オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~ 作:SUIKAN
『アインズ・ウール・ゴウン』を名乗ったモモンガは、巨躯の禍々しい姿を持つデス・ナイト二体を地上側の前面に押し立てて進ませ、ルベド以下三名の警護役を村の家々より少し高い位置の空中へ引き連れ、上空より村の端から内側へと、先行するデス・ナイトの姿を探しながら進む。
彼は、シモベを生み出した者として、デス・ナイトの存在をまだ感じる事が出来た……というか、『なに、このシモベと繋がってる感覚』である。ユグドラシルでは、サブコンソールで確認していた事であったが。
(でも、流石に苦戦しているだろうなぁ)
デス・ナイトの攻撃レベルは25程度しかない。防御レベルは40程にはなるが、流石に小隊規模を相手に一体では時間稼ぎ程度だと考えている。
ところが、モモンガの見る光景は、予想を逆に大きく裏切っていた。
村の至る所に騎士達の死体が転がっている。さらに、それらの首の多くが刎ねられていた。デス・ナイトに斬られて死んだ者が『
『
しかし今、少し右前方に敵の兵団を見つけたが、そこに残っているのは僅かに10名程であった。デス・ナイトに命じてから10分も経っただろうか。
この村の住民達の生き残りは、中央の広場へと集められている様子。
デス・ナイトは広場の脇で、すでに弱者と理解した騎士達を一方的にいたぶる形で戦闘を楽しんでいるようであった。2メートルを超える体でありながら、逃げる彼らの前へと一瞬で回り込むなど、騎士たちを圧倒する素早い動きを見せる。また騎士に背中から思いきり切り付けられようとも、黒い鎧の頑丈さに攻撃した騎士の剣の方がへし折れていた。そして、狼狽え続ける仲間を鼓舞する勇気ある凛々しい精悍でイケメンの騎士に挑まれるも、簡単にその首をかっ飛ばしていく。
イケメンでも死ねば間違いなく負け組である――。
「この世界の人間は何て弱いんだ……あのデス・ナイトが圧倒的じゃないか」
モモンガの呟いた言葉に、ルベドとソリュシャンが相槌を打つように話す。
「さすがに殆どの者達のレベルが一桁では、当然の結果と思う」
「先程まで一人だけLv.14の者が居た程度。所詮、下等生物ではアインズ・ウール・ゴウン様のお造りになられた騎士の足元にも及びません」
(なにぃっ、そんなにこの兵達は弱かったのか? そうか、この二人は相手の強さが明確に分かるのだったな)
ルベドは此処へ来た当初から静かだと思っていたが、敵の強さが全て分かっていたからの様だ。
モモンガは、それにしてもと考える。
一時は、この世界の人間すべてがLv.100近いと思っていたのだ。一か八かだという心境で臨み、この村へと来ていた。
だが、現実は大きく違った。
Lv.10とLv.100のモモンガやNPC達との彼我戦力差は、10倍どころではない――ゲーム上では軽く万倍はあった……。
ユグドラシルでは、単純にLv.10の1万人のユーザーを相手に戦ったとしても、分厚い各種攻撃無効化があり、それを切ったとしても同時攻撃できるのは最大でも6人×6パーティの36人、自動回復のみで結局無傷に終わる事だろう。
だが、この世界でもそうなのだろうか。
「ルベド、シズ、ソリュシャンよ、私を呼ぶときはアインズで良いぞ」
「分かった、アインズ……様」
「アインズ様……了解……です」
「承知いたしました、アインズ様」
さすがに、『アインズ・ウール・ゴウン』は長いと思う。モモンガは、この名前を仲間から咎められるまで名乗ろうと決めたのだ。
(仲間の誰かに言われたいものだ、それは『我らギルドの名だぞ』と……)
モモンガから名を改めたアインズは、騎士の残りが5人となった所でシモベへと命じる。
「デス・ナイトよ、そこまでだ」
仮面の下からアインズの、重みのある声が上空より周囲へと伝わる。
騎士達の生き残りにも、まだ利用価値があるのだ。
騎士達と村人はこの時に初めて、魔法で上空に浮かぶ四人の人影に気付く。
四人を見上げる皆の表情の多くに怯えが見えていた。〈
また、広場の一角にあの圧倒的強さのデス・ナイトが更に二体も現れ、村人らから小さく悲鳴が上がった。
そんな中、攻撃をしていたデス・ナイトは、仰ぎ見る主の命により攻撃をピタリと止める。
