天使の力が、片手で止められるわけがないという事だ。重量だけでも人間以上にあるというのに。

 ニグンを初め陽光聖典の面々はこの想定外の事態に、これまで魔法詠唱者として経験にない混乱の思考へと突き落とされていく。

 前に並び右往左往するそんな者達を尻目に、アインズの落ち着いた威厳のある声が周囲へと響く。

 

「上位物理無効化――これは、低位で低出力な武器やモンスターの攻撃による負傷を完全に無効化するという、常時発動型特殊技術(パッシブスキル)だ。まあ、(Lv.60)程度の攻撃までしか無効化出来ないがな。それ以上だとダメージを受けてしまう0か1かという能力なんだが……貴様ら程度にはこれだけで十分。とりあえず、この天使はもう邪魔でいらないな」

 

 言葉が終わると同時に、天使の頭と上半身はアインズにより、強烈に地面へと叩きつけられていた。

 それだけで、二体の天使は破壊され、キラキラと光の霧のように消えていく。

 アインズは浮かんだ疑問を投げかける。

 

「お前達、この天使の召喚は誰に教えられたんだ?」

「……お、お前は…………ナンダ?」

 

 普通の人間技では無い。ちぐはぐな答えの、ニグンの声は驚きで途切れがちになる。

 先程までざわついていた陽光聖典の者達は、天使が素手で消滅するという衝撃的すぎる光景に言葉が無く静まり返っていた。

 

「やれやれ、こちらが先に質問したのだが、すぐには答えてくれないか……まあ、今はそのことはいいか。後へと置いておくことにしよう。さて、攻撃はされたからな。今度はこちらの番だな」

 

 ニグンはいつの間にか額に汗を浮かべつつ、男の『攻撃』という言葉にゴクリと唾を飲みこむ。何が起こったのか未だ分からないが、天使が二体消滅したことだけは事実。

 この仮面の者らの動きと攻撃が不明すぎる。周囲へ相当の備えがされている恐れも考えられる。指揮官として、脳裏へ撤退すべきかとの言葉が浮かぶ。

 だが、アインズはそれを見越したように、偶然だが静かに話し出す。

 

「お前達は、このアインズ・ウール・ゴウンが態々出向いて救い、その名で守ると約束したあの村の者達を殺すと宣言していたな。これほど不快な事はない――誰一人逃げられるとは思わない事だ」

 

 アインズはその言葉の終わりを、ローブと両手を広げるようにして雄大に語る。

 それがその場全員へ圧倒的に示す言葉として重く響いていく。

 この時、アインズの脳裏に一度、鏖殺の文字が浮かんだ。しかし、情報や実験への利用価値がまだあると思ったのだ。なんと言ってもこの者達が一国の精鋭部隊だという話。皆エリートであるはず。持っている情報は、小さい村の住人達の比ではないだろうと。

 対してそれを聞いたニグンの背中には、さらに嫌な汗が流れていく。だが、無名の者の語るそんな脅しの文句を認める訳にはいかないという思いと、底知れない恐怖が命令を吐き出させる。

 

「ぜ、全天使で一斉に攻撃を掛けろ! 潰してしまえっ!」

 

 ここでアインズは対応を――適任者へと命じた。

 

「丁度いいだろう。ルベドよ、不可視等を解除し、少しお前の力を見せてやれ」

 

 アインズの後ろで、シズ達と待機中であったルベドは、顔を向けてきたアインズを一瞥すると溜息を一つ()く。アルベドからも守るように言われている事である。

 

「分かった」

 

 彼女は戦いが好きとは言え、雑魚をいたぶる趣味は無い……が、うまく行けば姉達に褒めて貰えるだろう。

 邪魔な大剣を一度手放すと、その剣は光を放ちながらルベドの正面へ浮かび、柄を下にした起立状態で静止する。そうして、両手を広げ不可視と体光の抑制を解除した。

 すると、周りの夕暮れが進み薄暗くなる中、頭頂に輝く輪と翼を広げ神聖な光を放つ最上級天使が強調されそこへ現れる。

 その瞬間に、周囲はその輝きに明るくなり、空気まで清浄化されたように感じられた。

 ルベドは、右手で剣を掴むと素早くアインズの前の上空へと移動し、向かい来る四十余の天使と対峙する形を取る。

 そうして彼女は、左手を翳すと静かにこう告げた。

 