騎士らを初め、村人たちはその様子に驚愕する。
先程まで、騎士の隊長が金貨を500枚与えると告げようと、騎士達が束になって止めようとしても全く動きが止まることは無かった。
その圧倒的すぎる強さを見せつけていたデス・ナイトが、この空中に浮かぶ仮面の男の言葉に即従ったのだ。目の前に立つ、驚異の怪物騎士の主人が誰であるのかは明白である。
空中の四人は静かに地上へと降りて来た。周囲の者はまた、彼の後ろに従う形で並ぶ三名の女性の綺麗さや美しさにも息を飲む。聖剣を握るルベドは、翼や光の輪を隠したままであっても。
村を襲った騎士達は逃げる形で、すでに集められた村人らの傍に誰もおらず、先行したデス・ナイトにより追い詰められる状況になっており、アインズ達はその間に降り立っている。後から来たデス・ナイト二体が集められた村人達の横を抜け、アインズ達の後方両脇へ従うように立った。
そして少し柔らかい口調でアインズは村人達へと話し掛ける。
「初めまして、皆さん。我が名はアインズ・ウール・ゴウン。デス・ナイト達の主人になります。村が襲われているのを見つけ、助けに来ました」
『『『おおぉー』』』
僅かにでも見えた藁を掴もうとして、村人達より声が上がる。
彼は、次に敵の騎士達へ向かうと厳しい態度で告げた。
「お前達、投降すれば命は助けよう。まだ戦いたい――」
そこまで聞くと、生き残りの騎士達は全員剣を放るように手放した。デス・ナイトに対して全く勝負にならないのだ、当然と言える行動である。そんな騎士達にアインズは更に言い放つ。
「敗者達よ、命を助けてやったデス・ナイトの主人たる私に対して頭が高いな」
騎士達全員が、慌てて膝を突き頭を垂れた。
目の前の仮面の男が言うように、ただ殺されるところだったのだ。5名の騎士達は、もはや大抵のことには従うつもりになっていた。
「お前達、どこから来た者だ?」
「!――」
騎士達全員が固まった。
彼等は、相手が圧倒的といえる力を持った魔法詠唱者だということで、どう発言するか迷っていた。本当の事を言うべきか、嘘を言うべきかと。
それをアインズの後ろで、腰に手を当てて颯爽と立つソリュシャンが感じ取り、脅す。
「嘘は、通じませんよ? 目の前の御方へ答える内容には気を付けなさい」
もはや、彼らは震えながら正直に答えるのみであった。
「わ、我々は――スレイン法国の者でございます」
「(えっと……それってどこだろ?)そうか。で、村を襲った目的はなんだ?」
一瞬言いよどみ周囲の騎士らと目線を交わしていたが、結局話し出した。
「リ・エスティーゼ王国の王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフの暗殺のため――」
その言葉に村人たちがざわついた。多分、常識的に知っている国の有名人であるのだろう。この村がその国の所属かもしれない。
だがアインズ達には、固有名詞がすべてさっぱりわからなかった。
「――その陽動を行うように命じられました。村々を襲えば対象はやって来ると」
酷い話である。現れるまで周辺の村々は理由なく襲われるというのだから。これまでにどれほど殺されたのだろうか。
だがそれも、アインズやナザリックには関係のない事であった。事情聴取はこの辺りでいいだろう。
アインズは一番近い男に近寄ると、前へ膝を突き這いつくばる騎士の首元を片腕で掴み軽々と吊り上げる。
「帰ってお前らの飼い主に伝えろ。これ以後、この辺りで騒ぎを起こすな、騒ぐようなら貴様らの国まで訪れて死をくれてやるとな」
「ひぃぃ、はぃ……」
「いけ、確実に主人へ伝えろ」
アインズは顎をしゃくりながら、ゴミを放るように掴んでいた騎士を軽く投げ捨てる。
急に放られた騎士は転がるも、立ち上がると5人とも躓きつつ
「やれやれ、演技も疲れるな」
「……全く……です」
シズが主に同意するように呟き、ソリュシャンと共に頷く。
小さくなっていく連中に目もくれず、アインズは村人達へと向き直る。彼は考えていた。この村は、ナザリック地下大墳墓から南西10キロほどの位置にあった。今後を考えると人口も少なく目立たない事から、情報源の窓口として友好関係を持っていた方が良いように思えたのだ。
村へは大きな恩を売ったのだ。これは先程の国の名や人物についてを含め、色々と周辺の情報を聞き出す好機でもある。