「〈上級天使従属(ハイエンジェル・オーバーコントロール)〉」

 

 広域に渡り一度眩い光に覆われ、それが収まると炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)ら個々の周囲が聖なる白き光に包まれていた。

 そして、想定出来ない事が起こり始める。陽光聖典の面々は指揮官のニグンを初め、目の前に現れた神聖な光を放つ天使である少女の姿と共に、自分に起こった衝撃的事実にどよめきが広がっていく。

 

「白い衣装の女に輪と翼が……あれも……天使なのか?」

「た、隊長っ、信じられませんっ! わ、私の天使が、の――乗っ取られていますっ! 解除も出来ません。どうすればっ!」

「わ、私のも!」

「それがしのも――」

「!?――……」

 

 配下の魔法詠唱者達の狼狽ぶりを横に見て、ニグン自身も目の前の光景全てに絶句させられていた。彼の自慢の天使、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)すら乗っ取られていたのだから。

 最上級天使の種族にしか使えない天使モンスターを戦闘停止にする従属魔法と天使を操作する特殊技術のコンボ。

 ゲーム上では6×6-1の35体が上限のはずが……40体を超えても全て支配していた。

 しかしニグン達はこの魔法や技術を知らない。なのでどれほど上位の力かも不明である。だが少なくとも、知識として知る第六位階以下の魔法には存在していなかったため、前人未到な第7位階以上も有り得るという恐怖が襲い始める。

 この隊には、二体同時に天使を召喚できる程の者はいない。天使の再召喚は消滅しないと行えないのだ。この攻撃は天使使いには天敵と言えよう。

 

「さあどうした、先程の言葉は? 私を天使達で潰すのではなかったのかな?」

 

 すでに、従属された天使はアインズ陣営側へ速やかに移動し、横一列に静止して臨戦態勢に入っている。

 ニグン達にとって天使とは無機質で機械型の物しか見たことが無く、目の前に光り輝き翼で舞い立つ、見目麗しく神々しい女性的な最上級天使を見るのは初めてであった。

 これも、法国で崇拝するものではないのかと。

 

「(馬鹿な、まさに天使……な、なんと神々しい美しさよ……いや)……こんな天使がいるなんて……そして、天使を操作するなど、あ、有り得ない……聞いた事も無い魔法……(どうすればいいんだ)……第一、お前たち程の者が知られていない訳が無い。一体何者なんだっ」

 

 唾を飛ばし言葉を吐き捨てるニグンには、すでに当初の余裕を滲ませた表情の欠片もない。

 アインズは相手方の話す内容が気になり問いかける。

 

「……知らないだけでは無いのか? 魔法についても、私のアインズ・ウール・ゴウンの名にしても――」

 

 指揮官であるニグンからの指示の無い間が続き、配下の神官達は独自に反撃しようかと考える者も現れた。しかし、天使を召喚させられている状態は続いており、発動できる威力のある攻撃魔法が極端に制限されていた。

 そんな錯綜した中で、一人の魔法詠唱者が咄嗟にスリングを取り出し、礫を会話中のアインズへと撃ち出してきた。

 直後に破裂する感じの音が周囲へ二つ響いた。

 しかし、礫がアインズに届くことは無かった。代わりに、スリングを撃った魔法詠唱者が、眉間と心臓を撃ち抜かれて崩れ落ちていく。

 絶対的支配者が『初めは見ていろ』とシズ達へ告げていた『初め』はすでに終わっている。

 ルベドはその弾道に当然気付くも動かない。すでに、ソリュシャンが一瞬で動いていたから。礫はアインズの前へ出た彼女の胸元から体の中へと、血が出る事もなく吸い込まれるように埋没。

 そしてシズ――正式名称CZ2128・Δ(シーゼットニイチニハチ・デルタ)は礫が届く遥か前にガンナーとして、撃った者へと刹那に『死の銃(デス・ガン)』を構えると〈下位魔弾機関砲(マイナー・マジック・ガン)〉を放っていた。標的に低位の防御魔法があったが、『死の銃(デス・ガン)』の増幅威力の前に関係なく貫通する。

 当初、〈電磁速射機関砲(レールガン)〉を発動しようかと思ったが、攻撃力がありすぎて射線上からの衝撃波被害想定域に村が入るため断念する。

 

「……アインズ様……への……攻撃は――」

「――私達、戦闘メイドプレアデスが許しませんわ!」

 

 無感情なシズの声と、怒りの籠ったソリュシャンとの息が合った仲の良い姉妹宣言に、上空にいるルベドの口許が少し緩んでいた。

 戦闘中の為、全員の目が有ったはずだが、指揮官のニグンを含め陽光聖典の者達には、その反撃する二人の動きが全く見えなかった。

 ニグンは、加算され続ける信じられない光景に思考が混乱し掛ける。だが……胸に固いものを感じ、ハッとする。

 神官長から託された切り札があったではないか、と。

 

(そう、天使には―――我々も天使だ!)

 

 こちらの切り札を見せてやろうではないかと。もはや逆転の手はこれしか無く、ニグンは血走らせた目をして、躊躇うことなく懐からクリスタルアイテムを取り出した。

 

「くくくっ、貴様、確かアインズ・ウール・ゴウンとか言ったな。はははっ、こちらも最高位天使を召喚してやる、覚悟はいいか?」

 

 アインズはニグンの手に輝く、大きめのクリスタルに気付く。

 少し声を落とし、ルベドやソリュシャンらへ話を言い伝える。

 

「……あれはまさか、魔法封じの水晶。輝きからすれば、超位魔法以外を封じられるアイテム。召喚の可能性の有るのは……熾天使(セラフ)級か?。恒星天の熾天使(セラフ・エイスフィア)以上は出ないと思うが、至高天の熾天使(セラフ・ジ・エンピリア)が出た場合、些か面倒だ。シズとソリュシャンは、私より後ろへ下がれ」

 

 ソリュシャンはLv.57、シズはLv.46だ。Lv.95以上である至高天の熾天使(セラフ・ジ・エンピリア)が出た場合、前に出ていれば倒される可能性が高い。仲間達の可愛い娘達を殺させるわけには絶対にいかない。それはナザリックの多くの者と、他のプレアデスの姉妹達を悲しませることにもなる。

 

「お待ちくださいませ!」「……再考……を!」

 

 だが、プレアデスの二人は、至高の者の盾として散るために付いて来ているのだ。聞けない話である。しかし、アインズの口調は彼女らを守るために厳しい。

 

「ここは下がるのだ、よいな?」

「し、しかしっ」「……でも……」

 

 それでも食い下がる二人の肩へ、優しくアインズの左右の手がそれぞれ置かれた。

 

「よいな?」

「……っ、畏まりました」

「………了解……です」

 

 アインズの気持ちに折れる形で姉妹は下がった。二人とも偉大なる支配者の気遣いが内心とても嬉しい。シズは無表情ながら頬が赤く、ソリュシャンも肩に手を置いてもらい、耳まで赤くなるほどである。だが、アインズへ危機が迫れば、もちろん迷いなく盾として散るべく前へ出るつもりでいた。

 

「ルベド、行けるか?」

「……二人で掛かれば、特に問題ないはず」

 

 ルベドも分かっている。身内は全力で守らなければならない。特に姉妹はっ! だから、頭数にはアインズしか入れていない。

 

「まあ、そうだな」

 

 二人の最大攻撃を連続で同時にぶつけていけば、こちら側のHPが尽きる前に十分撃破出来るはずである。ルベドの剣技と最大攻撃力は本当に強烈なのだ。ユグドラシルでも一対一で勝てる者はそういなかっただろう。〈上級天使従属(ハイエンジェル・オーバーコントロール)〉すらも単なるオマケに過ぎない。