今しがた助けに来たと告げたはずだが、良く見ると村人らの表情にはまだまだ恐怖の色が濃い。アインズの操るデス・ナイト一体だけの戦力でさえ、あの騎士団よりも遥かに強い。それが三体も間近に立っているのだ。自然と思える反応に見える。
アインズは先程の姉妹の事を思い出す。恐怖を与えるおそれのある行為は極力控えるべきだろう。村人達とは5メートル程離れて対峙する。近すぎればデス・ナイト達に怯えてしまうと。
「さて、あなた方はもう、安全だ。安心して欲しい」
「ゴウン様と言われましたか……」
「アインズで結構」
「……では、アインズ様、本当にありがとうございます。あの、貴方様は助けに来られたとのことですが……」
四十代ぐらいで少し髪の白さが目立つ、がっちりした体格に日焼け肌の村の長らしき人物が尋ねてくる。目線をチラチラとデス・ナイトに向けつつだ。それに他の村人達も何か納得できない様子が見て取れる。恐らくは――。
「ええ……もちろん、ただでという訳ではありませんがね。生き残った人数に対して謝礼を頂きたい」
平和ボケしていなければ、この規模の行いに対してタダで助ける事は通常考えられないだろう。タダほど怪しいものはない。この世界では恐らく、他に恐ろしい事があると考えてしまう。正に最悪、命をと。それなら単に金銭を求めた行為としてなら、納得できるというものである。
金額への不安はあるが、予想通り先程より皆が納得している顔になっていた。
村の長も先ほどより、好意的に見える顔をしながら話し掛けてくる。
「あのアインズ様、このような場所で立ち話も失礼ですので、わが家へお越しいただけますか?」
「その前に、向こうでエンリという娘の姉妹を助けたのだが、魔法で防御を張ったままにしている。解除して連れて来るのでその後にでも」
アインズは、ここで姉妹の願いを確認する。
「それとここには、エンリ・エモットの両親はいるかな?」
村長は広場に集まった顔ぶれを見渡す。しばらく見回すも、アインズへ向き直り顔を横へと小さく振った。
その直後に村長の指示で、エンリの両親を急ぎ探すも、間もなく遺体が発見された。
(息が有れば、
ユグドラシルの魔法やアイテムが有効である事から、
後ろに立つプレアデス達はもちろん、ルベドも姉妹以外はどうでもいい様子である。
(今、両親の片方でも生き返らせると、不公平が出るだろうな。止めた方が、これからも村で生きていく姉妹達にも良いだろう)
アインズは、広場を後にするとエンリとネムの姉妹の所へ戻り、魔法を解除しながら両親の事に付いて淡々と告げた。姉妹はその場で泣き崩れる。畑と家は残ったが頼る両親はもういないのだ。蓄えも多くはないだろう。
仮面に漆黒のローブ姿の彼は姉妹をそっとしておくと、広場で三体のデス・ナイトを外からの仕返しなどの警戒に当たらせる。村人らは死体の後片付けを優先していた。放っておくと疫病や難病を引き起こす為、すぐに埋める必要があるのだ。そのため忙しく周囲を行き来していた。
その時にソリュシャンから、村の周囲にナザリックから援軍としてマーレ率いる
支配者は、直ぐに連絡を取る。
「〈
『は、はい、モモンガ様』
「時間がないので用件だけ伝える。マーレ自身と
『は、はい。了解しました、モモンガ様!』
交信を終え、ルベドらを従えて村長の家に入る。彼らはすぐ客間へ通された。
「お待たせしました」
アインズの言葉に村長夫婦は、金額交渉に臨むため緊張している様子。アインズとしては金額に全くこだわりはない。それよりも情報を引き出す方向へ持っていくことを考えていた。
シズ達は、アインズの横へ主より指示され静かに座っている。
「さて、前置きは抜きにして話を始めるとしましょうか」
「はい。ですが、その前に一言……」
村長は改めて席から立つとアインズ達が見える机の横へと回り、膝を突く。彼の奥方も横に同様に膝を突くと、村長らは頭を下げて礼を述べた。
「ありがとうございました! 貴方様が来てくださらねば、間違いなく全員が殺されておりました。皆の分もお礼を申し上げます」
その姿にプレアデスの二人は、下等生物なりの感謝にうんうんと頷いている。下位のものは偉大なる支配者の慈悲に感謝すべきなのだと。アインズはそんな様子を「うぁ」と言う感じで横目で見ていた。