 ルベドも支配者であるアインズの力は、自分と近い位置にいると評価はしている。なので相手が1体なら負ける要素は無いと判断していた。

 ニグンからアイテムを取り上げれば一番話は早い。しかし少し危険だが、アインズはこの世界の切り札と言うべきものの水準を、実際に知っておくべきだと判断している。

 アインズらの返事を待つ事もなく、ニグンは規定の手順に従いクリスタルから、その切り札を解き放っていた。

 ついに、陽光聖典の隊列の前にも、光り輝く翼を持つひときわ大きい機械型天使が現れる。ニグンは興奮しながら歓喜の声で叫ぶ。

 

「さぁ、見よ! 最高位天使の尊き姿を! 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を!」

 

 その姿は翼の集合体のようにも見え、王権の象徴である(しゃく)を持つ手だけが生えている。足や頭部はない。

 だが力は、都市規模の破壊すら容易とされている戦略級の天使である。

 ニグンは自慢げにアインズ達へと訴える。

 

「どうだ? 我々の力を侮っていたことを後悔してもらおうか?」

「……なんということだ……これが切り札か……」

 

 アインズは、ゆっくりと右籠手で仮面を覆うように当てるような仕草をする。ニグンはそれを、この威光の主天使を敵に回した事を後悔していると確信していた。

 彼に当初の余裕が少し戻ってくる。

 

「どうした、ゴウンとやら。貴様の為に“威光の主天使”を呼び出したのだ。喜んだらどうだ? まあ、自分の死を確信すれば喜べないのも責められないか。貴様達ほど優秀なら、我が陣営に迎え入れたい気もあるが、残念ながら今回受けた任務では難しくてなぁ。だが安心しろ、生き残った女達は参考人として生かして法国へ連れ帰ってやるからな」

 

 相変わらずの欲望漂う低俗さの滲む内容で、アインズは吐き捨てるように言葉を返す。

 

「本当に下らんな」

「なにぃ?」

「相変わらず、お前は相手の力が分かっていないようだな。まあいいか、その目で見ればすぐに理解出来よう。ルベドよ――期待外れですまんな、そのデカブツを片付けてくれ。だが村には被害を与えるなよ」

 

 ニグンは、アインズに何を言われたのか分からなかった。敗者は向こうのはずなのだ。確かにこの見た目が天使の清楚な娘は謎の魔法を使えたが、こちらは確実に第7位階の魔法を放つ、人間種では届かない魔神をも倒せる上位階の魔法を行使できる最高位天使である。負ける要素など有りはしないのだ。

 なのになぜこの者達は、その態度に余裕があるのだろうか。この目の前の男の一行は魔神をも超越するというのか?

 ――まさか。そう思った時である。

 天使のルベドが大剣を両手で構える。

 

 神器級(ゴッズ)アイテム――聖剣シュトレト・ペイン。

 

 刀身には縦に五つの穴があり、最大で五つの伝説級(レジェンド)アイテムをはめ込み同時に発動できるという凄まじい聖剣である。柄はマリンブルーベースで50cmほどあり長く、白金色に輝く刀身も幅20cm程と広く長さも1.6m程もある。鍔の部分に当たるところは精巧な黄金の羽の装飾が施されており天使が持つのに合っていた。鞘は無い。

 ルベドは剣を正眼に構える。すると彼女の全身が薄く美しい金色に輝き出した。

 その姿はアインズ達も見るのが初めての光景だ。だがその雰囲気は王国戦士長の戦いで見ている。

 

(ま、まさかルベドめ――ここで武技を使う気か!?)

 

 ニグンは先制攻撃をと、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)には攻撃準備を完了させていた。

 

「威光の主天使よっ、早々に〈善なる極撃(ホーリースマイト)〉を放てっ!」

 

 威光の主天使の持っていた笏が砕けその破片が、主天使の周りを周回し始め加速していく。その状況はアインズの知るユグドラシルの知識のまま。召喚ごとに一度しか使えない特殊能力による威力増幅行動。

 主天使の攻撃に対してルベドが取った行動は、哀れな者達へ一度だけの慈悲を見せるように、攻撃を見送り一言感情なく詠唱する。

 

「――〈上位魔法盾(グレーター・マジックシールド)〉」

 

 同時に第七位階魔法〈善なる極撃(ホーリースマイト)〉がルベドへと襲い掛かる。天から何ものをも全て焼き清めるように、神聖で青白い光の巨大な柱がルベドを覆う――が、その中で彼女はダメージを受けていない。

 元々、神聖系の攻撃魔法には抜群の耐性がある。さらに、〈上位魔法盾(グレーター・マジックシールド)〉により完全無効化されていた。

 その光景を、ニグンは呆然と見つめるのみである。第7位階魔法は、魔神をも焼き尽くし打倒する人間種を越えた絶対の聖なる光による攻撃。それを完全無効化など、魔神を圧倒的に超えている存在に他ならない。

 

 いや――魔神ではなく目の前に浮かぶ白き乙女が、真の最上級天使であれば有り得るか。

 

 ルベドは、今はただこの光が収まる瞬間を待っている。

 彼女が見舞おうとしているのは、神聖系魔法では無い。万物に有効である上位物理攻撃だ。

 三十秒近くが経過し、光の柱はキラキラとした霧状の跡を残し消えていった。

 その瞬間、ルベドは一閃する。

 

「〈流  星  切  り  七  連(セブン・メテオ・スラッシャーズ)〉ーーーーーー!!」

 

 通常は上段からだが、地上への被害が甚大になるため、その構えから腕を返して行う下段からの神速の切り上げであった。上位剣撃〈流星切り(メテオ・カッター)〉に武技を組み込んだようだ。ただ威力が、七連撃で最上位物理攻撃にまでなっていた。

 その一撃は、主天使を八つに裁断した上に、圧倒的と化した剣撃の威力によって粉々に消し飛ばしていく――即死である。

 ここでアインズは、ゲームとの差異に気が付いた。主天使以上は、ダメージ攻撃では即死しないはずなのだ。恐らくLv.100を超える連撃がそれを可能にしたのだろう。

 だが、あわててアインズが、右手を突き出し魔法を詠唱していた。

 

「〈暗黒孔(ブラックホール)〉っ」

 

 それは敵を攻撃する為に放ったのでは無かった。

 ルベドの打った剣の凄まじい衝撃波が全て上空へは逃げずに周囲へ広がろうとしていたのだ。放っておけば村まで飲み込んでしまうだろう。

 〈暗黒孔(ブラックホール)〉は主天使の残滓と衝撃波ごと周囲を引きずり込み飲み込んで消滅する。

 目の前のあまりに超越しすぎた有様にニグンを初め、残る陽光聖典全員が動かない。トリックなどどうでもいい。目の前で第七位階魔法を発動できる威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が、見たこともない圧倒する剣技と魔法で『簡単に』撃破されたのだ。

 陽光聖典の全員は、召喚した天使を先程取られたままで、もはやいくら考えても前へ居る者達に勝てる気がしない。ストロノーフの言っていた事は事実だったのだと知る。

 ニグンは漸くここに至り悟っていた。

 

 この者達は――人間種を超越した存在なのだと。

 

 いや、だからこそ味方にする必要があるのではと考え直す。ニグンは声を裏返しながら、それと同じように態度も思いっきり翻して媚を売るように話始める。

 

「ア、アインズ殿……いや、アインズ様っ! あなた様方は王国の所属なのでしょうか?」

 

 考えられるのは、王国へ新たに加わった冒険者のようなチーム。先ほどから散々、無礼を働き目も当てられないが、わずかでも交渉の余地を見つけ出そうと考えていた。

 ニグンは、神官長に直訴してでも、彼等へ法外の金品と地位を用意する考えに変わっていた。

 先と違い低い物腰と丁寧な口調に、やっと自分達の立ち位置が分かってもらえた事にアインズは薄笑いを浮かべつつ答える。

 

「いや、久しぶりにこの辺りへ来て、偶々この村を助けた魔法詠唱者とその一行だ」

 