だがアインズは人生を振り返っても、今日ほど感謝されたことはない。決して悪い気持ちではなかった。
「お気持ちは分かりました。さあ、席へ着いてください」
「はい、では」
アインズとしては、村全体の救出は姉妹に対してのあくまで『ついで』であったのだ。だが今は、新しい情報源として少しの期待が有る。
まだ世界の全貌は分からず安心出来ないが、ナザリックの戦力は決して低くない様に思える状況。周囲の国家組織の概要と地理が分かれば戦略が立てられるだろう。状況把握についてかなりの進歩に繋がる。
この機会は有効に使いたいと考えるのは、組織の指導者として当然だろう。
村長が席に着くと、アインズは切り出す。
「では、単刀直入に伺います、報酬として幾らぐらいを私にとお考えですか?」
「大恩ある方へ隠すことは出来ませんので、正直にお答えいたします。この村は人口も少なく特産もなく裕福ではありません。ですが、皆精一杯出してくれると思います。正確な数値は最終的に知べないと分かりませんが、銅貨にして3000枚ぐらいでしょうか」
銅貨3000枚の価値……数字的には大層に思えるが、高いのか安いのか妥当なのかアインズには現状では価値の判断が付かない。
どうやらアプローチを間違えたらしい。初めから躓いてしまった。元々、大した営業マンではなかったが、それが最悪側へモロに出てしまったのだろうか。
まあ、牛や豚を5頭とか言われるよりもマシではあるのだが。
せめて何か比較する物が――と、アインズは閃いた。
「もう少し纏まりませんか? 3000枚ですと嵩みますし、金貨とか」
「すみません、この村では基本的に金貨は使用しておりません。価値が高すぎて流通しないものなので……銀貨も十分には……」
金貨とはそれほど価値があるのだろうか? だが少し、よい方向へ話が転がった。
彼はローブの中でアイテムボックスを開き中から一枚の金貨を取り出していた。ユグドラシルで流通していた金貨だ。分厚い真円のもので、女性の横顔が精巧に彫られたものである。
「すみません、少し話は変わるのですが、これで買い物をしたい場合、どの程度のものが買えるのでしょう?」
パチリと音をさせて金貨を机に置いた。
「こ、これは……大きめの金貨……」
「非常に遠い異国の地で使われていた硬貨ですが、この辺りで使えますか?」
「使えると思いますが、少々お待ちください」
村長は奥方にあれをと声を掛けると、部屋の奥から両替天秤を出してくる。早速測り始めると村長は答えた。
「交金貨2枚分の重さですね……彫刻も見事なので価値はそれ以上かと」
「ではどうでしょう、私がこの村のものを妥当な金額で買い上げ、その支払いに使用した硬貨を私に渡して頂く……というのは? 20枚程度ならこの金貨は持っておりますので」
本当はもっと持っているのだが、アインズは控えめに告げる。
すると、村長は一瞬その枚数と総額に驚いたが、すぐに不安の広がった表情になった。
「あの……アインズ様へ気に入って頂けるものが、果たしてこの小さな村に有りましょうか。牛や馬も年老いたのが数頭しかおりません。恐らくそれほどの枚数の金貨に見合う程の……売るモノと言えば……もう、若い娘ぐらいしか……しかしそれも……」
アインズはしまったと思った。そんなつもりは全くなかったのだが、とんでもない方向に話が進んでいる気がして来た。心の中で頭を抱える。
「あ、いや、村長殿――」
「アインズ・ウール・ゴウン様!」
村長の突然の真剣身のある迫力に、ちょっとドキリとビビる。
だが、アインズは冷静に答えた。
「アインズでいいですよ」
「は、はい、アインズ様。貴方様程の人物、安く見られたくはないというお考えやご評判のために妥当と思える金銭を要求されるのは分かります。アインズ様程の強きお方であれば高額なのは当然。ですからそれに見合うものをお探しなのでしょう。ですがこの村の者達は、貧しいながらも皆で助け合い、苦難を乗り越えて来ました。もはや家族同然なのです。その中で特定の家から娘を取り上げるのだけはご容赦していただけないでしょうか」
村長は机に手と頭を付けてアインズに頼んでいた。
アインズは固まっていた。このままでは奴隷商人まがいである。だが、村長の言葉に頭が混乱してしまったのか、アインズは何故か口走ってしまった。
「そう言えば、先程の戦闘で両親を亡くした村の子達はどうされるのです?」
村長はゆっくりと顔を上げる。彼は気が付いた。今、村に嫁入り前の若い娘はエンリ・エモットしかいない事に。そして、彼女の両親は死んだのだ……。しっかりした子だが、妹のネムも小さい。エモット家は薬を少し扱っていたため、村では上の生活ではあった。だが両親を同時に失い、これから苦労をするのは目に見えている……。
どうだろうか、この村に居るよりも多くの女性を連れ、立派で裕福そうに見えるアインズ氏と同行した方が幸せに――。
村長は奥方に耳打ちをする。奥方は一瞬目を見開くが、納得するように頷くと「少し失礼します」と部屋から出て行った。
奥方は――本人に確認しに行ったのだ。
それを横目に村長はアインズへ答える。
「もちろんそういった子供は、村で大事に養子として引き取り育てますよ。心配は入りません。私の母も災害孤児でしたので」
「……そうですか」
「アインズ様が銅貨3000枚程度ではご不満なのは分かっております」
「あ、いや」
「それを、全く口にはなされない御配慮にも感謝しております。確かに村中から全てかき集めればご満足いただける金額を用意出来るかもしれません。しかしその場合、多くの働き手が無くなったこの村はこれからの季節を乗り越えられなくなります。せ、せめて分割にしていただけないでしょうか?」
アインズとしては、金額はどうでも良いのだ。しかし、払えないというのは良く考えると容易に他の価値あるものを要求出来るという事である。これは好機と言えるだろうと思い、アインズは話し出す。
「分かりました。では、報酬に金銭は要求しません」
「なっ……えっ? どういう……」
村長の顔は恐怖に変わる。ついにゴウン氏を怒らせてしまったのではと。それは――村の滅亡に直結するだろう。
殲滅の実行を確認するかのように、今まで静かで全く動かなかったアインズの横に座る3名の美しい女性達が、同じタイミングで絶対的支配者の方へ一斉に顔を向けたのだ。
余りのユニゾン的動きに村長は震えを覚えていく。
(村はどうなるんだ――金銭の代わりに『村人全員の命』と言われたら)
そうなっては防ぎようのない事は、あのデス・ナイトが三体も居る状況から考えるまでもない。
(あああぁああーー)
村長は真っ青になりかけていた。
村長の奥方は、エンリ・エモットを村の共同墓地に見つける。彼女は男達に混じり、両親の墓穴を力強く掘っていた。妹のネムも脇で一生懸命に手伝っている。
奥方は、エンリに声を掛け、墓地の外れに連れていく。そして、先程の話についてこう切り出していた。
「村としては最大限、アインズ様へお礼をお支払しようと思っているけれど全く足らないの。アインズ様程の方を雇う場合、分かると思うけど本来ものすごいお金が必要なの。でもあの方はこちらの提示した、仕事に比して少ない金額を確認されても直接不満は言われなかったわ」
「あの方はそう言う素晴らしい方だと思いますよ」
「でも、このままの金額だと、あの方の評判にきっと酷い傷が付いてしまう。でも村としてはこれからの物入りである季節を考えるとこれ以上は出せないの。それで――アインズ様は金額を増やす為に、この村で気に入ったモノを別に買い上げて、その金額分も上乗せしたいと。そうすれば村としては最大で、最初に提示した村のお金と、気に入ったモノと購入された代金の三つをあの方にお渡し出来る」
「さすがはアインズ様ですね」
「そうね……それでね……アインズ様は心配されているの、両親を亡くした貴方はこれからどうなるんだろうと。あのお方はかなり裕福な方のはず。先ほども交金貨より大きい金貨を見せられて、それが手持ちでも数十枚あると言われてね、だからね――」
エンリはそれで、村長の奥方が何を自分へ言いに来たのかを完全に理解した。『モノ』として若い娘の自分に白羽の矢を立てた事を。だが、お相手があの方なら不思議と怒りは全く湧かない。逆にエンリは尊敬する恩人の傍で恩を返せると嬉しくすら思えた。
「で、でね、そのね……」
流石に村長の奥方もこの先は切り出しにくい。
エンリは気持ちを固め、服や髪の汚れをパタパタと少し払いつつ笑顔で、これだけあれば妹を迎えてくれる村の人達の負担も相当減らせるだろう金額を伝える。5枚分ぐらいは村に残るように。
「……分かりました。交金貨、に、25枚でどうかなぁ……?」