 ニグンは、その答えを聞くとニヤリと気持ち悪い作り笑いを浮かべて、アインズ達を賞賛しだした。

 

「もはや、アインズ様達は魔神をも超える存在です、素晴らしい! 先ほどから我々は見当違いな攻撃をあなた様方へ向けてしまった事を此処に深くお詫びいたします。も、もちろんタダでとは申しません。金貨500枚を進呈いたしますっ。そ、それに加えて是非、我がスレイン法国へ来てもらい、一翼を担って頂きその素晴らしい力をお貸し願いたい。その為に、この陽光聖典隊長のニグン・グリッド・ルーイン、アインズ様へ金貨5000枚と爵位を授けて頂けるように神官長様方へお口添えいたします。ですから、なにとぞ、なにとぞ……」

 

 戦場の状況と隊長の態度に、陽光聖典の隊員達も皆、杖を下ろしていた。

 夕日は西の地平線下へと丁度落ち、残りの赤き明るさがその方角へ残るのみ。辺りは天使ルベドの輝きにより見通せている。

 戦いは静かに終わりを告げていた。

 アインズは、ニグンの言葉へゆっくりと答える。

 

「話を聞かず、逆らった敗者どもが、今更何を言うのか一通り聞いてみたが……ふん。私は確か、こう言ったはずだが――誰一人逃げられるとは思わない事だとな」

 

 アインズの淡々とした無情の言葉に、ニグンの作り笑いは口を開いたまま、絶望の恐怖で歪む顔へと変わって行った。

 

「〈伝言(メッセージ)〉、マーレ、居るか?」

「は、はい、モモンガ様」

 

 アインズの横へ、黒き杖を抱くように持つ白い服で、褐色エルフ耳の可愛い小柄の少女が忽然と現れる。不可視ではなく〈転移(テレポーテーション)〉で。もう終劇の後片付けをすぐ始めたい者のように。

 ニグンを除く、陽光聖典の隊員達はもはや助からないと、どうしていいのかわからず――隊長を見捨てて散開し逃げ始める。

 

八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達に命じ、あの者達の意識を奪え。そして、殺さず恐怖公の部屋へ放り込んでおけ。まだ色々使えるからな。奴らは44人生き残っているはずだ。死体も一つあったはずだが、一応装備確認の為に回収しておいてくれ、頼んだぞ。終わったら八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)を四体だけ残せ。ソリュシャンに率いてもらう。その後、マーレはナザリックへ戻っていいぞ、ご苦労だったな」

 

 アインズはそう言って、マーレの頭を撫でてやる。

 恐怖公は、ナザリック第二階層の一区画にある「黒棺(ブラック・カプセル)」の領域守護者で、姿は直立した体高30cm大のゴキ●リである。もちろん率いるのも大小さまざまなゴ●ブリの大軍だ。階層守護者のシャルティアも及び腰の場所であった。プレアデスで六番目の妹、蜘蛛人(アラクノイド)のエントマ・ヴァシリッサ・ゼータだけが『おやつの部屋』と呼んでいるらしい……恐ろしい。

 マーレは主からのナデナデに満面の笑みを浮かべた。

 

「は、はい、分かりました。では、八肢刀の暗殺蟲のみなさん、お願いしますね」

 

 マーレの言葉を合図に、周囲に潜んでいた15体の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達は動き出し、ニグンを初め生き残っていた全員が順次卒倒させられ捕まっていく。

 その時、上空の空間が陶器の壺のような砕け方で割れるも、一瞬の間に空は元の情景へと戻る。ルベド達も気付く。アインズは、「ん?」と、この世界はまだまだ油断出来ないと眉をひそめる。

 

「……スレイン法国の連中の、何らかの情報系魔法か? 効果範囲内に私が居たために対情報系魔法の攻性防御が起動して即遮断されたな。……上位の逆撃や探知の逆監視を仕掛けておけばよかったか。少し油断していた。まあ次は気を付けておこう」

 

 そういった本国からの監視の事実を知ることなく、ニグンはすでに意識を失っていた――。

 

 

 




カルネ村後処理編へ移ります。

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